カホとパカポコにゃん
○帝国暦 二七三〇年十一月〇八日
○エクシトマ州 帝都エクシトマ跡 上空 戦艦型ゴーレム(天使建造艦) 艦橋
精査した結果、帝都エクシトマの再生に予想よりも時間が掛かることが判明した。
流し込む魔力に不足は無いが、再生の為の刻印が一度に処理出来る量が予想よりもずっと低いことがわかったからだ。
カンケルの魔の森の都市遺跡みたいに、ただバカみたいに大量の魔力をブッ込めばいいわけじゃないらしい。
そこは本物では無いのである程度は仕方なしだ。
微細な調整は自走式三型マナ変換炉たちが『ニャア、ニャア』いいながらやってくれるから問題は無い。
そんなわけで時間は十分に確保出来た為、昨日決めた通り魔法馬を使って、カホと王都タリスまでの旅に出発した。
キャリーとベルたちの旅がちょっとうらやましく思ったのも事実だ。
「「マコト様、お供します!」」
先日、美少女にジョブチェンジしたビッキーとチャスがくっついて来た。魔法馬は「プリン1ごう」と「プリン2ごう」だ。
「にゃあ、艦長と副長がいなくて大丈夫にゃん?」
「シアとニアとノアがいるから大丈夫です」
「それに戦艦型ゴーレムは猫耳ゴーレムたちだけで運用可能です」
実際のところ、昨日チビたちの誕生月ということで正式にドラゴンゴーレムをあげたのだがシアとニアとノアたちには、これが大ハマリ。
いまも飛び回ってる。
以前にも緊急用として貸与はしていたが自由に使える自分のモノとなると話が違ってくるらしい。きゃっきゃっいいながら飛び回ってる姿は子供だと思う。
物凄い曲芸飛行をしてるけど。
ビッキーとチャスに関しては寝食を忘れるほどでは無かった。元々、精霊術師の血を引いてるだけあって自身が空を飛ばなくても精霊の眼が使えるから、空を飛ぶことにそれほど新鮮さは無いみたいだ。
昨日はお行儀よく飛ばしていたが、戦闘力は三チビより上を行く。
「にゃあ、いいにゃんよ」
「「ありがとうございます!」」
もうチビじゃないビッキーとチャスなら連れて行っても問題ない。
「「「にゃあ、ウチらもお供するにゃん」」」
猫耳たちが三人魔法馬に乗って来る。
「にゃあ、了解にゃん」
すんなりメンバーが決まったのかと思ったら時間単位で交代するらしい。
○エクシトマ州 魔獣の森 太古の道
帝都エクシトマの境界から王都タリスに向けて七頭の魔法馬を連ねて出発し、最初はパカポコとゆっくり進んでいたオレたちだったが、延々と続く魔獣の森に飽きてパカランパカランぐらいに速度を上げた。
州全域が魔獣の森なので、東隣にある旧貴族派領地のオーリィ州にある朽ち果てた境界門まではほぼ同じ景色が続く。
「ここまで面影がなくなるのだな」
「魔獣の大発生の後では仕方ないにゃん、魔獣が潰した跡に森が出来ては風景は一変するにゃん」
「しかし、この感覚、まるで魔獣の森ではないようだ」
「にゃあ、マナの濃度を抑えればこんなものにゃん、魔獣も元気がなくなるにゃん」
魔獣も普段はマナの濃度の低い場所を忌避する習性がある。だから人間の住む領域に魔獣が現れるのはヤツらにとっても異常な状態なのだ。
現在のエクシトマ州は、オーリィ州との境界から西側三〇〇キロまではマナゼロに近い領域になっており魔獣の姿はない。
更に西の広大な未踏破領域は急激にマナの濃度が上がることもあって、そこから飛び出した魔獣を狩るに留めている。
「マコトたちは魔獣の森を解放したというわけだ」
「にゃあ、オレも最初はそう思ったにゃん、でもマナの濃度が上がると何処からともなく魔獣が湧き出すにゃん」
「本当なのか?」
「実験済みにゃん、一度、魔獣の森になるとマナの濃度が一定を越えると再生されるように現れるにゃん」
「格納空間か?」
「にゃあ、そこもまだハッキリしないにゃん、地面を掘り返しても出てくるから、何かしらの魔法的な仕掛けがある可能性も考えられるにゃんね」
「魔獣の森の謎は、二五〇〇年経ったいまでも謎のままか」
「そういうことにゃん」
