学食の謎にゃん
○帝国暦 二七三〇年十一月十五日
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 地下拠点 寝室
「にゃあ」
目を覚ますとビッキーとチャスに挟まれていた。シアとニアとノアの三人もその外側に転がっている。
五人を起こさないようにそっとその場を離れた。
「にゃふぅ」
オレが不甲斐ないばかりに五人は、すっかりお姉さんになってしまった。でも寝顔は可愛いままにゃんね。
半端な男には嫁に出さないにゃんよ。
「にゃん?」
後ろから抱き上げられた。
「にゃあ、お館様はウチらと朝風呂にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちだった。
抱っこされたまま大浴場に連れて行かれた。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 カホ私室
『姉上』
まどろみの中その声にカホは覚醒した。
「……っ」
二五〇〇年振りに自室。目を開けるとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
そしてベッドの傍らに人影があった。
『姉上、戻られたか?』
大柄の男。髪は白く顔にはシワが刻まれているが、その鍛え上げられた肉体は少しも衰えていない。
「ライナス……なのか?」
カホはベッドから身体を起こした。
『姉上は、約束を守ってくれたのだな』
オリエーンス帝国初代皇帝ライナス。だが、カホの知っている彼よりもずっと年を経た姿だった。
「これは映像?」
魔導具がカホの起床と同時に起動したらしい。
『姉上が守った帝国を見ていただいただろうか、順調に発展しているぞ』
「ああ、見せて貰ったよ、一五〇〇年も続いたのだからたいしたものだ、それは兄上の手柄か」
クスっと笑みを漏らす。
『兄上は天に還られてもう三年になります』
「そうか」
『済まない、姉上が必ず戻られると約束して頂いたのに、私も間もなく天に還ることになりそうだ』
ライナスは寂しそうな笑みを浮かべた。
「まさか二五〇〇年も過ぎるとは私も予想だにしてなかったよ」
兄弟たちも同じだろう。
『姉上は、約束を必ず守る方だ、故に墓は作らなかった、どうやらそれで良かったらしい』
「ああ、正解だ」
『一つ願いが叶うなら、生まれ変わって、戻られた姉上とまた日々を共に過ごしたいものだ』
「そうだな」
『ありがとう姉上、感謝している』
「私もだ、ライナス」
オリエーンス帝国初代皇帝ライナスの姿が揺らいで消えた。
カホは、頬を流れる涙を拭いもせず、弟の姿が消えた場所をずっと見ていた。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ 魔法大学 図書館
「にゃあ、エクシトマにも魔法大学があったにゃんね」
オレは、元チビたち五人を引き連れて情報が集まっていると思われる魔法大学の図書館にやって来た。
再生の刻印を検索すればいいのだが、面倒くさいし何より実物を見てみたい。
「ミマとセリが走り回っているにゃんね」
大学校内を忙しなく移動して何やら調べているみたいだ。それを複数の猫耳たちが監視している。
大学にとんでもないモノはないと思いたい。
魔法大学の図書館は、オレも見慣れた感じの図書館だった。
「本当に紙の本が中心にゃんね」
ここは羊皮紙の本は存在せず、木から作った紙の本だ。
記憶石板も紙の本に対して一〇分の一程度。それでもオパルスの図書館よりは多い。
魔法大学なだけに魔導書が多いが、それ以外の分野も充実していた。
「司書はゴーレムにゃんね」
ゴーレムは、プロトポロスで見付けた白いボディーのツルンとしているのと同じタイプだ。現在の王都でもそれなりの数が稼働している。
「ヤバい魔導書は見当たらないにゃんね」
あるとしたら禁書庫か。ぱっと見それも見当たらない。存在しないとは思えないので上手く隠されているのだろう。
現代魔法だから封印図書館ほどヤバいモノは無いだろうが確認は必要だ。
「マコト様、地下に隠し部屋があります」
「開けますか?」
ビッキーとチャスが早くも発見したらしい。
「お館様、あたしたちが開けちゃう?」
「開けるよ」
「開けちゃった」
シアとノアとノアの三人が解錠してしまった。
地下の隠し部屋に立ち入る前にまず防犯装置を確認する必要ありだが、正規の解錠を行ったことになってるらしく。オレたちには反応しなかった。
「案の定、迷惑系の魔導書にゃん、にゃ、ポーション系のレシピも一緒にあるにゃんね、効果の強いものは一般公開はしてないにゃんね」
魔力増強剤とかここから流出かも。
ここは紙の魔導書より記憶石板が多い。やっぱり禁忌系はオリエーンス連邦時代が充実していたか。
あとはエロ本が多い。
大学ではこんなものまで集めていたのか。後でカズキにでも売り付けるか。
「にゃあ、ここには封印結界を追加するにゃん」
「「「了解です」」」
稼働中の再生の刻印に精霊魔法経由の新しい封印結界を割り込ませる。オレたち以外には開けなくした。
『お館様、学食が大変にゃん!』
猫耳から念話が入った。
「どうしたにゃん?」
『学食のオバちゃんがいるにゃん!』
学食のオバちゃん?
