魔獣の正体にゃん
「にゃ? これが魔獣にゃん!?」
角から姿を現したのはレンガ色の巨大トカゲ、まんま戦闘ゴーレムだった。形も変わっておらず動きも変わらない。違いは強力な認識阻害の結界とエーテル機関の反応だけだ。
「つまりどういうこと?」
「ミンクもわからないの」
「どうなんだ、マコト?」
妖精たちも天使様も答えは持っていなかった。
「戦闘ゴーレムの中にエーテル機関の反応があるだけにゃん、中がちゃんと見えないから詳しくはバラしてみるしかないにゃんね、強力な認識阻害の結界はエーテル機関由来っぽいにゃん」
「なるほど、認識阻害か」
「天使様は何かわかったにゃん?」
「これは使い捨てだ」
「使い捨てにゃん?」
戦闘ゴーレム型魔獣は、話し込んでるオレたちに向けて口を開いた。
「ディオニシス頼んだにゃん」
『任せよ』
はるか上空にいる魔法龍ディオニシスにお願いした。
戦闘ゴーレム型魔獣が何かを吐き出すよりも早くその身体を赤いレーザーが貫く。
その傷口から炎を吹き出す。
他の戦闘ゴーレム型魔獣も同時に赤いレーザーで焼かれた。ディオニシスは城内のすべてのエーテル機関を撃ち抜いたのだ。
「にゃあ、お見事にゃん」
『造作もないことだ』
照れてる?
「これで後は中をじっくり調べて、魂が封じ込められてないか確認にゃん、にゃ!?」
エーテル機関を破壊されたはずの戦闘ゴーレム型魔獣は止まることなくオレたちに向けて更に口を開いた。
「どういうことにゃん?」
至近距離から高出力の光を浴びせられた。普通の人間だったら失明してしまいそうな強い光が視界を奪う。
「にゃ!?」
次の瞬間、戦闘ゴーレム型魔獣は魔法馬の防御結界に齧りついた。
『お館様! そいつ自爆する気にゃん!』
研究拠点の猫耳が叫んだ。
『自爆にゃん!?』
白い光の空間が沸騰し衝撃波が突き抜ける。
他のルートも同様だ。
いずれも戦闘ゴーレム型魔獣の至近距離での自爆攻撃だった。
王宮を覆う封印結界が震える。無論、常人には見えない。王宮を囲む猫耳たちだけがそれを確認した。
○王都タリス 城壁内 官庁街 王国軍総司令部 屋上
「おい、王宮からまた煙が上がってるぞ」
王国軍総司令部の屋上でドゥーガルド副司令が王宮を指さす。煙が吹き出していた。
「今度は砂煙みたいですね、何があったのでしょう?」
砂煙はゆっくりと降下する。
「まったくわからんが、いずれにしろ良いことでは無さそうである」
マリオンとアーヴィン・オルホフ侯爵は渋い顔をする。
「「「……!?」」」
屋上に影が差す。
男たちが見上げると上空から一騎のドラゴンゴーレムが降りて来た。
「何だ?」
猫耳と一緒に誰かが乗ってる。マコトよりは少し大きい子供のシルエットだ。
「「「おおっ!?」」」
乗ってるのはハリエットだった。
「「「ハリエット様!」」」
屋上にいる男たちが声をそろえて叫んだ。
「すまない、心配を掛けた、私は無事だ」
その後に新しい護衛と側仕えの団体が到着して屋上は一気に賑やかになった。
「ハリエット様、よくぞご無事で」
ドゥーガルド副司令はハリエットを抱き上げたかったが、先にそれをやった王国軍副参謀で巨乳担当のダリア・アシュモア中佐がハリエットの防御結界に跳ね飛ばされたのを見て自重している。
「副司令は、大丈夫なのか?」
「俺なら問題ありません、マコトのところの猫耳に治療して貰いました」
「そうか、またマコトに世話になっていたわけだ」
ドゥーガルド副司令に止めを刺そうとした近衛の騎士を制止したのはハリエットだった。自らの首にナイフを当て手を引かねば自害すると脅したのだ。
ハリエットを逮捕するのが目的の近衛の騎士たちは、目標を死なせてしまったら取り返しが付かなくなるため渋々従った。
「ハリエット様、城内で何が起こってるのです?」
マリオンが訊く。
