プリンキピウムに帰るにゃん
○州都オパルス 城壁門
「お嬢ちゃん、子供がいまから出るのは止めた方がいいぞ」
「にゃあ、安全に野営が出来るから大丈夫にゃん」
「それでも止めた方がいいんだがな」
守備隊のおっちゃんにかなり心配されたが何とか城壁門の外に出られた。
既に夕暮れの時間だ。子供一人が門から出るって言えばオレが逆の立場でも止めていると思う。我儘言ってごめんにゃん。
○プリンキピウム街道
交通量の減ったオレンジに染まった街道をパカランパカラン走る。あっちの世界では退勤で混み合う時間帯だが、こちらは逆に閑散としていた。近隣に帰る人だけが州都の城壁門を出た感じだ。
見た限りオレみたいに長距離を走る人間は皆無だった。夜行の荷馬車なんてのは存在しないのだろうか? もしかしたら王都向けには走ってるかもな。
一時間も走るとかなり暗くなって来た。
オレ一人だったら夜道をそのまま突っ走っても構わないのだが無理はしない。変なことをするとキャリーとベルを心配させてしまう。
テントよりもゆったり出来るロッジを使いたかったので、夜でも目立ってしまう野営地は止めて街道から見えない林でも挟んだ野っ原を探す。
避けられる対人トラブルは避けるに限るからな。
「ここでいいにゃんね」
街道からヤブにちょっと入った場所にあるおあつらえ向きの野っ原を見付けた。
○プリンキピウム街道脇 ロッジ
野っ原にロッジを出して早速リビングでくつろぐ。
「にゃあ、オリエーンス連邦の情報で間違いなさそうにゃんね」
図書館で仕入れた記憶石板の情報を頭の中で整理する。
精霊情報体にはない魔獣についての記載がかなりあった。
これで魔獣の作り方がわかれば最高なのだが、軍事機密を掘り当てたヤツはいなかった模様にゃん。
風呂に入りながらキャリーとベルに連絡する。
『にゃあ、いま大丈夫にゃん?』
『わっ、急にマコトの声がした』
『慌て無くていいのです、マコトからの念話なのです』
『そうにゃん、念話にゃん、だから口に出さなくて大丈夫にゃん』
『そうか、口に出さなくて大丈夫なんだね、わかった』
『いま話しても大丈夫にゃん?』
『問題ないのです』
『順調に進んだにゃん?』
『こっちは問題ないよ、乗合馬車の倍は進んだんじゃないかな』
『オレは図書館に寄って、ちょっと見物したからギリギリに門を出たにゃん』
キャリーとベルと話が弾んで、すっかり長湯をした。
パンツとロングTシャツだけのオレはリビングのソファーにもたれてアイスを食べる。
「すっかり夜にゃん」
オオカミの遠吠えに雑多な獣たちの鳴き声が混じってる。
州都から離れていない人口がそれなりに有る場所でこれか、人を襲う獣も少なからず徘徊している様だ。
外の様子をスクリーンに映しながら夕食のペペロンチーノを作り始めた。
すっかり暗くなってるので暗視モードの映像だ。
ロッジからは光も臭いも魔力も漏れてないので獣が寄って来ることはないだろう。
寄って来るとしたら人間ぐらいか。
認識阻害は魔法使いには逆効果なので使っていない。近衛軍の件があるから用心するに越したことはないからな。
冒険者しかいない森の中ならともかく人家が多くいろいろな人間が行き交う街道の近くでは、もっと目立たなくした方が得策かも。
でも、ロッジは使いたい。ここは譲れないにゃん。
「にゃう」
スパゲッティを食べ終えた辺りで馬車の音が聞こえた。
この前に聞いた音に似てる。
馬車三台に騎馬が四頭だ。
「また、アレにゃん」
街道の様子をスクリーンに映す。
「間違いないにゃんね」
先行の二騎の後を犯罪奴隷を詰めた馬車が三台走り、後衛の二騎がそれに続いた。
フォーメーションも人数も変な帽子も前と同じだ。
街道から見えない場所にロッジを置いたのは正解だった。
「にゃあ、犯罪奴隷を集めてるにゃんね」
キャリーとベルが言ってた遺跡の発掘をやってるのだろうか?
