大公国経由でヌーラにゃん
○帝国暦 二七三〇年一〇月〇七日
○ノルド州 ノルド拠点 作戦指令室
風呂を出た頃には既に日付が変わっていた。
オレは冷たいジュースを飲みながらノルド拠点の作戦指令室で猫耳たちの報告をモニターに映して眺める。
ドラゴンゴーレムに乗った猫耳が元水棲人の猫耳ゴーレムの回収と毒沼の洗浄&浄化のために夜の内に出発していた。
併せて巨大ヤツメウナギを始めとする青色エーテル機関の修正も行う予定だ。
夜が明けるまでには回収と修正は完了すると思われる。応援の猫耳たちも地下トンネルを経由して続々と集まってドラゴンゴーレムに乗って飛び立って行った。
それでもノルド領内の毒の完全な除去はもうちょっと掛かりそうだが、それも数日でカタがつくはずだ。
「後はカイザル湖の管理局というか水を作る魔導具を見つければ落ち着くにゃんね」
地図にも無いので何処にあるのかさっぱりわからない。情報の無さは軍事施設的なモノだったのかも。
「お館様、お願いがあるにゃん、戦艦型ゴーレムを再生してもいいにゃん?」
「いいにゃんよ、水に浮かべるとちょうどいい感じにゃん」
それに空を飛ぶよりも魔力を使わないで済む。
「にゃあ、四隻ほど出してノルドを調査するにゃん、それにドラゴンゴーレムの休憩に使うにゃん」
「にゃあ、だったら空母型も造るといいにゃん、幸いオレはあっちで空母に乗ったことがあるから直ぐに造れるにゃん」
米軍の空母が来た時、ミリオタの友人に誘われて見に行った。まさか自分で造ることになるとは思いもしなかったが。いや、そんなこと思うヤツは誰もいないか。そうは言ってもオリジナルとは形が似ているだけで中身は戦艦型ゴーレムと大差はない。
「にゃあ!」
オレは作戦司令室の椅子に座ったままノルド拠点の近くに戦艦型を四隻と空母型を四隻再生した。
『『『ニャア!』』』
オレが意図したわけじゃないがいずれもピンク色で耳が付いてる。
「戦艦とドラゴンゴーレムの空母を他所の人間に見られたらお館様は絶対に戦争をすると思われるにゃんね」
「魔獣とはいずれ戦争をするにゃん」
「人間とはしないにゃん?」
「にゃあ、いまのところは予定はないにゃんよ」
「ウチらも猫耳ゴーレムも魔法蟻もいつだってイケるから安心して欲しいにゃん」
「にゃあ、頼りにしてるにゃん」
夜が明けてからでもいいのに探検に行きたい猫耳たちは、猫耳ゴーレムたちを引き連れて次々と戦艦と空母に乗り込んで出港して行った。結構うらやましいにゃん。
『お館様、街にゃん、街が沈んでるにゃん』
『にゃ?』
ドラゴンゴーレムに乗って飛んでいる猫耳から報告が入った。映像がモニターに映し出される。
いまリアルタイムで猫耳が見ている湖底に丸ごと沈む街の映像だ。上空から見下ろす湖底の街の家々にも明かりが灯っている。水深は二〇〇メートルは有りそうだが、半端ない水の透明度も手伝って湖底の街は細部まで見通せた。
「州都と違って街灯以外にも明かりが点いてるにゃんね」
いまのも家の扉を開けて人が出て来そうなほど街は完璧に保存されていた。
「ノルドの州都は、魔導具が持ち出されてるからいろいろ壊れてるにゃん」
「本当にいまでも人が住んでるみたいにゃんね」
「これだけの都市遺跡を手に入れたお館様はスゴいにゃん」
「別にオレはスゴくないにゃんよ」
「にゃあ、状態保存の刻印も生きてる手付かずの都市遺跡は貴重にゃん」
「そうにゃんね、都市遺跡自体は珍しくないにしてもここまで綺麗に保存されてるのはないはずにゃん」
