蓋をするにゃん
「移動完了にゃん」
謎の魔力生命体の回収はあっけないほど簡単に終わった。
「何か反応は?」
ミマがオレの目を覗き込む。
「にゃあ、何もないにゃん、謎の魔力生命体に身体を乗っ取られて人類を滅ぼそうとする魔王になるとかの熱い展開はないにゃんね」
「格納空間と直接繋がってないのだからマコトを乗っ取るのは無理だろうな」
「どちらかというとOSがまったく違ってる感じにゃんね」
「確かに別のゲーム機のソフトは動かないな」
「にゃあ、そんなとこにゃん、終わったみたいにゃん」
くぐもった音とともに地面が揺れて、すり鉢状の穴から土砂が跳ね上がった。
「ドラゴンモドキか」
「そうにゃん、ドラゴンモドキが破裂したにゃん」
集合体のコアを失ったドラゴンモドキはマナにやられて破裂した。
巻き上がった土砂と魔獣の破片は穴を出る前に消し去る。
三〇メートルほど地下に人工物にしては有機的なうねりのある何かが出て来た。表面は黒々としたメタリック系の艶がありそこからマナを吹き出している。
「なにこれ?」
月面探査中みたいなミマにツンツンされる。
「オレも良くわからないにゃん」
「お館様、ウチらが埋まってるモノをサーチするにゃん」
ローが手を挙げる。
「にゃあ、頼むにゃん」
街の地下を厳重に覆い隠していた結界の上蓋の部分が消滅していた。街にマナが吹き出していたのだから、元々壊れていたのだろうが結界に侵食していたドラゴンモドキが破裂してダメ押しされたのかも。
ローたちが打った探査魔法の結果がオレにも伝わる。
「これはめちゃくちゃデカいにゃんね」
「そうなのか?」
「にゃあ、胴回りがこの街とだいたい同じぐらいにゃん、全長になると街の直径の五倍はあるにゃん」
「その言い方だとまるで生き物みたいだな」
「にゃあ、姿かたちは甲虫の蛹そのものにゃん」
「恐ろしくデカい蛹にゃん」
ローも頷く。
形はまさしく甲虫の蛹だ。試しに格納空間に取り込もうとしたが弾かれた。生きてるっぽいぞ。
「これがマコトの探していた魔力炉というからくりなのか?」
「にゃあ、たぶん違うにゃん」
天使様の質問に首を横に振った。
「魔獣じゃないの?」
リーリがオレの頭の上から蛹を覗き込む。
「魔獣にしてはエーテル機関の反応が無いにゃん、それにこの濃度のマナだとさっきのドラゴンモドキみたいに破裂するのが普通にゃん」
「海にいる魔獣並に大きいの」
ミンクは海の魔獣を知ってる様だ。海はヤバいな。
「にゃあ、地上に出ただけで自重で潰れそうにゃんね」
「その大きさだと潰れなくても、高度限界をあっさり超えそうだ」
ミマは四つん這いで穴を覗き込んでる。
「にゃあ、間違いないにゃん」
「マコト、こいつは羽化するのか?」
ミマの質問はもっともだが。
「オレが知るわけがないにゃん」
「それもそうか」
「結界が壊れているから、何らかの不具合が発生してそうにゃん、だからこの状態での羽化はない気がするにゃん」
「蛹室に穴が空いて羽化できずか」
「これってこの姿で完成形なんじゃないの?」
リーリがオレの頭の上であぐらをかく。
「ミンクもそう思うの」
「大量のマナを造る施設か」
「マナ生成プラントにゃん?」
「ハズレ遺跡か、魔獣の森が現れた初期の過程にかなり大規模なものが存在したのではないかという説がある」
ミマが語る。
「大規模なマナを造る施設ならオレも魔獣の森で見つけたにゃん」
「本当か?」
「いま、研究拠点がある場所にゃん、そこで見付けたのがマナ生成プラントにゃん」
「ああ、二型マナ変換炉の原型か」
ミマにも各拠点の情報が行ってる。
「そうにゃん、でも今回のは大きさも形もまったく違ってるにゃん、マナを生成する仕組みも違ってるにゃんね」
「何で街の真下にあるのかも謎だな、この形式は初めて見た」
「上蓋に当たる物理障壁が無いから未完のまま封印されていたのかもしれないにゃん」
「未完って、完成したら羽化するってことか?」
「羽化はわからないにゃん、少なくとも魔獣の森を造りたいならマナを拡散させる何かは必要だと思うにゃん、ここの濃度では木が育たないにゃん」
