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クーストース遺跡群 カダル遺跡 2

 ○フェルティリータ州 州都カダル クーストース遺跡群 カダル遺跡


 轟音と強い揺れが坑道を襲った。

「「「うわ!」」」

 エドモンドと一緒にマリオンとセザールも転がっている。

「大丈夫ですか、殿下、教授!?」

「あ、ああ、大丈夫……でもなかった、腰をやったらしい」

 エドモンドが変な格好で動きを止めてる。

「イタタタ、私は足をくじいたようです」

 セザール教授も尻を着いて足を放り出していた。

「おふたりとも運動不足ですよ」

「いや、いまの揺れと運動不足は関係あるまい、それより腰を頼む、痛くて動くに動けない」

「マリオンくん、すまないがこちらも頼む」

「少々お待ち下さい、まずは周囲を確認します」

 痛がるふたりを放置してマリオンは周囲に探査魔法を打つ。それとほぼ同時に次の振動が坑道を襲った。

 天井に亀裂が走り陽の光が差し込んだ。

 三人を閉じ込めている遺跡の防御結界が落盤を防いでくれている。これがなかったら生き埋めになっていたことは間違いない。

 防御結界の外の坑道は最初の衝撃で潰れてしまっていた。

「何でこんな深い場所に太陽の光が?」

 エドモンドは天井の亀裂を見つめる。

「マズいですね、非常にマズいものが我々の頭上に陣取ってます」

「「頭上?」」

 エドモンドとセザールは声をハモらせた。

「魔獣です、頭上に魔獣がいます」

「するといまの揺れは?」

「地上に有った屋敷を魔獣が壊した衝撃だと思われます、しかもかなり掘り返した様です」

「それで太陽の光か」

「マリオンくん、つまりカダルに魔獣が現れたと!?」

「そうです、教授」

「難攻不落と言われているカダルを守る城壁の結界が効かなかったのだな?」

「ええ、そのようです殿下」

「魔獣がカダルの防御結界を破るなどあり得ないのにいったい何が!?」

「教授、いま打ったごく狭い範囲の探査魔法でも十数匹の魔獣が引っ掛かりました」

 遺跡の結界の内側から打った魔法は大きく威力を削がれ探査範囲は街の一ブロック程度しか飛ばなかった。

「魔獣が十数匹!?」

「あくまで狭い範囲の探査です、カダル全域にどれだけの魔獣が入り込んでるのか見当も付きません」

「セザール教授、カダルの防御結界は何匹の魔獣に耐えるのですか?」

 エドモンドは変な格好のまま訊く。

「いいところ五匹も止められれば上出来でしょうか? 難攻不落の結界もマリオンくんが探査した数では役に立ちません」

「マリオン、これはフェルティリータ領内への魔獣の侵攻が大発生に移行したということではないのか?」

「いまも数が増していますから可能性はあるかと思われます」

「戦闘ゴーレムを以てしても押し返せなかったのだな?」

「通信の魔導具の盗聴を続けてますが、昨夜から沈黙状態が続いてるので何とも」

「エドモンド殿下、州都カダルにまで魔獣が現れた以上、戦闘ゴーレムが有効に使われていないか、戦争に全て出払っているかのどちらかでしょう」

「もしくは、あれだけの戦闘ゴーレムを以てしても歯が立たない数が押し寄せているのか」

 セザールの予想にエドモンドが追加する。

「しかし、なぜ戦地ではなくフェルティリータ領内にこれほどの魔獣が?」

「マコト侯爵の宣戦布告で大規模な内戦を阻止されたことで、フェルティリータ連合を操る何者かが、次の策に打って出たのではないでしょうか?」

 マリオンが予想する。

「それがフェルティリータを魔獣の森に沈めるということだと? スケールを矮小化したというわけか」

「殿下、魔獣の森がないフェルティリータに魔獣が大発生したのです、魔獣の通り道になった領地も道連れになります」

「何が何でも魔獣の森を増やすつもりか、それがいったい何の得があると言うのだ?」

