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秘密警察ピルゴナ本部にゃん

 ○フィーニエンス 上空


 オレたちは夜明けと共にピンク色のドラゴンゴーレムに乗って上空からフィーニエンス国内に侵入した。

『『『ニャア』』』

 認識阻害の結界を張ってるので発見されていない。そもそもここは都市の防御結界が無いっぽいぞ。


 フィーニエンス国内の印象は、思っていた以上に魔獣の森やその飛び地と人間の生活圏が近いということ。

 人々は日々、魔獣の脅威にさらされて生活をしているようだ。街そのものは王国よりもしっかりとした建物が多い。魔法馬の数も多いのではないのだろうか。

 魔獣の森の飛び地に沈んだ街が幾つもあった。街の様子からすると沈んでからそう長い時間が経ってるわけではなさそうだ。それだけフィーニエンスが緊迫した状況に置かれていることがわかる。

 一〇年二〇年での滅亡は無いだろうが、このままだと二〇〇年は持たないだろうと容易に予想できる。いくら人を減らしても魔獣の森の成長が止まるわけじゃないからな。

 このまま見過ごすことは出来ないから魔獣の森の飛び地はオレたちでどうにかするしかないだろう。



 ○フィーニエンス ピルゴナ行政区 城塞都市ピルゴナ 上空


 オレが率いる二〇騎のドラゴンゴーレムが目的地である城塞都市の上空を旋回する。

『にゃあ、オレにゃん、ピルゴナ行政区の城塞都市上空に到達したにゃん』

 念話を今回の作戦司令部を置いた城塞都市ディアボロス地下のフィーニエンス第二拠点に飛ばした。

「「「ついたの!?」」」

 さっきまでオレの後ろで居眠りしていたチビたちが起きてドラゴンゴーレムの背中からピルゴナの城塞都市を見下ろしてる。

『お館様、了解にゃん、他の猫耳たちも間もなく配置に着くにゃん』

 フィーニエンスの国土は王宮のある首都と一〇の行政区に分けられている。行政区の一つが王国の二~三州分の面積があり、それぞれ同じ名前を持つ城塞都市が置かれていた。このうち現在も人が生活可能な生きてる行政区が七つ。

 オレが来たのは、巨大な塔を持つピルゴナ行政区の城塞都市だ。高度限界ギリギリの高さがある塔は数字上だと東京タワーよりちょっと低いがこちらの世界では一、二位を争う高さだ。ただ、金属っぽい質感の筒状なのでファンタジー感が薄い。

「おやかたさま、とうからとつにゅうするの?」

 シアが質問する。

「にゃあ、秘密警察本部に直接侵入するにゃん、まだ人はそれほどいないから中で罠を張るにゃん」

 今回の作戦にもチビたちがくっついて来ている。拠点急襲なので危険な任務ではあるが、本人たちの希望を優先させて同行を許可した。チビたちは短期間のうちにその魔力と知力を大幅にアップさせているので後は経験が欲しいところだ。

 この数日でも成長著しい。先日の魔の森での実験を見てからもっと強くなりたいと思ったらしい。

「とう、おおきい!」

 チビたちは塔に興味津々だ。

 チビとはいってもいつの間にか四歳児三人がオレに迫る勢いで大きくなっていた。ビッキーとチャスは既にオレより大きいし。

 反対にオレのチビっちゃいボディは少しも変化していない。カズキが言ってたように不老なので残念ながらこれ以上の成長はないようだ。

「ピルゴナの塔はかつて念話を中継する為に造られたものらしいにゃん」

 チビ達に昨日仕入れたうんちくを披露する。

「「「おお、ねんわをちゅうけい!」」」

 本当にわかっているかは不明だがチビたちは驚いていた。

「三〇〇年前のラウラのいた時代には既に壊れていたらしいから、遺跡みたいなものにゃんね」

「「「いせき!」」」

 遺跡もチビたちにヒットした。

 ちなみにチビたち全員が十一月生まれなので間もなくビッキーとチャスは六歳、シアとニアとノアは五歳になる。

 王国では王侯貴族であってもお誕生会などの行事はないらしく特にお祝いもしないらしいが、だからと言ってオレが合わせる必要はないので、状況が落ち着いたら改めて何か考えよう。