後を追えばわかるけど、好奇心、猫を殺すを地で行きそうだ。
面倒事は御免なので日没後の移動もなるべく控えることにしよう。
○アルボラ街道 野営地
「マコト大丈夫かな?」
「話を聞いた限り問題無さそうなのです」
キャリーとベルは、王都からアルボラ州オパルスを繋ぐ街道の野営地に張ったテントの拡張された空間で並んで寝てる。
流石にテントの野営だけあって軍服を身に着けていた。
テントの防御結界を信用していないわけじゃないが過信もしない。最悪を想定した行動を叩き込まれているからだ。
そうは言っても身に着けている軍服は、シャワーの最中にウォッシュの魔導具でクリーニングしてあるので心地良く仕上がっている。
「でもね、別れ際、マコトが泣いちゃってるの見ちゃったんだよね」
キャリーがボソっと呟く。
「気付いて止まらないキャリーは鬼なのです」
ベルは非難めいた眼差しをキャリーに向ける。
「えー、止まったら絶対に連れて来ちゃったよ」
「それはそれで問題なのです」
「でしょう? マコトに王都は危険すぎるよ」
「ある意味、プリンキピウムの森より危険なのです」
「相手もただじゃ済まないと思うけどね」
「悪徳商会や犯罪ギルドの連中が大変なことになって、最後は近衛軍と戦争になるのです」
「私にも見えるよ、その光景が」
あちこちから黒煙を上げる王都と変な帽子の兵士たちが転がってる惨状を。
「マコトもそれは望んでないと思うのです」
「だよね」
○帝国暦 二七三〇年〇四月二五日
○プリンキピウム街道
早く寝たので朝早く出ることにした。
ロッジを仕舞って誰も居ないのを確かめてから街道に出てパカポコと進む。ヤブからガサガサ出て来たら変に思われるからな。
「にゃあ、別れ道にゃん」
来る時に使った通常使用されてる街道、それにほとんど使われていない旧道、そしてマジモノの林道の三つのルートに分かれてる。
「わざわざ冒険する必要もないので手堅く来た道を帰るにゃん」
街道に馬を進ませた。
急ぐ旅ではないのでパカポコと常識的な速度で進む。
それでも何台かの馬車は追い抜いた。
州都の中と違って街道で馬車を引いてる魔法馬は、既に刻印の打ち直しも限界に来てるようなポンコツばかりだ。
現に朽ち果てた魔法馬らしきモノが道端に転がっている。
勿体ないのでこっそり分解して頂戴した。
「猫のお嬢ちゃん、最近この先に盗賊が出るらしいから、俺たちと一緒に行った方がいいぜ」
追いついて来た二頭立ての幌馬車の御者台にいる兄ちゃんから声を掛けられた。
「にゃ?」
おお、魔法馬も馬車もピカピカだ。この街道では初めて見たぜ。
「盗賊が出るにゃん?」
いよいよテンプレ展開か? ちょっとワクワクするぞ。
「ああ、ここ最近、頻繁に出てるらしい、しかもかなり荒っぽい手口だ、悪いことは言わない、この馬車と一緒に進んだ方がいいぞ」
幌からもう一人の兄ちゃんが顔を出す。
どっちも二〇代中頃のイケメンだ。冒険者とは雰囲気が違う。軽装で小綺麗な身なりからすると商人か?
「にゃあ、一緒に行ってもいいにゃん?」
「いいぞ」
「盗賊は出ないと思っていたにゃん、でも違うにゃんね」
「ヤツらは何処にでも出る」
来るときは何も無かったから、キャリーとベルの王国軍の軍服の威力は絶大だったわけだ。
「出る場所が決まっているのに守備隊は捕まえないにゃん?」
「守備隊が何度も討伐に出てるが、全て空振りだったらしいぜ」
転覆して壊れた荷馬車が放置してある。荷物の類はない。
「アレは襲われた馬車にゃん?」
来るときは無かったはずだ。
「だろうな、斧か何かで壊されてる」
なるほど人為的にぶち壊した痕跡があった。
「オレはマコトにゃん、プリンキピウムで冒険者をしてるにゃん」
「冒険者だったのか、貴族のお嬢ちゃんかと思ったぞ、ああ、俺はイートン・アスカムだ」
御者台の兄ちゃんがニカっとする。
「それでこっちが」
後ろの幌を親指で差す。
「ジェフリー・ブリス」
もう一人の兄ちゃんが、また幌から顔を出した。
「オレたちはしがない商人をやってる」
