グランキエ大トンネルを攻略にゃん
○帝国暦 二七三〇年十一月二六日
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ大トンネル 入口
早朝、オレたちはグランキエ大トンネルの前に立った。
「オレたちは、これよりグランキエ大トンネルを攻略するにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちも拳を突き上げた。
そして今回のグランキエ大トンネル遠征に合わせて改良した魔法蟻を再生して背中に乗った。砂海の海を泳いでも大丈夫な仕様だ。
「出発にゃん!」
入口の結界を解く。
既に砂の吐出口に砂を格納空間に飛ばす魔導具をはめ込んである。トンネルの最初の区画内の砂も残らず格納し、マナの濃度もゼロに抑えた。
そして残されているのは格納できない自己格納された魔獣のみだ。
「にゃあ!」
精霊魔法を応用して隠れている魔獣どものエーテル機関を毟り取る。
一瞬、白い魔獣の躯がトンネルを覆い尽くす勢いで膨らんだが、それも格納した。
「ここは問題ないにゃんね」
昨日のうちに結界を張ったまま何度も試したから、問題があるはずもないわけだが。
魔法蟻に乗った猫耳たちを引き連れて大トンネルに侵入した。
○グランキエ大トンネル
「次の魔獣入り区画からが本番にゃん」
「「「にゃあ」」」
区画を区切る壁を魔法蟻の前脚で触る。
「材質は、トンネルの壁と同じにゃん、特に何かあるわけでもないにゃんね」
「お館様、刻印が刻んであるにゃん」
同行する猫耳のアルが天井を指差した。七〇メートルを軽く越える高い場所にある。
「オリエーンス連邦の形式みたいにゃんね」
「にゃあ、お館様、刻印を書き換えると壁を簡単に消せそうにゃん」
アルが目を凝らす。
「あっち側の砂を消してからにゃんよ」
「にゃ?」
突然、区画の壁が消えた。
「にゃ!」
流れ出した砂を消す。
砂海の魔獣がこっちを向いた。蛇じゃなくてミミズだった。白い巨大ミミズだ。先端がバナナみたいにめくれた。
「「「にゃお!」」」
猫耳たちの魔法が白ミミズを切り裂いた。
オレも魔獣からエーテル機関を引き抜く。
続けて猫耳たちが切り刻まれた躯を格納した。
「にゃあ、びっくりしたにゃん」
数秒の出来事だったが、肝が冷えた。
「みゃあ、ごめんにゃん」
アルが涙目で耳をぺたんとさせた。
「次は気を付けるにゃんよ」
「にゃあ、気を付けるにゃん」
期せずして二番めの区画はあっさり片付いた。いまは止まっている砂の吐出口を念の為に格納の魔道具で栓をする。
続けて自己格納中の魔獣どもを始末した。
「次に行くにゃん」
「「「にゃあ!」」」
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城
ケントルム王国の王都フリソスは、巨大な城壁に守られた城塞都市だ。更にその外側の王都圏もまたすべて全長四〇〇キロを超える巨大な城壁によって囲われている。ここは王都であり独立した都市国家とも言えた。
王宮フリソス城はその中心にあるが、ややいびつな形をしている。片側は荘厳で美しい佇まいを見せるが、もう一方はコンクリート打ちっ放しの箱を積み重ねたみたいな積み木の城といった意匠だ。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 宮廷魔導師団 主席執務室
主席宮廷魔導師モリス・クラプトンは執務室の窓から南の方向を睨む。実年齢は四〇だが見た目は十五歳ぐらいにしか見えない。
「ねえ主席、マジでアドウェントの薔薇園を攻めるの?」
次席宮廷魔導師のルフィナ・ガーリンが大きな胸を揺らして問い掛ける。アラサー婚活魔導師だ。
「止めた方がいいんじゃない? 主席のお母さん、おかしいぐらい強いし」
「お母さんではない、ママだ」
不機嫌そうな顔で振り返るモリス。
「どっちでもいいだろう? 問題はそこじゃない、アナトリ侵攻で失った損失をどうするかだ」
更に不機嫌そうな顔をするルミール・ボーリン上級魔導師がソファーから上目遣いでモリスを睨む。恐ろしく顔立ちが整った公爵家の貴公子で口が悪い二五歳だ。
「ボクに無断で出掛けて責任だけ押し付けるのは間違っているよね? ねー」
ルフィナの後ろで抗議するモリス。
「だってルーファス殿下は、あっちで一足先に牢屋に入ってるんでしょ? 歯が立たなかったのも仕方ないんじゃない」
