子連れの冒険者にゃん
○オーリィ州 太古の道 森の野営地
次の野営地は、森の中にあって防御結界が無くても風はしのげる場所だ。雪も常緑樹の枝がいくらか遮ってくれていた。
「森が小さい割にマナが安定してないにゃんね」
野営地のある森に入った途端、尻尾がザワザワした。
「その様だな」
カホも有能な魔法使いだけあってマナの濃度の変化を敏感に察知していた。
「野営地には先客がいるにゃんね」
まだ距離はあるが薄暗い森の中の野営地で火を焚いているので直ぐにわかった。
「おお、初めて見る普通の領民だ」
「こんな辺鄙な野営地にいる領民を普通とは言わないにゃんよ」
「この寒空に野宿か、かなり鍛えられた人間の様だ」
「にゃあ、戦闘力はかなり有りそうにゃん、格好からすると冒険者みたいにゃんね」
ポンチョにくるまって焚き火にあたってる母娘だろうか? 子供はオレよりも少し大きいぐらいで母親は二〇代前半ぐらいで冒険者っぽい。
野営というより遭難中って感じだが、テントを使わない野営らしい。
「防御結界持ちか」
カホが呟く。
「ただの冒険者じゃないてことにゃん」
女もオレたちに気付いて顔を上げた。
片手を剣の柄に置いたが、子供と少女の集団とわかって力を抜く。それでも警戒そのものは解かない。
「にゃあ、オレたちもここで野営したいけどいいにゃん?」
魔法馬を降りて尋ねた。
「ああ、好きにしてくれ」
やはり冒険者らしい。子連れの女冒険者だ。顔は汚れて髪もベタついてるが美人なのがわかる。
「「……」」
ビッキーとチャスは、警戒しているが悪い人間では無さそうだ。
「にゃあ!」
猫耳がロッジを再生させると驚きの表情を浮かべた。
「魔法使いですね?」
「にゃあ、そうにゃん」
「マコト公爵様の関係者ですか?」
「にゃあ、わかるにゃん?」
「州都ララクゥの復旧工事をやっていた猫耳様たちと同じですから、それに桁外れの魔法を使う術者を他に知りません」
オーリィ州の州都ララクゥにいた猫耳たちを見ていたらしい。
「オレがそのマコトにゃん」
「えっ!?」
慌てて片膝を着いて頭を垂れる。抱えられていた女の子は横に置かれて目を覚ました。
「知らぬこととは言え、失礼しました」
「にゃあ、そんなにすぐオレのことを信用していいにゃん?」
「これだけの魔法使いを従えた偽者がいるとは到底思えません、それに私を騙したところで何の得もありませんでしょう」
目を覚ました女の子がのそのそと立ち上がって女冒険者にピタッとくっついた。
「申し遅れました、私ベルダ・ガルサと申します、Cランクの冒険者です」
「にゃあ、ここで知り合ったのも何かの縁にゃん、今日はオレのロッジで過ごすといいにゃん」
「あちらのお家ですか?」
「そうにゃん、冒険者のベルダは平気でも子供にはこたえる寒さにゃん」
「ですが」
「遠慮は不要にゃん」
「いえ、私のような者が近くにいてはお付きの方が不安になるかと」
「問題ない、マコトを害せる人間などこの国にはいない」
カホが補足してくれる。
「かしこまりました」
「にゃあ、気になるのはベルダの言葉遣いにゃんね、冒険者にしては丁寧にゃん」
「お恥ずかしながら、先日までオーリィの騎士団に所属しておりました」
「全滅と聞いていたけど、生き残りがいたにゃんね」
「私はエクウス州との境界門に向かう途中だったので難を逃れました」
『お館様、ベルダ・ガルサ二二歳、元オーリィの騎士団所属で現在Cランクの冒険者で間違いないにゃん、現在、州都ララクゥで受けた護衛依頼を遂行中にゃん』
猫耳からの念話が入った。
素早くベルダの身元を照会してくれていた。冒険者ギルドには各本部ごとに情報を共有化するシステムがあり、それをハッキングしている。
『護衛にゃん?』
『たぶん、いま連れている子供だと思うにゃん、詳細はララクゥの冒険者ギルド本部で実際の依頼票を確認する必要があるにゃん』
