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駐屯地再訪にゃん

 ○王都タリス 城壁門


 一緒に駐屯地に向かうハリエットの馬車の先導で城壁の外へ。公爵と辺境伯の車列なので貴族用の城壁門をノンストップで通り抜ける。高速のETC専用ゲートみたいだ。



 ○王都タリス 外縁部 環状線


「王国軍はいま何人ぐらいいるにゃん?」

 ジープに同乗しているダリア中佐に訊く。冒険者ギルドでも上を狙えるお胸だ。

「公称一〇万で現在ですと七万人ほどです」

「盛ってるにゃんね」

「それが世の常ですから」

「この前の二〇〇人の犠牲者は痛かったにゃんね」

「ええ、手痛い損失です」

「にゃあ、それで王国軍は少しはマシになったにゃん?」

 キャリーとベルは顔を見合わせて曖昧に微笑んだ。

「勿論です、士気も充実しましたし、訓練の練度も上がりました」

 ダリアは説明するが、こちらもかなり盛ってる。

 腹を減らした盗賊崩れが、血色の良くなった盗賊崩れになっただけだろう。

「それは良かったにゃん」

 ただし。

「もしチンタラしているヤツがいたら、オレが根性を叩き直してやるにゃん」

「叩き直すの?」

「そうにゃん」

「マコトならやれそうなのです」

「当然だよ!」

 リーリもオレの頭の上でドーナツを食べながら請け合ってくれた。



 ○王都タリス 外縁部 北部地区 王国軍駐屯地 車寄せ


 駐屯地は以前よりも門の前が少し綺麗になっていた。

「にゃあ、またにゃん」

「うん、また後でね」

「ケラスに帰る前に連絡が欲しいのです」

「にゃあ、王都滞在中にまた会いに来るにゃん」

 ジープは格納して駐屯地の司令部前で小隊に戻るキャリーとベルを見送った。

 王都にどれだけ滞在するかまだ予定を立てて無いが、こちらにいる間にやれることはやっておくつもりだ。

 トンネルも順調に伸びているから、いつだって来れるから慌てる必要もないが、それはあくまで隠密行動になるので、おおっぴらにやる用事は今回のうちに片付けておきたい。



 ○王都タリス 外縁部 北部地区 王国軍駐屯地 司令部 総司令執務室


 駐屯地司令部のハリエットの執務室に案内された。

「マコト、改めて礼を言う、今回も世話になった」

 ハリエットが頭を下げる。

「にゃあ、困った時はお互い様にゃん」

「これが今回の土地の権利証だ、収益の半分は王国軍と王宮で分けるが、税金と手数料だと思ってくれ」

 ハリエットが記憶石板を差し出した。

「これで王国軍の現金収入が増えるならそれでいいにゃん」

「そう言ってくれると助かる」

 王都外縁部の四分の一にあたる広大な土地がオレの支配地域になり、貸し出される地代の五〇%はオレに支払われる契約だ。

「にゃあ、半分でもかなりの金額にゃん」

 これ以上、金を増やしても仕方がないのでそのまま銀行にスライドだ。

「財務省のヤツら、丸取りするアテが外れて唖然としてたぞ」

 一緒に駐屯地に戻って来たドゥーガルド副司令が愉快そうに笑う。

「苦情はヘマをした宮廷魔導師に言って欲しいにゃん」

「そうだな、結果は上手く行ったんだ、あいつらもマコトには感謝してるだろう」

「それは間違いない、あのまま結界が壊れて瘴気が漏れ出たら、一体どれほどの被害額になったか見当も付かないからな、いまごろホッとしてるだろう」

 ハリエットも頷く。

「にゃあ、オレからハリエット様にお願いがあるにゃん」

「何だ?」

「王都で銀行を始める許可をハリエット様に出して欲しいにゃん、公爵家の免状をもらえるといろいろ助かるにゃん」

「ああ、マコトのやってる金貸しか」

 オレの中では金貸しというとベニスの商人を思い出すにゃんね。

「にゃあ、オレのは人に優しい金融業にゃん」

「冒険者ギルドは使わないのだな?」

「にゃあ、オレの銀行は誰にでも貸すにゃん」

「わかった、すぐに用意しよう」

 ハリエットは秘書官に指示した。

「マコト、もうちょっと王国軍に投資しないか?」

 副司令は黒い笑みを浮かべる。

「にゃあ、そうにゃんね、考えておくにゃん」

 金を出すのは構わないが、現状のままではいまいち効率が上がらない気がする。


『お館様、ちょっといいにゃん?』

 後ろに控えていた猫耳から念話が入った。

『にゃあ、どうしたにゃん?』

『人工エーテル器官の反応が駐屯地内にあるにゃん』

『了解にゃん、確かめるにゃん』


 周囲に気付かれないように探査魔法を打った。

『にゃ?』

 確かに人工エーテル器官の反応だ。敷地内の兵舎のひとつにある。しかも複数個だ。


「にゃあ、兵隊の皆んなに挨拶する前に兵舎の様子を見学してくるにゃん」

「キャリーとベルだったら小隊は訓練に出てるから、兵舎にはいないぞ」

「それは知ってるにゃん、オレが見学したいのはそっちじゃないにゃん、ちょっと行って来るにゃん」


 オレは猫耳たちを連れてハリエットの執務室を出た。



 ○王都タリス 外縁部 北部地区 王国軍駐屯地 敷地内


『にゃあ、オレも人工エーテル器官の反応を確認したにゃん』

『反応が複数あるにゃん』

『爆裂系の魔法が仕込んであるか、それとも特異種になるか、まだ判別が着かないにゃんね』

『もしくはその両方にゃん』

『理論的にはあり得るにゃん、どっちに転んでも油断出来ないから気を付けるにゃん』

『『『にゃあ』』』


 キャリーとベルが所属する女子だけの小隊の兵舎とは反対方向に複数個の人工エーテル器官の反応があった。

 猫耳たちはオレを囲んで歩く。

「フラフラ歩いたりたむろしている兵士が多いにゃんね」

 前回はキャリーとベルとくっついたり事故の片付けをしたり慌ただしく魔法馬を出したりしていたので気にもしなかったが、今回は仕事もせずにブラブラしてるヤツがやたらと目に付いた。