 上空を旋回しつつ秘密警察のピルゴナ本部を目視で確認する。

『行政府の庁舎よりも秘密警察の建物の方が遥かに大きいとは驚きにゃん』

『お館様、アサナト行政区も同じにゃん』

『タウア行政区もにゃん』

 他の行政区の秘密警察も同じらしい、秘密警察の名前を持ちながらいずれの地方本部もかなり派手に活動しているようだ。

「この時間、秘密警察の庁舎内は何人ぐらいいるにゃん?」

「「「一〇にん!」」」

 チビたちが直ぐに答えた。

『にゃあ、お館様、こっちもそんなモノにゃん』

『同じくにゃん』

『当直と考えれば多いぐらいにゃん』

 何処の本部も当直の人間が一〇人ほどしかいない。

 いずれも突入の障害になるような防御結界の類は設置されておらず、襲撃は想定されてないのか、変なところがのんびりだ。


「「マコトさま、とつにゅうのきょかを!」」

 ビッキーとチャスはやる気満々だ。

「にゃあ、慌てちゃダメにゃん、他の行政区の城塞都市と同時攻略にゃん」

「「りょうかいです!」」


 五分後、全部隊の配置が完了した。


『にゃあ! 突入開始にゃん!』

『『『にゃあ!』』』

 オレの号令の下、猫耳たちはドラゴンゴーレムを格納し地上に向けて降下する。チビたちも一緒に風の魔法を操って音もなく秘密警察の庁舎の屋上に降り立つ。刻印は防犯系が皆無で、あるのは状態保存の刻印が生きてるぐらいだ。

『ここからは念話のみでの会話にゃん』

『『『はい!』』』

 チビたちも念話を操る。

『中に降りるにゃん』

 屋上から直接屋内に入る入口が無いので、コンクリートっぽい材質で出来てる天井を丸く切り抜いた。

 無筋コンクリートなのだが、強度がオレの知ってるコンクリートと違って鉄筋コンクリート並に引張に対してかなりねばる。

 城塞都市内部の建物はこのコンクリートもどきが多用されており、状態保存の刻印と組み合わせれば半永久的に持ちそうだ。これは王国にも導入決定にゃんね。

『行くにゃんよ』

 コンクリートもどきのことは一旦置いといて、オレたちは切り抜いた穴から滑り台を滑るように秘密警察の庁舎内に侵入した。



 ○城塞都市ピルゴナ 秘密警察ピルゴナ本部


 薄暗い廊下をチビたちが駆ける姿は、傍から見たら何処からか入り込んだ子供が遊んでいるようにしか見えない。

 足音は立ててないけどな。

『おやかたさま、いっかいにさんにん、にかいにごにん、さんかいにふたりいる』

『よんかいとごかいは、だれもいない』

『まほうつかいもいないみたい』

 間もなく四歳児改め五歳児になるシアとニアとノアの三人は精霊系の探査魔法を打って侵入した秘密警察庁舎内を調べた。

『そしてオレたちは六階にいるにゃんね』

 内部にいる人間のエーテル器官まで探査しているので、調査結果の確度はかなり高い。脅威となる魔法使いが居ないのは幸いだ。

『マコトさま、さんかいからせいあつします!』

『せいあつします!』

 ビッキーとチャスは制圧の手順を既に練り上げていた。

『にゃあ、ビッキーとチャスに任せるにゃん。シアたちのことも頼んだにゃん』

『りょうかいです』

『シア、ニア、ノア、いくよ!』

『『はーい!』』』

『気を付けるにゃんよ』

『『『いってきます!』』』


 制圧に向かったチビたちを見送った。チンピラと変わらない秘密警察の連中に遅れを取るチビたちでは無い。それに猫耳たちも付いてるから緊急事態にも対応可能だ。人型魔獣でも出て来たらオレがビームで殲滅してやるにゃん。


 そんなわけでチビたちの見守りは猫耳に任せてオレはひとり六階の奥に向かう。今回オレがデカい塔だけが特徴のピルゴナの城塞都市に来たのは、ここに未知の言語で書かれた魔導書が保管されているという情報を掴んだからだ。