「地下都市の街並みとも違うにゃんね」
「これが本来のオリエーンス連邦時代の都市なのかもしれないにゃん」
遺跡はそれほど珍しいものではない。ただ大きく損傷しているか、その後も人が住んで形が大きく様変わりしているかのいずれかだ。
「都市遺跡は迷宮型の遺跡のようなお宝が無いから、学術的にもあまり重要視されてないにゃんね」
「にゃあ、それでもエドモンドが知ったら小躍りしそうにゃん」
「もちろんヤツには秘密にゃん」
「遺跡バカを連れて来たらいろいろ面倒にゃん」
「にゃあ、簡単には潜れない深さだからどざえもんになるにゃん」
預かった第二王子が変死したらそれこそ面倒くさい。
「そう言えば潜水の魔導具は見たことがないにゃんね」
魔導具はいろいろ見てきたつもりだが潜水に使えそうなのは見たことが無かった。
「大きな湖や川はたいがい水棲の危険な獣がうじゃうじゃいるにゃん、水の中に潜るのは自殺行為にゃん」
こっちでは湖や川はそういう扱いのようだ。海はこの世の地獄らしいし。
「ここはヤツメウナギしかいないみたいにゃんね」
「水二入ッタ獣ハ、やつめうなぎニ食ベラレルニャン」
猫耳ゴーレムが毒沼になる以前のことを教えてくれた。
「毒沼の頃は毒にやられただろうし、これからはまたヤツメたちに狩られるにゃんね」
巨大ヤツメウナギはいろいろ役に立ってるらしい。
「州都と同じくここもヤツメウナギは街を掘り返さないにゃんね」
ピカピカしてるところに突っ込みそうなものだが。
『ニャア、やつめうなぎハ街ノ防御結界ノ中ニハ入ラナイニャン』
猫耳ゴーレムのひとりが教えてくれた。水棲人の記憶を共有している。
その後もドラゴンゴーレムに乗った猫耳たちからは幾つも沈んだ街を発見した情報が寄せられた。
「次はヌーラにゃんね」
ノルドの基本方針は決定したので、オレはノルド拠点の地下からトンネルを使ってでヌーラに向かうことにした。
○魔法蟻トンネル
「にゃあ、オレは寝るからプロトポロスに到着したら起こして欲しいにゃん」
魔法蟻の背中にまたがったオレはそのまま身体を預けた。リーリは既にオレのお腹に張り付いて先に寝ている。
『……』
魔法蟻も口をカチカチさせて承諾しそのままトンネルに降りる。ノルドの地下トンネルはヤツメが掘り返さないであろう地下八〇〇メートルに作られてる。
この深度だとアポリトを突っ切っても問題無さそうなので突貫工事でほぼ直線で大公国に繋いでいた。念のためにグール化の仕掛けが有りそうな城塞都市の真下は避けて通してある。
「おやすみにゃん」
魔法蟻の背中はほんのり温かくて気持ち良かったにゃん。
○フルゲオ大公国 ドクサ州 城塞都市プロトポロス プロトポロス拠点
レークトゥス州からアポリト州を横断して大公国のプロトポロス拠点に入ったところで魔法蟻に起こされた。
『……』
「にゃあ、もう着いたにゃん?」
『……』
「お疲れにゃん、にゃ?」
ひょいと持ち上げられた。
『ニャア、お館様ト朝ノオ風呂ニャン』
猫耳ゴーレムだった。
『『『ニャア♪』』』
それから待っていた猫耳ゴーレムたちに抱えられて大浴場に運ばれた。
○フルゲオ大公国 ドクサ州 城塞都市プロトポロス 大食堂
「「「マコト様!」」」
プロトポロスの城の大食堂で猫耳ゴーレムと一緒に朝食の準備をしてると少女騎士たちに驚かれた。
「にゃあ、近くに行く用事が出来たから寄ったにゃん」
ドクサ騎士団は増員されて現在六五〇人規模になってる。いまはドクサ州と首都ルークスの往復だけではなくネコミミマコトの宅配便の護衛として大公国内外にまで活動領域を広げていた。
