開戦前夜にゃん
○帝国暦 二七三〇年一〇月十三日
チビたちに埋もれて目を覚ました。
「にゃあ」
猫耳たちみたいに跳ね飛ばすわけにはいかないのでニョロっとベッドから抜け出した。
「おはよう、マコト」
「おはようなの」
リーリとミンクがオレの胸元から出て来た。
「にゃあ、おはようにゃん」
「マコトのお腹は相変わらず最高だよ」
「最高なの」
ミンクまでもがオレのお腹の虜になっていた。
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 車寄せ
チビたちと朝ごはんを食べてからまたエイリー拠点に戻るのだが、車寄せで四歳児たち三人に抱き付かれた。
「「「おやかたさま、いっちゃやだ」」」
いつもはビッキーとチャスと同じく聞き分けのいいクール系幼児なのだが今朝はいつもと違っていた。
三人とも涙で顔をくしゃくしゃにしてオレにぎゅっとしがみ付いてる。
「にゃあ、面倒事を片付けたらすぐに戻って来るにゃん、だからいい子で待ってるにゃん」
「ほんとうに?」
シアがオレを見る。
「にゃあ、本当にゃん」
「あたしはおやかたさまといっしょにいく」
ニアが更にぎゅっとする。
「危ないからダメにゃん」
前回、ハリエットを王都に送る時はビッキーとチャスを連れて行ってしまったが、今回はマジものの戦争なだけに絶対に連れて行くわけにはいかない。
「あたしたちでおやかたさまをまもるの!」
ノアもオレから離れようとしない。
ビッキーとチャスはワガママこそ言わないものの涙をこらえてる。
「みゃあ」
オレが先に泣いてどうする。でも涙が止まらない。
「お館様、チビたちはウチらが守るから、連れて行くといいにゃん」
「にゃ?」
猫耳たちがチビたちをそれぞれ抱き上げた。
「でも、戦争にゃんよ」
「にゃあ、問題ないにゃん、ビッキーとチャスは精霊術師だしシアもニアもノアもウチらの娘だから防御結界は完璧にゃん」
「でも、危ないにゃん、みゃ!」
オレまで抱き上げられた。
「にゃあ、お館様が泣いていたらウチら全員の士気に影響するにゃん」
『『『そうにゃん!』』』
猫耳たちからも念話の声が多数入った。
「にゃあ、わかったにゃん、連れて行くにゃん、でもチビたちまで連れて行ったら姫様がひとりぼっちになるにゃんよ」
「姫様には王妃様がいるからひとりにはならないにゃん」
「にゃあ、それもそうだったにゃんね」
「お館様、孤児院から売られたところを助けた子が拠点に三人ほどいるにゃん、もうすぐ治療を終えるからネオケラスじゃなくてこっちに連れて来るにゃん」
「そろって五歳だし、三人ともいい子にゃん」
「にゃあ、頼むにゃん、チビたちは姫様にご挨拶してくるにゃん」
「「「はい!」」」
さっきまで泣いていたチビたちはもう笑顔になっていた。オレも人のことは言えないけどな。
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区
姫様たちに見送られてオレたちは改めて出発した。ビッキーとチャスにシアとニアとノアの四歳児三人乗せたので猫耳ジープは、一台だけストレッチ仕様の六輪車になってる。車輪まで増やす必要はないのだがそこは男のロマンにゃん。
○王都タリス 外縁部 農道
猫耳ジープの車列は何事もなく王都の門を通り抜け外縁部も抜けて最短で行ける麦畑の道を突っ走って旧男爵領に向かう。
チビたちを連れて行くことが急遽決まったので、各方面に明日からの行動計画を修正するように指示を与えた。
今回の戦争は時間稼ぎの意味合いもあるので急いで行軍する必要は無いのだが、オレたちだけで行くつもりだったから途中いろいろ無茶が織り込んであった。
例えば休憩&停車無しで数日突っ走るとか。
休憩や宿泊の方法も含めて再検討になる。
一時の感情に流されてやっちまった感もあるが、ぶっ続けで走ることがいいことではないので計画の練り直しはちょうど良かったのかも。
「おやかたさま、せんそうってなに?」
「あぶないの?」
「プリンキピウムよりあぶないの?」
シアとニアとノアの四歳児たちに質問される。
「にゃあ、戦争はこういうことにゃん」
幼児たちに口で説明するのは難しいので、ビッキーとチャスを含めた五人に魔法を使って知識を伝授する。
最悪の場合はドラゴンゴーレムを使ってのネオケラスへの送還も有りと教えておく。
