グランキエ大トンネルにゃん
○帝国暦 二七三〇年十一月十八日
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ大トンネル 前
「にゃん!」
早朝、オレはドラゴンゴーレムを消してグランキエ大トンネルの前に降り立った。
グランキエ大トンネルで異常が発生しているとの猫耳の報告を聞いて、王都に向かうカホと別れてこちらに直行したのだ。
「にゃあ、来たにゃん、様子はどうにゃん?」
出迎えてくれた猫耳たちに問い掛けた。
「お館様、トンネル内のマナが魔獣の森並みに上昇しているにゃん」
猫耳たちが大きく口を開けたトンネルを指差す。
「いつもとは違うにゃんね?」
「にゃあ、通常のグランキエ大トンネル内のマナは、ごく普通の市街地の濃度にゃん、明らかに異常な濃度にゃん」
グランキエ大トンネルの国境警備隊を務める猫耳が報告する。
「トンネルを仕切ってるタルス一族はなんて言ってるにゃん?」
「にゃあ、実はタルス一族の人間は、三日前から姿を消して運行も完全にストップしているにゃん」
「いないにゃん?」
「冬場は運行がまばらになるにゃん、それに革命後はほとんど止まった状態だったにゃん、でもトンネルの入口に誰もいないなんてことはこれまで無かったにゃん」
「タルス一族までいないのは妙にゃんね、常駐の商人は避難させたにゃん?」
「ケントルムの商人は、北方七州のセクレト州に向かったにゃん、アナトリの商人や倉庫の労働者は、ヘレディウム州まで下がらせたにゃん」
「パゴスの定住者はどうにゃん?」
「にゃあ、トンネルの中のタルス一族を除けば、これも退避が終わってるにゃん」
国境の街とはいえトンネルの出入口という特殊な環境なのもあって元々の定住者はわずかだった。元の国境警備隊が解散させられたのも大きい。
「パゴスにいるのは、オレたち以外はホテルにいるキャリー小隊やアイリーン様たちだけにゃん?」
「そうなるにゃん」
「了解にゃん、何が起こるかわからないから物理障壁を追加で展開するにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちと一緒に研究拠点並みの物理障壁を幾重にもグランキエ大トンネルの入口に作る。
暫くは荷物の積み出しも無いので問題ない。
『お館様、ついさっきケントルムの王宮からも宣戦布告が発表されたにゃん、それとグランキエ大トンネルの領有が宣言されたにゃん』
王宮にいる猫耳のエマから念話が入った。ケントルムの情報を掴んだらしい。
『トンネルをケントルムが押さえたにゃん?』
『そうにゃん、どうやらタルス一族の街を落としたみたいにゃんね』
『タルス一族の街は、トンネルを半月は移動しないと届かないと違うにゃん?』
『トンネルには結構前に入り込んでいたみたいにゃん』
『にゃあ、例の箝口令がそれにゃんね』
『どうも今回の侵攻軍を組織したのは、アナトリ派領主たちの独断専行だったみたいにゃん、それに王宮が後から乗っかったみたいにゃん』
『アナトリ派ならやる気満々にゃんね』
『にゃあ、悲願の里帰りにゃん』
ケントルム王国の東側にある六州がアナトリ派と呼ばれるグループだ。グランキエ大トンネルのケントルム側出口のあるワガブンドゥス州が盟主らしい。
『ワガブンドゥス州の領主が親分なら、極秘に動くことも可能にゃんね』
アナトリ派なる名前が付いているが、ヤツらは親アナトリではない。
その逆で過去に権力闘争に破れアナトリから逃げた貴族たちがそのルーツとなっている。故にアナトリ侵攻はヤツらの悲願でもあったわけだ。
『こっちの親ケントルムの北方七州とは大違いにゃん』
北方七州はほとんどケントルムの植民地だ。
『にゃあ、どっちもウチらの敵にゃん』
『フィーニエンスと違って、無謀な侵攻はこれまで無かったのにここに来て一気にくるとは随分と思い切ったにゃんね』
『ヤツの本当の狙いはお館様の小麦にゃん、ケントルムもアナトリほどではないにしても近年の天候不良で食料が逼迫してるみたいにゃん』
『戦争するより買った方が安いにゃんよ』
『ウチらの分析ではヤツらの狙いは、お館様の小麦を使っての権力の拡大にゃん』
『オレの小麦で勝手な野望を描かないで欲しいにゃん』
『それだけ、いまとなってはお館様の小麦は重要ってことにゃん』
『そうなるとアナトリ派の独断専行は、後から揉めそうにゃんね』
