宣戦布告にゃん
○エクウス州 上空
『にゃあ、カズキは何をやってるにゃん?』
オレはドラゴンゴーレムでオーリィ州からエクウス州上空に抜けた辺りで、王都の城壁門を冷やかしているカズキに念話を入れた。
『ボクかい? 魔獣の見学だよ』
『革命が宣言されたのにのん気にゃんね』
『王都はいたって平和だよ、慌てているのは魔獣の大発生なんて無かったとか抜かしてるバカ貴族ぐらいじゃない?』
『庭先に転がしてやれば良かったにゃん』
『まあまあ、王都の城壁門に魔獣の躯を三体も転がしておけば十分だよ、それ以上は弱い者いじめになっちゃうよ』
『にゃあ、それもそうにゃんね』
『それでエドガー・クルシュマンの弟子たちはどう、他にもいるんじゃない?』
『魔獣化したマルク・ヘーグバリ男爵と同じ細工をされたエーテル器官を持ってるヤツなら、いま洗い出してる最中にゃん』
『やっぱ護国派の連中かな?』
『にゃあ、護国派のメンバーが謎だから何とも言えないにゃん』
『ボクが知ってる護国派は、過激な主張はあってもサークル活動程度だったんだけど、いつの間にあんなテロ集団になったんだろ』
『これまで大きな騒動を起こしていないところをみるとここ最近と違うにゃん?』
『やっぱりエドガー・クルシュマンの影響?』
『そうだと思うにゃん』
『他は考えられないか』
『カズキも魔獣にされない様に気を付けるにゃんよ、転生者の魔獣なんて世界が滅びるにゃん』
『転生者でも魔獣の性能はそんなには変わらないんじゃないかな? 魔石の方が性能がエーテル器官より上なんだから』
『にゃあ、だったらサクっと仕留めるにゃん』
『助けようよ』
『努力するにゃん』
『お館様、王都の城壁門はまた解放していいにゃん?』
カズキの雑談の次は城壁門にいる猫耳から問い合わせが入った。
『いいにゃんよ』
『それと魔法大学から魔獣を調査させて欲しいと研究者が押し掛けているにゃん』
『触るまではいいにゃん、その代わり魔法を使ったり、傷付けたりするのは反逆罪を適用すると脅して欲しいにゃん』
『了解にゃん、条件を言い聞かせて許可するにゃん』
『頼んだにゃん』
『にゃあ、エーテル器官にマルク・ヘーグバリ男爵と同じ細工をされたヤツはどれぐらい引っ掛かったにゃん?』
続けて王都拠点に念話を入れた。
『一〇人分の反応があるにゃん』
『動きはあるにゃん?』
『いまは王城区画を囲んでいるにゃん』
『何かやるつもりにゃんね』
『にゃあ、いま連中の念話を解析しているにゃん』
『言葉じゃないにゃん?』
『こんな感じにゃん』
オレもヤツらの会話を聞く。音としては意味不明だ。だったら別のフォーマットか?
『これは聞くものじゃないにゃんね』
『聞くものじゃないにゃん?』
『空中刻印と同じモノみたいにゃんね、内容を確認するにゃん』
『『『にゃあ、ウチらも協力するにゃん!』』』
猫耳たちと力を合わせて、王城区画を囲んでいるマルク・ヘーグバリ男爵の仲間たちが念話でやりとりしている空中刻印みたいなモノが何なのか解析をする。
『分解の魔法にゃんね』
結論が出た。
『『『にゃあ』』』
この前の人型魔獣に比べたらかなり落ちるが、以前の絶対防御の結界なら為すすべもなく城を八割ほど持っていかれたろう。
『にゃお、それと自爆して毒ガスを撒き散らすにゃんね』
もう国体がどうとかまったく考えてない辺り、エドガー・クルシュマンの中身である迷惑系転生者ケイジ・カーターの仕業だとわかる。
あのおっさん、こっちの世界の人間に親でも殺されたんか?
