秘密警察掃討作戦にゃん
午前中のうちに秘密警察地方本部の職員関係はすべて片付いたので、午後は協力者である非公式エージェントを狩る時間にあてる。
普段は身分を隠している非公式エージェントこそが秘密警察そのもの。市民の中に浸透し監視を行っていた。その実態は警察というより犯罪ギルドに近い。
王国の犯罪ギルドがやってることは大抵やってるし、もっとえげつないこともしていた。国家権力だから犯罪ギルドと違って歯止めが無いから余計始末が悪い。
人員も秘密警察の正規職員三三〇〇人に対して非公式エージェントは三〇万人を超えた。陸軍と魔法軍に次ぐ第三の軍隊と言われるだけのことはある。オレたちは、このうち約二割が犯罪奴隷相当だと予想していた。
当然、最初に投入した人員では手が足りないので応援の猫耳たちが、各城塞都市にドラゴンゴーレムと出来上がったばかりのトンネルで続々と到着している。
猫耳たちは直ぐにトラックを再生して走り出し、それから時を置かず箱を満載して戻って来た。何処の行政区も大猟だ。
現地で調達した新入りの猫耳も調整が終わり次第、活動に加わり狩りの効率を上げるのに一役買っていた。現地の非公式エージェントを知り尽くしてるわけだから当然だ。
○城塞都市ピルゴナ 地下 ピルゴナ拠点 ブリーフィングルーム
『にゃあ、地方行政区の秘密警察の制圧はほぼ完了にゃんね?』
『『『にゃあ』』』
日没少し前、オレは城塞都市ピルゴナ地下に造られたピルゴナ拠点のブリーフィングルームから念話を使って情報を集約していた。
『非公式エージェントは上位者になるほど罪人の比率が上がるにゃんね、チームリーダー以上はほぼ全員が犯罪奴隷相当にゃん』
一〇人で一つのチームを形成し、それが幾層にも積み重なったマルチ商法みたいな組織だ。下位の者は直属の上司しか知らず、下からは組織の全容が見えない仕組みになっている。
『上位者を根こそぎ逮捕で、秘密警察は完全崩壊にゃんね』
『お館様、七つの地方行政区の秘密警察を潰してもまだ首都アルカの総本部が残ってるにゃん』
『にゃあ、全体の三分の一が首都のある王宮の直轄領に集中してるにゃんね』
『国民の四割が直轄領に住んでるにゃん』
首都アルカと首都圏を形成する直轄領が秘密警察総本部のテリトリーだ。
『直轄領内の情報もかなり上がってるにゃん』
『国務大臣を押さえられたのは幸いだったにゃん』
『人間地雷の配置がわかったから事故も回避できるにゃん』
『生きてる人間に爆裂の刻印を刻むとか自爆テロにゃん、本当に何処の世界も人間の考えることは同じにゃん』
『爆裂の刻印そのものは、侵攻軍の兵士にも刻んであったにゃん』
『王国の犯罪奴隷に刻む逃走防止用の爆裂の刻印と違って威力が桁違いに大きいにゃん、ウチらは平気でも街の中では周囲に被害が出るにゃん』
『ほとんど禁呪レベルにゃん』
『人命と刻印技術の無駄遣いにゃん』
『他人様に迷惑を掛ける刻印が現在のフィーニエンスの得意分野にゃん』
『嫌な方向に進化したにゃん』
『それをオレたちが数日中に終わらせるにゃん、この世界は人間同士で争っていられるほどの余裕は無いにゃん』
『『『にゃあ!』』』
迷惑行為の総本山であるフィーニエンスの枢密院に提出された防衛計画書もオレたちの手に渡っていた。
ピルゴナの秘密警察本部司令エッケハルト・ベーレンス宛の通信の魔導具を介して国務大臣のエーテル器官から記憶を読み取ったのだ。
『にゃあ、オレたちは人間地雷相手に市街戦をやるつもりは無いにゃん、悪いヤツだけこっそり片付けるにゃん』
『こっそりにゃんね』
『そうにゃん、総本部に気付かれる前に直轄領内の非公式エージェントのアジトを全部潰すにゃん』
『にゃあ、腕が鳴るにゃん』
『オレたちは夜になったら動くにゃん、その時間には直轄領のトンネル網が使えるようになってるにゃん』
『早いにゃんね』
『魔法蟻も日々進化しているにゃん、数日でフィーニエンスのトンネル網も完成する予定にゃん』
『既に悪魔の森はトンネルだらけにゃん』
『悪魔の森は特にマナが濃いから蟻たちも元気いっぱいにゃん』
