領主の伯父と新しい魔法馬にゃん
○クプレックス州 州都キパリス レオカディオ・ナルディエーロ邸宅 前
クプレックス州の州都キパリスは麦畑が領主の居城近くまで広がる田園都市である。その為、今宵のような厚い雲に覆われた夜は貴族街であっても暗い闇に包まれる。
暗闇の中、魔法騎士団が音もなく前領主の実兄のレオカディオの邸宅を包囲した。
貴族街でも最も広大な敷地を持つ屋敷は、強力な防御結界に守られているが、領主より魔法騎士団に与えられた解放詞によって無効化される。
『団長、配置完了です』
副団長ベネディクト・エイムズから念話の報告を受けた団長アーネスト・ラファルグは深く頷き指示を出した。
『突入せよ』
『『『おおっ!』』』
魔法騎士たちが、屋敷の正門と裏門に魔導具の楔を打ち込む。青い火花が飛び散ってレオカディオの張った結界も無効化した。
「これは何事ですか!?」
レオカディオの私兵が直ぐに現れた。
「上意である、レオカディオ様を拘束する、抵抗する者は容赦なく斬り捨てる」
「ひっ」
騎士の宣言に私兵たちは、直ぐに武器を置き跪く。
一般兵がそれらに拘束具を掛ける。
『ベネディクト、貴公はレオカディオ様の拘束を最優先とせよ』
『かしこまりました』
○クプレックス州 州都キパリス レオカディオ・ナルディエーロ邸宅
団長の命令を受けたベネディクトが三名の騎士を連れて屋敷の正面玄関を開く。
大ホールを抜け、長い廊下を進む。
豪奢な邸宅に不似合いな不快な甘ったるい香の匂いに僅かだが腐臭が混じってるのを感じた。
放置された人間の死臭だ。
ザワザワする。
影に力のない怯えた霊が潜んでいる。
出くわした使用人は有無を言わさずすべて捕縛し、その場に転がしながら先に進む。既に目標のレオカディオの居場所は掴んでいる。
クプレックスの獅子身中の虫である領主の伯父レオカディオ・ナルディエーロの討伐は魔法騎士団の中で幾度となく計画されていた。
しかし断罪するための決定的な証拠を掴めぬまま今日に至っていた。
それ故に今回の領主の決断をベネディクトは高く評価していた。これまでは貴族派からの干渉を嫌って身内の断罪に躊躇していた領主様だったが、ハリエット様が戴冠されたことで決断されたのだろう。
更に民に対する不正を嫌うマコト公爵からの通報と有っては、例え今回の件が無実であっても庇い立ては悪手だ。
マコト公爵と良好な関係を続ける上でも領主の伯父レオカディオ・ナルディエーロの排除は絶対に必要だ。
ベネディクトは、アポリト州との境界門で見たマコト公爵の姿を思い出す。魔獣のような巨大ゴーレムを簡単に打倒した小さな子供。
あの後、ハリエット様の最大の後ろ盾となって王位にまで押し上げるとは思いもしなかった。
先王陛下では考えられない強引とも言える政策もマコト公爵の膨大な財力と桁外れの戦力があってこそだろう。
先日もマコト公爵がフィーニエンスを落したとの報が王都の屋敷からもたらされ、文官たちが情報収集に走り回っていた。
フィーニエンスがマコト公爵の領地であるカンケル州に侵攻したのが発端だったらしいが、魔獣の森で立ち往生しているところを助けられたとか。敵の兵士でも見殺しにしないところが公爵様らしい。
幾重もの防御結界が張り巡らせてあるが、ベネディクトは剣で乱暴に切り裂いて先に進む。
『地下に複数の人間が捕えられているようです』
『買い取られた非合法の奴隷かと思われます』
『混乱してる館内に連れ出しては更に混乱する、いまはそのままで良い』
配下の騎士からの報告を受けながら屋敷の最深部に到達した。
扉がまるでベネディクトたちを招き入れる様に開かれた。
