犯罪ギルドいじめにゃん
○帝国暦 二七三〇年一〇月〇九日
○王都タリス 地下
セーフハウスとはちょっと違うが、王都の城壁の内外にオレたちは幾つかの建物を手に入れていた。
借家だったり店舗だったり倉庫だったり様々だ。
そのいずれにも地下トンネルからの出入口が偽装されている。
オレたちは打ち合わせ通りに王都各地区に出ると認識阻害の結界を使って移動した。
目的地は王国の二大犯罪ギルドのノクティスとオクルサスの王都の城壁内外にある拠点だ。
犯罪ギルドの最大手ノクティスと二番手のオクルサスの拠点だけあって、わかってるだけで合計五八箇所も存在した。
幹部もある程度リストアップしてある。
『作戦開始にゃん』
『『『にゃあ!』』』
同時に襲撃する拠点は一〇箇所ずつ。
一箇所に猫耳一〇人を投入した。
襲撃と言ってもこっそり入り込んでその場にいた構成員たちの時間を停止して記憶から犯罪奴隷相当と判断した者だけを箱にしまって運び出す簡単なお仕事だ。
ついでに金目のモノは全部没収する。
悪いヤツに金を持たせるとろくなことにならないにゃん。
○王都タリス 外縁部 南部地区 歓楽街 ノクティスアジト
最初の襲撃ポイントは王都の外縁部南部地区の歓楽街の奥まった場所にあるノクティスのアジトだ。
三階建ての建物の前に巨漢の用心棒らしき男がふたり。ここはカジノや娼館からみかじめ料を集めてる事務所みたいな場所だ。
人身売買や快感を増幅させる媚薬も扱ってる。薬師ギルドが失くなってもこの手の薬は作り続けられてるようだ。
オレたちは認識阻害の結界を張って堂々と正面から入る。用心棒はどちらもその場に倒れた。
『デカいのふたりはアウトにゃん』
『了解にゃん』
箱詰めしてそのままアジトの中に運び込む。
防犯カメラみたいな魔導具が設置してあるがオレたちは写っていない。
『アジトの中には十五人ほどいるにゃん』
全員、時間を止められてその場で固まっている。
『一〇人がアウトにゃん』
『『『にゃあ、箱詰めにゃん』』』
犯罪奴隷相当の悪さをしたヤツらを猫耳たちが箱に詰めて行く。ついでに金目のモノと借金の証文を頂戴した。それに武器も残らず頂く。果物ナイフすら残さない。
『一〇人の箱詰め完了にゃん』
『運び出すにゃん』
○王都タリス 地下
エレベーターを勝手に設えて十二箱を地下に降ろす。そこには魔法蟻たちが待っており箱とオレたちを回収してトンネルに滑り出る。
もちろんエレベーターは跡形もなく消し去りその上トンネルまでの連絡路も完全に埋め戻していた。
『運び出し完了にゃん!』
『こっちも完了にゃん!』
『ウチらもにゃん!』
他のアジトを急襲した猫耳たちからも次々と報告が入った。
『にゃあ、次に行くにゃんよ』
『『『にゃあ!』』』
○王都タリス 外縁部 西部地区 ノクティス王都拠点
第一弾の襲撃を難なく終えたオレたちは、続いてノクティスの王都最大の拠点に忍び込んだ。
王都外縁部西部地区にある商会の建物がそれだ。
表向きは中堅の商会だが、いかつい男たちが建物の前にたむろして偽装を台無しにしている。
『にゃあ、こいつら本気で隠す気が有るのか疑問にゃん』
『それだけ適当でも手を出されない自信と力を持ってるにゃん』
『それも今日までにゃん』
オレたちは認識阻害の結界を使っていかつい男たちの横を通り抜けて建物の中に入り込んだ。
店内の時間を止める。
商店部分にいる店員たちは全員ノクティスとは無関係の人間だった。この辺りはしっかり偽装している。
従業員までも立ち入りが禁止されてる店の奥に入り時間を戻す。
前の拠点で仕入れたノクティス構成員の記憶にある建物の構造を参照しながら進む。
ノクティスの拠点機能は地下に作られてる。
仕入れた情報通り強力な探知結界が張ってあるが、オレたちは解除すること無く先を行く。
ノクティスの探知結界も十分に凝った作りだが、オレたちの認識阻害の結界を探知するほどの性能はなかった。
『ここから降りるにゃん』
地下への入口がある廊下は壁に同じ様な扉がいくつも並んで居た。
