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エクウス州にゃん

 ○帝国暦 二七三〇年十一月一〇日


 ○エクウス州 境界門


 朝食の後、西方監視者としての仕事がある天使アルマと別れて、オレたちはオーリィ州とエクウス州の境界門に到着した。


「にゃあ、こっちはちゃんとした境界門にゃんね、しかも城壁付きにゃん」

 なかなか立派な佇まいの境界門で歴史を感じさせる石造りの建物だ。意匠は復元したオーリィ州の境界門に似ている。

 更に城壁で物理的にしっかりと境界を分けていた。

「帝国時代のものを何度も修復して使ってるにゃん」

 猫耳のひとりが教えてくれる。

「確かに見覚えがあるが、私が知ってるエクウスの境界門はもっとくたびれた感じだったはずだ」

 カホも境界門を見上げて首を傾げる。

「帝国時代には、既に有ったんにゃんね」

「ああ、境界門はオリエーンス連邦時代に由来するらしいから、何度か再建されてるのが普通だ」

「境界の魔法もそうにゃんね、あれも打ち直し必須だったにゃんね」

 大公国のはちょっと違っていたが。

「それなりに繁栄していた国も多かったからな、短期間で滅んだ国は更に多かったが、使えるものはそのまま再利用されていたはずだ」

「歴史に残らなかった国々にゃんね」

 連邦と帝国の間は歴史の空白期間で、詳細な資料が残っていない。

 帝国成立前は群雄割拠の戦国時代だったことが伝わっているぐらいだ。当時どれだけの国があったのかもはっきりはわかっていない。

 いまの領地の境界線が何の境だったのか、はっきりしていなかったがカホの証言ではっきりした。

「たった二五〇〇年でそこまで情報が消えるとか、私の感覚からすると意外でしかないが」

「にゃあん、文献が残って無いにゃん、むしろもっと古い連邦時代の記憶石板の方が豊富に残ってるぐらいにゃん」

「記憶石板か、あれは作るのに手間と魔力が必要だから、当時は紙の本が主流だったはずだ」

「紙の媒体だと記憶石板の様には残らないにゃんね、燃えたり土に埋もれたりしたら終わりにゃん」

「敵を徹底的に潰すヤツもいたからな、魔法を使われると本どころか街でさえ跡形も残らないこともあった」

「いくらなんでもやり過ぎにゃん」

「私も怒りに任せて焼き払ったことはあるが、人は焼かなかったぞ」

「他は全部焼いたにゃんね」

 歴史書の類が残ってない原因の一つが目の前にいるわけだ。

「まあ、当時は後世にこの様な影響があるとは考えもしなかった、その時を生きるのが精一杯で文化財の保護までは気が回らなかった」

「わからないでもないにゃん」

「私と違って盗賊上がりの領主は略奪して火を点けるのがデフォルトだったし、あれはあれで酷い有様だった」

「カホは何上がりだったにゃん?」

「私は、小国の貴族の家に生まれた、第二夫人の子供だ」

「すると皇帝は第一夫人の子供にゃん?」

「そうなる」

「小国の貴族の子弟が帝国を作り上げたにゃんね」

「弟が軍事の天才、兄が政治の天才だった」

「カホは魔法の天才にゃんね」

「紅蓮の魔女とか呼ばれていたが、兄弟たちと違って天才とは呼ばれたことは無い」

「にゃあ、紅蓮の魔女とはカッコいいにゃんね、俺の中二心を刺激するにゃん」

「自称したわけじゃないからな」

 ちょっと恥ずかしそう。

「わかってるにゃん」

 自称だったら流石のオレも引くにゃん。紅蓮の魔女だからいっぱい燃やしたんだろうことは想像に難くない。


 猫耳たちの魔法馬を先頭にオレたちは境界門を潜り抜けエクウス州に入った。太古の道はここからフェルティリータ州の州都に続くカダルに続くカダル街道になる。



 ○エクウス州 カダル街道 境界門前


 歓声が沸き起こった。

「にゃ?」

「「「マコト公爵様!」」」

 沿道に出迎えの人たちがいっぱいいた。

 これまで通って来た元魔獣の森と辺境の元貴族派の領地と違って人口が多い上に何だか凄く盛り上がっている。

 街並みもエクウス州の端っこなのに、かつてのプリンキピウムの繁華街より賑やかだ。まあ、あそこより寂れていたら大変か。

「やっと人のいる領域に入ったらしいな」

 キョロキョロするカホ。

「この辺りは王国でも豊かな地域だから、人が多いのは当然にゃん」

「にゃあ、この辺りは魔獣の被害も無かったにゃん」

 猫耳たちがカホに解説した。

 人口の多い被災地域も猫耳たちが中心になって急ピッチで復興が進んでいる。

 特にフェルティリータ連合内は、栄えていただけに有能な人間も多く、新たな仕事に邁進しているそうだ。

「「「いらっしゃいませ、マコト公爵様!」」」

「「「ありがとうございます!」」」

 ところでオレは何でこんなにたくさんの人たちに出迎えられているのだろう?