「あたしもせんとうゴーレムとたたかう!」
「まけない!」
「おやかたさまはあたしたちがまもる!」
「「うん、わたしたちがまもる!」」
四歳児たちの意見に五歳児たちも賛同した。
「まずは自分自身を守ることが第一にゃん、オレのことはその後で頼むにゃん」
「「「わかった」」」
「「はい」」
五人を無事に帰すのがオレたちの最重要ミッションになった。
「おやかたさま、かいせんとどうじにドラゴンゴーレムでいっきにフェルティリータれんごうのしゅうとをたたいちゃダメなの?」
シアが作戦を立案した。
「にゃあ、策の一つとしては有りにゃん、でもフェルティリータ連合の戦力を無効化しないと安心はできないにゃん」
「せんとうゴーレムをむりょくかするの?」
ニアが質問する。
「そうにゃん」
「フェルティリータれんごうは、まほうつかいときしもゆうしゅうだから、いっきにむりょくかするのはむずかしいかも」
ノアは眉間にシワを寄せる。
「まほうつかいをつかったえんきょりこうげきに、そなえるひつようがあるとおもう」
ビッキーがアドバイスしてくれる。
「にゃあ、そうにゃんね」
「フェルティリータれんごうのしんぐんそくどにもよるけど、いまのところ、よていどおりのこうぐんで、てきをいどうとむだだまで、ひへいさせてからのこうげきがこうりつがいいはず」
チャスもしっかりと作戦を語った。
「にゃあ、いい作戦にゃん」
「お館様、チビたちに何を吹き込んだにゃん?」
「チビたちが作戦参謀みたいになったにゃん」
「お館様、ちゃんと答えるにゃん」
猫耳たちの目が厳しい。
「にゃ、にゃあ、今回の戦争に関する情報を伝授しただけにゃん、知識は身を守るにゃん」
「チビたちの知的レベルが思ってたより上がっていたにゃん、これは予想外にゃん」
「魔法を教えたからじゃない? 人間はエーテル器官が活性化すると頭の回転が早くなるらしいから」
リーリが教えてくれた。
「にゃあ、そうにゃん?」
「そこにお館様が知識を与えたから、参謀みたいになったにゃんね」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが納得する。
「そうにゃん、オレは何も悪くないにゃん」
「ウチらはお館様が、説明が面倒くさくなってチビたちの頭の中をイジったのかと思ったにゃん」
「いくらオレでもそこまで横着じゃないにゃんよ」
ちょっと横着したけど。
「チビたちのレベルを転生者並みに引き上げたのはマコトを含めて全員だけどね」
「にゃ、リーリはいま何て言ったにゃん? 転生者並みとか聞こえた気がしたにゃん」
「そうだよ、チビたちの能力は転生者並に引き上げられてるよ」
「五人は、かなり強力な魔法使いなの」
リーリとミンクに断言された。
「オレたちの犯行だったにゃんね」
「お館様、やりすぎは良くないにゃんよ」
「「「にゃあ、まったくにゃん」」」
「だから、おまえらも同罪にゃん!」
「「「にゃお」」」
チビたちが転生者並みの魔法使いであっても、攻撃陣に組み込むことはない。その力は自分を守ることにのみ使って貰いたい。
○旧男爵領 エイリー拠点
ジープ内で少々揉めたがエイリー拠点には予定どおり到着した。チビたちには本格的な防御魔法を中心とした魔法の練習を猫耳たちに頼んだ。
「あたしたちはビュッフェの様子を確かめて来るよ!」
「確かめるの!」
リーリとミンクはビュッフェに飛んで行った。妖精にブレはない。
オレは拠点の地下に下りた。
○旧男爵領 エイリー拠点 地下駐車場
広大な地下駐車場で、昨日のうちに設計を終えたトラックの再生を行う。
「にゃあ、一気に出すにゃんよ」
「了解にゃん」
一〇〇台のトラックが再生されて並べられた。
形こそ前回と同じ猫耳付きの六輪のボンネットトラックだが、あれから開発した新技術を盛り込んで防御結界を始め性能を上げている。
『『『ニャア』』』
一〇〇台のトラックが鳴き声を上げた。何故か車体のピンクがより鮮やかになってる。
明日は猫耳四〇〇人と八〇〇体の猫耳ゴーレムに一〇〇台のトラックで出陣する予定だ。それにチビたち五人が加わった。
猫耳の残りは各拠点防衛と秘密作戦を行う。
「お館様、王都の北側はもう寒いみたいにゃんよ」
「にゃあ、それは織り込み済みにゃん」
