アウルム探検隊にゃん
○ケラス州 廃州都アウルム 上空
オレたちのドラゴンゴーレムは、ネオケラスから新たに作り直したアルカ街道の上空を飛び、一〇〇年前に魔獣の森に沈んだケラスの旧州都アウルムに近付く。
まずはアウルムの外周を旋回し様子を眺める。旧州都の上空は高度限界まで濃厚なマナが詰まってるのでうかつに入り込むのは危険だ。
オレは平気でもチビたちが危ない。
魔獣の森から延々と延びていた魔獣の道も魔獣が消え去って、這いずった跡だけが残されている。
「意外と街の建物が残ってるね」
リーリがオレの頭の上から旧州都の街並みを眺める。
「そうにゃんね、魔獣の森に沈んだって言われてる割に森になってないにゃん」
「森になるにはマナが濃すぎるの」
ミンクが指摘する。
「にゃあ、そういえばマナが即死レベルの高濃度の場所では草一つ生えてなかったにゃんね」
オパルスでカズキに貰った土地がそうだ。
木々が育たないのは肥料のヤリ過ぎが良くないのと一緒か。
『お館様、草木の成長には魔獣の森ぐらいの濃度がベストにゃん』
研究拠点から補足の念話が入った。
「草木に良くても人間に良くないのは困りモノにゃん」
『魔獣のための環境にゃん、わざとそうしたにゃん』
「にゃお」
森になってないため街並みで壊されたのは純粋に魔獣が通った場所だけだ。魔獣たちは城壁の直ぐ内側だけを折り重なって這いずっていたらしく市街地の七割はほとんど手付かず状態だ。
街の中心にを通る大通り周辺もそれほど大きくは壊れていない。ただ街の中央は巨大なドラゴンモドキが巣を作ってるため、すり鉢状の穴ができてる。
「からくりか」
天使アルマがつぶやく。
「にゃあ、天使様は何かわかるにゃん?」
「尋常じゃない量のマナを生産してるのはわかるが、人間の造るからくりには興味が無かったので詳細は不明だ」
「そうにゃんね」
天使のレベルからする人間のからくりは蟻の巣作りみたいなものなのだろう。興味がなければ全くわからない分野だ。
○ケラス州 アウルム拠点
建設当初は地下の拠点だったが、いまは地上に巨大なピンク色の猫ピラミッドが出来上がっている。
猫スフィンクスではない身体の無い頭だけのタイプだがピラミッド感は微塵もない。
アウルムの外周を三周してから猫ピラミッドの真横に作られてるドラゴンゴーレム用の発着場に降りた。
「予定どおりにゃん」
空は夕日の色に染まり、アウルムの上空で光るスパークがより鮮明になる。花火よりは雷光に近いがピンクだの青だのなかなか綺麗だ。
「いまだマナの濃度は変わらずにゃんね」
アウルムの城壁にはマナ変換炉が隙間なく設置され、膨大な量のマナを休み無く吸い取っているのだが、濃度に大きな変化はなかった。
「あれだけいた魔獣がいなくなっても濃度の変化は誤差の範囲だったにゃん」
アウルム拠点に詰めてる元アウローラ・バイネスの猫耳ローが説明してくれる。
折り重なって這いずっていた魔獣の放出するマナが誤差の範囲では、地下から湧き出してるマナがどれだけ多いかがわかる。
「にゃあ、これはマジでアウルムの地下にはアレがあるかもしれないにゃんね」
「ウチらもそう思うにゃん」
「「「アレ?」」」
チビたちが首を傾げた。
「アレってなに?」
頭に乗ったリーリが訊く。
「にゃあ、オリエーンス神聖帝国の遺産、魔力炉にゃん」
「ああ、マコトが前から探してたヤツね」
リーリは興味無さそう。
「「「まりょくろ!」」」
チビたちは驚くが何のことかわかってないと思われる。
「そうにゃん」
「魔力炉? あそこでマナを作り出しているからくりが魔力炉なのか?」
「天使様は魔力炉を知ってるにゃん?」
「かつて地上を楽園、そして地獄に変えたものと聞いている」
「にゃあ、そうにゃんね、使い方一つでどうにでもなるにゃん」
魔力炉が作り出す膨大な魔力があれば、天使アルマの言うとおり地上をどうにでも変えられる。
「にゃあ、まだ魔力炉と決まったわけじゃないにゃん、それを明日から調べるにゃん」
その前に街の真ん中に居座ってるドラゴンモドキをどうにかする必要があるが。
夜は猫ピラミッドの前で色を変えるアウルムの上空を眺めながらガーデンパーティーを楽しむ。豚の丸焼きもあるし焼きそばもあるし寿司も握ってる。
さっぱりしたものが食べたいと言ったら、猫耳が塩焼きそばを焼いてくれた。ちょっと違うけど味は申し分なかった。