この中の一つが正解だ。間違えると矢が飛んでくる仕掛けだ。
『反対側の壁に修理跡がないのが正解にゃん』
『にゃ、本当にゃん』
正解の扉を開けた。
小さな物置の様な殺風景な小部屋だが、これ自体がエレベーターになっている。
『先にオレと一緒に三人来るにゃん』
『『『にゃあ』』』
オレの魔力で魔導具のエレベーターを動かし痕跡を残さない。
『随分深いにゃん』
『以前有った建物の遺構を再利用したみたいにゃん』
『にゃあ、地下は一〇〇〇年ぐらい前のモノにゃんね』
○王都タリス 外縁部 西部地区 ノクティス王都拠点 地下
薄暗い地下通路に出た。石造りの壁に照明の魔導具。いずれも古い。
残りの猫耳たちが降りて来るのを待って先に進む。
五〇メートルほど進むと金属製の扉に行き着いた。
『にゃあ、これは薬師ギルドの紋章にゃんね』
扉のレリーフは、かつて存在した製薬従事者のギルドの紋章だ。
『犯罪ギルドの前身が薬師ギルドだったとは驚きにゃん』
『たぶんそれはないにゃん』
オレは首を横に振る。薬師ギルドは完全に消滅している。
『すると薬師ギルドの遺構を不法占拠してるにゃん?』
『犯罪ギルドならその方がしっくり来るにゃん』
『扉を開けるにゃん』
猫耳が解錠の魔法で扉を開いた。
扉の先は小ホールの様な場所だ。通路が三方に伸びていた。
僅かだがすえた臭いがする。
獣じゃない、これは人間の臭いだ。
探査魔法でおおよその構造は把握した。
『右の奥にいる人は監禁されてるにゃん』
『左がノクティスの拠点にゃん』
組事務所と言ったほうがピンとくる。
『中央が製薬施設みたいにゃん』
『にゃあ、媚薬の他にも魔力増強剤の製造と研究もしているみたいにゃんね』
『お館様が狩った黒恐鳥の特異種があるにゃん』
『まさかオレの狩った獲物が犯罪ギルドに渡ってるとは思わなかったにゃん』
『薬を作るとは犯罪ギルドの構成員も意外とインテリにゃん』
『ただ場所を貸してるだけと違うにゃん?』
『にゃあ、捕まえてみればわかるにゃん』
オレたちは三方に別れて進んだ。
いずれの先にも人が居る。
オレは製薬施設のある中央の通路を進む。
『生意気にも防御結界があるにゃん』
『古い魔法式にゃんね』
『薬師ギルドが設置したものを再利用してるっぽいにゃん』
『悪いヤツらのくせにエコにゃん』
『生意気なヤツらにゃん』
現代魔法の古臭い防御結界などオレたちにはもちろん効かない。
通路を抜けると広い場所に出た。
バスケットコート二面分ぐらいある天井の高い大きな空間が製薬のスペースなのだろうか?
床に大小の刻印が刻まれていた。
いずれも材料を乾燥させたり温度を変えたりと下処理する為のもので、これといって特別な機能は無かった。
奥が研究室っぽい。窓の並びからすると二階建てみたいになっていた。
人間の反応はそこからだ。
製薬の研究員が普通に研究してるだけなら、オレたちは何もしない。
もし、そうではないなら箱詰めコースだ。
『にゃあ、お館様、ノクティスの構成員の箱詰め完了にゃん、ここにいる全員が有罪だったにゃん』
『仕事が早くて何よりにゃん、臨時に魔法蟻のトンネルに接続して運び出しの準備よろしくにゃん』
『了解にゃん!』
『オレたちもさっさと片付けるにゃん』
研究室に静かに突入した。
研究員は全部で二〇人いた。製薬の作業も兼ねてるのだろう。
『にゃあ、ここにいる全員、人体実験に孤児院の子供を使ってるにゃん』
『研究員も全員アウトにゃん』
『にゃあ、悪さができないように魔導具は根こそぎ掻っ攫うにゃん!』
『『『にゃあ!』』』
研究室の書類や記憶石板に薬の材料から道具類やさっきの体育館の様な場所の刻印まで全部いただいた。
『にゃあ、お館様、こっちに捕まっていたのは子供たち一〇人にゃん、全員が孤児院から買われてきたにゃん』
『孤児の売買って王都では普通にゃん?』
『以前から有ったのは事実にゃん、もちろん裏でこっそりやってるにゃん』
『にゃあ、ウチの友だちが突然連れて行かれたのはそういうことにゃんね』