『第二王子を支持していたケントルム西部の領主グループを出し抜いてのアナトリ派の侵攻にゃん、あっちの王宮は既に大揉めにゃん』
『にゃあ、ケントルムの第二王子がこっちに潜伏しているのは、もう秘密でもなんでもないにゃんね』
『少なくともあちらの王宮では、隠してないにゃん』
『アナトリ派もそのケントルムの第二王子が、再革命の混乱に乗じて弱っちい王国軍を退けて実権を支配するのを恐れたにゃんね、内戦でもやって欲しいにゃん』
『そこは王宮が上手くまとめるのがケントルムのやり方にゃん、内戦は期待できないにゃん』
『こっちの先王もそのぐらいの器量を見せて欲しかったにゃん、にゃあ、でも相手がケイジ・カーターでは、難しいところにゃんね』
『ケイジ・カーターの相手は、お館様以外には無理にゃん』
『転生者の不始末は転生者が付けるにゃん、それで侵攻軍の動きはどうにゃん?』
『タルス一族の街を落とした以外の情報は掴めていないにゃん』
『少なくともトンネルの半分は来てるにゃんね、それにマナの上昇が気になるにゃん』
『確かにマナの上昇はヤバいにゃん』
魔獣の森並みのマナの濃度では進軍にも差し障りがありそうだが。
『後はこっちで調査してみるにゃん』
『にゃあ、王宮に新しい情報が入ったらお知らせするにゃん』
『頼んだにゃん』
エマとの念話を終えたオレは、トンネルの入口から探査魔法を奥に向かって打った。
「にゃ?」
トンネル内は驚くほど魔法が飛ばなかった。
「魔法が全然通らないにゃん」
「にゃあ、ウチらも試したけど全然駄目にゃん」
見える距離で魔法が四散してしまう。
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ大トンネル
トンネルの中に足を踏み入れた。
「にゃあ、魔法を打たなくてもわかるにゃん、これは駄目にゃん」
エーテルを操れないわけではない。身体から離れた途端ほとんど進まないのだ。
身体の表面を覆う防御結界はイケるが探査魔法は使い物にならない。
「エーテルの特性が違うみたいにゃんね」
『お館様、念話は大丈夫みたいにゃん』
『にゃあ、そうみたいにゃんね、念話や通信の魔導具が使えるのに探査系が使えないのは謎にゃん』
通信を中継するようなそれっぽい魔導具も見当たらない。
『研究にゃんね』
『『『にゃあ!』』』
研究拠点の猫耳もやる気だ。
「報告通り誰もいないにゃん」
「にゃあ、確認出来る範囲はすべて無人にゃん」
トンネルを入って直ぐの場所には、タルス一族が使っていたと思われる壁をくり貫いて作った三階建ての詰め所の様なモノがあるのだが、そこも無人だった。
トンネルそのものは、まるで自然に出来た巨大な鍾乳洞といった感じの趣だ。
とにかくデカい。天井の一番高いところで七~八〇メートルは有りそう。
「数日前からいないということは、その頃にはケントルムの侵攻軍と戦闘が始まっていたのかも知れないにゃんね」
トンネルの入口には鉄道馬車用のプラットホームがいくつか作られている。
使われているの四つかな?
オレの知ってる駅のプラットホームより数倍でかい。
鉄道馬車とはいっても金属のレールでは無かった。車輪が載るところにレンガみたいなのが敷き詰めてある。レンガの幅からするとかなり大きな馬車を使っている様だ。
「お館様、警備用の魔導具が動いてないにゃん」
「不用心にゃんね」
「慌てて持ち場を離れたみたいにゃん」
猫耳たちもあちこち調べている。
「タルス一族は、どちらの国にもなびかないと孤高の存在と聞いたにゃん、今回も協力を拒んで攻められたのと違うにゃん?」
「お館様、それは完全な都市伝説にゃん、実際はレークトゥス並にセコいヤツらにゃん、金を出せば何とでもなるにゃん」
「にゃお、レークトゥス並とは相当にゃん」
オレたちの中でレークトゥスの評価は著しく低い。
「ボッタクリに積み荷のちょろまかしも日常茶飯事にゃん、商人の大半は今回の件を知ればザマーミロって思ってるはずにゃん」
「にゃお」
思っていた以上にしょうもない一族だった。
「それならなおさらわざわざ街まで潰さなくても、金を出せば黙って運んでくれたと違うにゃん?」
「にゃあ、普通はそうにゃんね」
「タルス一族に見られて困るものでも運んでいたのかも知れないにゃん」
「にゃあ、それより直前にボッタくろうとして侵攻軍を怒らせたとか、しょうもない理由の様な気がするにゃん」
「「「にゃあ」」」