「「「お初にお目にかかります、マコト様!」」」
新しく入った小隊長たちに挨拶を受ける。
「にゃあ、今朝は非公式訪問だから堅苦しい挨拶は抜きでいいにゃん」
全員の名前とプロフィールは既に把握済みだ。
騎士たちから連絡が行ったルチアとキュカとファナの三人が小走りで食堂にやって来た。
「「マコト様!」」
キュカとファナに抱き着かれた。育ち盛りなのは確認したにゃん。
「にゃあ、元気にしてたみたいにゃんね」
「おはようございますマコト様、王国での侯爵に陞爵おめでとうございます!」
ドクサ州執政官のルチアが敬礼した。
「情報が早いにゃんね」
「猫耳さんたちが、毎日『お館様ニュース』を城内で放送していただいてるので直ぐに知った次第であります」
「マコト様の王国の王都でのご活躍も知ってます」
「聖魔法の光の美しさに感動しました」
キュカとファナがうっとりとしている。
どうやら『お館様ニュース』は映像も付いてるらしい。あんまり詳細にやると移動の速度とか余計な情報をバラ撒くのでそこは上手く編集して欲しいぞ。
「マコト様は、これからどちらに行かれるのですか?」
「にゃあ、フェリクロシーヴァ州経由でヌーラに入るにゃん」
「フェリクロシーヴァ州をマコト様の新たな領地に加えられたというお話はお聞きしました、既に街道を造って境界門を開かれたとか」
すでに猫耳たちが森の結界を修正して準備を終えてる。
「にゃあ、そうにゃん」
本当はアポリト州を先に片付けるべきなのだが、闊歩しているグールとオーガを猫耳化する算段が付くまでは、手は出さないつもりだ。
グール化のトラップも仕組みの見当は付いてるが、まだちゃんと確認していないのもある。
「フェリクロシーヴァ州も小麦畑にされるのでありますか?」
「にゃあ、あっちはお米を作るつもりにゃん」
「お米でありますか?」
「にゃあ、そうにゃん、お米にゃん」
「騎士団は作られないのですか?」
キュカが質問する。執政官秘書が板についてきた。
「にゃあ、あっちも領民のいない領地だから交代でドクサの騎士団に行って貰うことになるにゃん」
「かしこまりました、準備いたします」
ファナもちゃんと執政官秘書をやってる。
「詳細は追って猫耳から説明させるにゃん」
現時点では猫耳たちが整備したばかりの街道が一本と境界門があるだけの土地だ。今日から猫耳ゴーレムたちが入って森林を田んぼに作り変える予定だから、いずれ騎士団の仕事も出来る。
「相変わらず、ここの飯はうまいな」
「でしょう?」
見た目は赤い髪の中学生のレオナール・ボワモルティエ大公が少女騎士たちそれにリーリと朝ごはんを食べていた。
ちゃんとトレーにおかずを盛り付けてるしご飯も載ってる。
「にゃ、何で大公陛下がここにいるにゃん?」
「そろそろマコトが現れる頃合いだろうと思ってな」
「にゃあ、その箸使いの手慣れた様子、もしかしてちょくちょく来てるにゃん?」
プロトポロスの城の大食堂では日常的に箸が使われている。
「国内の視察も大公の大事な仕事だ、いまや大公国を支えてるといっても過言じゃないドクサの動向には特に注意を払っているわけだ」
「にゃあ、だからって一人で来たら危ないにゃんよ」
「叔父上や妹たちもうるさいから魔導師どもは連れて来てるぞ」
大公陛下が指差した先では、大公国の宮廷魔導師たちが少女騎士たちと楽しそうに朝ごはんを食べていた。すっかり仲良しにゃんね。それに痩せたか?