三人の次席宮廷魔導師のもうひとりルーファス第二王子は、現在アナトリ王国で虜囚になったらしいとの真偽不明の噂が王宮内で流れていた。
「ああ、おまえらもこれ以上騒ぐと暗部をけしかけられるぞ」
主席宮廷魔導師とはいえ侯爵待遇のモリスよりも公爵家出身のルミールの方が身分が高い。それ以前に実質的な魔導師団はルミールによって運営されていた。
モリスもルーファス第二王子も魔術バカで組織運営の能力は皆無だ。ルフィナは能力はあるが積極的に関わろうとしない。
三人目の次席宮廷魔導師であるテランス・デュラン師に至っては滅多に姿を見せることはなかった。
「だからアドウェントの薔薇園なの?」
「そう、ローゼ遺跡の秘密を手に入れれば、宮廷魔導師団の抜けた穴を埋めて余りある効果があるはずだよ!」
「本当か、ただのマナ溜まりとの情報もあるが」
「それはママが流したブラフだ」
「わかった、ではナオ・ミヤカタの処分を暗部に依頼しよう」
「笑えん冗談だなルミール、殺すぞ」
声を低くするモリス。
「その殺気、ナオ・ミヤカタに向けられるのか?」
「ママに殺気、何で?」
キョトンとするモリス。
「おまえはナオ・ミヤカタの守るローゼ遺跡を奪い取るのだろう?」
「奪うって、そんな、できればお嫁さんにしたい」
もじもじする若作りのおっさん。
「はいはい」
ルフィナは爪の手入れを始めている。
「人は出せんぞ、宮廷騎士団は存続の危機なんだ」
「わかってるよ、昨日も宰相のグレン・バーカーに嫌味を言われたんだから」
「あれはいつだって嫌味しか言わんだろう」
「だよね」
お胸を揺らして同意するルフィナ。
「ナオ・ミヤカタに対しての相互非干渉の契約を破るんだ、勝算はあるんだろうな?」
「もちろんだよ、ボクを誰だと思ってるんだい?」
「マザコン?」
「子供オヤジ」
○グランキエ大トンネル
三番目の区画からは隔壁を消す前に自己格納を含めた砂海の魔獣を始末し、吐出口に蓋をして砂を格納した。それから隔壁を消し次の区画に取り掛かる。
「魔獣の姿は違っていても柔らかさは変わらないにゃんね」
「まだ成長してないからにゃん?」
「それは考えられるにゃん」
「揃いも揃って最初が赤ちゃんなのが謎にゃん」
「そうにゃんね、砂海にいたときも赤ちゃんだった個体だけが海底に開いた吸込口から流れて来たとは考えづらいにゃん」
「魔獣の森のヤツらと違って自己格納されると初期化されるのかもしれないにゃん」
「それとも格納じゃなくて最初から卵の状態だったとかにゃんね」
「最初がみんな赤ちゃん状態だったことを考えるとどっちも有りそうにゃん」
「自己格納したヤツが海底に溜まっていたのか、砂に一定数混じってるのかも謎にゃんね」
オレたちは話をしながら以降の区画を攻略する。手法が確立すれば後は空中刻印を前に出して半自動的に処理する。魔法蟻の速度も上がった。
後ろには、第二陣の猫耳たちも追い付いて、警戒を強めつつピンクの猫耳ゴーレムも量産を開始する。
『マコト様、そちらは大丈夫ですか?』
ビッキーから念話が入った。
『にゃあ、こっちは順調に進んでいるにゃん、そっちはどうにゃん?』
『エクシトマの西部を飛行中です、遭遇した魔獣を狩っています』
『西に深く入っちゃ駄目にゃんよ』
『はい、安全には十分配慮しています』
『にゃあ、みんなのこと頼んだにゃんよ』
『はい、お任せ下さい』
すっかり大人の対応で、頼もしいやら寂しいやら。
○エクシトマ州 西部 上空 戦艦型ゴーレム(天使建造艦) 艦橋
「ビッキー姉、お館様はどう?」
操舵手のシアが尋ねる。
「順調みたい」
「良かった」
砲手長のチャスがほっとする。
「お館様が砂海の魔獣程度でどうにかなるわけないよ」
「そう、お館様は強いもん」
砲手担当のニアとノアが自信たっぷりに語る。
「にゃあ、ビッキーたちは自分たちの仕事をするにゃん」
副艦長の猫耳が声を掛けた。
「当然です、探査開始!」
『『『ニャア』』』
猫耳ゴーレムたちが探査魔法を打った。
○王都タリス 王立魔法大学附属魔法学校 教室
「レイモンくん何処に行っちゃったんだろうね」
「猫耳さんの話では、王宮に行ってるらしいですね」
「いったい王宮に何の用事があるんだろう?」
「そこまでは教えてくれませんでした」
休み時間にケントルムからの留学生マルレーヌ・マラブルとマルネロ・ダヤンは、姿を見せない同郷のレイモン・アムランのことを心配していた。