 どうも真面目に訓練してるのはほんの一部の様だ。女子の兵士もいるので公然といちゃついてるヤツらもいる。

「にゃあ、これでもまだ以前に比べたらマシにゃん」

 猫耳の一人はバイネス狩猟団第三軍団の団長で王国軍の脱走兵だった元エルゲ・コルテスのエルだ。以前の王国軍の駐屯地のことは知り尽くしている。

「これより酷かったにゃん?」

 いまだって学級崩壊状態だぞ。

「ウチらがいた頃はほとんど犯罪ギルドのアジトだったにゃん」

「にゃお」

「地方から集められたチンピラばかりだったから内部での抗争も激しかったにゃん、殺されて埋められてるヤツもかなりいたにゃん」

 伝聞ではなくエルの目撃談のようだ。

「にゃあ、無法地帯だったにゃんね」

 いまはそこまで殺伐とした状態じゃないようだ。

「いまは単にサボってるだけみたいにゃん」

「以前と違って、給料と飯が出てるからにゃんね」

「前は無かったにゃん?」

「犯罪奴隷とたいして変わらない待遇だったにゃん、だからウチらも大演習にかこつけて逃げたにゃん」

「それからもっとヤバいのに掴まったにゃんね」

「にゃあ、その後のことはお館様の知ってのとおりにゃん」


 エルゲ・コルテスに率いられた王国軍からの脱走兵たちは、ケラスの山中で特異種のカロロス・ダリに捕まってバイネス狩猟団入りした。

 諸侯軍と称してチンピラを送って来る地方領主も問題だが、金も払わず飯も食わせない王国軍もどうなんだ?

 王国軍に群がった貴族どものせいで弱体化したのはわかるが、改革をするにしてももっと慎重に事を進めるべきだったのではないだろうか?



 ○王都タリス 外縁部 北部地区 王国軍駐屯地 兵舎


「ここにゃんね」

 一番奥の兵舎に人工エーテル器官の反応があった。

「何だおまえら、見ない顔だな」

 入口を固めていたガタイのでかい兵士が睨みを利かせる。三〇は軽く過ぎてる感じでいい歳をして女子供相手に何をしてるんだか。

「それにここはガキの来る……」

「にゃ!」

 猫耳のエルがセリフの途中なのに猫パンチでぶっ飛ばした。

 兵士は隣の兵舎の壁に突き刺さる。ヒクヒク動いてるから、まあ死んではいない。薄い壁だから大丈夫だ。

「にゃお、お館様をガキ呼ばわりとはぶっ飛ばすにゃんよ」

 いや、もうぶっ飛ばしてるし。

『いまの男からは人工エーテル器官の反応は無かったにゃんね』

 人工エーテル関連のことは念話を使う。

『『『にゃあ』』』

 猫耳たちも念話で声をそろえて同意する。

 ぶっ飛ばした兵士の身体はデカかったが、中身はごく普通の人間だ。いきなりぶっ飛ばされるほど悪いことをしていたわけじゃないが入口を守る見張りでもあったので、どのみち排除する必要があった。