『了解にゃん』
子供を護衛で野宿とは何やら訳ありらしい。
「オーリィの騎士団にいたなら、オレの部下みたいなものにゃん、遠慮しないで入っていいにゃん、それに精霊の気配がするから外にいるのは危険にゃんよ」
「精霊ですか!?」
「だから早くこっちに入るにゃん」
強引にベルダたちをロッジに入れた。
直ぐに濃い霧が立ち込めマナの濃度が急激に上昇する。マナの耐性が低い人間なら酩酊状態に陥る濃度だ。
人が通らないのにはそれなりの理由があるわけだ。
魔法馬を格納しオレたちもロッジに入った。
○オーリィ州 太古の道 森の野営地 ロッジ
ロッジの入り口で自動的にウォッシュの魔法が発動したが、ベルダたちの汚れはいまいち落ちきれて無い。
宿もない人通りの殆どないこの街道を徒歩で旅をしてるのだろう、下手をするとすべて野宿だったのかもしれない。
「にゃあ、ところでその子はベルダとどういう関係にゃん?」
「この子はマリナ、五歳の女の子です、それ以外はご容赦下さい」
マリナは一言も発せずベルダにくっついている。オレより大きいけど五歳児だった。やはりオレは六歳児ではちっちゃい部類に入るらしい。
「依頼絡みにゃんね、それは構わないにゃん」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「……」
マリナがオレをじっと見る。
そして口を開いた。
『ほほお、マコト公爵とは大物を引き当てたではないか』
突然、しわがれた年老いた男の声で呟く。
「……っ!」
ベルダは目を見開く。
「お前は誰にゃん?」
マリナに憑依した何かに問い掛けた。
カホが剣の柄に手を掛けたがオレが片手で制した。
『なに、私はしがない元宮廷魔導師、名乗るほどの者ではない』
あっさりと正体を告白する。
俺たちに知られても問題ないと判断したらしい。つまりマリナに憑依した元宮廷魔導師は、ここでオレたち全員を消すつもりなのだ。
「元宮廷魔導師が、子供を使って何を企んでるにゃん?」
『ちょっとした小遣い稼ぎだ』
依頼を受けて動いているらしい。
『だが、公爵を前にしては、依頼どころでは無くなった』
「それでオレをどうするつもりにゃん?」
『邪魔者にはここで天に還って貰おう、我らの安寧の為に』
マリナがいやらしい笑みを浮かべた。
「オレも元宮廷魔導師に悪さをされると困るにゃん、ただし天には還さないにゃんよ」
オレはマリナの瞳を凝視した。
『おお……』
マリナがベルダの足から離れて後ずさった。
『き、貴様、何を……何をしている……これはいったい!?』
声が更にしわがれる。
「もう遅いにゃん、にゃ~あ、捕まえたにゃん」
『くっ』
マリナの身体から力が抜け、ベルダが慌てて倒れそうになったその身体を抱き止めた。意識を失っている。
「マリナは、どうしたのですか?」
「にゃあ、自称元宮廷魔導師の爺さんに憑依されていたみたいにゃん」
「何故、宮廷魔導師に?」
「理由はわからないにゃん、でもろくなことじゃないのは確かにゃんね、マリナには呪いが掛けられてるにゃん」
「呪いですか?」
「にゃあ、自称元宮廷魔導師だけあって高度な呪いにゃん」
マリナのエーテル器官には、直に刻印を刻む禁呪が施してあった。自分と繋いで意のままに操っていたのだ。
「何故、こんな子供に呪いを?」
「にゃあ、呪いの目的は、ベルダが連れて行った先でマリナを爆発させる為みたいにゃん、ベルダもとんだ依頼を引き受けたにゃんね」
マリナのエーテル器官に刻まれた禁呪は人間を爆弾化するものだ。封印図書館の第一階層に分類される人の尊厳を踏みにじる禁呪の一つだ。
元第一王女のフレデリカに仕込んだ呪いよりも爆発の威力に効力を振っている。そのせいで誰にも気付かれなかったフレデリカと違い、マリナが普通の状態じゃないことが容易にわかってしまう。
「この子が爆発ですか?」