「私も詳しくはわからないが、どうやら魔獣が発生したらしい」
「王宮に魔獣でありますか!?」
アーヴィン・オルホフ侯爵が驚きの声を上げた。
「猫耳の話によると反応は魔獣だったそうだ、それが自爆したらしい」
「「「自爆!?」」」
「マコト様たちは無事なのですか?」
「詳しくはわからんが、猫耳たちの様子を見る限り大丈夫だろう」
いまも王都の上空を数多くのドラゴンゴーレムたちが旋回を続けていた。慌てた様子もない。
「そうですか」
「無事ならば何よりである」
安堵する三人。
○王都タリス 城壁内 タリス城 城内
「にゃあ、いまのは効いたにゃん」
「危なかったね」
「死ぬかと思ったの」
「人間の魔法もなかなかやるではないか」
間近の爆発だったがその大部分を格納空間に取り込んで事なきを得た。
オレたちが格納しなかった爆発の衝撃波の大部分は通路を通って外に出たらしく王宮そのものに大きな損害は出ていない。
「この城はなかなか考えて作られてるにゃん」
王宮内部での爆発はあらかじめ想定されていたらしく被害を最小限に留めるように設計されていた。
「マコトは爆発した魔獣も回収してたね」
「にゃあ、リーリはよく見てるにゃんね、でも回収したのはオレだけじゃないにゃん」
『『『にゃあ!』』』
猫耳たちも回収したので爆発した魔獣は全部おいしく頂いた。すでに研究拠点での解析が開始されてる。
「仕事が早いのなの」
「にゃあ、オレたちの分解魔法が効かない理由をまずは調べるにゃん」
「分解などせずに壊せば良いではないか?」
「もったいないにゃん」
新しいオモチャは鹵獲してなんぼだ。使えるものがあったら遠慮なくいただくのがオレたちの流儀だ。今回もなにかありそうだ。
「マコト、さっき爆発したヤツって本当に魔獣だったの?」
「にゃあ、オレの分類ではエーテル機関を持っていて魔法を使うのが魔獣の定義にゃん、だからオレは魔獣だと思うにゃん、リーリはどうにゃん?」
逆に質問する。
「あたしは魔獣じゃないと思うよ、だって魔力が少ないもん、それに魔獣だったら結界で身体を覆ってない限りこのマナの濃度では動けないんじゃないかな」
「ミンクもリーリの意見に同意なの」
「別物だろうな」
天使アルマは既に正体を看破してるみたいだ。
「するとオレたちの知らないエーテル機関の使い方があるのかもしれないにゃんね」
「魔獣みたいなのはいなくなったけど退却するの?」
「にゃあ、王宮内の壊せない刻印は間違いなく良くないものにゃん、その起動実験に付き合ってやる義理は無いにゃん」
壁に埋まってる刻印もまた解析してるが思いの外に大規模で手こずっている。王宮全体に拡がってるところまでは当たりを付けた。いずれにしろロクでもない何かだ。
「さっさと退散するにゃん」
『『『にゃあ!』』』
他のルートの猫耳たちも返事をした。
オレたちは魔法馬の速度を上げて廊下を走る。空間圧縮魔法も併用したいところだがシッポがザワザワしている。
これは魔力が高まってる証拠だ。しかも良くない種類の。こんな時に下手に空間圧縮魔法を使うといろいろマズい事態を引き起こし兼ねない。
「にゃ!? 天使様ストップにゃん! 道が変わってるにゃん!」
「おう!」
手綱を預けている天使様に魔法馬を停めさせた。
「そうだね、違うね」
リーリはオレの頭の上で腕を組んでうなずいた。
「この先がさっきと違って行き止まりなの」
「変わったというより閉じ込められたな、後ろも塞がれた」
ミンクと天使アルマの言うとおり前も後ろも新たな壁が現れ、進むも戻るも出来ない。
『お館様、ウチらも閉じ込められたにゃん!』
『『『にゃあ、ウチらもにゃん!』』』
城に突入した猫耳たちもことごとく閉じ込められた。
『おまえらも逃げ遅れたにゃんね』
『にゃあ、お館様を置いてウチらだけ逃げるなんて無理にゃん!』
『『『みゃあ』』』
