レークトゥス領解放作戦にゃん
○レークトゥス州 南部地方 アルボラ街道脇 騎士団 臨時指揮所
「まさか、初めて見る魔獣が群れとはまいったぜ」
レークトゥス州の次期領主チャド・アシュ・ピサロは、丘の上から腹這いになって眼下の魔獣の群れを眺める。
「チャド様、守備隊より連絡、タンピスとの境界門からの魔獣の流入が止まったそうです」
騎士団副団長のガスパール・ベッケルが通信の魔導具を片手に報告した。
「止まったのか?」
「ええ、間違いありません」
「しかし、これだけの魔獣に入り込まれては我が領も魔獣の森待った無しだな」
「王宮は動いて下さらないのですか?」
「無理だろうな、それに使えない王国軍が来ても火事場泥棒をされて終わりだ」
「では、救援を申し出てくれたのはマコト様だけなんですね」
「それだって、何処ぞのバカが断ってくれたおかげでどれだけ被害が増したか、何処に救援を申し出た人間に金を要求するバカがいるんだ?」
「我が領にはおりましたね」
「家令に叔父貴を起用したのは親父一生の不覚だな、叔父貴があそこまで底抜けの馬鹿だとは思わなかった」
「現状を把握されて無かったのでしょう」
「どれだけ報告を上げてると思ってるんだ? 『金を出さぬというから追い返してやった』と威張ってたあたり現状うんぬんのレベルじゃねえぞ」
「そうでしたね」
「マコトのところもフェルティリータ連合で手いっぱいだろうに、お人好しというか、なんというか」
「六歳児と思えませんね」
「そうだな、あれはいいとこ五歳だろう、下手をすると四歳でも通るぞ」
「あ、いえ、見た目ではなくて」
「大人顔負けっていいたいんだろ?」
「そうです」
チャドとガスパールは、団員たちのテントに戻った。臨時の指揮所に騎士団の団員と守備隊が集まっていた。
生き残ったものが辛うじて逃げのびた場所だ。全員が何かしらの怪我を負っている。もうここからの移動に耐えられない者も何人かいた。
「チャド様、やはり州都とは繋がらないようです」
「念話もダメです、何度呼びかけても反応がありません」
通信の魔導具を持った団員と念話使いの団員が共に首を横に振った。
「州都の最終防御結界は王都の絶対防御結界の原形だからな、防御力は半端ないが、しかし通信まで完全に遮断されるとは不便すぎだ」
「ここで領主様の判断を仰げないのは痛いですね」
ガスパールも頷く。
「州都にはいまだ魔獣が取り付いてもいないのに最終防御結界を展開させるとは、親父も焦り過ぎだぜ」
「この状況では仕方ありません」
「そうは言っても、領民を逃がす前に州都にこもってどうする? マコトのところで避難民を受け入れてくれたから良かったものの、そうで無かったら何人死んでたかわからなかったぞ」
「王宮が早々に門を閉ざしたのも想定外でしたね」
「レークトゥスの避難民を受け入れたら金を取られると思ったんじゃないか?」
「笑えないのが困りモノですね」
ガスパールは苦笑いを浮かべた。
「それで、魔獣どもがどこに向かっているかわかったか?」
「プラティヌムとラピスです、兄様」
警備隊総司令のパメラ・ピサロが答えた。疲労困憊なのは一目でわかる。
「クーストース遺跡群か?」
「そうです、ロマーヌからの情報では他の遺跡にも魔獣が殺到してるそうです」
「王国内で魔獣の大発生が起こってるのは間違いなしか、マコトも他所を助けて回ってる場合じゃないんじゃないか?」
「未確認ですが、プリンキピウムの遺跡では魔獣を押し返したそうです」
「押し返した?」
「王宮からの安否確認にアルボラの領主カズキ・ベルティ伯爵からそう回答があったそうです」
「カズキの旦那がそう仰ってるならそうなんだろう、あの若づくりのおっさんも魔力が半端ないからな、魔獣の大発生を押し返すほどとは思わなかったが」
「実際に押し返したのは、マコト公爵様の手の者のようです」
「公爵? マコトのヤツは公爵になったのか」
「先日、正式に陞爵されたそうです、戦時なので陞爵の儀は省略されたそうですが」
「マジか? あいつ、この前まで俺と一緒に冒険者をやってたんだぞ」
「マジです」
「公爵って言ったら革命権を持つのに六歳児にくれてやっても大丈夫なのか?」
「マコト様が王位を欲するとは思いませんが」
「問題は、マコトを利用しようとする輩だ」
