冬の魔獣にゃん
○フィークス州 南部 旧パゴス街道 アイリーン用テント
アイリーン元第二王妃のテントだが、ダイニング用と休息用と使用人用の全部で三つのテントで構成されている。
キャリーとベルが案内されたのは迎賓を兼ねるダイニング用のテントだ。
微動だにしない屈強なふたりの騎士が守る入り口を抜ける。
「いらっしゃいませ、キャリー・バックス少尉様、ベル・ベリー魔法少尉様、我が主がお待ちです」
ホール代わりの前室で執事とおぼしき初老の紳士の使用人に出迎えられた。
「ありがとうございます」
「ありがとうなのです」
慣れてないので居心地が悪い二人だ。
主室の入り口にいるケントルムの二人の女騎士たちの鋭い視線が向けられた。こちらは慣れたものだ。
主室に入ると何処に仕舞ってあったんだって大きさのテーブルが鎮座しており、その向こうにこのテントの主人であるアイリーン元第二王妃が座っていた。
その後ろにも二人の女騎士が守りを固めている。
「「……」」
こちらの二人はニコッと笑みを浮かべる。
王都のマコトの屋敷で一緒にアイリーンを一緒に警護したアナイス・アライスとドミニク・ベルナールだった。
以前は側仕えの格好をしていたが、いまは本来の守護騎士の任に着いていた。
キャリーとベルはアナイスとドミニクに笑みを返して主室をチェックする。
主室には、あともう二人いる女騎士はやはり鋭い眼光を向けていた。キャリー小隊が特務中隊に属するのを知って警戒しているのだ。
暖房の魔導具が限界近くまで頑張っているが、かなり寒い。それにテントに雪の当たる音が響いていた。どうやら防御結界で雪をすべて弾くことは諦めたようだ。
そして先客のアーヴィン・オルホフ侯爵とその守護騎士であるキャサリン・マクダニエルとエラ・オーツたちに目礼する。
「キャリーにベル、一緒に旅をしていながら挨拶が遅れて済まない」
アイリーンに声を掛けられた。
息が白い。
「いえ、お気遣い頂きありがとうございます」
「お気になさらずなのです」
アイリーンの横には元王女のフレデリカが眠そうな顔をしている。魔法馬の防御結界に守られていても馬車での移動は疲労するのだろう。
「アーヴィン様もいらしたことだ、ここからは気兼ねなく楽にして欲しい」
「ありがとうございます」
「感謝なのです」
ペコリとお辞儀するキャリーとベル。
そうは言っても顔見知りのアナイスとドミニクならともかく警戒心丸出しの大使館付きの騎士たちの前では気を抜けそうにない。
「では、吾輩からいいであろうか?」
アーヴィン侯爵が手を挙げた。
「どうぞ」
「吾輩からは、直ぐこの旧パゴス街道から引き返すことを具申いたします」
「引き返すのですか、その理由は?」
「風雪が強いのはもちろんだが、ここは冬の魔獣の出没地域であり、一刻も早く退散するのが良いかと」
「冬の魔獣ですか?」
「遭遇した者に生存者が無いため詳細は不明でありますが、アナトリ王国にはわかっているだけで数カ所の生息地域があり、このフィークス州を南北に縦断するこの旧パゴス街道もその一つなのです」
「魔獣とは穏やかじゃありませんね、そうなのか?」
アイリーンが視線をキャリーとベルに向ける。
「あ、いえ、申し訳有りません、冬の魔獣は聞いたことがありますが、何処に出るかまでは不勉強でした」
「私もなのです」
王国軍の座学でも軽く触れた程度だった。詳細は不明で本物の魔獣ではなく精霊の類だろうと推察されている程度だ。
「王都住まいのキャリーとベルが知らぬのは無理はない、地元の人間か日常的にこの辺りを旅をする行商人あたりでないと情報は持っておるまい、吾輩は我が領地ニービスに生息地とされる領域がある為に知っているに過ぎぬ」
「アーヴィン様、冬の魔獣は冬の季間だけ出没するのですか?」
キャリーが質問した。
「左様、正確には十一月から翌年の三月までで、そのうち大雪の日に出現するとされ、一説には冬の魔獣が吹雪を呼ぶともいわれております」
「今日はちょうど吹雪なのです、しかも危険なレベルなのです」
ベルは雪音のするテントの天井を見る。
