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薔薇園の館にゃん

 ○ケントルム王国 アドウェント州 ローゼ村 薔薇園の館 執務室


『ニャア、マズハ周囲ヲ案内シテ欲シイニャン』

『ソレト食料庫ヲ作リタイカラ、ナルベク広イ土地ヲ都合スルニャン』

『別二平ラジャナクテモイイニャン、うちラガ整地スルニャン』

 三体に増えた猫耳ゴーレムはナオにそれぞれ希望を伝える。

「わかった、案内させるね、クロエ、土地も見繕ってあげて」

「かしこまりました」

 ナオの傍らに控えていたクロエと呼ばれた女性が一礼する。年の頃二〇代後半ほどに見える長身の女性だ。長い黒髪に、やはり黒のチャイナドレスのようなスリットの入ったワンピース姿だった

「では、こちらへ」

 クロエは猫耳ゴーレムたちを先導して執務室の扉を開く。

『『『ニャア』』』

 猫耳ゴーレムがクロエの後に続いてナオの執務室を出て行った。


「ナオ様、いまのはなんです? 戦闘ゴーレムみたいに見えましたけど」

 ソファーに大股で座っていた男が質問する。美形だが無精髭とヨレヨレのシャツでいまいち清潔感が無い三九歳独身。

 クロード・デュクロ。薔薇園とアドウェント州を守る薔薇の騎士団の総長で領主ジスラン・デュクロの実弟。本人は魔法騎士だと主張しているが上級の宮廷魔導師並の魔法を操る。