魔獣の森の中でも王国とフィーニエンスを隔てる通称悪魔の森は他よりもマナの濃度が高く、ところどころに普通の人間なら即死レベルのマナ溜まりが出来ている。
フィーニエンス侵攻軍がマナ溜まりに突っ込まなかったのは、偶然ではなくアリを始めとする魔法軍の観測班が有能だったからだ。
『にゃあ、お館様、首都圏内の非公式エージェントのアジトの位置情報は漏れなく押さえたにゃん』
『王都の犯罪ギルドを潰した時よりもウチらの数が多いから短時間で潰せるにゃん』
『にゃあ、直轄領内の拠点の設営も進んでるみたいにゃんね』
『魔法蟻とウチらに抜かり無いにゃん、並行して四つほど建設中にゃん』
『それだけあれば処理も問題ないにゃんね』
『お館様の抱っこ会が大変なことになりそうにゃん』
『にゃあ、覚悟の上にゃん』
どんなに猫耳の人数が増えようとも抱っこ会だけは変わらない。開催期間が長くなるのは間違いなさそうだ。
○首都アルカ 城壁内 廃屋
日が暮れてオレは地下トンネルから地上に出た。場所は首都アルカの上流地区の空き家の庭。権力闘争に敗れて一族郎党皆殺しになった元上流貴族の屋敷だけあってなかなか強力な怨霊が巣食っていた。
『『『おおおおおおおっ!』』』
でも、オレの防御結界に触れただけで天に還ってしまった。
「歯応えの無いヤツらにゃん」
「お館様の人間の起動限界を超えた魔法式で練り上げた防御結界にゃん、いくら強力でも元が人間の怨霊では太刀打ちなんて無理にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが続々と出て来る。
おチビたちはおネムの時間なので拠点でお留守番だ。
「にゃあ、行くにゃん」
「「「にゃあ!」」」
オレたちは認識阻害の結界を張り魔法馬を走らせる。目的地は五分と掛からない秘密警察の元締め秘密警察長官の屋敷だ。
王国の上位貴族の区画と違って路上はかなり暗い。街灯がほとんど無かった。
○首都アルカ 城壁内 秘密警察長官の館
「ここにゃん、秘密警察長官を務める国務大臣の弟の家にゃん」
城壁のような壁を指差す。
「にゃあ、流石にちゃんとした防御結界が張ってあるにゃんね」
「ちゃんとしているだけあって、お手本通りの魔法式は簡単に解除が簡単にゃん」
「解除だけじゃなくて、改造も簡単にゃん、一気に行くにゃん!」
「「「にゃあ」」」
オレたちの接近を感知した改造防御結界が門扉を開く。
大きく重い金属製の扉が音を立てる。
「な、何だ!?」
「勝手に開いてるぞ!」
「くそ! 閉まらない!」
「おい、人を呼んで来い!」
警備の人間が慌てているが、人の力では扉を閉めることは出来ない。
「にゃあ、お邪魔するにゃん!」
「「「にゃあ」」」
オレたちは魔法馬に乗ったまま門の中に突っ込む。
「賊……っ!」
大声を出される前に馬は走らせたまま警備の人間たちの意識を刈り取る。
「門から屋敷の玄関までの方が廃屋からよりも距離が有りそうにゃん」
「内側にも防御結界があるにゃんね」
「経年劣化でちゃんと機能していないのが残念にゃん」
「上から数えた方が早い国内有数の実力者の屋敷でもこの程度にゃんね」
「防御する必要が無いから廃れたにゃんね、警備の人間も少ないにゃん」
「少数精鋭にゃん」
「門のところで半分はノビてるにゃん」
「きっと屋敷の中にヤバいのがいるにゃん」
「にゃあ、楽しみにゃん」
屋敷の扉を派手にぶっ壊して魔法馬に騎乗したまま玄関ホールに突っ込んだ。
「まずは全員拘束にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
大邸宅だけあって廊下を難なく魔法馬で走れる。使用人たちに軽い電撃を浴びせて次々と倒す。
犯罪奴隷相当の罪を犯してる者はわかりやすく素っ裸に転がした。それをこの場で再生した猫耳ゴーレムたちが箱詰めする。
「貴様ら、ここをどなたの屋敷と知っての狼藉か!?」
金ピカのローブを着たぽっちゃりとした前髪ぱっつんの若い男が立ちはだかった。防御結界を展開しているから魔法使いだ。宮廷魔導師か?