「兄様みたいなですか?」
「俺はそんなでもないぞ」
「完全に否定はなされないんですね、冗談はさておき、マコト様が革命を宣言されるなら、それはそれで従う人は少なくないと思います」
「おまえまた危険なことを」
「事実ですから」
「マコトがその気なら、革命権なんか無くても攻め込んでるさ」
「そうかもしれませんね」
「いまはとなっては魔獣でそれどころじゃないだろうが、……ったく、俺もクーストース遺跡群の遺跡の危険性はわかっていたんだ。マコトは準備していたんだろう、だから魔獣を押し返せたんだ」
「兄様も父上に遺跡を壊せと仰っていましたではないですか?」
「それも叔父貴が王宮から来た遺跡の譲渡を拒否したせいで立ち消えになったけどな」
「あのとき、引き取って封印を施せば、ここまでの惨状は回避出来たかもしれませんね、結果論ですが」
パメラの言葉にガスパールと警備隊総副司令のフェリクス・ベルトンもうなずいた。
「パメラ、ロマーヌには連絡が付くんだな?」
「はい、ロマーヌの恋人のコナンくんが通信の魔導具を持ってますから」
「おい、ちょっと待て、恋人のコナンくんだと!? 俺は何も聞いてないぞ」
「いちいち兄様に報告なんてしないでしょう? 兄様だって懇意になった女の方を私たちにご紹介してくれましたか?」
「いや、俺の場合は恋人じゃないし、そんなことよりコナンてヤツは何処のどいつなんだ? ロマーヌは騙されてるんじゃないのか!?」
「ロマーヌの同僚と聞いています、魔法大学の准教授ですね、ご実家はオパルスで、カズキ・ベルティ様のご長男とか」
「えっ、カズキの旦那のところのコナンなのか?」
「そう聞いていますが、兄様はコナンくんをご存知なのですか?」
「ああ、何年か前にコナンの姉貴のフリーダに頼まれて、冒険者のイロハを教えてやったんだが、親父譲りのえげつない魔力があるのに宮廷魔導師にはならなかったんだな」
「コナンくんのことは私よりも詳しいみたいですね」
「女の趣味が、残念だってことまでわかった」
「妹に対して酷い言い分ですね」
「パメラはロマーヌに貴族の妻が務まると思ってるのか? いや、貴族の嫁じゃなくてもヤバいだろう」
「でもコナンくんなら許してくれそうですよ」
「コナンとカズキの旦那は許してくれるだろうさ、ただクリステル様は許さないんじゃないか?」
「カズキ様の奥様のクリステル様ですか?」
「あの人はキツいぞ」
「ロマーヌなら上手くやるでしょう、でもこのままですとロマーヌにはレークトゥスの領主をやって貰うことになりそうですね」
「そうなると立場的にコナンは難しいな」
「お父様が引退なされるのはまだでしょうから、その間にロマーヌには子供を二人以上作って貰えば何とかなります」
「その手があるか、問題はそれまでレークトゥスが残ってるかってことだな」
「状況はかなり難しいかと」
「だろうな」
「良くても領地の西半分は魔獣の森に沈むかと思います」
「そうだな良くて半分だな」
西半分が魔獣の森に沈めば交通の要所としての機能を喪う可能性が高い。
「領地経営はかなり厳しくなるだろう」
「それでも消えるよりはマシです」
「パメラ、良く聞け、この丘も間もなく魔獣にやられる、おまえに婆さんをやるから東に抜けてケラスに向かえ、生きてさえいればその先は何とかなるだろう、おまえなら半分になった領地でも何とか出来る、ロマーヌには好きな研究でもやらしておけ」
「兄様、いったい何を仰ってるのです」
「婆さんはマコトに再生してもらった特別な魔法馬だ、濃いマナの中でも防御結界が守ってくれるし、魔獣よりも速い」
「私ではなく兄様がケラスにお逃げ下さい」
「いや、オレより小さくて軽いパメラの方が婆さんの負担が軽い、それにコイツらだって俺を逃すよりおまえを逃す方がやる気を出すってもんだ」
ガスパールとフェリクスは苦笑いを浮かべた。
「兄様」
「最期ぐらい兄貴に格好つけさせろ」
「そんな似合わないことを仰らないで下さい」
パメラはチャドの胸に顔を埋めた。熱い涙がプレートメイルを濡らす。
「団長! 魔獣が上がって来ます!」
見張りから声が上がった。
「動ける者は散開、各自、自分が生き残ることを最優先に行動しろ! パメラ行け!」
「わかりました、兄様も生きて下さい!」
