ルーファスの治療にゃん
○王都タリス 城壁内 タリス城 国王執務室
「報告するにゃん、革命軍の六万全員を捕縛したにゃん、先王、元王太子、リアンティス州領主親子、いずれも捕縛したにゃん、リアンティス州は王国軍が制圧中にゃん」
「そうか」
国王執務室で猫耳のエマの報告を受けたハリエットは深いため息を吐いた。
「ケントルムの魔導師二〇〇人も捕縛、こちらにも北方七州の関与が確認されたにゃん、いまウチらが制圧中にゃん」
北方七州の各州都をドラゴンゴーレムに乗った猫耳たちが急襲、短時間で制圧している。現在は調査中の段階だ。
「宣戦を布告した他国に与したとなると潰さざるを得ぬか」
「当然にゃん、それと王都内で禁忌呪法を行使した護国派一〇人とケントルムの間諜をひとり捕らえたにゃん」
結果は魔法式の改変で真っ裸になっただけだが、禁忌呪法を使ったことには変わりはない。
「魔獣になったヤツらの仲間か?」
「そうにゃん、魔獣になったヤツらと違って、こいつらの記憶は失われなかったにゃん、それなりに情報を引き出せるにゃん、でも雑魚にゃんね」
思考誘導と勝手に改造された被害者ではあるが、それなりに悪さをしていたので猫耳化だ。
「ケントルムの軍勢はそれで全てだろうか?」
「潜伏中のルーファス第二王子の捕縛がまだにゃん、大使館に逃げ込んだところまで確認済にゃん」
「大使館か」
「国内での戦闘はこれで終了にゃん、グランキエ大トンネルは、お館様が押さえたので侵攻は無理にゃん」
「砂海の魔獣が出たとのことだが、マコトは大丈夫なのか?」
「にゃあ、アレはかなりヤバいにゃんね、魔法が通じないにゃん」
「それでよく倒せたな」
「にゃあ、通じないなら使わなければいいだけにゃん」
「マコトたち以外には無理そうだな」
「ケントルムは大変なことになってるにゃん、自業自得にしても巻き込まれた人々はたまったものじゃないにゃん」
「まったくだ」
ハリエットも同意する。
「陛下は、先王をどうするにゃん?」
「頭の痛いところだ」
「陛下の慈悲を踏みにじったにゃん、晒し首が普通にゃん」
「わかってはいる」
「にゃあ、お館様からは、先王一家からオリエーンス帝国皇帝の因子を排除の後、戦争奴隷にするのがいいとのご提案を貰ってるにゃん」
十二歳の心の優しいハリエットに余計な心労を与えないように選択肢を用意していた。
「オリエーンス帝国皇帝の因子とは?」
「にゃあ、オリエーンス帝国皇帝の子孫が受け継いでいる因子にゃん」
「そんなモノがあるのか?」
「陛下にもあるにゃんよ」
「私にもか?」
「にゃあ、だから狙われたにゃん」
「おかげでプリンキピウムの森でマコトに出会ったわけだが」
「皇帝の血が陛下を守ったのかもしれないにゃんね」
実際にハリエットを守ったのはピアス形の護身の魔導具だが、それも皇帝由来の品だ。
「皇帝の因子にはそれほど利用価値があるのか? 革命権の行使ぐらいしか思い浮かばんが」
「革命権は表向きの価値にゃん、皇帝の因子の本当の価値はヤバい魔導具を封印した鍵だということにゃん」
「鍵?」
「にゃあ、鍵だけに解放にも使えるにゃん、エドモンド殿下やセザール・マクアルパイン教授が殺されたのはそれが原因にゃん」
「つまり利用される要素を消すと?」
「そうにゃん、利用価値がなくなればそれだけ安全にゃん」
「殺さなくて良いのか?」
「にゃあ、奴隷落ちは処刑以上の屈辱にゃん」
「そういうものなのか?」
「にゃあ、それでも近寄って来るヤツは潰すにゃん」
「生き餌にするというわけか」
「にゃあ、ウチらはお館様ほど慈悲深くも優しくもないにゃん、利用できるうちは使わせて貰うにゃん」
「しかし奴隷か」
伯父を奴隷落ちにすることも抵抗があるらしいハリエットはやや難色を示す。
「にゃあ、お館様の基準で衣食住を提供するにゃん、その辺りの庶民より清潔で快適な暮らしができるにゃん」
「マコトならそうか、それで進めてくれ」
ほっとして肩の力を抜くハリエット。
「承ったにゃん」
「リアンティス州と北方七州はどうだ、マコトの領地にしなくていいのか?」
「お館様は、領民のいる場所を欲しがらないにゃん、直轄領にして王宮の権力の強化に使うのがいいにゃん」
「それにはまたマコトたちの手を借りなくてはならないが」