「にゃお、しがない商人はこんないい馬車には乗ってないにゃんよ」
「いや、見すぼらしい馬車では信用されないからな」
またイートンがニカっとした。
「そういうことにしておくにゃん」
馬車と魔法馬は新品とまでは言わないが、それに近いコンディションだ。アーチャー魔法馬商会に並んでいてもおかしくない。
しがない商人が見栄で乗るレベルのモノじゃない。
「その歳で冒険者なだけはあるな、良く見てる」
ちょっと真面目な顔をする。
「マコトは今夜どうするんだ?」
ジェフリーが顔を出す。
「にゃあ、野営するつもりにゃん」
「おいおい、一人で野営とか大丈夫なのか? 宿に泊まる金が無いってわけじゃないんだろう」
「単に野営の方が気楽でいいだけにゃん、このなりだと宿屋に泊まる方が面倒にゃん」
「わからんでもないが」
ジェフリーが眉間にシワを寄せる。
「野営の方が確かに気楽ではあるな」
イートンがうなずく。
「イートンもわかってるにゃんね」
「もしかして、マコトはできる冒険者か?」
ジェフリーが問い掛ける。
「そうにゃんね、いまも両側のヤブに監視の魔導具が仕掛けられてるぐらいは、わかるにゃん」
「なるほどマコトは魔法使いか、それならいろいろ納得だ」
ジェフリーは、そう言って幌の中に引っ込んだ。
「盗賊のヤツら、俺たちの馬車とマコトの馬に狙いを付けたんじゃないか、マコト自身もヤバいぞ」
「オレに何をするつもりにゃん?」
「可愛い娘は、裏で高く売れるんだよ、まあ、マコトなら扱いは悪くないと思うがな」
「にゃお、皆殺しにしていいにゃん?」
「おいおい、盗賊どもは犯罪奴隷で売るから殺さないでくれよ」
「にゃあ、イートンとジェフリーは普通の商人じゃないにゃんね?」
「なに、ちょっとだけ場慣れしてるだけさ、なあ、そうだよな」
イートンが肩をすくめて幌の中に声を掛けた。
「ああ、盗賊から寄って来るんだから仕方ない」
幌の中からジェフリーの声だけした。
ここまでピカピカの馬車と魔法馬なら、盗賊を誘ってると言っても間違いないんじゃないか?
道の両側はプリンキピウムの森と違ってボーボーのヤブが続く。隠れるにはおあつらえ向きだ。
「前方に人がいるにゃん」
軽く探査魔法を薄く打つと路上に人間がいるのがわかった。探査魔法に対して特にリアクションもないので魔法使いでは無さそうだ。
「マコトは、かなり魔法を使える様だな」
イートンが感心していた。
「探知ぐらいはできるにゃんよ」
「人数がどのぐらいいるかわかるか?」
幌の中からジェフリーの声が掛かる。
「この先の路上にふたり、森の中に道を挟んで五人ずつにゃん、ライフルは路上のふたりだけが持ってるにゃん」
路上のふたりは直ぐに目に入った。
「守備隊の制服を着てるな、盗賊じゃなくて検問か?」
だらしなく守備隊の制服を着込んだ不潔な男がふたり手を上げて停車を促した。
「よーし停まれ! 荷物を検めさせてもらうから馬車を降りてくれ」
「こんなところで検問とは珍しいな」
「何か都合でも悪いのか?」
「いや、単に珍しいと思っただけだ」
イートンは落ち着いて対応してる。
「馬車を検めるだけなら、オレは関係ないにゃんね、先に行くにゃん」
オレが馬を進めようとすると一人が駆け寄って前に出た。
「おっと、そう言うわけにはいかねえんだ、お嬢ちゃんも付き合ってくれ」
両手を拡げて通せんぼした。
「おっさん、本当に守備隊の人にゃん?」
「当たり前だろう、こいつを見ろ」
守備隊の登録カードを出す。
「にゃあ、だったらヤブに隠れてるヤツらはどうにゃん? 守備隊の制服を着てないにゃんよ」
「ああ、そうだヤツらは違う」
「おっと動くな……」
定番のセリフを言う前に守備隊のふたりは素っ裸になって倒れた。
「なっ、マコトか?」
イートンが小銃を構えてるオレを見て驚きの表情を浮かべる。
「殺してはいないにゃんよ」
オレは銃口を左側のヤブに向けてフルオートで銃撃した。
反対側も銃撃する。
「もしかして全部、倒したのか?」
「にゃあ、ここにいた奴らは全員倒したにゃん」
「一瞬かよ」
ジェフリーが馬車を降りて慎重にヤブに踏み込んだ。
