境界門の戦いにゃん
○王都タリス 境界門 リアンティス側
夜明が迫り空が白み始めていた。
革命軍を率いたアナステシアス・アクロイドが王都タリスとリアンティス州の境界門前に到着した。
先日、公爵位を剥奪されたアナステシアスだったが先王によって無効が宣言されている。無論、革命軍の中だけでの地位だ。
王国軍の投光機が門の周囲を照らす。人影はすべて門の向こう王都側にいる。
「ふん、王国軍は境界門のあちらか、腰抜けどもが」
馬上から境界門を睨む。
「ですが、門を抜ける瞬間を狙われると厄介かと」
息子のユリウスが馬を寄せて、魔導具の双眼鏡で境界門の様子を眺める。
「何を恐れる王国軍など盗賊の集まりではないか、騎士を魔法使いが援護すれば問題あるまい、このまま一気に行くぞ!」
「かしこまりました、騎士前に!」
ユリウスが騎士団に指示した。
革命軍の動きに王国軍が境界門から道を明ける様に左右に散った。
「見よ、腰抜け共は門を護る気も無いようだぞ!」
アナステシアスの愉快そうな声が響いた。
「突撃!」
騎士団長が声を上げた。
「「「おおっ!」」」
勇ましい声が周囲の空気を揺らし、魔法馬の蹄が大地を揺らした。
「蹴散らせ!」
魔法馬を駆って騎士たちが境界門に突っ込み魔法使いたちが防御結界を厚くした。
激しい衝突音が響き閃光が瞬いた。
魔法馬が砕け騎士が次々と吹っ飛んだ。
防御結界はまったく効果せず境界門の結界に衝突したのだった。
「なっ!?」
絶句したユリウスが父親を見た。
「小癪な真似を」
一度引いた王国軍の兵士が現れ、衝突を免れた後続の騎士たちを銃撃する。
騎士たちは為すすべもなく魔法馬から撃ち落とされた。
「魔法使いども! 何をしておる!」
唖然としていた魔法使いたちがアナステシアスの声に慌てて境界門に向けて電撃を飛ばした。
しかし、門の向こう側にいる王国軍の兵士に届くことはなく四散する。
「どういうことだ!? 何故届かぬ!」
「公爵様! 王都の絶対防御の結界が生きていると思われます! 軍勢がこのまま門を抜けるのは困難かと」
元宮廷魔導師の魔法使いが報告する。
「何故だ!? 革命権は間違いなく行使されているのだぞ!」
「絶対防御結界に手を入れたのかと」
魔法使いが答えた。
「まさか」
アナステシアスが絶句した。
○王都タリス 境界門 王都側
「何だあれは?」
カホは境界門の上に立って眺める。
壮絶な魔法の撃ち合いになるのかと思いきや、騎士たちがそのまま突っ込んで結界に衝突して自滅していた。
「ああ、人数合わせの盗賊上がりか?」
ひとり納得するカホ。
「違うにゃん、あれはリアンティスの第一騎士団にゃん」
宮廷魔導師崩れで盗賊団を率いていたカトリーヌだった猫耳リーがカホの隣で教える。
「結界が生きてることに気付いて無かったにゃんね、まさか革命の特典を潰されているとは夢にも思って無かったみたいにゃん」
「それにしても初手で騎士で突っ込むとか、頭は使ってないのか?」
「にゃあ、騎士とはいっても盗賊相手にしか実戦経験が無ければそんなものにゃん」
「それで第二王子とやらはまだ来ないのか?」
「まだみたいにゃんね、こっちは先に始めさせて貰うにゃん、にゃあ、革命軍を殲滅にゃん!」
○王都タリス 境界門 リアンティス側
リーの声に呼応してタコ壺に隠れていた王国軍の兵士たちが地面から姿を現し銃口を革命軍に向けた。既にリアンティス側の領内で迎撃体制を整えていたのだ。
「こちら側に王国軍だと!?」
アナステシアス・アクロイドの驚きの声の直後、王国軍の銃撃が始まった。
革命軍の魔法使いたちが防御結界を張るが、弾丸はまったく弾かれることなく騎士と兵士を倒す。
銃を持つ兵士も反撃するが、王国軍の兵士に届くこと無く跳弾した。
「退却!」
騎士団長がとっさに声を上げ魔法馬を反転させようとしたが、魔法馬の頭を砕かれ地面に投げ出された。
「公爵様、ご退却を!」
すぐに騎士が側面を護る様に前に出る。
「何故だ、何故、我が方の防御結界が効かぬ!」
盾になった騎士も銃弾を浴びて次々と倒れる。
「後方からも銃撃! 囲まれました!」
退路を断たれた知らせに、新参の四万の将兵が浮足立ち混乱を巻き起こし、味方同士で衝突して転げ魔法馬に踏み潰される。
「騒がしいな」
馬車の中の先王コンスタンティン二世が眉を顰める。
「敵襲です、父上」
「敵襲? まだ境界門も抜けておらぬのにか?」
「そのようです」