ケントルムの侵攻軍の全滅と革命軍の完全敗退によって国内の緊張が解けたこともあり、マルレーヌとマルネロは学外に出ないことを条件に昨夜のうちに学校の寮に戻されていた。
「あたしたち帰れるのかな?」
「難しいと思いますよ」
「ああ、やっぱりか」
「例えトンネルが使えてもその先は魔獣がいっぱいだそうですよ」
「らしいね、更にその先は盗賊がいっぱいなんでしょう?」
「そのようですね」
ふたりとも実家とは連絡が取れる状態なのでケントルム王国の惨状は伝わっていた。大使館の職員からも説明があったが早期の解決は難しい様だ。
ただアナトリ王国の有力者マコト公爵が残留ケントルム人の保護に力を入れているので、直接的な身の危険を感じたことは無い。
「父上も怒っていたけど、どうしようもないよね」
「ですね」
マルレーヌの父親でリスティス州領主のイジドール・マラブル侯爵も激怒していた。主にトンネルを潰したアナトリ派に対してだが。
リスティス州の属する西部連合が計画していたアナトリ王国への侵攻作戦も水の泡となったことも大きいが、マルレーヌは知らぬことだった。
「マルネロのお家はどうなの?」
「安否の確認をされただけです」
マルネロの父親で王都の法衣貴族ブレーズ・ダヤン男爵も西部連合の侵攻計画に深く関わっていたが、こちらも息子には何も伝えてはいない。
「何か本国よりこっちの方が状況がいいみたいね」
「せっかく始まった小麦の輸入が途絶えた上に難民が押し寄せて、地方では大変なことになっているみたいだよ、魔獣も中央部まで入り込んだのがいるらしいし」
「うわぁ」
「私たちにはどうしようもないんだよね」
「ですね」
○王都タリス ケントルム大使館 ゲストルーム
「廃嫡だと?」
アイリーンがデュドネ・バルビエ大使に聞き返した。
「はい、先程本国よりルーファス第二王子殿下の廃嫡が決定されたとの通達がございました」
「オーガスト兄上は今回の不始末をルーファスとアナトリ派に押し付けるつもりか?」
「あちらではそのようでございます、暗部が殿下の暗殺に失敗したことでその様に動かれたのでしょう」
「ルーファスはあれでも上級の魔導師だ、そう簡単には殺せまい」
「左様かと」
「それであやつはマコト公爵のところに行ったままなのか?」
「はい、このままマコト公爵の庇護下にいらっしゃるのがよろしいかと」
「仕方あるまい、廃嫡されたとあっては大使館に入れるわけにもいくまい、二〇〇人の魔導師たちと違い戦争奴隷にされなかっただけマシであろう」
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 ゲストルーム
「私が廃嫡?」
ルーファスは、ほぼ時を置かず猫耳からケントルム王国大使デュドネ・バルビエの伝言を受け取っていた。
「にゃあ、伝えた通りみたいにゃん、今後は大使館に入れないそうにゃん」
「暗殺に失敗したから次の手を打ったか」
「まあ、お前も王族を離れた方が動きやすいだろう?」
チャドはソファーにダラっともたれてビールを飲んでいる。
「兄上のおっしゃる通りです」
「まあ相手がジャンヌでは、殺され無かっただけ儲けものだな」
「マコトに止められたからな」
カホはポテチを食べながらコーラをキメている。
「でもまあルーファスが廃嫡となると身代金も取れなくなるから、マコトのもくろみもハズレたわけだ」
「弟を殺さずに済んだのは幸いだ」
「姉上」
感動するルーファス。
「それでルーファスは、これからどうするんだ?」
「私ですか?」
チャドに尋ねられキョトンとするルーファス。
「姉上が無事に復活されたので、いまは特に何もないというか」
人生の目標が早々に完遂してルーファスは燃え尽き症候群な状態だ。
「おまえは何でジャンヌだけ探して、俺は放置だったんだ、ちょっと酷くないか?」
「チャド兄上は、何処にいても楽しくやっているはずだと信じておりました」
「おまえさ、俺と再会するまで存在を忘れて無かったか?」
「……いえ、そんなことは微塵も」
視線を逸らすルーファス。
「姉上はどうされるんですか?」
話を誤魔化すべく話題を変える。
「宝探しだ」
「はあ、二五〇〇年も経ってるのにまだ諦めてなかったのか?」
呆れ顔のチャド。
「私に取ってはほんの一瞬だ」
「許可できません、危険です」
「心配ない、猫耳たちが一緒だ、何が遭っても天には還してくれまい」
「では私もお供します」