「魔獣の森もマナの濃度が低ければ、こうも心地が良い場所なのだな」
「普通の森より木々が大きいぐらいにゃんね」
前世ならマイナスイオンがどうたらこうたら、いまのところ危険な獣もいないので森林浴には最適な場所だ。
「一〇〇キロほどは、森の風景が続くにゃん、そこから先は人間の住む領域に入るにゃん、でも森が多いにゃんね」
「森はそんなに多いのか?」
「にゃあ、流石に王都タリスの周囲は麦畑が多いにゃん、ただちょっと離れると森の比率が増えるにゃん、以前はどうにゃん?」
「この辺りは、延々と小麦畑が続いていたと記憶している、その少し前は戦場だったのであちこちに大穴だらけだった」
「にゃあ、そんなに大きな戦いをやって魔獣が引き寄せられないにゃん? 結界でも張っていたにゃん?」
「結界は国境の結界が生きていたはずだからそれが効いていたのだろう、戦場に魔獣が飛び込んで来たことは無いはずだ」
「にゃあ、すると当時は国境の結界がちゃんと生きてたにゃんね」
「当時から継ぎ接ぎだらけの刻印だったから、二五〇〇年は持たなかったのだろう、専従の魔導師を配置する必要があったからな」
「一〇〇〇年前までは、ちゃんと機能していた可能性があるにゃんね」
現在の王国は外縁部が魔獣の森と化してるので、大公国との国境を除けば国境らしい国境線が無い。
かつての帝国の国境がどの辺りを通っていたのかは今後、調査する必要がありそうだ。
「二五〇〇年前からすると国力はかなり衰退しているから、国境に結界を新たに敷設するのは無理にゃんね」
「マコトたちだったら出来るんじゃないか?」
「オレたちなら結界よりもマナの濃度を下げて魔獣を狩ることを優先するにゃん」
「それが出来るなら、結界よりも有効だろう」
「にゃあ、現状だと地方になると魔獣の森どころか獣の被害が半端無いみたいにゃん」
かつてのプリンキピウム周辺がそんな感じだった。
「獣か、我々の頃は戦闘に明け暮れていた時代だから、マコトが言うほど栄えてはいなかったぞ、ただ獣の類はそれほど脅威では無かったが」
「魔法で吹き飛ばしていたにゃん?」
「それもあるが、まず獣避けの結界を越えて人里に出ることは無かったはずだ」
「にゃあ、獣避けの結界にゃんね、残念ながらいまだと機能してないのが多いにゃん」
「何故、直さない?」
「コストの問題にゃんね、農村レベルでは修理したくてもその費用が捻出出来ないのが現状にゃん」
「領主の負担では無いのか?」
「街の結界は負担しても、それ以外には聞いたことが無いにゃん、下手をすると州都の結界すら微妙な領地もあるにゃんね」
「では、ただ税を巻き上げるだけか?」
「にゃあ、それがこの国の普通にゃん、辺境になるほど領主が何代にも渡って王都住まいで、領地の現状を知らなかったりするにゃん」
「それで領地が成り立っているなら、今の世は平和と言えるな」
「にゃあ、制度的な限界とも言えるにゃん、近年、気候の悪化にも対応できてないにゃん」
「私の時代は、魔獣の森に沈んだ土地が今よりも少なかったのと、戦の関係で国力を維持する為、農村を手厚く守る必要があった、その違いが現れているのだろう」
「農業に魔法は使っていたにゃん?」
「無論だ」
「そこも今と違うにゃん、最近までまったくと言っていいほど使われて無かったにゃんよ」
「何故だ、本来、魔法は人の糧を造り出すために在るのではないか?」
「最近までは立身出世と金の為にゃんね、気位の高い魔導師は農村の仕事なんてしないにゃん」
「愚かな」
「いまは違うにゃんよ、使えない宮廷魔導師はクビにしたにゃん、その代わりハリエット様から依頼を受けて猫耳たちを派遣しているにゃん」
ハリエットは、統治機能がまともに機能していない領地を洗い出して取り潰しを行っている。正確には領地の強制的な買取だ。
領地と言えば、先日タウルス州の東と言うか、アナトリ王国の未開の東方の領域がオレに下げ渡された。
王国に金を渡す為の名目上の対価だ。
