無に還るにゃん
リーリたちとオレたちのハイブリッドな結界を超えて人間ロケットの如く人型魔獣に体当たりを喰らわした。
土手っ腹に突っ込み、そのまま潜り込む。
「「「……っ!」」」
カズキたちが息を呑む。
まるで海に飛び込んだような感覚だ。
耳元でまるで水に潜ったような音を聞いた。
以前の人型魔獣に飛び込んだ時の感触とは全く違う。まるでゲル状の重い空気が身体を包み込む。
空中刻印がオレの周りをグルグル回っている。
市民体育館ぐらいの大きさがあるって例えがローカル過ぎるか。バスケットコート四面分だ。
「拡張空間にゃんね」
空中刻印の表面がスパークし何かトゲのようなモノが現れる。
それは槍に変化し四方八方からオレに撃ち込まれた。
「にゃ!?」
それら全てに魂が封じてあった。
分解魔法は効かない。
「残念ながらオレには無意味にゃんよ!」
オレの防御結界に届く前に聖魔法がすべてを浄化し分解する。槍に封じられていた魂の光が解放され弾けた。
「にゃあ!」
空中刻印に向けて解呪の魔法式を放つ。それまでの空中刻印の流れがオレの魔法で動きが阻害される。
王宮の刻印は猫耳たちが書き換えに全力を上げ、オレは人型魔獣の空中刻印を書き換える。
『内部からも解呪の魔法を使うか、悪くない手だ』
オレの眼の前に現れたのは仮面の宮廷魔導師だった。
「にゃあ、幻視させるのはエドガー・クルシュマンの姿にゃん?」
『この姿は使い勝手がいいのでね』
眼の前の仮面の宮廷魔導師は幻だが、特に反撃の様子は見せない。
「抵抗しないにゃん?」
『多勢に無勢で私には勝ち目がないようだ』
「それにしては落ち着いてるにゃんね?」
『なに、不完全な状態で実験を進めても意味がないからね』
「諦めがいいところは評価するにゃん」
『公爵とはもっと早くに出会いたかったものだ』
「にゃあ、オレを使って実験するつもりにゃん?」
『いや、稀人を使う実験のレシピなど存在しない』
「本当にゃん?」
『疑うのなら自分で封印図書館を当たってみればいい』
「にゃあ、後でそうさせて貰うにゃん」
封印図書館はすでにオレが回収していた。
エドガー・クルシュマンの姿をしたスズガ・ケイジはいまだ反撃の素振りは見せない。オレの注意を引き寄せて油断を誘ってるのか?
人工エーテル器官が一つずつ弾け飛ぶ。
「このままだと消えるにゃんよ」
『致し方あるまい、既にこの身体は限界だ、負けを認めるしかあるまい』
空中刻印の動きが変わった。
「おとなしく投降してくれるとオレとしては助かるにゃん」
仮面の宮廷魔導師は首を横に振った。
『私は思うのだよ、七人の神が造ったこの世界は魂の牢獄なのではないかとね』
「魂の牢獄にゃん?」
『そう、人々は際限のない輪廻の中で繰り返し罪を重ねる、そこに救いはない』
「だからって、勝手に壊していい理由にはならないにゃんよ」
『そうだろうか? これは囚われた魂の解放なのだよ』
「にゃあ、世間ではそれを無理心中っていうにゃん」
『確かにそうだ』
仮面の宮廷魔導師は笑い声を上げた。
そうか!