「それがこの街アウルムと違うのか?」
「アウルムにゃん? 普通の街にゃんよ」
昔の街だが王国の外縁部の街並みと比べても特別違いはない。もしかしてここ数百年あまり変わって無いのかも。
「私が見たところ、この街はオリエーンス連邦時代の都市遺跡を流用している」
「そうにゃん?」
「建物の基礎部分は完全にそうだ」
「にゃあ、言われないとわからないにゃん」
「私はこれでも専門家の端くれだからな、それにしてもアウルムが遺跡を下敷きにしていたなんて聞いたことがなかったぞ」
「超田舎だからと違うにゃん?」
「いや、どんなに田舎でも遺跡、しかも都市遺跡なら王宮に報告義務があるのだが」
「にゃあ、昔はなあなあだったと違うにゃん?」
「マコト、アウルムはどちらかと新しい街だぞ」
ミマが教えてくれる。オレたちに欠けている時代の知識だ。
「そうにゃん?」
「まだ二〇〇年は経ってないはずだが」
「こっちだと新しいにゃんね」
「ケラス自体が王宮から金を引き出す為に作られた比較的新しい州だし、都市遺跡の価値がわからんバカな連中がこれ幸いと流用したのだろう」
「ケラスは最初からしょっぱかったにゃんね」
「しかも一〇〇年前の魔獣の侵攻で一気に王国の不良債権に成り果てた」
「良くわからないものを流用するからにゃん」
「おかげで私たちはとてつもないシロモノを発見したのだから、先人の愚行もまったく無駄ではなかったわけだ」
「それも切ないにゃん」
「先人の愚行はともかく、まずはどうする?」
「にゃあ、まずは蓋の結界を復活させて物理障壁も造るにゃん、いまのままでは危なくてしょうがないにゃん」
「蛹室を修復するわけか」
「にゃあ、本来、蓋の部分も物理障壁があってしかるべきにゃん」
「壊されたんじゃないのか?」
「そんな痕跡はないにゃん」
「すると街が蓋の代わりか?」
「そんな感じにゃん」
巨大な甲虫の蛹は、側面と底を物理障壁によって封じ込められていたが蓋の部分が存在せず結界のみでマナを抑え込んでいた。
案の定、マナが地上に染み出して魔獣を呼び出してしまったわけだが、何故そんな中途半端なモノが造られたのだろうか?
「物理障壁はオリエーンス神聖帝国時代のモノなのか?」
「にゃあ、形式はそうにゃん、紛れもなくオリエーンス神聖帝国時代の様式にゃん、作られた時代に関してはこれから調査するにゃん」
「問題は巨大甲虫の蛹だな」
「そうにゃんね、まずは封じ込めるのは決定にゃん」
ここから見えるのは黒いツヤツヤだけだ。これを見ただけで全容を連想するのは無理だろう。
「その後は、解析と並行してマナ変換炉を増設するにゃん」
『『『賛成にゃん』』』
猫耳たちからも賛同の念話が送られた。
「現実的な選択か」
「邪魔なら、我が吹き飛ばしてもいいぞ」
「にゃあ、天使様のお手を煩わせなくても大丈夫にゃん」
まだ利用価値があるので吹き飛ばされては困る。
「魔力炉だったら良かったのにな」
ミマは宇宙服の頭をこちらに向けた。
「そうにゃん、今回も見付からなかったから自分たちで一から造ることも検討しないといけない感じにゃん」
「しかし、そんなもの造る必要があるのか?」
「にゃあ、例えば失われたオリエーンス神聖帝国の遺跡を復活させるには、膨大な魔力が必要にゃん」
「それは一刻も早く復活させる必要有りだな」
遺跡優先なのはエドモンドの頃と変わらずだ。
退避したオレたちは、いまオレたちはアウルムの西門があった場所にいる。壊れた結界の修復と欠品だった蓋に当たる物理障壁の作成を行う。
街を城壁ごと分解する。
代わりに物理障壁の蓋の部分を作り上げ、同時に高度限界ギリギリの青いピラミッドを作った。
○ケラス州 旧州都アウルム 青いピラミッド
「おいマコト! 街が無くなったぞ!?」
街が城壁ごと消えてミマが叫ぶ。
「にゃあ、街は邪魔だから丸ごと分解して格納したにゃん、必要ならミマの格納空間に入れてやるにゃんよ」
「ちょ、待て、そんなのを入れられたらパンクする!」