レオカディオ・ナルディエーロが家族と夕食の最中だった。
「ほう、ベネディクトか、今宵、魔法騎士団を招いてはおらぬが」
「上意にございますレオカディオ様、このまま我らにご同行願います」
「グエンドリンの招待か、受けたいところではあるが、私にも用事が有ってね、今回は遠慮するとしよう」
「それはなりません」
「いくら魔法騎士団とは言え、領主様の伯父であるレオカディオ様に対して無礼ですよ、ここは控えなさい」
真っ赤な唇に笑みを浮かべレオカディオの内縁の妻マグダレナが諭すように言う。
「お言葉ですが、領主様のご命令です」
マグダレナは二〇代後半に見える美女だが、その年齢も経歴も謎に包まれている。少なくとも二〇年前からレオカディオと内縁関係にある。元フルゲオ大公国の貴族らしいとの話もあるが真相は不明だ。
唯一わかってるのが、禁忌呪法の使い手であること。この館で禁忌呪法の実験が行われてるのは公然の秘密であり、今回のマリナ様の事件に手を貸した可能性も考えられる。
「では、質問だが、私を捕らえる理由を聞かせて貰おうか?」
「マリナ様の誘拐に関する嫌疑です」
「ほほう、マリナの神隠しを私のせいにするのか、それは面白い」
「「父上は無関係です」」
レオカディオの双子の息子たちが声を揃える。作り物のような整いすぎた顔で一挙手一投足をシンクロさせた。
数年前に成人しているが、まだあどけなさを感じさせる。しかし城下では父親にも負けず劣らずの非道ぶりを見せている。
コイツらの馬車に連れ込まれ消え去った婦女子はかなりいる。親父と違って貴族に手を出さない頭はある様だ。
「無関係かどうかは、領主様の判断に委ねます」
領主一族に名を連ねるレオカディオとその家族の蛮行を止めるものは無かった。
これまでは。
今回の件が無実であってもレオカディオを処分することに変わりはない。拘束する為の口実に過ぎないのだから。
「領主様のご命令です、拒否は叶いません」
「ふふ、あの小娘に好きにはさせぬ」
レオカディオが懐から魔導具を出した。
「何を」
騎士たちは反射的に盾を構えた。
………………。
…………。
……。
何も起こらなかった。
「はて、刻印に瑕疵はないと思うのだが」
レオカディオは魔導具の底を眺める。
耳が赤くなってるので内心かなり焦ってるようだ。領主一族に突っ込むわけにはいかないがツボに入った。
魔導具が不発って、マジか!?
「拘束せよ」
吹き出したくなるのをこらえてベネディクトは騎士たちに命じた。
「「「はっ!」」」
騎士たちが踏み出した途端、空間に火花が飛び散り数人まとめて弾き飛ばされた。
「守りの結界は問題が無い様だ」
レオカディオは、笑みを見せた。
「この程度の結界も破れぬとは目くらましの魔導具も必要なかったか」
床に放り投げた不発の魔導具は甲高い音を立てて砕けた。
「「「にゃあ、まだわからないにゃんよ」」」
猫耳たちがゾロゾロと入って来る。
「何者であるか?」
屋敷に引きこもっていたレオカディオは、最近、州都近辺をウロチョロしている猫耳たちのことを知らなかった。
「ご存知ありませんかレオカディオ様? こちらはマコト公爵様の配下、猫耳様です」
団長のアーネスト・ラファルグが猫耳たちの後から入って来た。
「マコト公爵の配下であると?」
「先日の魔獣の大発生を食い止め、魔獣をすべて屠ったのが猫耳様たちです」
「魔獣を屠った?」
理解が追いついていないようだ。
州都キパリスは大発生のルートから外れており、レオカディオを始めとする貴族街の住人に魔獣を見た者はいない。
ただ遠くから響く轟音を聞いていただけだ。
登城していないレオカディオは情報から隔離されていたらしい。