『もうひとり、反応が少し違うはぐれがいるにゃんね』
王城区画を囲んでるヤツとは別口だ。
微弱だが先の一〇人と同等のモノだ。
『にゃあ、お館様、あれはマルク・ヘーグバリ男爵の騒動の直後、ケントルムの大使館に駆け込んだヤツにゃん』
『いまは官庁街にいるにゃん、こいつだけエーテル機関三個入りの豪華仕様にゃん』
欲張りセットにゃんね。
『お館様、全員を確保するにゃん?』
『その前に、連中からこっそりエーテル機関を抜いて同時にエーテル器官の刻印を書き換えるにゃん』
『『『了解にゃん』』』
○王都タリス ケントルム大使館 大使執務室
エサイアスは大使に呼び出された。
「お呼びですか、閣下」
「ああ、重要な話がある」
ケントルム王国大使であるデュドネ・バルビエは、侯爵の位を持つ法衣貴族だ。
元騎士団所属のがっちりした体躯で、机に向かっている姿は熊が身体を丸めている様に見える。
「本国よりアナトリ王国への宣戦布告の命が下った。そして貴様は大使館付きの魔導師に身分を書き換えよとのことだ」
デュドネは、眉間を押さえる。
「閣下は、私のこともお聞きになられたのですね」
「大使館内に宮廷魔導師暗部のメンバーがいるのは承知していたが、エサイアスとは思わなかったぞ」
「お褒めの言葉と受け取りましょう」
「貴様は、ルーファス殿下を護衛せよとのことだ」
「私でよろしいのでしょうか?」
「本国の指示だ、私は先ほどまで殿下がこちらに来ているとは知らなかった、居場所も明かされていない」
「かしこまりました、お任せ下さい」
「頼む、ここで殿下に何かあれば私の首が飛ぶ、王宮は既に勝った気でいるが、王都を落としてもマコト公爵の本拠地では無い、油断は禁物だ」
「問題はないかと」
「もしこの戦が長引けば本国も困ったことになるぞ」
「本国がでございますか?」
「小麦だよ、マコト公爵の生産する小麦だ、破格の条件で取引して頂いている、勝っても負けてももうこの条件はあるまい」
「勝ったとしても占領した貴族が、マコト公爵と同じ条件で卸すはずがないと」
「当然、そうなる」
「殿下に具申いたします」
「頼む」
「マコト公爵様の小麦生産の本拠地は大公国と聞いております、我が国の貴族もそう簡単に手は出せないかと」
「確かにそうだな、あの小麦畑は実に見事だ、貴様も面倒事が済んだら見てくるがいい、ゴーレムが農作業するなど初めて見たぞ」
デュドネ大使は大公国の視察を済ませていた。
「それは素晴らしい、私もぜひ見てみたいものです」
エサイアスも興味を惹かれた。
「改めて聞くが殿下が動いたということは、間違いなく勝てるのだな?」
デュドネ大使はじっとエサイアスを見た。
「陛下も了承されたのです、ですから、そういうことでございます」
エサイアスは糸のような目を更に細める。
「二〇〇人の魔導師の動員も先ほど知ったが、明らかな条約違反だ、負ければ非常にまずいことになる」
デュドネ大使は、本国経由で先程ルーファスの計画を知ったのだった。
「閣下は、殿下の計画をどう思われます?」
「昨年までなら、何の心配もなく上手く行っただろう」
「やはりマコト公爵様の存在でございますか?」
「無論だ、エサイアス、殿下はあの方をどうやって抑え込むつもりなのだ?」
「所詮は子供、裏で糸を引く者と分断すれば、こちらの陣営に迎え入れることも可能であると」
「殿下は、オラースの意見でもお聞きになったのか?」
オラース・クーランはケントルム大使館の副大使だ。
「副大使様から、この王都タリスの情報を得ていたのは事実です」
「情報元はもっと精査すべきだったな」
苦笑するデュドネ。
「閣下は、随分とマコト公爵を買っておられるのですね」
「本国には無視されたが魔獣の大発生は本当に起こったのだ、それらをすべて討伐し痕跡がわからぬほど修復したのがマコト公爵たちだ、これは間違いない、その証拠が城壁門の魔獣だ」
「大発生が実際にあった……バカな」
小さく呟くエサイアス。
「付け加えるなら、マコト公爵を裏から操る者などいない、これもまた真実だ」
○エクウス州 上空
『にゃあ、ケントルムからの宣戦布告にゃん?』
ドラゴンの上で王宮にいるエマから報告を受けた。