ベルダは理解が追い付いていない顔をしている。いきなり自分が連れてる子が爆発すると聞かされれば当然の反応か。
「にゃあ、王都の城壁に大穴を開けるぐらいの威力があるにゃん、暗殺か破壊活動か、どっちにしても甚大な被害が出たはずにゃん」
「まさかそんな大それた悪事の片棒を担がされてるとは」
当然、深刻に受け止めてる。
「にゃあ、大丈夫にゃんよ、元宮廷魔導師の計画は未然に防がれたにゃん、ヤツも間もなく拘束するにゃん」
「その元宮廷魔導師を見つけられるのですか?」
「にゃあ、既に場所は特定してあるにゃん」
○オーリィ州 州都ララクゥ 冒険者ギルド ロビー
ララクゥ冒険者ギルド本部は、州都の東門に近いことが幸いして先日の魔獣の侵攻にも被害に遭わずに済んでいたことから、以前と変わらない賑わいを見せていた。
復興で州都全体が活気に溢れ、冒険者の依頼も以前を上回っている。夕時のピークタイムだけあってロビーは冒険者で溢れていた。
突然、大きな音とともに扉が開く。
「にゃあ! 全員そのままにゃん! これより公爵マコト・アマノ様の命によりララクゥギルド本部を捜索するにゃん!」
ロビーに猫耳の声が響いた。
「動いてはダメにゃん!」
「警告に逆らったら痛い目をみるにゃんよ!」
『『『ニャア!』』』
突然、ロビーに入って来た猫耳と猫耳ゴーレムたちに冒険者と職員たちはざわつく。
「おい、子供が何を騒いでる! ここはガキの……」
髭面の大男が声を張り上げて猫耳に向かって歩き出したところで、意識を失って膝から崩れ落ちた。当然、全裸にされている。
「ウチらは動くなと言ったにゃん」
ロビーの中が静まり返る。
何をしたのかわからないが、髭面の大男が倒れた原因が猫耳たちにあることは即座に理解したらしい。
髭面の大男は、猫耳ゴーレムたちに箱に詰められて運ばれて行く。
「おい、あれって公爵様のところの猫耳様じゃないのか?」
「おお、間違いない」
「公爵様の猫耳様に喧嘩を売るとかバカ過ぎる」
動きを止めたままヒソヒソ語り合う冒険者たち。
新しい領主の配下で魔獣を倒す猫耳たちを見たことがある者も多い。さっきの髭面はごく最近この土地に流れてきた新顔だった。
「あ、あの、ギルマスにお取次ぎしますが」
受付の女性が震える声を掛ける。美人で巨乳は何処も同じだ。
「にゃあ、それには及ばないにゃん、ウチらが勝手に行くにゃん」
猫耳たちがゾロゾロと冒険者ギルドのオフィスエリアに入って来る。猫耳たちの前に使い古しの防御結界は何の役にも立たない。
○オーリィ州 州都ララクゥ 冒険者ギルド ギルドマスター執務室
「お邪魔するにゃん」
ギルドマスターの執務室の扉が開かれる。
「おや、あなた方は公爵様の猫耳様方ではありませんか?」
ララクゥのギルドマスターは貴族の様な物腰の柔らかい若い男だった。冒険者からの叩き上げじゃないのは一目瞭然だ。
「お館様は、領内での呪法の使用をお許しになっていないにゃん、ララクゥ冒険者ギルド本部のギルマスは呪術行使の協力者として逮捕するにゃん」
「おや、呪法の使用とは初耳ですが?」
肩をすくめる。
「にゃあ、この本部に張った防御結界に呪法用の穴が空いてるにゃん、しかも無理やりこじ開けた形跡が無いにゃん」
「ほう」
「これはギルマスが許可するのが最も簡単な方法にゃん」
「しかも呪術の実行者の元宮廷魔導師がこの本部の隠し部屋にいるにゃん」
「こちらもギルマスしか扉を開けられないにゃん」
「そこまで調べられるとは素晴らしい」
パチパチと拍手をする。
「にゃあ、それほどでも無いにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちは揃って照れた表情を浮かべた。
「公爵様の領地からは、撤退した方が良さそうですね、それでは失礼」
ギルドマスターは優雅な所作で立ち上がると同時に封印結界を執務室に発動させ、壁の隠し扉を開く。