「にゃあ、ウチらはお館様のお手伝いをしただけにゃん」
「お館さまは凄いにゃんよ」
「冒険者だった頃から魔獣を狩っていたにゃん、半端ないにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちは、自分のお館様について一通り盛り上がってからレオカディオに向いた。
「レオカディオの身柄はウチらが頂くにゃん」
「はて、何を言ってるのかわからんが、何故、私が公爵様の手の者に捕まらねばならぬのだ?」
猫耳たちの宣言にレオカディオは首を傾げた。
「レオカディオの容疑は、お館様に対する暗殺未遂にゃん」
「グエンドリン様の了解も取ってあるにゃん」
領主の許可を記した証明書を見せる。
「まったく心当たりが無いが」
レオカディオが肩をすくめる。
ベネディクトが団長のアーネストを見た。
アーネストは静かに頷く。
グエンドリン様が、伯父であるレオカディオ様を捕らえるより外聞が良いと判断したのだろうとベネディクトも納得する。
「ふふ、さて、猫耳とやら、私を捕らえることが出来るかな?」
挑戦的な笑みを浮かべるレオカディオ。
「にゃあ、何処からそんな自信が出て来るか不思議にゃん」
「目眩ましの魔導具が動かなくなったところで気付かなかったにゃん?」
「その魔導具は壊れてなかったにゃんよ」
「にゃあ、目眩ましなんて可愛い魔導具じゃないにゃんね、起動していたら危なく騎士たちが失明するところだったにゃん」
「失明でありますか?」
ベネディクトは今更ながらゾッとする。
「だからウチらがロックしたにゃん」
「まさか、そんなことが出来るはずが」
レオカディオの常識と乖離する現象に理解が追い付かない様だ。
「にゃあ、残念ながらウチらには出来るにゃん」
「その証拠にレオカディオの結界は、ウチらには通用しないにゃんよ」
猫耳たちは騎士たちが弾き飛ばされた結界を難なく越える。
「ひぃ! く、来るな!」
レオカディオは優雅さに欠ける所作で剣を抜く。
魔法は使わないらしい。
「にゃあ、往生際が悪いにゃんね、何処ぞのギルマスとは大違いにゃん」
「お前たちも応戦するんだ!」
息子たちと妻に声を掛ける。こちらは笑みを浮かべたまま落ち着いていた。
「お待ち下さい旦那様、この者たちは私が始末いたします」
初老の執事が前に出る。
「頼む」
「お任せを」
レオカディオの声に執事は笑みを浮かべる。
その瞳が赤く輝く。
「こいつはヤバい系の特異種にゃんね」
「間違いないにゃん」
猫耳たちが執事の正体を看破する。
「特異種が、人に使われているにゃん?」
「にゃお、それはあり得ないにゃん」
「こいつが諸悪の根源にゃん」
「レオカディオを隠れ蓑にしていたにゃんね」
「隠れ蓑とは心外ですね、私は旦那様の手足となって動いたに過ぎません」
「ついでに思考を誘導したと違うにゃん?」
「さあ、それはどうでしょう」
執事の体内で魔力が爆発的に増加する。
身体の表面で青くスパークした。
「にゃお、こいつ、エーテル器官の反応が複数あるにゃん」
「特異種なのに理性を保っているのは、その辺りに理由がありそうにゃんね」
「興味深いにゃん」
「にゃあ、誰が作ったか気になるにゃん」
「騎士団は直ぐに退避にゃん、使用人が感染している可能性があるにゃん、縛ったまま放置でいいにゃん」
「退避でありますか?」
ベネディクトが問い掛ける。
「猫耳様、特異種なら我々でも」
「無論です」
アーネストとベネディクトは応戦する気満々だった。
「こいつはグールとは全く違うにゃん、ヤバいから直ぐに下がるにゃん」
「にゃあ、こいつの相手は魔法騎士では無理にゃん」
