タリス城にゃん
○帝国暦 二七三〇年一〇月二一日
○アポリト州 ヴェルーフ山脈 山頂 アポリト拠点 上空
オレたちは、夜明けとともにヴェルーフ山脈に築いた猫スフィンクスからドラゴンゴーレムで上空に駆け上がった。
『これより王都に向かいタリス城からハリエット様たちを救出するにゃん!』
『『『にゃあ!』』』
『邪魔するヤツは黒幕でも素っ裸にして転がすにゃん!』
『『『転がすにゃん!』』』
各拠点からもドラゴンゴーレムに乗った猫耳たちが王都を目指す。
『王城区画に物理障壁展開にゃん!』
『『『にゃあ!』』』
王都と王宮を隔てる王城区画の森に物理障壁が立ち上がる。高さ二〇メートルを超える三重の壁が王宮を囲む。
鳥たちが驚いて飛び立つ。
○王都タリス 城壁内 官庁街 王国軍総司令部 屋上
「始まったか」
ドゥーガルド副司令は王国軍総司令部の屋上から王宮の方向を眺める。
「いったいどれだけの魔力があるというのだ」
突如立ち上がった物理障壁に目を見張るアーヴィン・オルホフ侯爵。
「マコト様はすでに魔獣の森の一部解放に成功しているようです」
次席宮廷魔導師マリオン・カーターが語る。
「やはりそうであるか」
「遠見の魔導師がレオ州にほとんど魔獣がいないことを確認しております。すでにマコト様たちにとって魔獣は脅威ではありません」
「魔獣の大発生を押し返したのだから、そうなのだろう」
ドゥーガルド・オルホフ王国軍副司令も頷く。
「人類の悲願をわずか六歳の娘が実現したのであるか、初めて会った時に度肝を抜かれたせいか、何をしてもマコトなら納得してしまう」
「革命を起こすまでもなく王国の領土の七割を所有するマコト様は、王国の盟主たる地位を手に入れていたのです」
「魔獣がいなければ廃領ではない普通の領地か」
「ただの領地ではあるまい、マコトの領地はいずれも富める土地となるであろう」
「マコト様に領民を受け入れる気があればですが」
「ケラスや旧男爵領に避難した人間の多くが、そのままの移住を希望してるそうだ」
「マコトの提供する住居は快適であるからな」
「聞いたところに拠ると王侯貴族並みの暮らしが出来るらしい」
「うむ、否定は出来ぬ」
「王都の酷い暮らしからしたら天国か、そのまま居着きたくもなるだろうさ」
「わかります」
「親父殿、王太子殿下はどうなんだ? このまま革命には異議を唱えられないのか」
「我輩にも連絡はいただけておらぬ、動かれる気配もないようではあるが」
「するとこのままハリエット様が王位に就かれることになるか」
「どうであろう? ハリエット様のお気持ちを確かめぬことにはなんとも言えぬのである」
「少なくとも王太子殿下に目はないのではないでしょう」
マリオンは冷静に分析していた。
「王太子殿下は諸侯との親交をお持ちでなかったのが痛い、国王派領主との間にも一線を引かれておられた」
「王太子殿下が親しく親交をお持ちだったのは法衣貴族か」
「その法衣貴族ですが、今回かなり粛清された様です」
「王太子のただでさえ少ない支援者が更に減ってしまったわけだ」
「この状況ではどちらにすり寄っても結果は変わるまい、機を読むのに長けた連中にしてはらしくない失態である」
「アーヴィン様の仰るとおりかと」
「それも黒幕の策略か?」
「どうでしょう」
「間もなくわかるであろう、マコトの到着である」
南の空を仰ぐアーヴィン・オルホフ侯爵。
「ドラゴンゴーレムか」
ドゥーガルド副司令は目を凝らす。
「マコトはいったい何機のドラゴンゴーレムを所有しておるのだ?」
南だけではなく各拠点から飛び立ったドラゴンゴーレムが王都上空で合流し王宮を中心に旋回する。
「軽く四〇〇は超えてますね」
生きてる金属で構成された銀色のドラゴンゴーレムは王都の空を覆う。