『お館様、これからどうするにゃん?』

『にゃあ、ひとまず兵舎の中をあらためるにゃん』

 立て付けの悪い扉を開けた。


 兵舎の中は賭博場になっていた。


 三〇人程度の人間が二つほどのグループに別れて木の札をやり取りしている。

 壺振りっぽいのがそれぞれいるので丁半博打に近いのだろう。

 三分の一ほど兵士じゃないのが混じってるし接待役の女も数人いる。なかなか手広くやってるらしい。

「かわいいお客さんだな」

 運営側らしき兵士が数人寄ってきた。いずれも年齢高めだ。オレたちのことを知らないらしい。

『こいつらじゃないにゃんね、お館様、どうするにゃん?』

 猫耳が念話で問い掛けて来た。

『にゃあ、邪魔するなら排除にゃん、そうじゃないなら放置にゃん』

『了解にゃん』

 兵士たちはオレたちを舐めるように眺める。

「ちょっと、遊ばせてもらうにゃん」

「まあ、いいだろう、そうしてくれ」

 猫耳は姿形はともかく慣れたものなので、兵士たちも突っ込んでは来なかった。

 まさか見張り役が隣の兵舎の壁に刺さってるとは思ってないだろうから。


 オレたちは三〇人からの人間を探査する。

『にゃあ、人工エーテル器官の反応は全部で五つにゃん、これは一箇所に固まってるにゃんね』

 見回すが、それらしき密着した五人組は見当たらない。

『何処にゃん?』

 人をかき分けた兵舎の奥に進む。

『お館様、アレみたいにゃん』

『いたにゃん』

 青白い顔をした男が兵舎の隅の椅子に座り込んでいた。年の頃二五~六歳ってところか痩せ型で不健康そうな感じの男だ。

『ひとりにゃん?』

 人工エーテル器官の反応があるそこにいるのはその男だけだ。

『にゃあ、どうやら奴の中に五つ入ってるみたいにゃん』

 なるほど反応が一箇所に集まってるわけだ。

『お館様、人工エーテル器官に刻まれてるのは全部爆裂系の刻印みたいにゃん』

『にゃお、魂が八つも入ってるにゃん、欲張りにゃんね』

『爆発したら軽く駐屯地が吹き飛ぶにゃん』

 猫耳たちからも報告が入る。

『そして、ヤツ自身が特異種みたいにゃん』

 男がこちらに目を向けた。

 特異種が好む強さの魔力を放出させた。

 オレの魔力に反応して額に四つの眼が開く。

「吸精鬼系にゃん」


 次の瞬間、兵舎にいた三〇人のヤツら膝を付き次々と倒れた。

 正体を現すと同時に兵舎内の人間の魔力を吸い取ったらしい。


『美味そうな子供だ』

 男が立ち上がる。

「どうやら、八つの魂はまだエーテル器官に接続されてないみたいにゃん」

「にゃあ、繋がったらドカンにゃん」

 いまはまだ周囲の人間から魔力を吸い取ってるだけみたいだ。カロロス・ダリの様に派手に人を操作しなくても人数のいるここなら食うに困らないか。

「お館様、こいつ五年前、訓練中に仲間内で殺されたジーノって兵士にゃん」

「一度、死んでるにゃんね」

『俺を知ってるのか?』

「知ってるにゃん、女殺しのジーノ、女子供ばかりを殺す変態にゃん」

 エルが答えた。

『ほう、随分と懐かしい名前を知ってるな』

 男はニヤリと笑う。

「記憶はそのまま持ってるっぽいにゃん」

『ただの女子供ではなさそうだな、へへへ、魔法使いならこいつは久し振りに楽しめそうだ』

 赤錆びたナイフを出す。切られたら痛そうだ。

「ウチらと違って死んでも変態は治ってないにゃんね」

 エルは呆れた表情を浮かべる。

「にゃあ、ひとつ質問にゃん、死んだはずのおまえがどうやって生き返ったにゃん?」

『宮廷魔導師の気まぐれさ、埋められた俺を掘り出してくれた、名前は知らないけどな、どういうつもりか知らないが、たまに俺の前に現れて金と指示をくれる』

 そいつが本物の宮廷魔導師かはともかく、自分のエーテル器官を弄られてる記憶はないようだ。

 すると蘇生前に細工されたのだろうか?

「王国軍にはいつ戻ったにゃん?」

『去年だ、宮廷魔導師が別の名前を用意してくれた、ここは居心地がいい』

「魔力が吸えるからにゃん?」

『ああ、宮廷魔導師からは、軍の中ではやり過ぎるなって言われてるけどな、ああ、だが高位の魔法使いが来たら好きにしていいと言われてる』

 男の身体が一回り大きくなった。奴の中の五つの人工エーテル器官が活性化し刻印に魔力が流れ込む。

 八つの魂に接続が始まった。

『昔のことを話したせいか、今日はいつになく気分がいい』

 男は恍惚とした表情を浮かべた。

「吸い込んだ魔力のせいにゃん」

 取り込んだ魔力の量が刻印を起動させるトリガーになっていた。

「お館様、それって爆発するってことにゃん?」

「にゃあ、そうにゃん」

 高位の魔法使いに接触したら爆発させるとか、指示ひとつで爆発の条件を変える辺り安く仕上げてる。

 これが普通の人間に仕掛けられたら完全に防ぐのは危なかったかも。特に悪意を持たない場合は。

『ごちゃごちゃ話し込んでる暇はないぞ』

 男は魔力を使った身体強化をしていた。加速したナイフがエルに突き入れられる。

「にゃあ、遅くなったにゃんね、一度死んでると身体の反応が鈍くなるみたいにゃん」

 エルは人差し指でナイフを止めていた。

『なっ!』

 男の全部で六つの目が見開かれた。

 その直後、エルの回し蹴りで吹っ飛んだ。

「にゃあ、すぐに人工エーテル器官と魂を回収するにゃん」

「「「了解にゃん」」」

 ぶっ倒れた男から魂を解放し人工エーテル器官を引き抜かれるとその肉体が更に白く色を変える。こいつの場合、特異種というよりも死体を使ったゴーレムだったのかも。

「回収、完了にゃん」

 最後の魂も抜き出されると男の肉体は、まだ生きているのにもかかわらず崩れ始めた。

「にゃあ、まるで砂にゃん」

「作り物みたいだったね」

 退屈して昼寝していたリーリがオレの胸元から這い出した。

 石灰の粉のように変化した男だったモノを回収して宿舎を出た。


『駐屯地内の兵士全員に告げるにゃん、これより第一演習場に五分以内に集合するにゃん! 遅れた場合は身の安全を保証できないから急ぐにゃんよ!』



 ○王都タリス 外縁部 北部地区 王国軍駐屯地 第一演習場


 風の魔法に載せたオレの声が駐屯地内に響き渡る。

 普段も真面目に訓練してる部隊は五分もかからずに集合した。しかしチンタラしてる無駄飯食いたちはそもそも集合するつもりがないようだ。


『にゃあ、五分たったにゃん、遅れてるヤツはこれからお仕置きにゃん』


「『お仕置きにゃん』だってよ、ギャハハハ……」

 兵舎の前に座り込んで大笑いしていたヤツが後ろから猫耳に踏んづけられた。

「お仕置きがそんなにおかしいにゃん?」

「てめぇ、俺たちを誰だと思って……」

 一緒に笑ってたヤツらは男女を問わず裸に剥かれて転がっていた。

「にゃあ、おまえらのことは良く知ってるにゃん、たいして使えないチンピラにゃん」

 猫耳は兵士に銃口を向けた。


『にゃあ、オレが王国軍、中将を拝命したマコト・アマノにゃん、おまえらがしっかり働いてくれるなら、これまでの倍の給料を支払うにゃん、そのかわり不まじめなヤツは容赦なくお仕置きにゃん』

 オレは第一演習場の演壇から拡声の魔導具を使って遅れて整列した不まじめな組の王国軍の兵士たちに語りかけた。

 整列してる兵士たちはオレたちの銃で撃たれたせいで素っ裸だ。

 兵舎では電撃を浴びて三棟ほどが煙を上げていた。

 駐屯地内に入り込んでいた部外者はさっき作った檻の中に入れてある。その中に人工エーテル器官持ちはいなかったが、犯罪奴隷相当の人間が七五人もいた。

『にゃあ、これから王国軍をまともな軍隊に作り変えるにゃん、邪魔するヤツにオレは容赦しないにゃん』

 裸に剥かれてる兵士たちがビクっとした。

『おまえらの奮闘と努力を期待するにゃん』


 この日からハリエットが指揮する以前からのまともな戦力を正規軍とし、諸侯軍を統合するとして地方から集められたチンピラどもを新軍としてオレの指揮下に置くことになった。