「わかりません、ただ黒幕とやらにはこの国を滅ぼしたい理由が有るのでしょう」

 マリオンは首を横に振った。

「綿密な計画と臨機応変な対応、紛れもなく優秀な人間ですね」

 セザールも頷く。

「そして人を意のままに操る優秀な魔導師です」

 マリオンが付け加えた。

「マリオン、一ついいだろうか?」

「なんでしょうか、殿下?」

「そろそろ私とセザール教授に治癒魔法を掛けては貰いたいのだが? この姿勢も限界だ」

 エドモンドがピクピク震えてるのは、間近に迫った魔獣を恐れてというわけではなかったらしい。

「これは失礼しました」

 マリオンはふたりに治癒魔法を使った。

「ふう、助かった」

 エドモンドは息を吐き出した。

「殿下、頭上にまで魔獣が迫った以上、我々は遺跡の中に進んだ方がよろしいのではないでしょうか?」

「セザール教授、それは?」

「間もなく開封が叶うのです、ここで死を待つより遺跡の中で最期を迎えたいではありませんか?」

「確かに、魔獣に喰われるより遺跡の深淵に向かう途中で息絶える方が我々に相応しい最期ですね」

「では、作業を続けましょう」

「後はマリオンの手を借りるだけだ」

「わかりました」


 エドモンドとセザールが解いた魔法式にマリオンが魔力を込めた。


 これまでにない強い衝撃とともに強い光が差し込んだ。

 それは直ぐにおおきな影に遮られる。

「「……ひっ」」

 エドモンドとセザールは消え去った天井の代わりに現れたそれに言葉を失った。

 魔獣の顔がそこにあった。

 赤く光る目が三人を見下ろしている。

 また振動が来る。

 今度は魔獣からではない遺跡からの振動だ。

「開きました!」

 マリオンが遺跡の入口を開いた。青い光が漏れる。

「マリオンくん、キミは残って構わないぞ!」

「そうだ、最期まで付き合う必要はない!」

 遺跡の内部は、これまでの例から即死レベルの濃いマナが充満してると推察された。

 簡易護符すら持たない現状ではほんの数歩で天に還る。

「殿下と教授をここで見捨てるぐらいなら、最初からこんなところに付いて来ませんし、いまさらこんなところに置いていかれても困ります!」

「しかし」

「私の防御結界なら、しばらく遺跡の中でも活動ができるはずです!」

「わかったマリオン、一緒に行こう!」

「マリオンくんの忠義心、実に素晴らしい! では行きましょう!」

 エドモンドとセザールはマリオンの手を取った。

「お待ち下さい! 私が先頭で」

 遺跡の内部は探査魔法が効かず、自分の足で構造を確かめる必要があった。何が出るかわからない場所を運動音痴のふたりに歩かせるわけにはいかない。

 それに遺跡の入口はひとりがやっと通れるほどの大きさしかなかった。

「これは、本当に生きてるのですね」

 壁、床、天井を問わず材質は金属のようだ。それらすべてが聖魔法のような淡く青い光を放っている。

「おお、これほどまでに完璧だとは」

「まさか、州都の足元にこれほどのものがあろうとは」

 エドモンドとセザールも直ぐに後を付いてきた。

 マリオンが屈んで五メートルほどある通路を通り抜けると下りの螺旋階段に出た。

 階段は入口と違って、まだマシな広さがあり三人が並んで下りられそうな幅がある。実際に三人横並びでの探検はありえないが、狭いよりはいい。

 探査魔法は効かず、見通しも悪い螺旋階段とあってどれほど続いているのかすらわからない。

「ここまで来たのに異常は感じられませんね」

 マリオンは、遺跡の内部に足を踏み入れたのに自身の防御結界にまったく負荷が掛かっていないことに気付いた。

「まさに」

「信じられませんが」

 エドモンドとセザールは自分の手を見た。

「どうやら私たちはいまだに遺跡の防御結界で守られてる様です」

