砂海の魔獣発生実験にゃん
○帝国暦 二七三〇年十一月二〇日
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ大トンネル 物理障壁 屋上
日付が変わった。
『にゃあ、これより砂海の魔獣の発生実験を開始するにゃん』
夜空に浮かぶオルビスの光を受けながらオレは引き続き物理障壁の上に陣取って念話で宣言する。
屋上庭園は危ないから格納した。天使様たちはチビたちのいる戦艦型ゴーレムに行って貰っている。
『『『にゃあ』』』
猫耳たちも物理障壁だけになった州都パゴスから全員を退避させている。
オレ以外は、魔導具を使ってトンネル前の広場を監視中だ。猫耳たちは反対したが、これが最も安全なフォーメーションにゃん。
オレの逃げ足が最速だし、そもそも広場からは死角にいる。
砂海の魔獣を砂の中から再生させるのにそれほど難しい条件は必要ないというのがオレたちの推測だ。
マナと砂、そして砂海。この場合は砂を張った場所で代用する。
ケントルム側の目撃情報では、砂海の砂が流出して出来た巨大な砂溜まりの表面に赤ちゃん型の魔獣が複数這い出したらしい。
砂海の砂が、どれほどあちらの地面を侵食しているか不明だが、短時間で砂溜まりがかなり拡がっているので、それほど深くは無いと推測される。
こっちで流出したときは、トンネル前の広場を中心に一番深いところで二〇メートルほど溶かしたところで格納したので、何処まで溶かせるのかは未確認だ。
『にゃあ、まずは格納した砂をトンネル前の広場に張るにゃん、何処からか転送されるならこの条件でイケるはずにゃん』
『『『観察開始するにゃん』』』
格納した砂を広場に二メートルほどの深さで張る。
『マナを砂が出る直前のトンネル内の濃度まで上げるにゃん』
『『『にゃあ』』』
固唾を呑んで観察している猫耳たちが鳴く。
黙っていても砂がマナを吐き出すから濃度は上がるのだが、悠長に待ってる暇はない。
『どうにゃん?』
『にゃあ、砂に変化はないにゃん』
研究拠点の猫耳から報告が入る。
『了解にゃん、マナの濃度を上げるにゃん』
段階的に濃度を濃くする。
『お館様、だんだん砂からのマナの放出が減ってるにゃん』
『砂海の砂にも丁度いいマナの濃度があるにゃんね』
マナの濃度をトンネル内の倍まで高めたところで砂からのマナの放出が止まった。
『お館様、砂が休眠状態に入ったにゃん』
『念の為、もうちょっと引き上げるにゃん』
マナをトンネル内の三倍までに引き上げたが、砂には変化が無かった。
『魔獣が来ないにゃんね』
『にゃあ、魔獣の森だった場所なら最短五分で湧くにゃん』
『何ら反応なしにゃん、砂海の海だったらマナゼロは有り得ないから、魔獣の森みたいな仕組みは無いのかも知れないにゃん』
魔獣の種類からして違うからな。
『もうちょっとこのままで待つにゃん』
オレは大きなクッションを取り出して身体を沈める。
『各員、楽にして待機にゃん』
『『『にゃあ』』』
オレも一休みにゃん。
目を覚ましたら三時間ほど経過していたが砂に変化は無かった。一度格納した砂は魔獣は発生しないっぽい。
『にゃあ、次に生の砂を使うにゃん、今度は出そうにゃん』
次に考えられるのは自己格納だ。魔獣の森の魔獣の一部は環境が適さない場合、空間拡張の魔法を使って自分を仕舞い込む。そして条件が揃ったところで元の大きさに戻る。
『始めるにゃん』
『『『にゃあ』』』
『今回は発生を確認したら速攻、潰すにゃん』
出来れば攻撃される前に黙らせたい。