 電撃や銃撃でぶっ壊した兵舎を作り直し、装備も一新し大隊隊長以下各隊長を猫耳たちで固めた。

 これからじっくりと魔法も使って根性を叩き直すので、魔獣との戦闘は無理でも今後は、多少役に立ってくれるだろう。



 ○王都タリス 外縁部 北部地区 王国軍駐屯地 司令部 総司令執務室


「マコト、本当にアイツらを任せてもいいのか?」

 執務室に戻ってからもハリエットは心配顔だ。

「にゃあ、チンピラを躾けるのは慣れてるにゃん」

「それならいいが」

「経費までマコトが持ってくれるのはありがたいが、新軍は全体の七割の人員だぞ、大丈夫なのか?」

 これまで散々たかっていたくせにドゥーガルド副司令まで心配顔だ。

「にゃあ、帳簿上は王国軍への貸付の形にしておくにゃん、適当なところで王宮からもぎり取るにゃん」

「おお、そうしてくれ」


 駐屯地内に新軍用の司令部である小ぶりの猫ピラミッドを設置してからオレたちは城壁内の屋敷に帰った。


 その夜、王都拠点では八三人の猫耳が新たに仲間に加わった。



 ○王都タリス 外縁部 東部地区 王国軍駐屯地 第三演習場 テント


 王国軍駐屯地の第三演習場は、東部地区の奥の山林にあった。先日の軍隊蜂の侵攻ルートがかすめ、二〇〇人の犠牲者を出した場所だ。

 その急な斜面の途中にある僅かにあるテーブルの様な場所に二人用のテントが夜の闇に溶け込む様に張られていた。

 マコトがキャリーとベルに渡したテントだ。

 その中の拡張された空間の中に小隊の十一人がくつろいでいた。

「いやー、野営の方が快適とかあり得ないな」

「うん、有り得ないよね」

 タオルで身体を拭きながらお風呂から出て来たのはエルダとカタリーナ。ふたりはスタイルの良い身体を惜しげもなく晒す。特にカタリーナは冒険者ギルド即採用なお胸を有していた。

