再革命にゃん
○帝国暦 二七三〇年十一月十七日
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 地下拠点 大ホール
『マコト、いまいいかい?』
抱っこ会の最中にカズキからの念話が入った。いつの間にか日付が変わっていた。
『にゃあ』
抱っこが気持ちよくてウトウトしていたにゃん。
『大丈夫にゃんよ』
『昨日の件は聞いたかい?』
『にゃあ、カズキにはお手数を掛けたにゃん』
『ボクのはただのダメ押しで大したことはないよ』
『にゃあ、十分な働きにゃん』
先王が革命を決心すればアナステシアス・アクロイド公爵が動く。おっさんのつまらないプライドの為に命を懸けなければならない連中は大変だ。
『ボクが首を突っ込まなくても結果は変わらなかったと思うけど』
『タイミングを早めてくれた効果は大きいにゃん』
『マコトが嫌でも退位した時点で天に還って頂くのが良かったんだけどね』
『それがベストだったのはわかるにゃん、ただハリエット陛下に心の負担を作るのは避けたかったにゃん』
一生残る心の傷が冷酷な女王を作り上げてしまうかもしれない。
『それはあるね』
カズキも同意してくれる。やはり心の奥底の倫理観は共通なのだろう。
『でも、先王とアナステシアス公爵を泳がせたおかげで護国派とケントルムの連中が釣れたにゃんよ』
『護国派とケントルムが繋がるとはね~対極にあるかと思ったんだけど』
『敵の敵は味方にゃん』
『目的の為に手段を選ばないというより、目的を忘れているっぽい感じがするよ』
『ケントルムのヤツらの目的も見えないにゃんよ、小麦が欲しいなら戦争より買った方が安いにゃんよ』
『あちらの王宮はそうだろうね』
『にゃあ』
『ただし、領主によってはそう考えないのもいるみたいだよ』
ケントルムはオール貴族派で、各領地の独立性が高いんだっけ。
『マジで攻めて来るにゃん?』
『これはあくまでボクの勘だけど、そう考えた方がいいかも』
『具体的な動きは掴めてないにゃん?』
『王宮周辺は何かしらの箝口令が出てるみたいだね』
『あっちの転生者は何も教えてくれないにゃん?』
『残念ながら戦には不干渉だそうで教えてくれなかったよ』
『仕方ないにゃんね』
無理に協力を要請するわけにもいかない。あちらでの立場もあるだろうし。
『基本、引きこもりだから』
『オレたちの邪魔をしないなら構わないにゃん』
『それは大丈夫だと思うよ』
転生者が一緒に攻めてくるよりはず~っとマシだ。
『革命軍はともかくケントルムには要注意にゃんね』
『うん、それは間違いないと思うよ』
『ケントルムが攻めて来るならグランキエ大トンネルの出口が危ないにゃん』
トンネルの出口が最初の戦場になる。
『グランキエ州がマコトの領地になってからは、変なのは通して無いんだよね?』
『入国管理はしっかりやってるにゃん』
『その前が適当過ぎたからなあ』
『革命軍もケントルムの鉄砲を所持していたぐらいにゃん、ロクに調べてなかったにゃん』
『やれやれだね』
『あの調子では戦闘ゴーレムをそのまま運ばれてもフリーパスだったにゃん』
『うわー』
関税が無くても武器ぐらいチェックしろよと思うが、グランキエ州は大店の商会に支配されていた為、長らくグダグダだった。
『国境警備隊を猫耳に切り替えてからは、商会が警戒したのか変なモノは入って来ていないにゃん』
『マコト公爵に楯突くほどの旨味は無かったんだろうね』
『もっとも貿易量は国の規模からするとかなり少なかったにゃん、特に革命後はほとんど動いてないにゃん』
小麦の輸出がほそぼそ始まったぐらいだ。
『戦争の準備が始まってそうだね』
『にゃあ、有りそうにゃん』
革命の後に大店の商会が取り潰された影響もありそうだが。
『それで使えない先王と脳筋公爵は、再革命が上手く行ったとしていったい何がやりたいにゃん?』
『うーん、たぶん何もないと思うよ、先王は考え無しだしアナステシアス公爵は革命の成就がゴールだから』
『にゃーお、後は護国派辺りに丸投げするつもりにゃんね』
オヤジふたりが駄目過ぎる。
『明確なビジョンがあるなら、この国はもう少しマシだったんじゃないかな』
『そうにゃんね、オレもそう思うにゃん』
ただ転生者ケイジ・カーターの存在が無かったら、現状維持のゆったりとした衰退とともに大きな動きもなく過ごすことが出来たのだろう。
