転生者の影にゃん
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 ゲストルーム
「にゃあ、面倒くさいにゃん」
ゲストルームに戻ったオレはソファーに座って足を投げ出し腕を組んだ。
「お館様、いくら転生者でももう天に還ったと違うにゃん?」
元公爵で怨霊だった猫耳のカイが言う。
「「「にゃあ」」」
他の猫耳たちも同意する。
「ケイジ・カーターの例もあるから楽観は出来ないにゃんよ」
「そうにゃんね」
「お館様、一〇〇〇年も生きていたら悟りを開いて、国がどうとかどうでも良くなるのと違うにゃん」
元カトリーヌ団所属のイケメンだったヒカリが意見を述べる。
「にゃあ、それは有りそうにゃん」
オレなら絶対にそうなる。
「お館様、気になることが一つあるにゃん」
元カジノのオーナーだったギスが手を挙げた。
「にゃ?」
「あの日本語の筆跡、レオナルド・ダ・クマゴロウに似ている気がするにゃん」
「にゃ、マジにゃん?」
「サンプルが少なすぎるからハッキリしたことは言えないにゃん、ただウチは似ていると思うにゃん」
カジノのオーナーだっただけあってギスはレオナルド・ダ・クマゴロウの作品には造詣が深い。
オレも刻印の中に刻まれた日本語の文章を脳裏に再生した。
「言われてみるとどっちも綺麗な字にゃんね、ここはレオナルド・ダ・クマゴロウ研究の第一人者に聞いてみるにゃん」
『にゃあ、オレにゃん、いま大丈夫にゃん?』
『マコトのドラゴンゴーレムを貸してくれたら直ぐに行くよ』
念話を入れたのはレオナルド・ダ・クマゴロウ研究の第一人者、カズキ・ベルティ元伯爵だ。
現在は住所不定無職の遊び人だ。
『貸すのはいいけど、ちょっと見て貰いたいモノがあるにゃん』
『見ればいいの?』
『にゃあ、これにゃん』
【稀人よ、相まみえることを楽しみにしている】の文字の映像をカズキに送った。
『日本語だね、帝都エクシトマで見付けたのかい?』
『そうにゃん』
『驚いたな、たぶんレオナルド・ダ・クマゴロウの文字だよ』
念話だがカズキの声が弾んだ。
『カズキもそう思うにゃん?』
『うん、刻印に日本語を埋め込むのは彼の特徴だし文字も間違いないと思うよ、そうか、彼はエクシトマにいたことがあるのか』
『にゃあ、そうなるにゃん、一〇〇〇年前の魔獣の大発生に関与していることが濃厚にゃん』
『本当に?』
『魔獣を呼び寄せる刻印にこの文字があったにゃん』
『うわ、そんなことをしてたんだ』
『にゃあ、ヤツの人となりは伝わってないにゃん?』
『どんな人物かは不明だよ、一〇〇〇年前辺りにタリス辺りにいたんじゃないかと言うのがこれまでの定説かな』
『魔獣が大発生して大変なときにエロ絵を描いていたにゃんね』
『被害は帝国の西側に集中していたらしいから、逆に東側の貴族は潤ったみたいだよ、その筆頭がいまの王家だし』
『そういうことにゃんね』
『レオナルド・ダ・クマゴロウが魔獣の大発生を人為的に起こしたんだね?』
『にゃあ、そうにゃん、今回の大発生と基本的に同じ手法にゃん』
『魔獣を呼ぶ手法が連綿と受け継がれていたわけか』
『もしくは、レオナルド・ダ・クマゴロウがいまも生きてる可能性にゃん』
『それも考えられるよね、大魔法を撃ちまくれば話は別だけど』
『にゃあ、それも回避方法が無いわけじゃないにゃん』
短期転生とか。
『生きているなら予告通りマコトに会いに来るんじゃない?』
『嫌過ぎるにゃん』
『レオナルド・ダ・クマゴロウが実はスズガ・ケイジだったってことはないよね?』
