クーストース遺跡群 カダル遺跡 1
○フェルティリータ州 州都カダル クーストース遺跡群 カダル遺跡
薄暗い坑道の奥底で三人の男たちが剥き出しの金属の壁に向かい合っていた。フェルティリータの州都カダルの地下に埋まる遺跡にアクセスするために掘られた坑道は、今にも崩れそうな心もとない代物だった。
三人のうち二人はまったく気にしてないが。
「エドモンド殿下、こ、これを見て頂きたい! 暗号化された魔法式の一部だと思うのだがどうだろう?」
セザール・マクアルパインは興奮に声を上擦らせ、灰色でクセっ毛のボサボサ頭を掻きむしった。
「おお、これは間違いありませんよ、セザール教授!」
エドモンド王子も刻まれた文字に目を凝らして声を上げた、
金属の壁には先史文明オリエーンス連邦の文字がびっしりと彫り込まれている。
「カダルの遺跡はクーストース遺跡群の十一番目で間違いなさそうだね」
坑道の中なのに白衣を着込んでるセザールは満面の笑みを浮かべた。
「セザール教授、フェルティリータの州都にこんなスゴい遺跡を隠してるなんて何で教えてくれなかったのですか!?」
すねた表情のエドモンド。
「殿下、無理を仰らないで下さい。発見が先月で此処まで掘り進めたのが先週ですよ」
「それなら仕方ありませんね」
「カダル遺跡の価値はいかがですか殿下?」
「推察するにプリンキピウムと同等、もしくはそれ以上かと、しかもこれもまた生きている」
「やはり」
「やはりと言われると?」
「クーストース遺跡群に付いて書かれた記憶石板の記載の一部に矛盾が有ったのです。そこにカダル遺跡を追加することでそれが解消されるのです」
「セザール教授、是非その記憶石板を見せて下さい!」
「残念がら石板は親父殿が管理していたので、いまは手元にないのです」
「ああ、それでは仕方ないですね」
「そう落胆なされずとも内容は私の頭の中に入ってるのでご安心いただきたい」
「おおっ!」
「あのぉ、お二方ちょっとよろしいですか?」
マリオンが横から発言した。
「漏れ聞こえてくる情報に依りますとマコト・アマノ侯爵様がフェルティリータ連合に宣戦を布告されたらしいです」
次席宮廷魔導師マリオン・カーターは苦い表情を浮かべる。
王都からフェルティリータ州の州都カダルに至り、更にこの遺跡に閉じ込められるまでずっとこの表情だ。
「ほう、それはスゴい!」
「子供のやることですから」
「宣戦布告の要因の一つは殿下ですよ」
「マリオン、私は『自分の意思でフェルティリータ州に向かう』と言付けを頼んだはずだが」
「この情勢で誰が信じますか!? それに自分の意志の方がマズいとご説明したはずですが」
「それなのか?」
首をひねるエドモンド。
「しかし父が不在のいまじゃないとこの遺跡をエドモンド殿下にお見せするチャンスも無かったわけですから」
セザールはいい笑みを浮かべる。
「仕方ないか」
「仕方ないじゃありません! 国王派の貴族に丸め込まれたのでしょう、まだ幼いマコト侯爵様が矢面に立たされたのですよ、お可哀そうに」
「マリオン、私は直接マコトと話したことがあるがアレは丸め込まれる様なタマじゃないぞ、戦争を仕掛けたのなら本気でフェルティリータ連合を落とすつもりだ」
「マリオンくん、エドモンド殿下はマコト侯爵とお知り合いなのですか?」
「殿下はマコト侯爵様に下賜されたのです」
「婿入りじゃなくですか?」
「さすがに六歳の子に婿入りは体裁が悪いですからね、マコトの領地には手付かずの遺跡が有りそうですし、稀人の魔力を以てすれば魔獣の森を切り開くこともそう難しくはないでしょう」
「稀人!? マコト侯爵は稀人なのですか?」
「そうです、稀人です、あれは稀人で間違いありません」
「エドモンド殿下、是非、私も同行させて下さい!」
「ええ、ご同行下さい」
「あの、お二方」
「なんだい、マリオン?」
「お二方は、このままですと良くて縛り首ですよ」
「大丈夫だよ、私は見てのとおり発掘をしてるだけだ」
「私もです」
「そうは言っても、殿下は革命軍の首領として処刑台行きです」
「エドモンド殿下、いつの間に!?」
「セザール教授、いままで私と一緒にいたじゃありませんか! いったい何処にそんなことをしている暇があったと言うのですか!?」
「王族が濡れ衣を着せられて処刑されるのはそう珍しいことでは有りませんからね」
「確かに歴史はそうだが、私を処刑とはいささか短絡すぎでは?」
「教授もフェルティリータ連合の旗頭ですから、遺跡に隠れていたところを捕らえられて処刑です」
「マリオンくん、何故、私が旗頭なんだい?」
「ニエマイア・マクアルパイン様が亡きいま、教授がフェルティリータ連合の盟主となられたからです」
「しかしそれはマリオンの推測だろう?」
「いいえ、通信の魔導具を盗聴した結果です。教授はフェルティリータ連合がマコト侯爵様を破った直後、殿下を担いで蜂起することになっている様です」
「いったい誰がそんなことを決めたんだ?」
「現在フェルティリータ連合を実質的に支配してる方でしょう、どなたかは存じませんが」
「誰なんですセザール教授! その迷惑な輩は?」