「しかし」
ベネディクトが退却を渋る。
「どうなっても知らないにゃんよ」
「オオオオオオオオオオオッ!!!」
騎士のひとりが仰け反って声を上げた。
鎧が弾け飛ぶ。
肉体が膨張した。
「騎士がグール化しただと!?」
「そんなことが」
団長も副団長も驚愕の表情を浮かべた。
「感染したにゃん、だから言ったにゃん」
部屋の外からも大きな音と叫び声が響く。
「グールです! グール出現!」
廊下からも騎士の悲鳴のような声が上がる。
「対処せよ!」
団長のアーネストの指示に浮足立っていた騎士たちが行動を開始する。グールに向けて剣に載せた魔法を打ち込む。
対グール戦の訓練も十分に訓練を積んでいるらしく、仲間がグール化したとあっても動きに迷いが無い。
「にゃあ、ウチらも対処するしか無さそうにゃんね」
「さて、対処できますかな?」
赤い瞳を光らせた執事は、更に魔力をあふれさせる。
魔力に当てられたレオカディオの内縁の妻が気を失って床に倒れた。
「ひっ」
レオカディオも椅子から転げ落ちて後ずさる。
今更ながら執事の正体に驚いていた。
「にゃあ、この執事はいつ頃からここにいるにゃん?」
猫耳のひとりがアーネストに聞く。
「領主様一族の上級貴族です、レオカディオの少年時代から側仕えとして仕えて来たはずですが、まさか特異種だったとは」
「にゃあ、最初から特異種だったわけじゃなさそうにゃんね」
執事が一歩前に出た。
「お話は終わりましたか?」
「にゃあ、ひとまず終わったにゃん、詳しいことは後で直接聞くにゃん」
「私からですからか、ふふ、それは無理かと思われますが」
「ウチらからしたら、特異種を止めるのはそれほど難しくないにゃんよ」
「ほほ、それは面白いことをおっしゃいますね」
魔力を溢れさせた執事の口が裂け、額の目が開く。
「形は普通の特異種にゃんね」
「面白みに欠けるにゃん」
「にゃあ、そろそろ決めるにゃんよ」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちは、ガトリングガンを再生して執事に向ける。
「おや、魔導具ですか?」
執事は複数の瞳でバカにした様な視線を向けた。
「さて、私に効きますかな?」
「魔導具は魔導具でもお館様の作り上げた魔導具にゃん」
「魔獣をも砕く魔導具にゃん」
「特異種と魔獣、どっちが硬いか確かめるにゃん」
「「「にゃあ!」」」
「では、同士討ちでもしていただきますか」
執事は精神汚染系の攻撃を開始した。
「にゃあ、ウチらにそっち系は効かないにゃんよ」
猫耳たちのガトリングガンが一斉に火を吹いた。
「……っ!」
執事は目を見開くが、声を出す間もなく全身に浴びせられた半エーテル体の弾丸によって肉体を破壊された。
「面倒くさいのは、物理的に粉砕にゃん」
「魂は回収にゃん」
「言うほどじゃ無かったにゃんね、柔らかすぎにゃん」
「もうちょっと防御結界が厚いのかと思ったにゃん」
「精神汚染に全振りしてたみたいにゃんね」
「これなら素手でぶん殴っただけで十分だったにゃん」
「魔獣用の武器は、オーバーキルだったにゃんね」
「屋敷の向こう側まで穴が空いたにゃん」
「風通しが良くなったにゃん」
「にゃあ、それで逃げるにゃん?」
尻もちを着いたままのレオカディオは首を横に振る。
「これは良くできた魔導具にゃん」
猫耳たちが息子たちの首をスポンと外す。
二つの生首は口をパクパクさせるが声が出てない。
「レオカディオ様のご子息は、人間では無いのですか?」
ベネディクトが驚愕する。
「にゃあ、見ての通りにゃん、頭が取れて生きてる人間はいないにゃんよ、コイツらは生人形にゃん」