「ふふふ、いよいよ明日か」
ミマがトロサーモンの寿司を頬張りながらニヤリとする。
「にゃあ、ミマは明日はお留守番にゃんよ」
「なっ!?」
「にゃお、いくら転生者でも魔獣が死ぬ濃度のマナの中は無理にゃん」
「そうか、マナが有ったか、忘れてた」
がっくり肩を落とす。
「にゃあ、それにドラゴンモドキを退治しなきゃ調査も始められないにゃん」
「ドラゴンもどきか、実際は魔獣の集合体だそうだな?」
「そのはずにゃん」
ドラゴンモドキは他の魔獣を取り込んでその身体を維持してると思われる。
「あの異常な濃度のマナの中で生きてるんだから普通の魔獣じゃないな、もしかして魔の森にいる個体が紛れ込んだんじゃないか?」
「魔の森って本当にあるにゃん?」
魔の森は、魔獣の森の奥にあると言われている人間が変化した魔木が高濃度のマナを吐き出し魔獣が無限に湧く地獄のような場所とされている。
今回かなり奥まで魔獣の森を解放したが、幸いなことにそれらしい場所には当たらなかった。
オレの持つ情報群の中にも魔の森に関する正確な記録は無い。
「魔獣の森を探検した『魔獣の森探検記』によると、王国とフィーニエンスの間にあるらしい」
「にゃあ、『魔獣の森探検記』ならオレもオパルスの図書館で見たにゃん」
以前、キャリーとベルに聞いた話もネタ元もこの『魔獣の森探検記』と思われる。たぶん王国軍の座学でも使われてるのだろう。
「世間ではあの本の評価は低いが、マコトから貰った魔獣の森での知識を照らし合わせると驚くほど正確なのがわかる」
「言われてみるとそうにゃんね」
これまで気にも止めてなかったが確かに魔獣の描写や魔獣の森の様子は正確だ。
「酒場で知り合った旅人の話を元に書き起こした物語だから、元々信憑性うんぬんを語るものでは無いとされてる」
「にゃあ、それでもミマは読んでいたにゃんね」
「ああ、内容は実に面白いので子供の頃に何度も読み返したものだ」
「王子様だっただけあって庶民と違って優雅に読書を楽しめたにゃんね」
「そこは実に幸運だったと思う、第二王子だから変に行動を制限されずに済んだ、これが王女だったらとっくに嫁に出されていたろう」
「そうにゃんね」
王子でもかなりアウトな存在だったが。
「私の前世のことはいい、マコトは『魔獣の森探検記』をどう思う?」
「探検記に出てくる旅人が単身で魔獣の森を踏破してるあたり現実味に欠けるにゃん、オレだってそんな面倒なことはしないにゃん」
以前の探検にも猫耳ジープを使ってる。
「もし単独踏破が本当なら、この旅人は普通の人間じゃないんじゃないか?」
「そうにゃんね、転生者あたりだとしっくり来るにゃん」
転生者には奇人変人が多いし。
じっとミマを見る。
「マコトもそう思うか?」
「にゃあ、逆に転生者以外は無理にゃん」
「魔獣の森の現実を知るとそうなるか、近衛の騎士でも魔獣の森に深く潜れないそうだからな」
「にゃあ、あいつらは魔獣を見たら腕試しをしたがる変態ばかりにゃん、だから深く潜れないだけにゃん」
「宮廷魔導師はどうだ?」
「あいつら、金にならないところは行かないにゃんよ」
「確かにそうだが、中には研究者肌の人間もいるぞ」
「研究者は酒場で知り合った人間に機密情報をペラペラ喋らないにゃん」
「そうだな」
ミマが頷いた。
「魔獣の森を奥まで探検したかったら、魔獣に見つからないことにゃんね、あいつらは人間が大好きだからわらわら寄って来るにゃん」
「餌としてだろう?」
「もちろんにゃん、それが人間の天敵として作られたヤツらの本能にゃん」
「それでドラゴンモドキが本当に魔の森の個体だったらどうする?」
「にゃあ、オレたちのオートマタとどっちが無限か勝負するにゃん」
「マジか」
「無限には無限で対抗するにゃん」
実際に無限湧きなんてありえない。それが本当なら地上ははるか昔に魔獣で埋め尽くされてるはずだ。
「そうならないことを祈ってる」
「にゃあ、オレもにゃん」
ふたりでアウルム上空のマナの光を眺めた。
○帝国暦 二七三〇年一〇月二三日
「「「おやかたさま!」」」
「「「いってらしゃい!」」」
早朝、オレより大きい疑惑のあるチビたちに見送られてアウルム探検隊は猫耳ジープを並べて出発した。チビたちも付いて来たがったがそれは許可しなかった。
チビたちでは即死レベルのマナはまだ荷が重い。
