国王派にゃん
○帝国暦 二七三〇年一〇月一〇日
○王都タリス 文教地区 王立魔法大学 王室専用宿舎 食堂
「マコトのドーナツは美味かったなあ」
固いパンを齧りながら遠い目をするエドモンド。
「聞いた話では、侯爵様のところのお食事は極上だそうですよ」
マリオンが給仕している。
「私もカズキ殿から聞いているよ、彼が絶賛しているんだから間違いないだろうな」
「たしかにカズキ様なら間違いはありませんね、ケラスの遺跡についてはご存知なかったのですか?」
「残念ながら、カズキ殿も情報は無いそうだ、彼が知っていたら自分でケラスを取得されていたろうからな」
「確かにカズキ様なら、そうですね」
「カズキ殿がプリンキピウム遺跡を持っていたらいろいろ捗っただろうに残念だよ」
「そうですね、カズキ様の腕なら有り得ますね、ですが、侯爵様も引けは取らないと思いますが」
「マコトは経験が足りないからな、危険な遺跡にはやはり犯罪奴隷を使うようには進言しておくよ」
「経験はそうですね」
「危険を回避させるのは私の仕事だから、その点は気を付けるつもりだ」
「殿下もちゃんと考えられているのですね」
「それは、褒めているのか?」
「無論です」
悪びれず笑みを浮かべるマリオン。
「お食事中、失礼いたします」
年の頃、三〇歳ぐらいの白衣を着た頭ボサボサの男が声を掛けた。
「セザール教授、この時間に食堂にいらっしゃるのは珍しいですね」
セザール・マクアルパイン。王立魔法大学の教授だ。宰相ニエマイア・マクアルパインの一人息子だが、政治には興味が無く遺跡にそのすべてを捧げていた。要はエドモンドの同類だった。
「いやあ、先日、ご挨拶を頂いたばかりでしたが、実は私も急遽、国に帰ることになりまして」
マリオンはセザールの言葉に一瞬、その顔を注視した。
「セザール教授も大学を離れられるのですか?」
「ええ、実はカダルで新しい遺跡が出ましてね、こんな状況でありますから、せっかく時間も出来たことですし、その確認をするのも良いかと」
カダルはフェルティリータ州の州都だ。
「カダルは掘り尽くされていたのかと」
「ええ、私もそう思っていたのですが、上手く隠されていたようですね」
「それが発見されたと」
「ええ、幸運なことに」
「どの様な規模感なのでしょう?」
「私はクーストース遺跡群の十一番目ではないかと」
「十一番目!?」
「ええ、初期調査の報告を受けただけですが、クーストース遺跡群の遺跡と共通点がかなり多い様です」
「だとすれば十分に有り得ますね、クーストース遺跡群が一〇だけと決まっているわけではありませんから」
お互いが置かれた状況を忘れて遺跡について熱く語り始めた二人の姿にマリオンは深くため息を吐いた。
○王都タリス 外縁部 環状線
トンネルのことは部外者には秘密なので、オレたちは、ジープでエイリーの拠点経由で王都の屋敷に向かっている。
門を通るためだけのアリバイ作りみたいなものだ。
王都の外縁部の更に外側には麦畑が広がっている。いまは冬小麦の種まきの時期だ。軍隊蜂の襲撃を上手く避けられたらしくたくさんの人が畑に出ていた。
『ニャア』
そんな麦畑の中を走るパステルピンクの猫耳ジープ。
「にゃあ、もうちょっとヌーラを探検したかったのに残念にゃん」
「楽しかったのにね」
リーリも残念そうだ。
「国軍司令部の呼び出しなので無視できないにゃん」
「にゃあ、お館様は中将だから仕方ないにゃん」
猫耳たちがなぐさめてくれる。
「名義貸しのつもりが実務が付いて来たにゃんよ」
「にゃあ、相手がしたたかなドゥーガルド副司令では仕方ないにゃん」
「そうにゃんね」
猫耳ジープには新入りの猫耳たちを乗せている。元犯罪ギルドの幹部で情報通のヤツらだ。
「副司令は本気でこの時期に大演習をやるつもりにゃん?」