「しかも人間の魂を喰って動く禁忌の品にゃん」
「こいつを動かしてる時点で、貴族でも犯罪奴隷堕ち確定のご禁制の品にゃん」
「にゃあ、それはそうとグールを殺しちゃ駄目にゃんよ」
元魔法騎士のグールは、体内に連続して魔法を撃ち込まれて再生が徐々に追い付かなくなっていた。
「しかし、グールを生かしたまま捕らえるのは不可能です」
「にゃあ、そっちもウチらに任せるにゃん」
猫耳たちは、グール化した者たちを次々と元に戻して行く。いとも簡単に。
「「おおお!」」
アーネストとベネディクトは言葉を失う。
「これは神の御業でありますか!?」
アーネストは瞳を潤ませる。
「にゃあ、これはお館様の御業にゃんよ、ウチらは教えられた通りにやってるだけにゃん」
「「マコト公爵様が!?」」
「そうにゃん、お館様はグールをひとりで大量に倒した時に御心を痛めたにゃん、そして変質したエーテル器官を元に戻す方法を編み出されたにゃん」
「マコト公爵様は、御年六歳とお聞きしましたが、おひとりで複数のグールも倒されていたのですか?」
「にゃあ、まだ冒険者になりたてのお館様は、オパルスの冒険者ギルドに魔法使い枠で緊急招集を受けたにゃん」
「いくら魔法使いとは言え、六歳の子供を討伐に連れ出すとは冒険者ギルドも無茶を」
「ありえませんね」
「お館様がいなかったら冒険者ギルドの討伐部隊は、全滅だったにゃんね、グールは冒険者の手に余るにゃん」
「しかも近衛軍の騎士がグール化した上位種が混じっていたにゃん、それもお館様が倒したにゃん」
「近衛軍の騎士でありますか?」
「にゃあ、ヤツらはグール化しなくてもべらぼうに強いにゃん」
「ただし、オツムはイマイチにゃんね、上から下まで脳筋しかいないにゃん」
猫耳たちの話を熱心に聞く騎士たちの横を箱に詰められたレオカディオとその家族たちが次々と運び出されて行った。
○帝国暦 二七三〇年十一月〇九日
○オーリィ州 太古の道 森の野営地
ロッジを格納して二頭立ての馬車を出す。荷馬車に座席を付けたオレが初期に作り上げたタイプだ。性能は猫耳たちが寄ってたかってイジりまくったせいで凄いことになってるけど。
「マリナとベルダは、馬車に乗るにゃん」
馬車を動かす為に随行の猫耳がふたり追加になった。
「私も同行してよろしいのですか?」
「にゃあ、ベルダには続けてキパリスまでマリナの護衛を頼むにゃん」
「かしこまりました」
「ベルダ様、お手数をお掛けします」
マリナもしっかりご挨拶する。
「今度こそ、命に代えてもお守りします」
冒険者というより騎士のノリだ。冒険者は報酬分しか働かない。
「にゃあ、昨日までもちゃんと守っていたにゃんよ」
「はい、守っていただきました」
マリナも同意した。
ボロボロだったマリナの服はちゃんと再生して新品同様にしてあるので、ちゃんと貴族のお嬢様に見える。
「にゃあ、出発にゃん!」
○オーリィ州 太古の道
薄暗い野営地を七頭の魔法馬と二頭立ての馬車が出る。
トラックを出さないのはあくまでお馬でパカポコの旅だからだ。
急ぎならドラゴンゴーレムだが、いまだグエンドリン・ナルディエーロ伯爵の暗殺未遂事件の主犯が特定されていない状況なので、急いでキパリスに入る必要は無いし、新たな危険を呼び起こすかもしれない。
ちなみにグエンドリン・ナルディエーロ侯爵の伯父レオカディオは、今回の件と無関係であることがわかった。
ただし、無罪はあり得ないやらかし具合だし、特異種の執事とか生き人形と化した双子の息子とかエリザベート・バートリを彷彿させる内縁の妻とか、本人以外もツッコミどころ満載なので、全員まとめて煉獄の炎で魂をこんがり焼いてる最中だ。