「にゃあ、問題ないにゃん、直轄領の強化は国家の安定に繋がるにゃん」
「周囲の領地から領民が直轄領に流れ込んでいるそうだな」
「直轄領は税率が安いにゃん、簡単に市民権を得られるのも大きいにゃんね、それと奴隷のような扱いを受けていた人たちをウチらが積極的に呼び寄せているにゃん」
「周囲の領主が黙っていないのではないか?」
「にゃあ、ちゃんとした解決金は払っているにゃんよ、それでも五月蝿いヤツはオートマタで城を囲むと不思議とおとなしくなるにゃん」
城壁をゴリゴリ削ったりするけどな。
「領地が繁栄しているなら、逃げ出す領民もいないか」
「奴隷労働に支えられた繁栄などそう長くは続かないにゃん」
「リアンティス州と北方七州の件も了解した、しかしマコトに対する報奨をなにか考えねばならんな」
「にゃあ、お館様なら勝手に儲けてるにゃん、今回は砂海の砂を手に入れたにゃん」
「それがいいものなのか?」
「ウチらなら魔力を取り出せるにゃん」
「それは凄いな」
「流石にウチらだけでは使い切れないので、街道の修復や領地や直轄領の開発に使うにゃん」
「使い切れない魔力か、想像が追い付かないが」
「にゃあ、ウチらもそうにゃん、お館様といると退屈している暇がないにゃん」
「マコトと一緒ならそうだろうな」
「それと今回の戦争の落とし前は、ケントルムにつけて貰うから大丈夫にゃん」
「ケントルムに?」
「にゃあ、ただヤツらは砂海の砂を止められないから、あっちに行く頃には国の半分ぐらい無くなっているかもしれないにゃんね」
○王都タリス ケントルム大使館 大使執務室
「デュドネ大使、ルーファスは何処だ?」
アイリーンはデュドネを詰問する。
「医務室でございます」
「手酷くやられたらしいな」
「はい、外傷は無いのですが、酷く衰弱しておられます」
「お手上げか」
「申し訳ございません」
「いや、大使の責任ではないあやつ自身の不始末だ、ここもマコト公爵の手を借りるしかないわけか」
「アイリーン様、よろしいですか? ここでルーファス殿下の存在を公にすれば、我が国は非常にマズい状況に陥りますが」
「既に十分マズい状況であろう? それ以前にあの馬鹿者の居場所を教えてくれたのがマコト公爵だぞ、とぼけるだけ無駄だ」
「やはり」
「とにかくあの馬鹿者と会わせよ! 治療を受けねば死ぬぞ」
「死ぬのですか?」
「傀儡殺しだそうだ、ゴーレムごと術者の魂を切ることができるらしい、マコト公爵の慈悲を頂き即死は免れたが、放置すれば死に至るそうだ、ここでアヤツが死ねば大使も面倒なことになるのではないか?」
「……ご案内いたします」
「治療のできる術者にも来て貰っている、入館の許可を」
「許可いたします」
デュドネ大使が即答し大使館の前に駐車していたジープから、ふたりの少女が招き入れられた。
○王都タリス ケントルム大使館 医務室
「ジャンヌ殿、すまない」
アイリーンはジャンヌという名の少女に謝罪した。
「マコトの頼みだ、問題ない」
同行している顔見知りの猫耳リーから、ジャンヌはハリエットの関係者だが身分に関しては詮索無用と念を押された。
初めて見る赤い軍服風の衣装だが、かなり高級な仕立てであることがわかる。そしてハリエットをそのまま十五ぐらいに成長させた様な姿。
ハリエットの父、クリフォード様の庶子あたりか。他人の空似にしては似すぎていた。
医務室のベッドで身体を丸め苦悶の表情を浮かべている少年。
大使館付きの治癒魔導師ではまったく歯が立たなかった様だ。
「ルーファス」
アイリーンがアナトリに嫁いで以来の再会だが、その姿は少しも変わっていなかった。
「どうだ?」
「心配ない、まだ間に合う」
「問題ないにゃん」
ジャンヌと猫耳リーがベッドの傍らに立つ。
「済まないが頼む」
アイリーンが下がった。
「承ったにゃん、ただ治療には人払いが必要にゃん」
「わかった、下がらせよう」
「アイリーン様、それは承服しかねます」
大使のデュドネが口を挟んだ。
「何をだ?」
「失礼を承知で申しますが、殿下をお二人だけに託すわけには参りません」
「暗殺が目的なら、大使館に逃げ込む前にやってるにゃん、ウチらはお館様に止められているから手出しはしないにゃんよ」