トンネルの入口を一瞬だけ解放して広場に改めて砂を張る。今度のは格納してないそのままの砂海の砂だ。
ケントルムの例からするとこの中に魔獣の何かしらが入っていると思われる。
オレたちは生きてる魔獣を格納できないから、もし初日に流出した砂に自己格納された魔獣が混じっていたら、それだけこの辺りに取り残されていることになる。
『深さはさっきと同じ二メートルちょっとにゃん、マナもブッ足してトンネル内の濃度に揃えたにゃん』
砂の表面が波打つ。
早くもさっきは無かった反応だ。
『お館様、砂の中で早速、何かが動き始めたにゃん』
『これは自己格納型で決まりっぽいにゃんね』
『そうみたいにゃん』
大音響で低い地鳴りのような音が響く。
『砂が鳴いてるにゃん』
物理障壁がビリビリ震えた。
『来たにゃん』
砂の中から白く巨大なそれが姿を現す。
フルゲオ大公国の首都ルークスの城に埋まっていた赤ん坊型の魔獣に似ているが、もっとシンプルだ。
あちらは溶岩のように赤く焼けた色をしていたが、こちらは白くて大きな頭には口の様な穴が有るだけだ。
『デカ過ぎて赤ちゃん感がまったくないにゃん』
まるで赤ちゃんを模した出来の悪い粘土細工だ。
当然、深さ二メートルには到底収まらない大きさだ。
天使姉妹の言葉にあった砂海の中心にいるヤバい魔獣ではないとは思うが、探査魔法がまったく効かないので、どんなタイプなのか不明だ。
『にゃあ、本当に砂の上をハイハイしてるにゃん、これは凄いにゃん』
物理障壁にはいまのところ興味を示さない。トンネル前の円形の広場を物理障壁に沿ってハイハイしていた。結構広い広場なのだが、デカい赤ちゃんには手狭か。特に何かを探している感じは無い。
いきなり暴れまくるわけでは無さそうだ。
こちらから攻撃したら話は違ってくるとは思うが。
『問題はどれほどの攻撃力があるかにゃんね』
『にゃあ、お館様、危ないにゃんよ』
『『『にゃあ』』』
猫耳たちから同意の声が上がる。
『何も知らないほうが危ないにゃん、それと無理はしないにゃん、お前らはじっくり観察を頼むにゃん』
『『『了解にゃん』』』
魔獣の頭上に球形の発光体を作った。これは通常の防御結界で覆っている。
魔獣が見上げる様に頭を動かす。そして首を傾げる。
反応はしているが、特に攻撃はしてこない。
発光体を少し動かした。
魔獣の口の様な穴が頭いっぱいに拡がり、顔は全部、暗い穴になった。
『オオオオオオオオオオオオオっ!』
「……っ!」
白い魔獣の絶叫に思わず耳を押さえてしゃがみこんだ。
続いてその穴からぶっ太い青白い閃光が放たれ天を貫く。発光体も一瞬で消し飛んだ。
『にゃお、発射口が大きいにゃんね、直撃したら魂ごと蒸発しそうにゃん』
発光体が消えると魔獣は元の顔?に戻った。
『にゃあ、実際かなりの高温にゃん、普通の防御結界レベルでは例え弾いても蒸し焼きになるにゃん』
オレも防御結界に守られてなかったらとばっちりで焦げるところだった。物理障壁の表面も少し溶けている。それでいて砂海の砂の表面温度に変化はない。
『熱線の侵食効果は砂よりずっと上みたいにゃん』
『超高温の熱線も単純なだけに厄介にゃん』
研究拠点の猫耳たちからもコメントが入った。
『次は、認識阻害を試すにゃん』
発光体を認識阻害の結界でくるんで、また魔獣の頭上に再生する。
魔獣はしっかり顔を向けた。
間違いなく捕捉している。
動かない状態だと顔は向けるが攻撃しない。動きを止めているうちは撃って来ないのだろか?