「お館様は、大人気にゃんね」

「お前たちが街の人たちに知らせたのと違うにゃん?」

「にゃあ、ウチらは仲間内で準備していただけにゃん」

 街道の左右にある街灯のすべてにオレの紋章の入ったフラッグが飾られていた。

 猫耳たちがそんな準備をすれば何事かと注目されるに決まってる。

『『『お館様が来るにゃん!』』』と、猫耳たちが目を輝かせて住民たちに説明している光景が目に浮かぶ。

「にゃあ、ウチらが交通整理をしているから、このまま進んでいいにゃん」

 沿道にも猫耳たちが等間隔に配置されてる。

「お館様には、手を振って欲しいにゃん、みんなが喜ぶにゃん」

 オレは猫耳に指示されて手を沿道の人たちに振った。

『『『お館様!』』』

 公爵様に混じってお館様の声が聞こえる。

 しかも結構な数の声だ。

「沿道の人たちまでオレをお館様って呼んでるにゃん」

「にゃあ、ここはお館様の領地にゃん、だから領民がお館様と呼ぶのは間違って無いにゃんよ」

「そう言えば、ここもオレの領地だったにゃんね」

 訳のわからない大規模な呪法と魔獣によって破壊されたフェルティリータ連合を早急に修復出来たのはオレが領主になったからだ。

 他人の領地だといろいろ調整がややこしい。

「それにしてもこんなに人がいたにゃんね」

「フェルティリータ連合の一つだっただけはあるにゃん」

 沿道にいる人たちでだけで、ちょっとした村より多いんじゃないかって数だ。

「自分が見られてるわけじゃないのに、こう騒がれると恥ずかしいものだな」

 カホが首をすくめる。

「にゃあ、初代皇帝の姉ならこういう状況は慣れていると違うにゃん?」

「いや、私は表には出なかったから騒がれた経験は無い」

「カホが気が付いて無かっただけと違うにゃん?」

「自分で気付いてないなら問題ない、それにいまだって観衆のお目当てはマコトだから、まだ気は楽だ」

「領主は、人気があるにゃん」

「にゃあ、それは違うにゃん、これは純粋にお館様の人気にゃん、前の領主なんて領民から怖がられていたにゃん」

「普通はそうにゃん、領主どころか貴族はおしなべて怖がられる存在にゃん」

「にゃあ、貴族は理不尽の塊にゃん」

「確かにそれはあるにゃん」

「お館様の領地に限って言えば、酷いのはあらかた粛清されたにゃん」

「にゃあ、威張るしか能のない貴族はお払い箱にゃん」

 そういうヤツはもれなく犯罪奴隷相当の犯罪者だったというのもある。オレだって、ただ威張ってるだけの人間を処罰したりはしない。

 オレの領地だったら注意ぐらいはするけどな。

「お館様は、ここに集まった領民全員の命を救ったと言っても過言では無いにゃん、だからみんなに慕われているにゃん」

「マコトは凄いな」

「にゃあ、オレがひとりで救ったわけじゃないにゃんよ」

「マコトが中心になって動いたんだろう?」

「大当たりにゃん」

「お館様がいなかったら、今ごろこの辺りは魔獣の森に沈んでいたにゃん」

「うん、それは間違いないね」

 リーリはカホの頭に乗っている。人見知りのミンクにオレの頭を譲ったからだ。

「ミンクもそう思うの」

 確かに魔獣があのまま暴れたら王国の半分は魔獣の森に沈んでいた。

 上手い具合にそれは阻止出来たが、本当に偶然の積み重ねでオレがひとりでどうこうしたわけじゃない。