屋敷に囚われていた非合法の奴隷は、騎士団に任せたが迷っていた魂は猫耳たちが回収している。
気になるのは特異種の執事だ。バイネス狩猟団を支配していた特異種カロロス・ダリのエーテル器官と似ていた。
執事にもエクウス州で活動する平凡な老巡回治癒師を残虐な特異種に変えた魔導師が絡んでる可能性が高い。
エーテル器官だけでなく魂にまで細工してある辺り執事の記憶を精査する必要がないほどだ。
イカれた転生者ケイジ・カーターの仕業かとも思ったが、彼の記憶にカロロス・ダリは登場しない。
ヤツの場合、身体を入れ替えてる最中にある程度の記憶がリセットされてる可能性も否めないが、安易に断定はすべきでは無いだろう。
ただ、転生者であってもエーテル器官を酷使すれば限界は早く訪れる。ケイジ・カーターの様に身体を取り替える裏技でも使わないといまの時代まで生きていたとしても魔法はほとんど使えなくなっているはずだ。
執事の様にエーテル器官を複数体内に挿れていれば交換も可能だが、転生者のピーキーな性能を再現させるのは不可能と思われる。
ケイジ・カーターにしても転生時は寄生元の性能以上にはならず、それを余りあるヤバい知識でカバーしていた。
他にオレの考えつかない裏技があるかもしれないから警戒は必須だ。イカれた転生者ほど厄介な存在は無い。
野営した森を抜けるとまた寒々とした冬の風景に戻った。今度は麦畑では無く荒れ地の中を走る。無論、人家は無いし、ベルダの様な冒険者の姿もないし、荷馬車の類も無い。やはりこの季節に通るルートでは無い様だ。
「地吹雪が凄いにゃん」
「にゃあ、獣もいないにゃん」
「ウチらの魔法馬じゃなかったら命懸けにゃん」
どんなに冷たい風が激しく吹き付けても魔法馬の防御結界の中は小春日和だ。
「冬の魔獣がいなくても風が凄いにゃん、馬車どころか徒歩でも吹き飛びそうにゃん」
前世では経験したことのない風が吹き、雪がまるで激流の川の様に流れる。ここが荒れ地になってるだけの理由があるわけだ。
「昨日は、早めに野営をしたけど今日はちょっと遅くまで走って、この荒れ地をさっさと抜けて隣のエクウス州に入った方が良さそうにゃんね」
「「賛成です」」
即座にビッキーとチャスが同意した。
「マコト様、この風の流れは不自然です」
「何かが精霊に干渉していますから、一刻も早く抜け出すべきです」
ビッキーとチャスは、単に強風が怖いのかと思ったら違っていた。
「この強風は、人工的に作り出された風ってことにゃんね、しかも精霊術に近い何かにゃん?」
「「そうです」」
ビッキーとチャスは声を揃える。
生まれながらの精霊術師であるビッキーとチャスだから気付いたのだろう。
「お館様、精霊術を使ったモノならオリエーンス連邦とは言わないまでもかなり古い仕掛けにゃんね」
「にゃあ、そうにゃんね」
精霊術の起源は不明だが、オリエーンス帝国時代にすでに滅んでるとされている。
「ただ、強風を起こすだけの魔法を使った仕掛けでは無さそうにゃんね」
「にゃあ、永久魔法を使って無い限りノーメンテでは、かなり経年劣化してるはずにゃん、たぶん強風はその結果にゃんね」
「精霊術だと?」
「にゃあ、カホの時代にはいなかったにゃん?」
「ああ、私の時代に精霊術の使い手はほとんどいなかったはずだ、いまはいるのか?」
「ビッキーとチャスがそうにゃん」
「おお、精霊術の使い手がいるとは驚きだな、ご両親から受け継いだのかな」
「いえ、リーリ様に教えて貰いました」
「リーリ?」
「マコト様のお友だちの妖精様です」
ビッキーとチャスが補足した。
そしてオレの頭の上に乗るちっちゃな足。