『少なくともスズガ・ケイジ以前の魂の履歴は追えなかったにゃん』
『三〇〇人の子供を殺したあの転生の儀式でリセットされてたりして』
『不安定な魔法だから可能性はあるにゃん』
『希望的観測は止めた方がいいのかな』
『にゃあ、念の為、カズキにもオレの馬と銃とテント一式を渡しておくにゃん』
カズキの格納空間に突っ込んだ。
『わあ、これは凄いね』
『普段から魔法馬の防御結界は使っておくのがお勧めにゃん』
『ありがとう、ありがたく使わせて貰うよ』
続けてユウカにも格納空間にも魔法馬一式をねじ込んでおいた。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 晩餐室
エクシトマ城での一〇〇〇年ぶりの晩餐会には、天使アルマとミサとクミにリーリとミンクの妖精たちにオレとミマとカホの転生者組で行われた。
本当は、厨房を改造したいところだが、いちいち再生の刻印をイジらないといけないのとミマが大反対なので、今回はプリンキピウム・オルホフホテルのアトリー三姉妹に調理を任せて、格納空間越しに料理を送って貰う。
「にゃあ、エクシトマの料理のレシピがまだ手に入らなかったので、本日はオレのプリンキピウム・オルホフホテルの料理にゃん」
「まったく問題ありません」
「うん、マコトのホテルの話は聞いてるから」
天使ミサとクミはアトリー三姉妹の料理に興味があったらしい。本人たちが知ったら目を回すにゃんね。
「我も構わない、あのホテルの味なら問題はない」
天使アルマからもお許しが出た。
「にゃあ、では始めるにゃん」
猫耳ゴーレムが給仕をして晩餐が始まった。
「美味しい」
「本当にこれは凄いよ」
「私たちも料理人を育成するべきでした」
「うん、それはあるよね、失敗した」
天使ミサとクミは何やら悔やんでいた。
「にゃあ、いまから養成すればいいと違うにゃん?」
「うーん、ウチの人間たちは面倒くさいのです」
「人間が面倒くさいにゃん?」
「下手に姿を見せると神様みたいな扱いを受けるし、そもそもご飯が美味しいのは堕落とか言っちゃう連中だから」
「にゃお、聖七神教会って戒律が厳しいにゃんね」
旧オリエーンス帝国支配地域は、神様がいない世界だから祈っても意味がないという考えが広がっているため、宗教が成立していない。
だいたいマズいものを食って徳が積めるなら、かつての子ブタ亭の常連だった冒険者のおっちゃんたちは全員聖人の域だっての。
「天使ミサ、天使クミ、聖七神教会とは何処にあるのですか?」
ミマが質問した。
「場所は北極点ですね」
「やっぱり極地にゃんね、でもオレたちには見付けられなかったにゃん」
超長距離の探査魔法では人工物の反応は無かった。
「実際には、その上空というか大地と空の間とかいうわけのわからない場所にありますから」
「にゃあ、空飛ぶ船がいる空間にゃんね」
「そうです」
やはり天使様以外にはわからない場所か。
「そこに人間がいるにゃん?」
「いいえ、人の立ち入れぬ空間です」
「空飛ぶ船も乗り物じゃないからね」
「乗れないにゃん?」
「魔力の観測するだけの観測船だから」
「観測船だったにゃんね、大きな魔力が発生したら潰すにゃん?」
だとしたら今後は気を付ける必要ありだ。
「いいえ、基本的に人間には非干渉です、何を起こそうとも天使が何かすることはありません」
天使ミサの言葉に天使アルマが頷く。
「あたしたちは、ちょっと間違っちゃったけどね」
天使クミは遠い目をする。
「はい」
何やらやっちゃたらしい天使姉妹。
「にゃあ、人間は何処にいるにゃん?」
極地じゃない場所?