 ○エクウス州 カダル街道


 境界門の街を抜けるとのどかな農村地帯になる。それでもプリンキピウムに行く街道に比べたらずっと賑やかだ。

 なんたって視界にポツンポツンだが人家がある。

 あっちは森か元農地の森ばかりだ。

 辺境のプリンキピウムを基準にすること自体間違ってるのかもしれないが、どうしても始まりの場所が元になってしまう。

「農村の風景はいつの時代もかわらないか」

 カホは鞍から腰を上げて遠くまで見渡す。

「にゃあ、ヨーロッパの風景に似てる気がするのは田んぼじゃないからにゃんね」

「この辺りも魔獣は来て無いらしいな」

 田園風景に破壊の痕跡は無い。

「魔獣が来なくても、その前の戦闘ゴーレムの一件で、かなりの人的被害があったにゃん」

「ああ、人間の魂を使う禁忌呪術を使った戦闘ゴーレムか?」

「そうにゃん」

「ヤバいモノを掘り出した上にそれを使える状態にするとは、ケイジ・カーターという男、単に魔力があるだけでなく相当有能な魔導師だったらしいな」

「にゃあ、間違いなく有能な魔導師にゃん、それだけに始末が悪いにゃん」

「イカれた魔導師は、確かに最悪だ」

 カホにも苦い思い出があったらしい。

「その力を人の為に使えば良いものを、と思ったものだ」

「それが出来ないからサイコパスにゃん」

「だな」


 パカポコと進むが、これまでの無人の街道と違ってそれなりに交通量があるので、速度は流れに合わせることになる。


「二五〇〇年が経ってもあまり変わらないというか、逆に魔法馬が貧弱になってる気がする」

「ほとんどが出土品を長く騙し騙し使ってるからにゃん、打ち直した刻印がブレて大変なことになってるのも珍しく無いにゃん」

「新しく作らないのか?」

「新しい魔法馬の生産量は王国全体でも年二~三〇頭と聞いているにゃん」

「随分と少ないな」

「魔法馬の製造方法は一部の工房だけに伝わる秘技にゃん」

「貴族向けの装飾品と同じジャンルにゃん、要は飾りみたいなモノにゃん」

 猫耳たちが、現代の魔法馬に付いて説明する。

「刻印の意味がわかって刻んでるのかも怪しい代物にゃん」

「プリンキピウムの工房が本格的に動き出したから、王国の魔法馬事情は一気に変るにゃん」

「「「にゃあ!」」」

「ああ、マコトたちが作る新しい魔法馬か」

「にゃあ、お館様のおかげで王国はこれからもっと良くなるにゃん」

「私の時代にマコトが来てくれてたなら、泥水をすする様な苦労をしないで済んだろうに」

「カホは、帝国を復活させたくないにゃん?」

「いや、あんなことを二度もやるのはゴメンだ」

「そうにゃん?」

「だいたいこの世界は十分平和だ、しかも皇帝の子孫が後を継いでいるのなら、私が出る幕はない、それに私には内政の能力も無いぞ」

「そこは致命的にゃんね」

「前世から、その手の経験は無かったし、やるつもりもない」

「にゃあ、それで良く皇帝の軍勢を率いて来れたにゃんね」

「その辺りは、兄の仕事だ、私の出る幕では無い」

 カホは笑みを浮かべる。懐かしい光景を思い浮かべたのだろうか。



 ○エクウス州 カダル街道 宿場町ダリ


 途中でマリナとベルダの乗る馬車を魔法馬に乗り換えて貰って速度をアップし、夕方には境界門と州都アルゴの中間地点にある宿場町ダリ。