財務基盤が安定して来たとは言え、まだまだ出費が多い。そこを補填するための苦肉の策だ。歴史的に見ても東方未開拓地は王国の領地じゃないし。
「いい方向に動いているわけだ」
「にゃあ、ハリエット様とオレたちにとってはそうにゃんね、それと食うや食わずだった立場の弱い庶民も支持してくれてるにゃん、ただ既得権益にあぐらをかいていた連中にはかなり恨まれてるにゃん」
実際、呪いがいっぱい飛んで来た。
無論、一網打尽にして猫耳化してある。それ以前に犯罪ギルドはオレの支配下にあるから、依頼を出したところで内偵開始だ。
「何事も逆の立場の人間がいるものだ、全てを丸く収めるなんてことは出来はしない」
「そうにゃんね」
「人の世は二五〇〇年が過ぎても大きくは変わっていないわけだ」
「にゃあ、オレたちの前世とは大きく違ってるにゃん」
「良くも悪くも魔法のせいだ、それが無ければ産業革命が起こっていたのではないだろうか?」
「それは言えてるにゃん」
「私も魔石を利用した蒸気機関を作ろうとしたが、残念ながら知識がいまひとつだったので実現はしなかった」
「実物は再生しなかったにゃん?」
「残念ながら、そんな都合のいいことは出来ない」
「にゃあ、ちょっと停止にゃん」
魔法馬を止めて道の傍らの巨木を分解してそこに蒸気機関車を再生した。
オレは一回だけ本物を触ったことがあるのだ。
「おお、こんなものまで再現できるのか!?」
「にゃあ、一度触ったモノなら何でもイケるにゃん、だから戦車も出せるにゃん」
「戦車は凄いな」
「にゃあ、でも改造しないとこの世界では使えないにゃんね」
「使ったことはあるのか?」
「魔獣の森でなら、ああでもそれは魔獣を改造したモノがベースだったにゃん」
「魔獣で戦車?」
「にゃあ、カエルにキャタピラが付いたのがいたにゃん」
「魔獣だけに何でも有りだな」
「そうにゃんね、戦艦型ゴーレムも元は魔獣の集合体だったにゃん、いま思うとこの世界にはどっちも無さそうなモノにゃん」
「いや、いまは無いだけで過去には存在したのかもしれないぞ」
「にゃあ、そうにゃんね、現物がある以上、可能性はあるにゃんね」
「もしくは魔獣の開発者に転生者がいたとか?」
「それもありそうにゃん、イカれた転生者がいちばん始末が悪いにゃん」
「イカれた転生者?」
「にゃあ、ハリエット様が女王になった革命の元を作った人間にゃん、危なく西方大陸の人間が滅ぶところだったにゃん」
イカれた転生者ケイジ・カーターと一連の事件をカホに説明した。
「あちらに妻子を置いてくれば、狂気に駆られても仕方あるまいと思えるところもあるが、どうやらそれだけでは無かった様だな」
「にゃあ、どちらかと言うと最初からサイコパスだったにゃん」
「確かにイカれた転生者は厄介だ」
「にゃあ」
「お館様、これ貰ってもいいにゃん?」
猫耳たちが機関車によじ登っていた。何やら興味を持ったらしい。
「いいにゃんよ」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちは早速、機関車を分解して格納した。
また馬を走らせる。魔獣の森だけあって風景に大きな変化は無い。森の中なので強い風は無いが時速五〇キロ程度は出てるので魔法馬の防御結界が無かったらかなり寒い思いをしたことだろう。
それでも冬の魔獣とか厄介なのはいないので、例え防御結界が無くても魔法馬に乗ったまま凍死とかは無い。風邪は引くかもしれないが。
○オーリィ州 境界門跡地
二時間ちょっとのパカランパカランで、朽ち果てたオーリィ州の境界門跡地に到着した。土に埋もれて瓦礫の山というよりただの土手と化している。この下に境界門があるとはミマとセリの様な考古学に精通した専門家じゃないとまずわからないと思う。
「ウチが直すにゃん」
猫耳のひとりが手を挙げ、既に形を失っていた境界門に再生の魔法を掛ける。
「おお」
カホが声を漏らす。
「これは見覚えがあるぞ」