「にゃあ、知らなかったらわざわざこんなところに来ないにゃん」
「子供?」
「兄ちゃんが、この屋敷の中ではいちばん強そうにゃんね」
「当然だ、僕は宮廷魔導師に名を連ねる者」
「おお、宮廷魔導師にゃんね、魔法が使えないヤツがいるとかいう噂の?」
見た目は宮廷魔導師というよりいいところのお坊ちゃまって感じだ。
「僕をボンクラどもと一緒にするとたとえ子供だろうと怪我では済まぬぞ!」
お坊ちゃまの地雷を踏んだらしく怒りの感情と共に体内で循環する魔力が大きくなる。
「にゃあ、忠告するけど止めた方がいいにゃんよ」
「何だと! 僕をバカにしてるのか!?」
お坊ちゃまは沸点がかなり低いらしい。
「バカにはしてないにゃん、客観的な事実から忠告してるだけにゃん」
「バ、バカにするな!」
ぽっちゃり宮廷魔導師は子供相手に室内で炎の魔法を放った。大人げないヤツだ。
炎はオレの防御結界に弾かれ、お坊ちゃま本人の金ピカローブに燃え移った。
「ひぃ!」
お坊ちゃま自前の防御結界は炎を素通りさせた。
「にゃあ、言った通りの結果にゃん」
炎を消したが、火傷したわけじゃないのに勝手に気絶して転がった。
「特に犯罪歴が無いからこのままにしておくにゃん」
勝手に自滅したお坊ちゃま系魔導師を退けた後は本命である長官の執務室だ。
「誰だね?」
扉を開けると秘密警察長官は書類から顔を上げた。黒い眼帯をした禿頭の中年男だ。上級貴族のはずだが見た目は犯罪ギルドの首領って感じだ。
「にゃあ、オレは王国で公爵をやってるマコト・アマノにゃん、現在フィーニエンスとは戦争中にゃん」
「ほう、それは面白い」
特に動じる様子は無い。
「驚かないにゃんね」
「私の部屋に無断で立ち入れる人間が普通なわけが無い、王国の公爵ならそれも可能であろう」
「にゃあ、余計なことはしない方がいいにゃんよ」
「はて、何のことやら」
長官はペンを握った。
執務室の半分に心臓を停止させる致死の魔法式が展開される。かなり強力な魔法だ。
「見事な魔法にゃん、それ以上に刻印の出来が素晴らしいにゃん」
「流石、ここまで来られただけはある」
「にゃあ、残念ながらオレたちには効かないにゃん」
「そのようだ、まさか私が手も足も出ないほど一方的に追い詰められる日が来ようとは、人生何があるかわからないものだな」
「にゃあ、人生とは驚きの連続にゃん」
「確かに」
「それで長官は、残念ながらアウトにゃんね」
用事を済ませたオレたちはすばやく撤収した。
○帝国暦 二七三〇年十一月〇二日
○城塞都市ピルゴナ ピルゴナの塔
朝早くドラゴンゴーレムを使ってアルトリート第二王子ことアリ・クルム魔法軍少尉をディアボロスから城塞都市ピルゴナに連れて来た。
「うぅ、何で俺まで朝っぱらからこんな怖い思いを」
ついでにヘンゼル・ボーム少尉も一緒だ。空の旅はお気に召さなかったらしくまだ顔色が悪い。
「ヘンゼルを俺の補佐に任命したからだと思う」
「そうにゃん」
「補佐って何だよ?」
「手伝いだ」
「だいたい合ってるにゃん」
「まあいいけど、まずは俺に了解ぐらい取れよ」
「悪い」
それだけで仲直りだ。
「ふたりは仲良しにゃんね」
