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カジノの再建にゃん

 ○帝国暦 二七三〇年一〇月〇六日


 ○王都タリス 文教地区 王立魔法大学 王室専用宿舎 食堂


「おはようございます殿下」

「どうしたマリオン、こんなに朝早く?」

 朝食の後、食堂で遺跡の発掘報告書に目を通しているエドモンド第二王子の前に現れたのは、マリオン・カーター次席宮廷魔導師だ。

「お目付け役です」

「何だそれは?」

「陛下からのご依頼です、殿下がマコト侯爵様のお屋敷に入られるまで監視せよとのことです」

「監視?」

「実際には護衛みたいなものです」

「護衛?」

「私は誰かに狙われているのか?」

「可能性はあるかと、ただでさえ殿下は守護騎士がいらっしゃらないのですから」

「私が解任したわけじゃないぞ」

 唇を尖らせる。

「わかっております、それで今日はどうなさいます?」

「暫く王都を離れることになるから、挨拶回りだ」

「貴族街ですか?」

「いや、ただの市街地区だ」

「かしこまりました、同行させていただきます」

「すまないが頼む」



 ○王都タリス 城壁内 市街地区


 エドモンド第二王子とマリオンを乗せた馬車は貴族街から市街地区に入った。途端に通りも道も賑わい出す。

「殿下はケラスに向かわれるのですか?」

「最終的にはそうなるだろう」

「すると暫く遺跡はお預けですね」

「いや、ケラスなら手つかずの遺跡が有るはずだ」

「有るかもしれませんが、大半が毒持ちの虫がいる森ですから、簡単には入れないと思いますよ」

「毒か、確かに厄介だがマコトたちは毛虫や蜘蛛を狩っている様だからそう難しくもあるまい」

「ケラスの虫の毒に対応とか、宮廷魔導師でもほとんどはお手上げの難物なんですが」

「そうなのか?」

「宮廷魔導師が簡単に虫の毒に対応できるなら、ケラスは豊かな領地になっていたはずです」

「なるほど、マコトたちが凄いのだな」

「もしかしたら宮廷魔導師を超えているのではないでしょうか?」

「それはいくら何でも無いだろう」

「これは内密に願いたいのですが、侯爵様は魔獣を狩られたようですよ」

 マリオンは声を潜めた。

「本当か?」

 エドモンドも声を潜めた。

「プリンキピウムの森に越境した魔獣を狩ったと推察されます、当初は注目されていませんでしたが、ハリエット様が救助されてから再調査したようです」

「魔獣まで狩れるなら、魔獣の森だらけのケラスもマコトにとっては狩場なわけだ」

「いくらなんでも積極的に魔獣を狩られたわけでは無いと思いますが」

「何にせよ、虫など問題ないわけだ、ケラスの資料も手配しているし、うん、悪くないぞ」

「ケラスの資料ですか?」

「そうだ、いくらマコトたちが有能でも、広大なケラスの領地を手掛かりも無く遺跡を探すのは現実的ではないからな」

「殿下は変わりませんね」

「仕方あるまい、人間の本質はそう変わらぬものだ、そんなことよりマリオンは私のお守りなどしている場合ではないのではないか?」

「問題有りません」

「マリオンが、宮廷魔導師の主席になるのではないのか?」

 エドガー・クルシュマン主席魔導師の死亡に関する箝口令が先日解除された。

「いいえ、そういったお話は頂いておりませんし、現在の次席の地位でさえ身に余っておりますので」

「欲が無いな」

「やりたい方にやって頂くのがよろしいかと、手を挙げている方も多数いらっしゃいますし」