「壮観である、あれが味方だから安心していられるが、敵であったなら絶望だけであろうな」
「アーヴィン様の仰るとおりかと」
「マリオン、あれは戦闘ゴーレムではないのか?」
空を指差すドゥーガル副司令。
「分類的には魔法馬と同じくくりになります、武器を持ってませんから」
「空を飛んでるだけで十分に脅威であろう」
「そうではありますが」
「ドラゴンゴーレムに乗ってる猫耳たちが半端ないからな、あいつらマコト並みの魔力があるだろう? 例の黒幕を除けば王国で最強じゃないか」
「黒幕は古の仕掛けがないと大きな魔法は使えないようですから、同じ条件ならマコト様たちの圧勝でしょう」
「マリオン、それは本当であるか?」
「アーヴィン様、あくまで同じ条件の上でです、実際には禁呪を使う黒幕との戦いにはかなり苦戦されるでしょう、ましてや黒幕があのエドガー・クルシュマン様なら一筋縄ではいかないかと」
「我々も協力したいのだが、手を出せぬのが歯がゆいのである」
「親父殿、俺たちはここでおとなしくしてるのがいちばんの協力だぞ、ただでさえ無理を押してここにいるんだ、これ以上マコトたちの足を引っ張らないようにしようぜ」
「そうであるな」
「戦いが終われば、後片付けで協力出来ることも出てくるでしょう、王宮の人的再建などマコト様方は面倒臭がるでしょうから」
「この国を手に入れられるのにか?」
「マコトがそれを望んでるなら、ずっと以前に王宮を吹き飛ばしてるはずである」
「違いない」
ドゥーガル副司令は肩をすくめた。
○王都タリス 城壁内 上空
オレのドラゴンゴーレムは先頭を切って王都上空に到着した。
「にゃあ、王宮はちょっと見ない間にボロくなったにゃんね」
王宮タリス城は世界七不思議の一つに数えられる巨大な城だ。その大きさは恐怖の念を湧き起こすと同時にその美しさで目を奪う。
いまは残念ながらその神通力が無くなって恐怖だけを増大させる。火災の影響であちこち煤けたせいで超巨大なお化け屋敷だ。
「お館様、ドラゴンゴーレムの頭の上であぐらをかくのは危ないからヤメて欲しいにゃん」
横を飛ぶ猫耳に注意された。
「にゃあ、オレは平気にゃん」
「チビたちが真似するからダメにゃん」
反対側を飛ぶ猫耳からもダメが出た。
「にゃ、チビたちにゃん?」
振り返るとチビたち五人がそれぞれドラゴンゴーレムの頭の上であぐらをかいて腕組みをしていた。
「にゃお」
オレは平気だが他人がやってるのを見ると曲芸か。
「確かに危ないにゃんね」
「しかもこれから最終決戦にゃん、危ないどころの騒ぎじゃないにゃん」
「「「にゃお」」」
周囲からも不機嫌な鳴き声が。
「オレも置いて来るつもりだったにゃん、でも言うことを聞かないにゃん」
チビたちは一緒に行くと言って少しも譲らなかったし、オレも涙をポロポロこぼす五人を前に首を横に振れなかった。
「泣く子と地頭には勝てぬとは本当のことだったにゃん」
「「「にゃお」」」
「わかったにゃん」
オレはドラゴンゴーレムの背中に移動した。チビたちもオレに倣う。
「お館様、戦闘ゴーレムが城の外に出て来たにゃん」
王宮の戦闘ゴーレムが外に這い出す。素焼きのレンガみたいな赤茶色をしていた。正直あまり強そうには見えない。
「にゃあ、外壁に張り付いてるにゃん」
「オレも確認したにゃん」
ヤモリみたいに垂直の壁を移動する。
戦闘ゴーレムが口を開く。
「来るにゃん!」
「「「にゃあ」」」
口から熱線が放たれた。
熱線はドラゴンゴーレムの防御結界で受け止める。
「たいしたことないにゃんね」
油断するつもりはないが、トカゲ型の戦闘ゴーレムの攻撃は高度限界を超えて撃たれるレーザーに比べるとかなりぬるい。
マナ抜きが効いてる様だ。
「うるさい戦闘ゴーレムはすぐに分解にゃん!」
「「「分解にゃん!」」」
