再革命の後始末にゃん
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ大トンネル 物理障壁 屋上庭園
『お館様、革命軍の制圧を完了したにゃん』
屋上庭園を元に戻したところでリアンティス州と王都の境界門に派遣した猫耳のリーから報告が入った。
「お疲れにゃん、どんな状況にゃん?』
『革命軍の六万人全員を捕虜にしたにゃん、死者は200ちょっとにゃん、大半が事故死にゃんね』
『魂は回収したにゃん?』
『漏れなく回収したにゃん、全員の修復が可能にゃん』
『にゃあ、六万人のうち犯罪奴隷相当は何人いるにゃん?』
『三〇〇弱ってところにゃん、こちらは箱詰めして運んだにゃん』
『にゃあ、すると死者は三〇〇弱ってことにゃんね』
『そうなるにゃん』
犯罪奴隷相当の人間は魂を煉獄の炎でこんがり焼いて猫耳にする。
『捕虜にした革命参加者の家からは賠償金をがっぽり貰うにゃん、本人は戦争奴隷にゃん』
『にゃあ、直轄領で働いて貰うにゃんね』
『それと先王一家のエーテル器官をまっさらにしておくにゃんよ』
また面倒くさいことにならないようにする。
『了解にゃん、手配するにゃん』
『北方七州はどうにゃん?』
『にゃあ、現在ウチらで展開中にゃん、どの騎士団もちょっといい銃は持っているけど微妙にゃん』
『油断しちゃ駄目にゃんよ、州都には城の魔導師がいるはずにゃん』
『その辺りも抜かり無いにゃん、既に捕虜から情報を抜いてあるにゃん』
『にゃあ、ケントルムの第二王子も殺さない方向で頼むにゃん、たぶんカホじゃないと治せない状態になっているはずにゃん』
傀儡殺しなんて中二な刀で魂をぶった切っている。
『カホが、お館様に仕留めるのを止められたって言ってたにゃん』
『にゃお、だから仕留めちゃ駄目にゃん、ケントルムの第二王子ならいろいろ利用価値があるにゃん』
『了解にゃん、これから第二王子のところにカホを連れて行くにゃん』
『頼んだにゃん』
○王都タリス ケントルム大使館 医務室
医務室のベッドにはルーファスが身体を丸め、荒い息を吐き出す。意識は混濁しており尋常でないのは誰の目にも明らかだ。
「どういうことだ、エサイアス?」
ケントルム大使デュドネ・バルビエはルーファスを連れ帰ったエサイアスに尋ねた。
「アナトリ側の魔法使いに何か仕掛けられた様です」
「何かとは?」
「殿下の戦闘ゴーレムを斬ると同時に、術者である殿下にも何らかの攻撃があったようです」
「術者ごと斬ったわけか、すると並の魔法使いでは無いな?」
「左様かと」
「それで殿下の容態はどうか?」
デュドネは大使館付きの治癒師に問う。
「外傷はございません、また、呪いでも無いようです」
「つまり、わからぬということか?」
「も、申し訳ございません」
まだ年若い治癒師は顔面蒼白だ。
「仕方あるまい、大使館では戦争の準備など何もしていなかったのだ、エサイアスも治療法はわからぬのだな?」
「ゴーレムを介して術者を倒す技は初めて遭遇いたしました、まったく未知の技でございます」
「ゴーレムで遅れているアナトリにこれほどの術者がいるとは、マコト公爵の配下の者か?」
「はい、猫耳の少女と一緒におりました」
「やはりアナトリでもマコト公爵の配下は別格か、王都に潜入した魔導師たちはどうした?」
「消息不明でございます、たぶん全員が殺害されたものと思われます」
「魔導師二〇〇人をそこまで簡単に殺せるものなのか?」
「かなり格上の魔法使いなら可能かと」
「本国も殿下もマコト公爵とその配下の力量を完全に見誤ったな」
「面目ございません」
「殿下を止められなかったのは私の失態でもある、本国に指示を仰ぐがあちらもかなりバタついているからまともな返答は無いかもしれぬ」
「私も情報を集めます」
「情報を集めるのは構わぬが、大使館からは出ぬことだ、貴様は大使館付きだがいくらでも難癖の付けようはあるだろう」
「かしこまりました」
○オルビー領 オルビー・オルホフホテル 前