『子供たちを保護したら、ここは物理的に潰すにゃん』
『『『了解にゃん』』』
○王都タリス 外縁部 西部地区 ノクティス王都拠点
一〇分後、ノクティスの息の掛かった商会の建物が大きく揺れだした。
泡を食って飛び出して来た従業員と店の前でたむろしていた男たちの目の前で、地上六階建ての石造りの建物は地面に吸い込まれるように崩れ落ちた。
もうもうと立ち上がる土煙の中で、いかつい男たちの何人かが姿を消したことに誰一人気付いた者は無かった。
救出した一〇人の子供たちは身体と心とエーテル器官を修復してネオケラスに送った。
○王都タリス 地下
オレたちはその後も順調に犯罪ギルドのノクティスとオクルサスの拠点を次々と攻略しつつ併せて孤児院の情報を集めた。
売られた子供の保護も行い三〇名を救出することが出来た。間に合わなかった子たちが数多くいたのが残念だ。
すべてを救うことは出来ないが、せめて目の前の命は救ってやりたい。
非合法の奴隷商ももちろん箱詰めの対象だ。
『にゃあ、王都の孤児院は外縁部に全部で五つあるにゃんね』
『王立で運営は法衣男爵のデオダート家の世襲にゃん』
『現当主で変な髭のオメロの代になってから、それまで隠れてやっていた孤児の売買を半ば大っぴらにやる様になったにゃん』
『変な髭にゃん?』
『これがご尊顔にゃん』
画像が共有される。
ピンと左右に尖らせた口髭まではわかるが何故かそれぞれ三本に別れてる。
『ねずみ男みたいにゃん』
『男爵家に伝わる由緒ある髭らしいにゃん』
『にゃあ、何でタイツ姿にゃん?』
『先祖がダンサーだったからにゃん』
『先祖と同じ格好をするのがこの国の貴族の仕来りにゃん?』
『にゃあ、それは聞いたことがないにゃんね』
『孤児の売買を表立ってやってるのに誰も注意してないにゃん?』
『にゃあ、苦言を呈する王宮官吏もいたみたいにゃん』
『当主のオメロはどこ吹く風にゃん』
『「当家が陛下より拝命した聖務」を盾に聞く耳を持たないそうにゃん』
『バカは何処にでも居るにゃんね』
オレはアイリーン第二王妃に頼んで、孤児院の窮状を王様に告げ口してもらった。
オツムがおめでたいオメロ・変な髭&タイツ・デオダートのことは国王に丸投げして、オレは犯罪ギルドの拠点での成果を確認する。
夕方には幹部のみが知ってる拠点にもお邪魔して伝説の殺し屋とか宮廷魔導師崩れの呪法師なども箱詰めした。
更には王宮官吏とのダブルワークの働き者や、貴族の一族を隠れ蓑にしてるヤツらも箱に詰めて回収する。
『にゃあ、オレたちは何人の罪深き魂を回収したにゃん?』
王都拠点の作戦司令室に念話を送った。
『王都内にいた犯罪ギルド構成員のうち犯罪奴隷相当は七二三人だったにゃん』
『ほぼ全員にゃん?』
『にゃあ、幹部連中もすべて押さえて記憶をさらったので、王都に居た犯罪奴隷相当の罪深き魂はほとんど回収したはずにゃん』
『『『にゃあ』』』
『残ったのは、駆け出しと商会や官吏に潜り込んでる企業舎弟ぐらいにゃん、こいつらはまだ犯罪奴隷相当の罪は犯してないにゃん』
『それと上級幹部という存在があるみたいにゃんね』
『まだ特定してないにゃん?』
『にゃあ、時間の問題にゃん』
『今日中に押さえる予定にゃん』
『頼むにゃん、上級幹部を押さえないと七〇〇人以上が減っても壊滅まで持って行けないにゃんね』
『そうにゃんね、組織の頭が残っていれば足りない分は直ぐに他の領地から集められるから、犯罪ギルドの大勢には影響ないにゃん』
『にゃあ、それでもしばらくは銀行強盗をやる暇はないはずにゃん』
『金目のものと武器もごっそり無くなってるから、ノクティスとオクルサスはどちらも緊張状態にゃん」
『にゃあ、それは新たな抗争の火種になりそうにゃん』
『怖いにゃんね』
各犯罪ギルドの拠点から回収した罪深き魂の入った箱は魔法蟻たちが担いで、オレの王都屋敷の地下にある拠点に集めた。
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 法衣貴族の別宅