三〇分ほど停止させた後、わずかにピクっと動かした途端、熱線で撃ち抜かれた。
『にゃお、判定が厳しいにゃんね』
それを数回繰り返したが、白い魔獣は全てに熱線を放って消し去った。
動いているモノが砂海の魔獣の攻撃対象で間違いなさそうだ。しかも認識阻害が効かない。
それに魔獣が放出するマナがえげつない。ヤツは這い這いしながら砂海の砂以上のマナを垂れ流していた。
『次は新型の防御結界を試すにゃん』
『『『にゃあ』』』
もう一度、発光体を魔獣の頭上に浮かべた。今度は新型の防御結界でくるんでいる。砂海の砂に対応したタイプだ。
魔獣がしっかりと捕捉する。
『動かすにゃん』
また魔獣の顔の穴が拡がる。
『オオオオオオオオオオオオオっ!』
熱線を放った。
今度は、防御結界が熱線を弾いた。しかし温度が急激に上昇する。
『冷却にゃん』
結界内の温度を下げる。
『お館様、防御結界を最適化するにゃん』
『頼むにゃん』
防御結界が切り替わって自動的に温度を下げる。大丈夫そうだ。
標的を消し去ると白い魔獣も熱線の咆哮を止めた。
『にゃあ、そろそろ仕留めるにゃん』
『『『にゃあ』』』
まずは電撃を試した。
落雷の閃光と雷鳴が響いた。
『やっぱり効かないにゃんね』
電撃は白い魔獣の表面を流れて砂に吸い込まれて消えた。
マナを抜いて弱らせる手もあるが、自己格納をされると厄介なので今回は使えない。
『にゃあ、見つかったにゃん』
白い魔獣がこっちを向いた。
『やっぱり、直接攻撃すると居場所がバレるにゃんね』
『『『お館様、逃げるにゃん!』
白い魔獣の顔の穴が拡がった。
『にゃお』
広場の床を消して、砂ごと白い魔獣を穴に落とした。
そして魔獣が深さ六〇〇メートルの底に墜落するよりも早く、穴の開口部の大きさに合わせた長さ一〇〇メートルを超える巨大な円柱を生成して落とした。
魔獣が熱線を撃つよりも早く押し潰す。
侵食の防御結界さえ封じてしまえば物理攻撃に対しては鎧蛇程度の耐性だった。魔獣の森のヤツらと比べてもそれほど強くはない。
砂ごと潰れた白い魔獣の躯を格納する。
『臓物とか無いにゃんね』
『にゃあ、お館様、こいつの身体はほとんど砂と変わらないにゃん』
『するとエーテル機関のあるゴーレムみたいなものにゃんね』
『にゃあ、そうにゃん』
『にゃ、エーテル機関が格納されてないにゃん』
格納空間に入ってない。
『潰れたにゃん?』
『にゃあ、欠片もないにゃん、格納されてないみたいにゃん』
円柱を消して底をサーチする。
穴の底にエーテル機関が転がっていた。
魔法で引き寄せたそれは黄色いエーテル機関だった。緑の次は黄色か。
『大きさは他のエーテル機関と変わらないにゃんね、単体でもエラい勢いでマナを吹き出しているにゃん』
結界で囲って封じた。こいつは何で格納できないんだ?
「おお、中に魂みたいなモノがあるね」
オレの横でタマモ姉が覗き込んでいた。
「にゃあ、エーテル機関に人間の魂が入ってるにゃん?」
「これは人間じゃなくて、精霊に近いんじゃないかな? たぶん、魔獣を強化する為に融合させたんだと思うよ」
「魂入りだったにゃんね、だから格納できなかったにゃん」
魂は格納できないジャンルのひとつだ。
『『『お館様、それ早く欲しいにゃん!』』』
研究拠点の猫耳たちからおねだりが入った。
『了解にゃん』
砂海の魔獣の黄色いエーテル機関をドラゴンゴーレムに乗った猫耳に渡してデリバリーして貰う。
『黄色いエーテル機関はもうちょっと欲しいにゃんね』
『『『にゃあ』』』
今度は、砂海の砂を穴の中に直に落として黄色いエーテル機関の回収を優先する。
広場の床を再生してトンネルから砂を出す。そして砂海の魔獣が現れたら床を消して穴に落として潰して回収した。
熱線を撃つ隙を与えず潰す。赤ちゃんタイプは熱線を撃つまでに間があるのでそれよりも早く潰せばいい。
おやつにハンバーガーを食べながら砂海の魔獣を落として潰す。
「やっぱりチーズバーガーにゃん」
「あたしは卵とベーコンも欲しいかな」
「ミンクはトマトを外せないの」
リーリとミンクがやって来てオレの隣でハンバーガーを食べている。
天使アルマはお仕事があるらしい。西方監視者のお仕事ってなんだろう?
「砂海の魔獣って意外と柔らかいんだね、食べられるの?」
リーリは目を輝かせる。
「ほとんど砂海の砂と変わらないにゃん、だから味以前に食べたら死ぬにゃん」
「砂じゃ美味しくないの」
ミンクは首を横に振る。美味しかったら食べるっぽい。
「おかわり!」
「おかわりなの!」
妖精たちは本日も平常運転にゃん。
八体目の砂海の白い魔獣を潰して黄色いエーテル機関を回収した頃、王都から革命軍が境界門に達したと連絡があった。