「もうオルビーか、ドラゴンゴーレムも速かったが、戦艦型ゴーレムはレベルが違う」
アイリーンが見上げるが既に認識阻害の結界が効いてその巨体は空に溶け込んでいた。
オルビー領で戦艦型ゴーレムを下艦したアイリーン一行は、ジープとトラックで移動する予定だ。
キャリー小隊とアーヴィン・オルホフ侯爵一行とはここで別行動になる。小隊の任務はあくまで侯爵の護衛なので、ここから王宮に直行する。
「にゃあ、ウチらはこのままアイリーン様たちを大使館まで送るにゃん、ジープの貸与はここまでにゃん」
「了解、ありがとう助かったよ」
「感謝なのです」
キャリーとベルが敬礼する。
『にゃあ、キャリーとベルにだけはあげるにゃん、他の人には見せちゃ駄目にゃんよ』
念話でこっそり伝える。
『『了解』なのです』
キャリーとベルも念話で応えた。
「ジープは貸してくれぬのか?」
貸与したジープを回収されてアーヴィン侯爵は不満げだ。
「にゃあ、ジープは本来ウチら並の魔力が無いと動かないにゃん、これまでは特別にウチらから魔力を送っていたにゃん」
ということになっている。
「そうであったか」
キャリーとベルにだけはそのままこっそり貸与してあるのに対してアーヴィン侯爵から回収したのは、単純に危ないからだ。無謀な使い方をして勝手に天に還られては周囲の者が迷惑する。
猫耳たちは、アイリーン一行を連れてジープとトラックを連ねて出発し、アーヴィン侯爵たちも魔法馬で出発した。
○王室直轄領 アルカ街道
ジープとトラックは王都との境界門を抜ける。最近まで農道だった道は新たにアルカ街道と改められ、いまはフィーニエンス首都のアルカに繋がっている。
「にゃあ、アイリーン様にお館様から連絡が入ってるにゃん」
アイリーンは、ジープの助手席に乗る猫耳が差し出した通信の魔導具を受け取った。
「マコト公爵か、わかった」
「私だ」
『にゃあ、マコトにゃん、アイリーン様は無事に王都の近くまで帰れたにゃんね」
「マコト公爵のおかげだ、感謝する」
『にゃあ、アイリーン様にひとつお願いがあるにゃん』
「なんだろう?」
『ケントルムの第二王子のことにゃん』
「第二王子とは、ルーファスのことか?」
『にゃあ、ルーファス殿下が反乱軍の戦闘に参加したにゃん』
「そうらしいな、すまない」
『にゃあ、戦争だからそこは問題ないにゃん』
「いや、ヤツがこちらにいる時点で問題だ」
『戦争なんて勝者が正義にゃん、問題はいま殿下の命が危ないってことにゃん』
「戦ならそれもまた仕方ないことだが」
『にゃあ、いま殿下に死なれるとこっちもいろいろ困るにゃん』
「わかったが、私に出来ることがあるのだろうか?」
『あるにゃん、殿下は傀儡殺しという刀で切られたにゃん、これは戦闘ゴーレムと一緒に術者の魂を切るにゃん、途中で止めたから辛うじて即死は免れた状態にゃん』
「このままだと死ぬと?」
『そうにゃん、明日の朝までは持たないにゃん、だから治療に協力して欲しいにゃん』
「私は何をすれば良い?」
『にゃあ、術者を大使館に向かわせるにゃん、だからアイリーン様には中に入れて治療する許可を出して欲しいにゃん』
「では、ルーファスが大使館にいると?」
『そうにゃん、殿下は大使館にいるにゃん』
通信の魔導具を猫耳に返したアイリーンは遠くに有りながら巨大なシルエットを見せる王都を眺めた。
「また、ここに戻って来るとはな」
アイリーンは静かに呟いた。
○リアンティス州 リアンティス戦争奴隷収容所
王都との境界門前には、あっという間に戦争奴隷収容所が作られた。ベースは簡易宿泊所なので猫耳たちはものの数分で完成する。
武装解除させられ、素っ裸の状態で手錠を掛けられた革命軍の騎士に兵士、そして従軍していた貴族たちは唖然とした表情でその様子を見ていた。
『にゃあ、順番に中に入るにゃん』
風に載った猫耳の声が響き収容所の門が開かれた。国軍の兵士に指示され列が動く。
「これはなんたることか! 私は男爵だぞ! 男爵としての待遇を要求する!」