「何で全員、素っ裸になってるんだ?」
「オレが装備を消したからにゃん」
「生きてるか?」
イートンがジェフリーに声を掛けた。
「ああ、息はしてる」
「マコト、こいつらはいつまで寝てるんだ?」
「このままなら丸一日にゃん、ケリを入れれば直ぐ目を覚ますにゃん」
「だったらひとまず拘束して転がしとくか」
「マコト、ここから逃げたヤツはいるか?」
「にゃあ、いないにゃん」
「他にいるかどうか、こいつらに聞いてみるか?」
イートンは御者台を降りると路上に転がってる守備隊のふたりを手早く縛り上げた。
そして一人に首輪を巻いた。
「それは何にゃん?」
「こいつは真実の首輪という魔導具だ、聞かれたことに正直に答えるから、ぶちのめして聞き出すより手早くていい」
「にゃあ、それは便利そうにゃんね」
「マコト、こいつを起こしてくれるか?」
「了解にゃん」
守備隊の一人を起こすついでに真実の首輪をこっそりコピーした。
○プリンキピウム街道脇
縛り上げた男たちとふたりの馬車をヤブに隠して、オレたちは馬でヤツらのアジトに向かう。
イートンとジェフリーのふたりは、盗賊を狩るのが本業みたいだ。
「ふたりは冒険者じゃないにゃん?」
「いや、オレたちは武装商人って呼ばれてる」
おお、武装商人!
「盗賊は俺たちの大事な商品だから基本殺さない、賞金首の盗賊を狩る冒険者と違って、武装商人は犯罪奴隷を売ることを生業にしてるんだ」
「マコトの銃を見た時、俺らの同業かと思ったぞ」
「ああ、意識を刈り取る銃を使うのは俺らの同業だけだからな」
「オレは単に人を殺したくないだけにゃん」
「悪くない考え方だ」
「ああ、その代わり油断大敵だぞ」
「わかってるにゃん」
既に分け前については話が付いてる。
三等分だ。
それとオレは冒険者なので、盗賊の討伐ポイントが付くらしい。それもランクアップの材料になるとか。
○廃村の跡 盗賊のアジト
見張りの盗賊をひとりずつ無力化してヤツらのアジトに近付く。街道に廃村の跡を不法占拠していた。
結構な大所帯らしいがこんな過疎った街道でそんなに儲かるものなのだろうか?
周囲が薄暗くなって来た。
「あそこだな」
屈んだイートンが指差す。
テントがいくつかと魔法馬が三頭ほどいる。
「全部で十一人いるにゃんね、中央の広場にまとまっているにゃん」
「マコトはヤツらの装備を消せるか?」
ジェフリーが聞く
「問題ないにゃん」
「よし、始めるぞ、マコト頼んだ」
「了解にゃん」
イートンの声を合図に中央の広場に張られたテントと盗賊の装備を消し去った。
「なっ!?」
素っ裸にされた盗賊が目を見開いて驚く。
イートンとジェフリーの銃によって盗賊が次々と倒される。
オレも負けられない。
ふたりの死角にいる盗賊はオレの獲物にゃん。
あっと言う間に盗賊全員を無力化し、短時間で討伐は終了した。
○プリンキピウム街道
拘束した盗賊たちを鹵獲した荷馬車に詰め込んで街道に戻った。
森に転がしていたヤツらも詰め込む。
ここで名前を聞き出し記録を作った。首輪を使ってるので虚偽は通用しない。
「賞金首が三人か」
「人数も多いし今回は当たりだ」
騒がしいので全員、眠らせた。
守備隊の一部と繋がっていたことで摘発を免れていたらしく、ここまでの大所帯になった様だ。
街道での追い剥ぎ以外にも押し込み強盗や誘拐などいろいろやっていたらしい。
「犯罪ギルドに繋がった守備隊員か、最近良くある事例だな」
「ああ、諸侯軍が王国軍に編入されてから守備隊の質が落ちる一方だ」
盗賊の装備品をふたりに見せる。
価値の有りそうなのはライフルぐらいだったが、二丁とも故障していて使い物にならなかった。
現金が合計で大金貨三枚ちょっと分。
後はガラクタみたいな剣だの何だのにボロ布みたいな服と靴。
「こいつらの装備品か、俺たちはパスだ」
「だったらオレが貰うにゃん」
「どうするんだ、そんなもん?」
「洗って補修して売るにゃん」
「手間が掛かる割に儲けは少ないぞ」
「捨てるよりはいいにゃん」