抜け道はもともとギルド本部に用意されていたものだ。
「ウチらから逃げられると思っているにゃん?」
「私には良き魔導具の加護がありますからご心配なく」
落ち着いた足取りで隠し扉に向かう。
「にゃあ、ギルマスの執務室に繋がってるにゃんね」
猫耳のひとりが隠し扉からひょこっと顔を出した。
「なっ!?」
ギルドマスターが初めて驚きの表情を浮かべた。それでも大きく所作が崩れないところを見ると本当の貴族なのかもしれない。
「それで何処に逃げるにゃん」
執務室の入り口にいた猫耳たちがぞろぞろと結界を越えて入って来る。
「どうやら、引き際を見誤ったようですね」
両手を挙げて降参した。
○オーリィ州 州都ララクゥ 冒険者ギルド 裏庭
猫耳たちがギルド内を捜索してる最中、裏口から若い男がこっそり出て来た。
「にゃ!? 待つにゃん!」
外から監視していた猫耳が声を掛ける。
「へへん、待つかよ! バ~カ! 追いつけるなら追い付いてみな!」
バカにした笑みを浮かべ駆け出した男は、魔法を利用した加速で速力を上げる。
ゴンッ!!!
しかし直ぐに鈍い音を立てて男の身体が止まった。
空中に張り付いている様に見えるが、猫耳たちが張った簡易の封印結界にぶち当たったのだった。
結界から剥がれて顔面を血まみれにした男がドサッと仰向けに倒れる。
「にゃあ、だから待てと言ったにゃん」
逃げ出した若い男は今回の件とは関係の無いこそ泥だった。
犯罪奴隷相当には当てはまらないので、性根を叩き直してネコミミマコトの宅配便に送ることになる。
○オーリィ州 州都ララクゥ 冒険者ギルド 地下 隠し部屋
問題の元宮廷魔導師の爺さんは地下の隠し部屋で発見された。
「にゃあ、お館様の反撃を受けた爺さんが白目を剥いてピクピクしてるにゃん」
「こいつは以前、呪法で問題を起こして宮廷から追放された男にゃん、懲りずに続けていたにゃんね」
元カトリーヌの猫耳リーの記憶に該当する情報があった。
「追放は表向きで、実際には裏で便利に使っていたと違うにゃん?」
「ありそうにゃんね」
猫耳たちは気絶した爺さんを取り囲んで話し合う。
「こいつを回収して記憶を精査するにゃん」
『『『ニャア』』』
猫耳ゴーレムたちが爺さんを箱に詰めて運び出した。
○オーリィ州 太古の道 森の野営地 ロッジ
「それでベルダはマリナを何処に連れて行く予定だったにゃん?」
ベルダに尋ねる。
「それは……」
口ごもる。護衛依頼は秘匿が原則だ。
「依頼内容の秘密の保持はこの国の法を破った時点で無効にゃん」
言い淀むベルダに言葉を重ねた。
呪法の使用はこの国の法ではるか昔から禁止されている。実際のところその法律自体は主に政敵を陥れる為に使われていた様だが。
『お館様、ララクゥの冒険者ギルドで元宮廷魔導師の爺さんとその協力者を確保したにゃん』
『にゃあ、これから直ぐに記憶を徹底的に調べるにゃん』
『ベルダの依頼票も確認したにゃん』
オーリィの州都ララクゥの冒険者ギルドを押さえた猫耳たちから念話が入った。
『頼んだにゃん』
『『『にゃあ』』』
「私の受けた依頼は、乗合馬車を使わずマリナをクプレックス州の州都キパリスの領主の居城に届けるというものです」
「にゃあ、クプレックス州だとグエンドリン・ナルディエーロ伯爵のところにゃんね」
魔法使いなので十九なのに十四ぐらいにしか見えないクプレックス州の女領主の姿を思い浮かべた。
「にゃあ、あの城だと半壊まではいかないにしても結構な被害になるにゃんね、ただ大金を掛けて依頼するだけはあるにゃん」
「高額なのですか?」
「元とは言え宮廷魔導師にゃん、しかも違法な呪法を扱うとなれば高額な依頼料が発生してるはずにゃん」
「それが依頼料を上回る利益に繋がるのですね」
「そういうことにゃん」
「マコト、その子はどうするのだ?」