無論、魔法馬の結界で対応可能だが自分の力で結界を維持出来ないと不測の事態にどうしようもなくなる。
「ふあああ、楽しみすぎてあまり寝られなかった」
後部座席のオレの隣に座ってるミマがデカいあくびをする。
「子供にゃんね」
「いいんだ、いまの私は子供だ」
「にゃあ、正確には中学生ぐらいにゃんね」
実際には十九+二七=四六歳だけどな。
「にゃあ、ミマも本当に行くにゃん?」
「当然だ」
「転生者でもその格好では無理にゃんよ」
「防御結界なら自分で展開出来るぞ」
自慢げだ。
「にゃあ、たぶんそれじゃ間に合わないにゃん」
「マジか?」
「マジにゃん」
「お館様、ミマの物理防御服ならウチが用意したにゃん、いま着せるにゃん」
助手席にいるセリが振り返った。
そして魔法がミマの身体を包み物理防御服を着せられた。
「宇宙服みたいにゃんね」
ヘルメットもちゃんと付いてる。
「刻印を刻んだ羽織みたいなモノでは無いのだな」
「にゃあ、刻印どころかマナ変換炉を搭載してるにゃん、その魔力で防護服の表面に結界を展開するにゃん」
セリも自慢げだ。
「なんか凄いな」
「遺跡探索で使う結界のみの防御法衣では到底処理できないレベルにゃん」
「あれは簡易的なモノだからな、うん、この服があれば問題ない」
「にゃあ、とにかく無理は禁物にゃんよ」
「遺跡調査に危険は付き物だ、私だけが安全な場所にいるわけにはいくまい。それにオリエーンス神聖帝国の遺跡だとしたら十分に命を賭ける価値がある」
「にゃあ」
セリも頷く。
「オレも誰も死なせるつもりはないにゃん、ただし、オレの指示に従わなかった場合はその限りじゃないにゃん」
チビたちと違ってミマの扱いは雑になる。
「わかってる、私だけ特別扱いをしてくれなどとは思ってない」
「にゃあ、わかってるならいいにゃん」
○ケラス州 廃州都アウルム 西門前
アウルムの西側の門で車列をいったん停めて突入の準備をする。
「今日はドラゴンモドキの観察が第一にゃん」
「ヤツが襲ってきたら戦闘にゃんね」
「当然にゃん、でも話してわかるヤツだったら共存の道を探るにゃん」
「マコト、魔獣とコミュニケーションなんて取れるのか?」
ミマがもっともなことを訊く。
「にゃあ、偉大なお館様に不可能はないにゃん」
オレに代わって猫耳のローが答えた。
「可能性はゼロじゃない程度にゃん、それよりいきなりヤバい魔法を使って来る危険性の方がずっと上にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちも同意だ。
「ヤバい魔法はヤバい」
「ミマも死なない程度に自分の身は護るにゃん」
「お、おお」
小さくガッツポーズする。
「最悪、魂が残ってれば何とかするにゃん」
「猫耳にしてくれるのか?」
「猫耳はダメにゃん、その代わりエドモンドだったらいいにゃんよ」
「いや、元第二王子は処刑の対象だから遠慮させてもらう」
「にゃあ、だったら元のミマにゃん」
「それでお願いする」
魂までやられることはないだろうし、もし天に還ってしまったらそれはそれでミマの次の転生に幸多からんことを願うのみだ。
○ケラス州 廃州都アウルム 市街地
オレたちは猫耳ジープに乗ったままアウルムの街に入った。その途端マナの濃度が跳ね上がる。何重もの防御結界に守られているが息苦しさとシッポがざわつくのを感じた。
「人型魔獣が錬成できそうなマナの濃度にゃん」
「それはフラグか、マコト?」
宇宙服姿のミマは街の様子を観察するのに忙しく顔をこちらに向けずに言った。
「にゃお、縁起でもないこと言わないで欲しいにゃん」
思わず空中刻印を探した。大丈夫、オレの探知できる場所にはない。隠してあったとしても起動してなければただの模様だ。
猫耳ジープを徐行させて街の中心にあるすり鉢状の大穴に近付く。
「にゃ、天使様がいるにゃん」
大穴の縁に天使様がいる。
「人間の上位者、神の眷属、姿かたちもまったく変わらずか」
「ミマは天使様のことを何か知ってるにゃん?」
天使アルマはオレにとってはいまだ謎の存在だ
「実は、こっちに飛ばされた時に会った」
「にゃ、マジにゃん?」
「ああ、この身体になった時に前世の記憶と一緒に思い出した、彼女は西方監視者と名乗っていた」
「そうにゃん、天使様は西方監視者にゃん」
ミマは転生時に天使アルマと会っていた。
「どんな話をしたにゃん?」