「リーの言葉に嘘はない」
ジャンヌことカホはイラっとした表情を浮かべる。
「それにそこにいるエサイアス・ネルソンにも同席して貰うにゃん」
エサイアスを見る猫耳のリー。
「私でございますか?」
「ケントルム王国の秘密特使なら、護衛にちょうどいいと違うにゃん?」
「本国の秘密特使だと?」
アイリーンが眉間にシワ寄せる。
「三年ほど前から動いていたみたいにゃんね、悪くない計画だったと思うにゃんよ、ただ時期が悪かったにゃんね」
「恐れ入ります、マコト公爵様の存在を知った時点で手を引くべきでありました」
エサイアスは、目を細め笑みを浮かべた。
「エサイアス、お前に任せる、デュドネもそれで良いな?」
アイリーンが強引に許可した。
「かしこまりました、エサイアス頼んだぞ」
デュドネも引き下がった。
「承りました」
エサイアスは深々と礼をした。
「アイリーン様も残っていいにゃんよ」
「私もか?」
「にゃあ、ただし他の人間は退室して欲しいにゃん」
医務室からデュドネ大使や騎士、治癒師が退出した。
「にゃあ、まずはエサイアスから治療するにゃん」
「私でございますか?」
不思議そうな顔をするエサイアス。
「理由はマルク・ヘーグバリ男爵にゃん」
「今更隠し立てはいたしませんが、男爵が何か?」
「ヤツが魔獣になったのは知ってるにゃんね?」
「存じております」
リーの問いに頷くエサイアス。
「エサイアスにも同じ細工がされてるにゃん、魔力隠蔽の結界のせいでウチらの探査魔法に引っ掛からなかったにゃん」
「同じ細工と申されますと?」
「魔獣になる細工だ、馬鹿げた魔法ほど時代を経ても生き残るらしい」
カホがため息交じりに語る。
「そんなモノが私にでございますか?」
エサイアスは信じられない顔だ。
「正確には人間を魔獣に変えるのではなく、魔石から羽化させるだけの単純な魔法にゃん」
「早くした方がいいぞ、魔獣は私の手に余る」
カホがリーを急かす。
「了解にゃん、始めるにゃん」
カホの言葉に頷いたリーが聖魔法の青い光で部屋を満たす。
「ほう、これは」
魔導師であるエサイアスはその光の強さに感心する。
「にゃあ、まずはマルク・ヘーグバリ男爵の施した記憶の改ざんを取り除くにゃん」
エサイアスの視界が切り替わる。
見覚えのある場所。
薄暗い地下室は、リアンティス州の州都イリオトにあるマルク・ヘーグバリ男爵も別邸だ。
そうこれはマルク・ヘーグバリ男爵に語り掛けたルーファス第二王子の幻影が消えた後のこと。
「マルク様のご意見は、護国派全体の統一された見解と思ってよろしいでしょうか?」
改めて尋ねるエサイアス。
「我らの意思は一つ、揺らぐことはありません」
マルク・ヘーグバリ男爵が答えた。
「かしこまりました、出来る限りの協力をいたします」
「感謝いたします、同士も皆、感謝を捧げるでしょう」
『ふん、狂信者が、護国派とその協力者を特定しろ、マコトの次に始末する』
エサイアスの脳裏に第二王子の声が響き、その笑みが深まった。
「では、エサイアス殿に我らの盟友としての証を差し上げましょう」
「証でございますか?」
「こちらです」
マルクは掌に淡く赤く光る半透明の球体を載せていた。
「それは?」
「魔獣の魔石です」
マルクはエサイアスの問いに答え、作り物のような笑みを浮かべた。
「にゃあ、思い出したにゃん?」
「……っ、失礼いたしました、まさか私が騙されていたとは」
リーの言葉でエサイアスは我に返った。
「いまなら魔石が何処にあるか自分でもわかるはずにゃんよ」
「魔石ですか……確かに」
エサイアスは自分の腹部を見下ろした。
「確かにございます、これだけの魔力に気付かなかったとは」
「にゃあ、意識を操られなかっただけ大したものにゃん、普通ならマルク・ヘーグバリ男爵と一緒に魔獣になってたにゃん」
「私が魔力を隠していたから、意識を乗っ取られなかったと?」
「そういうことにゃん、魔力隠蔽の結界が防壁になっていたにゃん、でもそろそろ限界にゃんね、取り出すにゃん」
リーが手を翳す。
「……っ!」
ビクンとエサイアスの身体が震えた。
「おー」
カホはリーの魔法に声を漏らす。
「終わったにゃん」
リーの掌に赤く光る魔石が載っていた。マコトたちがエーテル機関と呼ぶモノだ。