 カロロス・ダリの出身地でダリ姓が多いらしい。

 三〇年前、この街を中心に巡回治癒師として活動していたわけだ。

 善良な巡回治癒師を鬼畜な特異種に変えた魔導師許すまじ。まだ生きてたらボコりまくりだ。



 ○エクウス州 カダル街道 宿場町ダリ 青麦亭


「にゃあ、ここがウチのお勧めの宿にゃん」

 元カロロス・ダリのロロが宿屋に案内してくれた。

 用意してくれた青麦亭は、平民の中流よりちょっと上向けの宿だ。

 いいにゃんね、ツボを押さえてるにゃん。

 ちなみにこの辺りの貴族は、あまり宿場町を使わず他の市長や町長の屋敷に宿泊するらしい。オレもほとんど使わない。

「お館様、今日はウチらの貸し切りにゃん」

「にゃあ、無理を言って空けさせたと違うにゃん?」

「ちゃんと迷惑料を払って空けて貰ったにゃん、それに近くに子ブタ亭の支店もあるから多少の無理は利くにゃん」

「にゃ、子ブタ亭って、プリンキピウムの冒険者向けの宿のことにゃん?」

「にゃあ、いま王国初のビジネスホテルとして全国展開してるにゃん」

 どうやらオレはこの世界にビジホ文化を持ち込んだらしい。

 そんなわけで貸し切りの宿屋青麦亭に入った。


 カホはキョロキョロしながら宿のロビーを眺める。

 凝った装飾は無いが照明の魔導具は良いものを使っていた。清潔感があっていいね。

「おお、灯りの魔導具が民間でも普通に使えるのだな」

 カホは照明の魔導具に驚いていた。

「カホの時代のほうが魔導具が充実していたのと違うにゃん?」

「それはあくまで軍用だ、刻印師の大半は軍で奉職していたから民間の魔導具までは手が回らなかったはずだ」

 民間向けの魔導具は新規に作られないどころか刻印の打ち直しもなかったということらしい。

「にゃあ、その辺りは平和な時代になったからにゃんね」

「いいことだ、照明の他にも魔導具は普及しているのか?」

「にゃあ、照明の他はあまり見ないにゃんね」

「家電レベルの簡単な魔導具なら、そう難しい刻印は必要としないから、大量に作れそうなものだが」

「にゃあ、魔導具は出土品を使うのがデフォルトにゃん、いまでは魔導具は作るよりも刻印の打ち直しが主流にゃん」

 一般庶民は、出土したばかりのモノや新品は買えないのが現状だから仕方ない。


「いらっしゃいませ、公爵様」

 宿の主人が挨拶してくれる。五〇歳ぐらいの物腰の柔らかいオジさんで、ウチのホテルの支配人ほどでは無いが、なかなか洗練されている。

「にゃあ、今日は無理を言って済まなかったにゃん」

「いいえ、公爵様のお役に立てるなら何よりの喜びでございます」

「にゃあ、今夜は世話になるにゃん」

「ごゆるりとお過ごし下さい」


 夕食までは各部屋でゆったり時間。カホはちょっと街をぶらついて来るそうだ。ロロが案内役を買って出てくれた

「にゃ?」

「「「にゃあ、抱っこタイムにゃん!」」」

 オレの部屋に猫耳たちがみっしり詰まっていた。


 夕食は、宿屋の食堂で食べる。


「これは美味しいにゃんね」

 素朴な田舎料理っぽいけど、オレの好きな味だ。

「美味しいですね」

 お嬢様のマリナも満足そうだ。

「にゃあ、これは昔からある料理にゃん?」

 配膳をする店主に聞く。

「はい、以前からの料理に公爵様の調味料を使わせていただいております」

 ウルフソルトか?