「ああ」
パメラはチャドの魔法馬にまたがって丘を駆け下りる。
その後をガスパールとフェリクスの魔法馬が続く。
そして入れ替わるようにムカデ型の魔獣が丘を這い上がって来た。
「でけえよ」
頭部だけでちょっとした馬車よりも大きかった。
チャドは剣を投げ捨て指で魔法陣を空中に描く。
ムカデ型の魔獣の全身がスパークし動きを止めた。
「団長! 魔法が使えたんですか!?」
団員が驚きの声を上げた。
「こいつは我が家に伝わる魔獣専用の目くらましの刻印だ、直ぐに動き出すぞ! だからおまえらはさっさと逃げろ!」
かつてチャドの先祖が、魔獣の森に沈みかけた道での逃避行の最中に編み出した魔獣に直に打ち込む刻印だ。
ムカデは首を振ってからチャドを見た。
「ちっ、本当に一瞬しか効かねぇ、こんなことならもっと真面目に練習しとくんだったぜ」
チャドは丸腰のまま魔獣と向かい合う。
「団長、お逃げ下さい!」
団員たちが駆け寄る。
「おまえら、そう言っても、もう手遅れだぞ」
魔獣は四方から這い上がって来た。
「まあ、今回は俺にしては働いた方か」
剣を拾い上げて構えた。
「一太刀ぐらい入れるぞ!」
「「「おう!」」」
チャドたちを囲んだ魔獣たちが一斉に口を開いた。
「おい、ここで魔法は反則だろう」
魔獣の口の奥が赤く光った。
同時に耳をつんざく爆音にチャドは顔を腕でガードした。
「なんだ!?」
チャドたちを囲んでいた魔獣たちに太い杭が何本も撃ち込まれていた。
「にゃあ!」
猫耳しっぽ付きの小さな女の子が落ちて来た。そして串刺しの魔獣の頭に着地する。
「マコト!?」
チャドの声が裏返る。
「にゃあ、待たせたにゃん、魔獣は分解するにゃん」
「分解?」
「にゃあ!」
串刺しの串ごと魔獣の躯が消えた。
「マコト様!」
もうひとり空から降りて来た。
「マリオンか?」
チャドは目を凝らした。
「知ってるにゃん」
「ああ」
マリオンがふわりと着地した。
「マコト様、なんて高度から降下なされるんですか!?」
「にゃあ、目の前で友だちがローストされるのを阻止するには仕方なかったにゃん」
「お友だちってチャド様ですか?」
マリオンは、訝しげな視線をチャドに向けた。
「まあな、マコトにはいろいろ世話になってる、おまえこそ何をしている? 愛する王子と逃げたって聞いたぞ」
極秘のはずの情報が王都のその手のネットワークにほぼタイムラグ無しに流れていたのだった。
「違います!」
「まあいい、無事で何よりだ、まさかこんな早く来てくれるとは思わなかったぞ」
「すべてはマコト様のお力です」
オレは二人が話し込んでいる間に死にそうなヤツらを治癒した。
『主よ、魔獣を始末して良いか?』
ディオニシスが焦れている。
「にゃあ、いいにゃんよ」
ディオニシスの認識阻害の結界を解いた。
「「「なっ!?」」」
騎士団の団員と警備隊の隊員がそろって驚きの声をあげた。
「あれはマコトのか?」
チャドだけは驚きの表情は浮かべたが直ぐにマコトと結びつけた。
「にゃあ、オレの魔法龍にゃん」
『始めるぞ、主よ』
「にゃあ!」
『オオオオオオオオオオッ!』
ディオニシスの咆哮とともに全身を覆う防御結界から放たれた赤いレーザーが魔獣のエーテル機関をピンポイントで破壊する。
「おお、マジか」
チャドが声を漏らす。
ディオニシスが放ったレーザーは、高度限界を侵犯した者に等しく与えられる神の雷そのものだ。
寸分たがわず再現された熱線が魔獣の装甲を容易く貫く。
エーテル機関を破壊され動きを止めた魔獣の躯はすべてオレが回収する。
丘の上から肉眼で確認できる範囲の魔獣はほんの数分で消え去った。
「これほどとは」
マリオンも今更ながら驚いていた。
「にゃあ、チャド、いまならレークトゥス州にあるクーストース遺跡群のプラティヌムとラピスの二つを特別にただで処分してやるにゃん」
「マジか?」
「金を取るなら、レークトゥスが更地になるまで待つにゃん」
「更地ってなんだ?」
「クーストース遺跡群の遺跡はどれも特別な魔獣を生み出す魔導具だったにゃん」
「マジか!?」
チャドはさっきから「マジか!?」を連発してる。
「特別な魔獣って、どんなのが出てくるんだ?」
「人型魔獣にゃん」
「人型って、最悪の魔獣ってヤツじゃないのか?」
「良く知ってるにゃんね」