 主席魔導師の後任を巡る動きも公になっていた。

「それにしてはまだ決まっていない様だが」

 世事に疎いエドモンドも慌てて情報を集めていた。

「立候補された方は、いずれも魔力的に問題がありまして、主席として仕事をされるには少々足りないようです」

「主席だったエドガー・クルシュマン殿も、魔力はそれほど強くなかったと聞いているが?」

「エドガー様は、アーティファクト級の魔導具をご自分で作られ、不足分を補っていらっしゃいましたから」

「あの仮面か?」

「そうです、あれだけ魔力を増幅できる魔導具はそうありません」

「では、その仮面を使えば手を挙げた連中も主席の条件を満たせるのでは無いか?」

「残念ながら、エドガー様の仮面はご本人以外には使えない様ですね、これまで試したらしい人間が三人ほど死亡した状態で発見されています」

「呪具だな」

「ええ、他の人間に取っては呪具そのものですね」

「やはりマリオンが主席殿の後を継ぐのが良いのではないか?」

「私としては、いま直ぐにでも引退して何処かの田舎に引っ込んでのんびり暮らしたいところですが」

「だったら、マリオンもケラスに来たらどうだ?」

「殿下、ケラスは田舎ではなく辺境ですよ、それに虫のいる環境でのんびり暮らすのは無理かと思われますが」

「何処も州都以外は辺境みたいなものだろう?」

「少なくとも私の知る田舎には、毒のある巨大な虫は出ません」

「なるほど、虫か」

 何やら感心している。

「ケラスも良いですが、アナステシアス・アクロイド公爵様のところも好条件だと思いますが、虫もいませんし」

「婿入りか?」

 エドモンドは露骨に嫌そうな顔をする。

「公爵様は国王派の重鎮です、王室の為には悪くない選択かと、それに六歳児の食客より体面は良いですよ」

「アナステシアス公爵のリアンティス州には、見るべき遺跡が無い。それに私が余計なことをせずとも兄上が上手くやるだろう」

「王室の安寧より遺跡なんんですね」

「いや、いまはアナステシアス公爵よりマコトと繋がるのが重要だ」

「既にフレデリカ様があちらにいらっしゃいます」

「うっ」

 言葉に詰まるエドモンド。

「今回は、陛下のご命令ですからケラス入も仕方有りませんが、なるべく早くアナステシアス・アクロイド公爵様のところに行かれるのがよろしいかと」

「マリオンは何か知っているのか?」

「いえ、ただ貴族派の盟主だった宰相のニエマイア・マクアルパイン様が失脚されたいま、貴族派がこのままおとなしくしているかどうか」

「マコトは王国派なのだろう?」

「殿下、侯爵様は王家に協力的ではありますが、その本質はアルボラの領主カズキ・ベルティ伯爵様に近いかと思われます」

「問題は無いのではないか?」

「王国派にカウントされてはいますが実際に味方されるかは未知数かと、それに殿下がやらかせば、離反される可能性も少なくはないかと」

「おい!」

「殿下は絶対にやらかさないと?」

「……いや、そこまでは言わないが」

「アクロイド公爵家への婿入りも真剣にご検討ください」

「アナステシアス公爵は私に発掘を許してくれるだろうか?」

「たぶん」

「何故、目を逸らす?」

「アナステシアス・アクロイド公爵様は、殿下を鍛え直すそうですから、その後でしたらお許しになるかと」

「そいつはなんだ、出来ることなら遠慮したい、というか絶対に嫌だ」

「そう、仰らずに」

「マリオン、お前、アナステシアス公爵から何か貰ったな?」

「いいえ」

「貴様、何故、目を逸らす?」