 いずれも十五歳でキャリーとベルの先輩だ。

「マコトの魔導具なのだから当然なのです」

 ベルはテーブルにお茶を並べている。

「それにしてもこの拡張空間は反則だよね」

 戦闘服を着ているが前を大きく開けたフランカは痩せすぎな感がある。洗い立てというか魔導具によって補修もされているのでほぼ新品だ。

 彼女も十五歳だ。

「最初に貰った時はここまで大きくなかったんだけど、お風呂じゃなくてシャワーだったし、いまなんかちゃんとダイニングも別に出来ているし」

 キャリーがソファーにもたれる。それもまた最近追加されたものだ。マコトの手に入れた拡張空間の魔法がその都度反映されていた。

「マコトの魔導具についてはノーコメントなのです」

「うん、ノーコメントです、実は私たちも良くわからないし」

「わからないのです」

 キャリーとベルは揃って口の前に指で×を作った。

「いいないいな、キャリーとベルは、私も欲しいな」

 キャリーにくっついたイルマは小隊の同期でふたりと同じ十四歳だ。

「中将閣下に直接お願いしてみたらどうですか? 身の安全は保証しませんが」

 タブレット型の魔導具を眺めたまま語るアーヴェ小隊長。メガネっ娘だ。こちらは小隊の最年長といっても十六歳だ。

「や、やだなほんの冗談ですよ」

「中将閣下の絡んだ兵士が大変なことになったようですから気を付けて下さいね」

「新入りじゃなくて、今度から新軍でしたっけ、あっち方面で何かありました?」

 レーダがアーヴェに問い掛ける。こちらもキャリーとベルと同期の十四歳で、誰にでも遠慮しない性格だ。

「新軍を完全に切り離してマコト中将閣下の指揮下に置かれるそうです。今後はかなり厳しく管理されるみたいですね」

 アーヴェはやっとタブレットから目を離した。

「あいつらを管理?」

「出来るのですか?」

 エルダとカタリーナがやや呆れ顔。

「問題ないみたいです、問答無用で電撃を飛ばして死にそうになったら治癒して、逃げ出そうとしたところをまた電撃とかしているみたいですね」

「ああ、なるほど厳しく躾けるのか、いいんじゃない、そのぐらいやらないと使い物にならないだろうし」

「あれって鍛えてどうにかなるの?」

 エルダは頷きカタリーナは疑問を呈する。

 ただでさえ練度の低い国軍に諸侯軍をかき集めた追加の人員の酷さはここにいる全員が知るところだ。

「たぶん、問題ないのです」

「うん、秒で躾けられちゃいますよ」

 ベルとキャリーは少しも疑っていない。

「そんなことより凄いことを発見したんですけど!」

「これは凄いですよ!」

「大変なことです!」

 リリアーナ、ロレッタ、ミーラの三人が声を上げた。三人はいずれもキャリーとベルの後輩になる十三歳。

 十三歳ではあるが三人揃って一〇歳ぐらいにしか見えない。

「何が大変なんだ?」

 エルダはバスタオルを巻いたまま椅子に座る。

「中将様がくれたお菓子の袋、いくら食べても減らないんです!」

 リリアーナがお菓子の袋を片手に叫ぶ。

「減らないの?」

 カタリーナは下着姿で首を傾げる。下着も最近支給されたものだ。

「キャリー先輩! ベル先輩! これって魔導具なんですか!?」

 リリアーナはテンション高くキャリーとベルに迫る。

「そうみたいだね」

「いま確認するのです」

 キャリーとベルもお菓子の袋を取り出して眺めた。

「これはとても人前に出せないです」

 ロレッタがお菓子の袋を抱え込む。

「普通、人前にお菓子の入った袋なんて出さないんじゃない?」

 フランカからもっともなツッコミが入る。

「ですよね」

 ミーラはお菓子の入った袋をしげしげと覗き込む。

「ああ、お菓子の袋は専用の格納空間に仕舞えるみたいだね、自動格納の機能があるから魔力を使わないし」

「「「はぁ!?」」」

 後輩だけじゃなく小隊長以外の全員がキャリーを見た。

「良く見たら簡易的な防御結界と治癒機能があるのです、他に私にもわからない機能が有りそうなのです」

「「「……」」」

 補足したベルの言葉に小隊長以外が固まった。

「あのキャリーとベルさん、それってアーティファクトなのでは?」

 エルダが目をパチパチさせる。

「言われてみるとそうですね? すっかり感覚が麻痺しちゃいました」

「まったくなのです」

 キャリーとベルは揃って肩をすくめた。

「このテントを使ってればそうなりますよね」

 カタリーナはテントの内部を改めて眺めた。

「中将閣下からの贈り物はまだありますよ、今月から、お給金が倍になります」

 アーヴェがついでの様に付け加える。

「えっ、小隊長、何ですかそれ?」

 フランカが聞き返した。

「中将閣下がそう宣言されたそうです」

「太っ腹な六歳児だね」

 イルマが感心する。

「「「まったくです」」」

 リリアーナ、ロレッタ、ミーラの三人が声を合わせた。

「王国軍は中将に依存し過ぎじゃないですか?」

 エルダはアーヴェを見る。

「いいんじゃないですか? 中将閣下がいなかったら私たちはお給金が倍になる喜びを享受できなかったんですから」

 アーヴェはタブレットを見たまま答えた。

「それ以前に、総司令が消息を断ったまま亡くなっていたら、それこそ王国軍は消えて無くなってたんじゃない?」

 カタリーナはテーブルでお茶を飲む。

「存続したとしてももっと悲惨な……って、ウマ! このお茶なに!?」

 エルダはカップを口に付けて目を見開く。

「テントの備え付けなのです、名前はカフェラテなのです」

「聞いたことが無いな」

「ミルクと何かを混ぜているぐらいしか私もわからないのです」

「中将閣下は、いつまで我らに支援していただけるんだろう?」

 フランカは独り言の様に呟いた。

「王国軍がマコトを裏切らない限りは支援してくれると思いますよ」

「マコトは総司令のお友だちなのです」

 キャリーとベルが答えた。

「新軍のヤツらには厳しそうだけど」

 イルマもお茶を飲む。

「そこは仕方がないのです、いまのままなら命を落とすのは彼らなのです」

「この前も、もうちょっとちゃんとしていたら二〇〇人以上の犠牲は出なかったんじゃないですか?」

「軍隊蜂ね、あそこで『訓練』していなければか」

 キャリーとベルの言葉にエルダが同意した。

「あれは酷かったですね」

 小隊長アーヴェの言葉に全員が頷く。


 そして九月二一日のことを思い出した。



 ○回想 九月二一日 王国軍駐屯地第三演習場


 その日の正午近く東部地区にある王国軍駐屯地第三演習場に盗賊の討伐を含む三日間の山林での訓練を終えたアーヴェ・ベレンギ少尉率いるベレンギ小隊が帰投した。


「これより一時間の小休止の後、駐屯地に戻ります」

 アーヴェの言葉に一〇人の隊員が敬礼する。それから一斉に緊張を解いた。二〇〇メートルほどある丘陵地の傾斜のキツい場所ではあるが見晴らしは素晴らしく良い。

 見えるのは東部地区の広大なスラムとその向こうに霞んで見える王都の城壁だ。

 小隊は中央に小隊長、その周囲を囲むように二~三人ずつ距離を開けて腰を下ろした。