「俺様が敵わない相手なら何をしたところで無駄だ」
「にゃあ、油断大敵にゃんよ」
「それに俺様を潰したところで大公国の変化は止まらんぞ」
「困るのは大公陛下が特異種になったりすることにゃん」
「俺様が特異種か?」
「にゃあ、手に負えないにゃん」
「そいつは厄介だな、でも王国を騒がせていた事件の黒幕は捕まったんだろう?」
「捕まった宰相が本当の黒幕かどうかはまだわからないにゃんよ」
声を潜める。
「マジか、大国の宰相と主席宮廷魔導師のコンビを操っていたヤツがいるなんてちょっと考えたくないな」
「それはオレも同感にゃん」
「マコトたちこそ気を付けろよ、おまえらからの小麦の供給が途絶えたら今度の冬で何万人死ぬかわからないぞ」
「去年は大丈夫だったにゃん?」
「ここ数年、小麦の供給が減少傾向だ、それに合わせて人口が減ってる、我が国は天候よりもバカ貴族のせいで人口を減らしたが」
「小麦は途切れないようにするにゃん、それにフェリクロシーヴァ州ではお米を生産するにゃん」
「米か、俺様は賛成だ」
ご飯を頬張る大公陛下。
「あたしも賛成だよ」
リーリも大公陛下の隣でご飯を頬張っていた。
○フルゲオ大公国 フルゴル州 州都オルコス 領主の館
朝ごはんを皆んなと一緒に食べてから、オレとリーリはドラゴンゴーレムに乗って途中、レオンの屋敷にも寄った。
「マコト様!」
ドラゴンゴーレムが駐機するとレオンが屋敷から飛び出して来た。
「にゃあ、来たにゃん」
「お待ちしておりました、マコト様」
グリセルダも出迎えてくれる。
「にゃあ、順調みたいにゃんね、レオンもベルリンゲル侯爵が板に付いてきたにゃん」
「いいえ、自分などまだまだです」
照れた笑みを浮かべる。
「グリセルダもすっかり領主夫人にゃんね」
「マコト様と旦那様のおかげです」
婚活騎士の頃と違ってすっかり落ち着いた感じだ。
州都オルコスも新しく作られた魔導具の大規模な工房を中心に再開発が始まっていた。
「すべてマコト様のおかげです、それに古くからの領民はベルリンゲル家に好意的ですから」
「にゃあ、ご先祖様の善政が助けてくれたにゃんね」
大公国では善人であったことが仇となってしまったが、今後はそういうことが無いようにしてもらいたい。
○フルゲオ大公国 フルゴル州 州都オルコス 領主の館 客間
「にゃあ、お茶が美味しいにゃん」
「フルゴル州の名産ですから」
レオンが説明してくれる。
「クッキーもなかなか美味しいよ」
リーリもご満悦だ。
「マコト様のおかげで乳製品も小麦も砂糖も潤沢ですから、それにレシピまでいただきましたし」
グリセルダが答えた。
「にゃあ、お茶は結界の向こう側で栽培しても良さそうにゃんね」
「小麦の様にですか?」
フルゴル州でも猫耳ゴーレムたちが結界の向こう側を借り上げて開拓している。
「にゃあ、ただ既存のお茶農家の経営を圧迫しないように品種をちょっと変えるとかはした方がいいにゃんね」
「お心遣い感謝いたします、ただお茶を作っていた村は、ほぼ壊滅状態ですのでそのまま作って頂いて問題有りません」
「にゃあ、やっぱり被害は甚大にゃんね」
「死霊では仕方有りません」
「あれだけの死霊ですから、マコト様が来ていただなかったら大公国は間違いなく滅んでいたでしょう」
グリセルダが付け加える。
「にゃあ、だったらオレを呼んだギルドマスターのランディーヌ様のお手柄にゃんね」
「そうですね」
それとオレの個人情報をベラベラ喋ったフリーダのおかげか。
「本当は、森の結界を外したいところにゃん、ただ何かの弾みで元に戻ったら大惨事だから触れないにゃんね」