「にゃ? とにかく行ってみるにゃん」
頭に疑問符を浮かべながら、オレは猫耳が呼んでる学食に向かった。
学食だけで六つある。オレの通った三流私大は二つだったけどな。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ 魔法大学 中央学食
猫耳から連絡のあったのは、大学の中央にあるいちばん大きな学食だ。
『『『食材ガ無イヨ! 早ク持ッテ来ナ! おばチャン暇ニナッチャウヨ!』』』
エプロンを着けたゴーレムたちがお玉を片手に叫んでいた。
「にゃあ、確かに学食のオバちゃんにゃん」
自分でオバちゃんて言ってるし。
ゴーレムそのものは司書と同じだが、刻印をかなりイジってるっぽい。中身はほとんど別物だな。
「学食だからオバちゃんのゴーレムにゃんね」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちも頷く。
「いや、そんなわけないだろう!?」
ミマが来て早々ツッコミを入れる。
「そうにゃん? 学食はパートのオバちゃんだったにゃんよ」
「いや、この手の施設でパートは無いだろう、タリスの魔法大学の食堂は一流の料理人が担当していたぞ」
「それは魔法大学の王室専用宿舎だけと違うにゃん? 学生寮の料理人なんか商会から高額で派遣された素人以下のおっさんだったにゃんよ」
それでも旧子ブタ亭の料理よりはマシだったとか。
「マジか?」
「マジにゃん、いまは手始めに学生寮から猫耳ゴーレムと入れ替えているにゃん」
「オバちゃんでは無いわけだ」
「にゃあ、残念ながらそこまでは気が回らなかったにゃん」
「いや、気を回す必要も無いと思うが、これはカホの仕業か?」
「他に誰がいるにゃん?」
こだわりの日本文化だ。
「いや、私では無いぞ、魔法大学の計画には参加したが、実際に運営が始まる前にアレが来たからな」
カホもやって来るなり否定した。
「にゃ、そうにゃん?」
「あの、何とかクマゴロウの仕業じゃないのか?」
「レオナルド・ダ・クマゴロウにゃんね、ヤツが絡んでいるなら刻印を確認にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちと一緒に学食のオバちゃんゴーレムの刻印をサーチする。
オリエーンス連邦のゴーレムに刻印を足して性格付けをしているから、何かあるとすれば追加部分だ。
「有ったにゃん!」
猫耳が先に見付けて直ぐに共有する。
「『学食のオバちゃん二型改』と日本語で書いてあるにゃんね」
「一回モデルチェンジして、その後マイナーチェンジまでもしてるとは本気を感じるにゃん」
「オバちゃんぽさを追い求めたにゃんね」
「そうなのか?」
ミマが首を傾げる。
「「「他に何を改良するにゃん?」」」
「いや、声は揃えなくていいから」
「いつ頃のモノかわかるにゃん?」
ミマに尋ねる。
「ゴーレムは出土品だし、刻印から年代の特定は難しいな」
専門家もわからないらしい。
「カホはどうにゃん?」
「いや、大学も学食もゴーレムはまったくタッチしていないからわからん」
カホは首を横に振った。
「レオナルド・ダ・クマゴロウという人物は、エクシトマでは刻印師だったのだろうか?」
ミマが尋ねる。
「ゴーレムの改造なら刻印師の仕事だな、大学なら中の人間だったのかも知れない」
カホが答えた。
「するとレオナルド・ダ・クマゴロウは大学の刻印師だった可能性があるにゃんね」
「こちらでは、魔法絵師では無かったのだろうか?」
ミマが考え込む。
現代ではレオナルド・ダ・クマゴロウは魔法絵師として認識されている。
「刻印師兼魔法絵師だった可能性もあるにゃんね、ただおおっぴらに飾れる絵じゃないから探すのが大変にゃん」
「ああ、そうだな、娼館辺りには有りそうだが」
「それとカジノか、あの手の絵が飾ってあるのは」
カホもミマも恥ずかしがるような歳じゃなかった。深くは突っ込まないにゃん。
「起動している再生刻印から日本語を検索するという気の遠くなるような方法もあるけど、現実的ではないにゃんね」
「だろうな」
「私にも無理だ」
「普通の魔法絵なら、大学内にもアリそうにゃん」