「携帯食が待ち遠しいとか、ちょっと前なら考えられなかったのにね」

「まったくなのです」

 キャリーとベルもふたりで木の幹に寄りかかってスティックタイプの携帯食を取り出した。

「納入業者が変わっただけで味がこんなに変わるんだね」

「たぶんマコトの息の掛かった業者なのです」

「だね」

 納品業者はベイクウェル商会。食中毒も頻発させ、かつては兵隊殺しと呼ばれていた代物を収めていた以前の業者は、裏にいた貴族ともども取り潰されている。

「「「ああ、美味しい」」」

 少し離れた場所では、リリアーナ、ロレッタ、ミーラの三人が声を揃えた。


「今日は一段と騒がしいな」

 エルダが眼下の第三演習場の広場を見下ろす。

「アレがここ最近の新入の訓練らしいよ」

 カタリーナが苦笑いを浮かべる。

 小隊でいちばん下の位置を陣取ったエルダとカタリーナが見ている新入りとは、二年前の諸侯軍の統合で編入された将兵を指す。

「宴会の間違いじゃないのか?」

 二〇〇人以上の兵士が肉を焼いて酒を飲んでいる。距離と高度差はあるが喧騒がそれをものともせず届いた。

「野営訓練てことになっているらしいぞ」

「盗賊の宴会じゃないの?」

「あまり洒落になってないな」

「盗賊は、アイツらだけじゃないけどね」

 元の王国軍も質は酷いもので、ケラスの略奪も生え抜きの古参の将兵が少なからず関わっていた。更に多数の脱走兵を出したことは公然の秘密だ。

「盗賊と言えばケラスの砦が落ちたらしいな」

「私も聞いた、バイネス狩猟団でしょう? 全員処分されたって」

「参謀本部筋の情報では、マコト辺境伯の諸侯軍は全員が魔法使いらしい」

「うわ、なにそれ」

「マコト辺境伯の配下だけあって、相当の魔法使いだそうだ」

「参謀本部の情報を知ってるエルダも相当だけど」

「するとエルゲ・コルテス中隊長も天に還ったのか、渋くてカッコ良かったのに」

 横を向いて話を変えた。

「それは同感だけど」

「天才スナイパー揃いの中隊長の部隊とやり合わなくて済んだのは正直ホッとしてる」

「なにそれ?」

「次回のケラス演習では、バイネス狩猟団の襲撃が予想されていたから、その前にヤツらの砦を叩く計画が参謀本部で策定されていたらしい」

「バイネス狩猟団? あんなのを相手にしたら全滅じゃないの」

「新入りの将校を中心にイケると思ってたらしいぞ」

「それって遠征費をくすねる為の計画でしょう? もういないからあれだけど」

 横領に手を染めた将兵はある日を境に残らず姿を消していた。

「おかげで下っ端は連日やりたい放題だが」

「それもいつまで出来るかな」

「暫くはこのままじゃないか? 憲兵隊も人員を入れ替えたばかりだから、まだ対応出来ないらしいし」

「新入りのところは犯罪ギルドがかなり浸透しているから厄介だよ」

「下手に犯罪ギルドに手を出すとヤバいからなあ」

「うん、ヤバい、ヤバい」

 エルダとカタリーナはカリっと携帯食を齧った。


「いくら王国軍の物資に余裕が出来たからって、あいつら有るだけ喰っちまうつもりか?」

 フランカは呆れ顔で下の連中を眺める。

「横流しが出来ないからじゃないですか? 最近、あっちの士官が随分としょっぴかれましたからね、こっちの方が美味しいのに」

 イルマは携帯食をカリカリと齧る。

「これは訓練で外に出ないと支給されないからね、あいつらには一生縁がない代物じゃない?」

「この美味しさを知らずに臭い獣の肉を焼いて喜んでいるとは哀れですね」

「うん、哀れだ」

 フランカとイルマは携帯食を食べながら頷きあった。


「ねえ、変な感じがしない?」

 キャリーとベルのところにいちばん高いところにいたレーダが降りて来た。

「変な感じ?」

「どんな感じに変なのですか?」

「空気が騒がしいというか、上手く言葉で言えないんだけど」

 レーダは渋い顔をする。

「レーダの勘はバカにならないからね」

「空気が騒がしいなら、精霊辺りが怪しいのです」

 キャリーとベルは食べかけの携帯食を仕舞った。

「精霊はヤバいね」

「方角はわかる?」

「あっちかな」

 レーダは書面の王都の方角を指差した。

「音がするのです」

 ベルは音の方向に目を凝らした。

「煙? 黒いから精霊の霧じゃないよね」

 キャリーは音よりも先に城壁の上空が黒く煙った様なモノが拡がるのを視界に捉えた。

「精霊では無さそうなのです」

「煙っぽいけど確かに音もするね、あれって何だろう?」

「レーダが言ってた『変な感じ』の正体じゃない?」

「そうかも、きっとそうだよ」

 レーダも合点がいったらしい。

 キャリーとレーダが話している間も黒煙の様なモノが城壁の上空から外縁部の東部地区へと流れ込み始めた。

 何かが微振動するかにような音がハッキリ聞こえる。

 そして煙にしては、粒子が粗い。

「あれは虫なのです! たぶん軍隊蜂の群れなのです! こっちにも来るのです!」

 ベルの声が響く。

「小隊集合! 密集形態で迎撃です!」

 間髪入れずアーヴェが声を上げた。


「軍隊蜂?」

 リリアーナが首を傾げる。

「何言ってるの! 座学で習ったでしょう!?」

 ロレッタが浮足立って叫んだ。

「魔獣だって殺しちゃう蜂の化け物だよ! とにかく集合!」

「あっ、待ってよ!」

 ミーラが先に小隊長の位置に斜面を駆け下りる、慌ててリリアーナとロレッタがその後に続いた。


「んっ、軍隊蜂ってマジか!?」

「はむ、マジみたいね」

 手にした携帯食を口に入れてエルダとカタリーナも立ち上がった。

「スラム、ヤバくない?」

「あの数でしょう、ヤバいに決まってるじゃない」

「スラムの心配をしている場合じゃないか、って、わあ!」

 エルダが足を滑らせて二〇メートルほど滑落した。転がって木に引っ掛かった。

「ちょっと何やってんの!」

 カタリーナの声にエルダは手で小隊長のところに行くように動かした。

「油断した、足をやったし、死んだわこれ」

 エルダは自身の身体を正確にサーチしていた。

 軍隊蜂の羽音が大きくなる。

「そういうわけにいかないじゃない!」

 斜面を降りようとしたカタリーナの横をキャリーが駆け下りた。

「エルダ先輩は任せて!」

「えっ、魔法馬!?」

 キャリーが魔法馬で崖のような斜面を降りてあっという間にエルダの横に到着した。

「カタリーナ先輩はこっちに乗るのです!」

「えっ!?」

 ベルの乗る魔法馬に引っ張り上げられる。

 同時に魔法馬が斜面を駆け上った。

「魔法馬、何で!?」

「説明は後なのです!」

 小隊長の元に集まった隊員たちは迎撃体制に入っていた。

 リリアーナ、ロレッタ、ミーラの三人が防御結界を張りフランカとイルマが小銃を構えた。

「私たちの防御結界ではたぶん最後まで持たないと思います」

 リリアーナがあまりよろしくない予測を告げる。

「出来る範囲で構いません」

「私たちの狙撃銃も連射は効かないから期待しないでよ」

 フランカはそう言いつつかなり距離のある巨大蜂を撃ち落とした。実際のところマコトよりもずっと大きい。