 馬車は市場などがある更に賑やかな通りに出た。


「マリオン、アレは何だ?」

 エドモンドが窓の外を指差した。

「動いていますね、看板に魔法絵とは凄い、『猫耳ドーナツ』と書いてあります」

 マリオンが目を凝らした。

「猫耳?」

 ドーナツを齧る猫耳のデフォルメされた絵が動いている。

「看板に魔法絵か、初めて見るな」

「私も知りません」

「マコトの店か、しかもドーナツってあのドーナツか!?」

「殿下はドーナツをご存知なのですか?」

「ああ、かなり前に大公妃のテレーザ様に頂いたことがある」

「お菓子ですか?」

「そうだ、ちょっと店の近くで停めてくれ」

 エドモンドは馬車を停車させた。



 ○王都タリス 城壁内 市街地区 猫耳ドーナツ 前


「やはりマコトの店だな」

「そのようですね」

 エドモンドとマリオンは馬車を降りた。

「いらっしゃいにゃん」

「美味しいにゃんよ」

「プリンキピウム名物のドーナツにゃん」

 ドーナツを作っているのも売っているのは猫耳の少女たち。看板に偽りなしだ。

 繁盛しているらしく店の前には行列が出来ていた。

「にゃあ、エドモンド殿下にゃん!」

「次席宮廷魔導師様もいるにゃん!」

「いらっしゃいにゃん、貴賓室にご案内にゃん!」

 店から猫耳たちが飛び出して来てあっという間に囲まれた。

「貴賓室?」

 エドモンドとマリオンは、そのまま店の中に案内された。



 ○王都タリス 城壁内 市街地区 猫耳ドーナツ 店内


「これは洗浄の魔導具!?」

 入口には洗浄の魔導具が設置されておりマリオンを驚かせた。

 明るい店内には、丸テーブルが並べられ客たちが美味しそうにドーナツを食べている。

「ゴーレムがこんなにいるのか」

 エドモンドは見たことのない形のゴーレムに目が釘付けになる。

『ニャア』

 給仕は猫耳ゴーレムたちが担当していた。

「戦闘もこなす汎用型のゴーレムと聞いております、刻印がまったく読めないので詳細は不明ですが」

「そいつは凄いな」

 上級貴族が使う超高級店の様な堅苦しさは無いが、魔導具や店の清潔さは引けを取らない感じだ。

 テイクアウトも大盛況らしい。

「にゃあ、こちらにどうぞにゃん」



 ○王都タリス 城壁内 市街地区 猫耳ドーナツ 貴賓室


 貴族も富裕層もいない中流の市街地区に何故、貴賓室が用意されているのかと首を傾げながらエドモンドとマリオンはその部屋に案内された。

「お久しぶりです、殿下」

 貴賓室には先客がいた。

「テレーザ様ではありませんか!」

 大公妃テレーザの姿にエドモンドは驚きの声を上げた。

 マリオンは静かに一礼した。

「エドモンドお兄様」

「おお、エレノアなのか!?」

「はい、エレノアです」

 テレーザの娘エレノアが笑みを浮かべた。

「お二人共、治られたのですね、マコトですか?」

「ええ、ネコちゃんに治療して頂きました」

「そうでしたか、お二人もマコトに会われたのですね」

「そう言えば、殿下はネコちゃんの領地に行かれるそうですね、将来はネコちゃんのお婿さんになるのかしら?」

 エドモンドは、随分と情報が早いと感心するが、その実、テレーザは大公家に出入りする猫耳たちから聞いただけだ。

「マコトの領地には行きますが、婿入りはしません、あちらでは発掘に専念するつもりです」

「発掘優先なのですね、それで殿下のお隣にいらっしゃるのは、お友だちの魔導師の方かしら?」

 テレーザはマリオンに視線を向けた。