「にゃあ、冗談にゃんよ、格納空間の中で共有を出してやるから必要な部分だけ見ればいいにゃん」
「そんなことが出来るのか?」
「にゃあ、出来るにゃん、でもあまり見るものは無いにゃんよ、既に猫耳たちが解析と調査をやってるにゃん」
「もうわかったのか?」
「にゃあ、土台の上の部分は見たまんま王都の外縁部で、よく見られるタイプの建築様式で間違い無かったにゃん」
「私が見たいのは、遺跡を流用したと思われる土台部分だ」
「それなら壊された刻印のサルベージをするから、かつてあったオリエーンス連邦時代の街を再生するにゃん」
「街を再生!?」
「手間だけど仕方ないにゃん、消えたモノは再生しないと見えないにゃん」
「オリエーンス連邦時代の街の再生なんて本当に出来るのか?」
「可能にゃん、既に再生は始めているにゃん」
「再生した遺跡は直ぐ近くには出してくれないのか?」
「にゃあ、それはダメにゃん」
「ダメなのか?」
「巨大な甲虫の蛹の上に造られた謎が多い街にゃん、何があるかわからないから外には出せないにゃん」
「むう、それも一理あるか」
一歩退くミマ。
「にゃあ、エドモンドだったら何でもいいから外に出せと言ってたはずにゃん、ミマになって成長したにゃんね」
「にゃあ、まったくにゃん」
セリも頷く。
「うるさい! 私のことより都市遺跡の再生だ!」
「わかってるにゃんよ、先史文明の街を丸ごと再生するにゃん、いくら格納空間の中でもそれなりに時間が掛かるにゃんよ」
「なるべく早く頼むぞ」
「了解にゃん」
遺跡を絡めると相変わらずイジりやすいミマだった。
ピラミッドの青い光が増す。
「おお、綺麗だね」
「聖なる光なの」
リーリとミンクがオレの頭の上から青く光るピラミッドを眺める。
「なかなか面白いからくりだ」
天使アルマはオレの横に立ってる。
ちなみにミマはセリに再生中の街の様子を見せてもらってうっとりして現在フリーズ中だ。
「「「おやかたさま!」」」
「「マコトさま!」」
チビたち五人がやって来た。猫耳ジープを飛び出してこっちに駆けてくる。
街を覆っていたマナも綺麗サッパリ分解したので地上に危険はない。チビたちもこの前オレを跳ね飛ばしたことを反省して抱きつく前に立ち止まった。
「にゃあ、こっちは問題なしにゃん、チビたちはどうにゃん?」
「「「いじょうなし!」」」
「ふつうのけものだけです」
「プリンキピウムとおなじぐらいいるよ」
「それは随分いるにゃんね」
特異種はしばらく前から猫耳たちが刈り取っていたので、すっかり見かけなくなったが獣たちは逆に数を増やしていた。
「ウシもブタもいました」
「どっちもい~っぱい、かったよ!」
「にゃあ、やるにゃんね」
チビたちはオレたちがアウルムに潜ってる間、周囲の森で狩りをしてウシやブタを難なく仕留めていた。
冒険者のランクだと間違いなくB以上の腕だ。プリンキピウムの万年Cランクのおっさんたちがこの事実を知ったら心が折れるかもな。
「「「こんやもまるやき!」」」
チビたちが声をそろえた。
「丸焼きが気に入ってるにゃんね」
「「「はい」」」
全員が手を上げた。
「うん、許可するよ、味付けは任せて!」
オレの頭の上でグルメ妖精のリーリが胸を張って請け負った。
『お館様、マナの変換準備完了にゃん』
青いピラミッドにいるローから念話が入った。
『了解にゃん、始めていいにゃんよ』
『にゃあ、変換開始にゃん』
ピラミッドの青い光が更に強くなる。
『『『おおお』』』
チビたちが声を上げる。青いピラミッドは高さが三〇〇メートルをほんのちょっと切る程度なので光を増したその姿はなかなかの迫力だ。
いつものように頂上で踊ったりすると速攻でビームが飛んでくるほど高度限界ギリギリの高さになってる。
二型マナ変換炉をたくさん埋め込むために最大限の容積が欲しかったからだ。それだったらピラミッド型にしなければいいのではないか?との意見も有るだろうが、この形が重要なのだ。
この世界にはピラミッドパワーが実在しそれが結構シャレにならない力を持っている。
「にゃあ、魔力への変換は順調みたいにゃん」