その点に関しては先王も脳筋も不運だったとしか言いようがない。
『にゃあ、カズキにお礼としてレオナルド・ダ・クマゴロウの新情報をお伝えするにゃん』
『えっ、新情報!?』
予想通りの喰い付きだ。
『レオナルド・ダ・クマゴロウの正体はサクラという名前の女の子だったことが准天使様タマモ姉の証言で判明したにゃん』
『ええええっ!?』
『あんなスゴいのを女の子が描いてたにゃんね』
『マジ!? マジなの!?』
『マジにゃん』
『それと准天使様タマモ姉って?』
『帝都エクシトマで一緒に再生されたにゃん、身体をサクラが作って幻獣を受肉させた准天使にゃん、姿は狐耳のエロい女医さんにゃん』
『うわ、設定盛りすぎじゃない!』
『オレに言われても困るにゃん』
『画像は無いの!?』
『こんな感じにゃん』
タマモ姉の映像をカズキに飛ばした。
『おおおおおおおお! こ、これは確かにレオナルド・ダ・クマゴロウの作品で間違いないよ!』
大興奮のカズキ。
『本人がそう言っているから間違いないにゃんよ』
『はぁはぁ、そうだったね』
念話で息を荒くする高等テクニックを披露する。さすがにゃん。
『それとサクラは現在も生きている可能性があるみたいにゃんよ』
『どこにいるかはわからないのかな?』
『にゃあ、場所は不明にゃん、少なくとも魂は天に還ってないそうにゃん』
何処かに封印されているとか、地面に染み込んでるとかがなければだ。
『すると痕跡は変わらず一〇〇〇年前のモノが最新なのかな?』
『そうにゃんね』
『売るのを止めちゃったのかな?』
『そこはなんとも言えないにゃんね、ただ一〇〇〇年もエロ絵を描くかは疑問にゃん』
『描くよ! それは間違いないよ! エロは魂の仕事だからね!』
熱く語るカズキ。
『……に、にゃあ、そうにゃんね』
話が長くなりそうなので適当なところで切り上げた。変なモノを描いて猫耳たちに簀巻きにされないこと祈るにゃん。
○リアンティス州 州都イリオト イリオト城 客間
早朝、イリオト城の客間に集まったのは先王コンスタンティン二世と元王太子アーサー、そしてリアンティス州領主アナステシアス・アクロイド公爵とその息子のユリウスの四人だ。使用人たちはすべて退出している。
先王以外は緊張した面持ちを浮かべていた。
「陛下、お決め頂けましたか?」
アナステシアス公爵は、先王に尋ねた。
「うむ、アナステシアスは我に革命を求めるのだな?」
先王はアナステシアス公爵の顔を見た。
「私は陛下の御心のままに」
「良かろう、我は革命を行う」
「かしこまりました」
アナステシアス公爵は深く一礼する。
二人の息子たちは、目を閉じた。
○リアンティス州 州都イリオト イリオト城 謁見の間
「これよりコンスタンティン二世陛下が革命を宣言される、リアンティス州領主アナステシアス・アクロイドが見届けるものとする」
「うむ、頼む」
先王コンスタンティン二世はテーブルに小さな魔法陣を描く。
「お願い致します」
先王にユリウスが小さなナイフを渡した。
受け取ったナイフで、指に傷を付け血を魔法陣に滴らせる。
「我、革命を願う」
魔法陣が光り、その波動が大きく拡がった。
○王都タリス 城壁内 タリス城 玉座の間
「伯父上は革命を宣言されたか」
ハリエットが呟く。
「愚かなことを」
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 地下拠点 ブリーフィングルーム
「お館様、王宮で先王の再革命の宣言を確認したにゃん」
「にゃあ、了解にゃん」
「王宮より革命軍を賊軍に認定、先王とアナステシアス・アクロイドを始めとする参加者全員の爵位と市民権を剥奪するとの通達が来たにゃん」
「ハリエット陛下も腹を決めたにゃんね」
十二歳には酷な思いをさせてしまった。かといってアイツらの準備が整うのを待っているわけにはいかない。天に還すよりはマシだと思って欲しい。
無論、何か有ったら負担はオレが引き受ける。なりは六歳児だが中身は大人だからな。
「にゃあ、オレたちは護国派とケントルムの動きに注視するにゃん、特に国内に潜入したと思しき第二王子ルーファスに警戒にゃん!」
「「「にゃあ」」」
革命軍自体は王国軍で事足りるだろう。猫耳たちも派遣しているし使用する武器が雲泥の差だ。ただ革命軍の中に護国派が隠れていると厄介だ。あいつらは狂信的だが考え無しのオヤジどもとは違う。