「えっ、ヤダ」
カホに即答される。
「何故ですか姉上!?」
立ち上がるルーファス。
「えっ、女子だけで行くからだけど」
「余計に危険です!」
「心配しなくても大丈夫だよ、ユウカも魔法使いだし」
「ユウカってあれか、ブラッドフィールド傭兵団の団長か?」
「兄上は知ってるらしいな」
「業界筋では有名だからな、猫耳にブラッドフィールド傭兵団の団長にジャンヌなら魔獣がいても問題は無いんじゃないか?」
「マコトの領地なら魔獣の森も魔獣はいないらしいから問題はないだろう」
「王国内の魔獣の森は全部マコトに買って貰うか」
「いいんじゃないか、マコトは魔獣の森が好きらしいし」
「おお、まずは北方の名前だけ残ってる廃領と中央部にあるほとんど魔獣の森の直轄地だな、王国軍の借金を棒引きして貰うか」
「ボッタクリが過ぎるにゃん」
近くにいた猫耳から物言いが入る。
「普通ならそうだが、マコトなら直ぐに魔獣の森からお宝を掘り出して元を取るだろう?」
「それとこれとは別にゃん、南方も付けるにゃん」
「南方な、今度調べておくわ」
「にゃあ、それとルーファスにはちゃんと仕事を用意したから、女子会に潜入とかしなくていいにゃん?」
「私に仕事?」
見当の着かないルーファスだった。
○グランキエ大トンネル
「特にエーテル機関に違いはないにゃんね」
オレはヒラメみたいな砂海の魔獣から回収した黄色のエーテル機関を調べたが、最初に白い赤ちゃんから仕入れたモノと比べても大きな違いは発見できなかった。ヒラメの分の魔法式が追加されただけだ。
「基本は変わらないみたいにゃん」
この前、格納空間でシミュレーションした内容と変わらず。
「にゃあ、そこが魔獣の森の魔獣のエーテル機関とは違うにゃんね」
「魔獣の森の魔獣から取り出したエーテル機関は共通部分が半分ぐらいにゃん」
「砂海の魔獣のエーテル機関の方がいい感じに洗練された魔法式にゃん」
データを共有した猫耳たちとトンネルの隔壁をぶち抜きながら話をする。
「砂海の魔獣が後っぽい感じにも見えるけど、魔獣の森とは環境も何もかも違うからなんとも言えないにゃんね」
「魔獣の森と砂海はどっちが先に出来たかわからないにゃん」
「そうにゃんね」
議論も一段落ということで、オレは魔法蟻の背中にテーブルを出してティーセットを並べる。
そして紅茶とふわふわマシマシのパンケーキにフルーツと生クリームたっぷりのどれがメインだかわからないモノを出す。
いま一緒にいるアルとウイとチーコを始めとするすべての猫耳たちと元チビたちの格納空間にも同じモノを放り込んだ。
『『『お館様からパンケーキにゃん』』』
念話で声を揃える猫耳たち。
「にゃあ! 血糖値を上げる時間にゃん!」
『『『にゃあ!』』』
猫耳たちの鳴き声が響き渡った。まあ、お茶の時間だ。
健康診断から解き放たれたオレたちは甘味を心ゆくまで堪能……。
「美味しい!」
「このフワフワは評価するの」
「我も評価しよう」
リーリとミンクと天使アルマがマイフォークでオレのパンケーキを食べる。
「にゃあ、ちゃんと出すから待つにゃん」
「あたしにもお願いね」
後ろから抱っこされる。この後ろ頭に当たる柔らかな感触は!?
「タマモ姉にゃん」
瞬間移動としか思えない魔法で現れる天使様一行。
タマモ姉の皿も追加する。それとほとんど食い尽くされたオレの皿のパンケーキもロールアウトした。
「「おかわり!」なの!」
「我にも頼む」
「にゃあ」
妖精たちと天使様の皿にも新しいパンケーキを載せる。
「今回のフワフワはこだわりの作品にゃん」
「「おかわり!」なの!」
「我にも頼む」
聞いてないな。
「にゃあ、天使様にひとつ質問があるにゃん」
「なんだ?」
「魔獣の森と砂海はどっちが先に出来たにゃん?」
「ふむ」
考え込む天使アルマ。
「人間の感覚で言えば始まりは、ほぼ同時だ」
「にゃ、始まりにゃん?」
「一度に全部が出来たわけじゃないってことだよ」
リーリが解説してくれる。
「徐々に拡がったにゃんね」
「そういうことなの」
ミンクも同意する。
「にゃあ、どちらも永久魔法式にゃん?」
「くくりで言えばそうなるか」
「くくりは同じにゃん?」
「そうだ、だが、まだマコトには理解できない代物だ」
「オレにもいずれわかるにゃん?」
「マコトが求めればいずれわかる、神はそう予言された」
天使アルマはパンケーキにたっぷりとクリームを載せながらそう答えた。




