一〇〇〇年前の姿にゃん
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 最深部
城の地下深くに封印された小さな部屋がある。
その小部屋が城の心臓部だ。
部屋の中心に赤く光るエーテル機関が浮かび、青く光る空中刻印がその周囲に展開され、幾つもの輪を作って流れていた。
「おお、凄い、これが現代魔法なのか?」
ミマが呟く。
「いったいどれだけの魔法が失われたのか、見当が付かないにゃん」
セリも耳をピンとさせ目を丸くしていた。
「我々は、もっと現代魔法について調べるべきだったのだ」
「同感にゃん」
遺跡バカのふたりが頷きあっている。
オレもこの見事な刻印には見入ってしまった。
「にゃあ、現代魔法でありながら、ちゃんとエーテル機関を使っているにゃんね、まともに使えてるのはオレも初めて見たにゃん」
フィーニエンスの魔力をただ垂れ流す魔導具は見たことがあるが、これはちゃんと城全体に魔力を供給していた。
しかもまったく揺らぐこと無く安定している。
「ここだけが心配だったんだが、大丈夫そうだな、安心した」
カホは安堵の息を吐く。
「にゃあ、刻印を見る限り問題は無さそうにゃんよ、自動修復もちゃんと効いてるにゃん」
こちらもヌーラの地下迷宮と同じくほぼ永久刻印だ。
「それは良かった、他人には使えない代物だから封印したが、一五〇〇年はちゃんと動いたらしいな」
刻印の成果に満足げなカホ。
「下手に刻印の打ち直しなんかしたら、大変なことになっていたにゃんね」
「考えたくない状況だ」
ひとつでも間違えたら魔獣が生まれたかもしれない。
「エーテル機関一つで帝都の大部分の魔力を賄ってるにゃんね」
オレはエーテル機関から流れる魔力が帝都の隅々まで散っているのを見た。
「エコにゃん」
「これはパクりたいにゃん」
「にゃあ、そこはインスパイアというべきにゃん」
猫耳たちも刻印の魔法式を読み取って騒いでいる。
「本当にエーテル機関を使いこなしているにゃんね、オレとはぜんぜん違うにゃん」
オレなんかトイレに一個使っちゃったからな。
「マコトみたいにふんだんに魔石を使うなんて無理だからな」
ミマが呆れ顔をする。
「にゃあ、いたいけな六歳児に無理を言っちゃ駄目にゃん」
「いたいけな六歳児は、自力で公爵に登り詰めたりしないんじゃないか?」
「カホも手厳しいにゃん」
「いまの城は、ここから再生の刻印への魔力供給を引き続き使っているのか?」
カホは、刻印から現状の魔力の流れを読み取った。
「にゃあ、再生の刻印には外部からの魔力を引き続き使っているにゃん、こっちの魔力は以前と同じ様に帝都全体の維持に使われているにゃん」
「再生の刻印は止まってないと?」
「止めない限りは新品状態を維持することになるな」
ミマの疑問にカホが答えた。
「帝都はこの良好な状況を維持するにゃんね」
新たに変更する場合は、再生の刻印に干渉する必要があるので、その点は面倒くさい。
「ただエーテル機関は交換した方がいいにゃんね、これには魔獣化の危険が残されているにゃん」
オレは魔獣化の因子を取り除いたエーテル機関を取り出した。
「これならそのまま交換しても問題なさそうだ」
カホがオレの持つエーテル機関を覗き込んだ。
「にゃあ、再生の刻印はイジる必要あるにゃん」
「問題ない、最小限の手直しで行けそうだ」
カホは直ぐに作業を開始した。
エクシトマ城の基本設計を手掛けただけあって刻印を修正する手に迷いはない。
『にゃあ、これは凄いにゃん』
「これが本物にゃん」
言葉が流暢な猫耳ゴーレムことギーゼルベルトと元天才刻印師の猫耳ラウラがカホの作業をじっと見守る。
「オリジナルでは無くなるが仕方あるまい」
「にゃあ、仕方ないにゃん」
ミマとセリは何故か上から目線だ。
エーテル機関の交換作業そのものは一〇分程度で終了した。
「マコト、私はあちこち見て来たいのだが、構わないだろうか?」