 未知の言語なのにどうして魔導書だとわかった?なんて無粋なツッコミは抜きにして、まずは実物を拝むとしよう。

 未知の言語の魔導書とかオレの中二心が刺激される。

 六階の中央が噂の書庫だ。封印されているらしいがそれほど凝った刻印ではない。

『『『お館様、気を付けるにゃん』』』

 各地の猫耳から注意喚起の声が入る。

『にゃあ、大丈夫にゃん、いまのところヤバい気配は無いにゃん』

 タリス城で手に入れた封印図書館の第三層の魔導書である魔女の首を知ってるオレからすれば、大抵の魔導書はかわいいもんだ。

 たぶんちゃんと記憶石板だろうし。

 扉に手を当てて封印の刻印を解除する。

『簡単に開くにゃん』

 扉を開けると長い間、締め切られていた書庫は分厚く埃が溜まっていた。まずはウォッシュで綺麗にする。

 広さは思ったほどでも無い。バスケットコート一面分ほど。街の図書館がこれぐらいだった様な。書棚はそれほど高くないが天井までの造り付けだ。

 そして問題の魔導書だが、同じ白い革で装丁されたお高い辞書ぐらいの厚さのあるA3版ほどの大型本がすべての書棚を埋めていた。背表紙に文字は一切ない。

『にゃあ、記憶石板じゃなくて普通に本にゃん、これ全部が魔導書にゃんね』

 オレは近くの本を書棚から一冊抜き出した。

『これは重いにゃん』

 お行儀が悪いが本を床に置いて広げた。ウォッシュで綺麗にしたばかりだからセーフということで。

『手で作られたものじゃ無いにゃんね』

 魔法で生み出した産物だ。

 直接触ってわかったが材質は金属だった。紙のように薄く柔らかな金属。本の体裁を取っているが記憶石板に近い。

『年代はオリエーンス連邦時代のモノみたいにゃんね、言語はやっぱり日本語にゃん』

 オレの予想通り未知の言語の魔導書は日本語で書かれていた。

 文字は日本語だが、そのまま読んでも意味不明な単語の羅列だ。記憶石板と同じなのでこれは目で読むものではないから当然か。

 読み込むのは簡単だが書庫に置かれた魔導書を模した記憶石板のすべてを使って一つの魔法式を記録しているのでその膨大な情報量に圧倒される。

『オレたちなら格納空間に流せるけど、普通の魔導師が読み込んだら頭がパンクするにゃんね』

 魔法式を読み込んでいるのはいいが、これが何なのか判明するにはもうしばらく時間が掛かりそうだ。

 現状でわかるのはこれが一つの魔法式だということだけ。とんでもなく大きいが爆発するとかでは無さそうだ。

『お館様、この魔法式を動かすには拠点を一〇個以上造るぐらいの魔力が必要にゃん』

 レオの研究拠点から念話が届いた。既に解析が開始されている。

『デカいにゃんね』

『ウチらでも起動させるだけの魔力を作り出すのは容易じゃないにゃん』

『魔力をどか食いするだけあって魔法式の大きさが魔の森並にゃん』

『でも動かしてみたいにゃんね』

『『『にゃあ』』』

 大きさは魔の森並だが都市を再生させる魔法式でも無いようだ。術式の形式がまったく違う。オレたちも初めて見る形式だった。

『今の時点でわかるのは、魔導書はオリエーンス連邦時代のモノってことぐらいにゃんね』

 魔法式を記録している魔導書を模した記憶石板のベースとなるフォーマット自体はオーソドックスなものだ。

 魔法式の製作者と魔導書の製作者が同一かどうかは不明だが、親しい関係であっただろうことは想像に難くない。

『オリエーンス連邦時代にも転生者がいたにゃんね』

『にゃあ、そうみたいにゃん』

『文明崩壊の荒波を生き残るのは容易じゃないにゃん』

『不老の転生者も不死じゃないから首とか刎ねられると普通に死ぬにゃん』

『でも、いまも生きてたらいろいろ面白い話が聞けそうにゃんね』

『生きているならオレも是非、会ってみたいものにゃん』

 困った人間じゃなければだけど。

『お館様、プリンキピウム遺跡なら魔導書の実証実験を行うぐらいの魔力を回せるにゃんよ』

『にゃあ、プリンキピウム遺跡にゃんね』

 元は人型魔獣の生産プラントだったが、製造をキャンセルしてあるのでいまは魔力を生成する発電所的な施設になっている。

『現在、魔力をバカ食いするプロジェクトは魔の森の都市再生ぐらいにゃん、あちらは巨大蛹の埋まってるアウルムからパイプラインを引いて魔力を送っているから、プリンキピウムから送らなくても問題はないにゃん』