ドクサの境界門では監視所を設置するのに少々結界をずらしてはいるが、あそこを使うのはいずれも魔法馬の防御結界に守られた少女騎士たちなので、何か遭ってもボヨンと押し出されるだけだ。しかし一般人はそうはいかない。結界に潰されてしまう。
「無理をされずとも、いまのところは大丈夫かと思います」
「にゃあ、暫くはオレたちだけで開墾を進めるにゃん、レオンが許可してくれるなら羊を飼おうと思ってるにゃん」
「羊ですか?」
「にゃあ、毛が採れる獣にゃん、凶暴ではあるけど結界が有るから人里に出て来ることはないにゃん」
羊の群れはプリンキピウムの森で捕獲済だ。猫耳たちが飼いたいらしい。地球の羊と違ってやっぱり巨大でウシよりちょっぴり凶暴だが、オレたちにはどうってことない。
「羊、美味しいよね」
「にゃあ、美味しいにゃん、それと毛が採れるから糸が作れるにゃん、むしろこちらがメインにゃんね、こういうのが作れるにゃん」
セーターを取り出す。
「これは柔らかいですね」
「獣の毛皮よりは使い勝手がいいにゃんよ」
獣の毛皮から魔導具で糸は作れるが、やはり羊には敵わない。今後は毛虫のまゆから作るシルクっぽい糸も大量に出回るから庶民の衣服ももうちょっと賑やかになるだろう。貴族は知らないにゃん。
「結界の向こう側であれば、マコト様の好きにして頂いて問題ありません、いまの私たちには手を出せない領域ですから」
「わかったにゃん、土地代は小麦と同じでいいにゃん?」
「問題有りません」
「収穫物に関しても小麦と同じでいいにゃん?」
「マコト様こそよろしいのですか? 我々の利益ばかり大きくなりますが」
「問題ないにゃん、少なくいともフルゴルの領地経営が軌道に乗るまでは、いまのままでいいにゃん」
「ありがとうございます、お心遣い感謝いたします」
「にゃあ、レオンのところの景気が良くなればオレのところも潤うから心配はいらないにゃんよ」
「いずれ、マコト様の恩に報いる時がくればと思っております」
「楽しみにしているにゃん」
そう遠くないうちにレオンのフルゴル州は富める領地となるだろう。
○フルゲオ大公国 フルゴル州 州都オルコス 領主の館 ホール
「お久し振りです、マコト様」
「にゃあ」
レオンのところの家令に挨拶された。
「にゃあ、しっかり働いてくれてるにゃんね」
フルゴル州の実務を仕切っているのはパッセルの市庁舎で大公国軍の元祖ハンプティダンプティ将軍を追い詰めた死霊のひとりだった元士官だ。
何故かひとりだけ天に還ることが出来なかったので、新しい身体を与えてベルリンゲル侯爵家の家令に任命した。
将軍一派に目を付けられるほど元から優秀な人材だけあって、しっかりレオンをもり立ててくれている。
「これからも頼むにゃん」
「はい、しっかり務めさせていただきます」
家令は元軍人らしいきっちりとした所作で一礼した。
レオンの屋敷から大公陛下から頂いたフェリクロシーヴァ州に向かって飛んだ。
○フェリクロシーヴァ州 上空
既にフェリクロシーヴァ州の領内では開墾が始まって森を切り開いている。
『『『ニャア!』』』
トラクターに乗った猫耳ゴーレムたちが手を振ってくれた。
「にゃあ!」
オレとリーリも手を振った。
「思ってたよりも早く田んぼが出来そうにゃん」
「楽しみだね」
「季節をまったく無視できるのが魔法栽培のいいところにゃん」
しかもドクサ州の小麦と似たようなサイクルでの収穫になるはずだ。二週間で田植えから稲刈りだ。
大公国だけならそこまで慌てなくても大丈夫なのだが、残念ながらアナトリ王国ではまだ食料が大幅に足りていなかった。
貴族派の領地を中心に今年も大幅な収穫増は見込めないらしい。
○アナトリ王国 ヌーラ州 境界門