「にゃあ、王国軍を移動させる口実かもしれないにゃんね」
「王国軍を内戦に投入するつもりにゃん?」
「王国軍の正規軍が得意とするのは市街戦にゃん、出すとしても外縁部までがいいところにゃん、麦畑は騎士には敵わないにゃん」
「宰相の領地フェルティリータ州は、王都の北西だったにゃんね」
「そうにゃん、かなり離れてるにゃん」
「豊かな穀倉地帯を抱える大領地ってことで合ってるにゃん?」
残念ながらオレはオパルスの図書館で調べた以上の情報は持ち合わせて無かった。前世でいうところの小学生の社会科レベルだ。
「にゃあ、概ね間違ってないにゃん、ただ現在、五万人強の騎士団を抱えてる点が抜けてるにゃん」
「五万人もいるにゃん? フェルティリータ州だけでも騎士団がそんなにいるにゃんね、ユウカの話してたとおりにゃん」
「にゃあ、例の諸侯軍の看板の付け替えにゃん、でも半数が魔法馬を使う騎乗兵だから間違ってはいないにゃんね」
「半分が本物の騎士ってのもスゴいにゃん」
「フェルティリータ州は超金持ちにゃん、周囲を囲む四州も実質支配下に置いてるにゃん、騎士団の合計は実数で一三万人はいるにゃん」
「マジでフェルティリータ連合の騎士の方が王国軍と近衛軍を足した数より多いにゃんね、ところで領地間での同盟は禁止なのになんでコイツらだけOKにゃん? 上級領地は何でもありにゃん?」
「にゃあ、そうにゃん、表向きはただの親戚の集まりってことになってるにゃん、だから王宮からは何も言えないにゃん」
「装備も練度も王国軍よりフェルティリータ連合の方が遥かに上にゃん、内戦が始まったら王国側の苦戦は間違いないにゃんね」
「比べるまでもないにゃん」
王国軍の新軍の訓練はまだ始めたばかりなので、使えるようになるのはもうしばらく掛かる。
「にゃあ、それだけ武力がありながらフェルティリータ連合がいままで直接王都に攻め込まなかったのは何故にゃん?」
「宰相の地位があればこの国を支配してるのと変わらないにゃん、だから戦う必要なんてないにゃん」
「お館様、国王派の領主の存在を忘れてはいけないにゃん、有事の際は騎士を引き連れて参戦するにゃん」
「にゃあ、国王派にゃんね、全部でどれぐらいいるにゃん?」
「全部で二〇州にゃん」
「随分いるにゃんね」
「いま、王宮では追加で十四の領地が加わったと盛んに喧伝してるにゃん」
「にゃあ、ここに来て随分と増えるにゃんね」
「救国の聖乙女マコト侯爵の領地にゃん」
「にゃお、十四の領地ってオレのところにゃん?」
「お館様もいよいよ王国派の正式メンバーにゃん」
「フレデリカ王女殿下を保護した辺りから決まったようなものだったにゃん」
「にゃあ、それはオレも聞いているにゃん」
「先日の王都外縁部での浄化と聖魔法の後、国王派の貴族近辺からお館様の情報が流れまくりにゃん」
「最新の情報だと宰相の逮捕にもお館様が一役買ったことになってるにゃん」
「にゃーお、それだとオレが小競り合いの矢面に立たされるにゃん」
「可能性は高いにゃんね」
「お館様がフェルティリータ連合のヘイトを集めてるにゃん」
「いい迷惑にゃん」
「宰相ニエマイア・マクアルパインの逮捕で、マクアルパイン家の取り潰しは確実にゃん」
「これまでの微妙な均衡が崩れるにゃん」
「宰相が先に仕掛けた以上、王宮も動かざるを得なかったにゃんね」
「国王派もマクアルパイン家、つまりフェルティリータ連合が動く可能性が大きい以上、信用の置けない宮廷魔導師よりお館様を取り込みたいにゃん」
「実際のところお館様はどっちに付くにゃん?」
「にゃあ、この国のことはこの国の人間が決めるべきにゃん、ただし人殺しは良くないにゃんね」
「王国軍中将のお館様は強制的に参戦と違うにゃん?」