「アーヴィン様、我らは現在、足を奪われた状態です、残念ながら退却するにしても直ぐには無理かと」
アイリーンが現状を語った。
「足を奪われた?」
アーヴィン侯爵はキャリーとベルを見る。
「はい、魔法馬が動けないようです」
「魔法馬を酷使したせいでの機能停止状態なのです」
「それはマズい状態でありますな、さてどうしたものか?」
アーヴィン侯爵は腕を組んで目を閉じた。
「まずはお掛け下さい、予定通り昼食にしようではありませんか? 焦ったところでここから動けぬことに変わりませんから」
アイリーン元第二王妃は落ち着いて席を勧める。
「相変わらずアイリーン様は肝が座っておられる、そうであるな、腹ごしらえが先である」
アーヴィン侯爵が椅子に腰を下ろした。
「お前たちも席に着くがいい」
「は、はい」
「はい、なのです」
キャリーとベルもオルホフ侯爵に促され席に着いた。
味は保存食をベースにしていたので、高級ではあるが味は今ひとつだった。
ただし、マコトと出会う前のキャリーとベルだったら、感動して涙を流すレベルだ。ふたりともすっかり舌が肥えてしまっていた。
「ここに篭もる以外の道はないようである」
食事の後、話し合いが再開されるが、結論は既に出ていた。
「でしょうね、副大使殿に報告して陣を構築するよう進言しましょう」
「副大使殿か、果たしてアイリーン様の進言を聞き入れて下さるだろうか」
「それは難しいかもしれませんね」
苦笑いを浮かべるアイリーン。
「では、私たちからも具申します、篭もるのなら我々のテントに来ていただくのが安全かと思います」
「「王国軍のテントだと!?」」
声を漏らしたのは主室の大使館付きの女騎士だ。
「そう、慌てるでない、さっきチラっと眺めたが、あれはテントなどという可愛い代物ではあるまい」
「魔獣の森でも宿泊可能なのです」
アーヴィン侯爵の問いにベルが答えた。
「魔獣の森とは凄いな」
アイリーンも感心する。
「当然、マコト公爵の品であるな?」
「はい、マコトの配下の猫耳たちがジープと一緒に貸してくれました」
「驚きの高性能なのです」
「わかった、直ぐに移動しよう、お前たちも直ぐにだ」
アイリーンが即決し席から立ち上がった。
「お待ち下さいアイリーン様、まずは副大使様に報告を」
大使館付きの女騎士のひとりが注意する。
「別にテントを移るだけだ、後から報告すれば問題あるまい」
「ですが」
「くどいぞ」
アナイスが鋭い眼光を向けた。
「……申し訳有りません」
大使館付きの女騎士が引き下がった。
「全員の移動が終わったら副大使殿に連絡する、良いな?」
副大使に報告したら妨害されるのに決まってるので報告は後回しにした。
「「かしこまりました」」
女騎士たちは少々顔色を悪くしながら一礼した。
○フィークス州 南部 旧パゴス街道 猫テント
移動は早く終わった。
アイリーン付きの使用人と騎士はテントと馬車はそのままにして着の身着のままの人間だけを猫テントに収容することにしたからだ。
途中の防御結界の間隙はアーヴィン侯爵の乗ってきた猫耳ジープの防御結界が埋めていたので防御結界を持たない使用人たちも吹き飛ばされずに済んだ。
「おお、これは大きい」
猫テントの入り口の手前でアイリーンは立ち止まった。
「うわー」
アイリーンに手を引かれたフレデリカも声を上げた。
「確かにこれなら、魔獣の森でも大丈夫そうである」
アーヴィン侯爵も頷く。
「可愛い」
アーヴィン侯爵の後ろに控える守護騎士のキャサリンがうっとりとした表情で呟く。
「これだけのモノを持ち歩けること自体が脅威ですね」
同じく守護騎士のエラが表情は変えないが驚いていた。
「マコト公爵様の魔導具だけはありますね」
「これなら安心です」
アナイスとドミニクは猫テントを見上げて笑みを浮かべた。
「「「……」」」
大使館付きの四人の女騎士たちは絶句していた。
「「「敬礼!」」」
小隊のメンバーも玄関ホールの左右に別れて敬礼する。
『イラッシャイマセ、ニャア! オ客様ガ一杯ニャン!』
そして正面には猫耳ゴーレムが出迎えに出て驚いていた。
『ニャア、コチラモ仲間ヲ増ヤスニャン』