出来たばかりの大公国とヌーラの国境の境界門に降りた。結界を押しやってヘリポートならぬドラゴンポートが設えてある。大公国内では猫耳たちが日常的にドラゴンゴーレムを乗り回してるので秘密兵器感は無くなってしまった。
そして境界門から見えるのはとてつもなく長大な城壁。右も左も途切れることなく地平線の彼方にまで続いていた。
「にゃあ、これが例のヌーラを囲んでる城壁にゃんね、まるで万里の長城にゃん、これも七不思議と違うにゃん?」
境界門に詰めてる猫耳に聞く。
「残念ながらヌーラの城壁は、過疎地過ぎて一般にはほとんど知られてないにゃん」
「にゃー」
黄色っぽい色は日干し煉瓦の壁のようだが実際には刻印で強化されてる。
「びっくりする長さだね」
リーリもオレの頭の上から眺める。妖精も驚く規模だ。
「何度も手直しがされてるにゃんね、これは金が掛かるにゃん」
高さ一五メートルで深さは一〇メートル、厚さも一〇メートルはあるらしい。長さはちょっと考えたくない。
境界門から城壁の間には、二〇〇メートルほど緩衝地帯なのか草木の生えていない赤茶けた礫砂漠のような荒れ地が横たわっている。岩がゴロゴロで普通の魔法馬では走るのに難儀しそうだ。
城壁はかなり古い時代に魔法で作られたもので、刻印は何度か大規模に作り変えられてる。エキスパンションジョイント(伸縮継手)かと思いきや再生用の刻印が刻まれた金属板だった。一夜で造られたという伝承が残っているが、かなり凝っているから慌ててヌーラを封じたわけでは無いのかもしれない。
ドラゴンゴーレムを消して、境界門の監視所から地下に降り、迎えに来てくれた魔法蟻に乗り換えた。
○ヌーラ州 地下拠点
オレたちを背中に乗せた魔法蟻は地下トンネルを滑り建設中のヌーラの地下拠点に入った。
「お館様、探検の準備は出来てるにゃん」
「にゃあ、ヌーラはまず現状の把握からにゃんね、ノルドと違って魔獣の森があるから最初は慎重に行くにゃん」
「慎重なのは最初だけにゃん?」
猫耳からツッコミが入った。
「にゃあ、安全が確保できたら後は一気に行くにゃん、オレの領地に魔獣の棲む場所はないにゃん」
「お館様、かっこいいにゃん」
「可愛いにゃん」
「ウチが抱っこするにゃん」
「次はウチにゃん」
猫耳たちに抱っこされる流れになった。
『『『抱ッコニャン』』』
更に猫耳ゴーレムも混ざった。
ヌーラは、かつて栄えていた領地が四つほど入った広大な土地を大いなる災いを封じるために作られた物理障壁たる城壁で囲っている。境界門も無い徹底振りだ。
それでいて大いなる災いが一体何なのか諸説あるがはっきりしていない。魔獣を封じる刻印はあるが魔獣の森を囲うより街を囲ったほうが効率がいいのは考えるまでもない。
ヌーラは人口ゼロだが、全てが魔獣の森と言うわけではないようだ。魔獣の森と通常の森が複雑に入り乱れている。
わざわざ城壁で覆わなくても人間が入り込める場所では無いので人避けとも違う様だ。人の命の軽いこの世界で、安全対策だけのためにこんなものを作るわけがない。
州都どころか住人さえいないのに廃領にならないのは、この領地を守る為だけに存在した公爵家があったからだ。
その公爵家が五〇年前に廃絶され、大公家がその役目を渋々受け継いだ。貧乏くじを引いてしまったわけだ。王宮からしたら大公家の力を削ぐための嫌がらせだろう。
城壁はオパルスの図書館にあった歴史書に拠れば、分裂前のオリエーンス帝国時代に作られたモノで築一五〇〇年程度になるらしい。それが本当かどうかは間もなくわかる。
○ヌーラ州 城壁内