カホはまだ警戒を解いていない。
「にゃあ、まずは解呪するにゃん、それから身元の確認にゃん、見た感じ孤児とかでは無さそうだから、何処からかさらわれて来たに決まってるにゃん」
「クプレックスの領主の関係者ではないのか?」
カホが指摘する。
「にゃ?」
「領主に近い身内の人間なら、近くに行くことが可能だ、それならば門ではなく領主を直接狙えるぞ」
「そうにゃんね、グエンドリン伯爵の近くで子供がさらわれてないか確認するにゃん」
直ぐに猫耳たちが動いた。
早急にやらなくてはならないのはマリナの解呪だ。エーテル器官だけではなく臓器にも刻印を刻んであり声も奪われていた。
下手をするとグール化しかねないギリギリのラインまで詰め込んだ丁寧な仕事にちょっと複雑な気分になる。
あの爺さんはかなりの使い手だったことがわかる。
「にゃあ、直ぐに始めるにゃん」
猫耳がマリナの服を脱がせ床に敷いたフカフカのラグに横たえる。
「これが呪い……」
マリナの様子にベルダは息を呑む。
「マコト、こんな状態から本当に治せるのか?」
カホが横目でオレを見る。
身体の表面に複雑に絡み合った刻印がうねっていた。
「問題無いにゃん、身体を元の状態に戻すだけにゃん、エーテル器官はついでに綺麗にしておくにゃん」
「元に戻すのが簡単とか、次元の違いを感じる」
カホが感心を通り越して呆れた顔をしていた。ベルダもコクコクと頷く。
『にゃあ、精霊情報体にアクセス出来れば何とかなるにゃん、それに封印図書館の情報をプラスすれば完璧にゃん』
カホにだけ念話で伝える。ベルダには知らせられない内容だ。
『私では精霊情報体にアクセスするのがまず無理だ、それと封印図書館はいまだに存在するのか?』
カホも念話で返答する。
『カホも封印図書館を知ってるにゃん?』
『無論だ、私の時代はそれで国が一つ滅んだ、封印図書館もその時に失われたはずだったのだが』
『あれはそう簡単に壊れる代物じゃないにゃん』
『やはりか』
『でも、いまはオレが保管しているから安全安心にゃん』
『マコトが持っているなら問題ないか』
『にゃあ、封印図書館はともかく何でカホは精霊情報体にアクセス出来ないにゃん? 転生者なら可能なはずにゃん』
『存在は認識しているが、私では触れることが出来ない』
「にゃあ、ちょっとこっちに来て額を合わせるにゃん」
カホを手招きする。
「額か?」
カホは、オレを高い高いするみたいに持ち上げた。
「とても元おっさんとは思えない可愛らしさだ」
オレの身体を右左と傾けてまじまじと眺める。
「にゃ~」
自然と鳴き声が出てしまう。
「そんなことより、さっさと額を合わせるにゃん」
「ああ、わかった」
カホはオレと額を合わせた。
オレみたいに精霊情報体を全部取り込むのは無理だが、アクセスは可能だ。単にやり方がわからなかっただけらしい。
「お、おおおお、これがそうなのか?」
「にゃあ、そうにゃん」
「なるほどこれは面白い」
カホは気に入ってくれた。
『にゃあ、今回の解呪には封印図書館の呪術の知識も必要にゃん、これは教えられないにゃん、必要な場合はオレか猫耳に依頼して欲しいにゃん』
『いまの私には不要だが、必要な時は頼む』
「了解にゃん……にゃ!?」
いきなり横から抱き上げられた。
「次はウチらにゃん」
猫耳に額を合わされる。
「にゃあ、お前らはオレが教えなくてもちゃんと知ってるはずにゃん」
「それはそれ、これはこれにゃん、ウチらにとって大事なのはお館様と額をこうやって合わせることにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
猫耳にピタッと額を合わせた。
「にゃ~ん」
満足そうな鳴き声を上げる。
「にゃあ、次はウチにゃん」
「早くするにゃん」
「時間は有限です」
「だから早く」
猫耳たちの後ろにはビッキーとチャスも並んでいた。