現金は三等分し、盗賊の装備品は全部オレが引取った。
「今日はこれからどうするにゃん?」
夜は直ぐそこまで来ていた。獣の声もそう遠くない場所から聞こえる。
「近くの野営地まで戻るとしよう」
イートンが答えた。
「州都に行くにゃん?」
「ああ、これだけの人数だからな、州都で売りさばくのがいちばん高く売れる」
「それに守備隊の件があるから、こいつらのいた街には近付かないほうがいい、たぶん犯罪ギルドに内通しているこいつらとは別のヤツがいる」
ジェフリーが気絶している盗賊を見る。
「マコトも面倒だろうけど頼む」
「わかったにゃん」
○プリンキピウム街道 野営地
一時間ほど掛けて近くの野営地まで戻ってオレは自分のテントを張った。
イートンとジェフリーは馬車の中と下で寝るらしい。幌の中はともかく馬車の下ってどうなのよと思ったが、良く見れば馬車には簡易的だが防御結界の刻印が刻んであった。それならコットと毛布だけでもただのテントよりは安全か。
意識を刈り取った盗賊どもは全部、荷馬車に突っ込んだままだ。
既にすっかり暗くなっていた。
「夕食はオレが準備するにゃん」
ふたりが不味そうな携帯食を取り出したので声を掛けた。
「マコトが?」
イートンが不思議そうな顔をする。
「にゃあ、オレだけちゃんとしたモノを食べるのも気が引けるにゃん」
無論、一緒にマズい携帯食を食べるとかの選択肢は存在しない。
「マコトが作ってくれるのか?」
ジェフリーも不思議そうな顔をする。
「にゃあ、作り置きみたいなものにゃん」
六歳児が飯を用意したんだからおとなしく食うにゃん。
作り置きというかその場で再生したハンバーガーとスープをふたりに出してやる。
「パンと肉な」
「いい匂いだし、しかも温かい」
「にゃあ、そのぐらいは当然にゃん、とにかく食べるにゃん、口に合うかどうかは保証の限りじゃないにゃん」
「ああ、そうだな」
ふたりはハンバーガーを齧った。
「「おおおっ!」」
ふたりは感嘆の声を上げた。
「「マコト、俺たちと一緒に来ないか!?」」
いきなりふたりの胃袋を鷲掴みにした。
「にゃあ、オレはプリンキピウムに戻って冒険者を続ける予定にゃん、それに人間相手はやっぱり怖いにゃん」
「子供でもマコトほどの力があるなら、十分にやっていけるんだけどな」
「ああ、それは間違いない、俺たちが保証する」
「オレがその気になった時はよろしく頼むにゃん」
「ああ、いつだって大歓迎だ」
○プリンキピウム街道 野営地 テント
真夜中、オレがテントの中のベッドで気持ち良く寝ていたのだが、複数の蹄の音に目を覚ました。
複数の馬と馬車にゃん。こんな時間に走ってるのはアイツらか?
オレはテントからこっそり外の様子を覗く。
先頭はへんてこな帽子か。
やはり近衛の兵士と犯罪奴隷を護送する馬車だった。
いつもと違い、ヤツらが野営地で停まった。
イートンとジェフリーも起き出してる。
「おい、貴様ら武装商人だな、こいつらは捕獲した盗賊か?」
馬車に積んである盗賊たちを指差した。
先頭を魔法馬で走っていた近衛軍の兵士だ。へんてこな兜のせいで口元しか見えない。
「左様でございます」
ジェフリーが対応する。
「馬車ごとこいつらを譲ってはくれぬか?」
「馬車ごとでございますか?」
「ああ、奴隷は二三人か、一人あたり大金貨一枚を払おう、馬車と馬三頭には三〇枚出す」
「馬車にもう三枚を付けていただけないでしょうか? それと賞金首が三人いますので、それを含めた討伐証明をいただければお売りいたします」
イートンが即答した。
「よかろう、決まりだ」
取引はほんの数分で終わり、盗賊は州都に連れられること無く売り払われた。
近衛軍が馬車ごと盗賊を連れてすべて走り去ってからオレはテントを出た。
「済まないマコト、勝手に決めてしまった」
イートンが謝罪した。
「にゃあ、いいにゃんよ」
オレとしては面倒な相手をさっさと追っ払ってくれて感謝している。
「相場の二割増しってところで売れたから取引としては悪くないぞ」
ジェフリーがニマっとした。
「問題ないにゃん」