 続いて入ってきたエドモンドとセザールに告げる。

「つまり我々は遺跡に選ばれたというわけか?」

「害さないということは、少なくとも招待を受けているのは間違いないと思われます」

 いま入ってきた階段に繋がる通路が塞がれる。

「帰すつもりもないようですね」

「魔獣から守ってくれてるのかもしれないぞ」

「きっと我々に用があるのでしょう」

「例えそうであっても油断は禁物です、慎重に進みましょう」

「無論、そのつもりだ、行くぞマリオン」

「お待ち下さい殿下、先頭は私です」

 またマリオンが先頭に立ち階段を降り始めた。


 螺旋階段は予想を越えて長く続いている。


「はぁ、はぁ、まさかこんなに深い遺跡だとは思わなかった」

「はぁ、はぁ、まったくその通りです」

 階段に座り込んだエドモンドとセザールは治癒魔法を掛けられても、上がった息は元に戻らなかった。

「もう少し休憩しましょう」

「しかし、急がなくては」

「そうです、魔獣が近くにいる以上、ゆっくりなどしていられません」

「ですが、殿下も教授も体力の限界ではありませんか?」

「確かにマリオンの言う通りであるのだが」

「マリオンくんは、魔導師なのに体力が有りますね」

「いや、私は普通でお二方が無さすぎなのです」

「マリオンくんの忌憚のないご意見は有り難いのだが、この期に及んでという感は否めないね」

 セザールが荒い息で上下する肩をすくめた。

「マリオンの飛翔の魔法で私たちを運んで貰えないだろうか?」

「殿下、いくらマリオンくんでもそれは無理なのでは?」

「出来ないことはないですが」

 言いよどむマリオン。

「出来るのか!?」

「ええ」

「何故、最初からそれを使わない!?」

「危険だからです。殿下と教授は何も無くても転んで怪我をするんですから、とても危なくて使えません」

「くっ、そこは目を瞑ってくれ、このままでは時間がいくらあっても足りない」

「マリオンくんが治癒できる範囲だったら私も好きにして構わないよ」

「いまはそう言っても、絶対に後で後悔しますよ」

「いや、このまま階段の途中で力尽きる方が後悔する」

「殿下の仰るとおりだよ、マリオンくん」

「階段程度で力尽きないで欲しいのですが」

「現実とは常に予想より厳しいモノだよ」

 まだ座り込んだままのエドモンドは青白い顔で良いこと言ってやったと口の端を上げる。傍から見ると何か可愛そうな感じが前に出る。

「殿下のご意見に同意です」

 セザールは既に力尽きた感じだ。

「仕方ありませんね」

 マリオンはため息をついた。

「この先どれほど下るのかわかりませんし、いいでしょう、飛翔を使います」

「そうだ、後はマリオンに任せる、死ぬにしてもあまり痛くない様に頼む」

「私もこの命、マリオンくんに預けよう」

「善処します」

 マリオンは階段でへばったふたりの手を取り魔法で浮き上がらせる。

「「おおお!」」

 ふたりはぎゅっとマリオンにしがみつく。

「姿勢が不安定になるので力を入れないで下さい、怖かったら目を閉じて構いませんから」

「いや、この未踏の遺跡の中で目を閉じるなど断じてあり得ない!」

「エドモンド殿下の仰るとおり! ここは死んでも目を開けているべきです!」

「だったらもっと身体の力を抜いて下さい、行きますよ!」


 おっさんたちの悲鳴が遺跡に響き渡った。


 五分ほどの飛行で階段を降りきった。

 着地の瞬間、エドモンドとセザールのふたりが勢い余ってゴロゴロ転がったが、床に叩きつけられなかっただけまだましだ。

「直ぐに治療しますから」

「すまない」

「助かるよ」

 治癒の光が小さめのホールを満たす。

 そこは天井の高いホールで酷く声が反響した。目の前にある金属製の大きな両開きの扉は装飾も何もないが鏡の様に磨かれている。壁も床も金属だが扉のような鏡面処理はなされていない。