『殊勝な鳴き声にゃんね、でもオレにはわかるにゃん、わざと残ったにゃんね』
出口直前で立ち止まったチームが幾つもあった。
『にゃお、お館様だけが黒幕と楽しく遊ぶのは許されないにゃん、ウチらも混ぜるにゃん』
『危ないにゃんよ』
『『『にゃああ! お館様ひとりの方がずっと危ないにゃん!』』』
『『『そうにゃん! 危ないに決まってるにゃん!』』』
『『『お館様は反省が必要にゃん!』』』
猫耳たちに超怒られた。
『みゃお』
オレは涙目だ。
『おのれ! お館様を泣かすとは黒幕のヤツは許せないにゃん!』
『『『にゃあ! 許さないにゃん!』』』
『ウチらがボコるにゃん!』
『『『にゃあ! ボコるにゃん!』』』
猫耳たちが拳を突き上げる。
そんなことをやってる間もオレたちを閉じ込めた通路は前後から壁が迫り更に空間を狭めつつあった。
「にゃあ、オレたちを潰すつもりにゃん」
壁が迫って来るとか映画やゲームでは良く見る罠だが。実際に遭遇するとなかなかの迫力だ。
「マコト、大丈夫なの?」
リーリが頭の上からオレの顔を覗き込む。
「問題ないにゃん」
「でも、このままだと潰されちゃうよ」
「大丈夫にゃん、オレたちがせっかく退却してやろうとしたのに閉じ込めるとは、黒幕はバカなヤツにゃん」
「「「にゃあ」」」
オレの後ろにいる猫耳たちも同意の鳴き声を上げた。
「負け惜しみに聞こえるの」
「確かに」
ミンクの言葉に天使アルマが頷く。
「面倒だから王宮ごと吹き飛ばすか?」
こともなげに言う天使アルマ。
「にゃあ、まずはオレたちに任せて欲しいにゃん」
天使の力で吹き飛ばしたら人型魔獣よりヤバいことになる。アルマゲドンだ。
「遠慮は無用だぞ」
「にゃあ、天使様の力は最後の切り札にゃん」
「ふむ、そうだな」
満更でもない感じだ。
「ちょうど刻印の解析が終わったところにゃん、それとどうしてイジれないのかわかったにゃん」
『そうにゃん、答えは出たにゃん!』
研究拠点の猫耳から念話が入った。
『人工魂にゃん、王宮にも戦闘ゴーレム型魔獣も人工魂が付加されていたにゃん』
『人型魔獣に入ってたアレにゃんね』
『にゃあ、人工魂といっても人型魔獣とは別系統にゃんね、あっちが戦艦ならこっちは浮き輪にゃん』
『レベルの違いどころの話じゃないにゃん』
『用途の違いにゃん、王宮と人型魔獣の人工魂は対魔力の防御機能にだけに絞ってあるにゃん』
『人工魂なら突破方法は決まってるにゃんね』
『『『にゃあ! 聖魔法にゃん!』』』
猫耳たちが声をそろえた。
『王宮と王都全体を聖魔法で浄化、聖別するにゃん!』
王宮内外の猫耳たちに指示した。
『『『にゃあ!』』』
○王都タリス 城壁内 官庁街 王国軍総司令部 屋上
「また動きがあったようだな」
ハリエットは王国軍総司令部の屋上から目を凝らす。
王宮を青い光が包む
「ハリエット様、あの光はまさか」
ダリア・アシュモア王国軍副参謀は言葉を途切れさせた。
「間違いなく聖魔法の光だ」
ハリエットも目を凝らした。
ダリアはマリオンを見る。
「ええ、ハリエット様のお見立てで間違いありません、アレは聖魔法の光です」
マリオンが頷く。
「王宮を覆うほどの聖魔法とは、マコトは相変わらずだな」
「王宮だけでは無いようですよ」
「だけではない?」
マリオンの言葉にハリエットが振り返ると聖魔法の青い光が王都外縁部まで包み込んでいた。
「マコトは王都ごと王宮を聖魔法で浄化するつもりなのか?」
「そのようであるな、マコトには何か考えがあるのであろう」
「親父殿は気を抜くと天に持って行かれるから、気を付けてくれよ」
聖魔法の青い光が巨大な壁になって迫ってくる。
「いつもなら笑い飛ばすところであるが、マコトの聖魔法となると吾輩も自信がないのである」
弱気な発言をするアーヴィン・オルホフ侯爵。