「王国にこんな美味しい料理があるのは驚きにゃん」

「にゃあ、お館様、アルボラ州とエクウス州では食生活はかなり違うにゃん、最近まで貧乏領地の更に辺境のプリンキピウムと比べちゃ駄目にゃん」

 ロロから物言いが入った。

「そうにゃんね、世界は広いにゃん」

「屋台もなかなか美味しかったぞ、どちらかと言うと醤油っぽくて懐かしい味だった」

「にゃあ、醤油にゃん?」

「大豆を原料にしたしょっぱい調味料が、醤油に近い味にゃんね、名前もそのままソイソースにゃん」

 ロロが解説してくれる。

 ほぼ醤油じゃないのか?

「それを使ってラーメンも良さそうにゃんね」

 ラーメンと聞いてマリナとベルダがピクっと反応した。

 気に入ってた?

「ラーメンに似たものは無いにゃん?」

「麺料理はほとんど無いにゃんね、ちょっと近くてすいとんみたいなのはあるにゃん、屋台というより家庭の味にゃんね」

「にゃあ、するとこの辺りのご当地グルメにちょうど良さそうにゃんね」

「この街から、庶民の為のラーメンが誕生にゃん、まずはこの宿で試して貰ってもいいにゃん?」

「問題ないにゃん」

 まずは、ロロが懇意にしているこの宿でラーメンを提供することが勝手に決められた。


「「「にゃあ! お風呂にゃん!」」」

 夕食が終わって部屋に戻ろうと椅子を降りたところで猫耳に抱え上げられる。

「にゃ!?」

 そしてそのまま宿の地下に猫耳たちが勝手に作った大浴場に連れて行かれた。

「にゃお、お前らやり過ぎにゃん」


 後で宿の主人に謝っておいた。主人は大浴場を見て目を丸くしていたにゃん。



 ○クプレックス州 州都キパリス 貴族街


 深夜の州都キパリスの貴族街の一角にすべての明かりの消えた暗い屋敷があった。

 遅い時間ではあっても周囲の家は門柱に照らし窓からは明かりが漏れているのにその屋敷だけは空き家のように暗く静まり返っている。

 無論、空き家ではない。現に防御結界はかなり強力なのが生きていた。

 その暗い門前に静かにユニコーンが降り立つ。

 認識阻害の結界が、近くを巡回する夜警の兵士たちの目を欺く。

 ちなみに先日、猫耳たちが半壊させたレオカディオ・ナルディエーロの屋敷は、数ブロック先にある。

 隣の家の塀にも大穴が空いたそうで翌日、菓子折りを持った猫耳たちが謝りに行って、そこの主がことのほか慌てたとか。


 暗い書斎の扉がきしんだ音を立てて開く。


「盗賊か? 我が家の結界を破ったのは見事だが、残念ながらこの屋敷に金目のものはないぞ」

 男の低い声が闇に響く。

「にゃあ、夜分にお邪魔するにゃん」

「……子供?」

「昼間は人の目があるからこの時間になったにゃん、少し明るくするにゃん」

 ほのかな明かりを灯す。

 書斎の椅子に身体を預けている白髪の男は、まだ六〇前のはずだが、随分と老け込んで老人の様だ。

「マコト公爵でありますか?」

 男は目を細めてオレを見た。

「にゃあ、初見でよくオレとわかったにゃんね?」

「そのお姿、現役の騎士団員から報告を受けていました故、しかし何故、我が家に?」

「クプレックスの元魔法騎士団団長ベルンハルド・エルヴェスタム、お前を逮捕する為に来たにゃん」

「公爵様自ら、私を逮捕とは何かの間違いではございませぬか?」

「間違ってはいないにゃんよ、ベルンハルドの罪状はマリナ・ナルディエーロに対する誘拐にゃん、お前が事件の主犯にゃん」

「ほお、私がマリナ様誘拐の主犯とは、お言葉ですが、公爵様はこんなジジイにそんな大それたこと出来るとお思いですか?」

 薄笑いを浮かべるベルンハルド。

 言い逃れをしているというよりもオレを試している感じだ。

「呪術ギルドの魔導師とその協力者はあらかた片付けたにゃん、依頼を仲介した複数の人間も押さえたにゃん、実行犯ではないんだからベルンハルドがジジイでも関係ないにゃんね」