「この扉の先が遺跡の本体なのだろうか?」

「多分、そうでしょう」

「犯罪奴隷を使わず本当の入口に到着出来るとは稀有な遺跡だ」

「遺跡を司る何かが殿下と教授をお仲間と認定したのでしょう」

「それにマリオンくんもだ」

 セザールがマリオンを追加した。

「状態保存の魔法が効いてるにしてもここまで綺麗な遺跡は初めてだ、教授はいかがです?」

「殿下、私もです、まるで昨日作られたばかりのようです」

 治療されたエドモンドとセザールは直ぐに飛び起きて正面の扉に取り付いた。

「教授、見て下さい、この扉の表面に刻印が刻んでありますよ」

「おお、表面は滑らかなままなのに、確かに刻んでありますね」

 鏡の様な表面の中に刻印が刻まれていた。エドモンドは指でなぞったが凹凸はまったく感じられなかった。

「どうやら、この扉も開封が必要らしい」

「なるほど、それは是非、開封しなくてはなりますまい」

 闘志を燃やすエドモンドとセザールを一歩引いて見守るマリオン。ふと振り返ると階段が壁で塞がれていた。

「やはり帰す気はないようですね」

「上はどうせ魔獣に塞がれているんだ、邪魔されないだけマシだろう」

「我々は前に進むだけですから出口など不要です」

「そう、教授の仰るとおりです、我らは前に進みましょう!」

「ええ、現状ではそうするしかありませんね」

 熱くなるエドモンドとセザールを眺めながらマリオンは深くため息をついた。


「マリオン、キミはフルゲオ大公国のボワモルティエ家の血筋だよね?」

「ええ、亡くなった母が前大公陛下の妹に当たります」

「良かった」

「何故ですか?」

 エドモンドが扉の魔法式から顔を上げて振り返った。

「この扉を開けるには、アナトリ、フェルティリータ、フルゲオの血筋の者が必要らしい」

「奇しくも我々がここに集ったわけです」

 頷くセザール。

「これぞ天の采配!」

「まさに!」

 盛り上がるエドモンドとセザール。

「ちょっとお待ち下さい!」

「何だ、マリオン?」

「時代が合わなくはありませんか?」

「「あっ!」」

 エドモンドとセザールが揃って声を上げた。

「確かにクーストース遺跡群の一つならオリエーンス連邦最後期のものでは無かったのですか?」

「マリオンくんの言う通りだよ、アナトリ、フェルティリータ、フルゲオが出来るはるか以前のモノだ」

 セザールが考え込む。

「しかし確かにそう記されている、予言か?」

 エドモンドも同じく考え込む。

「お忘れですか? 我々が集まったのは、偶然でも天の采配でもありません、フェルティリータを操る者の策謀です」

「「あっ!」」

 エドモンドとセザールは、自分の置かれている立場を思い出したらしい。

「殿下、教授、私がここにいるのは、もしかして非常にマズいことなのでは有りませんか?」

「確かにマリオンに止められなかったら危なかった」

「残念ですが仕方ありませんか」

 流石の遺跡バカもおとなしく引き下がった。

「しかし、そこの扉を開くのに何故、我々の血が必要なのでしょう?」

 セザールは開封は諦めたが考察まで放棄するつもりはないらしい。

「誰かが書き換えたのではありませんか?」

「いや、違うぞマリオン、書き換えたのは、たぶんこの遺跡だ」

 エドモンドが顔を上げた。

「遺跡がいまこの時代で開封に必要なモノを示しているのだ」

「まさか」

「いえ、無いとは言えないぞ、マリオンくん!」

 セザールも顔を上げた。

「オリエーンスの地を治める三つの血筋を鍵にしているのは、この遺跡は王国の大地に少なからぬ影響を与える可能性があるということかもしれない」

 エドモンドが推測した。

「それでしたら絶対に開けてはいけませんね」

 マリオンも頷いた。

「マリオン、扉を開けずに向こう側を確認できないだろうか?」

 エドモンドはマリオンを見た。

「殿下は私に何をさせるつもりです?」

「ちょっとだけ探査魔法を打ってみないか?」

「おお、それはいい! マリオンくん、私からも頼む!」

 セザールもテンション高くマリオンに迫る。

「遺跡の中では探査魔法は使えませんが」

「それは階段での話であろう? もしかしたら少し使えるかもしれないぞ」

「マリオンくん、モノは試しと言うではないか?」

「質問ですが、探査魔法なんか打っても大丈夫なのですか?」

「扉の刻印からは三人がそれぞれ魔力を流さないと扉は開かない仕様になっている。だからマリオンがひとりで魔法を使っても影響はない」

「殿下の仰るとおり遺跡とは融通の効かない代物だ。私も保証しよう」

「わかりました、殿下と教授がそう仰るのでしたら」

 仕方なくマリオンが扉の前に立った。