「ご挨拶が遅れましたテレーザ様、エレノア様、宮廷魔導師を拝命しておりますマリオン・カーターと申します」

 うやうやしく一礼した。

「ああ、あなたがマリオンなのね、噂通り殿下とは仲良しなのね」

 テレーザの言葉にマリオンの笑みが固まる。

「マリオンはこう見えても次席なんですよ」

「ええ、優秀な魔導師だとお名前は聞いています」

「恐縮です」

 マリオンの紹介が終わったところに猫耳ゴーレムがドーナツを載せた皿を持って来た。


「これは美味いですね」

 ドーナツを齧ったエドモンドは思わず声を漏らす。

「以前、テレーザ様に食べさせて頂いたドーナツも美味しかったですが、こちらも美味しいですね」

「殿下、ドーナツはこちらが本物です、わたくしのはまがい物です」

 テレーザもドーナツを口に運ぶ。

「本物ですか?」

「あの頃は手に入らない材料が多かったですから、レシピの基本は同じなんですよ」

「マコトは本物の材料を持っていたんですね」

「大公国の領地で作っているそうです」

「すると材料があれば、テレーザ様のところでも同じものが作れるのですね」

「いいえ、我が家の料理人でもネコちゃんたちの様にいきません、やはり技術と道具が必要ですから」

「奥が深いのですね」

「ええ、お菓子作りは奥が深いですよ、以前なら料理人の育成をしたところですが、いまは、わざわざ屋敷で作らなくても猫耳ちゃんに頼めば用意してくれますし、こうしてお店にも連れて来てくれますから気軽に味わえますけどね」

 大公家にはマコトの配下の者たちが出入りしているらしい。

「エドモンドお兄様は、本当にケラスに行かれるのですか?」

 エレノアが尋ねる。一〇年ほど時が止まっていたエレノアにとってエドモンドは残念王子ではなく、いまだ憧れのお兄様だった。

「陛下のご命令だからね、せっかくエレノアが元気になったのに残念だよ」

「私もです」

 しゅんとしてしまう。

「マリオンは殿下とご一緒するんですよね?」

 テレーザは目を輝かす。

「いいえ、テレーザ様、わたくしは宮廷魔導師としての責務がありますので、王都に残ります」

「あらそうでしたの、それは殿下も寂しいでしょう?」

 テレーザもしゅんとする。

「ええ、マリオンは、古くからの友人ですからね、だからといって有能な宮廷魔導師に有るかどうかもわからない遺跡の調査に突き合わせるわけにはいきませんので」

「そうですね、マリオンが次席の魔導師では陛下がお許しにならないでしょうね、それは困りましたね」

 前世は筋金入りの腐女子だったテレーザは、病から復帰して直ぐ王都内のその筋のネットワークを復活させ、エドモンド×マリオンの情報を掴んでいた。その有名カップリングの離別の危機に心穏やかでは無い。

「わたくしとしては、マリオンには殿下と一緒にいて貰った方が安心できるのですが、ほら、ケラスって怖い場所でしょう?」

「怖い場所ではありますが、マコトの配下の者たちもいますので、大きな危険は無いかと」

 エドモンドは友人より遺跡なので問題は無かった。

「でも、猫耳ちゃんたちは女の子ですからね、そうだ、わたくしから大公様にお願いしておきましょう、それがいいですね」

 テレーザの言葉にマリオンの笑みが更に固まる。

「何もそこまでしていただかなくても」

 大公が苦手なエドモンドは腰が引けた。

「いいえ、殿下はわたくしの大切な甥ですから、そのぐらいのことはさせて頂きます、このところ大公様もネコちゃんに貰ったお馬で走り回っているだけですから、少しは働いて頂きます」