 元魔法騎士団長ベルンハルドは一瞬、目を見開き、そして閉じる。

 今度は自然な笑みを浮かべた。

「僅かな時間で呪術ギルドを潰されましたか、私がヤツらに渡りをつけるのに長い時間を要したというのに」

「にゃあ、呪術ギルドに関しては、偶然の産物にゃん」

「偶然とは、恐れ入ります」

 穏やかな表情を浮かべる元魔法騎士団団長。

「結果として長年の懸案だったレオカディオ様の排除が叶ったのですから、公爵様には感謝しております」

 かしずくベルンハルド。

「にゃあ、レオカディオに一人娘を殺されたベルンハルドの気持ちは分かるにゃん、その憎悪の一部が領主一族に向かうのも仕方のないことだと思うにゃん」

 ベルンハルド・エルヴェスタムの娘は、レオカディオに十六の歳になぶり殺しにされていた。

 その事件が、レオカディオの領主になる芽を摘んだのだが、それ以上の罰は与えられなかった。レオカディオは、その後は貴族には手を出さず、貧民を中心に犠牲者に選んだ為、いまのいままで断罪されることはなかった。

 王国法では、例え貴族であってもみだりに平民に危害を与えることが禁止されているのだが、レオカディオの近くに特異種が潜んでいたことを差し引いても、先々代領主の身内に甘い対応が今回の事件の引き金になったのは間違いない。

「ナルディエーロ家の排除までは、叶いませんでしたが、仕方ありますまい」

「にゃあ、確かに領主一族がレオカディオを放置した罪は軽くないにゃん、でもそこは先々代と先代の罪にゃん、グエンドリンだけに負わせるのは重すぎるにゃん」

「グエンドリン様にすべてを贖って頂こうなどとは思っていませんが、同時に領主の責務は担っていただく必要はございます」

「難しいところにゃんね、少なくとも領地経営に関しては王宮の査定はパスしてるにゃん、本当に責務を全う出来るかは、これからにゃんね」

「ふふふ」

 低い笑い声を漏らす。

「確かにそのお姿には似合わぬ言動と報告を受けておりましたが、まさしくそのままだったとは、いや想像を遥かに越えております、しかし私も武人、奴隷に堕ちるよりも死を賜りたい」

「にゃあ、慌てて貰っては困るにゃん、誰もベルンハルドを犯罪奴隷にするとは言ってないにゃん」

「では、罪人の私をどうしようと?」

「その前に見て貰いたいものがあるにゃん」

 オレは掌に青い光を灯す。

「それは?」

「オレたちが回収したユリアの魂にゃん、消滅し掛かっていたけど修復したにゃん」

 ベルンハルドの娘ユリア・エルヴェスタムの魂はレオカディオの息子と称していた双子の生き人形の中から回収した。電池代わりにされたせいで消滅しそうなほど消耗しており回収が少しでも遅れていたらやばかった。