壁に張り付いた戦闘ゴーレムたちを一斉に分解する。
「「「にゃ!?」」」
しかし、手応えがまったくない。
「お館様! 戦闘ゴーレムに分解が効かないにゃん!」
「にゃあ、また人間の魂が仕込んであるにゃん?」
「ここからでは何とも言えないにゃん、鹵獲して調査する必要ありにゃん」
「了解にゃん、物理攻撃に変更にゃん、チビたちは下がって防御結界を展開にゃん」
「「「はい」」」
チビたちのドラゴンゴーレムは旋回の外側に移動してオレたち全体に精霊魔法系の防御結界を張った。
「にゃあ、危なくなったら逃げるにゃんよ」
チビたちが下がったのを確認したオレは、ドラゴンゴーレムの背中で立ち上がった。
「突入と同時にハリエット様たちを救出するにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
「会話は念話に切り替えにゃん!」
『『『了解にゃん!』』』
○王都タリス 城壁内 タリス城
旋回していたドラゴンゴーレムが高度を落とす。
壁に張り付いてる戦闘ゴーレムにはその大きさに相応しい杭を撃ち込んだ。
「あたしたちも一緒に行くよ!」
「突入なの!」
「我も付き合うぞ」
リーリとミンクがオレの頭に乗り、天使アルマはオレの背後に現れる。瞬間移動みたいな空間圧縮魔法はスゴいの一言だ。
「にゃあ、リーリとミンクそれに天使様が一緒なら心強いにゃん」
「任せなさい!」
「ミンクが護ってあげるの!」
「他の監視者からも世界を壊す輩は排除するように言われてる」
「みゃあ、オレは壊さないにゃんよ」
「わかってる、マコトのことではない、排除されるのは人の世を壊す輩だ」
「だったらオレはセーフにゃんね」
「無論だ」
世界観は思い切り壊してるけどな。
○王都タリス 城壁内 タリス城 城内 幽閉の塔
うとうとしていたハリエットは爆音と塔を揺らす衝撃で目を覚ました。
「な、何事だ!?」
「マコト様たちです、攻撃を開始されたようです」
元近衛の騎士が報告した。
「そうか」
続けて更に大きな衝撃が来た。
「戦闘ゴーレムが塔の階段に侵入!」
「塔の根元を破壊しています」
新しい報告が追加された。
塔が振動を続ける。
「戦闘ゴーレムも来たか、全員ここに集まれ! マコトのくれた魔法馬の防御結界がある程度護ってくれるはずだ」
ハリエットは護衛を含めて全員を呼び寄せた。
「私たちもマコトから魔法馬を貰っています、一緒にいれば何が遭ってもこの部屋の中なら防御できるでしょう」
「アイリーン様たちの分も含めれば戦闘ゴーレムの攻撃にも耐えられるはずです」
「マコトの魔法馬の防御結界なら塔が崩れても大丈夫そうですね」
「なるべくなら試したくはありませんが」
「同感です」
ふたりは笑みを浮かべる。
塔を揺らす振動が大きくなり床が傾ぐ。
大きな家具がズルっと滑る。
「お気を付け下さい」
側仕えのひとりが声を上げる。無論、誰も油断などしていない。テーブルを壁に寄せ大きな食器棚もずらして床が更に大きく傾いでも人間に当たらないようにする。
間もなく塔が崩れるのは誰の目にも明らかだった。
「にゃあ、壁際に誰もいないにゃんね、いま穴を空けるにゃん」
壁の向こう側から声がした。
次の瞬間、声の方向の壁が家具ごと消えた。その向こうにはドラゴンゴーレムに乗った猫耳の姿があった。
「にゃあ、迎えに来たにゃん」
「おお、塔が!」
ドラゴンゴーレムに乗ったハリエットが声を上げた。
塔はいままで自分たちがいた階から下が崩れ落ちて無くなっていた。正確にはハリエットたちがいた部分から上だけが宙に浮いている。
「これがマコトたちの防御結界の効果か」
「にゃあ、そうにゃん、階段部分は必要ないから何もしなかったにゃん」
ハリエットの乗るドラゴンゴーレムの騎手を務める猫耳が説明した。