『了解にゃん、魔導書の実証実験はプリンキピウム遺跡で頼むにゃん』

『にゃあ、任されたにゃん、お館様、魔導書の実物も回収の方向でお願いにゃん』

『わかったにゃん』

 発動が難しいにしても何が書いてあるかわからないオリエーンス連邦時代の魔導書を秘密警察の庁舎に置くわけにはいかない。

 面倒事が起きないよう根こそぎ格納空間に仕舞った。

 そしてすっからかんになった書庫に封印の刻印を施す。オレのおごりで簡単に開かないやつをプレゼントした。


『『『おやかたさま、ちょうしゃないのせいあつかんりょう!』』』

 チビたちから報告が入った。

『『『お館様、こっちも制圧完了にゃん』』』

 続けて各行政区に出向いた猫耳たちからも報告が入った。

『ご苦労にゃん、オレの用事も終わったにゃん』


 オレたちは七つの行政区の秘密警察の庁舎をほぼ同時に制圧を完了した。どこも当直のみだったのでいずれも突入から五分も掛からずに方が付いた様だ。


 皆んながいる二階の司令室で合流するとチビたちが駆け寄ってきた。

「「「おやかたさま、ちかにひとがいる!」」」

「にゃ、人がいるにゃん?」

「地下牢みたいにゃん、変なところだけ凝っていて地下の一角は精霊魔法系じゃないと探査が通らなかったにゃん」

 猫耳が解説する。

「当直の人間たちも知らないみたいだから、非合法な留置にゃん」

『地下牢があるにゃんね、ウチらも探してみるにゃん』

『『『にゃあ』』』

 他の秘密警察地方本部でも猫耳たちが精霊系の魔法を使って改めて探索する。

『お館様こっちにも地下牢があったにゃん』

『にゃあ、こっちもあったにゃん、厳重に隠蔽されているにゃん』

 いずれの地方本部にも同様の地下牢が存在した。

『まずは救出にゃん』

『『『にゃあ!』』』


 ひんやりとして湿っぽい階段を猫耳たちを連れて下りる。既に酷い臭いが上がって来ていた。


『拷問部屋が幾つもあるにゃんね』

『地下は拷問部屋と牢屋しかないみたいにゃん』

 チビたちは上で待機させて正解だ。

『何処の世界にもあるにゃんね』

『にゃあ、お館様、人間の考えることはだいたい一緒にゃん』

『そうみたいにゃんね』

 壁に乾いた血がこびりついている。床に幽霊を封じる刻印が刻まれていた。

『何か出たにゃんね』

『にゃお、この有様じゃ出るなという方が無理にゃん』

『お館様、通常の牢屋は空っぽにゃん』

『侵攻軍の奴隷部隊に突っ込まれたと違うにゃん』

『そんなところだと思うにゃん』

 気配を感じた。認識阻害の結界か?

『にゃ? まだ、始末してないのがひとりいるにゃん』

 奥の部屋に認識阻害の結界をまとった人間がいる。

『お館様、普通の人間じゃないにゃん、気を付けるにゃん』

『にゃあ、わかってるにゃん、まともな人間が拷問部屋で寝たりしないにゃん』

 奥の部屋の人間がガサゴソと動き出す。

 音を立てるとか認識阻害の結界を気にしていない。意味もわからず認識阻害の刻印を刻んだ魔導具を持ってるとかか?