「これからこっちの世界で生まれ変わるという話だ、それと精霊情報体のほんの一部を記憶させて貰った、この姿になるまで表には出なかったけどな」
「完全な転生では仕方ないにゃん」
第二王子に転生したことと引き換えに前世の記憶は封印状態になり強力な魔法も使えなくなっていた。
「それとあの時、マコトのことを頼まれた」
「にゃ、本当にゃん?」
「間違いない、確かに『マコトを頼む』と言われた」
「時間軸は関係なしにゃんね?」
「そうなる、天使様は未来を見通せるのだろう」
「いや、オレのことは予言が成就とか仰せだったにゃん、だから未来を見通せたなら別の存在にゃん」
「予言か、興味深い」
○ケラス州 廃州都アウルム 市街地 中央
大穴の手前で猫耳ジープを停める。
「にゃあ、お待たせにゃん」
天使アルマに声を掛けた。
「なに、面白いモノがいろいろ有って退屈はしなかったぞ」
「面白いモノにゃん?」
「そうだ、妖精たちマコトに教えてやってくれ」
リーリとミンクは天使様の頭に乗っていた。ドカっと座り込んでるオレのときと違って恐縮した感じだ。
「マコトたちが言ってるドラゴンモドキだけど、あれって魔獣じゃないよ」
リーリが教えてくれる。
「どういうことだ?」
オレより先にミマが訊く。
「ドラゴンモドキの中心にいるのは幻獣なの、外側の魔獣で作ったのは物理障壁なの」
ミンクが答えた。
「幻獣にゃん?」
オレの持つ知識の中には無い。
「マコトたちが知ってる例からするとディオニシスかな?」
「にゃ、ディオニシスが幻獣にゃん?」
「人の形をしていない知性体が幻獣のくくりなの」
「にゃあ、するとそこにいるドラゴンモドキとはコミュニケーションが取れるにゃんね?」
「それはどうかな?」
リーリは天使様の上からオレの頭に飛び移った。
「ミンクは無理だと思うの」
ミンクも後に続いた。
「にゃあ、ドラゴンモドキと話し合いは難しいにゃん?」
「知性体ではあるが、人間とは知性の根本が違うので、現状の姿ではコミュニケーションは無理だ」
天使アルマも首を横に振った。
「天使様はどうにゃん?」
「無論、可能だ」
得意げだ。
「にゃあ、だったらそこから移動して欲しいと伝えて欲しいにゃん」
「伝えずともわかるアレに移動は無理だ」
「にゃ、無理にゃん?」
「いまのマナでギリギリなのだ、そこから出た瞬間にアレは消滅する」
「にゃお、それは厄介にゃんね」
「マコトが取り込めばいいんじゃない?」
リーリが気楽に言ってくれる。
「格納空間に入るにゃん?」
ディオニシスは入ったが、あれは幻獣とはいえ肉体は半エーテル体+魔法龍のくくりだから格納できたのだが、ここに埋まってる知性体は半エーテル体ではないはず。
「問題はあるまい、マコトの格納空間ならばマナも不要だ」
「半エーテル体ではないにゃん?」
「違う、ヤツは魔力のみで構成されている」
「魔力で構成にゃん?」
ミマを見たが首を横に振った。
「魔力なら格納は可能にゃん」
「だったら、さっさと格納だな」
ミマが急かす。
「にゃお、ミマも簡単に言ってくれるにゃん、魔力で構成されたコミュニケーション不能の知的生命体を腹の中に収めるにゃん、普通は躊躇するにゃん」
「格納空間に入れば意思の疎通も出来るんじゃない?」
リーリも適当なことを言う。
「ヤツも好きでここに留まってるわけではない、だからマコトが移動させても問題はあるまい」
天使様が保証してくれるなら大丈夫だろう。
例え格納空間で何かあっても外にこぼれ出るだけで、間違ってもオレの身体を切り裂いて出るなんてグロ展開はない。
「にゃあ、わかったにゃん、いまは魔力生命体だろうがなんだろうが、退かさないことには仕事を始められないにゃん」
「お館様、危険な任務はウチがやるにゃん」
ローが前に出た。
「にゃあ、心配には及ばないにゃん、魔力生命体とコンタクトを取るからオレがやるにゃん、未知の生物とコトを構えるよりずっと安全にゃん」
「マコトと猫耳たちの格納空間は同じみたいだから、誰がやっても同じだぞ」
ミマはオレと猫耳の知らなかった格納空間の仕様を教えてくれた。
「全猫耳と同じってことにゃん?」
「たぶん、そうだ」
オレの格納空間だが詳しいことは知らない。
ミマはセリからいろいろ聞き出して独自に調査していた。
「にゃあ、始めるにゃん」
まずはドラゴンモドキから未知の魔力生命体をぶっこ抜く。
細かいことはそれからだ。