「黒幕は塔を崩し私たちを始末しようとしたのだな?」
「そこはわからないにゃん、故意に崩したというよりは戦闘ゴーレムが無理やり狭い階段に入り込んで起こった事故の可能性が大きいにゃん」
「王宮の戦闘ゴーレムは黒幕エドガー・クルシュマンがコントロールしてるのではないのか?」
「にゃあ、戦闘ゴーレムは自律回路の刻印で動いてるみたいにゃん、塔に入り込んだのは侵入者の確認にゃんね」
「黒幕が動かしてるわけではないのか?」
「にゃあ、そんな感じはないにゃん、少なくともハリエット様たちをすぐに殺すつもりは無いみたいにゃんよ、でも逃がすつもりも無いみたいにゃんね」
「逃さない?」
ドラゴンゴーレムの防御結界の表面でスパークした。
「うっ!」
ハリエットは閃光に目をかばう。
「王宮の封印結界にゃん、にゃあ、ウチらの防御結界には効果ないにゃんよ」
救出した人たちを乗せたドラゴンゴーレムは王宮に張られた封印結界を次々とぶち破った。
○王都タリス 城壁内 タリス城 城内
『にゃあ、ハリエット様、救出完了にゃん』
『アイリーン様御一行も完了にゃん』
『ご苦労にゃん』
救出が終わった塔は落下して崩れた。
『お館様、ハリエット様は王国軍総司令部行きをご希望にゃん』
『仕方ないにゃんね、その代わりアイリーン王妃とフレデリカ王女はエイリー拠点に移送にゃん』
『『『了解にゃん』』』
猫耳たちの報告を受けながらオレは突入した城内を魔法馬で走っていた。
真っ暗な廊下はハリエットのナビを行った時に見ていたが、実際に魔法馬を走らせると洒落にならない数の刻印が壁に埋め込まれているのに気付いた。
『にゃあ! ヤバ目の刻印が多数埋まってるにゃん、突入した猫耳は最優先で刻印を消すにゃん』
『『『にゃあ!』』』
オレも一気に刻印を消し去った。
「これほど刻印があるなんて予想外だね」
「以前はこんなに無かったの」
「そうであろうな、これは最近のものだ」
天使アルマはオレを前に乗せて手綱を握っている。その後を猫耳たちの魔法馬が三騎続く。
「にゃあ、とにかく消すにゃん」
壁に刻まれた刻印を分解する。
「お館様、刻印が再生してるにゃん!」
後続の猫耳が声を上げた。
「にゃ、再生にゃん?」
魔法馬を停めて壁に寄せてもらった。
「これは、まいったにゃんね」
いま消したばかりの壁の刻印がうっすらと浮かび上がっていた。
『お館様、こっちの刻印も消せないにゃん』
別ルートの猫耳からも報告が入る。
『『『にゃあ、こっちもにゃん』』』
いずれも刻印が消せないようだ。
『完全にしてやられたにゃんね、ここはいったん退却にゃん!』
『『『にゃあ!』』』
魔法馬を反転させいま来た道を大急ぎで戻る。
突然、それが来た。
「!?」
これはまさか?
「マコト!」
続いてリーリが気付いた。
「にゃ!? まさか!」
それはエーテル機関の反応だった。
『お館様! エーテル機関の反応多数にゃん!』
別ルートの猫耳からも報告が入った。
「にゃあ、何で魔獣が王宮にいるにゃん!?」
これまで何度も探査魔法を打っていたがエーテル機関の反応があったことは一度も無かった。完全に眠った状態だったのだろうか。
「これだけ大きければいくらでも隠しておけるよ」
「ミンクもまったく気づかなかったの」
「にゃあ、城内の消せない刻印となんか関係ありそうにゃん」
「無関係ではあるまい」
天使アルマも同意した。
エーテル機関の反応が行く手を塞ぐ。
距離を取って魔法馬を停めた。
「来るにゃん」
「そうだね」
「手前の角の先にいるの」
「本当に魔獣なのか?」
「反応はそうにゃん」
強力な防御結界をまとっており、その姿形はすぐ近くいるというのにはっきりしなかった。
突然現れた魔獣、その正体は直ぐにわかるはずだ。