動きを変えた空中刻印はエーテル機関を使った自爆の導火線代わりだ。
スズガ・ケイジはまだ無理心中を諦めてなかった。
戦闘ゴーレム型魔獣で使った手だがブルーノ・バインズの肉体に埋め込まれていたエーテル機関は完全に活性化しており洒落にならない威力を発揮するはずだ。王宮どころか王都が吹き飛ぶ。
『さて、公爵は私の無理心中とやらを防げるかな?』
仮面の宮廷魔導師は大仰に両腕を広げた。
「にゃあ、無論、防ぐにゃん」
空中刻印が加速し人型魔獣のエーテル機関に魔力が集中する。
オレもまた空中刻印に聖魔法を一気に流し込む。
血の様に赤い空中刻印が聖魔法の青に変わり拡張空間が聖魔法の青い光に満たされる。人型魔獣が崩れ始め拡張空間がしぼむ。
『おお、これは美しい……』
感嘆の言葉を残し仮面の宮廷魔導師の姿が粗い粒子になって消え、それと共に人型魔獣を形作っていた空中刻印も消える。
そしてエーテル機関だったものを軸にして巨大な聖魔石が作られた。
オレは床に降り立つ。
一連の事件を巻き起こしたスズガ・ケイジの転生者であるブルーノ・バインズの肉体はここに滅んだ。
「マコト! 大丈夫なのか!?」
ミマがオレに駆け寄った。
「にゃあ、オレは平気にゃん、皆んなはここからが本番にゃんよ」
「わかってる」
代表してカズキが返事をした。
オレが新たな魔法陣を謁見の間の床に作り出す。転生者たちはそれを囲んで封印結界を作り上げた。
さっきまで人型魔獣が動き回ったせいで国の宝とも言える謁見の間のズタボロになった装飾に魔法陣の光が当たる。
「にゃあ」
オレの鳴き声と共に転生者たちが作り出した封印結界が淡く光り可視化した。
その中に光の小さな玉が現れる。
「人の魂、ですね」
マリオンが目を凝らす。
「そうにゃん、逃さないにゃん」
オレは頷いて手を結界に向けて差し出す。
「縮小するにゃん」
封印結界の大きさはオレがコントロールする。
オレの手のひらに載る大きさにまで縮小した。
その結界の中にはさっき捕まえた魂が入っている。
「マコト、それがスズガ・ケイジの魂なのか?」
ユウカが淡く光る魂を覗き込む。
「にゃあ、そうにゃん、この寄生する魂こそがスズガ・ケイジが短期間に繰り返していた転生の秘密にゃん」
「魂が寄生するのですか?」
マリオンは魂ではなくオレを見る。
「にゃあ」
オレは深く頷く。
「スズガ・ケイジの魂には刻印が刻まれていたにゃん」
「魂に刻印ですか? そんなことが可能だったんですね」
「三〇〇人の子供と妻の魂を使った禁呪にゃん」
「私の母もですか?」
「そうにゃん、たぶんヤツなりの愛情にゃん」
「何とも他人にはわかりづらい愛情表現だね、でもね、マリオンの母君が不治の病に侵されたのは本当だし、彼が治癒の方法を探して東奔西走していたのも事実だよ」
カズキがマリオンの肩を叩く。
「ああ、本当だ」
ユウカも同意した。
「それで父は転生したのですね」
「にゃあ、カズキとユウカを利用して肉体から抜け出した魂は、天に還ることなく次の宿主であるエドガー・クルシュマンの魂を食って記憶と身体を奪ったにゃん、それがスズガ・ケイジの転生にゃん」
「すると二〇年前からエドガー・クルシュマンはスズガ・ケイジだったのですね?」
テレーザが訊く。
「にゃあ、そうにゃん」
「私の知ってる主席殿は初めからスズガ・ケイジだったのか」
ミマは複雑な表情を浮かべた。
「そうなるにゃんね」
「いい人だったよ、主席殿は」
「そうですね」
テレーザも頷く。
「まさか、呪いをかけた本人とは思いませんでしたが」
「申し訳ありません」
マリオンが頭を下げる。
「あなたのせいじゃないわ」
「にゃあ、そのとおりにゃん、それにマリオンは今日ちゃんと親の不始末に片を付けたにゃん」
「ありがとうございます」
マリオンが頭を下げる。
「それで主席殿は王国を滅ぼしていったい何を得るつもりだったんだ?」