次の瞬間、馬車に魔法馬が激突して大きく傾いだ。
○王都タリス 境界門 近辺 王都側 森
「さて、全滅されては困るからな、私も仕事をするとしよう」
木の上から様子を伺っていたルーファスは地上に降り立った。
「しかし、アナステシアス・アクロイド、ここまで使えぬとは」
苦笑いを浮かべた。
○王都タリス 城壁内 官庁街
「さあ、偽りの民よ、魔獣の餌となるがいい!」
官庁街の大通りのど真ん中で男が天を仰ぎ叫んだ。
その瞬間、まばゆい光があふれた。
「きゃあ!」
通行人の女性が悲鳴を上げた。
「危ねえぞ変態野郎!」
馬車の御者から怒号が飛んだ。
「はっ?」
男は素っ裸になって突っ立っていた。
全裸の男は周囲を見回し、それから自分の身体を見下ろした。何が起こったのか理解できてない顔をしていた。
「にゃあ、そこの全裸男、逮捕するにゃん!」
「……」
男は茫然自失のまま猫耳に手錠を掛けられ連行された。
同時刻、王城区画近辺でも全裸男が一〇人ほど逮捕された。
いずれもエーテル機関を埋め込まれ、本来は魔獣になったり王宮を分解する魔法を行使するよう操られていたが、猫耳たちがこっそり細工して監視していたのだった。
○王都タリス 境界門 近辺 王都側 森
『殿下、魔導師たちの応答がなくなりました、お気を付け下さい』
元ケントルム王国の秘密特使で、現在は大使館付きの魔導師になったエサイアス・ネルソンから念話が入った。
『全員か?』
ルーファスが問いかける。
『全員でございます、早急にその場を離脱された方が良いかと』
二〇〇人の魔導師を一瞬で無力化されたということだ。
ルーファスは周囲を慎重に探るが、まだ見つかってはいない。
『そう急くな、出来れば先王はこちらで押さえたい』
『かしこまりました、お待ちしております』
念話を終えたルーファスは手を地面に手を置いた。魔法陣が広がった。
○王都タリス 境界門 王都側
「来たか」
背後の森から身長が五メートルは有りそうな巨人が立ち上がった。
「オーガにゃん?」
「いや、あれはゴーレムだ、なるほど戦闘型か」
カホは、巨人を見つめる。
「そういえば第二王子は、傀儡使いだったにゃんね」
「らしいな、なるほど時代を経ても傀儡の技は受け継がれているらしい」
見覚えのある戦闘ゴーレムに口元に笑みを浮かべた。
ゴーレムは、巨体に似合わぬ機敏さで跳躍する。
「ほう」
その動きに感心する。
「にゃお、気を付けるにゃん、ゴーレムは一体じゃないにゃん! 二体、三体、にゃあ、全部で五体いるにゃん!」
ゴーレムの狙いは王国軍の兵士だ。鈍重なオーガとは比べ物にならない機敏な動きで兵士たちに襲いかかる。
兵士も直ぐに銃撃するが、弾丸はすべてゴーレムの身体を突き抜けるだけで、ダメージを与えられない。
ゴーレムが銃を撃ち続ける兵士に拳を振り上げた。
直撃すれば肉体が弾け飛ぶ威力だ。
重い衝撃音が響いた。
ゴーレムの拳は、兵士に触れる寸前に防御結界が受け止めた。
次の瞬間、巨人の上半身が弾け飛んだ。
今度はそのまま崩れ去った。
カホが魔法を放ったのだった。
「にゃあ、流石にゃん」
「ゴーレムは、刻印ごと吹き飛ばすか燃やすのが基本だ」
カホが駆け出し二体目のゴーレムに炎の塊を撃ち込んだ。
焦げたゴーレムが崩れる。
カホはあっという間に五体のゴーレムを仕留めた。
○王都タリス 境界門 近辺 王都側 森
「あの赤い鎧、まさかな、ではこれはどうだ?」
ルーファスは、大地に染み込んだ魂を引き寄せ新たなゴーレムを錬成する。
以前、マコトたちを襲った高速機動の戦闘ゴーレムが現れる。
こちらは二〇体だ。
○リアンティス州 王都タリス 境界門 王都側
「カホ! 新手にゃん!」
二〇体のゴーレムが一瞬で距離を詰めカホに殺到した。
「遅い!」
カホが加速し、ゴーレムが防御結界に触れる前に傀儡殺しの銘がある刀が二〇体をまとめて切り裂いた。
最後に術者の魂を切る。
『殺しちゃ駄目にゃんよ』
「……っ!」
マコトからの念話にカホの力が抜けた。
○王都タリス 境界門 近辺 王都側 森
「くっ、あっ!」
ルーファスは、地面に描いた魔法陣から弾き飛ばされた。
「はぁ、はぁ、あれではまるで本物の傀儡殺しではないか!?」
倒れたルーファスは仰向けに転がった。
「失礼します、殿下」
ルーファスの身体が抱え上げられた。
「エサイアス」
「離脱します」
音もなくふたりの身体が森の中から掻き消えた。