「にゃあ、王国軍は対魔獣の軍隊なので対人戦闘行為は禁止にゃん、これを破った場合、軍を即時解体すると諸侯軍を供出した各領主と約束しているにゃん」
「誰も本気にしていない王国軍憲章にゃんね、有事の際は速攻書き換えるに違いないにゃん」
「にゃあ、貴族派だって表向きは騒いでるにしろチンピラの寄せ集めの王国軍を本気で驚異とは思ってないはずにゃん」
「一部のバカ貴族は本気にしてるみたいにゃん」
「お館様の恐ろしさを知ってるにゃんね」
「ウチらはお館様の可愛さを知ってるにゃん」
「「「にゃあ♪」」」
「前を見て運転するにゃんよ」
「お館様の王国軍の改革は内戦を見越してのことだったにゃんね」
「にゃあ、さすがお館様にゃん、抱っこするにゃん」
「何でそうなるにゃん」
「お館様はともかく国王派の騎士団も出て来たら大規模な内戦が勃発するにゃん」
「フェルティリータ連合が挙兵すれば他の貴族派も加わるにゃん」
「人がいっぱい死ぬにゃん」
「そうなると魔獣が出てくる可能性も高くなるにゃん」
「にゃあ、そういう記録もあるにゃんね」
三〇〇年ほど前、大規模な領地間の戦闘に魔獣が突っ込んでどちらも魔獣の森に沈んだという記録が残されていた。
それ以外にも紛争に魔獣が飛び込んできた記録は多い。まるで死者の魂に吸い寄せられる様に魔獣が現れる。
「大規模な内戦になったらマズいなんてものじゃないにゃん」
「にゃあ、国が滅びる可能性が有っても止められない状況が作られて行くにゃん」
黒幕が捕まっても状況は良くない方向に邁進中だ。まるで王国全体に滅びの禁呪を掛けられてるみたいに。
前方で王都守備隊が検問をやっていた。
王都外縁部ではそう珍しい光景ではない。
「恐れ入ります、アマノ侯爵様のお車で間違いないでしょうか?」
「そうにゃん」
運転手の猫耳が答えた。猫耳ジープを間違えるヤツはいないだろう。
「にゃあ、薬の臭いがするにゃんね」
オレの鼻にツンと臭った。
「そうだね、薬だね」
リーリも頷く。
「薬ですか?」
守備隊の隊員が首を傾げる。
「にゃあ、これは魔力増強剤の臭いにゃん」
「構わん、殺れ!」
隊長らしき男が声を上げるとジープを囲んでいた隊員全員が銃を構えた。
「「「……っ!?」」」
全員トリガーを引くが誰の銃からも発射されない。
「確保にゃん」
「「「にゃあ!」」」
電撃を受けて襲撃犯全員が素っ裸になって倒れた。
「こいつら本物にゃん?」
「にゃあ、本物の守備隊の人間にゃん」
新入り猫耳はわかった様だ。
「こいつらはオレのところで一旦預かるにゃん」
その場で猫耳ゴーレムを出して全部で一〇人の襲撃犯を箱詰めしてジープに取り付けたトレーラーの拡張空間に詰め込んだ。
『王国軍経由で王都守備隊に厳重抗議よろしくにゃん、それと魔力増強剤の販路を確認にゃん』
王都内各地にいる猫耳たちに指示した。
『『『にゃあ、了解にゃん』』』
念話で指示して猫耳ジープを再出発させた。
「お館様は完全に国王派の重要人物に認識されたと見て間違い無さそうにゃん」
「にゃあ、国王派がお館様を焚き付ける為に偽装した可能性もあるにゃんね」
「かなり本気で殺しに来たにゃんよ、オレが死んじゃったらどうするつもりにゃん?」
「ケラスの諸侯軍を出兵させる口実に使えるにゃん」
「にゃあ、お館様、ケラスの諸侯軍はいま何人にゃん?」
「まだ誰もいないにゃん、本部の建物を作っただけで正式には発足してないにゃん」
「アーヴィン様経由でその辺りの情報は行ってるにゃんね、だから国王派の陰謀は無さそうにゃん」
「にゃあ、いずれにしろオートマタで諸侯軍を作るのが良さそうにゃん」
「あれならフェルティリータ連合の騎士もビビること間違いなしにゃん」
「逆に近衛の騎士が襲って来そうにゃん」
「あいつら底抜けのバカだから、十分あり得るにゃんね」