「おいおい親父殿、頼むぞ」
ドゥーガルド副司令は心配顔だ。
「魔法馬の防御結界の中にいるアーヴィン殿は守られてるから大丈夫だ、それにマコトたちはそんなヘマはしない」
ハリエットはマコトに全幅の信頼を寄せている。
「それはどうでしょう? 何かスゴいことになってますが」
ドゥーガルド副司令がハリエットの言葉に疑問を挟む。聖魔法に飲み込まれたエリアからはおびただしい数の魂が天に昇り眩しいほどだ。
「確かに少ない数ではないのである」
「王都にはそれだけ迷っていた魂が多かっただけでしょう、マコト様の聖魔法なら生きている人間が天に還ることは無いと思われます」
「マリオンがそう言ってくれるなら安心である」
アーヴィン・オルホフ侯爵はマリオンの言葉に安堵する。実際のところは治癒魔法が混ぜてあり生きてる人間がそのまま天に戻ることは無い。
「あれだけの魂が天に還れなかったのも問題だ」
ハリエットは魂の光を見つめる。
「ハリエット様の仰せのとおりかと」
「ハリエット様の治世でより良き方向に民をお導き下さい」
「わかった、卿らの助力も期待する」
「「「かしこまりました」」」
屋上にいる者たちが臣下の礼を取ったところで、王都の城壁内も聖魔法の青い光に飲み込まれた。
『『『オオオオオオオッ!』』』
官庁街の通りに数人の男が飛び出して頭を掻きむしって咆哮を上げた。
「何事だ?」
屋上から身を乗り出し通りを見るハリエット。
「聖魔法と相性でも悪かったか?」
ドゥーガルド副司令は首をひねる。
苦しむ男たちに官庁の衛兵が近付く。
「近くに行ってはいけない! そいつらはグールです!」
マリオンの声にハッとして後ずさる衛兵たち。
「マリオン、それは本当か?」
「間違いありませんハリエット様、ご覧ください」
苦しんでいた男たちの身体が膨らんだ。
「体内に刻印を打ち込まれていたのでしょう、それが聖魔法であぶり出されたのではないかと」
「あの者たちはどうなるのだ?」
「聖魔法の空間の中では完全なグールへの変態は無理でしょうから、放っておいても間もなく死ぬかと思われます」
「死ぬのか?」
「過去の事例からするとまず間違いありません、変態が途中で止まると魔力の循環も一緒に止まり干からびて死ぬのです」
「あまりいい末路ではないな」
「刻印を打ち込まれた時点で手遅れなのです、どうしようもありません」
男たちは通りに倒れた。変態の途中で止まった身体は赤黒く変色してブヨブヨとした感じになっていた。
「確かにグールにはならないようだ」
「マコトのところの猫耳たちが来ましたね」
ドゥーガルド副司令が指差す方向から猫耳の運転するトラックがやって来て、猫耳ゴーレムがテキパキと倒れてる男たちを箱詰めして荷台に積んで走り去った。
「まるで想定してたような手際の良さである」
アーヴィン・オルホフ侯爵は顎を撫でて感心する。
「マコト様ならこの事態は想定されていたでしょうし、例え想定していなくても直ぐに対策を施すでしょう」
「だろうな」
ハリエットはマリオンの言葉に深く頷いた。
○王都タリス 城壁内 タリス城 城内
聖魔法が王宮内の各所に埋め込まれていた人工魂を聖魔石に変えた。
「にゃあ、これで刻印が丸裸にゃん」
オレと猫耳は王宮に広がる刻印に手を加える。
それまでオレたちを押し潰す勢いで迫っていた前後の壁が消え去った。
行く手を阻む壁は無くなったが、まだ王宮全体に根を張った刻印を完全に無効化出来たわけじゃないので気は抜けない。
「これからどうするの?」
「にゃあ、黒幕がオレたちに会いたいみたいにゃんね」
「魔力か」
天使アルマがその方向に顔を向けた。
「ダダ漏れなの」
「マコトたちを誘ってるんだね」
「そうにゃん」
それまで全く探知出来なかった強大な魔力が王宮の謁見の間に突然出現した。オレたちを誘ってるのは明らかだ。