「いや、お恥ずかしい話、この一〇年、国元に帰ったのは遺跡だけで州政府がいったいどうなってるのかはさっぱりわかりません」
「そうですね、普通は城より遺跡に行きますよね」
「当然です!」
「良くて処刑、悪くすると泥沼の内戦です」
「良くて私とセザール教授の処刑なのか!?」
納得できないエドモンドは声を上げた。
「いやはやなんとも乱暴な」
セザールは肩をすくめた。
「国を二分する内戦になったら王国は、その形を保てませんよ」
「流石にそこまでは」
「マリオンは悲観的すぎるのではないかな?」
教授と王子はうなずき合う。
「おふたりは、昨年この国で何人の餓死者が出たかご存知ですか?」
「二〇人ぐらい?」
「二、三人では?」
「わかっているだけで五万人です、実際にはその数倍かと思われます」
「「えっ!?」」
「幸い今年は、マコト侯爵様が貧困地域を中心にタダ同然で大量の小麦を売られてるので、去年の様なことにはならないと思われたのですが」
「何か問題でも?」
「今回の戦争です」
「貧困地域は貴族派の領地に集中してるのです」
「待ってくれないかマリオンくん、貴族派の領地ならばフェルティリータ連合からの小麦が流通してるはずだが」
「セザール教授、フェルティリータ連合は数年前から不作続きで、ここしばらく小麦の輸出は行われていません、今年はマコト侯爵の小麦を買ってるぐらいです」
「何と」
「万が一マコト侯爵様が討たれる様な事があれば、小麦の流通はストップし、今年の冬は去年以上の悲劇を繰り返すことになるでしょう」
「マリオン、マコトが討たれても小麦畑は残るだろう?」
「残念ですが、マコト侯爵様の小麦は魔法を使った大規模かつ極端な促成栽培と推測されます、しかも畑の大部分は大公国にあるのです」
「そんなことになっていたとは」
額を抑えるエドモンド。
「それ以前にマコト侯爵様が負けることはないと思われますが」
「しかし、マリオンも見ただろう、あの戦闘ゴーレムの数を」
「見てます、どうもかなりの魔力を消費するタイプのようですね、動かすだけでもかなり大変なのではないかと、とてもあの数を実戦に投入できるとは思えませんが」
「マリオンくん、我々はどうすればいい?」
「遺跡を脱出して王都に戻り汚名を晴らすのが良いかと、少なくとも縛り首は免れるかと思われます」
「わかった」
「それとどうやら魔獣がかなりの数、フェルティリータの領内に入り込んだ様です。近隣のオーリィ州、クァルク州、アブシント州の州都は魔獣により壊滅です」
「「州都が壊滅!?」」
「はい、いずれの州都も魔獣に襲われた様です」
「間違いないのか?」
「盗聴した限り、間違いではないと思われます」
「三つの州都が壊滅とは、せめて領民だけでもフェルティリータ連合内に逃げ延びてくれれば良いのだが」
セザールはうなだれつつ呟く。
「残念ながらフェルティリータ連合は避難民の受け入れを拒否した様です」
「バカな!」
「教授、フェルティリータ連合の台所は火の車のようです。上の決定に役人たちが安堵してるのがわかります」
「では、三州の領民は見殺しなのか?」
「どうやらマコト侯爵が領有と引き換えに救援を引き受けた様です」
「王宮ではなくマコトなのか?」
エドモンドが確認する。
「王宮も動いてないのですから実質拒否ですね、オーリィ州、クァルク州、アブシント州はいずれも貴族派の領地ですから動きたくても動けないのが本当のところでしょう」
「まさかそんなことになっていたとは」
セザールは頭を抱える。
「マリオン、何故フェルティリータ連合の上層部はわざわざ国を滅ぼすような企てをするのだ?」
「権力の中枢にいると不都合なことは巧みに隠蔽されて届くのものです、現状が見えていないのでしょう」
「つまり泥沼の内戦では無く、すんなり勝てると思ってるのか?」
「王都の守りは革命軍側に有利に働きますから、勝算ありと踏んだのでしょう」
「愚かなことを」
セザールが吐き捨てる。
「殿下、愚かな者共を付け上がらせた責は我らが負わなくてはなりますまい」
「セザール教授」
「私は遺跡を出たら城に向かい直ぐ様、愚かな行いを止めさせます」
「危険ではないですか? 守備隊の中には教授のお顔を知らない者も少なくないでしょうし」
「うっ、これは痛いところを」
「それに問題が一つあります」
「問題?」
「私たちを閉じ込めている遺跡の防御結界ですが、どうも外せないようです」
「マリオンでも無理なのか!?」
「申し訳ございません、あまりにも強力で堅牢、私では歯が立ちません。たぶんオリエーンス連邦の魔法式なのではないかと思われますが、それ以上は解析もままならない有り様です」
「刻印を探し出して破壊するのはどうだ? 上手く行けば結界が消滅する可能性があるぞ」
「殿下、刻印は遺跡の内部かと、それに結界が濃いマナや脆弱な地盤から私たちを守っているのも事実です、ですからいきなり壊すのは危険と思われます」
「仕方ない、セザール教授、私たちは自分の仕事を続けるとしましょう、上手く行けば間もなく開封できるはずです」
「確かに我々にできるのは発掘のみです!」
「マリオンは引き続き情報収集を頼む」
「わかりました」
喜々として壁に向かうふたり組を横目にマリオンは小さなため息を漏らした。