『こちら研究拠点にゃん、オートマタの運用実験を急ぐにゃん』
研究拠点から念話が入った。
『にゃあ、お願いにゃん』
研究拠点の猫耳と念話している間に猫耳ジープは王都の城壁の門と貴族街の門を抜けて屋敷に戻った。
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 車寄せ
「「「にゃあ、お館様お帰りにゃん♪」」」
車寄せにメイド姿の猫耳たちが出迎えてくれる。
「にゃあ、ただいまにゃん」
『ヤク中の守備隊はガレージから地下に運び込むにゃん』
念話で猫耳たちに指示する。
『『『了解にゃん』』』
『まずは魔力増強剤を抜かないことには廃人決定にゃん』
『記憶を探りつつ状態も観察にゃんね』
『にゃあ、口封じの偽装の魔法が仕掛けられてないかもチェックするにゃん、それと爆裂系を注意にゃん』
『魔力増強剤を使ってるから使い捨て前提にゃんね』
『にゃお、お館様、取り出せる情報はあまり期待できないにゃん』
『情報の抜き出しはおまえらに任せるにゃん』
『『『にゃあ』』』
守備隊を猫耳たちに任せてオレは屋敷に入った。
「お館様、アイリーン様がご面談を希望されてるにゃん」
「にゃあ、了解にゃん、直ぐに行くにゃん」
オレはリーリを頭に乗せたままアイリーン第二王妃のいる部屋に向かった。
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 ゲストルーム
「ああ、マコト、帰ってきて直ぐに済まない」
「にゃあ、問題ないにゃん、こちらこそアイリーン様に孤児院のこととか無理なお願いをして申し訳無かったにゃん」
「いや、孤児院の情報は感謝している、王家の恥をいつまでも晒すところだった、陛下も感謝されていたぞ」
「にゃあ、子供は国の宝にゃん」
「その通りだ」
「あの変な髭のタイツはどうなったにゃん?」
「オメロ・デオダートは即刻罷免、逮捕された。いま売られた子供たちの行方を調べてるところだ」
「にゃあ」
王都内にいた子供たちはオレたちが保護したが、その他はたぶん大半が生きてはいないだろう。
「マコト、さきほど王都守備隊の者に襲われたそうだな?」
「にゃあ、アイリーン様も情報が早いにゃん」
「王宮のドタバタに巻き込んでしまい申し訳ない」
「にゃあ、アイリーン様が謝る必要はないにゃん、フレデリカ王女殿下を保護したのはオレの意思にゃん、それで狙われるなら仕方ないことにゃん」
「そう言って貰えると少し気が楽になる」
陰謀があろうが無かろうがフェルティリータ連合に敵認定されてるのは間違いない。
「マコトはこれから王宮に登城は可能だろうか?」
「にゃあ、問題ないにゃん」
「陛下よりお話があるそうだ」
「にゃあ、承ったにゃん」
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 車寄せ
オレは再び運転手と護衛役の猫耳たちを連れて直ぐに猫耳ジープに乗った。リーリはそのまま頭に乗せている。
「王宮に行くにゃん」
「「「にゃあ」」」
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区
『お館様、大変にゃん』
近衛軍司令部に詰めていた猫耳から念話が入った。
『にゃ、どうしたにゃん?』
『エドモンド殿下が王立魔法大学から姿を消したにゃん』
『にゃあ、王様も庇い切れなくなって処分したにゃんね、悪いヤツじゃなかったけど仕方ないにゃんね』
『たぶん違うにゃん』
『にゃ?』
『近衛の騎士が王立魔法大学教授セザール・マクアルパインの捕縛に向かったところ一緒に姿を消したことがわかったにゃん』
『セザール・マクアルパインと言ったらニエマイア・マクアルパインの息子と違うにゃん?』