「では、改めてマリナの解呪を行うにゃん」
「「……」」
聖魔法の青い光がマリナを包むとカホとベルダが息を呑んだ。
「これまで見た事のある聖魔法とは桁違いの光だ」
「私もです」
解呪は聖魔法ベースで行う。刻印を刻む呪いは大きなくくりでいえば怪我に分類され、術者によって付けられた傷を癒やせば解呪される。
聖魔法でマリナの損傷したエーテル機関や臓器を修復する。
まさか修復されるとは想定されていなかったのか、トラップの類は無い。
エーテル器官を修復するのは現代魔法ではほぼ不可能なので、無駄なことに魔法式を割いたりはしないか。
『にゃあ、お館様、元宮廷魔導師の爺さんの記憶から呪術ギルドの存在が明らかになったにゃん』
ララクゥ冒険者ギルド本部を捜査した猫耳から報告の念話が入った。
『にゃお、呪術ギルドとか、そんなものが有ったにゃんね』
犯罪ギルドの記録からも出て来なかった。
『上手く隠されていたにゃん』
『オレたちの目を誤魔化すとは、敵ながらあっぱれにゃん、それでどうやって隠れていたにゃん』
『にゃあ、冒険者ギルドに寄生していたにゃん』
『冒険者ギルドにゃん? ララクゥの冒険者ギルドが特別ってわけじゃなかったにゃんね』
『いま、お館様の領地内にある冒険者ギルドと王都の総本部それに大公国とフィーニエンスの総本部も同時にこっそり調査してるにゃん』
『冒険者ギルドに入り込まれてるとは、盲点だったにゃんね』
『にゃあ、規律の緩い支部もあるからジワジワ入り込まれた感じにゃん、しかも冒険者ギルドの業務に干渉することが無かったので内部監査にも引っ掛からなかったにゃん』
『早いうちに国内のすべての冒険者ギルドを調査する必要があるにゃんね』
『にゃあ、そちらも準備が出来次第、対処するにゃん』
『敵に勘付かれない様に頼むにゃん』
『了解にゃん』
「にゃあ、完了にゃん」
呪術ギルドの捜査を開始した猫耳との念話を終えたところで、聖魔法の青い光を収束させた。
「「……ふぅ」」
何故か緊張していたカホとベルダが安堵の息を吐く。
「ここは?」
ラグに寝かされていたマリナが目を覚ました。
猫耳ゴーレムがその身体に毛布を掛ける。
『お館様、マリナの身元が判明したにゃん、グエンドリン・ナルディエーロ伯爵の妹だったにゃん、一ヶ月前に行方知れずになっていたにゃん』
タイミング良くマリナの身元照会の情報が飛び込んで来た。
『グエンドリン・ナルディエーロ伯爵の妹とは、随分と誘拐の難しそうな対象を選んだにゃんね』
マリナはクプレックス州の領主グエンドリン伯爵の妹だった。
『城から誘拐されたにゃんね』
『にゃあ、子供部屋のある塔から何の形跡も残さず突然消えたそうにゃん』
『魔獣の大発生の混乱もあって、捜索が不十分だったのは否めないにゃん』
『貴族にとって神隠しはそう珍しい事象じゃないにゃん』
この世界では、人間消滅は事象として本当にある。
『側仕えの犯行と違うにゃん?』
オレは可能性としてもっとも有りそうな事例を上げる。
『最初に疑われて、真実の首輪まで持ち出して調べたけどシロだったにゃん』
『きっと呪術ギルドの魔法使いが、城に侵入してさらったにゃん』
『だったら最初から侵入した術者を爆発させれば良かったと違うにゃん?』
オレならそうする。
『ところが領主のグエンドリンの生活空間は、厳重に防御結界が張り巡らせられてるので、上位の宮廷魔導師クラスじゃないと侵入は無理にゃん、それに上位の宮廷魔導師クラスの魔法使いを自爆させたらコスパが最悪にゃん』
『にゃあ、そうにゃんね』
「ここはオレのロッジにゃん、マリナの姉上グエンドリン伯爵にはオレから連絡を入れておくにゃん」
猫耳たちと念話をしながら身体を起こしたマリナに声を掛けた。
「グエンドリンお姉さま?」
「そうにゃん」
「ここは何処なのですか?」
「にゃあ、ここはオーリィ州の真ん中ぐらいにゃん」