土手が消え去って石造りの巨大な門が現れた。入り口も一箇所ではなく四箇所ほどあった。いずれも大型の馬車が余裕ですれ違える大きさだ。
「そうか、本当に魔獣の森に沈んだのだな」
見覚えのある門が再生されてエクシトマが魔獣の森に沈んだことを今更ながら実感したらしい。
「ひとまずオレたち以外の通行は禁止で頼むにゃん」
その横でオレは猫耳たちに指示した。
「にゃあ、了解にゃん」
設定は許可された人間だけが門を通過できるようにする。マナの濃度が低下したとは言え何の装備防御も魔法も持たない人間の安全は保証できないし、こんなところに好んで入り込む者はいないと思うが念の為。
「しかし、私が作ったままそのまま一五〇〇年も使ってたのか」
「にゃあ、それだけ丈夫ってことにゃん」
「確かに丈夫には作ったが進歩は無かったのだろうか?」
「にゃあ、改造するために元の刻印をイジれなかったのと違うにゃん? こんな超絶技巧な刻印、普通の魔法使いでは扱えないにゃん」
「以前にも兄弟たちに同じ様な事を言われたが、私も他の人間に合わせて刻印を刻むとか器用な真似は出来ないので聞き流したが、やはり弊害はあるのだな」
「にゃあ、これだけ大きければ直す必要も無かったと違うにゃん?」
「それならいいのだが」
「にゃあ、改良の余地が無いとそれはそれで文明を停滞させるみたいにゃんね」
「済まない、後進の育成を怠った私の責任だ」
「転生者の真似は出来ないにゃんよ」
「そうなのだろうか?」
カホは懐疑的な視線をオレに向けた。
「にゃあ、帝国時代にカホの刻印をコピー出来た人はいたにゃん?」
「残念ながら皆無だ。兄上からも『おまえの刻印は強力だが、汎用性が無くて困る』とよく言われていた」
魔法式を一から全部オリジナルで刻まれた刻印とあっては、他人がどうこう出来る代物ではない。
再生した境界門の片隅で魔法馬を降りて小休止する。ウッドデッキにテーブルと椅子でおしゃれなカフェのテラス席っぽくした。
オレと猫耳たちは三日三晩ぶっ続けで魔法馬を走らせても平気だが、ビッキーとチャスそれにカホはそうはいかない。
定期的な休息は長距離走行の基本だ。オレは、あまりやったこと無いけど。
「にゃあ、どうぞにゃん」
猫耳たちが焼きたてのワッフルとコーヒーを振る舞う。オレも一緒にコーヒーと行きたいところだが、舌がお子様なのでココアだ。
ビッキーとチャスと猫耳たちは美味しそうにコーヒーを飲む。カホは、姿はともかくいい年をした大人なので砂糖もミルクも無しのブラックを飲んでいる。
「ああ、コーヒーとは久しぶりだ、しかも旨い」
「にゃ、帝国時代にコーヒーは無かったにゃん?」
「少なくとも私は見たことがない」
「にゃあ、お館様、コーヒーだったらオパルスでしか手に入らない特産品にゃん」
猫耳のひとりが教えてくれた。
「すると出処はカズキにゃんね」
オパルスで普通に売っていたから、珍しい物だとは思って無かった。他の街ではろくに買い物をしたことが無かったから気が付かなかった。
「他にも転生者がいるといろいろ便利になるのだな」
「にゃあ、本物のラーメンと牛丼ならカズキのところで食べられるにゃん、オレみたいに魔法で作ったまがい物じゃなくて、ちゃんと小麦や米を栽培し食材を集めて作ってる正真正銘の本物にゃん」
「おお、牛丼か!」
カズキはB級グルメの再現にかなりの労力を注いでる。
その価値はオレたちみたいな転生者にしか見いだせないので、奥方のクリステルからの受けはイマイチらしい。
とんでもない大金を注ぎ込んでるからね。
「カズキには、王都で合う約束を取り付けてるから、あっちで振る舞ってくれるみたいにゃんよ」
「それは楽しみだ」
カホの口の中が牛丼になったところで休憩は終了、出発した。
○オーリィ州 太古の道
オーリィ州を貫く朽ち掛けていた太古の道は、オレの領地になってから魔力を注ぎ込まれてかつての姿を取り戻していた。廃道なので現在の名前は無い。付けるとしたらエクシトマ街道だろうか?