『そうにゃん』
『愛の逃避行にゃんね、好きにすればいいにゃん』
『お館様、たぶんそれは違うにゃん、二人の共通点は遺跡バカってことにゃん』
『まさか、この期に及んで遺跡を掘りに行ったわけじゃないにゃんよね?』
『まだ詳細は不明にゃん、それと一緒に魔導師のマリオンも姿を消しているにゃん』
『マリオン・カーター次席宮廷魔導師にゃんね』
『ウチらの敵だとしたら厄介にゃん』
『にゃあ、まったくにゃん、引き続き情報収集を頼むにゃん』
『了解にゃん』
○王都タリス 城壁内 王城区画
貴族街から王宮までの要所要所に近衛軍の騎士たちが配置され睨みを効かせていた。
王城区画の森にも近衛の騎士たちが張り込んでいる。
この前の登城からいくらも経っていないのに雰囲気がガラッと変わっている。
王宮前の検問でカードを見せた。
この前ノシた騎士たちだ。
「マコト閣下御一行の登城は四名と妖精様で間違いないでしょうか?」
「にゃあ、間違いないにゃん」
「どうぞお通り下さい」
騎士たちに敬礼されて見送られた。
○王都タリス 城壁内 タリス城
「にゃあ、お館様が閣下に出世したにゃん」
「かわいい閣下も悪くないにゃん」
「にゃお、でもお館様にはちょっと硬いにゃん」
「それはあるにゃん」
猫耳たちが語り合う。
『ニャア』
前回と同じくスロープを昇って行く。今回は猫耳ジープなので乗り心地と見晴らしは数段いい。
「防御結界が強化されてるにゃんね、防御レベルが二段階ほど上がってるにゃん」
「にゃあ、これが王宮の絶対防御結界にゃんね、前世では何のことかわからなかったけどいまは手に取るようにわかるにゃん」
「これが現代魔法の傑作の一つにゃんね、にゃあ、なるほどこれは傑作にゃん」
「みゃあ、刻印の数に目眩がするにゃん」
「にゃあ、これなら魔獣の群れにもある程度耐えられそうにゃんね」
「オレとしては王都の結界の耐久値を試すことにならない事を祈るにゃん」
「まったくだよ」
リーリはうなずきつつオレの頭の上で生クリームをたっぷりとデコレーションしたドーナツを齧っていた。
生クリームが頭にボタボタ落ちて、今日のオレは一段と乳臭いにゃん。
○王都タリス 城壁内 タリス城 城内
王宮の車寄せから今回も長い廊下をたっぷりと歩かされて案内されたのは謁見の間より小さな応接の間だ。
オレ以外の三人の猫耳とリーリは控えの間でスイーツ食べ放題にご案内だ。
オレもそっちが良かったにゃん。
○王都タリス 城壁内 タリス城 玉座の間
玉座の間は、前回よりずっと人数が少ない。
二〇人ほどの上位貴族らしきおっさんとお姉さんが謁見のメンバーらしい。
後は近衛の金ピカ騎士が左右の壁際に一〇人ずつ配置され、他は文官たちだけだ。
「おお、マコト侯爵、来られたか!」
見た目は四〇ぐらいのおっさんがオレを見付けて声を上げた。強い魔力を持ってるから歳はもっと上だろう。内向きの魔力なのが残念だ。
「にゃあ、アナステシアス・アクロイド様、陞爵の儀に来ていただいたのにご挨拶が遅れて失礼しましたにゃん」
貴族の情報は既に収集済みだ。
アナステシアス・アクロイド公爵は国王派の領主を束ねる派閥の領袖だ。実務的なトップはアーヴィン様みたいだけど。
アナステシアス公爵の領地リアンティス州は、王都の北西にある豊かな土地で二万の騎士を抱えてる。こちらは諸侯軍の看板の付替えじゃない本物の騎士団だ。
「おお、これはご丁寧な挨拶、痛み入る」
頭を撫でられる。
「にゃあ」
「アナステシアス様、侯爵様を独り占めはズルいですわ」
「にゃ」
横から抱き上げられておっぱいに顔が埋まった。
何となく既視感なわけだが。
「初めましてネコちゃん、アドリアナ・マクファーデン侯爵ですわ、キャサリンが言ってた様に可愛い」