直ぐに新しい猫耳ゴーレムがゾロゾロ出て来た。
「皆さんの部屋を用意して貰っていい?」
キャリーが問い掛けた。
『ニャア、カシコマリニャン、直グニゴ用意スルニャン』
「頼んだのです」
ベルもお願いする。
『アッチノ誰モイナイてんとト馬車ト魔法馬、ソレトじーぷハドウスルニャン?』
「どうするって?」
『ニャア、うちラデ格納モ可能ニャン』
「あれが格納できちゃうんだ」
『出来ルニャン』
「どうされます?」
キャリーは、足にフレデリカをくっつけたままのアイリーンと、周囲を見回しているアーヴィン侯爵に声を掛けた。
「頼む」
「吾輩は自分でやるのである」
「了解です、ジープ以外をお願いね」
『ニャア、ウケタマワッタニャン』
吹雪の向こう側に放置したテント類の反応が一瞬で消え去った。
「一瞬ですか」
エラが感心する。
「マコトのところのゴーレムなら造作もあるまい」
アーヴィン侯爵もジープを格納した。
「アイリーン様、アーヴィン様、上の階でおくつろぎ下さい」
螺旋階段を上がった先に二階のリビングがある。
「では、そうさせて貰おう」
アイリーンは、娘と使用人や護衛騎士たちを連れて二階に上がった。アーヴィン侯爵もそれに続く。ホスト役のキャリーとベルも一緒だ。
『テントの中から周囲の警戒をお願いします』
『外に出るのは危険なのです、どうもこの吹雪は普通じゃないのです』
『『『了解』』』
キャリーとベルの念話に小隊の面々が応えた。
○フィークス州 南部 旧パゴス街道 猫テント 二階 リビング
アイリーンとアーヴィン侯爵もソファーに腰を下ろす。
「ここは、随分と暖かい」
アイリーンはリビングを眺める。
魔法馬の結界に守られてはいるが暖かい方が居心地は良い。
「マコトの魔導具なら何でも有りであろう」
「知っていても実際に見るといつも驚かされます、いまも城の私室よりも快適ですし」
「マコトの魔導具は一度使うと手放せなくなるのが難点でありますな」
「ええ、マコト公爵から頂いた魔法馬以外は、本国に帰ってからも乗れそうに有りません」
アイリーンにくっついていたフレデリカは、ソファーから飛び降りると今度は猫耳ゴーレムにくっついた。
「ネコちゃん!」
『ニャア』
猫耳ゴーレムは軽々とフレデリカを抱き上げた。
フレデリカもピタっと抱き着く。
「フレデリカ、猫耳ゴーレムの仕事を邪魔してはいけないぞ」
「はい、ネコちゃん下ろして」
『ニャア』
猫耳ゴーレムはフレデリカを元のソファーに下ろした。その光景にキャサリンがまたうっとりとした表情をする。
「私共にはお構いなく」
ここでは仕事のない料理人と下働きの使用人たちは、猫耳ゴーレムたちに案内されて行ったが、執事と側仕えの使用人たちはテントと同じ配置に着いた。
「お前たちもいまも休息を取るように、見ての通りマコト公爵様のテントならお前たちの仕事はあるまい」
「かしこまりました、では私だけ側にお置き下さい、他の者たちは休息させましょう」
「わかった、それで頼む」
アイリーンの許可を得て執事以外の残りの使用人たちも猫耳ゴーレムたちによってそれぞれの部屋に案内されて行った。
猫テントは猫耳ゴーレムたちによって拡張され地下にも拡がっているので、余裕で収容出来る。
広間にはアイリーンとフレデリカ、その執事と騎士たち。後はキャリーとベルとアーヴィン侯爵一行だ。
『ふれでりか様モ、オ部屋ニオ連レスルニャン?』
アイリーンにくっついていたフレデリカが眠ってしまっていた。
「でも、ひとりだと目を覚ました時に困らない?」
キャリーとしてはフレデリカをひとりにしたくなかった。
『ニャア、ダッタラうちガふれでりか様ニ付イテルニャン』
「では、頼むとしよう」
アイリーンが許可した。
『了解ニャン』
猫耳ゴーレムがそっとフレデリカを抱き上げてリビングを出て行った。口うるさい大使館付きの女騎士たちも無言で見送る。
彼女たちの護衛対象にフレデリカは入っていないらしい。
「マコト公爵のゴーレムは、まるで人だな、屋敷でも見たがあのレベルのモノは本国にも無かったぞ」