トラックに炬燵を取り付けようかと思ったがそれはいろいろな意味で危険なので取り止めた。
「トラックの防御結界があるから寒くないにゃん」
「そこは気分の問題にゃん」
「にゃあ、宿泊所の屋上に露天風呂を作るのはどうにゃん? 冷たい風の中で入るちょっと熱めのお風呂は最高にゃん」
「にゃあ!」
『『『賛成にゃん!』』』
多数の賛同の念話が飛んで来た。
『にゃあ、敵の魔法の餌食にならない様に注意するにゃんよ』
『『『にゃあ』』』
○旧男爵領 エイリー拠点 大ホール
夕方からはエイリー拠点の大ホールでは開戦前日の大宴会が開催された。
「明日からの戦いに備えて大いに英気を養って欲しいにゃん、次の祝勝会までが戦争なので全員怪我のないように頑張ってもらいたいにゃん、オレからは以上にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちは入れ代わり立ち代わり会場を訪れる。
チビたちも魔法の練習を終えてから参加したが、すぐに船を漕ぎ出したので猫耳ゴーレムたちの手で寝室に運ばれて行った。
「これは最高だよ」
「最高なの」
リーリとミンクがテーブルの間を飛び回って料理を堪能していた。
宴会と同時に研究拠点の総合作戦室では明日からのタイムスケジュールの作成と情報の収集と解析が行われていた。
情報は犯罪ギルドのメンバーやブラッドフィールド傭兵団、それに国王派の領地からも入って来ている。
フェルティリータ連合の州内では騎士と秘密兵器である戦闘ゴーレムの移動が続いていた。
連合の最も東側にあるボース州のアキントゥス州との州境に集結している。
開戦と同時にアキントゥス州との境界門を抜けて指定されたコースの進軍を開始するのだろう。
オレたちはフェルティリータ連合内にいる犯罪ギルドのメンバーの目を通して直に騎士や戦闘ゴーレムを見ている。
本人はオレたちの諜報活動に加担してるとは夢にも思ってないはずだ。
『騎士は全員が魔法馬に乗っているから移動は速そうにゃん』
念話で総合作戦室の猫耳たちと話す。
『今回のルートは不整地が多いからしっかりと道を均す魔法使いがいるみたいにゃん』
『にゃあ、お館様の予想が当たってるにゃん、戦闘ゴーレムの重量が半端ない感じにゃん』
金属製の戦闘ゴーレムたちは蹄で石畳を割りながら行進している。
『重量軽減の魔法は使ってないにゃんね』
『お館様、あの魔法は燃費悪すぎにゃん、刻印で賄うには無理があるにゃん』
『気になるのはフェルティリータ連合の内情にゃん』
『にゃあ、確かに聞いていたのと違う風景が広がっているにゃん』
いま視界に入ってる麦畑はどうもちゃんと収穫されてない感じだ。
『フェルティリータ連合の州内は、いずれも荒廃がかなり進んでるみたいにゃん』
フェルティリータ州は国内有数の穀倉地帯なのだが、共有した映像はどこもかしこも立ち枯れたまま小麦が放置された風景が映し出されていた。
『農作物の不作に加えて遺跡の発掘にかなりの数の農民が駆り出されてるにゃん』
犯罪ギルド経由の情報だ。
『犯罪奴隷代わりに何ら落ち度のない農民を使ってるにゃん?』
『領民の虐待は王国法で禁止されてるはずにゃん』
『王宮は数年前からフェルティリータ連合を含む貴族派領地への統治能力を実質的に失っているにゃん』
『にゃあ、治安の悪化も深刻にゃん、州都近郊の都市部では冒険者ギルドが治安の維持をしてる状態にゃん』
『住民がいなくなるわけにゃん』
忽然と消える住民の情報はやはり逃げ出していたのだろう。
『この有様ではこの冬、餓死者が確実に出るにゃんね』
『餓死者だけで済めば御の字にゃん』
『にゃあ、フェルティリータ連合は豊かな領地じゃ無かったにゃん?』
想像以上の荒廃にオレは首を傾げた。
『作物に関してはここ数年で急激に悪化してるみたいにゃんね』
『お館様、小麦の不作は国内の大多数の領地にも言えるから特別フェルティリータ連合だけがおかしいわけではないにゃん』
『そうにゃんね、何者かに煽られてるとは言え、領内の貴族がそろって内戦なんか画策してる場合じゃないと思うにゃん』
『『『にゃあ』』』
猫耳たちも同意の鳴き声を上げる。
『エマはどうにゃん』
宰相でありフェルティリータの領主だったニエマイア・マクアルパインだったエマに聞く。
『我が領のあまりの惨状に言葉を失ってるにゃん、ウチが知る限りこんな有り様では無かったはずにゃん』