「テレーザ様」

 先日、身内から散々叩かれたエドモンドは、自身を心配してくれるテレーザの心遣いに感動し感謝する。

 無論、テレーザ的にはエドモンドとマリオンを離れ離れにさせない為の方便だ。マリオンはテレーザの本性に気付いたが笑みを引き攣らせるに留めた。


 その日、その筋のネットワークにはテレーザに感謝を捧げる言葉であふれたとか。



 ○王都タリス 城壁内 貴族街 下級地区 ブルーマー男爵邸


 ブルーマー男爵邸の前にパステルピンクの猫耳ジープが二台ほど停まった。

「にゃあ、おはようにゃん」

 扉が開かれてフェリシア・ブルーマーが顔を出した。

「いらっしゃいませ、あら、あなたたちはマコト様のところの?」

「にゃあ、ウチはアルっていうにゃん、お館様からフェリシア様にお届けものにゃん」

 アルが代表して挨拶をした。

「お届け物ですか?」

「そうにゃん、重いから気を付けて欲しいにゃん」

「えっ、これって金貨ですか?」

「そうにゃん」

 アルはフェリシアに大金貨の入った革袋を三つほど渡した。

「あの、マコト様はなんでこんな大金を私に?」

「にゃあ、アール・ブルーマー男爵の借財がカジノの不正によって作られたことが証明されたにゃん、だからそれはその返還金にゃん」

「返還金ですか?」

「そうにゃん、お館様がカジノに乗り込んで取り返してくれたにゃん」

「マコト様が」

「にゃあ、それとお館様が、このままだと不用心だからとお屋敷の修復を指示されたにゃん」

「修復ですか?」

「にゃあ、そうにゃん魔法を使うからすぐに終わるにゃん、始めるにゃん」

「えっ?」


 ものの五分もかからずに古ぼけていたブルーマー男爵邸を新築同然に作り変えてしまった。ほとんど役に立ってなかった防御結界も新しく張り直す。


「にゃあ、お屋敷の中の魔導具はウチらからのサービスにゃん」

「えっ、あの、これっていったい?」

 いきなり屋敷を綺麗にされて驚きと戸惑いのフェリシア。

「にゃあ、気にしなくていいにゃん、それとお館様からフェリシア様に王国軍で教官をやって欲しいそうにゃん、受けてくれると助かるにゃん」

「私が王国軍で教官ですか?」

「にゃあ、フェリシア様には隠形の技を伝授して欲しいそうにゃん」

「私なんかの技でいいのですか?」

「にゃあ、十分にゃん、お館様はフェリシア様を少尉待遇でお招きするそうにゃん」

「……ですが」

 フェリシアは迷ってる様子だ。

「お館様は、フェリシア様のその技術を王国軍で存分に生かして欲しいそうにゃん」

 アルが後押しする。

「かしこまりました、お受けいたします」


 元兄貴の説得もあって、フェリシアは王国軍の教官としての招聘を受け入れた。



 ○王都タリス 城壁内 官庁街 財務省


 猫耳たちがフェリシアを始めとする元盗賊の家族の下を訪れてる頃、オレは財務省にベルンハルト・ヘルメルを訪ねた。

 朝からドラキュラにゃん。朝ドラにゃん。

「ギスラン・オーディアールを潰すとは、随分と大胆なことをされますね」

「にゃあ、いくら温厚なオレもイカサマをされたら黙っていられないにゃん」

「イカサマに飽き足らず殺そうとするとはギスランらしくない粗暴さですね」

「危機管理がなってない証拠にゃんね、それでカジノの接収は問題ないにゃん?」

「はい、マコト様がお持ちの債権でギスランの財産は全て接収可能です、過少申告していたのが裏目に出ましたね」

「にゃあ、普通は横やりが入るのと違うにゃん?」

「ええ、良くある話ですが、彼にとって間の悪いことに懇意にしていた貴族が宰相の親戚筋で現在、取り調べのために収監中なのです」

「にゃあ、カジノの営業権も問題ないにゃんね」

「六歳のマコト様が経営なさることの倫理的な問題を感じますが、法的に問題はありません」

「にゃあ、その辺りはちゃんとしたマネージャーを立てる予定なので問題ないにゃん」

「マコト様は辺境伯の地位もお持ちなので、王宮から税金を掛けられないのが痛いですね」

「にゃあ、そこは侯爵で処理していいにゃん」

「それは助かります」

「にゃあ、細かい手続きは頼むにゃん」

 金貨の袋を置く。

「かしこまりました、後はお任せ下さい」

 面倒事は全部任せた。

「それからベルンハルトにオレからプレゼントにゃん」

 箱を取り出す。

「服でありますか?」

「にゃあ、夜会服とマントにゃん、ケラスの毛虫の繭から作った糸を使ってるからその辺りの鎧より防御力は上にゃん」

 デザインは完璧にゃん。完璧なドラキュラ伯爵にゃん。

「よろしいのですか?」

「にゃあ、ベルンハルトに着て欲しくて作ったにゃん」

「では、遠慮なく頂戴いたします」

「にゃあ」

 オレは自分の手で吸血鬼を完成させられてちょっとした充実感を味わった。



 ○王都タリス 外縁部 南部地区 カジノ・オーディアール


 接収したカジノは休業のお知らせを出して扉を閉ざしている。

 オレたちは裏口からカジノに入った。

「状況はどうにゃん?」

 カジノに詰めていた猫耳たちに聞く。

「借金のカタでタダ働きの従業員は、正規の報酬を支払って解放したにゃん」

「娼館に売られた娘たちも全員解放するにゃん」

「にゃあ、頼むにゃん」

「正規の報酬を取り立てられて娼館の二、三軒、潰れそうにゃん」

「にゃあ、ズルをするからそういうことになるにゃん」



 ○王都タリス 外縁部 南部地区 カジノ・オーディアール 地下


 地下のVIPルームよりも更に下に作った秘密のホールに降りる。

「順調にゃん?」

「にゃあ、問題ないにゃん」

 ギスラン・オーディアールを始めとする二三人が入った箱に詰められ並べられている。コイツらはいったん王都守備隊での取り調べの後、犯罪奴隷として全員を昨夜の内にオレのところで引き取ったのだ。