アイリーンは猫耳ゴーレムの出て行った扉を見つめて呟く。
「マコトのですから」
「アーティファクトクラスなのです」
キャリーとベルも頷く。
「マコト公爵様の魔導具は、凄すぎて売り物にはなりませんね」
エラはまた心の中で値付けを続けている。
「猫耳ゴーレムちゃん、こんなにいるのならひとり譲ってくれないかな」
キャサリンは何度も断られてるのにまだ諦めていない。
「無理じゃないですか? 猫耳ゴーレムもマコトの家族ですから」
「世の中、家族を売っぱらうヤツがいるのは事実なのです、でも、マコトはそんなことはしないのです」
キャリーとベルがキャサリンを諭す。
「あぅ、私も家族が欲しい」
「結婚すれば良いではないか」
アイリーンからも突っ込まれる。
「それはそうなんですが」
「キャサリンの欲しい家族は、可愛いもの限定ですからなかなか難しいかと」
エラが解説する。
「確かに難しそうだな」
アイリーンも頷いた。
副大使のテントへ伝令に走った騎士たちが雪まみれで戻ってきた。屈強な騎士たちも防御結界なしの間で何度か吹き飛んだみたいだ。
「アイリーン様、副大使より直ぐにお戻り下さいとのことです」
「ああ、わかった、雪が落ち着いたら戻るとしよう、返事は私からする、貴殿らもこちらで休ませて貰うといい」
「よろしいのですか?」
騎士たちはホッとした顔をしていた。副大使から引きずってでも戻せとか無理難題を言付かって来たのだろう。
「外は危険だ、それに副大使殿には私からハッキリ言わねば納得しまい」
「アイリーン様のお言葉を賜れば、ご納得いただけるかと」
「表面的にはな」
アイリーンは直ぐに通信の魔導具を使って副大使に連絡を入れる。
『私だ、この荒天の中、危険と判断して退避したわけだが、何か問題があっただろうか?』
『アイリーン様なりません! そこは今回の革命を主導したマコト公爵の手の者のテント、あまりにも危険すぎます!』
通信の魔導具を通して副大使の甲高い声が響いた。
『副大使殿、マコト公爵様はフレデリカの命の恩人で、私の友人だぞ、それに今更なんの危険があると言うのだ?』
『アイリーン様、お言葉ですがご自分の価値をお考え下さい!』
『マコト公爵様は、西方大陸随一の富豪であり実力者だ、元第二王妃をどうにかしたところで何の得がある?』
『ですが』
『ところで副大使殿は、冬の魔獣はご存知か?』
『冬の魔獣でありますか?』
『この街道は、冬の魔獣の生息地だそうだ、死にたくなかったら副大使殿もこちらに避難した方がいいぞ』
『少々お待ち下さい、お前たち冬の魔獣は知っているか?』
魔導具越しに「存じません」との声が聞こえる。
『アイリーン様、騙されてはいけません、騎士に尋ねましたがそんなモノは知らないと申しております』
『信じるかどうかは、副大使殿の自由だ、いずれにしろ避難はこの吹雪が収まるまでだ、そう目くじらを立てることもあるまい』
『しかし』
『それほど心配なら、そちらの使用人と騎士もこちらに寄越せば良いではないか?』
『かしこまりました、使用人はそちらに向かわせましょう、くれぐれも吹雪が止んだらお戻り下さい』
『無論だ、約束しよう』
念話を終えてアイリーンは肩をすくめる。
『オ茶ニャン』
猫耳ゴーレムが給仕する。
『オ風呂モ入レルニャン』
「風呂もあるのか?」
「ありますよ、各部屋にはシャワーも装備されてますし」
「お風呂は大浴場なのです」
キャリーとベルの頭の中には現在の猫テントの情報が流れ込んでいる。
「「……っ!」」
アナイスとドミニクがピクっと反応した。
「ああ、風呂な、騎士たちと一緒にお前たち入って来ていいぞ」
「ありがとうございます、ですが吹雪が収まってからにします」
「冬の魔獣も気になりますので」
「冬の魔獣か、確かに」
○フィークス州 南部 旧パゴス街道 猫テント 上空
「にゃあああああ!」
「「「にゃ!?」」」
突然の声に猫テントの上空でドラゴンゴーレムに乗って待機していた猫耳たちが一斉に上空を見上げた。
雪雲を突き抜けて何かが墜ちて来た。
「空からお館様が降って来たにゃん!」