「ユリアの魂でありますか? 天に還ったのでは」

「にゃあ、この前まで囚われていたにゃん」

 魂に聖魔法を通す。

 薄っすらと透けてはいるが十六の少女の姿が現れる。凛々しい系の美少女だ。

 服装も騎士見習いのそれでかっこいいにゃん。

『お父様』

「おおお、ユリアか! ユリアなのか!?」

 ベルンハルドはよろよろと娘に近付く。

『お父様はいったい何をされてるのですか!? マコト様たちがいなかったら取り返しの付かないことになっていたのですよ!』

 久しぶりの親子の再会なのだが、いきなり娘に説教されている元魔法騎士団団長。

「しかし」

『しかしではありませんお父様! 主の行いが間違っているのなら命を賭して諌めるのが騎士のあるべき姿と仰っていたではありませんか!?』

「そうではあるが」

 しどろもどろな元魔法騎士団団長。

「にゃあ、愛娘の変わり果てた姿を見たら、親なら誰だって我を失うものにゃん、今回は許してやるにゃん」

 そうじゃないと涙目のオヤジが可愛そうだ。

『マコト様』

 少し考えるユリア。

『わかりました……お父様、私は大丈夫です、何をされようとあの下衆に負けることはありませんでしたから、ご安心下さい』

「そうか、ユリアは強いな」

『お父様にそう教わりましたから』

 ユリアの目に涙が光る。

「ああ、そうだったな、お前は強くなった、今は私よりも強い」

『ありがとうございます、私はお父様の娘で良かった』

「ユリア、私もいい娘が持てて幸せだ」

 親子が抱き合って泣いていた。

「にゃあ、それでこれからどうするにゃん?」

「『どうするとは?』」

 親子が声を揃える。

「にゃあ、まずユリアには天に還るか、地上に残るのかを決めて欲しいにゃん』

『地上に残ると怨霊化しませんか?』

 上目遣いにオレを見る。

「霊体のままだとその可能性はあるにゃんね、肉体を復活させれば問題は無いにゃん」

『復活って、あの、それって生き返るってことですか?』

「にゃあ、流石に死んでから時間が経ちすぎているからそのままってわけにはいかないにゃん、だから別人になって貰うにゃん」

『それは問題ありませんが、マコト様はそんなことが出来るのですか?』

「にゃあ、魂があるなら復元は可能にゃん、でも他の人に言っちゃ駄目にゃんよ、輪廻転生がこの世界の本当の理にゃん」

『生き返りたいです!』

「もう一つ、これはお願いにゃん、オレの仕事を手伝って欲しいにゃん」

『もちろんお手伝いします!』

「にゃあ、ベルンハルドもオレの仕事を手伝ってくれると助かるにゃん」

 娘に説教されてもベルンハルドは元魔法騎士団の団長、しかも一流だ。

「私もマコト様のお手伝いをすればいいのですか?」

「にゃあ、そうにゃん、今回の件はベルンハルドの死亡で有耶無耶にする予定にゃん」

「私が死亡するのでありますか?」

「ベルンハルドも死んだことにするにゃん」

「わかりました、私もベルンハルド・エルヴェスタムから生まれ変わりましょう」

「にゃあ、助かるにゃん、偽装ついでに四〇ほど若返らせるにゃん、それなら他人の空似で済むにゃん」

「若返る?」

「にゃあ、直ぐにわかるにゃんよ、これからはユリアと兄妹ということにするといいにゃん」

『はい』

「始めるにゃん」


 オレは聖魔法を使ってベルンハルドとユリアの親子に新しい身体を与えた。


「私、本当に生き返ってる」

 ユリアは自分の手を見た後に身体を触って確かめる。

「おお、奇跡の御業だ」

「お父様、なのですか?」

 十八歳の青年がユリアを涙目で見ていた。

「にゃあ、元ベルンハルド・エルヴェスタムにゃん」

「自分ではわかりませんが、あっ、いや身体が軽い、それに眼が良く見える」

「十八ならそんなものにゃん、にゃあ、実はよく似ていたにゃんね」

 娘は父親似だった。

「確かにいまのお姿なら、お兄様とお呼びするのがピッタリです」

「にゃあ、ふたりには悪いが直ぐにここを離れて貰うにゃん、悪いけど持ち出しも一切禁止にゃん」

「かしこまりました」

「ありがとうございます、マコト様」


 ふたりは、直ぐに猫耳が用意した魔法車に乗ってこの地を離れて貰った。少々遠いが境界軍の将校に就いて貰うつもりだ。


 クプレックスの元魔法騎士団団長ベルンハルド・エルヴェスタム死亡の報は翌日の早朝、領主のグエンドリン・ナルディエーロ伯爵に伝えられた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 罪を憎んで人を憎まず。 マコトの裁量でエルヴェスタム親子はやり直しの機会を得られたのは行幸でしたね! [一言] 抱っこ会然り、やはり猫だけあってみっちり詰まった…
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