「風景は、魔獣の森を抜けても変わらないのだな」
「にゃあ、この辺りは人間が住んでないからそうにゃんね」
あえて魔獣の森の直ぐ近くに住む人間はいない。盗賊がアジトを作るにしてもここは、人里から離れ過ぎている。
「この獣の薄さでは、冒険者もここまでは来ないか」
カホは探査魔法を打って周囲の獣の分布を探った。この辺りは獣の数が少なくしかも金になりそうな獲物もほとんどいない。冒険者的にも旨味が薄い場所だ。
「プリンキピウムの森とは違いますね」
「近くには狼が少しいるだけです」
ビッキーとチャスも精霊魔法の探査魔法を打っていた。
「オオカミたちは、魔法馬の気配にビビって隠れてるにゃん、プリンキピウムの森のオオカミなら後先考えずに襲って来るのに、こっちのヤツらは慎重にゃん」
「反応としてはこっちが普通だと思うが、プリンキピウムの森は私の時代でも危険極まりないものだった」
「にゃあ、昔から変わらないにゃんね」
「その代わり貴重な素材が取れたから、辺境だったが賑わっていたのを覚えている」
カホは懐かしそうに目を閉じる。
「現代のプリンキピウムの街は、ちょっと前まで寂れた田舎町だったにゃん」
「いまは違うのか?」
「にゃあ、お館様のおかげでいまはプリンキピウム州の州都として、大発展の真っ最中にゃん」
「凄いことになってるにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが補足する。
猫耳たちが西方大陸でいちばんの魔術都市にするといろいろやってるらしい。
街の外に造っている巨大な工場で魔法馬を始めとした魔導具の大量生産を始めるのもその一環だ。
近いうちに蒸気機関車が走り出しそうな気がする。いまごろオレの出した蒸気機関車を猫耳たちが研究拠点で調査してるに違いない。
○オーリィ州 太古の道 麦畑の野営地
境界門を抜けてからニ時間ほど進んだところで、森が途切れ麦畑に出た。
刈り取られた冬の麦畑には薄っすらと雪が残っており、冷たい北風が吹き抜けて巻き上げ寒々しい風景を加速させる。
「休憩にゃん」
ほとんど使われていない野営地で馬を止めた。吹き晒し加減はキャリーとベルたちが使っていた野営地と変わらない。
冬の麦畑にある野営地は何処も似たようなもので、アルボラの野営地と違って風除けになりそうな塀とかはない。
あれでもアルボラはこの国でも豊かな領地だったのだ。カズキもいい場所を手に入れていたにゃんね。B級グルメにしか頭に無いわけではなかった様だ。
まあエロいけどな。
「ここでお昼にするにゃん」
「にゃあ、ロッジはウチが出すにゃん」
猫耳が再生したロッジはオレのと違ってピンク色で猫耳が生えていた。
何故かは知らない。
「風がこれほど強いのにまったく感じないのは、魔法馬が防御結界を持っているからなのか?」
「にゃあ」
「しかもマコトの魔法馬は、驚くほど乗り心地がいい」
カホが魔法馬を降りてその脚を撫でる。
「にゃあ、乗り心地は重要にゃん」
オレと猫耳たちで改良に改良を重ねた結果だ。
「私が愛用していたのは、オリエーンス連邦の軍用馬だったが、森を駆け抜けられる反面、乗り心地が非常に悪かった」
「にゃあ、オレもオリエーンス連邦の軍用馬は持ってたけど、そこまで酷くは無かったはずにゃんよ、それってカホが改造したせいと違うにゃん?」
「まあ、私たちが言うところの時速一〇〇キロで巡航させるのに多少イジったぐらいだが」
「そこまで速くしたいなら、魔法車を作った方が効率が良かったのと違うにゃん?」
「無論、魔法車の改造ならやった、だが、元が酷すぎるせいか上手く動かなかった」
「確かにこっちの魔法車はヤバいにゃん、ちゃんとしたのを一から作ろうとは思わなかったにゃん?」
「残念ながら、前世では車の免許も持って無かったし、車もほとんど触ったことが無かったから無理だ」
「魔法馬は上手く行ったにゃんね」