「確保にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
オレはエクシトマ州の上空に浮かぶ戦艦型ゴーレムからディオニシス経由でキャリーとベルたちがビバークしているフィークス州の旧パゴス街道の上空に空間圧縮の魔法を使いまくって一気に到着した。
そして高高度からスカイダイビング。
ノーパラシュートだけど。
巨大なディオニシスを地上に下ろすわけにはいかないのでオレだけ飛び降りたのだ。
直ぐに高度限界のレーザーが照射されるが、オレの格納空間に仕舞ってある三型マナ変換炉を使ってそのまま魔力に変換してしまう。
初めてこの世界に落ちて時よりもずっと高い位置からのダイビングで落下速度も速い。
分厚い雪雲をぶち破って先程の『にゃあああああ!』に繋がる。
地上は一面の雪原だ。
大雪で肉眼での視界は数メートルしかないがオレには関係ない。地面がどんどん近付いて来る。
ボフっ!と猫耳たちの作った風のクッションに受け止められた。
「にゃあ、到着にゃん」
「「「お館様ゲットにゃん!」」」
猫耳たちが風のクッションを操ってトランポリンみたいに弾ませる。
「にゃあ!」
オレも調子に乗ってぴょんぴょんジャンプしたら元々ギリギリの高度だったので、あっさり限界を超えてレーザーが照射された。
チュンと弾いて雪雲に飛ばす。
「お館様が来るなんて聞いてないにゃんよ」
元少女盗賊団のギーにキャッチされた。
「魔獣と聞いたら黙っていられないにゃん」
オレもドラゴンゴーレムを再生して頭の上に飛び移った。
そうなのだ、オレはキャリーとベルたちが魔獣の出没地域に入り込んだと聞いて居ても立っても居られず来てしまったのだ。
「にゃあ、冬の魔獣だっらお館様がアポリト州のヴェルーフ山脈で出会った精霊の魔石が悪さをしたヤツと違うにゃん?」
ギーと同じく元少女盗賊団のイオが推定する。
「オレも最初にそれを考えたにゃん、でもこの地域を探査したところ悪さができる大きさの精霊の魔石は皆無だったにゃん」
「「「にゃ?」」」
「お館様は何処から探査魔法を打ったにゃん?」
猫耳のワコが質問する。こちらも元少女盗賊団だ。
「ディオニシスの背中からにゃん、高高度なら探査魔法はかなり飛ぶにゃん」
「ウチらも調べたけど本物の魔獣の反応も無いにゃん」
そしてララも元少女盗賊団。
「いまのところ正体がまったくわからないにゃんね」
オレも見当がつかない。
「にゃあ、魔獣が出なくてもこの積雪だったら普通に遭難するにゃん」
そしてヤコもそうだ。ここにいる五人の猫耳は全員が元少女盗賊団だった。
「洒落にならない強風と大雪にゃん、少なくとも防御結界は必要にゃん、それが無かったら吹っ飛んでしまうにゃん」
「副大使はともかくキャリーとベルたちは問題ないにゃんね」
「にゃあ、並の防御結界だったら吹き飛ばなくても数時間で凍死にゃん」
「それにしても不自然なレベルの吹雪にゃん」
オレはドラゴンゴーレムの頭の上に立ってさっきブチ抜いて来た雪雲を見上げた。
「クンクン、にゃあ、これは魔法の臭いがするにゃんね」
ギーが匂いを嗅ぐ。
「「「クンクン」」」
他の猫耳たちも真似をする。オレも一緒になって鼻をクンクンさせた。
「にゃあ、かなり大規模な魔法にゃん、幸いまだ完全に発動して無いにゃん」
「この感じはオリエーンス連邦の魔法にゃんね、しっぽにビリビリ来るにゃん」
「ろくでもない魔法の感触にゃん」
「近くにヤバい過去の遺産が有りそうにゃん」
「にゃあ、オリエーンス連邦の遺産は大概ヤバいヤツにゃん」
五人の猫耳たちは、それぞれ匂いを嗅ぎ取った。
「地域限定だから大きな被害が出ないのはいいにゃんね」
だからこそ多くには知られずいままで存在したのだろう。
「にゃあ、ここで遭難するのは情報収集を怠った不幸な旅人だけにゃん」
「それと今回のケントルム大使館の連中にゃんね」
「もうちょっとしたら道が雪で閉ざされて入りたくても入れなくなるにゃん、その点ケントルムの連中は不幸だったにゃん」
「いくら近道でもわざわざ雪が積もってる道を行くのは賢い選択じゃないにゃん」