深夜、オレたちは王都の城壁内にあるノクティスとオクルサスの最高幹部たちが密かに会合する極秘の場所に忍び込んだ。二つの組織は対立してるかのように見せて実は裏で繋がっているらしい。
場所は王都の貴族街の一角にある法衣貴族の別宅の地下室だ。上級地区の屋敷だけあってオレの人喰い大公の館からそこそこ近い場所にある。
屋敷の敷地内では現役の宮廷魔導師が三人も目を光らせていた。
プリンキピウムの遺跡で遭遇したほどの結界ではないのでどうにでも誤魔化せる。
『にゃあ、ここが謎に包まれていたノクティスとオクルサスの真の本部にゃん?』
『その認識で問題無さそうにゃん』
ノクティスとオクルサスの上級幹部がそれぞれ三人ずつがテーブルに着いていた。
こいつらを押さえないことにはいくらチンピラどもを回収してもトカゲの尻尾切りで終わってしまう。
『にゃあ、どっちの上級幹部も王都在住の貴族にゃんね』
全員が趣味の悪い仮面を装着している。
『そうにゃん、官吏じゃなくて法衣貴族にゃん』
『ノリは秘密結社にゃん』
お誕生日席には元締めと思しき初老の貴族が座っている。
『元締めは伯爵にゃんね』
『にゃあ、伯爵が三人に男爵が四人にゃんね、身元は特定したにゃん』
お誕生日席の伯爵が口を開いた。
「ノクティスに問う、製薬施設が失われたのは本当であるか?」
「はい、商会もろとも崩れ去りました」
「して、原因は?」
「宮廷魔導師に調査させましたところ、人為的な痕跡は見付けられなかったとのことでございます」
「では、自然に崩落したとでも言うのか?」
「その可能性が高い様でございます」
「他の犯罪ギルドの関与はないのか?」
「ノクティスでも製薬施設の場所を知る者は僅かでございます、他の犯罪ギルドが知り得るとは思えません」
「そうであるか、黒恐鳥の薬がまた値を上げることになるな」
「あれも頃合いでございましょう?」
「そうであるな、戦でも起こらぬとこれ以上は売れまい」
「では、戦を起こしますか?」
「なに我らが手を煩わせることもあるまい、元宰相ニエマイア・マクアルパイン様のフェルティリータ連合がきな臭い動きを始めている」
「確かにそうでございますな」
そこで時間を止めた。
『お館様、こいつら全員有罪にゃん』
『にゃあ、こいつらはオレたちの為に働いて貰うにゃん』
『犯罪ギルドをお館様の支配下に置くにゃんね』
『そうにゃん』
姿を変えずに魂を弄って刷り込みを行った。
「では、欠員を補う人員の移動と同時に王都内アジトの再配置を行う」
「「「異議ございません」」」
お誕生日席の伯爵の言葉にノクティスとオクルサスの全員が同意した。
既に王都内にいる構成員の大部分が欠員となったことは織り込み済みだ。
「ニエマイア・マクアルパイン殿の領地、フェルティリータ州の動きを密に報告せよ、我らがお館様の為に!」
「「「お館様の為に!」」」
○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 王都拠点
王都拠点の大ホールに犯罪奴隷相当の犯罪ギルド構成員の箱が並ぶ。
その数七二三。
罪深き魂は、煉獄の炎でこんがり焼かれた後、純白になるまで鍛え上げられた。
効率も上がって短時間で魂のブートキャンプが可能になった。
「にゃあ、全員起きるにゃん」
箱を消し去ると液体エーテルが流れ出して消える。
「「「にゃあ」」」
生まれたての無垢な魂を持つ猫耳たちが身体を起こした。
「オレたちはおまえらを歓迎するにゃん」
「「「にゃあ! お館様にゃん!」」」
裸の新入りたちがオレに殺到する。
「にゃあ! おまえらまずは服を着るにゃん!」
テンプレ化してないか?
「「「にゃあ」」」
いそいそと服を着る。
「「「お館様を抱っこするにゃん!」」」
また新入りたちがオレに殺到する。
「順番にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
新入り歓迎のオレの抱っこ会は明け方まで行われた。