「魔法馬は魔法車と違って既に基本形が完成されていた、それに子供の頃からこねくり回していたから構造は頭の中に入っていた」
「乗り心地に性能を振らなかったにゃんね」
「戦では優先度の落ちる項目だ」
人間にしわ寄せが来るのはどの時代も一緒らしい。
「オレの魔法馬の乗り心地がいいのは、魔法馬が強力な魔法を使ってるからにゃん」
「魔法を?」
「にゃあ、例えば地面を蹶る衝撃を魔法で消し去ってるにゃん、他にもいろいろ並行して発動させてるにゃん、防御結界もそうにゃん」
「魔法馬自身が魔法を使っているのか?」
カホは信じられないといった表情を浮かべた。
「そうにゃん、魔法馬自体が魔法を使っているにゃん」
「自前の魔力を持っている魔法馬は、例がないわけではないが恐ろしく繊細で耐久性に大きな欠陥があったはずだが」
魔力を持つ魔法馬は、現在でもわずかに出土している。
ジャンル的には、魔法車と同じでカテゴリーで浪漫に全振りした代物だ。アーティファクトほどでは無いにしろ、好事家には垂涎の品で高額で取引されている。
「にゃあ、こいつはそんな珍品とは違うにゃん」
「ああ、確かにまったくの別物だ」
カホは魔法馬の内部をサーチする。
「こうしてみると魔力の量も質もまるで違ってる、この圧倒的な魔力はまるで……」
言葉が途切れた。
「魔獣にゃんね」
代わりにオレが呟く。
エーテル機関を持つオレの馬は、普通の魔法馬よりも魔獣に近い。
「ああ、そうだ、だが質は似ているが魔獣のような荒々しさは無い、非常に安定して洗練されている」
「にゃあ、中に入ってるのは元は魔獣の魔石にゃん、オレたちはエーテル機関と呼んでるにゃん」
「魔獣の魔石が入ってるのか、それは危険では?」
「流石にそのままは使って無いにゃん」
始めの頃は、何も知らなかったので、魔獣から回収したエーテル機関をそのままコピーして洗浄機能付きトイレに埋め込んだりしたが、いまとなってはかなり危険なことをやっていた訳だ。
「魔法馬に使っているのは改造型のエーテル機関にゃん、魔獣との最大の違いは魔力を作るのにマナを必要としないことにゃん、それと高濃度のマナが充満する環境でも魔獣化しない点にゃん」
「完全に別物だな」
「にゃあ、元の魔獣のエーテル機関と比べると安全性は段違いにゃん、それとマナに依存しないので何処でも使えるにゃん」
「魔獣はあれでマナの濃度に大きく左右される生き物だからな」
「マナが薄くても濃すぎても、あいつらは死ぬにゃん」
「濃厚なマナを撒き散らし魔獣の森の苗床となるから、死ねば死んだで迷惑な存在だ」
「もしかしてカホの時代は、魔獣を日常的に狩っていたにゃん?」
魔獣の死に際の様子は正確には伝わっていない。
だが、カホはそれをリアルで知っている。魔導書と一緒に少しだけ流れ込んだ彼女の記憶もそれを肯定していた。
「狩ると言っても、特別なごく一部の人間だけが必要に駆られてやっていたに過ぎない、それに一体を仕留めるのも大騒ぎだった」
「人間の手で仕留めるだけ凄いにゃん」
「その点、マコトたちのやってることは桁違いの様だ」
「にゃあ、それでも魔獣の大発生には後手後手に回ったにゃんよ」
「いや、魔獣の大発生を止めるとか、それだけでも歴史に残る快挙だ」
「でも、もっと上手くやれた気がするにゃん」
「それは欲張りすぎだ」
「にゃあ、そうかも知れないにゃんね」
「六歳児がひとりで魔獣を狩る時点で、もう十分歴史に残る快挙にゃん」
猫耳のひとりが嘆息混じりに言う。
「確かに、私も子供の頃に冒険者の真似事をして稼いだが、流石に魔獣が現れた時は一目散に逃げたぞ」
カホは肩をすくめた。
「にゃあ、魔獣から逃げ切る子供も大概にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳もたちも同意の鳴き声を上げた。
猫耳が再生したロッジだがオレが作ったものと大差は無い。キッチンもちゃんとあるので昼食はオレが調理することにした。