他の猫耳たちが同意した。
「お館様、マナの濃度がまだ上昇しているにゃん」
「マナの濃度が爆上げとか、人間の生存に赤信号が出る濃度の中を侵攻軍が出て来るとはちょっと考えられないにゃんね」
この濃度になると侵攻軍もただでは済まないはずだが。
「魔獣化した戦闘ゴーレムとかありそうにゃん」
「ゴーレムの技術があるケントルムなら有りそうにゃんね、ただ、本当にそうなら魔獣を使った後にどうするのか、じっくり問い詰めたいにゃん」
「「「にゃあ」」」
「何が出ても対処できるようトンネルの前の倉庫も何もかもずらして物理障壁を強化にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
トンネルの入口前の広場を囲んで、ダムの様な物理障壁を幾重にも作った。
○グランキエ州 州都パゴス 上空 戦艦型ゴーレム(天使建造艦) 艦橋
「にゃあ、ケントルムの連中が来るならゴーレムで決まりにゃん、高濃度のマナの環境で動くゴーレムとか、ヤバそうにゃん」
物理攻撃の設置を終えたオレたちは、戦艦型ゴーレムの艦橋からグランキエ大トンネルの入口を眺める。
「秘密兵器が有ったとしてもトンネルからの攻撃は不利ではないでしょうか?」
艦長席の隣に立つビッキーが意見を出す。
「トンネル内の魔法の通らなさは、そこいらの防御結界より効果があるにゃん、侵攻軍の連中が、アナトリ王国の宮廷魔導師は戦には出ないと踏んでいるなら、楽勝と思ってるはずにゃんよ」
「以前の王国と思っているのでしょうか?」
「にゃあ、そうじゃなかったら、このタイミングで宣戦布告はないにゃん」
「確かに」
「微妙な情報を本国に流してくれたオラース・クーラン副大使のお手柄にゃん」
ケントルム大使館の副大使がアーヴィン様陰謀論を広めてくれていた。
「「「にゃあ」」」
「問題は、トンネル内のマナの濃度にゃんね、ここに来て魔獣の森の濃度を軽く越えているにゃん」
「にゃお、トンネル内からの高濃度のマナの垂れ流しは明らかに条約違反にゃん」
条約では猫耳の指摘通りトンネル内での戦闘行為を禁止している。領有宣言の後では条約うんぬん言っても仕方ないけど。
「この場合、ケントルムの連中がゴーレムならともかく禁忌呪法を使ったとなると面倒くさいことになりそうにゃん」
オレは腕組みして足をぶらぶらさせる。
「異常な濃度のマナは後者の様に感じますが」
「トンネル内には、まともに人間が通れない濃度のマナが充満してるにゃん」
「お館様、トンネルの入口で魔獣の森を越えた濃度なら、奥はもっとヤバいにゃん」
「そうにゃんね」
普通の防御結界では防げない濃度だ。
「お館様、ゴーレムに偽装したヤバい系の魔獣が来る可能性も考えられるにゃんよ」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちの予想ももっともだ。
「これはキャリーたちを退避させた方がいいにゃんね」
キャリーとベルの安全は最優先だ。
トンネルの入口から五キロほど離れた場所にあるが、人型魔獣でも這い出したら安全とは言い難い距離だ。
それに肝心のトンネルが暫く通れそうにないからアイリーン一行をここに留め置く必要もない。
「お館様、ケイジ・カーターのおっさんがケントルムでも何かやったと違うにゃん?」
「にゃあ、マメなオヤジだけに有りそうにゃん」
「戦闘ゴーレムに細工するとか、あのおっさんの好きそうな企みにゃん」
「あのマメさは、いい営業になったのに残念にゃん」
「「「にゃあ」」」
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ・オルホフホテル 貴賓室 前
「にゃあ、アイリーン様に至急、取り次いで欲しいにゃん」
オレは貴賓室の前に立つ護衛の騎士に声を掛けた。
「あなたは?」
「にゃあ、こちらにおわすはお館様にゃん」
猫耳が水戸黄門みたいに紹介してくれるが、肝心の名前が抜けてる。
「オレはマコトにゃん」
「マコト公爵様! 少々お待ち下さい!」
騎士は慌てて取り次いでくれた。
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ・オルホフホテル 貴賓室
「ネコちゃん!」
フレデリカが駆け寄って抱き着いた。
「マコト公爵、こちらに来ていたのか」
寝間着にカーディガン姿のアイリーンが出て来た。