「オーリィ州?」
驚きの表情を浮かべてるところを見ると位置関係はしっかり把握しているようだ。
「何故、私はオーリィ州にいるのでしょう?」
五歳児とは思えないしっかりとした言葉遣いだ。さっきまでの怯え切った子供の面影はない。
「それはマリナがキパリスの城からさらわれたからにゃん」
「にゃあ、それをお館様が救ったにゃん」
「危ないところだったにゃん」
「でも、もう大丈夫にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが補足する。
「お館様ですか?」
「にゃあ、ここにおわすのはマコト・アマノ公爵様にゃん」
「マコト公爵様!?」
マリナが慌てて跪く。それでいて優雅な所作は小さくても流石貴族と言ったところか。オレだとそのままゴロンと転がってったと思う。
「にゃあ、楽にしていいにゃん、オレのことを知ってるにゃん?」
「はい、お姉さまからお聞きしました」
「身体は大丈夫にゃん?」
「身体ですか? 問題はございません」
「でも、かなり弱っていたから休息は必要にゃん、お風呂に入ってご飯を食べて身体を休めるにゃん」
「かしこまりました」
『案内スルニャン』
「あっ」
猫耳ゴーレムがマリナを抱えて浴室へと連れて行った。
「ベルダも休むといいにゃん」
「公爵様、せめて私も護衛の一員に加えていたただけないでしょうか?」
「にゃあ、そうにゃんね、予定通りキパリスまでは付き合って貰うにゃん」
「ありがとうございます」
「だから今日はゆっくり休むといいにゃん」
「いえ、私は大丈夫です」
「このロッジの防御結界は簡単には抜けないから大丈夫にゃん、それに猫耳たちが警戒してるにゃん」
「「「ウチらにお任せにゃん」」」
猫耳たちが配置に付く。
『べるだモ、オ風呂ニャン』
ベルダも猫耳ゴーレムに連れて行かれた。
『マコト様、グエンドリン・ナルディエーロです。私の妹を保護されたと聞きました、妹は無事なのでしょうか?』
クプレックス州の領主グエンドリン・ナルディエーロ伯爵から念話が入った。
以前に国王派の有力領主とはチャンネルを開いている。
『にゃあ、マリナは無事にゃん、ただ衰弱してるから休ませているにゃん、いまオーリィ州の真ん中ぐらいにいるから数日中に連れて行くにゃん』
『では、私もそちらに向かいます』
『それは駄目にゃん』
『何故ですか?』
『マリナの件は、グエンドリン伯爵の命を狙う下準備にゃん、暗殺を計画した真犯人を捕まえるまでは外に出ない方がいいにゃん』
『私が狙われていたのですか?』
確認するように言葉がゆっくりになる。
『そうにゃん、グエンドリン伯爵に心当たりは無いにゃん?』
『領主である私を狙う者ですか?』
『にゃあ、言い換えるなら、グエンドリン伯爵とマリナが死ぬと利益を得る者にゃん』
『私とマリナが天に還って最も利益を得るのは、領主の座を得られるレオカディオ、私の伯父です』
『レオカディオ・ナルディエーロと言うとグエンドリンのお父上の双子の兄にゃんね』
猫耳の情報で各領地の領主近辺の事情は頭に入ってる。
『そうです』
『確か素行不良で領主候補から外された領主候補にゃんね』
『詳しくは聞いておりませんが、それで間違いございません』
情報によれば、城下町で辻斬りの真似事をやっていたようだ。
貴族の娘を殺害したことから、表向き健康上の理由で領主候補から外された。平民の死者は数十人に上るがこちらは考慮されていない。平民出身のオレはモヤモヤするにゃん。
『マコト様は、伯父のレオカディオが真犯人だと思われるのですか?』
『聞く限り動機はいちばん有りそうにゃんね』
『直ぐに逮捕します』
『にゃあ、待つにゃん、レオカディオはかなり頭が切れる人間と聞いてるにゃん、自分が真っ先に疑われるようなことはしないと違うにゃん?』