ミマは魂を見詰めた。
「彼が求めていたのは無、魂が天に還るこの世界で完全に消え去るのは至難の技だからな」
ユウカもスズガ・ケイジから話を聞いていたらしい。
「にゃあ、『囚われた魂の解放』と言っていたにゃん」
「彼はあちらで妻子を失い自分だけが転生したそうだ、その傷は最後まで癒えることなく彼を狂わせたのだろう」
「わからないでもないにゃん」
オレも愛する妻子がいたらのんきにこちらの暮らしを満喫出来なかったと思う。
「マコト、それをどうするんだ?」
カズキが魂の入った結界を指差す。
「にゃあ、当然使うにゃんよ、こいつからはかなりの魔力が搾り取れるにゃん、だから王宮の修理に使うにゃん」
「道具扱いか」
ユウカが複雑そうな顔をする。
「当然にゃん、他人の魂をオモチャにして自分だけ好きに転生しようなんて許されないにゃん」
「ですね」
マリオンも同意する。
「天には還さないのですか?」
テレーザはじっと魂を見つめる。
「にゃあ、こいつの場合、素直に天に還る保証は何処にも無いにゃん、むしろまた寄生する可能性が大にゃん」
「だろうな」
ミマが頷く。
オレとしてもここまでヤバい転生者を野放しにするつもりはないし、猫耳に加えることもしない。
「それに無に還るのはヤツの望みにゃん」
「ああ、そうだ」
ユウカが小さく頷いた。
スズガ・ケイジの魂が入った結界を生きてる金属で作った箱に収める。結界の中の魂がプルプル震えていたが蓋をして謁見の間の床に埋め込んだ。
既に新たな刻印が王宮内に張り巡らせてあり修復のための魔力の供給が直ぐに開始された。
「これで終わったにゃん」
王国を存亡の危機にまで追いやった男は、その魂を魔力に変えられやがて無に還る。彼の求めていた完全な無に。
「「「おやかたさま!」」」
「「マコトさま!」」
チビたちが駆けて来た。すぐに空から降りて来たらしい。
「みゃあ」
体力の限界まで使い切っていたオレはチビたちのタックルを受けて吹き飛んだ。
○王都タリス 城壁内 官庁街 王国軍総司令部 屋上
王国軍司令部の屋上から王宮を見ていたハリエットは頬に当たる風を感じた。
「マコトたちが張った王都の結界が消える」
王都を覆っていた封印結界が解かれ一〇月終わりの冷たい風が吹き抜ける。いまはそれが心地よく感じられた。
「おお、確かに結界が消えたのである!」
アーヴィン・オルホフ侯爵が天を仰いだ。守護騎士たちも一緒に空を見上げていた。
「何だ?」
ハリエットは片耳を手で覆い背中を向ける。その様子に視線が集まった。
「わかった」
そして小さく返事をするのが聞こえた。そして振り返った。
「どうかされましたか?」
ドゥーガルド副司令が尋ねる。
「すべて終わったそうだ、黒幕はマコトたちが倒した」
「本当ですか!?」
「マコトからの念話だ、間違いない」
「そうですか、終わったんですね」
「ハリエット様、マコトたちは無事でありますか?」
「ああ、問題ないようだ」
「そうでありますか、マリオンが慌てて王宮に向かったときは肝を冷やしましたがそれは良かった」
屋上にいた全員がホッとした表情を浮かべた。
官庁街全体にも情報が伝わったのか騒がしくなった。
「私はこれから王宮に向かう」
ハリエットはマントをひるがえす。
「吾輩も参りましょう」
アーヴィン・オルホフ侯爵が手を挙げる。守護騎士たちはその後ろに立つ。
「今度は親父殿にも仕事が回って来そうだな」
「無論だ」
ハリエットが先に返事をした。
「まずは現状把握が第一であろう? 我輩にもわからないことが多すぎである」
「アーヴィン殿の仰るとおり、伯父上方の安否も気になる」
「陛下の安否はわからないのでありますか?」
「マコトもまだ会っていないそうだ」
「「「ハリエット様、我らもお供いたします」」」