「カズキの話では、確か汎用型のゴーレムだったはずだけど」

 ナオは自信なさげに首を傾げた。

「何でそんなものが突然現れたんですか? 最初に現れた一体がもう二体を召喚した様に見えましたが」

 笑みを浮かべていたが目だけは笑っていない。

「ネコちゃんが先発隊として寄越してくれたからだけど」

 ナオは執務室の大きな机に寄りかかって答えた。

「ネコちゃんて、ナオ様はいまさっきアナトリ王国のマコト公爵と連絡を取ったばかりですよね?」

 確認するクロード。

「見ての通りだけど」

「それでどうやって?」

 クロードは猫耳ゴーレムたちが出て行った扉を見る。

「クロードならわかるんじゃない?」

「まさか、格納空間の共有ですか?」

 アナトリでは不可能とされているがケントルムでは一部の魔導師が使える。

「そう、ネコちゃんがあたしの格納空間に猫耳ゴーレムを送り込んで来たの、あとの二体はクロードの推測通り猫耳ゴーレムが自分で呼んだみたいね」

「はあ、アナトリ王国からそんなことが出来るんですか?」

 感心というより呆れ顔だ。

「現にやってのけたんだから、出来るんじゃない」

「はあ、本当に規格外ですね、こりゃ近いうちに王宮はヤバいことになりそうだ」

「先に手を出したのはアイツらなんだから仕方ないんじゃない?」

「で、こっちは大丈夫なんですか?」

「王宮に味方する義理もないし、魔獣も砂海の砂もあたしたちの手に余るわけだし、ネコちゃんに頼るしかないんじゃない?」

「アナトリのマコト公爵、本当に魔獣を狩れるんですか?」

「そこは間違いないみたい、カズキがそう言ってたし」

「ナオ様、マコト公爵が俺たちを助けてくれる理由って何なんです、ことが済んだら全員、戦争奴隷ってことはないですよね?」

「あたしたちを奴隷にしても、あの猫耳ゴーレムほどの性能は出ないから意味が無いんじゃない」

「そうなんですか?」

「間違いないと思うよ、魔力も半端ないし、自律的に魔法を使うゴーレムとか初めてみたよ」

「そいつは、また」

 言葉が途切れる。

「ネコちゃんが助けてくれるのは、あたしと同郷だから、ただそれだけだと思うよ」

「ナオ様と同郷ですか、だったら俺たちに勝ち目は無いですね」

「うん、万が一も無いと思うよ」

 頷くナオ。

「そいつは、大変だ」

 クロードは肩をすくめた。

「これで何とかなりそうね」

 ナオは、ホッとした表情を浮かべて椅子に腰を落とした。


「叔父上!」

 ほどなくしてバタン!と大きな音を立てて執務室の扉が開かれた。

「何事だエリク、ナオ様の御前だぞ」

「も、申し訳ございません!」

 エリクと呼ばれた青年が直立不動で謝罪した。エリクは領主の長男で今年十八になる。まだ少年の面影が色濃く残る良家のお坊ちゃんそのものの風貌だ。

「どうしたのエリク? そんなに慌てちゃって」

 優しく尋ねるナオ。

「ナオ様、クロード叔父上、オレリア姉上が!」

「また、オレリアがまたなんかやらかしたのか?」

 腰を浮かせたクロードが渋い表情を浮かべる。

 エリクの姉オレリアは、今年二二歳になる魔法騎士の薔薇の騎士団の副総長を務める。魔法騎士の実力は申し分ないが、副総長としてはやや難ありの脳筋だ。

「まさか、オレリアが猫耳ゴーレムちゃんに斬り掛かったとかじゃないよね?」

 嫌な予感にナオも渋い顔をする。

「そのまさかです、見慣れぬゴーレムがアナトリから来たと聞いた姉上は剣を抜きまして……」

「おいおい、ゴーレムとはいえマコト公爵が派遣してくれた大事な客分だぞ、もし壊しでもしたらヤバいことになるぞ」

 クロードは眉毛をハの字にしたままだ。

「申し訳ございまいせん! 姉上と第一騎士団の五〇人でゴーレムを囲んでいましたから、手遅れかと」

「おお、いきなりやってくれたな」

 頭を抱えるクロード。

「クロエは止めなかったの?」

 一縷の望みを託すナオ。

「アナトリのゴーレムの戦闘力を知るのに良い機会だと」

「なんなの戦闘力って? 猫耳ゴーレムは汎用型で戦闘用じゃないのに、もー」

「クロエはブレないな」

 変なところで感心するクロード。

「ネコちゃんにはあたしから謝っておくから、猫耳ゴーレムを回収して、もしかしたらクロエが直せるかもしれないから」

「かしこまりました」

 クロードが立ち上がった。

「すいませんナオ様、この非常時に余計な手間を、兄上には俺から報告をしておきますので」

「まあ、ちょっとはお灸を据えないとね、ゴーレムならまだ直せる可能性があるけど、公爵の配下を傷付けたら、あたしまで敵認定されちゃう」

「そこまでですか?」

「ネコちゃんは、配下の者を家族同様に扱うそうよ、もしかしたらゴーレムでもヤバいかもね」

「まさか」

「それが本当みたいだよ、猫耳ゴーレムちゃん可愛いものね、あたしだったら怒っちゃうな……あぅ、胃が痛くなってきた」

 お腹を押さえる。

「「申し訳ございません」」

 クロードとエリクが声を揃えて頭を下げた。

「大丈夫、これもあたしの仕事だから、とにかくあなたたちはゴーレムを回収して」

「「かしこまりました!」」

 クロードとエリクが執務室を飛び出した。

「では、あたしも……」

 ナオは念話を飛ばした。


『にゃあ、オレにゃん』

「いま大丈夫?』

『問題ないにゃん、にゃあ、何かトラブったにゃん』

『ごめんなさいネコちゃん、ウチの者がネコちゃんのゴーレムに粗相を』

『大丈夫にゃんよ、本気で攻撃されない限り強くは反撃はしないにゃん』

『……本気で攻撃しちゃったかも』

 胃の辺りを押さえるナオ。

『殺さないようには言ってあるにゃん、制圧するだけに留めるはずにゃんよ、ただ原形は留めてないかもしれないにゃんね』

『それは問題ないんだけど』

『ちゃんと治療もさせるから、その点は安心していいにゃんよ』

『あの、もし猫耳ゴーレムちゃんが壊れちゃったら?』

『にゃあ、その時は、オレが壊したヤツを直にブッ殺すだけにゃん』

 念話だがにこやかな声が返って来た。

『うん、わかった』



 ○ケントルム王国 アドウェント州 ローゼ村 薔薇園の館 中庭


「お前ら、何をしてる!……って、あれ?」

 騒動が起こったはずの中庭に駆け付けたクロードの前には、猫耳ゴーレムが三人と少し離れてクロエが立っているだけだった。

「……お」

 いやそうじゃなかった。

 猫耳ゴーレムたちを囲んで騎士たちが倒れている。

 生きてはいるようだが虫の息だ。

 手足を捻じ曲げられ腫れた顔面を血で赤く染めている。全員見知った者たちのはずだが誰が誰なのか判別が付かない。

「おいクロエ、何があった!?」

「ご覧の通りです、オレリア様を始めとする第一騎士団の方々が猫耳ゴーレムに斬り掛かって返り討ちに遭いました」

 クロードの問いに淡々と無表情で答えるクロエ。

『ニャア、殺シテ無イカラ安心シテイイニャン、うちラハオ館様ノ言イ付ケニハ忠実ニャン』

「お、おお」

 クロードは何度も頷いた。

「三対五〇で瞬殺かよ」

「いいえ、一対五〇で瞬殺です、二体は戦闘に参加しておりません」

「マジか?」

「はい、これだけの戦闘力が有りながら汎用型とは驚愕の性能です」

 口調はまったく驚愕した様子は伺えなかったが。

「ああ、驚愕だ、バカだがコイツらは騎士団でも最強の部類なんだが」

 どいうやら全員ぶん殴られて沈黙させられたらしい。しかも殺さないように手加減されている……のか?