「子供の頃からの付き合いで兄弟みたいなものだからな」
ヘンゼルが肩をすくめる。
「そういう友だちがいるのは羨ましいにゃん、人間、歳を取ると友だちが減るにゃん」
「「歳を取る?」」
ふたり揃っていぶかしげな顔でオレを見る。
「六歳児が言っても説得力が無かったにゃんね」
「マコトの場合、なりは小さくても幼い感じは無いからな」
「ああ、年上の人間と話してるみたいに感じるときがあるぞ」
「本当は三九歳にゃん」
「「三九歳?」」
「そんな事を言う辺りは歳相応だな」
「ああ、六歳児だ」
そこは信じて貰えなかった。
「はるばるピルゴナなんぞに連れて来て俺に何をやらせるつもりだ?」
「ピルゴナの塔から国民に向けて話をして貰うにゃん」
「国民に向けて?」
「にゃあ、アルトリート第二王子初のお言葉を届けるにゃん、そこにある塔の機能を使うから簡単にゃん」
「塔って、ピルゴナの念話の塔か、これって使えるのか?」
アリよりもヘンゼルが驚いていた。
「オレたちが直したから使えるにゃん」
「これを直したのか?」
「にゃあ」
「何があっても俺は驚かないぞ」
アリが宣言する。
「修理自体は簡単だったから驚くほどのことは無いにゃん」
「簡単なのか?」
「何でいままで直さなかったのかが、わからないぐらいには簡単だったにゃん」
「マコトの簡単は俺たちには真似の出来ないレベルだと思うけどな」
「直しても使いみちが無かったか、それですら余裕が無かったか」
「両方だろう、でも念話の塔は念話の中継をするものじゃなかったのか?」
「魔法使い以外の人間も含めて国内にいる全員に念話を届けるのが、本来の使い方みたいにゃんね」
「使うのはいいとして、俺は何を話せばいいんだ?」
「にゃあ、『これから俺がフィーニエンスをいい国にするぜ』と言った意思表明でいいにゃん」
「簡単に言ってくれる」
「具体的なところでは、食料の確保と国内の魔獣の森の飛び地の解放あたりを約束すればいいにゃん、それと魔獣被害の根絶にゃん」
「十分な内容だ」
ヘンゼルが頷く。
「本当に出来るなら、この国の歴史が変わるぞ」
「にゃあ、殿下はオレたちの力を疑うにゃん?」
「いや、マコトに利益が無いんじゃないか?」
「にゃあ、オレたちは悪魔の森を貰うにゃん、それとフィーニエンスのうざい侵攻が無くなるだけで十分な利益にゃん」
「信じるよ」
「マコト、アリの身元がバレたら家族の身が危ないんじゃないか?」
「にゃあ、アリとヘンゼルの家族の安全は既に確保してあるにゃん、だから身分を明かしても平気にゃん、それに秘密警察は潰してあるからそもそも危険は無いはずにゃん」
「「秘密警察を潰した?」」
アリとヘンゼルの声が揃う。
「にゃあ、もうまともに機能してないにゃん」
「マコトが俺たちの味方で良かった、だよな?」
ヘンゼルはアリに問い掛ける。
「ああ、まったくだ、マコトにここまでやらせたんだ、俺もやってみるよ」
「にゃあ、頼んだにゃん」
この日、ピルゴナの塔から国民に向けて送られた念話によってアルトリート第二王子の存在が初めて明らかになった。
その夢のような公約に半信半疑だった国民も秘密警察壊滅の情報も相まって、支持者はすぐに数を増した。