太った中年男が癇癪を起こして声を張り上げた。
「にゃあ、残念ながら、革命軍参加者の爵位はすべて剥奪されているにゃんよ、全員等しく戦争奴隷にゃん」
「まさか」
猫耳の説明に絶句する元男爵。
「猫耳の説明の通りです、革命軍に加担した者は例外なく戦争奴隷になります、ケントルムの侵攻軍と手を結んだのです、命があるだけありがたく思いなさい」
王国軍主計局所属のアーヴェ・ベレンギ中尉が言う。
彼女は先日までキャリーやベルの小隊を率いていたメガネっ娘の小隊長だったが、その数字の管理能力を買われて主計局に移動していた。
「知らんぞ、ケントルムなど!」
「にゃあ、お前の認識など関係ないにゃん、革命軍に加担した時点で有罪にゃん、さっさと行くにゃん」
猫耳の後ろで国軍の兵士たちが銃を向けた。
「……」
中年男は、後ずさるように門の中に進んだ。
「あの、本当に私がここの管理をするんですか?」
アーヴェ中尉は上目遣いに猫耳を見る。
「にゃあ、そうにゃん、六万人の犯罪奴隷を直轄領のあちこちに貸し出して儲けるのが仕事にゃん、だからって調子に乗って使い潰しちゃ駄目にゃんよ」
アーヴェ中尉は、戦争奴隷収容所の管理者に任命されていた。
「わかっていますが、昨日の今日なので」
「戦争奴隷収容所の設置も昨日決まったばかりだから仕方ないにゃん」
「その割には、手際がいいようですが」
今度はジト目で猫耳を見るメガネっ娘の中尉。
「ウチらにとってこの程度ならどうってことないにゃん、それに避難民と違って雑に扱っていいから楽にゃん」
「だからって裸はどうかと思いますが」
「にゃあ、ちゃんと中に服は用意してあるにゃん、武器とか魔導具とか持ち込まれたら厄介だから裸にしただけにゃん、現にケントルムの間諜と魔導師が混じっていたにゃん」
「裸にしてわかるモノなのですか?」
「にゃあ、わかるわけないにゃん」
「そうですか」
○リアンティス州 リアンティス戦争奴隷収容所 グランド
「申し訳ございません、私の力が及ばずこの様な事態に」
収容所のグランドの片隅でアナステシアス・アクロイド元公爵が先王コンスタンティン二世に頭を下げた。
「アナステシアスが頭を下げる必要はない、決めたのは我である」
先王は首を横に振った。いずれも同じ作業服を着せられている。
王国軍は革命軍の人間を身分に関係なく一緒くたに扱っていた。収容所内は王国軍の兵士ではなく猫耳たちが歩き回っている。
早速、猫耳を人質に取ろうと襲いかかったヤツがいたが一瞬で倒されて箱詰めされて運ばれていった。
「戦争奴隷とは晒し首ではないのですね」
元王太子のアーサーは落ち着いていた。
「ケントルムの援軍とはいったい何だったのでしょう?」
アナステシアスの息子ユリウスは、納得がいかない様子だ。
「マコト公爵には歯が立たなかった、それだけであろう」
先王が言葉を掛ける。
「六万の軍勢が、まったく歯が立ちませんでしたね」
先王親子は飄々としていた。
「ここまでの戦力差があったとは」
「マコト公爵の軍勢が一筋縄ではいかないとわかっていたことではありませんか」
憤然として答えるユリウス。
「そうではあるが」
言葉に詰まるアナステシアス。
「父上はケントルムの間諜に乗せられ、革命を侵略に利用されたということです」
アナステシアスとユリウスの親子はギクシャクしていた。
「そうなのか?」
先王は他人事のように尋ねる。
「いえ」
アナステシアスは声を潜めて首を横に振った。
「まだケントルムの本隊が到着しておりません、むしろ革命はこれからかと」
「「「……」」」
アナステシアスの言葉にお互いの顔を見る。
「にゃあ、ケントルムの侵攻軍なら大トンネルの途中で全滅したにゃんよ、だからこっちには来ないにゃん」
「「「……」」」
通り掛かった猫耳の言葉に四人が固まった。
○王都タリス ケントルム大使館 ゲストルーム
「すまないデュドネ大使、暫く世話になる」
大使館に送り届けられたアイリーンは、出迎えてくれたデュドネに侘びた。