「おいおい、何でこんなところに子供と女がいるんだ?」

 拷問部屋に相応しい気味の悪い変態爺が出て来るかと思ったら割とイケメンの三〇前後の兄ちゃんが出て来た。綺麗な身なりで雰囲気は冒険者に近い格好をしている。

「兄ちゃんは、ここで寝てたにゃん?」

 オレは猫耳たちの前に出て声を掛けた。

「俺か? ああ、ここは俺の家みたいなものだからな」

「凄いところに住んでるにゃんね」

「なに、慣れれば便利でいい」

 拷問をする側の人間にしてもそれはどうかと思う。

「しかし、参ったな、女子供を壊すのは趣味じゃないんだが」

 苦笑いを浮かべながら頭を掻く。緊張感はまったくない。

「オレたちを壊すにゃん?」

「ここを見られて生きて帰すわけにはいかないだろう?」

 困った顔で肩をすくめた。

「秘密警察に拷問部屋があるのは国民なら誰でも知ってると違うにゃん?」

「確かにそうなんだが、大人の世界には建前ってものがあるんだよ、俺としてはどっちでもいいんだが上が煩いからな」

 優しい笑みを浮かべている。

「にゃあ、もう上のことを心配する必要は無いにゃん」

「何故だい?」

「秘密警察は今日を限りに店仕舞するからにゃん」

「すると俺も用済みというわけだ」

 他人事のよう。

「にゃあ、そういうことにゃん、降伏するなら今のうちにゃんよ、そうすれば痛い思いをしないで済むにゃん」

「やれやれ、お嬢ちゃんはこの俺をいいように出来るとでも本気で思ってるのかな?」

「勿論にゃん」

 オレも自信たっぷりに答えた。

「お嬢ちゃんは魔法使いらしいが、残念ながら俺はあいにく魔法が効かない質でね、いろいろ不便なこともあるが、魔法使いには最悪の天敵だそうだ」

「にゃあ、それで探査魔法に引っ掛からなかったにゃんね」

 認識阻害の結界ではなく魔法の効かない身体が勝手に認識阻害に似た事象を起こしていたらしい。

 興味深い体質だ。

『お館様、そいつマジでヤバいにゃん、探査魔法が完全に素通りするにゃん』

『防御機能も無効化されるにゃん』

『人型魔獣の分解魔法よりマズいにゃん』

 猫耳たちが緊迫する。

「つまり兄ちゃんには魔法に依る防御も攻撃も効かないってことにゃんね」

「そういうことだ」

 この男のエーテル器官が身体に近付く魔法の原初の姿であるエーテルの波動をすべて無効化している。

「面白い能力にゃんね」

「だろ」

 オレとしては、この兄ちゃんのエーテル器官がどれほどの魔法を無効化できるのか試してみたくなる。

「さて、おしゃべりはここまでだ、まずは誰の差金か教えて貰わないとな」

 アイスピックのような道具を出す。拷問専用の痛みを与えるためだけの道具らしい。

「子供は直ぐ死ぬから加減が難しいが、魔法使いなら少しは楽しめるかな?」

「ご期待に添えるかどうかはわからないにゃんよ」

「まずは試してみるか」

 兄ちゃんは愛用の道具を器用にクルクル回した。

「にゃあ、オレはいつでもいいにゃんよ」

 猫耳たちは後ろに下がらせた。場合によっては派手に動くこともあるので巻き添えになられても困る。

「魔法は使わないのかい?」

「そうにゃんね、兄ちゃんがどれほどの魔法を無効化出来るのか試してみたいのはやまやまにゃん」

「ほお、えらい自信だな」

「でも、ここは狭いから魔法はやめておくにゃん」

「後で泣いても知らないぞ」

 兄ちゃんは道具を構えることなく突っ込んで来た。

 ほんの数歩の距離なので既に兄ちゃんの間合だ。


 衝撃音が響いた。


「……っ!」