『先程、ケントルム大使館から先触れの使者が来たにゃん、この後、大使が王宮に来る予定にゃん』
『ケントルムは、再革命に第二王子が加わる前に帳尻を合わせるつもりにゃんね』
『にゃあ、やり口がセコいにゃん』
条約違反を雑に誤魔化すつもりなのだ。
『勝てるから問題ないと判断しているにゃんね』
勝てば官軍だ。
『ただ大使のデュドネ・バルビエは、高潔な人物なので本国との板挟みになって気の毒にゃん』
エマは前世でケントルムの大使と交流があった。大使は信用に足る人物のようだ。
『にゃあ、でも戦争になれば、合法的にあっちに行けるにゃんね』
貴族の移動は制限があったが、戦争になれば問題ない。
『魔力炉の発掘にゃん?』
『そうにゃん、魔力炉の為にはケントルムの宣戦布告も悪くないにゃんね』
○王都タリス 城壁内 タリス城 城内
ケントルム大使館の大使デュドネ・バルビエは車寄せからモノレールに案内された。あの革命の日から僅かだが、就任当初に登城したタリス城とはまるで別物だ。
前触れの使者を出していたが城内に緊張は感じられず、魔法車に乗ったマコト公爵配下の猫耳を付けた少女たちがのんびりと走っている。
以前はそこらに着飾った貴族たちの姿を見掛けたが、今日は全くといっていいほど見掛けない。
それから先王による再革命が宣言された最中であることに今更ながら気付く。
先王時代の利権を厳しく排除している為、困窮している貴族が多いと聞く。着飾る余裕もないか。
彼らにしてみれば先王の再革命は願っても無いことだが、勝利が確定するまでは迂闊に動けず息を潜めているのだろう。
先王の再革命に乗じての宣戦布告、タイミングは間違っていない。去年までならそれで良かった。
だが今は違う。最悪の愚策だ。先王が魔獣を使ったのも不味い。魔獣と化した人間の身元が割れており先王に接触していた人物となれば、例え言い掛かりであっても抗弁は難しい。
後はルーファス第二王子に期待するしかあるまい。マコト公爵を引き入れられれば、我が国に莫大な利益をもたらす。もし失敗した時には考えたくもない惨状となるが。
○王都タリス 城壁内 タリス城 謁見の間
「デュドネ殿、残念だが貴国の宣戦布告を受け入れるとしよう、貴国民は速やかに出国もしくは大使館で保護して貰いたい、貴国にも我が臣民の安全を約束して欲しい」
ハリエットは淡々と語る。
「かしこまりました、善処いたします」
ケントルム大使館の大使デュドネ・バルビエは一礼する。
本国がどう動くかはわからない。
「デュドネ殿、禁忌呪法に関してだが、伯父上が王都内で使用した際、貴国の関係者がその場にいたことを確認している。もし今後も禁忌呪法を使用するのならば、我が国も反撃の手段を選ばないことをお伝えしておく」
「我が国の者がでありますか?」
先王が魔獣を使った件は確認済みだが、まさかケントルムの人間が関係していたとは思わなかったデュドネだ。
「そう、貴国の宮廷魔導師の配下と聞いている、呪法は自らも滅ぼす術、デュドネ殿も近付かぬことだ」
「無論、禁忌呪法など論外でございます、早急に確認し対処いたします」
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ・オルホフホテル ラウンジ
アイリーンとアイリーン侯爵の一行は、日没後にグランキエ大トンネルのあるグランキエ州の州都パゴスに到着していた。
大トンネルから数キロ離れた森の中に物理障壁付きで作られた青いピラミッドのグランキエ・オルホフホテルが青く光っている。
「先王様が、再革命を宣言されにゃん」
「にゃあ、アナステシアス・アクロイド公爵と共にリアンティス州の州都イリオトを出陣したそうにゃん」
「本日付けでケントルム王国から宣戦布告されたにゃん」
猫耳たちの報告を受けたアイリーンは深く頷く。
「先王様の再革命にケントルム王国からの宣戦布告か、どちらもバカなことを始めたものだ」
「にゃあ、先王陣営がいきなり禁忌呪法を使ったにゃん、これにケントルム王国が絡むとややこしいことになるにゃん」
「先王様が禁忌呪法?」