「副大使には、何か急ぐ理由があると違うにゃん?」
猫耳たちがオレを見る。
オレに聞かれても答えは知らないわけだが。
「単に早く到着したいだけと違うにゃん?」
他に思い付かない。
「そんな感じもしなくもないにゃん」
「「「にゃあ」」」
ギーの言葉に他の四人も同意の鳴き声を上げた。
「そうは言っても近道に命を懸けるとか、冒険者でもなかなかいないにゃん」
疑問を呈するイオ。
「確かにそういうノリの冒険者は、もれなく早死するにゃん」
ワコも頷く。
「盗賊の場合は、時と場合によるにゃんね、逃げる時は命を懸けても近道にゃん、躊躇したら死ぬにゃん」
ララが盗賊のホットな情報を説明してくれる。
「冒険者でもやらないことをやるってことは、何か裏がありそうにゃんね」
ヤコは陰謀論を持ち出した。
「にゃあ、このヤバい風雪を利用した何かにゃんね」
あの副大使のイメージからすると自分が得をすることだろう。だからといって途中でスキーがしたいとかじゃないはず。もっとドロッとしていやらしい企みが似合う。
「だいたい副大使にしても魔獣が出る以前に、この街道を通ったら遭難間違い無しの状況に陥るのはわかっていたはずにゃん」
ギーの言う通り魔法使いからこの街道が危険なことは報告を受けていたと思われる。それをあえて無視してまで進むにはそれなりの理由があるはずだ。
「大使館付きの宮廷魔導師がいなかったら、いまごろ死んでるにゃん」
「この雪こそが冬の魔獣というオチと違うにゃん?」
「にゃあ、いかにも有りそうな話にゃん」
「マナの濃度は変化して無いけど、気温がヤバいにゃん」
「にゃあ、氷点下五〇℃にゃん」
気温は、オレの知識から引っ張って来てるわけじゃなくて、元々概念が存在した。しかも摂氏。転生者が絡んでるのかどうかは定かではないが。
「バナナで釘が打てる温度にゃんね」
それはオレの知識か。
「ケントルム大使館の魔法馬は完全に機能停止してるにゃん、テントの中の暖房の魔導具も限界が近いにゃんね」
眼下のケントルムのテントにいるのは、ケントルムの副大使とその護衛の騎士たちと魔法使いのみ。使用人たちは風に吹き飛ばされながらも猫テントに移動が完了している。
「使用人を移動させて騎士と魔法使いで守りを固めたのはいい判断にゃん」
「にゃあ、使用人と一緒にいたら長く持たなかったにゃん」
守る人数は少なければ少ないほうが効率がいい。
「もっといい判断は、使用人たちと一緒に猫テントに移動することにゃん」
「副大使としては、アイリーン様さえ生き残ればいいってところにゃんね」
ギーがなかなか際どいこと言う。しかも理由がありそうだ。
「それはどういうことにゃん?」
「にゃあ、副大使のオラース・クーランは、あっちの法衣貴族の伯爵でエリート官僚にゃん、しかもアイリーン様の幼馴染で花婿候補のひとりだったはずにゃん、以前そんなことを聞いたことがあるにゃん」
「アイリーン様が弱ったところにつけ込んで、再婚相手になるつもりにゃんね」
イオが推理する。
「まだ諦めてないにゃんね」
「見たまんま、ねっちこいヤツにゃん」
ワコとララが独断と偏見で決めつけるが、オレも同意見だ。直に会ったことは無いがあの副大使のオラースは間違いなくねちっこいに違いない。
「最初からこういった機会を狙っていたに違いないにゃん」
「にゃあ、だから今回の件を利用してキャリーとベルたちが凍死した後に、アイリーン様だけを救出するつもりにゃんね」
「絶好の好機と踏んだわけにゃん」
「だから使用人の移動も許可したにゃん、守る人数が増えれば魔導具の限界が早く来るにゃん」
「副大使風情がオレのキャリーとベルを危険に晒すとは、処刑にゃん」
その前にきっちり拷問にゃん。
「にゃー! お館様、落ち着くにゃん!」
掌で青白い火花をスパークさせるオレにギーがストップを掛けた。
「そうにゃん、現実は副大使の思い通りには行ってないにゃん」
イオが早口になる。
「副大使の予想以上にキャリーとベルのテントが頑丈で、気温も下がったにゃん」
ワコが外界の状況を改めて説明する。
「お館様の魔法馬に守られてるキャリーとベルたちなら、その辺りに埋まってもどうってことのない温度にゃん」