 本当は些細な危険も犯すべきではないのだが、遺跡バカどもをおとなしくさせるためには仕方なしと判断した。

「念のため、殿下と教授は後ろに」

 なるべくふたりを遠ざけて探査魔法を打った。

「どうだ?」

 我慢できずにエドモンドが問い掛けた。

「扉のところでかなり威力を削がれましたが何とか」

「それで扉の向こう側はどうなっているんだ?」

 セザールも待ちきれない様子だ。

「扉の向こう側はかなり大きな空間があります。たぶん円錐状の形だと思われますがそれ以外、何もありません」

「何もない?」

「何もないということはないのではなかろうか?」

 エドモンドとセザールは納得できない様子だった。

「本当です、本当に何もありません」

「つまりどういうことだ?」

「こうは考えられませんか、この遺跡は我らの祖先が作った避難所だったのではないかと?」

 考察を続けるセザール。

「避難所なら遺跡の防御結界で我々が守られたのも得心が行くか」

 頷くエドモンド。

「避難所にしては物が無さすぎると思いますが」

 セザールの説に疑問を呈するマリオン。生活に必要な物が何一つない場所を避難所に見立てるのは乱暴だ。

「マリオンくん、それは些細な問題だよ」

「うん、些細な問題だ、ないものは持ち込めばいい」

「殿下、避難所なら扉を開けても問題はないと思われますが」

「いかにも教授の仰るとおりかとこれは早急に確認すべだと思うが、マリオン?」

「何ですか?」

「扉を開けてみてはどうだろう? 例え避難所でなくても何もない空間なら問題もないはずだ」

「そう、問題になりようがないのだから大丈夫だよ、マリオンくん」

 エドモンドとセザールの鼻息が荒い。

「殿下、教授、もし何か有ったらどうするのですか?」

「私の首を差し出そう」

「殿下、そのようなことを簡単に仰られても困ります」

「気軽に言ってるわけではない、私も遺跡の危険性については十分承知しているつもりだ、これまでの経験上、何もない空間はやはり何もないのだ」

「マリオンくん、王子たるエドモンド殿下がそこまで仰っているんだ、その意をむべきではないか?」

 詰め寄る王子と教授。

「本当に危険はありませんね?」

「ない」

「あるわけがないよ、マリオンくん」

「殿下と教授がそこまで仰るなら私も力をお貸しいたします」

 マリオンも何もない空間に危険は感じなかった。

「感謝する、マリオン」


 改めて三人が扉の前に立つ。


「向こう側は何もない空間だが、即死クラスの高濃度のマナが吹き出す可能性はある。遺跡の防御結界も何処まで守ってくれるか不明だからその点は心して欲しい」

 エドモンドが注意点を述べる。

「わかっています」

「私の防御結界で即死はないと思われますが、マナの濃度に依っては長くもたない可能性もありますので、ご了承下さい」

「なにそれは問題ない、最期の挨拶の時間だと思って有効に使わせて貰おう」

「多少なりとも調べられる時間があれば更に良いのですが」

「教授、あまり贅沢を言ってはいけません」

「確かに」

「殿下、始めて下さい」

 扉の開封はエドモンドが先頭に立って行う。セザールとマリオンは補助に徹する。


 小さな硬い金属音とともに扉の鍵が開かれた。


「鍵は開いたようだ」

「流石です、殿下」

「いや、封印そのものはそう難しいものでは無かった。ここの場合、開封に必要な三つの血筋の者を集める方が難しそうだ」

 三人は、鍵が開かれた扉を見つめる。

「私が開けましょう」

 マリオンが前に出た。

「いや、ここは私が責任を持つ、マリオンは防御結界に専念してくれ」

「かしこまりました」

「セザール教授?」

 教授は下がろうとしなかった。

「扉は二つ有るのです、片方は私にお任せ下さい」

「ありがとうございます、セザール教授」

「願わくば調査の時間があらんことを」

「同感です、では開けましょう」


 エドモンドとセザールが扉を押し開いた。


「これは……」

「予想以上の空間ですね」

 ふたりの想像を越えた空間がそこにはあった。

「なるほど、これならあれだけの長さの階段が必要なわけだ」

「まったくです」

 階段で死にそうになったふたりは頷きあった。

「私の防御結界に負荷が感じられませんから、ここでも遺跡の防御結界に守られているようです」

 マリオンも巨大な円錐状の空間を見上げる。

「殿下ここは、いったい何のための空間なんですか? 避難所には見えませんが」

「いや、私もこの大きさの空間は初めて見る。教授はいかがですか?」

「私も初めてです、いったいここで何をしていたのか見当も付きません」