「にゃあ、これは治療費代わりに貰っておくにゃん」
「えっ、ええ」
「欲しいにゃん? これは何の加工もしてないから保管をしくじると近くの人間がグール化するにゃよん」
「いいえ、私には必要ありませんのでお持ち下さい」
今度は余裕のない引き攣った笑みを浮かべるエサイアス。
「次は第二王子か」
「にゃあ、こっちのガキはジャンヌに頼むにゃん」
「見た目と違って子供ではなかろう?」
カホはルーファスを眺める。
「見た目もやってることもガキにゃん、ウチらのお館様を見習って欲しいにゃん」
「マコトのやってることもメチャクチャだぞ」
カホが苦笑いする。
「確かにリーの言う通りだ、こいつは何も成長していないらしい、マコト公爵の様な為政者としての慈愛が欠けている」
アイリーンはリーの意見に同意した。
「にゃあ、今後のルーファス殿下のことはアイリーン様にお願いするにゃん」
「ああ、私が再教育しよう」
アイリーンが請け負った。
「……姉上?」
ルーファスが薄く目を開く。
「にゃあ、時間が無いにゃん、頼むにゃん」
「わかった」
リーがまた聖魔法を使う。
そしてカホがルーファスの上で赤い光で空中に刻印を刻んだ。
エサイアスは空中に浮かぶ刻印に目を見張った。まったく読めないが高度な技術で組み上げられているのがわかる。
「はぁはぁ……はぁ」
ルーファスの表情と呼吸が和らぎ赤と青の光が収まる。
時間は僅かだが、ケントルムの高位の宮廷魔導師でも使えない治癒魔法が行使された。
レベルが違いすぎる。
エサイアスは、自分がいかに愚かな戦いを挑んでいたかを痛感した。
「魂の修復も完了にゃんね」
「ああ、これで問題ない、今回はマコトの頼みだから引き受けたが次はない」
「わかっています」
カホの言葉にアイリーンが頷いた。
「手間のかかる弟も、いなくなれば寂しいものだ」
ジャンヌが寂しげな笑みを浮かべた。
「にゃあ、用事は済んだからウチらは帰るにゃん」
「ああ、そうだな」
ふたりは踵を返す。
「お待ち下さい、姉上!」
ルーファスがベッドから身体を起こした。
「姉はこちらだろう、何を寝ぼけている?」
アイリーンはルーファスの頭を掴んで強引に自分に向かせる。
「そうではないのです! 私です! ライナスです! ジャンヌ姉上!」
「ライナス……だと?」
ジャンヌことカホが振り返った。
そしてルーファスに近付いた。
「頭も打っていたか?」
ルーファスの顔を覗き込んで眉間にシワを寄せるカホ。
「にゃあ、そうみたいにゃんね」
リーも覗き込んで耳をピクピクさせる。
「すまない、もう一度診て貰えないだろうか?」
アイリーンも弟の顔を覗き込んで済まなそうな顔をする。
「ああ、いいだろう」
「ジャンヌ姉上、ああ、この匂いやはりジャンヌ姉上だ」
「気持ち悪いヤツにゃんね」
冷たい眼差しをルーファスに向けた。
「まったくだ」
カホも同意する。
「重ね重ねすまない」
アイリーンが本当に済まなそうな表情で謝罪する。
「何処でそのネタを仕入れたか知らんが、ハリエットに刃を向けたお前がライナスのわけがない」
カホが断言する。
「ハリエット陛下ですか?」
「ああ、ライナスもオツムはいま一つだったが、自らの子孫を傷つけるほど愚かではないはずだ」
「……わが子孫、そうなのですか姉上!」
「だから、お前の姉はこちらだと言っているだろう」
また容赦なくルーファスの首を自分に向けるアイリーン。
「にゃあ、ハリエット陛下はジャンヌと瓜二つにゃん、オリエーンス帝国の皇帝一族の子孫であることは間違いないにゃん」
「確かに瓜二つだ」
アイリーンが頷く。
「なんと! 知らぬこととは言え大変、失礼いたしました!」
ルーファスは、ベッドの上で綺麗な土下座を見せた。
「……お前、本当にライナスなのか?」
その土下座に見覚えがあったからだ。
カホが教えたのだけど。
「ライナスです! 私は姉上が地上に戻られると信じておりました、だから転生したのです」
「にゃあ、ちょっと失礼するにゃん」
リーがルーファスの額に指を当てた。
「にゃあ、これは本物で間違いないにゃんね、お姉ちゃんが大好き過ぎてちょっと気持ち悪いにゃん」
「……何か済まない」
今度はカホが頭を下げた。