「またしても良くないヤツらに利用されたにゃん、これで先王一家は国内には留めることが困難になったにゃん」
「だろうな、普通ならさらし首だ」
「にゃあ、ハリエット陛下はともかくお館様は嫌がるにゃん」
「こうなるとあちらの使者が来る前ですがアイリーン様には、明日にでも大トンネルにてケントルムにお帰り頂くのが良いかと思われます」
アーヴィン侯爵がアドバイスする。
「にゃあ、まもなくトンネルの前は戦場になるにゃん」
トンネル内は中立区間になり戦闘行為は条約で禁止されている。あちらに守るつもりがあるかは不明だが。
「ああ、こちらに留まっては皆の迷惑になるのは目に見えている、直ぐに発ってもいいぐらいだ」
「この時間は、準備中なのか誰もいなかったにゃん」
夜間の受付はやっていないらしい。
「アーヴィン殿はどうされるのですか?」
「吾輩は、ここで引き返します」
戦争が勃発したので、アーヴィン・オルホフ侯爵の外遊は中止だ。
「申し訳ありません、まさかこのようなことになるとは」
「国の決めたことなら致し方ありますまい、それでアイリーン様、この先の護衛はどうなされます」
「グランキエ大トンネルなら特に護衛は必要はないでしょう」
「にゃあ、オラース閣下が一緒に行けばいいにゃん」
猫耳が提案する。
「いや、いくら何でもそれは無理だ」
アイリーンが首を横に振る。
「いえ、アイリーン様、先ほどデュドネ大使より他の人員ともども王都フリソスまで同行せよとの命令が下りました」
オラース副大使が告げる。
「良いのか?」
アイリーンははにかみつつ尋ねる。
「無論です、アイリーン様をお護りするのが我らの使命です」
「感謝する」
周囲の人間は、ふたりをまた生暖かい目で見守っていた。
○グランキエ州 州都パゴス グランキエ・オルホフホテル レストラン
「にゃあ、今夜はアイリーン様のお別れ会ということで無礼講の大宴会にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
宴会ということで、ウシの丸焼きが出されてケントルムのメンバーが目を白黒させていた。
「無礼講って、戦争が始まったのにいいのかな?」
「いいんじゃない、それに大使館の人間に危害を加えたらそれこそ大変だよ」
キャリー小隊のエルダとカタリーナがコソコソ話している。
「ウシ、美味しい」
「うん、美味しいですね」
フランカとイルマは、ウシの肉にかぶり付いている。
「ソフトクリーム最高」
レーダは最初からスイーツ一本に絞っている。
「戦争か、なんか実感がわかないね」
「フィーニエンスの時は、出番が無かったし」
「今回はあるのかな?」
リリアーナとロレッタとミーラはそれぞれ山盛りに料理を盛り付けて話し込んでいた。
「ケントルムに行ってみたかったけど仕方ないか」
「仕方ないのです」
「お館様は安心しているにゃん」
キャリーとベルに猫耳が加わる。
「お館様はふたりをいつも心配しているにゃん」
「私たちはそんなに弱く無いんだけど」
「マコトの方が心配なのです」
「にゃあ、お館様は大丈夫にゃん、ウチらが守るにゃん」
「マコトは愛されているね」
「愛されているのです」
「「「当然にゃん」」」
「宣戦布告とは、父上も頭の痛いことをしてくれたものです」
アイリーンは苦い顔をする。
娘のフレデリカは猫耳ゴーレムにくっついていた。
「いえ、すべては先王様の再革命を阻止できなかった吾輩の不徳の致すところ」
アーヴィン侯爵が頭を垂れる。
「たぶん父が先王様を焚き付けたのでしょう、揃って愚かな選択をするとは」
「確かに賢い選択とは言えませんな」
「おかげで、フレデリカはもう故国には戻れないでしょう」
「戦が長引かぬことを祈るだけです」
「長引くとは思えませんが」
アイリーンは猫耳たちを見る。
「ケントルムも勝算が有って来るのでしょうから、マコトたちでも一筋縄ではいかないかと」
「我が国にマコト公爵に匹敵する魔法使いがいるとは思えませんが」
「いえ、ケントルムの主席魔導師殿など到底侮れる相手ではありませんぞ」
「ああ、確かに……ただアレはいろいろ違うかと……」
アイリーンは何やら言葉を濁した。