「にゃあ、グランキエ大トンネルで異常が発生したと聞いたので見に来たにゃん」
「トンネルが通行できないと聞いたが、いったい何が起こっているのだ?」
「高濃度のマナがトンネルからあふれ出しているにゃん」
「何故そんなものが?」
「にゃあ、理由は不明にゃん、ただモノがモノにゃん、何があるかわからないにゃん、だからアイリーン様には、いま直ぐに退避して貰うにゃん」
「わかった、直ぐに支度しよう」
「にゃあ、荷物は猫耳が運ぶから着替えるだけでいいにゃん」
全員をエントランスに集めた。
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ・オルホフホテル横 戦艦型ゴーレム
「えっ、なにこれ?」
「大きいのです」
最初に外に出たキャリーとベルがホテル横に浮かんでいる戦艦型ゴーレムを見上げた。
「「「……」」」
続く他の面々は一様に呆けていた。
「すごいね」
フレデリカだけは普通に感心していた。
「これは戦艦型ゴーレムにゃん」
『ニャア』
トンネルのマナをごっそり吸い取ってさっき建造した天使建造艦のコピー品だ。
三型マナ変換炉を搭載しているので、オレが艦長席に座って起動も済ませている。
「にゃあ、直ぐ乗るにゃん、これなら全員で一度に離脱できるにゃん」
戦艦型ゴーレムの底部のハッチから伸びているタラップを指差した。
「マコト、そんなにマズいの?」
キャリーが駆け寄る。
「にゃあ、トンネル高濃度のマナの量が昨夜から異常な量があふれているにゃん、だからキャリーたちには一刻も早くここを離れて貰うにゃん」
「だからって、こんな秘密兵器っぽいの出しちゃっていいの?」
「大使館の人に見せるのはどうかと思うのです」
キャリーとベルが心配そうに大使館の人間を見る。
「問題ないにゃん、戦艦型ゴーレムは戦争には使わないにゃん、対魔獣用にゃん」
『ニャア』
戦艦型ゴーレムが返事をする。
「王国軍には貸さないにゃんよ、猫耳じゃないと動かせないにゃん」
「それは残念」
「残念なのです」
キャリーとベルたちをタラップに送る。大使館の連中とアイリーンも乗艦する。フレデリカは猫耳ゴーレムに抱っこされての乗艦だ。
「マコト、いったい何が起こっているのだ?」
アーヴィン様が我に返って質問する。
「詳細は不明にゃん、マナの濃度が即死レベルまで上がっているにゃん、もう十分に危険な領域にゃん」
「マナがそれほどに、タルス一族の者がいないとは聞いていたが」
「にゃあ、ケントルムの侵攻軍がタルス一族の街を攻めたらしいところまではわかったにゃん」
「連中、まだアイリーン様がお帰りになっていないのに無茶をする」
アナトリ派で構成されたケントルムの侵攻軍は当初からアイリーンの帰国など考慮してないに違いない。
「にゃあ、いずれにしろこのマナの濃度では暫くトンネルは使えないにゃん、だからアイリーン様は一旦、王都の大使館に戻って貰うのがいいと思うにゃん」
「この場合は仕方あるまい、大使館が最も安全であろう、それにしても高濃度のマナとは穏やかではないな」
「高濃度のマナがケントルムに起因するのか、それ以外なのかいまのところ見当が付かないにゃん」
「何が出るかわからぬか?」
「そうにゃん、いずれにしろ高濃度のマナがあふれるとロクなことにならないにゃん」
「マコトは一緒に来ぬのか?」
「オレたちは、トンネルの入口を監視するにゃん」
「わかった、ケントルムはフィーニエンスとは違う、気を付けるのだぞ」
「にゃあ、了解にゃん」
アーヴィン様がタラップを駆け上がり戦艦型ゴーレムの底部ハッチが閉じた。
艦が動き出した直後、爆発の衝撃波が来た。
「にゃ!?」
トンネルの入口の方向で爆発だ。
まるで火山の噴火の様な大きな黒煙が上がっている。
続けて何かが雨のように降って来た。一瞬でマナの濃度が致死量を超える。
「にゃお、防御結界を突き抜けるにゃん! 全員、撤退にゃん!」
防御結界を再生しながら地上にいた全員がドラゴンゴーレムで飛び上がる。
戦艦型ゴーレムもそのまま加速した。
○グランキエ州 州都パゴス 上空
『にゃあ! 泥水みたいなモノが防御結界に食い込むにゃん!』
防御結界の再生が追い付かず簡単に穴が空きドラゴンゴーレムも損傷を受けた。
『もう、駄目にゃん!』
『ウチのことはいいから先に行くにゃん!』
防御結界をやられた猫耳たちから悲鳴のような声が上がった。