 コイツらの魂は煉獄の炎でたっぷり炙られ真っ白になるまで鍛え上げられた。

「お館様、最後の仕上げをお願いにゃん」

「にゃあ、了解にゃん」

 魔法を発動させる。

 鍛え上げた純白の魂を猫耳の身体に入れる。

「「「にゃあ」」」

 箱が消えて次々と猫耳たちが目を覚ます。

「にゃあ、おはようにゃん」

「「「お館様にゃん!」」」

「これから、おまえらのやらかしたカジノを再建するにゃん」

「「「にゃあ!」」」

「その前にお館様を抱っこさせて欲しいにゃん」

 新入りたちはオレの周囲に集まった。

「仕方ないにゃんね、ちょっとだけにゃんよ」

 返事をしたのはオレじゃなくて猫耳。オレを抱き上げて新入りに渡す。

「「「にゃあ♪」」」

 新入り歓迎の抱っこ会はどうしてもやらなければ収まらないらしい。


「『オーディアール』はイカサマがキツいってその筋では有名だったにゃんよ」

 王都のカジノに詳しい猫耳が語る。駐屯地で捕まえたヤツだ。

「にゃ、それは初耳にゃん」

 元ギスラン・オーディアールの猫耳のギスが驚きの表情を浮かべる。

「知らないのは当事者ばかりにゃんね」

「そんな噂を知らずに借金するほどハマるのも情弱過ぎにゃん」

「面目ないにゃん」

 戻って来たアルはまた耳ペタンだ。

「にゃあ、今後はルールに則った運営を目指すにゃん」

 ギスが宣言する。

「「「にゃあ!」」」

 他の猫耳たちも声を上げる。

「お館様、スロットマシーンを導入してもいいにゃん?」

 ギスは思考共有でスロットマシーンの存在を知ったようだ。

「にゃあ、任せるにゃん」

 オレは専門家たちに丸投げする。

「従業員やディーラーが足りない分は、猫耳ゴーレムを使えば何とかなりそうにゃん」

 いつもの猫耳ゴーレム頼りなオレたち。

「にゃあ、ホテルと一緒でゴーレムを使うと格が上がるにゃん」

 ギスは満足気に鳴く。

「にゃあ、元から『オーディアール』は高級店と違うにゃん?」

「カジノのランク的には上の下か中の上ってところにゃん、気軽に遊びながら資金洗浄が行えるにゃん」

「いろいろ考えるにゃんね」

「それでオープンはいつにするにゃん?」

「にゃあ、準備を考えると一週間後ぐらいがいいと思うにゃん」

 ギスがはじき出す。

「それなら案内状も無理なく届くにゃん」

「お館様、カジノの名前はどうするにゃん?」

「にゃあ、オレたちのカジノだから『ネコの尻尾』とかどうにゃん?」

 ギスが案を上げた。

「かわいい名前にゃん」

「「「にゃあ♪」」」

「カジノの新しい名前は『ネコの尻尾』にゃんね、案内状に書くにゃん」

 決めることはすべて決めてしまった。


「お館様、お客にゃん」

 話し合いが一段落したところに猫耳から声が掛かる。

「にゃ?」

「元従業員が訪ねて来たにゃん」

「にゃあ、まずは会ってみるにゃん」



 ○王都タリス 外縁部 南部地区 カジノ・オーディアール 応接室


 尋ねてきたのはVIPルームでディーラーを務めていた赤い髪のビキニアーマーが似合いそうなアンジェル・ドゥケーヌだ。

 一足先に改装した応接室に案内させた。

「にゃあ、お待たせしたにゃん」

 アンジェルは立ち上がってオレに一礼する。

「にゃあ、何か手続きに不備があったにゃん?」

「いえ、そういうことでは有りません」