ララも早口になってる。
「いまはマイナス六〇℃にゃん」
「追い詰められてるのは、副大使にゃん」
「にゃ、暖房の魔導具が一つ死んだにゃん、魔法使いが凍えて防御結界も威力を失いつつあるにゃん」
「先に雪の壁を作ったおかげでテントが吹き飛ばされないで済んでるのは不幸中の幸いにゃん」
「魔法使いと魔法騎士はそれなりに訓練されてるにゃんね」
「でも、副大使と一緒にキャリーとベルを鼻で笑ってたヤツらにもそれ相応の罰を受けて貰うにゃん」
「「「にゃあ、当然にゃん!」」」
雪原いっぱいに拡がった魔法陣に魔力が走った。
「にゃあ、どうやら人間の存在がスイッチだったみたいにゃん」
「一定時間経っても生きてるのが条件ぽいにゃん」
「何か出るにゃん」
「いよいよ、冬の魔獣の登場にゃん」
ケントルム大使館一行のキャンプを囲むように巨大な何かが四体ほど蠢き始めた。
「魔獣にゃん?」
「大きさと形はムカデ型の魔獣に似てるけどエーテル機関が無いにゃんね」
「にゃあ、冷気が魔獣みたいな形作ってるにゃん」
「お館様が遭遇した氷の魔獣っぽいのと似てるようでちょっと違うにゃん」
「気体で出来た魔獣って感じにゃん」
「冷気で人間を殺すみたいにゃん」
「物理攻撃が効かないタイプにゃんね、なかなか厄介そうにゃん」
「攻撃は魔法一択にゃん」
「にゃあ、それも熱にゃんね、かなりの高温が必要にゃん」
オレは発動した魔法陣を解析した。
超低温の冷気を魔法で固めて動かしている。
「これはなかなかヤバいにゃん、鎧蛇並の大きさのムカデの冷気を一気に加熱するとか宮廷魔導師のしかも高位を呼ぶ案件にゃん」
「魔法陣を解析して初めてわかる特性にゃん、実際に初見で討伐するとなると宮廷魔導師でもかなりの被害を覚悟する必要があるにゃん」
「根本的な対策は魔法陣を無効化する必要があるにゃん」
「何のためにこんな魔法陣をこしらえたのかが謎にゃんね」
「冬場の嫌がらせの為に作ったにしては大掛かりにゃん」
「もしかしたら、冬以外の機能は魔法陣が劣化して動かなくなったのかもしれないにゃんよ」
眼下に拡がる魔法陣はオリエーンス連邦の魔法だけあって堅牢ではあるが、永久魔法ではないので劣化する。
「魔法陣の守る中心に何か有りそうにゃんね」
「にゃあ、お宝の香りにゃん」
ギーがまた鼻をクンクンさせた。
「お館様、ここはケントルムの皆さんに任せてウチらはお宝を確認に行くというのはどうにゃん?」
イオが魅力的な提案をする。
「そうにゃんね」
オレは白くなった猫テントを見下ろす。
「キャリーとベルなら大丈夫にゃん」
「防御結界の外は、風雪が凄すぎて出たくても出られないにゃん」
「あのムカデ程度では何匹いようとも猫テントの防御結界は抜けないから安心にゃん」
「そうにゃんね、どのみちこの魔法陣は止める必要があるから行く必要があるにゃん」
「冷気のムカデがケントルム勢のテントに近付いているけど、もうちょとなら大丈夫にゃんね」
たぶん。
「ケントルムの副大使と手下どもに怖い思いをして貰うにはちょうどいいにゃん」
「「「にゃあ!」」」
全員一致で魔法陣の中心を目指すことを決め、ドラゴンゴーレムを飛ばした。
○フィークス州 南部 魔法陣 中心部
上空から見た限り地上はまっ平らな雪原で人工的な痕跡は何も見当たらない。雪の下もただの草原だ。
ドラゴンゴーレムで地上に降り立った。
ボコッと雪を固めて凹ませてから着地する。そうしないとオレなんか頭までズボッと新雪に埋まってしまう。
「地面の下に人工物が埋まってるにゃん」
ワコが代表して探査魔法を打っていた。地下二〇メートルほどに反応がある。
「2LDKの部屋って感じにゃん」
「でも、入り口が無いにゃん」
「にゃあ、最初から扉が無いみたいにゃん」
「だったら入り口を作るにゃん」
地下に降りるエレベーターが即席で作られる。
そのままにゃーっと謎の2LDKの壁面の横っちょに到達した。
「金属にゃんね」
触れるまでも無く見ただけでわかる。
「生きてる金属では無いけど壁の厚さが一メートルとかあるにゃん」