「お気になさらず、アイリーン様がご無事で何よりです」
「それで本国の状況はどうだ? 大トンネルから砂が噴き出したようだが」
「仰せの通りでございます、本国に関しましては、かんばしい状況ではございません」
「やはりそうか」
「幸い王都内の邦人に関しましては、マコト公爵様に庇護を頂いておりますので問題はないかと思われます」
「戦争を仕掛けておきながら、マコト公爵には世話になりっ放しか」
「まったくでございます、場合によってはここも焼き払われてもおかしくない状況でございますから」
「本国はこの状況でも戦を続けるつもりなのか?」
「いまのところ停戦の指示は出ておりません」
「それどころではないか」
「ワガブンドゥス州が砂海に沈み、東部を中心に魔獣の大発生が起こっているようです、アナトリ派六州は絶望かと」
「被害はそれだけでは済むまい?」
「魔獣の森が何処まで拡がるかは見当がつかない状況かと」
「父上は魔獣を倒す力もないのに、マコト公爵のいるアナトリ王国に宣戦を布告したのか」
苦笑いを浮かべるアイリーン。
「オラースより報告を受けましたが、公爵様は砂海の砂を止められたそうですね」
「私は公爵の空を飛ぶ船でその場を離脱したから、この目で見たわけではないが、公爵はその場に残られたので間違いないだろう」
「公爵様なら、トンネルを復旧させることが可能かもしれませんな」
「可能だとしても公爵に益があるまい」
「アイリーン様の仰せの通りかと」
「今回の件、父上の立場もかなり危ういのではないか?」
「確かに難しい状況かと」
「アナトリ派に出し抜かれた挙げ句、侵攻の機会を潰された西部連合の諸侯が黙っていないのではないか?」
アイリーンもオラース経由でケントルムの情報を得ていた。
「西部連合に関しては、命拾いをしたとも言えなくもありませんが、後は王太子殿下次第ではないかと」
「オーガスト兄上か、おおかたアナトリ派の力を削ごうと侵攻を見て見ぬ振りをしたのであろう」
「王太子殿下は、侵攻軍が負けると踏んでおられたと?」
「デュドネにもオーガスト兄上からしつこくマコト公爵に関する問い合わせがあったのではないか?」
「内務省の情報局経由でございました」
「普通の軍隊では、公爵の軍勢には傷一つ付けられまい、魔法使いの差が大きすぎる」
「同意でございます、アナトリ派の方々にはご理解いただけませんでしたが」
「マコト公爵の情報、オーガスト兄上が握り潰したのではないか?」
「王太子殿下がでございますか? いえ、私からは何とも」
デュドネは明言を避けた。
「問題はルーファスか、それでヤツは何処だ?」
「ルーファス様の居場所は、極秘とのことでこちらでも把握しておりません」
デュドネは首を振った。
「とぼけるなデュドネ、ヤツがここにいることは既に確認済みだ、革命軍の戦闘に加担した挙げ句、無様に大使館に逃げ込んだそうだな」
「……ご存知でしたか」
「ここがアナトリ側に監視されていないわけがあるまい、既に二〇〇人からの魔導師も捕縛されたと聞いたぞ」
「二〇〇人の魔導師が捕縛でございますか?」
「知らぬとは言わせぬぞ」
「申し訳ございません、私も魔導師については密かに王都に入ったことと消息を断ったことしか掴めておりませんでした」
ルーファスと魔導師二〇〇人の潜入は大使の頭越しに行われているので、情報はすべて後追いだった。
「魔導師を押さえられては大使が関与を否定しても意味はあるまい」
「仰せの通りではありますが、この事態に情報収集が追い付いていないのも事実であります」
「北方七州が押さえられるのも時間の問題らしい」
「既にそこまで」
「確認してみればいい」
「いえ、マコト公爵様の軍勢では北方七州が一丸になっても相手にならないかと」
「本国の意向がどうであれ、もうこの戦に勝ちはあるまい」
「マコト公爵様を相手にした段階で、我が国は負けていたのでしょう」
デュドネはそう断言した。
「ああ、父上は高い代償を支払うことになりそうだ」
アイリーンは皮肉めいた笑みを浮かべた。