「そう、あたしのおかげだよ!」
リーリがオレの頭に乗った。
「えっ、妖精のリーリって、リーリだったのか!?」
カホが驚きの声を上げた。
「あっ、ジャンヌだ、久しぶり! だから、また会えるって言ったでしょう!」
リーリはカホの二五〇〇年前の名前を呼んだ。
「ああ、久しぶりだ、私の感覚からするとほんの数日しか経っていないが、リーリは少しも変わってないな」
カホが目を潤ませる。
「にゃ、リーリはカホと知り合いだったにゃん?」
カホも驚いたみたいだがオレも驚いた。
「そうだよ、ジャンヌはあたしの友だちだよ! 危なっかしさとごはんの美味しさではマコトが上だけどね」
「ごはんはともかく、マコトが危ないのか?」
カホが首を傾げる。
「ジャンヌは魔獣と戦ったりしなかったでしょ? マコトはその辺りがメチャクチャだもん」
リーリがカホの頭の上に移動して語る。
「照れるにゃん」
「確かにやってることはメチャクチャだが、魔獣に蝕まれたこの世界にはマコトの様な存在は絶対に必要だ」
「うんうん、あたしもそう思うよ、一緒にいて飽きないし」
リーリがカホの頭の上で深く頷く。
本当にわかってるかは不明だが、リーリが不老不死なのは間違いなさそうだ。
「魔法馬は、これはこれで面白い」
天使アルマが白い魔法馬?に乗ってオレの隣を並走していた。
「にゃ? 天使様の乗ってるのも魔法馬にゃん」
どう見ても本物の馬だ。チャドの乗っていた婆さんもなかなか凄かったが、天使アルマの魔法馬は次元が違っていた。
「魔法馬は以前作ったのだが、何処か違うのだろうか?」
「にゃあ、確かめたいから天使様の魔法馬に乗っていいにゃん?」
「構わないぞ」
天使アルマは自分の前をポンポンする。そこに乗れということらしい。
「にゃあ!」
並走する天使アルマの魔法馬に飛び移った。
「お館様ゲットにゃん!」
間に走り込んだ猫耳にキャッチされて小脇に抱えられる。
「にゃお?」
何でオレがゲットされてるのかが謎だ。
「にゃあ、お館様をパスにゃん!」
「こっちにもにゃんパス、こっちにもお館様を寄越すにゃん!」
猫耳たちの間をぐるぐる放り投げられてから天使様の魔法馬に乗せられた。
前から思うのだが、猫耳たちのオレの扱いは本当に雑だ。
「にゃ?」
天使様の魔法馬に乗った瞬間、新しいアーキテクチャが頭の中に流れ込んだ。
「にゃあ、これを人間が作るのは無理にゃんね」
魔力を半端なく使う上にエーテル機関を細工する技術とか、ハードル高すぎだ。
「マコトなら造作あるまい?」
「にゃあ、そうでもないにゃん、これだけの魔力となると確保に工夫が必要にゃん」
ガードは掛かって無いが、コピーするだけでも魔力の消費が半端ない。
「でも、オレも乗ってみたいにゃん」
オレは格納空間に仕舞ってある三型マナ変換炉を動かして大量の魔力を発生させてからコピーを開始する。
「にゃあ!」
オレは真っ黒い馬を再生した。そしてデカい。コピーするついでにオプションで大型を選択した。
魔法式にオーダーメイド機能が備わっているとか天使アルマは芸が細かい。
今度は猫耳たちに邪魔されることなく再生した馬に飛び乗った。
「にゃ、天使様、この魔法馬は空が飛べるにゃんね」
「その方が便利だろう?」
「にゃあ、異論は無いにゃん」
空を駆けるとか、魔法馬の範疇から外れてる気がするが、便利なのは間違いない。この馬があったら上空からの蹴りで人型魔獣も瞬殺出来たはずだ。
空を飛ぶために特化したドラゴンゴーレムと違って、そこまで速度は出ないが防御結界が半端ない。
『『『にゃあ! これは凄いにゃん!』』』
新しいアーキテクチャに研究拠点の猫耳たちが大騒ぎしていた。