「今なら魔法絵自体が珍しいが、この時代ならどうだ?」
ミマがカホに訊く。
「魔法絵か、私の時代ならそれほど珍しくはなかったが、この再生された一〇〇〇年前の時代はどうだろう?」
「珍しくはないみたいにゃんよ」
オレは壁に貼られたポスターを指差した。何枚も動いている。
「ああ、あれは工房で作ったものだから、厳密には魔法絵とは言わないと聞いたことが有る」
カホが二五〇〇年の情報を教えてくれる。
「面白いにゃんね、インスパイアするにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちも同意した。
学食の食料庫に食材を入れると学食のオバちゃんゴーレムが下ごしらえを始めた。
ミマはまた自分の調査に戻り、オレたちは大学内にレオナルド・ダ・クマゴロウの痕跡を探しに出た。カホは適当にブラブラするそうだ。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ 魔法大学 中庭
大学構内のゴーレムの再生が進んでいるらしく、施設管理や警備の機体も動き出していた。
植栽までは再生されていないので月光草を代わりに出しておく。
「ここのゴーレムだったら、プリンキピウムの工房でも作れそうにゃんね」
プリンキピウムの工房では、猫耳ではなく新しく採用した人たちが魔法馬や魔導具の生産を担っている。
『もうちょっと刻印を整理すれば出来そうにゃん』
プリンキピウムの猫耳から念話で返答があった。
「にゃあ、進めて欲しいにゃん」
『了解にゃん』
肝心のレオナルド・ダ・クマゴロウの痕跡だが、いまはまだ特徴的なものは見つかっていない。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ 魔法大学 研究棟
「建物やその付属品以外の再生にはそれなりに時間がかかるっぽいにゃんね」
再生途中の半透明の品が散見される。
どうやら魔法大学の大きなテーマとして、魔獣の森の完全解放の研究がなされていた様だ。
現在では、魔獣の森が大規模な永久魔法によって形作られているという仮設が主流だが、証明されるに至っていない。
オレたちも協議したが、大規模な永久魔法の痕跡すら見付けられないでいる現状から、その説には懐疑的だ。
オレは、もっと単純なものではないかと考えている。今度天使アルマに聞いてみるか。
ただ人間の行為には基本、非干渉だし興味がなさそうなので知らないかも。
『お館様、山のようにある魔導具はどうするにゃん、売るにゃん?』
猫耳から問い合わせが入った。
『にゃあ、どうせならオレたちの経営する各所の工房で似たようなモノを作らせるといいにゃん』
『インスパイアにゃんね』
『インスパイアにゃん』
○エクシトマ州 帝都エクシトマ 魔法大学 中央学食
本日のお昼ごはんは学食で食べることにする。
「食券もゴーレムのオバちゃんが売ってるにゃんね」
メニューは、かけそばにカレーがある。学食の雰囲気からすると不思議ではないのだがこの世界で不思議か。
「発注書の通りに食材を入れたら本当に学食っぽいメニューが出て来たにゃん」
食堂にいた猫耳が説明する。
「そうにゃんね、さっき見た時は本日のメニューの張り紙は無かったにゃん」
「食材によってメニューが変化するみたいにゃん」
「学食全体にレオナルド・ダ・クマゴロウの手が入ってるみたいにゃんね」
エクシトマ城のシステムに干渉して魔獣を呼び寄せる刻印を打ったのとどちらが先だったのだろう?
何が不満で帝国を滅ぼそうとしたのか?
それでいて学食をイジったりちぐはぐな印象を覚える。しかもいまの王都に移ってからはエロ絵に血道を上げてたり。
「かけそばをお願いにゃん」
『ハイ、金貨一〇〇枚ネ』
「にゃあ」
ゴーレムのオバちゃんに銅貨一枚出す。
『ハイ、アリガトウ』
食券を貰う。
「芸が細かいにゃん」
かけそばも『イッパイ食ベテ、大キクナリナサイ』と、大盛りにされて卵とかき揚げが載っていた。
『お館様、大学の医務室に来て欲しいにゃん!』
天玉の大盛りを食べ終わった直後にまた猫耳から呼び出しの念話が入った。
「にゃ?」