「らしいな」
頷いたのは天使アルマだ。
ピラミッドに複数仕込んである二型マナ変換炉は、マナの生成は行わず変換に特化してあるから正確には二型の亜種か。
ついでにピラミッドパワーで変換効率アップしている。
『魔力の供給を再開するにゃん』
青いピラミッドにいるローから念話だ。
『了解にゃん、パイプラインの接続よろしくにゃん』
『『『……!』』』
魔法蟻たちが口をカチカチさせた。
『よろしくにゃん』
吸い上げられたマナは魔力に変換され、以前と同じくパイプラインを通して分配される。更に今回は、桁違いに魔力の出力が上がったので今回の騒動で魔獣を大きく押し込んだケラスと五つの廃領アリエース、タウルス、ゲミニ、カンケル、ウィルゴの魔獣の森の解放の為に割当てられる。
具体的にはマナゼロ地帯の拡大とトンネルの整備を行う。
魔獣は既に数百万機のオートマタによってかなりの数を刈り取られている。現在も殲滅戦は続行中だ。
太古の道があるので侵攻速度も早く、全体の七割の地域で魔獣の駆除が完了している。
これだけの魔力があれば、そう遠くないうちに研究拠点のあるレオ並に人の住める領地になるだろう。
「おやかたさま、あたしたちもこうちゅうのさなぎをしらべてもいい?」
シアがチビを代表してオレに訊く。
「にゃあ、物理障壁の外側からならいいにゃんよ」
「「「やった!」」」
シアとニアとノアの四歳児三人がピラミッドへと魔法馬を出して駆けて行った。
「にゃあ、ビッキーとチャスも行っていいにゃん。ここは天使様もいてくれるから安全にゃん」
オレの護衛として残ってくれたふたりに声を掛けた。
「ああ、安全だ」
天使アルマが頷いた。
「「はい!」」
ビッキーとチャスも魔法馬を出して飛び出すように四歳児たちの後を追う。
甲虫の蛹と以前からあった物理障壁はいま猫耳たちが調査中だが、チビたちの精霊魔法も何か見付けてくれるかもしれない。
『お館様、こちらネオケラスにゃん』
ネオケラスの猫耳から念話が入った。
『にゃあ、どうしたにゃん?』
『アガサ・ボールディング行政代行官とアイリーン元第二王妃がお館様との面談を希望してるにゃん』
『了解にゃん、これからネオケラスに行くにゃん』
オレはトンネル経由でネオケラスに久し振りの帰還を果たした。
○ケラス州 仮州都ネオケラス 領主公邸 地下
ネオケラスの新市街にある四つのピラミッドに囲まれた猫ピラミッドが領主公邸だ。オレたちはその地下に到着した。
「「「にゃあ、お館様、お帰りにゃん♪」」」
ネオケラスに詰めていた猫耳たちが出迎えてくれる。
「にゃあ、ただいまにゃん」
ひょいと抱き上げられてスリスリされる。
「お館様は最高の抱き心地にゃん」
「次はウチにゃん」
猫耳たちが並び始める。
「にゃあ、慌てちゃダメにゃん」
抱っこ会は夜にして貰ってまずは地上に出た。
○ケラス州 仮州都ネオケラス 新市街
ネオケラスの新市街はオレが留守にしている間も開発が進められていたので、以前とは様相が一変していた。
「以前と違って活気があるにゃんね」
「にゃあ、少ないながらも住人が増えたおかげにゃん」
「増えたのは、小さな集落からの移住にゃんね」
旧王国軍の略奪を免れた集落から希望者を移住させた。猫耳たちが巡回して食料品の提供や治癒魔法を使ったりして信用を得たのでスムーズに集まったそうだ。
「お年寄りが多いけど皆んな元気にゃん」
「にゃあ、いいことにゃん」
オレについて来た天使アルマと妖精ふたりはキョロキョロする。
「どうしたにゃん?」
「何処のレストランからチェックしようか迷ってるんだよ」
リーリが答えた。
「全部にレストランがあるにゃんね」
四つのピラミッドと一つの猫ピラミッドのいずれにもレストランが設置してある。
「どれもあたしが監修してるから味は保証付きだよ」
「リーリは働き者にゃん」
「まーね」
オレの頭の上でふんぞり返る。
天使様と妖精たちはレストラン巡りに出掛け、オレはまずアガサ・ボールディング行政代行官の執務室に出向いた。