「にゃあ、不備が無かったのならまずは安心にゃん」

「マコト様、どうか私をここでまた雇っていただけないでしょうか?」

 アンジェルが身を乗り出して頭を下げた。

「また、ここで働きたいにゃん?」

「はい」

 イカサマに手を貸していたが、父親の借金のカタにタダ働きをさせられていたのでギリギリセーフで解放したのだが。

「にゃあ、アンジェルほどの腕があるなら他所のカジノでも通用すると違うにゃん?」

「いえ、それぞれ秘匿する技術がありますから、経験者が途中から入り込むのはなかなか難しいのです」

 他所のイカサマの情報を持ってるヤツを入れると要らぬトラブルを抱え込む可能性があると言うことか。

「にゃあ、でももうウチはイカサマはやらないにゃんよ」

「問題ありません、私も好きでやっていたわけじゃ有りませんから!」

 身を乗り出すアンジェル。大きなお胸が揺れた。冒険者ギルドなら即採用にゃん。

「にゃあ、だったら支配人を雇う予定だったにゃん、それでいいなら空いてるにゃん」

「いきなり支配人ですか!?」

 驚きの表情を浮かべるアンジェル。

「にゃあ、構える必要はないにゃん、カジノの表も裏も知り尽くしてるアンジェルならやれるにゃん、その知識でお客を楽しく遊ばせてやって欲しいにゃん」

「それは出来ると思いますが」

「金勘定や労務管理は猫耳たちが担当するから心配ないにゃん」

「安心しました、それならばお受けします、ぜひやらせて下さい」

「にゃあ、頼むにゃん」

 アンジェルの支配人就任が決まった。


「お館様、娼館から解放した娘に気になるお嬢さんがいたにゃん」

 続けて猫耳が金髪碧眼でプロポーション抜群の娘を連れて来た。

「エステル・ブルジェさんにゃん貴族の令嬢で十八歳になるにゃん、娼館でデビュー寸前だったにゃん」

「貴族のご令嬢にゃん?」

 確かに貴族のご令嬢といった佇まいだ。

「お初にお目にかかります侯爵様、ブルジェ男爵家の長女エステル・ブルジェと申します」

『ブルジェ男爵家にゃん?』

 念話で猫耳に尋ねた。

『実は誰も知らないにゃん、娼館の従業員もど田舎の男爵領らしいってことまでしか知らなかったにゃん、本人はサロス領と言ってるけどそれも知らないにゃん』

 確かに猫耳たちの知識にもオパルスの図書館にもサロス領の情報は無かった。

『本人に聞いてみるにゃん』

『にゃあ』

「エステルは最近、サロス領から王都に来たにゃん?」

「はい、ごく最近になります」

「失礼なことを聞くけど、ブルジェ男爵家のサロス領は王国のどの辺りにあるにゃん? オレは辺境の出なので地理に明るくないにゃん」

「サロス領は西の果て、ヌーラに隣接した小さな領地です、こちらに来てからもご存知だった方はひとりもいらっしゃいませんでしたから、侯爵様がご存知ないのも無理は無いかと思います」

「にゃあ、ヌーラの近くにゃん?」

 ヌーラに隣接した領地はすべて調べているが、サロスなんて名前の男爵領は無かったはずだ。

『『『にゃあ』』』

 猫耳たちも同意する。

「ヌーラだったら先日、オレが大公様から領有を引き継いだにゃん、お隣とあっては挨拶に行かないといけないにゃんね」

「侯爵様がヌーラを領有されたのですか?」

「にゃあ、そうにゃん」

 小領地だから地図に記載されないなんてことがあるのだろうか?