目が覚めてしまったので、このまま州都に向けて出発することになった。
○プリンキピウム街道
真っ暗な道を武装商人の馬車と並んで走る。
オレの魔法で前方を照らしてるので車のヘッドライトぐらいの明るさを確保してる。
「これだけ明るければ全力で走っても良さそうだ」
「いいんじゃないか?」
「油断大敵、事故の元にゃん」
無論、オレは速度を上げないが、こっちのふたりは大金が入ったことも有って浮かれていた。
一回の狩りと考えれば金額としては悪くないが、獲物を生きたまま持って帰らなきゃならないし、手続きも面倒臭そうだ。
何より近衛軍が寄って来るとあってはオレにメリットがない。
速度を落として走りたかったが、イートンとジェフリーに煽られて結局突っ走ることになった。
獣の影が見えたが、速度を上げて突っ走る馬車と魔法馬の迫力に驚いたのか、街道に出て来ることはなかった。
「マコト、走りながら寝るな!」
「にゃ、大丈夫にゃん」
オレは途中から寝た。
○帝国暦 二七三〇年〇四月二六日
○州都オパルス 城壁門
開門とほぼ同時に州都に戻って来た。早い時間だけ有ってほとんど待たされず通り抜けることができた。
「にゃふぅ~まだ眠いにゃん」
目を擦ってあくびした。
「いや、マジで寝ながらここまで来るとは思わなかったぞ」
イートンが呆れ顔でオレを見る。
「にゃあ、オレの魔法馬は優秀にゃん」
居眠り程度はどうってことない。自動運転レベル5にゃん。
「だろうな、居眠りしながら振り落とされないんだからスゲーよ」
ジェフリーには感心される。
「それで何処に行けばいいにゃん?」
「州都だから守備隊の本部でいいだろう、直ぐそこだ」
イートンが前方を指差した。
「場所がわからないから後を付いてくにゃん」
イートンとジェフリーの馬車の後をパカポコと付いて行く。
馬を自動運転させるなら馬車も良さそうだ。
○州都オパルス 守備隊本部
守備隊本部の建物は、図書館の近くに有った。
この辺りは官庁街にゃん?
「朝飯に串焼きでも食ってから行こうぜ」
「にゃあ、オレは構わないにゃん」
屋台でオオカミ肉の串焼きを買ってベンチに並んで座ってかぶりつく。
う~ん、不味い。
塩気も無しとは素材の味を大切にしすぎてないか?
オレは、ウルフソルト+ハーブの新型ウルフソルトを振り掛ける。
「にゃあ、これならイケるにゃん」
イートンとジェフリーがオレをガン見してる。
キャリーとベルを思い出した。
「何にゃん?」
「マコトは、何をしてるんだ?」
「串焼きを子供のオレでも食べやすくしてるだけにゃん」
「ちょっと俺たちにも振り掛けてくれないか?」
「振り掛けるのはいいけど、舌に合わなくても責任は取れないにゃんよ」
「そんなせこいことは言わないから頼む」
ふたりの串焼きに新型ウルフソルトを振り掛けてやる。
「お、おおお、何だこれは?」
「味が全然違ってるぞ」
「問題はないにゃん?」
「ああ、全然ないぞ、こんなに美味くなるとは驚きだ」
「俺はもう一本買って来るぜ」
「おう、俺もだ」
何故かふたりはオレの分も買ってきた。
オレは朝からそんなに食べられないにゃん。
串焼きで腹一杯にした後は守備隊の本部に書類を提出して、捕まえた盗賊のうち三人に掛けられていた賞金を頂戴した。
それと盗賊の討伐の証明書を受け取る。これをプリンキピウムの冒険者ギルドに提出するとランクアップのポイントになるらしい。
イートンとジェフリーの馬車の中で、賞金も合わせて一人あたり大金貨二〇枚と金貨八枚ちょっとの分け前をもらった。
以前のサラリーマン生活と違って、えらい勢いで金が貯まって行く。
しかも使い道がないと来てる。
六歳児なのが悔やまれるにゃん。
「またな、マコト!」
「元気でいろよ!」
「またにゃん!」
イートンとジェフリーと守備隊の本部前で別れた。
ふたりは州都に留まって盗賊の情報を集めるそうだ。
この世界、悪いやつもいるけど、いいヤツもいっぱいいる。
要は何処も一緒ってことだ。
オレは今度こそプリンキピウムに帰るぞ。
昼前に門を出て改めて街道に向かった。