『確かに伯父は、頭が切れますが同時に愚かな人間です、常人には理解不能なことをします』
『自分が疑われるとしてもあえてやる可能性があるってことにゃんね』
サイコパス野郎には正直お腹いっぱいだ。
『伯父の判断基準は自分ですから、貴族の矜持すらありません』
人を殺しても罰せられないのはいかにも貴族って感じだけどな。
『私は例え冤罪でも伯父を拘束しようと思います』
『にゃあ、その辺りの判断はグエンドリン伯爵に任せるにゃん、他はどうにゃん?』
『伯父以外となると正直、見当が付きません、少し前なら領主になっただけで権力と利益を得られましたが、ハリエット様が戴冠されて、領地経営に厳しい目が向けられる様になりましたから』
『下手なことをすれば直ぐに潰されるにゃんね』
既に幾つかの領地が強制買取されており、戦々恐々の領主が多いと聞く。例え善人でも無能と判断されれば領地は買取の名目で没収される。既に王都住みの不在領主の領地はほぼすべて買い取りされていた。
『にゃあ、マリナの誘拐を依頼した人間がわかれば、事件は解決した様なものにゃん』
『捕らえられるでしょうか?』
『そこはなかなか難しいところにゃんね、あの手の依頼はお互いの素性を隠して行うにゃん、しかも中継ぎが入るから余計にわからなくなるにゃん』
『難しそうですね』
『にゃあ、全員片っ端からしょっ引くにゃん、事態が落ち着くまでグエンドリン伯爵にはオレのところの猫耳を警護に付けるにゃん』
『ありがとうございます、ですが私のところにも魔法騎士がおりますので、マコト様のお手を煩わせることは無いかと思われます』
『にゃあ、呪術に対する防御は魔法騎士では足りないにゃんよ』
『敵は呪術を使うのですか?』
『にゃあ、力押しで来たらクプレックスの魔法騎士に任せるにゃん、その代わり呪術は猫耳に対処させるにゃん』
『かしこまりました、お手数をおかけします』
『困った時はお互い様にゃん』
『私には、マコト様が困る場面など思い浮かびませんが』
『にゃあ、いつまでたってもちっちゃいとかいろいろあるにゃん』
『それは、たくさん食べるしかありませんね』
『にゃあ、参考にさせて貰うにゃん』
食べて大きくなるのは普通の子供で、残念ながらオレは永遠の六歳児。いくら食べても大きくはならない。
○オーリィ州 太古の道 森の野営地 ロッジ 浴室
グエンドリン・ナルディエーロ伯爵との会話を終えて、カホと一緒に風呂に入る。
「マコトの尻尾は、魔導具じゃなくて本物の尻尾なんだな」
湯船に浸かったカホがシャンプーをしてるオレを眺める。
「にゃあ、本物にゃん」
尻尾を動かして見せる。
「本当にマコトの姿は伝承にある稀人そのものだ」
「にゃあ、猫耳に尻尾を付けた女の子が空から墜ちて来た稀人のお伽噺はオレも聞いたことがあるにゃん、もしかして昔もいたと違うにゃん?」
「どうだろう、私は稀人の伝承は神の予言が元になってるのではないかと思う」
「神の予言にゃん?」
「内容はお伽噺と変わらない」
「にゃあ、でも精霊情報体にそんな情報は無かったにゃんよ」
「天使様経由の予言だ、たぶんオリエーンス神聖帝国が滅んだ後にもたらされたのだろう」
「にゃあ、予言が元だとするとお伽噺の稀人はオレってことにゃん?」
「だろうな」
「なんか恥ずかしいにゃんね」
「にゃあ、お館様の偉大さが何千年も前から語られていたにゃん」
「ウチらには誇らしいことにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが入って来てそこそこ広い浴室はいっぱいになった。
「随行は三人までのはずと違うにゃん? いまは一〇人いるにゃんよ」
「お館様、ロッジの中はノーカウントにゃん」
「にゃあ、魔法馬での随行はちゃんと三人だから安心して欲しいにゃん」
いつの間にかロッジ内では猫耳の人数制限が取っ払われていたことを知った。