 長女を娼館に売るほど困窮しているとなると最近取り潰された?

 いや、最近なら地図に載ってるか。

「オレも近々ヌーラに行く予定があるにゃん、エステルが良ければサロスに送って行くにゃんよ」

「あの、侯爵様にお願いがございます、わたくしを侯爵様のところで働かせていただけないでしょうか?」

「にゃ、エステルは働きたいにゃん?」

「ブルジェ家は、わたくしを売り払ったお金で一息つけたとは思いますが、長続きはしないでしょう、ですから少しでも外から支援が出来ればと」

「もしかして出来の悪い兄貴がいるにゃん?」

「にゃあ、面目ないにゃん」

 条件反射するアル。

「いえ、実家の兄には問題ありません、ただ借金の返済に追われてまして」

「そんなに借金があるにゃん?」

「はい、ブルジェ男爵家の領地サロスは三代前に廃領に近い状態に陥ってしまい、それ以来、借金だけが増える有り様でして」

「どうして廃領に近い状態になったにゃん?」

「防御結界の暴走です、ある日突然、外からサロスに入れなくなったのです、中にいた人間も一度外に出たら入れなくなりました」

「にゃあ、珍しいと言ったら失礼にゃんね」

「珍しい事例なのは間違いありません、何度か宮廷魔導師の方々が調査にいらしたそうですが、いまだ解決されるに至っておりせん」

「にゃあ、それは大変にゃんね」

「ですから苦界に落ちずとも、わたくしは故郷に戻れぬ身、ならば外の世界から領地の手助けが出来ればと侯爵様にお願いした次第です」

「にゃあ、立派な心がけにゃん」

「あの、口では大層なことを申しましたが、現実は何の役にも立たない小娘です、外に出て痛感いたしました」

 ずずーんとダウナーになるエステル。

「わかったにゃん、ひとまずエステルもこのカジノで雇うにゃん」

「ありがとうございます!」

「にゃあ、ところでブルジェ家の領地サロスって何処にあるにゃん?」

「サロスの場所ですか?」

「そうにゃん」

 ヌーラ周辺の地図をテーブルに拡げた。

「サロスは王都から西に馬車で一ヶ月ほどの場所にあります、現在は二〇〇人程度が中で暮らしています、地図ですとこの辺りになります」

 エステルが指差した場所は確かにヌーラに隣接していた。

「にゃあ、だったらヌーラを視察する時に一緒に見てくるにゃん、出たら最後、入れなくなる結界をじっくり調べるにゃん」

「侯爵様が自らがお調べになるのですか?」

「そうにゃん、オレの領地の隣に領民の生活をおびやかす危険な結界があるなら確認する必要があるにゃん」

 ヌーラには脅かされるも何も領民が一人もいないけどな。

「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」

 エステルは深く頭を下げた。


 エステルの身の振り方は決まった。ギスの助言もあって教育はアンジェルに任せることにする。



 ○王都タリス 外縁部 南部地区 カジノ・オーディアール 前


 カジノの後は新領地の視察だ。カジノの外には猫耳たちがジープを連ねて待っていた。まずは東にあるノルドに向かう。

 レークトゥスの領主コルネーユ・ピサロから貰ったヤバい領地だ。


「出発!」

 ジープに乗るとオレの胸元から這い出したリーリが声を上げた。


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[一言] >「公爵様は国王派の重鎮です、王室の為には悪くない選択かと、それに六歳児の食客より体面は良いですよ」 >「王国派にカウントされてはいますが実際に味方されるかは未知数かと、それに殿下がやらかせ…
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