「にゃあ、親子丼でいいにゃん?」
「親子丼? そんなものが食べられるのか!?」
椅子からガタッと立ち上がったカホが、すっかり見慣れた驚きの表情を浮かべた。
「にゃあ、食べられるにゃんよ」
さっと作ってカホの前に置いた。
「ああ、親子丼も久しぶりだ」
たぶん二五〇〇年+××年振りだろう。深くは考察しない。
「美味しい、マコト、これは本物だ」
黒恐鳥の肉と魔法鶏の卵だけどな。隠し味のウルフソルトがいい仕事をしている。
ビッキーとチャスに猫耳たちにも親子丼を振る舞う。
猫耳たちは既に三回もメンバーが入れ替わっていた。なかなかの早変わりだ。
「「マコト様の手料理」」
「「「にゃあ、最高にゃん」
ついでにすべての猫耳たちと元チビの三人の格納空間にも同じモノをコピーして放り込んだ。
『『『にゃあ~ん』』』
念話を通して猫耳たちの満足そうな鳴き声が返って来た。
「カホも親子丼ぐらいは作れたと違うにゃん?」
また食べながら泣いてるカホに問い掛ける。
「……」
カホは黙って目を逸した。
「にゃあ、本当に自分で作らなくても困らないぐらい充実した食生活を送っていたにゃんね、それはそれで羨ましいにゃん」
「まあ、自分で作ろうと思い立つほど酷かったことはないが、携行食だけはいまひとつだった」
「にゃあ、こっちの食べ物はどれも携行食みたいなものだったにゃん」
「本当か?」
「にゃあ」
「それはなんとも」
カホは、やっとこっちの食生活の酷さを実感したらしい。
いいことなのかどうかはわからないが。
「にゃあ、これからいくらでも食べる機会があるから、どれだけ酷いことになっているか楽しみにして欲しいにゃん」
「……ずっとマコトのところにいようかな」
カホは本気で迷ってるみたいだった。
○オーリィ州 太古の道
昼食の後は、まるで冬の嵐のような強い北風を受けながら魔法馬を進ませる。一度降った雪が地上から巻き上げられて完全な地吹雪状態だ。
冬の魔獣はいないから体感気温マイナス二〇℃ってところか。普通に吹き晒されてると死ぬ。
「この辺りの気候は二五〇〇年程度ではそれほど変わらんか」
「カホの時代もこんな感じだったにゃん?」
「ああ、似たようなものだ、冬場の移動には魔法使いは必須だった」
「にゃあ、今回は全員が魔法使いだから楽勝にゃん」
「「はい!」」
ビッキーとチャスが声を揃える。
「「「にゃあ」」」
猫耳たちもそれに続いた。
「そうか全員が魔法使いか」
「でも、今回の王都までの旅なら魔法馬の結界だけで十分にゃん」
「そうだな、知らぬ土地を旅する上で自分の魔力を温存できるのは実に素晴らしい」
八頭の魔法馬の防御結界を連結しているので、風に邪魔されることなく会話が出来るのも利点の一つだ。
路面も雪を融かしているので何の支障もない。
「ただ思いの外、今日は風が強いにゃんね」
「お館様、この季節は珍しくないみたいにゃんよ、だからこの道は特に冬場になると誰も通らないにゃん」
「普通の馬車なら転がってバラバラになるにゃん」
「魔法とは関係なさそうにゃん」
風速四〇メートルを超えている。猫耳たちの情報によればこの辺りは強風地帯らしい。
「にゃあ、近いうちに風除けの壁ぐらい建設した方が良さそうにゃんね」
帝都が復活したら将来的にはオレたちの対外的な拠点になるので、インフラはきちんと整備しておきたい。
雪が強くなって来た。
気温も更に下がり始めた。
冬の魔獣の仕業では無いが、間もなく風雪ともに強くなりそうな空模様だ。
「魔法馬の防御結界に守られていても、何があるかわからないから荒天時の移動は避けた方がいいにゃんね」
「それは賛成だ」
「にゃあ、今日はちょっと早いけど次の野営地までにするにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちも声を揃えた。