抱っこ会に時間を取られたが、ヌーラの地下拠点から城壁の内側に出た。マナの濃度に問題がない魔獣の森じゃない場所を選んだ。いまだ何が出てくるか判らない魔獣どもとは出合い頭に遭いたくはない。
「にゃー、昔の人は良く作ったにゃんね」
ペチペチと城壁を叩く。日干し煉瓦みたいな見た目と違って触った感触は滑らかで硬い石のようだった。
『報告するにゃん、大公様からお館様へヌーラの領有権の譲渡が王宮で正式に認証されたにゃん』
王都にいる猫耳から連絡が入った。
『にゃあ、了解にゃん』
ヌーラは特別な領地なので、簡単には譲渡出来ないのだが、国王陛下からの口添えもあったようですんなりと認証された。
『引き続き、王都での情報の収集を頼むにゃん』
『『『了解にゃん』』』
王都の猫耳たちとの念話をしながら城壁の状態を詳細にサーチしていた。
「古いだけ有って状態は良くないにゃんね」
城壁は維持に年間に大金貨一〇〇〇枚掛かると言う話だが、王都に近い東側だけを主に補修していたのだろう。それにしたって馬車で一ヶ月ほどの距離があるわけだが。
「ボッタクリとまでは言わないけど、仕事の内容からすると割高な価格設定にゃん」
城壁を全体的に管理していたとは言えない状態なのは把握した。
「まずは城壁の修復と改造にゃん」
「にゃあ、刻印からマナ変換炉に変更にゃんね」
猫耳のひとりが手を挙げた。
「そうにゃん、直ぐ近くに魔獣の森があるからマナの供給には困らないはずにゃん」
「お館様、城壁は取っ払わないにゃん?」
「大いなる災いの正体を把握してから考えるにゃん」
「魔獣はいるわけだし、無理に取っ払う必要もないと違うにゃん?」
「にゃあ、境界門ぐらいは造りたいにゃんね」
「お館様、ウチらが中で遊ぶには下手に外から覗けない方がいいにゃんよ」
「それはあるにゃんね、いずれにしても安全が確保されてからの話にゃん、まずはマナをガンガン消費する方向でやるにゃん」
「城壁からマナゼロ地帯を拡げて行くにゃんね?」
「そうにゃん」
「お館様、マナ変換炉は幾つぐらい設置するにゃん?」
「そうにゃんね、ヌーラを探検しながら一キロ程度の間隔で設置するのはどうにゃん? 後はマナの濃度に依って臨機応変に対応にゃん」
「城壁の状態とマナゼロ地帯を作るにはちょうどいいと思うにゃん」
「「「にゃあ!」」」
全員賛成のようだ。
まずは一つ目のマナ変換炉を城壁の中に埋め込む。直ぐに城壁の色が白に変化し金属っぽい光沢を帯びる。そして高さは倍の二〇メートルになった。
「こんなもんにゃんね」
消えかかっていた複雑怪奇な古い刻印を復活させ、時代の新しい効果がいまいち微妙な刻印は消した。
「お館様、城壁にも生きてる金属を使うにゃん?」
「にゃあ、安全に出し惜しみは無しにゃん」
とは言っても材質の変更に魔力以外のコストは掛からない。魔力もオレたちにとってはどうってこともない。
「桁外れに長い城壁だから、しばらくオレたちの魔力が余るってことはなさそうにゃんね」
「にゃあ、お館様、魔法蟻たちもやる気満々みたいにゃんよ」
猫耳の一人が地下の様子を知らせる。
『『『……』』』
地下トンネルの試し掘りを進めてる魔法蟻たちが口をカチカチさせてやる気アピールの念話を送って来る。
「にゃあ、わかったにゃん、トンネルも城壁に沿ってなら本坑にしていいにゃんよ、ただし間違っても魔獣の森に深く入り込んではダメにゃんよ」
『『『……』』』
地下にいる魔法蟻たちが右前脚を挙げて口をカチカチさせた。もちろん同意だ。
「にゃあ、探検に出発するにゃん!」
ジープを五台再生して猫耳たちと乗り込んだ。
「出発!」
リーリの号令の下、オレたちの乗ったジープの車列はヌーラの城壁の内側に舗装道路を造りながら進んだ。