「おとぎ話みたいなものだからな、ただどう最悪なのかはわからないけどな」
「人間を分解するにゃん」
「分解って、人間を消し去るのか?」
「にゃあ、地上にあるものは何でも分解するにゃん、人間に関しては何処に隠れても無駄にゃん」
「マジかよ、王宮は何だってそんなヤバいものを掘り返したんだ?」
「この国を滅ぼしたいヤツに騙されてたみたいにゃん」
「その騙されていたひとりがエドモンド第二王子だったってわけか?」
「そうにゃん」
「宰相の息子のセザール・マクアルパインとフェルティリータで挙兵したわけじゃなかったんだな?」
「にゃあ、良く知ってるにゃんね」
「その辺りのネタはダダ漏れだぞ、王都の貴族なんかビビって我先に王宮に逃げ込んだそうだ」
「王子も教授も挙兵なんてしてないにゃん、ふたりは遺跡を掘ってたにゃん」
「もしかしてヤツらが人型魔獣を掘り当てたのか」
「そうなるにゃんね」
「すると罪状は挙兵と変わらんだろう」
「にゃあ、ふたりとも騙されていた上に人型魔獣の最初の犠牲者になったにゃん、罪状を問うのは忍びない感じにゃん」
「そうか、死んだのか」
「にゃあ、それでレークトゥスのプラティヌムとラピスの遺跡はどうするにゃん? オレたちはどっちでもいいにゃんよ」
「当然マコトに任せる、金を払ってもいいぜ」
「にゃあ、今回はただでいいにゃん、いまの王宮には同盟を査定することも出来ないはずにゃん」
「いや、王宮に関してはそうだろうが、役人はちゃんと働いてるぞ」
「それはご苦労さまにゃん」
「役人は貴族が入れ替わっても仕事自体は変わらんからな、革命側だって役人がいなくなったら王宮の運営もままならなくなる」
「にゃあ、革命は頭の挿げ替えだけにゃんね」
「そうだ、革命なら誰がやろうと大きく世の中は変わらない」
「今回は革命じゃないから変わらざるを得ないにゃんね」
魔獣とフェルティリータ連合の混乱は、王国に大きな傷跡を残すことになるだろう。
「マコトはこれからどうするんだ?」
「レークトゥスに入り込んだ魔獣をすべて狩るにゃん、それから人型魔獣が生まれるのを待ってアポリトに誘引するにゃん」
「魔獣を誘引なんて出来るのか?」
「にゃあ、方法はあるにゃん」
「マジか?」
「失敗したら遺跡近くで始末することになるにゃん、そうなると遺跡周辺にそれなりの被害が出るにゃんね」
「なるべくなら勘弁して欲しい」
「そうにゃんね、オレもそう思うにゃん」
ディオニシスがレークトゥス内の魔獣を七割ほど始末したところでドラゴンゴーレムに乗った猫耳たちがやって来た。
「「「おやかたさま!」」」
「「マコトさま!」」
チビたちがオレのいる丘の上に降ってきた。
「にゃあ!」
いつの間にかチビたち五人は飛翔もマスターしていた。ドラゴンゴーレムとパイロット役の猫耳ゴーレムもしっかり格納している。
着地したチビたちはオレに駆け寄って抱き着いた。
「にゃあ、早かったにゃんね」
「「「まじゅういなかった」」」
狩る気満々だったらしいが、大半はディオニシスが狩ってしまった。
後はプラティヌムとラピスの遺跡周辺に残っている魔獣だが、そっちは猫耳たちが遺跡に封印結界を施したりしてるのでチビたちの入り込む隙間が無かったらしい。
「ビッキーとチャスじゃないか、もうそんなゴツい魔法を使えるようになったのか?」
チャドはビッキーとチャスを大公国で保護した時のメンバーだ。
「「おひさしぶりです」」
敬礼するビッキーとチャス。
「「「はじめまして!」」」
ビッキーとチャスの後ろではシアとニアとノアの四歳児たちが敬礼してる。
「マコトは子供の軍隊でも作るのか?」
「そういう予定はないにゃん」
たぶん、王国軍の新軍の訓練プログラムの一部が情報を共有したときに流れ込んだか、猫耳が教えたかのどちらかだ。
「にゃあ、ビッキーとチャスにシアとニアとノアは、騎士団と警備隊の怪我人の治療を頼むにゃん」
「「「はい!」」」
ここにいるチャドの仲間たちは全員が怪我人と言っていい状態だった。重篤な怪我人は先に治癒したので残りはチビたちで何とかなるだろう。
チャドたちは州都に戻るとのことだったのでその場で別れ、チビたちとマリオンとオレはドラゴンゴーレムで立ち入り禁止にして久しいアポリトに向かった。