 見事に後ろの壁にめり込んだ兄ちゃんが吐血して前のめりに崩れ落ちた。

「物理攻撃は普通に効くにゃんね」

 オレは手にした即興で作った生きてる金属製の長い棒を格納した。突っ込んできた兄ちゃんをカウンターで突いて無力化させたのだ。

 オレ自身は魔力で身体強化を行ったが、棒には魔法を載せてなかったのでそのまま攻撃が通った。

「魂が抜ける前に処理を頼むにゃん」

『『『ニャア』』』

 猫耳ゴーレムたちが瀕死の兄ちゃんを箱に詰めた。


 イレギュラーなイベントを処理した後は、本来の目的であるチビたちが探査魔法で見つけた人のいる隠された牢を探す。


「お館様、ここが入口みたいにゃん」

 猫耳のひとりがさっき兄ちゃんが寝ていた奥の拷問部屋の壁を指差した。

「隠蔽の刻印にゃんね」

 刻印を消すと金属製の扉が壁に浮かび上がる。鍵は書庫と同じく厳重では無く簡単に開いた。

 扉の向こうには薄暗い廊下の両側に扉が並んでいる。探査魔法の結果からすると畳一畳半ぐらいのかなり狭い独房だ。

 独房にはそれぞれ長期間に渡って監禁されていると思しき痩せこけた五人の囚人がいた。殺しもせず奴隷にも堕とさず閉じ込めているのだから訳ありなのは間違いない。

「ひっ」

 寝転がっていた囚人たちは扉を開けると一様に怯えて奥の壁まで這いずって身体を丸めた。

「にゃあ、何もしないにゃん」

「……」

 まるで言葉が通じてないようで身体を震わせるだけだ。

「かなりやられてるにゃんね」

「お館様、まずはウォッシュして治療するにゃん」

「そうにゃんね、事情聴取はその後にゃん」


 秘密警察ピルゴナ本部の隠し牢に閉じ込められていたのは、全員が貴族だった。反体制派というよりは権力闘争やお家騒動で拉致監禁されたらしい。


『お館様、エレオス行政区も貴族にゃん』

『にゃあ、フストリ行政区も同じく貴族にゃん』

『アサナト行政区には貴族の他に元執政官がいたにゃん』

 念話で情報を共有したところいずれの行政地区からも同様の人たちが発見されていた。

『殺されなかった人たちにゃんね』

『行方不明の方が好都合の人間てことにゃん』

『お館様、タウア行政区は魔法軍の元お偉いさんがいたにゃん』

『タウア行政区は、魔法軍の研究所があるところにゃんね』

『にゃあ、まさに研究所の元所長だったにゃん、ヤバい実験を繰り返してたので部下に謀られて閉じ込められたみたいにゃん』

『そこだけ他と違う案件みたいにゃんね』

『元所長の罪状は犯罪奴隷一〇〇人分に相当にゃん』

『そのまま箱に仕舞っていいにゃん』


 オレたちは囚人の救出と治療に並行して当初の予定通りに秘密警察の本部で罠を設置した。秘密警察の職員はひとまず全員オレたちの捕虜にした。それから犯罪奴隷相当の人間を選別する。

 更に情報を抜いて協力者である非公式エージェントのあぶり出しを行う。当然、犯罪奴隷相当の人間はオレたちがいただく。

 各行政区の秘密警察本部の地下深くでは、大量に再生された魔法蟻が拠点の造営とトンネルの掘削を開始している。数日中にはフィーニエンス国内のトンネル網はほぼ完成する予定だ。


 秘密警察の職員を生け捕りにする罠は猫耳とチビたちに任せてオレは治療を終えた元囚人たちと本部の豪華な会議室で面談する。助け出した連中は、殺すに殺せなかっただけあっていずれも高位貴族だった。

 衣装も一緒に再生したのでいずれも貴族としての威厳も取り戻している。エーテル器官からの再生なので下手をすると拉致された時よりも若返っているかもな。情報自体は既に抜いてあるのでオレからは特に聞くことは無いのだけど。