「にゃあ、それはキャサリン・マクダニエルのことにゃん?」
オレの知ってるキャサリンは他にいない。
「そうよ、わたくしとキャサリンは従姉妹なの」
なるほどおっぱいの感触が似てるわけだ。
アドリアナ・マクファーデン侯爵は二五歳。一〇代で急死した父親の後を継いでフィークス州の領主になってる。
彼女も国王派の有力メンバーの一人だ。
フィークス州はリアンティス州の西隣に位置し、問題のフェルティリータ連合のボース州とも隣接してる。
騎士は一万だが練度が非常に高いことで有名だ。
「おお、なるほど間近で見ると随分と小さいな、この身体で近衛の騎士どもをブチのめしたというのだからスゴい、一度手合わせを願いたいものだ」
アキントゥス州の領主エドワーズ・アンヴィル侯爵は、元近衛軍所属だけあってアーヴィン様並の筋肉だった。
「にゃあ、オレでは勝てそうにないにゃん」
魔法剣士としての実力もかなりのものだ。
「エドワーズ大佐、自己紹介がまだですわよ」
元近衛軍大佐だったので大佐と呼ばれている。
「おお、そうであったな」
「にゃあ、エドワーズ・アンヴィル侯爵のお名前は存じあげてるにゃん」
「ほう、マコト殿はなかなかの情報通らしい」
アキントゥス州はリアンティス州の北隣で冬期戦闘や森林戦を得意とする騎士三万を抱えている。
それって本当に騎士なのか?
「アドリアナ様、私にも侯爵様を抱っこさせて下さい」
続けてこの前お世話になったクプレックス州の領主グエンドリン・ナルディエーロ伯爵に抱っこされる。
「にゃあ、グエンドリン様、お久しぶりにゃん」
「マコト様もお元気そうで何よりです」
クプレックス州は、フェルティリータに次ぐ穀倉地帯でヤギの放牧も盛んだ。この目で見てきたから間違いない。
タンピス州の西隣、アポリト州の北西、ヌーラの東隣に位置している。
今年十九歳の伯爵自身も魔法使いだがどう見ても中学生だ。
クプレックスの魔法騎士団七〇〇〇騎は心強い味方だ。加えて普通の騎士も七〇〇〇騎いるらしい。
「マコト侯爵、ダンスタン・ヘルメル伯爵と申します」
「にゃあ、ベルンハルトのお兄さんにゃんね」
財務省財務管理局次長ベルンハルト・ヘルメルの実兄で、吸血鬼っぽい雰囲気がそっくりだ。
リーリウム州の領主で五〇歳。高位の魔法使いだ。
「弟がお世話になっております」
「にゃあ、世話になってるのはこっちにゃん」
いまにも生き血を吸われそうでちょっと首筋がゾクゾクする。ヘルメル兄弟は完全な風評被害だが。
リーリウム州は王都の北隣でレーム山脈を介してノルドとも地図上では隣接していた。
騎士二万と魔導師二千を抱えてる。前回の軍隊蜂が領地をかすめているが大きな被害は出さずに済んだらしい。
国王派二〇領地のうち騎士団を万単位で抱えてるのは以上の五領地だ。王都の北から西側にあると憶えておけば間違いはない。
貴族派の領地は更に西と北にある。
王都は国土の中央ではなく南東にずれた位置にある。
残りの十五は領地が小さいか大きくても人口が少ない。いずれも古い家柄ではあるが、領地経営の厳しいところが多く、騎士団はいずれも一〇〇人いればいい方で戦力に数えるのは無理がある。
その点、貴族派はフェルティリータ連合以外もかなりの軍事力を持つ領地が多く戦力差は歴然としていた。
オレは犯罪ギルドの情報網を使って、貴族派の領地では既に臨戦態勢を整えてるという情報を掴んでいる。
戦力的にも準備的にも国王派は完全に後れを取っており、内戦が勃発したらかなりやばい。それについて多くの領主も認識していた。
わかってないのはリアンティス州の領主アナステシアス・アクロイド公爵とアキントゥス州の領主エドワーズ・アンヴィル侯爵ぐらいか。
どちらも力があるから厄介だ。
この辺りの説得はアーヴィン様に丸投げだ。