『領内の貴族がおかしくなった理由はわかるにゃん?』
『原因の一つは紛れもなく作物の不作で間違いないにゃん、その焦りが遺跡の無理な発掘に貴族たちを駆り立ててると思うにゃん』
『そんなに無理に遺跡を掘らなくても蓄えが有ると違うにゃん? 小麦が無くて高騰してるならともかく、オレのところから安定した価格で流してるにゃん』
『そこに何かしらウチの知らない原因があると思われるにゃん』
エマにもわからないらしい。
『黒幕の存在にゃんね』
『息子のセザール・マクアルパインじゃないにゃん?』
『ほとんど領地に帰らなかったセザールに貴族たちを動かせるかはなはだ疑問にゃん、あれは良くも悪くも学者バカにゃん』
『特異種になっていたらどうにゃん?』
『それなら可能性は有るにゃん』
『無理な遺跡の発掘あたりがそれっぽいにゃん』
『にゃお、言われてみるとそうにゃん』
『現段階では候補者の一人レベルにゃん、特異種かどうかは実際に会ってみないと判断が付かないにゃん』
いずれにしろエドモンドを連れ去った元宰相の息子セザール・マクアルパインは捕まえる必要ありだ。
『にゃあ、現状のフェルティリータ連合では戦争に勝っても革命軍を組織するどころか領地の維持も微妙な状態にゃんね』
『それでも注意しなきゃならないのは騎士にゃん、情報では何処も不自然なまでの統制と内部でのリンチの苛烈さが際立ってるにゃん』
『報告している犯罪ギルドの人間がビビってるぐらいにゃん』
『その雰囲気バイネス狩猟団を思い出すにゃんね』
『にゃあ、お館様、正にそれにゃん』
『騎士たちは、何があろうと攻め上がって来ると予想されるにゃん』
『全員、生け捕りにゃん』
『下手をすると戦争が終わる前にフェルティリータ連合の統治が崩壊するにゃん』
『にゃあ、いまの状態だと終戦前に領内で反乱が起きそうにゃん』
『反乱はまずいにゃんね、他の貴族派の領地では既に魔獣の越境が確認されてるにゃん、反乱の規模によっては大発生を誘発するにゃん』
『裏でイカレた転生者か特異種が糸を引いてるなら、それだってそいつを喜ばせるボーナスにゃん』
転生者が黒幕かどうかはまだ確証は無いがオレたちの中では確定路線だ。少なくとも宮廷魔導師級の魔力を持つサイコパスだ。
『これはフェルティリータ連合の領民たちのことを考えると一刻も早く決着を付けないとヤバいにゃんね』
『にゃあ、お館様、頼むにゃん、皆んなを救って欲しいにゃん』
エマに哀願される。
『無論、そのつもりの戦争にゃん』
○旧男爵領 エイリー拠点 頂上
夜になってからはエイリー拠点のピラミッドの天辺に立って防御結界の更なる強化に勤しむ。
王宮の絶対防御結界が刻印のみであそこまでやれてることを考えると、こっちはもっと強化することが出来るはずだ。
「マコト、スゴいの作ってるね!」
「魔法式で、ミンクの頭がくらくらするの」
リーリとミンクが連れ立ってやって来てオレの頭に乗る。
「防御結界の強化にゃん、ふたりは宴会の料理をたっぷり食べたにゃん?」
「「食べた!」の!」
ふたりの妖精が声を合わせた。
「にゃあ、味はどうだった?」
「とてもおいしかったの、ミンクは気に入ったの」
ミンクが答えた。
「にゃあ、それは良かったにゃん」
「マコトたちは明日からお出かけなんだね」
リーリに質問された。
「にゃあ、そうにゃん、オレと猫耳たちは明日からちょっとした旅に出るにゃん。リーリとミンクはどうするにゃん?」
「あたしは、もちろん一緒に行くよ!」
リーリは即答だった。
「ミンクはどうするにゃん? もちろん、ここにいてもいいにゃんよ」
「マコトは戦争するの?」
ミンクの声は不安そうなトーンが含まれていた。
「にゃあ、戦争と言っても誰も死なないようにする予定にゃん」
「誰も死なないの?」
「にゃあ、そうにゃん、オレたちが止めないとフェルティリータ連合で、たくさんの人たちが死ぬにゃん」
「わかったの、ミンクも協力するの」
ミンクは協力を申し出てくれた。
「にゃあ、ありがとうにゃん、ふたりが一緒に来てくれてオレもうれしいにゃん」
「あたしたちは友だちだからね」
「そうなの、マコトはリーリちゃんとミンクの友だちなの」
「にゃあ、そうにゃん、オレたちは友だちにゃん」
ふたりの妖精を味方に付けて、いよいよ明日から戦争だ。