カホが俺に聞く。
「にゃあ、いいにゃんよ、オレは上に戻ってるにゃん」
「では、また後でな」
カホが先に引き返した。
目を潤ませていた。いろいろ思うところがあるのだろう。
「私たちも行くぞ!」
「にゃあ!」
ミマとセリも調査に飛び出した。
『ウチらはもう少しここを調べるにゃん』
「驚きの連続にゃん」
ギーゼルベルトとラウラは最深部の刻印を調査する様だ。
オレもやることがあるので、ブリーフィングルーム代わりのゲストルームに戻った。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 カホ私室
「驚いたな、そのまま残してあったとは」
カホの部屋は二五〇〇年前のまま残されていた。
「ご丁寧に状態保存の刻印まで打ってある」
部屋に足を踏み入れる。
ここにだけ家族の名残りがある気がした。
「私はまた家族を失ってしまったか」
兄や弟、そして姪や甥たち。兄弟の妻たちとはそれほど交流は無かったが。
ベッドに横になる。
家族を失ったが、長い年月を経ても兄弟たちの子孫が生きていた。十二歳の娘を王位に就けるのはどうかと思うが。
それを言ったらマコトは六歳か、中身は違うらしいが。
自分に出来ることならハリエットには協力してやりたい。
「……っ」
うとうとしていたが違和感に目を開けた。
「異物か?」
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 ゲストルーム
オレと猫耳たちはゲストルームに移動して直接再生の刻印にアクセスして帝都の全体をスキャンした。
「魔獣の侵攻直前の記録が残っているにゃんね」
映像として残っていた。
「帝都市民の避難は、完全には間に合って無かったにゃんね、まだ人のいる段階で消滅の刻印が発動しているにゃん」
「城に魔獣が突っ込んだ時点での自動起動にゃん」
猫耳たちが次々と情報を読み取る。
「それでもこの規模の都市では上手くやったと思うにゃん」
魔獣の大発生を前に犠牲を出さないなんて無理な話だ。
「お館様、この帝都はどうするにゃん?」
「暫くは調査にゃん、再生の刻印を完全に把握しないことには、オレたち以外の人間は危なくて招待できないにゃん」
「了解にゃん」
「それとミマたちが暴走しないように監視するにゃん、緊急時にはまた彫像にしても構わないにゃん」
とんでもない魔導具を勝手に再起動とかやらかさないとも限らない。ヤツらに悪気がないから厄介なのだ。
「にゃあ、同行の猫耳を増やすにゃん」
「オレたちは、魔獣を帝都に引き寄せた原因を探るにゃん、もし人為的なモノならその仕掛けも帝都と一緒に再生されているはずにゃん」
魔獣を人為的に引き寄せる方法がある以上、行使された可能性を確認する必要がある。
「にゃお、お館様、それって急がなくて大丈夫にゃん?」
「帝都は封印結界で覆ってあるから、中で何があっても外には漏れないにゃん」
「お館様、帝都内を何度かサーチしてるけど、それっぽいのは引っ掛からないにゃん」
「にゃあ、まだ動いてないか、別の要素にゃんね」
現段階では、それが魔導具なのか、刻印そのものなのか、それとも偶然なのか不明だ。
「お館様、最後の記録によるとかなりの数の魔獣が真っ直ぐこのエクシトマ城に向かっているにゃん」
「魔獣を呼び寄せる何かが帝都にあるのは間違いなさそうにゃん」
「にゃあ、そうみたいにゃん」
オレも確認した。魔獣の群れが不自然に集まっている。
「どこぞの博士の先祖が、消滅の刻印の発動見たさに魔獣を呼び寄せたなんてことは無いにゃんよね?」
「お館様、それ本当に有りそうで笑えないにゃん」
オパルスの魔法&魔道具の研究家エイハブ・マグダネルのご先祖ならやりかねない所業だと思うのはオレたちだけじゃないはずだ。
「冗談はともかく、ここの最深部にあるエーテル機関で帝都の魔力を賄っているのだから、魔獣を呼び寄せる魔導具にしろ刻印にしろその供給ルート上に仕掛けるのが合理的にゃん」