「うわ、視界が全部蜂になりそう」

 イルマの弾丸も命中したが、撃ち落とすには至らない。

 そこに魔法馬に乗ったベルとカタリーナが合流。同時にベルは魔法馬を消した。

「わっ!」

 カタリーナはその場にふんわり降ろされた。

「ご苦労です」

 アーヴェの言葉にベルが頷き銃を出した。

「ベル、その銃は?」

 レーダが問い掛ける。

「説明は後なのです」

 ベルが引き金を引くと前方の軍隊蜂の群れが爆発した。

「「「凄い」」」

 炎を上げた蜂が何匹も墜落する。

 ベルは引き金を引いたまま軍隊蜂の群れを横一列に薙ぎ払う。

「焼け石に水なのです」

「ベルは小隊の防御に専念して下さい」

 アーヴェから指示が入った。

「了解なのです」

 ベルは近くの蜂に標的を替えた。


 キャリーはエルダの引っ掛かってる木の後ろを回り込んで方向転換した。

「キャリー!?」

「乗せます!」

 エルダの襟首を掴んで魔法馬に引きずり上げた。

「あっ!」

 片手で引き上げたが、魔法馬の補助があったので力は入れていない。

 キャリーはエルダの身体を前に抱きかかえて魔法馬を出した。

 垂直に近い崖を駆け上がる。

「なにこの魔法馬!?」

「質問は後!」

「はい」

 真後ろに軍隊蜂の羽音の爆音が迫る。

「しっかり掴まっていて下さい!」

「ああ、任せろ」

 エルダはギュッとキャリーに抱き着いた。

 キャリーは空いた手に銃を再生し肩に担いで見ること無く引き金を引いた。

 閃光の直後、爆音が響く。

 そして爆風で押し上げられたかのように一気に小隊のいる場所に戻り魔法馬を消した。

「エルダ!」

 カタリーナが抱き着いた。

「安心するのはまだ早いぞ」

「そうですね、キャリーとベルはどうですか?」

 アーヴェが尋ねる。

「たぶん、私たちの魔法馬の防御結界は抜けないと思います」

「ただ、軍隊蜂の瘴気が防げるかはわからないのです」

 キャリーとベルは銃を撃ち続けるが、蜂は途切れずに押し寄せる。

「防御結界に当たるのです!」

 防御結界に軍隊蜂が当たるが針ごと電撃で弾き飛ばされた。

「ベルどうする?」

「テントを使うしかないのです」

「やっぱりそうなっちゃうか」

「仕方ないのです」

「そうだね、私のテントを出すよ、斜めだけど大丈夫かな?」

「問題ないのです、マコトのテントなら中は水平になるのです、実験済みなのです」

「それなら安心だね」

 キャリーは傍らの邪魔な木の幹を銃撃で砕いて倒した。

 軍隊蜂が何匹か巻き込まれて木と一緒に斜面を転げ落ちて行った。

 その荒れたままの地面にテントを出した。

「テントに入って下さい!」

 入口の幕をめくった。

「「「……えっ?」」」

 二人用のテントに小隊のメンバーは動きを止めた。

「早く入るのです! 蜂の針が防御結界に刺さっているのです!」

「「「はい!」」」

 ベルの迫力にテントに飛び込む小隊の面々。

「ベルも早く!」

「わかったのです!」

 ベルとキャリーもテントに入ると人間の姿を見失った蜂たちは、防御結界を嫌って次々と飛び去った。


「えっ、何処ここ?」

「そんなことより横にして足が痛い」

「あっ、ごめんなさい」

 カタリーナはテントの中に引きずって来たエルダを床に寝かせた。

「蜂はスラムの方に戻って行ったみたいだね」

「新入りは全滅なのです」

 覗き窓からキャリーとベルが周囲を伺う。

「これは拡張空間ですね」

 アーヴェが問い掛ける。

「そうです」

 キャリーが答えた。

「説明は後なのです、カタリーナ先輩はエルダ先輩をお風呂に入れて欲しいのです」

「いや、風呂は後で良いよ」

 寝転がったままベルの指示を聞いたエルダは、手をパタパタさせる。

「お風呂には治癒の魔導具が仕込んでありますから、それで怪我を治して下さい」

「魔導具?」

「魔導具なのです」

 カタリーナにエルダを頼んで浴室に押し込んだ。


「外の状況はどうですか?」

 改めてアーヴェが問い掛けた。

「軍隊蜂はテントの近くにはいませんが第三演習場内にはまだ多数いると思われるのです」

「まだ外には出ないほうがいいと思いますよ、蜂の死骸からも瘴気が出ているみたいですから」

 ベルとキャリーは慎重に外の様子をチェックする。蜂の死骸は大半が斜面を転がり落ちて行ったが、木に引っ掛かっているのもあった。

 瘴気はテントの覗き窓から見るとアラートが見えるが幸い風上に位置しており瘴気が防御結界に触れてはいなかった。

「新規部隊の方々はどうですか?」

「食べられてますね、食べ残しからは瘴気が立ち上っています」

「やはり全滅なのです、あの数から逃れても瘴気に呑まれるのです」

「そうですか、王都方面はどうですか?」

「城壁内は防御結界に守られているみたいですね、東部地区はいまも蜂の群れが飛び回っています」

「たぶんスラムは全滅なのです」

「全滅ですか」

 アーヴェが絶句する。

 その後、アーヴェ自身が外の様子を確認した後、通信の魔導具を使って司令部に連絡を入れた。


 一時間後、テントを仕舞って北に移動を開始した。

 先頭を魔法馬に乗ったキャリーとベルが務め、それぞれ後ろにアーヴェとエルダを乗せている。

 まだ危険が払拭されたわけではないが宮廷魔導師が第三演習場を含む東部地区を結界で封じ込めることが決定したからだ。

 小隊全員を二頭の魔法馬の防御結界の中に収め、認識阻害の結界も重ね掛けしているが、まだ軍隊蜂の羽音が聞こえている状態では警戒は緩められない。

「小隊長、第三演習場から抜ければ良いんですね」

 ベルの後ろからエルダがアーヴェに声を掛けた。

「たぶん第三演習場の丘陵地は含まれないと思いますが、念には念を入れた方がいいでしょう」

 結界に蜂と一緒に閉じ込められたら目も当てられない。

「今回は随分と宮廷魔導師の動きが早いんですね」

 キャリーもアーヴェに声を掛けた。

「いいえ、いま魔導師を集めている状況ですから、今日中に結界を張れるかどうか微妙ですね」

「手遅れになりそうなのです」

「既に手遅れじゃないですか?」

 東部地区で火災が発生しているのが林越しに見えた。


「キャリー、ベル、止まって下さい、ここに先程のテントをまた使わせて貰ってもいいですか?」

 第三演習場の敷地を抜けて一〇分ほど抜けた先でアーヴェは停止を命じた。

「ここでいいんですか?」

「問題有りません、ここから東部地区を監視します」

「了解です」

 風景に大きな変化は無い。まだ蜂の羽音は遠くない位置から聞こえ東部地区を占める広大なスラムから幾つも立ち上る煙が見た。

 先ほどと違って崖の途中ではなく丘陵地の上からになるが。

 魔法馬を消しテントを設営する。

「テントの外から観察するのは危険ですか?」

「防御結界の外になるのです、たぶん直ぐに蜂が来るのです」

 ベルが淡々と答えた。

「わかりました、ではテントの中から監視しましょう」

「了解です、全員入って下さい」

