空にゃん
○プリンキピウムの森 上空
………………。
…………。
……っ!
風圧に我慢できなくて目を開いた。
やっぱり空だ!
さっきと何ひとつ変わっていない。
いや、地面が近付いている!!
「にゃあああああああああああ!?」
いまもオレの身体は猛烈な勢いで落下していた。
落ちてるのだから地面が近づくのは当然か。
風がゴゴゴゴゴ!で、めちゃくちゃ落ちてる!
テレビで見たことの有るスカイダイビングの風景そのものだ。
眼下には丸みを帯びた緑色の大地が360°地平線まで拡がってる。
いや、遠くに街らしきものが見える。
大きな城壁?に幾重にも囲まれたそこそこの大きさの街。
尖塔が有って、ヨーロッパの世界遺産に有りそうな。
って、いったい何処だ!?
オレは何処に落ちてるんだ?
いや、そんなことより車の中で血まみれになった挙句、直火でローストされたはずのオレが何でパラシュート無しのスカイダイビング!?
誰か教えてくれ!
このままだと地面に激突して、今度は派手に飛び散るぞ。
「そんなの嫌にゃあああああん!」
身体が空気の幕に触れた。
「にゃ!?」
突然、頭の中に描かれる図式、魔法式、刻印、物凄い量の情報がオレの中に流れ込む。
魔法!?
精霊情報体?
マナ!?
魔力!
エーテル?
『魔法、それはこの世界を構成するエーテルを操る技術』
なにこれ!?
『世界は七人の神によって作られた』
『神は二つの大地を作り太陽を浮かべた』
『森を作り海を作り獣を作った』
『最後に人を作る』
『そして七人の神は立ち去られた』
『ようこそ マコト』
『ようこそ 神無き世界に』
『ようこそ』
それは一瞬の出来事だった。
頭の中に詰め込まれた無限に思える大量の情報。
「にゃああ! これは、いったい何にゃん!?」
いや、そんなことより緑色の大地がどんどん近付いてる。
地平線まで残らず緑色の大地はまるで樹海だ。
とにかく自分でどうにかしないとまた死ぬ!
森にぶち当たって死ぬぞ!
どうすればいい!?
唐突に赤い光の筋がオレの直ぐ横を通過した。
「にゃ!?」
いまのは何だ?
熱を感じたぞ!
森から赤く光線が光った。
「にゃあ! また来たにゃん!」
さっきより近い場所を通過する。
これってレーザー光線じゃないのか!?
鉄骨に下半身を潰され、その直後のパラシュート無しのスカイダイビングにレーザー光線の砲撃が加わった。
「にゃおおお! いったいどういうつもりにゃん!?」
この絶体絶命の状態で使えそうな情報は!?
あれだけ詰め込まれたんだ、何かあるはず!
「にゃあ、そうにゃん! 魔法にゃん!」
獲得した知識の中で使えそうなのは魔法一択。
『魔法、それはこの世界を構成するエーテルを操る技術』だったはず。
オレが魔法を使えばいいのか?
「にゃおお、当然にゃん! 他に誰もいないにゃん!」
この状況で使えるのは風を操る魔法だ。
それに防御結界!
「とにかく使うにゃあああ!!!」
自分の周りの空気を弄る。
空気の抵抗が増す。
下からの突風に煽られて急降下中のオレの身体全体にブレーキが掛かる。
イメージ的にはパラシュートの上に乗った感じだ。
オレの下に作った空気の膜が打ち付ける風から身体を守ってくれる。
落下速度が目に見えて緩やかになった。
マジで魔法が使えてる。
樹海な大地がさっきよりはゆっくり近付く。
森、木々、緑の葉っぱが迫る。
またレーザーが来た!
今度は命中コース!
防御結界を重ね掛けだ!
「にゃあああ!」
オレの絶叫が風と混じり合った。
○プリンキピウムの森
『『『ガルルルルルルルッ!』』』
ふたりを取り囲んでる白く大きなオオカミたちが低く唸る。
「マズい状況だね」
「絶体絶命とはこのことなのです」
背中合わせで女の子ふたりが呟き合ってる。
年の頃一四歳。
一人は使い込まれた長物の銃を持ち、頭一つ分小さなもう一人はナイフを持ってる。
二頭のオオカミが純白の毛皮を赤く染めた躯が転がっていた。
「あぅ~、まだ一三頭もいるのに弾切れだよ」
木々の後ろに隠れている個体も正確に数えていた。
「はぁ、はぁ、残念ながら私も魔力切れなのです」
「これは肉弾戦になっちゃうのかな?」
カチャっとレバーを引いて銃剣をセットする。
「シロオオカミをふたりで一三頭は軍の訓練よりキツいのです」
「手ぶらで一週間山篭もりよりはマシだよ」
「いい勝負なのです」
ふたりは銃剣とナイフをそれぞれ構えた。
○プリンキピウムの森 上空
赤い閃光がオレの防御結界に弾かれて空の彼方に飛んで行った。
助かった~。
と、思いきや!!
もう森はオレの目と鼻の先だ!!
「にゃあ! ちょっと待つにゃん! このままだと木にぶつかるにゃん!」
オレは少しでも開けた場所に着地すべく風を操った。
突風に煽られた風船みたいに軌道が横に流れる。
「にゃ!?」
開けた場所では、背中合わせに立つふたりの人間が白くて大きな野良犬の群れに囲まれていた。
いや、違う、野犬じゃない、シロオオカミだ。
精霊情報体が教えてくれた。
ふたりはシロオオカミを何頭か倒した様だが体力がジリ貧みたいだ。
シロオオカミの輪がじわじわ狭まってる。
しかも囲まれてるふたりは女の子だ。
これは助けないといけない!
○プリンキピウムの森
「キックにゃああん!」
『キャイン!』
いままさに女の子に飛び掛かろうとしたシロオオカミの脇っ腹にドロップキックを浴びせて着地した。
蹴られたシロオオカミはゴロゴロ転がって木の幹にあたって動かなくなった。
「にゃあ、ここからはオレが相手にゃん!」
『『『ガアアアアアアッ!』』』
シロオオカミが次々オレに跳びかかる。
「にゃあおおお!」
数頭に回し蹴りを食らわせ、次の奴にはパンチをお見舞いした。
オレは拳と足に風の魔法をまとわせて圧縮空気を撃ち出しシロオオカミの骨を砕く。
魔法が新車ディーラーのセールスにシロオオカミと戦える力をくれる。
逃げ出したシロオオカミは、風で押し潰してやった。
「にゃおお!」
シロオオカミに勝利したオレは拳を突き上げて雄叫びを上げた。