「まずは魔力の流れをチェックにゃんね」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちと一丸になって魔力の流れをサーチする。
「塔の先端だろう? 城とは無関係な刻印が埋め込まれているぞ」
「にゃ?」
カホだった。
オレたちが答え見つけるよりも早くカホが答えを出した。
「塔の先端にゃん?」
「ああ、大きな違和感だから直ぐにわかった」
オレも探査魔法を打つ。
「にゃあ、なるほど何かあるにゃん」
塔の先端のぶっとい避雷針みたいなものに刻印が刻んであった。
「これは例の魔獣を呼ぶループする魔法式を再生する刻印にゃん」
「お館様、今回の魔獣の大発生と同じ魔法にゃんね」
「基本は同じにゃん」
「帝都消滅も人為的に起こされたにゃんね、一〇〇〇年前にもサイコパスの魔導師がいたのかも知れないにゃん」
「いったい何が目的なんだ?」
「見当も付かないにゃん、まずは余計な刻印を消去するからカホは再生の刻印の修正を頼むにゃん」
「刻印の消去なら問題ない、既に魔力の供給も止めてある」
「にゃあ、後は現物を確認してから消すにゃん、カホも付き合って貰うにゃん」
「ああ、いいぞ」
ゲストルームのベランダでユニコーンを再生した。
○エクシトマ州 帝都エクシトマ エクシトマ城 尖塔頂上
ユニコーンの後ろにカホを乗せてベランダから空中に駆け上がる。ドラゴンゴーレムと違って幅寄せしやすい。
「おお、馬に乗って飛ぶのは初めてだ」
「オレは三回目ぐらいにゃん」
城の周囲を螺旋を描いて上昇する。
「タリス城もデカいけどエクシトマ城もデカいにゃんね」
「効率と堅牢さを追求したらこうなった」
「てっきり異世界っぽくしようとしたのかと思ったにゃん」
「それも少しある」
ぐるぐる周って尖塔頂上に到着した。先端はほぼ透明なガラス製っぽいとんがりになっている。
「刻印を浮かび上がらせるにゃん」
軽く魔力を流し刻印が起動しない程度に活性化させた。
刻印が淡く浮かび上がる。
「これが魔獣を呼ぶ刻印か、見ただけではわからんな」
「まずはそこから空中刻印が再生されるにゃん」
「空中刻印か?」
「にゃあ、その空中刻印が魔獣に命令を出すループする魔法式を生み出すにゃん、この状態で普通に読み込んでも意味不明にゃんよ」
こいつの原理は魔獣避けの刻印の裏返しだ。目くらましが無くなればそこまで複雑ではない。
「魔獣を操るとか街を守る者からしたら、魔獣を呼ぶとか脅威以外の何物でもないな」
「王都とオレの領地に関しては、この手の魔法に関しては既に対策済みにゃん」
「ひとまずは安心か」
「カホはこの刻印がいつ頃、書き加えられたかわかるにゃん?」
「正確な年代はわからないが、この刻印だと起動させる為に相当な魔力を貯める必要がある、どんなに新しくても魔獣の大発生の一〇〇年から五〇年程度前じゃないか」
「城の構造体の中に根を張って、気付かれない程度の魔力をちょろましたにゃんね、かなりの腕がある魔法使いの仕業みたいにゃん」
「ああ、上位の宮廷魔導師クラスの魔法使いが絡んでいるのは間違いない」
「では、刻印を消すにゃん、カホも修正を頼むにゃん」
「わかった、……ちょっと待てマコト!」
カホが止めた。
「にゃ?」
「マコト、ここを見ろ」
カホが刻印の一点を指差した。
「日本語だ」
刻印の中に日本語の文章が刻まれていた。
「にゃお、確かに日本語にゃん、『稀人よ、相まみえることを楽しみにしている』って、にゃ、オレ宛にゃん!?」
「だろうな」
「にゃお、しかも字が上手でイラつくにゃん」
「そこはどうなんだ」
魔獣を呼ぶ刻印は消し、代わりに魔獣避けの刻印を埋め込みカホに再生の刻印を調整して貰った。
一〇〇〇年以上前、稀人が帝都エクシトマを訪れることを予測していた転生者がいた。それは間違いない。