王宮で拾った護衛とメイドたちが片膝をつく。置いて行こうにも無理そうなのは一目瞭然だった。
王国軍のことはドゥーガルド副司令たちに任せ、ハリエットとその随行員一行は猫耳たちが用意したジープに分乗して王宮へと向かった。
○王都タリス 城壁内 タリス城 城内 ブリーフィングルーム
「にゃあ、絶対防御結界は基本は昔のまま復元にゃん、使い勝手の調整は後でマリオンにでも意見を聞くといいにゃん」
王宮内の一室を勝手にブリーフィングルームに作り変えて復旧の指揮を出している。
「お館様、怪我人の治療はすべて完了にゃん、行き倒れも全員回収したにゃん」
「にゃあ、ご苦労にゃん」
「王宮内で死亡した人間のうち三五〇人分の魂を回収したにゃん、これは猫耳に回すにゃん」
「了解にゃん」
「ブルーノ・バインズ配下の近衛の騎士のうち二八人が犯罪奴隷相当だったにゃん」
「にゃあ、素っ裸で倒れたヤツらにゃんね、魂のブートキャンプの後に猫耳にゃん」
「直ぐに始めるにゃん」
「お館様、火災跡も復元がほぼ完了したにゃん」
「あの貴族が入り込んだ地下都市みたいな場所にゃんね」
「にゃあ、魔導具の修復もしたからかつての明るさを取り戻したにゃん、ミマの見立てだとオリエーンス連邦時代の遺跡がベースになってるみたいにゃん」
「にゃ、ミマは今になって気付いたにゃん?」
「以前のものはかなり改築されていて元の面影が無くなっていたらしいにゃん、どうやら王宮の内側の巨大岩石自体が遺跡だったみたいにゃん」
「エドモンド時代のミマにはわからなかったにゃん?」
「遺構なのは知ってたそうにゃん、ただし大きいだけでそれほど重要なモノには見えなかったみたいにゃんね」
「本来の刻印は隠されていたから仕方ないにゃんね」
『何だ、私の悪口か?』
ミマ・キサラギから念話が入った。
『にゃあ、そんなところにゃん、それでどうにゃん、何かいいものは見つかったにゃん?』
『復元待ちだが、王宮のベースは都市遺跡と見て間違い無さそうだ、大学の連中も入れていいか?』
『それは修復が終わってからにして欲しいにゃん、変なところに挟まって死なれたりするとこっちが迷惑にゃん』
『わかった』
『それとオレたちの造った地下の拠点はすべて非公開にゃん、存在を匂わすのもダメにゃんよ』
『それは重々承知している』
ミマにもこっそり倫理面での制限が掛けてあるので秘密保持は問題ないと思われる。前世がエドモンドだから信用は薄い。
「お館様、国王コンスタンティン二世の治療完了にゃん」
「正確には先々代の国王にゃんね」
つまりオレが謁見した王様だ。王位は戴冠の儀を行っていないが革命が成功した時点で自動的にハリエットに移譲されている。
「間にブルーノ・バインズが即位したせいでややこしくなったにゃん、それでやっぱりエーテル器官にゃん?」
「にゃあ、そうにゃんエーテル器官をイジられていたにゃん、いまは正気を取り戻して落ち込んでるにゃん」
「あれだけ防御に力を入れていたのにダメだったにゃんね」
「バルタザール・チェーホワを始めとする宮廷治癒師に守護騎士も軒並みエーテル器官をやられていたにゃん」
「にゃお、周りを全部イジられてたにゃんね、それじゃ防ぎ様がないにゃん」
「からめ手が好きなスズガ・ケイジらしい手間暇の掛かる方法にゃん」
「その先々代国王が、お館様とハリエット新国王陛下と面会を希望してるにゃん」
「オレは会ってもいいにゃんよ」
「お館様に罵声を浴びせるつもりと違うにゃん?」
「にゃあ、クレーム処理ならそれなりに経験してきたから大丈夫にゃん」
「ウチらは平気じゃないにゃん、ぶっ飛ばすかもしれないにゃん」
「失業したばかりの可愛そうなおっさんにゃん、優しくしてやらないとダメにゃん」
「にゃあ、お館様は偉いにゃん」
「お館様は可愛いにゃん」
「ウチが抱っこするにゃん」
「ウチもにゃん」
何故かオレの抱っこ会が始まった。