「まずは何か手掛かりがないか調べるしかなさそうですね」

「まずは壁でしょうか?」

「お二方、誰かいらしたようです」

 マリオンがふたりに囁いた。

「誰かだって?」

「まさか、こんな場所に?」

「認識阻害の結界です、ねえ、そうですよね!?」

 マリオンは気配に向け声を掛けた。

 何もなかった場所に人の姿が浮き上がるように現れた。

「……主席殿?」

 最初に声を出したのはエドモンドだった。

「お久し振りです、エドモンド殿下」

 仮面の魔導具に銀髪の四〇を越えてるはずだが一〇代の青年の様にも見える。その姿は紛れもなく主席宮廷魔導師エドガー・クルシュマンその人だ。

「生きておられたのですか? エドガー様!」

 マリオンも驚きを隠せなかった。

 確かにエドガー・クルシュマンは死んだはずだ。マリオンも確認したのだが、紛れもなく目の前にいた。

「主席殿、なぜ死んだ真似などなされたのですか?」

「我が大望を実現せしめる為に必要なことでしたので」

「大望ですか?」

「エドガー様は、いつからこちらに?」

「マリオン、これは私の影だ、この遺跡に立ち入れるのは、オリエーンス帝国皇帝の血を引くあなた方だけなのだ」

「「「オリエーンス帝国皇帝!?」」」

「あなた方は正当なオリエーンス帝国皇帝の後継者なのだ」

「主席殿は、何故そのような情報をお持ちなのです?」

 エドモンドが問う。

「簡単ですよ殿下、エーテル器官を調べればいいのです、正当な後継者には産まれながらにして皇帝の紋章が刻まれているのです」

「まさか?」

「本当ですよ、残念ながら王国ではお三方の他にはフレデリカ様とハリエット様にあるのみです、邪魔なので処分したかったのですが残念です」

「フレデリカとハリエット、まさか主席殿が?」

「先を越される可能性を否定できませんでしたからね、先手を打ったのです、まさかあれを防がれるとは思いませんでしたが」

 仮面の魔導師は愉快そうに笑う。

「エドガー様、あなたは何をお望みなのですか!?」

 マリオンは苛立った表情を隠そうとしない。

「この遺跡をあなた方に与えたことからわかりませんか? オリエーンス帝国の歴代皇帝が壊すことが叶わず、苦肉の策で封印したオリエーンス連邦の最悪の遺産」

「エドガー殿、オリエーンス連邦最悪の遺産とされてるのは人型魔獣のはず、ご覧なさい、ここにそんなモノはない!」

 セザールが声を上げた。

「そうです主席殿、教授の仰るとおりここは空っぽです、あなたの大望が叶わずに済んだのは我らには幸いですが」

「この遺跡の意味をまだおわかりにならないようですね?」

「遺跡の意味?」

 エドモンドは仮面の魔導師の言葉を復唱した。

「空っぽなのは、まだ魔獣が作られてないからなのです」

「まだ作られていないとは?」

「言葉どおりですよ、殿下」

「エドガー様、まさか?」

 マリオンは聞くまでもなく答えはわかったのだが、問い掛けずにはいられなかった。

「直ぐにわかるよ、マリオン」

「主席殿、あなたはその魔獣を使って王国の臣民をすべて殺すおつもりか!?」

 エドモンドが声を荒げる。

「臣民の困窮に背を向け、遺跡に篭っていた殿下がいまさら何を仰るのです? いくら言い訳してもあなたは私の同類です」

「……それは」

 エドモンドは言葉を失う。

「確かに耳が痛い諫言かんげんですが、エドガー殿とは違って殿下も私も臣民の死など願ってなどいない、そこは勘違いされては困る」

 セザールが抗議する。

「私も臣民の死など願っていません。死ぬのは運がなかった。ただそれだけです。それより見てみたいではありませんか、最悪の魔獣の姿を」

 仮面の魔導師の姿にノイズが走った。

「どうやら、始まるようですね」

「これは!?」

 マリオンは自分の防御結界に負荷を感じた。

「どうしたマリオン?」

「殿下、遺跡の守護が消えたみたいです」

「エドガー殿、あなたの仕業か?」

 セザールが仮面の魔導師を睨んだ。

「いいえ、遺跡の判断です、使い終わった鍵は不要なのでしょう?」

「殿下、教授、申し訳ありません、私の防御結界はそう長くもちそうもありません」

「十分だ」

「ええ、人型魔獣など見たくありませんから」

「私もこれで失礼します、このマナの濃度では魔法も上手く操れませんので」

 仮面の魔導師はうやうやしく一礼して姿を消した。


 それと入れ替わる様に巨人のシルエットが姿を現す。


「これが人型魔獣なのか」

 三人は床に倒れ込む。


 高濃度のマナはその身体を一瞬で金属に変えた。


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