 キャリーが幕を捲くって小隊のメンバーを迎え入れた。


「アーヴェ小隊長から順番にお風呂に入って下さい」

 キャリーが風呂の案内をする。

 ベルは監視の準備をする。

「お風呂って私たちもですか?」

 リリアーナが手を上げた。

「全員だよ」

「何があるかわからない状況で、装備を外すのはマズくない?」

 イルマが手を挙げた。

「このテントの防御結界が抜かれる様な事態に陥ったら、どんな格好をしていても変わりはないのです」

 ベルが顔を向けることなく答えた。

「そういうわけですからお願いします、あっ、それとブーツは脱いでね」


 全員が入浴を終える頃には、すっかり骨抜きになっていた。


『無事だな』

 クレア少尉からキャリーとベルに念話が入ったのは日が暮れ掛かった時刻だった。

『『クレア姉!』なのです』

『無事で何よりだ、マコトの魔法馬を持っているお前らなら万が一にも危険は無いと思っていた』

『うん、おかげで小隊は全員無事だよ』

『アーヴェから連絡は貰っている』

『クレア姉は無事なのです?』

『さっきまでスラム地区を走り回ったが問題は無い』

『『何をやってるの!』です!』

『大丈夫だ、マコトの魔法馬の防御結界は瘴気も蜂の針も通さない』

『クレア姉なら普通の魔法馬でも大丈夫そうだけど』

『同感なのです』

『それでスラムはどうなの?』

『区画内の生存者は絶望的だな、瘴気が濃すぎる、あの中で平気なのは一部の宮廷魔導師かマコトの関係者ぐらいだ』

『やっぱり全滅か』

『あの状況では仕方ないのです』

 軍に入ってからはほとんど足を踏み入れることも無かったが、やはり生まれ育った場所ではあるが大きく心は動かなかった。

『ここからが本題だ、間もなく東部地区と第三演習場が結界で封印される、どうやら丸ごと焼き払うつもりの様だ』

『焼き払うのですか?』

『えっ、スラム全部?』

『そう全部だ』

『大丈夫なのです?』

『宮廷魔導師どもは大丈夫だと言ってるらしいが、この機会に不都合なモノを焼き払うつもりなのだろう』

『ああ、いろいろ有るものね』

『それに瘴気ごと結界の中を焼き払えば東部地区の広大な土地が法術省のモノになる、第三位の何とかって言う宮廷魔導師が張り切っているらしい』

『軍隊蜂の瘴気はかなりの高熱じゃないと無効化できないはずなのです、瓦礫を燃やした程度では無理なのです』

『ベル、それは本当か?』

『駐屯地の資料室に記録が残っているのです』

『そいつはヤバいな』

『ヤバいのです』

『それって失敗するってこと?』

『瘴気に関して消えないのです、スラムほどの土地を洗浄するとなると専門の魔法使いをかなり動員する必要があるのです』

『洗浄が使える魔法使いか、少なくとも王国軍にはいないな』

『ウオッシュ止まりなのです』

『わかった、これから宮廷魔導師が動き出す、そちらからの観察を頼む』

『『了解』なのです!』


 クレア少尉の予告通りに東部地区を第三演習場ごと封印する結界が張られた。


「始まりましたね」

 司令部から情報を得ていたアーヴェがテントの覗き窓から観察する。

「封印結界って見えるんですか?」

 レーダが横にくっついて質問する。

「いえ、結界そのものは見ることは出来ませんが、立ち上ると煙と閉じ込められた軍隊蜂からわかります」

 煙が結界の上層に溜まり、軍隊蜂が見えない壁に当たりながら滑る。

「火を放った様ですね」

 予定通り魔導師がスラムに火を点けた。それまでとは勢いの違う黒煙が上がり、炎そのものもハッキリと見えた。

「小隊長、あんなに燃やして結界って大丈夫なんですか?」

「さあ、どうなんでしょう」

 黒煙が溜まった結界が、その形を誰の目にも明らかにするまでにそう時間は要さなかった。

「これで東部地区に居座っていた軍隊蜂は一掃できましたね」

「でも、煙が漏れてません?」

「そうみたいですね、でも直ぐに魔導師の方々が対処されると思います」


 アーヴェの予測は半分当たっていたが、結界の穴が塞がれたのは、それから数時間後だった。


『見たか?』

 夜も更けた頃、またキャリーとベルの元にクレア少尉から念話が入った。

『見ました』

『見たのです』

『途中かなり漏れていましたがいまは完全に封じ込めたみたいですね』

『ただ、結界がかなり薄いのが気になるのです』

『結界って、風で煽れているんですね』

『私も今日始めて知った』

『何か問題が有ったのです?』

『どうやら、スラムの後始末がウチに回って来ることになりそうだ』

『焼け野原の整地でもするんですか?』

『いや、洗浄込みだ』

『洗浄は魔法使いの仕事なのです』

『死んだらしい』

『『はい?』』

『結界に穴が空いた時に三位の宮廷魔導師と洗浄の出来る魔法使いたちが一緒に焼け死んだそうだ』

『だからって王国軍がどうやって洗浄なんてやるんです? もしかしてベルにやらせるとか』

『私は洗浄なんて出来ないのです』

『上層部はマコトにやらせるつもりらしい』

『『マコト!?』』

『マコトなら出来るだろう?』

『出来るとは思いますが』

『マコトを利用するのは良くないと思うのです』

『だよね』

『そうは言っても、マコトは総司令を助けてしまったからな、ハリエット様に頼まれたら嫌とはいわないだろう』

『マコトなら当然なのです』

『でも、王宮の貴族にまで、マコトの存在を知られるのはよろしくないのです』

『うん、よろしくない』

『その点は心配いるまい、その辺りの貴族程度ではマコトを捕まえることは出来ないはずだ』

『当然なのです』

『むしろ心配なのはキャリーとベル、お前たちだ』

『『私たち?』』

『マコトの弱点となりうるのがお前たちだ』

『私たちを利用してマコトに言うことを聞かせるとか?』

『そう簡単にはいかないのです』

『うん、簡単に捕まらないし』

『わかってはいるが、最悪は想定しておけ』

『最悪か、うんそうだね』

『了解なのです』

『マコトは近いうちに王都に呼ばれる、お前たちにも出迎えて貰うことになる』

『出迎えるんだね、大丈夫だよ』

『問題ないのです』

『もし、マコトがマズい状況になったら連れて逃げて構わないぞ』

『その時は躊躇なく逃げるよ』

『当然なのです』

『でも、逃げる前にマコトが自分でどうにかしそうだけど』

『心配する間も無いのかもしれないのです』

『私たちが下手に掻き回さない方がいいのかもな』

『それはあるかも』

『あるのです』


 翌朝まで観測を続けて小隊は駐屯地に帰投した。



 ○王都タリス 外縁部 東部地区 王国軍駐屯地 第三演習場 テント 現在


「ひとまずマコトは大丈夫そうだね」

「予想以上の大暴れだったのです」

 キャリーとベルは小隊のメンバーが寝静まった後、揃って王都の方向を見ていた。

「明日、大丈夫かな?」

「マコトは大丈夫なのです、他は知らないのです」

「うん、知らないよね」


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