「以前は、北極点の氷の上に街が有りましたが、手狭になったのでいまは氷の下に街を移してあります」
「海中都市にゃんね、たくさんいるにゃん?」
「いるよ、いまは何人いるんだろうね?」
姉を見る天使クミ。
「具体的なところはわかりませんが、七神教皇国と名乗っているぐらいだからそれなりに人がいるのではないでしょうか?」
天使ミサの口から知ってる単語が出た。
「にゃ、七神教皇国にゃん!?」
「マコトは知ってるの?」
天使クミがオレの顔を見た。
「にゃあ、七神教皇国という栄えた国が一晩で消えた伝説があるにゃん、海中に移ったのなら確かに消えてるにゃんね」
場所と年代が違うが、まったく見当違いな情報でも無かったわけだ。
「するとケントルムの建国神話に出て来る七神教皇国の教皇と言われる不老不死の黒髪の少女は、天使様たちにゃんね?」
ケントルム王国の始祖が七神教の教皇より啓示を受けて挙兵したって話だ。
「「……っ」」
天使姉妹は、ふたり揃って苦い顔をする。
「違うにゃん?」
「私たちではありませんが、七神教皇国の者たちの仕業です」
「にゃ?」
「あたしたちの為に奇跡を演出していたらしいよ」
「地下から出て布教活動をしてたにゃんね」
「そういうことをしていた時期があったみたいです」
「でも、ケントルムでも広がらなかったみたいにゃんね」
「神様がいないのに宗教もないですからね」
「だよね」
聖七神教会の教祖が身も蓋もないことを言っていた。
その後、オレの知る限り七神教皇国が歴史上に姿を現していない。
ケントルム王国の始祖も七神教皇国のことはおおっぴらにしなかった。たぶん当時も七神教皇国が胡散くさい扱いだったのだろう。前世の日本で総理大臣が『ムー大陸の使者が来てお告げを貰った』なんて周囲に漏らすようなものだ。周囲が全力で隠蔽したんじゃないかと思う。
「ところで、北極の結界だの何だの面倒くさいのって七神教皇国ってことにゃん」
「そうだよ」
「彼らは排他的ですから、侵入者に容赦しません」
「邪魔なところに陣取って迷惑にゃんね」
「否定はしません」
「マコトがぶっ潰しちゃってもいいよ」
「手は貸せませんが」
天使姉妹は製造者責任を放棄していた。
「にゃあ、戦争は嫌にゃん」
「近付かなければ、危険は有りませんから」
「うん、そうだね」
「にゃあ、気を付けるにゃん」
触らぬ神に祟りなしだ。
天使ミサと天使クミの姉妹はお土産をたっぷり持って北に帰って行った。
また来るそうだ。
オレたちへの接触は神様がお許しになったからいいらしい。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 地下拠点 モノレール
夜には既に再生の刻印を完全に支配下に収めた猫耳たちが、エクシトマ城の真下に改めて拠点を作り上げた。
エクシトマ城からそのままモノレールで潜ることが出来る。
というわけで、モノレールに乗り込んだ。
「まだイジって欲しくは無かったのだが」
不満げなミマがオレの隣に乗っている。後ろは元チビたち五人が乗っていた。
「にゃあ、オレを狙ってる転生者がいるかも知れないとわかった以上、防衛には最善を尽くすにゃん」
「レオナルド・ダ・クマゴロウか」
ミマにも情報は共有している。
「にゃあ、それに帝都エクシトマ自体は、ほとんどイジってないにゃん」
「無論、それはわかるのだが」
「にゃあ、再生の刻印も把握したから、改変履歴も含めてここに入ってるにゃん」
オレは自分の頭を指差した。
「マジか」
「後でセリにでも確かめてみるといいにゃん」
「夜になってセリがフリーズしていたのはそれか?」
「そうにゃんね」
「今回は大量の本と記憶石板も一緒に再生されている。更に魔導具や魔法馬などもあった。生物以外はほぼ全部といっていいのではないだろうか?」
「にゃあ、どれもほぼ新品だったみたいにゃんね」
「ああ、そこは私も不思議に思った」
「消滅と再生の刻印は劣化の情報を無視するからにゃんね」
「だからどれも新品に近い状態になると?」
「そうにゃん、詳しいことはカホに聞いたらいいにゃん」
「魔法式そのものには興味はない、そうでなくても再生されたモノを全部調べ終わる前に私の寿命が尽きてしまいそうだ」
ニマニマしてる。
「にゃあ、転生者であるミマは不老にゃん、バカなことをやって粉々にでもならない限り死なないにゃん」
ミマの場合、明日にも防犯の刻印に引っ掛かって粉々になっても不思議はないけどな。
「それ以前に大まかな調べは済んでるみたいなものにゃん、セリに優先度を付けさせればいいにゃん」
「なるほど!」
「ただし、防犯の刻印も一緒に復活しているからちゃんと解除するにゃんよ」
「心配するな、これでも私は専門家の端くれ、防犯の刻印なら対応可能だ」
「にゃあ」
まるで空き巣が威張ってるみたいにゃんね。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 地下拠点
『オ館様げっとニャン!』
モノレールが地下拠点に到着した途端、猫耳ゴーレムに抱き上げられたオレはそのまま大浴場に運ばれた。