「普通の工具では穴を開けるのも大変そうにゃんね」
「魔法使いでもなかなか大変そうにゃん、しかもこの金属は魔力を吸うみたいにゃん、魔法式ごと飲み込むにゃんよ」
「蓄魔力金属にゃん?」
「自然放出が激しいから、ただ一時的に吸うだけにゃんね」
「にゃあ、いまいち使い所がわからない代物にゃん」
「魔法使いを閉じ込めるぐらいにゃん」
「確かに魔法使いを閉じ込めるならもってこいの特性にゃん」
オレは壁に触れた。かなり冷たいので普通に触れると皮膚が貼り付く可能性がある。
「にゃあ、確かに魔力を吸い取るにゃん」
どんどん魔力を吸い取る。
「でも、オレの魔力は吸い取れるにゃん?」
魔力を壁面に注ぎ込んだ。
しかし、ものの数秒で飽和状態になってしまった。後は普通の金属と変わらず。簡単に形を変えられる。
「大したこと無いにゃんね」
「にゃあ、お館様の魔力を全部吸い取るとか出来たら驚きのアーティファクトにゃん」
「改良する必要があるとしても蓄魔力の素材としてはなかなか面白そうにゃん」
そのまま金属を操って入り口を作った。
「にゃ?」
やはりそこは部屋の様だった。金属が剥き出しの壁と床と天井だったが、家具とそれに人間を生きながらえさせるための幾つかの魔導具が設えられていた。
ここには、魔力を持った何者かが幽閉されていたのだろうか?
ただし遺体などの痕跡はまったくなかった。
少なくともここでは死んでいない様だ。
もしくは人体だけ消し去ったか。
「お館様、ちょっと壁を見て欲しいにゃん」
「にゃ?」
壁に顔を近付けた。
「壁の模様かと思ったらこれは文字にゃんね」
金属の壁に小さな文字でびっしり刻み込まれていた。
「全部の壁に刻んでるにゃんね」
「これは何かで引っ掻いて書いたみたいにゃん」
「内容は魔法式にゃん」
「オリエーンス連邦時代の魔法式とは珍しいにゃんね」
記憶石板に残されていた魔法式も皆無では無いがかなりレアだ。
オレがストックしているオリエーンス連邦時代の魔法式は、プリンキピウムの地下で手に入れた図書館情報体のモノと残された刻印から読み取ったモノに封印図書館から仕入れたヤバいヤツが主だ。
プリンキピウム遺跡で走らせているピルゴナの秘密警察の庁舎で見付けた日本語で記載された魔法式も一応はそうか。
「どんな魔法かは、これを全部読み取って解析しないとわからないにゃんね」
「ロクでもないものの予感がするにゃん」
「オリエーンス連邦時代の魔法ならそうにゃんね、しかも壁に書かれていたとなるとヤバさマシマシにゃん」
「「「にゃあ」」」
見解は全員一致だ。
「にゃあ、一旦これを格納してそれから文字を読み取った方が早そうにゃん、肉眼で確認するより正確にゃん」
「了解にゃん」
「どんどん解析する案件が溜まって行くにゃん」
「そうにゃんね」
「現在、ヌーラの迷宮で回収した四万八千七〇〇人分の魂を各拠点に振り分けて猫耳に再生中にゃん」
「にゃあ、今後のことを考えると研究職に多めに配置した方がいいにゃんね」
「お館様の御心のままにやるにゃん」
「「「にゃあ」」」
謎の2LDKを分解して格納すると雪原を覆っていた魔法陣が同時に消滅した。
「刻印とか何も見当たらなかったのに消えるにゃんね」
「これも解析の必要有りにゃん」
「にゃあ、アーヴィン様の話だと他にも国内に幾つかの冬の魔獣の生息地があったにゃんね」
「調べる必要ありにゃん」
「直ぐに手配するにゃん」
地上に出ると分厚い雪雲が消えて青い空が戻っていた。おかげで陽光の降り注ぐ雪原は雪目になりそうなほど眩しい。
「ケントルムの副大使はテントが潰れたけど、ムカデが到着する寸前に猫テントに逃げ込んだから全員無事みたいにゃん」
「にゃあ、半泣きで助けを求めたらしくて、副大使の当初の目論見とは真逆の展開になったみたいにゃんね」
「つまらないことを企てるからにゃん」
「ここからはアイリーン様の指揮で動くみたいにゃん」
「にゃあ、だったら大丈夫そうにゃんね」
キャリーとベルたちの警護はギーたちに任せて、オレはまたエクシトマ州上空の戦艦型ゴーレムに戻った。