「王国の公爵様であられますか?」

 救出された人たちの中で最も上位の元陸軍大臣が代表してオレに問い掛ける。髭が立派なおっさんで、昨日の陸軍大佐たちと違って脳筋では無さそうだ。

「にゃあ、そうにゃん、信じられないとは思うが本当にゃんよ」

 お子様用の椅子に座ったオレは威厳は皆無だけどな。

「国の中心にあるピルゴナの城塞都市で我らをお救いいただいた力を見れば、疑う余地はないかと」

 六歳児のオレが王国の公爵なのに驚いていたが素直に信用してくれた。

「それで、公爵様は我々をどうなさるおつもりですか?」

「オレたちと敵対しないと約束してくれるならこのまま解放するにゃん」

「無論、我々は公爵様と事を構えるつもりは毛頭ありませんし、その力もありません」

「話をわかってくれて何よりにゃん、いまオレたちはフィーニエンス王家の第二王子を立てて革命権の行使を宣言中にゃん」

「第二王子でありますか?」

「デブのコンラートじゃないにゃんよ」

「コンラート殿下は、王孫だった幼少の頃のお姿しか知りませんが」

「いまはでっぷりと太って娼館に入り浸ってるそうにゃん」

「それは何とも」

 何とも言えない顔をする元陸軍大臣。

「オレが推してるのはそいつとは別にゃん、これまで存在が秘匿されていたアルトリート第二王子にゃん」

「アルトリート殿下でありますか? 確かにお名前をお聞きしたことはありません」

「にゃあ、魔法軍少尉のちゃんとした人間だから安心して欲しいにゃん」

「軍属であらせられますか?」

「処分されるのを恐れて王家の血筋であることを隠していたみたいにゃんね」

「さもありなんですな」

「オレたちに協力もしてくれるなら、卿らの処遇は悪いようにはしないにゃん」

「協力でありますか?」

 考え込む元陸軍大臣。

「何もフィーニエンスを侵略するつもりは無いにゃん、オレは良き隣人でいたいだけにゃん」

「良き隣人でありますか?」

「悪魔の森の魔獣はいま始末してるところにゃん」

「魔獣を始末と仰ると?」

「魔獣の殲滅にゃん、ただし悪魔の森はオレの所有にさせてもらうにゃん」

「所有というと悪魔の森は王国に編入されるのですか?」

「国境線の変更は面倒だからやらないにゃん、それと悪魔の森は魔獣が消えてもマナが安定しないから普通の人間は使えないにゃんよ」

「悪魔の森から魔獣が迷い出ないだけで十分な恩恵であります」

「それと森に道を通して交易を始めるにゃん」

「交易でありますか?」

「にゃあ、例えば小麦ならオレの領地で作ってるから十分な量を用意できるにゃんよ」

「小麦! それは本当でありますか!?」

「にゃあ、本当にゃん、フィーニエンスに必要なのは領土よりも食料と違うにゃん?」

「まさしく、公爵様の仰せの通りであります!」

 他の四人も頷いてる。

「十分な食料があれば、人減らしが目的みたいな無謀な侵攻も必要なくなるにゃんね」

「そこまでご存知でしたか?」

「にゃあ、それに国内の魔獣の森の飛び地を潰せば、使える土地もかなり増えると思うにゃん」

 フィーニエンス国内には十五もの魔獣の森の飛び地がある。そのいずれも飛び地というより普通に魔獣の森と言って差し支えのないほどの大きさで、実に国土の総面積の三分の一が沈んでいた。

「公爵様に魔獣の森の飛び地を解放していただけるのですか?」

「にゃあ、アルトリート第二王子が王位に就いたらやるにゃん、いずれにしろ卿らのような貴重な人材を遊ばせておく余裕はこのフィーニエンスにはないにゃん」

 半ば強引に協力を取り付けた。



 ○城塞都市ピルゴナ 市街地 大通り


 本部に向かう馬車の中でピルゴナの秘密警察本部司令エッケハルト・ベーレンスは朝から上機嫌だった。

 昨夜遅くに内務大臣より戒厳令発布に伴う危機管理委員会の設置に協力して欲しいと直接の通信を貰ったからだ。

 アナトリ王国による宣戦布告の報は既にエッケハルトの耳にも入っている。

 ピルゴナは侵攻ルートから外れている為に具体的な準備はしていなかったが、エッケハルト自身にお呼びが掛かった。

 大臣の推測では王国は侵攻軍の全滅を察知し、口先だけで侵攻すると脅しているのだろうと。根拠は王国の軍隊が悪魔の森を渡るのは不可能だからだ。現にディアボロスの観測所から魔の森での動きは報告されていない。

 エッケハルトも考えは同じだ。

 悪魔の森は、刻印の技術で秀でているフィーニエンスが国家規模の技術を投入しても侵攻軍が渡ることは叶わない場所だ。今回の遠征も例に漏れずの結果に終わっている。そこを刻印の技術で劣る王国が渡れるわけがないのだ。

 実際のところ侵攻作戦は人減らしが目的の愚かな恒例行事だが、今回はエッケハルトに大いに役に立ってくれた。

 反政府思想を持つ危険分子を大量に侵攻軍に送り込み、大臣よりお褒めの言葉を頂いたおかげで昨夜の吉報と繋がった。

 他の行政区は人選に苦労したようだが、エッケハルトは下級の市民層の男子から無作為に限界まで抽出した。反政府思想など市民層の人間なら多かれ少なかれ誰でも持っている。わざわざ手間暇をかけて選別する必要などないのだ。