そこに第二王子ルーファスの戦闘ゴーレムが加わると戦場はかなり荒れると思うが、そこは猫耳たちが対応するので問題ない。
まさか人型魔獣の様な国を滅ぼすモノを引っ張り出したりはしないよな? そんなモノを出されたら、お前は何をしに来たんだ!と突っ込まざるをえない。
○リアンティス州 州都イリオト
「出陣せよ!」
馬上から鎧に身を包んだアナステシアス・アクロイド公爵が声を上げた。
「「「おお!」」」
州都に地響きのような鬨の声が響き渡る。
先王コンスタンティン二世の再革命の宣言から程なく州都イリオトから二万の騎士と新たに作られた四万の諸侯軍を率いてアナステシアス・アクロイド公爵が出陣した。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 地下拠点 ブリーフィングルーム
『お館様、州都イリオトから先王とアナステシアス・アクロイド元公爵の出陣を確認にゃん』
ドラゴンゴーレムでリアンティス州の州都イリオト上空から偵察している猫耳から念話が入った。
「にゃあ、結局のところ革命軍は何人いるにゃん?」
『リアンティス州の騎士団二万と諸侯軍四万の合計六万にゃん』
「了解にゃん、リアンティスの騎士団は本当に二万もいたにゃんね」
『にゃあ、ちゃんと魔法馬に乗った騎士で構成されているにゃん』
貴族派の領地でやっていた王国軍への諸侯軍接収を嫌った偽装騎士団では無かったらしい。
「ちょっと前の王国軍だったらイチコロだったにゃんね」
「「「にゃあ」」」
ブリーフィングルームの猫耳たちが同意した。
『先王とアナステシアスの馬車はそれぞれ真ん中よりちょっと後ろに配置されているにゃんね、爆撃するにゃん?』
偵察中の猫耳が提案する。
「革命軍の相手は王国軍に任せていいにゃん、オレたちの相手は護国派とケントルムのヤツらにゃん」
『了解にゃん』
オレは偵察の猫耳と視覚同調で眼下の革命軍の隊列を眺める。先王とアナステシアスの馬車にはそれぞれ息子が乗り込んでいた。
「魔法使いはそこそこいるにゃんね、ただ上位の宮廷魔導師級の反応はないにゃん」
『にゃあ、確かにケントルムの第二王子っぽい大きさの魔力の反応はないにゃん』
「護国派は流石にわからないにゃんね、少なくとも指名手配したマルク・ヘーグバリ男爵はいないにゃんね」
『にゃあ』
ミマの記憶からマルク・ヘーグバリ男爵のプロフィールは把握しているので検索は容易だった。
○リアンティス州 州都イリオト シエロ街道
軍勢は隊列を組み王都へと続くシエロ街道を王都に向けて南下を開始する。
リアンティス州の騎士団二万と今回新たに加わった四万の諸侯軍の合計六万が動く。
新たな諸侯軍は、王国軍に従来の諸侯軍が接収された直後から北方七州に隠して再生を準備していた。ハリエットの革命後は、王宮から離反した多数の宮廷魔導師と王宮騎士を引き入れ、また取り潰された領地から騎士団も飲み込んでいる。
「父上、本当によろしいのですか?」
隊列のやや後方の装甲を施された馬車で、元王太子アーサーが対面に座る父コンスタンティン二世に問う。
「公爵が我を必要とするなら従うまでだ」
「わかりました、私も父上に従います」
アーサーも覚悟を決めた。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ 貴族街 上級地区 貴族邸宅 書庫
「にゃあ、ミマは王都に戻らなくていいにゃん?」
セリが書類を抱えたままボーっとしているミマに声を掛けた。
「いや、革命による防御結界の解除はちゃんとキャンセルされた、改めて見るまでも無い」
「そっちじゃなくて先王にゃん、ハリエット様は再革命をお許しにならないにゃんよ」
「だろうな、しかしこれも父上の選択した道だ、それに既に動き出してしまった、もうどうすることも出来まい」
「見殺しにするにゃん?」
「また助けても同じことを繰り返すだけだ、私と同じだ」
「ミマと同じなら矯正は無理にゃんね」
「父上を利用したヤツらには天誅を加えたいが、余計なことをしたら絶対にマコトたちに怒られる」
「にゃあ、それは間違いないにゃんね」
「だろうな、だから私はここにいる」
「ウチもいるにゃん」
ふたりは調査を再開した。