 もし本気で敵対したら、この三体のゴーレムだけでどれほどの被害を被っていたか考えたくもない。

「クロエさん、姉上は何処ですか?」

「わかりません、たぶんあの辺りだと思いますが」

 クロエはエリクの問いに興味無さそうに答えると猫耳ゴーレムたちの足元を指差した。

『ニャア、おれりあナラ、コレニャン』

 猫耳ゴーレムが足元に倒れているひとりの襟首を掴んで足が浮くほど持ち上げた。

 四肢は折れているらしくだらりとぶら下がっている。

 ボロボロになっていたが確かにオレリアの甲冑を着ていた。

 だが実弟のエリクであっても顔の判別が付かない。

『何カ、言ッタラドウニャン?』

 持ち上げた人間を揺さぶった。

「……もふ、許ひてくあさい」

 か細い声が聞こえた。

「マジか、あれがオレリアかよ」

 声を上げたのはクロードだった。

 エリクは口をパクパクさせるだけだ。

『ソレデ、ドウスルニャン? 治療シナイト間モナク死ヌニャンヨ』

『治癒魔法ガ使エナイナラ、うちラガ代ワリニ治療シテモイイニャン』

『ニャア、タダシ、オ代ハ貰ウニャン』

「わかった、ちゃんと払うから治療してあげて」

 答えたのは後から駆け付けたナオだった。

『承ッタニャン』

 猫耳ゴーレムは襟首を持ち上げていたオレリアをそのまま地面に落とした。

「おっ」

 クロードが抗議するよりも早くまばゆい青い光が周囲を満たす。

「ゴーレムが聖魔法ですか、これは面白いですね」

 クロエが口元にだけ笑みを浮かべた。

「なるほど汎用型なわけね」

 ナオが頷いた。


『完了ニャン』

 五〇人の騎士たちが、身体を起こし自分の身体を確かめる。

『鎧ハ、ツイデニ直シテアゲタニャン』

『武器ハ知ラナイニャン』

『自分デドウニカスルニャン』


「うああ! 私の剣が!」

 オレリアの剣は柄だけになっていた。


「オレリア、お前はちょっと来い、他の者は解散だ」

「「「はっ!」」」

 クロードの声に命拾いした騎士たちが足早に撤収しオレリアだけが取り残された。

 とぼとぼと足取りも重くクロードの前に来る。

 猫耳ゴーレムに手荒く扱われたが、いまは傷一つない。元のケントルムでいちばんの残念美人に戻っていた。

「で、何か申し開きすることはあるか?」

「はい、アナトリのゴーレム恐るべしです」

 鼻息荒く報告する。

「それだけか?」

 重ねて尋ねるクロード。

「まったく歯が立ちませんでした」

「だろうな」

「オレリア、あなた昨日の会議で決めたこと覚えてないの?」

 続けてナオが尋ねる。

「無論、覚えております」

 オレリアが胸を張る。

「だったら、どうして猫耳ゴーレムちゃんに斬り掛かったりしたの?」

「アナトリの戦闘ゴーレムは、排除する必要有りと判断して行動いたしました」

 キッパリ答える。

「あのね、どう判断するとそうなるの? アナトリでも猫耳ゴーレムちゃんは、マコト公爵が寄越してくれた大事なお客様なんだけど、ちゃんとクロエの話を聞いたの?」

 今度は頭が痛くなってきたナオ。

「はい、アナトリの戦闘ゴーレムかもしれないと、それで十分と判断いたしました」

「クロエも何でそんな分かりづらい言い方をしたの?」

 背筋を伸ばし脇で控えているクロエに視線を向ける。

「そうだ、オレリアはバカなんだから、もっと噛み砕いて教えてやらないと理解しないぞ」

 同調するクロード。

「申し訳ございません、オレリア様のおバカ加減を失念しておりました」

 クロエは表情を変えない。

「あんた、わざとオレリアたちを猫耳ゴーレムちゃんにけしかけたでしょう?」

 ナオが半目でクロエを見る。

「いいえ、滅相もございません」

 クロエは無表情のまま否定する。

「それで良いデータは取れたのか?」

 クロードが尋ねた。

「アーティファクト級のゴーレムなのは間違いないかと」

「そんなの見ればわかるでしょ?」

 今度は、呆れ顔のナオ。

「何事も確認が重要かと」

「あんたの好奇心を満足させる為にあたしたちまで危険に晒さないでよね、猫耳ゴーレムを傷付けたらマコト公爵が『直にブッ殺す』って言ってたから」

「ご安心下さい、私に公爵様のゴーレムを傷付けるような技量はございません」

『ニャア、ソウイウ事ニシテオクニャン』

『早ク倉庫ヲ建テラレソウナ土地二案内スルニャン』

『広イホウガイイニャンネ』

「かしこまりました、ではこちらに」

 クロエは、猫耳ゴーレムたちを連れて行ってしまった。


「ありゃ、クロエの実力も見抜いてたな」

 クロードは無精髭の生えた顎を撫でた。

「うわ、絶対に敵対したくない」

 ナオは自分の肩を抱いてブルっと震えた。

「ご安心下さい、ナオ様は私がお守りいたします」

 オレリアが片膝を着いて頭を垂れる。

「そう思うなら、まずその残念なオツムをどうにかしろ」

 クロードが言い放つ。

「ナオ様、総長が酷いんですけど」

「はいはい、酷い酷い」

 オレリアの頭を撫でる。

「ナオ様も酷いです」

「姉上、次は自分で判断することは厳禁ですからね、それが出来ないなら父上のところに帰って貰います」

「エリクも酷い」

 オレリアは涙目になって唇を尖らせた。


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