 更に王国の反応を引き出し結果として危機管理委員会の設置の件で首都本部入りの道筋まで用意してくれた。英霊たちには感謝の念しかない。

 ピルゴナ市民の生殺与奪権を持ついまの地位も悪くは無いが、やはり中央に出る時期だとエッケハルトは考える。いくら王のように振る舞えるとはいえ、ここは行政区の一つでしか無い。中央から見ればエッケハルトなどただの小者なのだ。無論、小者で終わるつもりはない。

 地方行政区の秘密警察の非公式エージェントを両親に持つエッケハルトは、物心付く前から秘密警察に奉職することが定められていた。そして周囲の期待以上に優秀であった彼は若くして地方本部の長に上り詰めた。

 その上にあるのが首都本部だ。今回の招聘は中央に喰い込むためのいい足掛かりになるだろう。

 上位貴族出身でなければ中央で上に行くのは難しいが、身分以外に誇るものがないヤツらなど三〇手前とはいえ謀略の中で育ったエッケハルトからすれば、懐柔も排除もそう難しい仕事ではない。

 無論、エッケハルトは言葉に出すことは無くわずかに口元を歪めた。



 ○城塞都市ピルゴナ 秘密警察ピルゴナ本部 車寄せ


 エッケハルトを乗せた馬車は定刻通りの時刻に庁舎の車寄せに到着した。いつになく静かだ。

「……?」

 違和感の正体は直ぐにわかった。歩哨の衛兵がいないのだ。

「申し訳ございません、司令」

 護衛のひとりが頭を下げる。

「仕方あるまい、人が足りぬのだ」

 衛兵を半減させたのはギリギリまで侵攻軍に人員を供出したエッケハルト自身だ。多少の弊害は仕方ない。

 四人の護衛に守られ庁舎に入った。



 ○城塞都市ピルゴナ 秘密警察ピルゴナ本部 ロビー


「にゃあ、登庁が遅いにゃんよ」

 ロビーに子供がいた。身なりからすると貴族の子か?

「何故、子供がいる?」

 エッケハルトは正面の子供ではなく護衛に訊く。

「面会の貴族の方がご息女をお連れになったのでしょうか? 申し訳ございません、我々にも情報が入っておりません」

「そうか」

 躾のなっていない子供を平気で連れて来る様な身勝手な振る舞いをするのは上位貴族で間違いあるまい。

 しかし親の姿が見当たらない。既に職員が案内したのだろうか?

 ロビーには目の前の子供以外に人がいない。

「職員の姿が無いのは何故だ?」

「不明であります」

 護衛たちは首を小さく横に振る。

「直ぐ確認いたします」

 二人の護衛が駆け出した。

「にゃあ、職員は全員、オレが捕虜にしたにゃん」

 子供がおかしなことを言った。

「捕虜?」

「にゃあ、心配しなくても丁重に扱ってるにゃん、ただし犯罪奴隷相当の罪があるヤツはその限りじゃないにゃん」

「何を言ってる?」

 独り言のように呟く。

「にゃあ、自己紹介がまだだったにゃんね、オレはマコト・アマノにゃん、アナトリ王国で公爵をやってるにゃん」

「アナトリ王国で公爵?」

 理解が追いつかない。

「ピルゴナ行政区秘密警察本部司令エッケハルト・ベーレンス、残念ながらお前は犯罪奴隷相当にゃんね、無実の人を貶めて財産を横領とか、やり口がせこいにゃん」

「何を根拠に?」

「ちゃんと裏は取ってるにゃん」

「殺せ」

 エッケハルトは護衛たちに指示した。

「「……っ」」

 しかし護衛は、マコトに向かって踏み出すことなく素っ裸になって倒れた。

「なっ」

 後ずさるエッケハルト。

「お館様に刃を向けるとは万死に値するにゃん」

「まったくにゃん」

 突然、十五歳ぐらいの少女が二人姿を現した。魔法か? だったら本物!?

「何故、王国の公爵がこんな場所に?」

「にゃあ、それはオレがフィーニエンスと戦争してるからにゃん」

 少女は愛らしく微笑んだ。


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