クーストース遺跡群 プリンキピウム遺跡 1
○帝国暦 二七三〇年〇四月一〇日
○プリンキピウム遺跡前
「エドモンド殿下、到着でございます」
「ああ、ありがとう」
馬車の扉が開きここまで護衛を務めてくれたヒュー・クロッソン近衛軍少尉の野太い声にエドモンドは力なく答えた。
アナトリ王国の王都タリスから馬車に揺られること実に二三日目にしてやっと目的であるプリンキピウム遺跡に到着した。
馬力だけはある二頭の魔法馬が曳く走破性重視の近衛軍士官用馬車は、お世辞にも乗り心地がいい代物では無く、運動不足の第二王子には厳しい旅路だった。
だが、叔父が僻地に向かう自分のために用意してくれたのだから文句は言うまい。
この内外装の金ピカはいただけないが。
しかしそれが盗賊共や危険な獣を恐れさせるのは事実だ。
盗賊風情が近衛軍に手を出すのは自殺行為以外の何物でもない。
「お待ち申し上げておりましたエドモンド殿下」
白いマントを翻し馬車を降りると片膝を着いて臣下の礼を取る次席宮廷魔導師マリオン・カーターがいた。
黒く長い髪を後ろにまとめ宮廷魔導師のローブに身を包んでいる。
「やっと着いたよマリオン、堅い挨拶は抜きにして遺跡を案内してくれ」
親友の出迎えにホッとした表情を浮かべる。
「相変わらずですね、殿下」
肩の力を抜くマリオン。
「プラティヌムもラピスもパピリオも近衛が陣を張ってるだけだ、まともに掘り進めてるのはここプリンキピウムだけなのだろう?」
いずれもクーストース遺跡群に分類されている遺跡だ。
「首席様のお見立てでは、クーストース遺跡群一〇の遺跡のうちプリンキピウム遺跡がその中枢を担う場所だそうです」
「中枢を攻略出来ればそれに連なる遺跡も手に入ることがある、文献にあるだけなので眉唾ものだが」
「プリンキピウム遺跡が無事に発掘されれば、真偽の程ははっきりするでしょう」
「あうっ!」
積み上げられた荷物の上に馬車の中で暇つぶしに見ていた記憶石板を置こうとしてエドモンドが固まった。
「どうされました殿下?」
「こ、腰をやった、どうにかしてくれ」
「殿下は相変わらず運動不足ですね」
ため息を吐くマリオン。
「ずっと馬車に乗っていたのだ、いたたたた、以前ならこんなことは無かったのだが、私も歳を取ったと言うことか」
「殿下と同い年の私は特に苦ではありませんが」
「歳を取らないヤツはいい」
マリオンもエドモンドと同じく今年二七歳。
魔力の強い人間の中にはあまり歳を取らない者がいる。
マリオンもそのひとりで見た目は十八程度だ。
「それはエドモンド殿下も同じでは有りませんか?」
アナトリ王国エドモンド第二王子もまた二七でありながら十八歳程度に見える。
魔法使いではないが強い魔力を持ってる。
それは内向きの魔力で魔法使いのように外側の事象変更には使えない。
「と、とにかく早いところ頼む」
「かしこまりました」
マリオンは魔法使いの中でも数が少ない高位の治癒魔法の使い手だ。
癒やしの青い光にエドモンドの腰の痛みが癒やされる。
「ふぅ、ありがとう、持つべきモノは良き友人だ」
「使い勝手の良い魔法使いでは?」
「それも否定しないが、友人であればなおさら良い」
「少し休まれますか?」
「いや、直ぐに遺跡を確認したい、どの程度発掘が進んでいる?」
「まだ二層目です」
「そうか、進んでいるとは言い難いが、それでもまだ他に比べればマシか」
「それ故にエドモンド殿下のご出馬を願ったのです」
「まず見せてもらおう」
「その前に防御法衣にお召替え下さい、こちらに」
○プリンキピウム遺跡 発令所
案内されたのは、遺跡から少し離れた石造りのそれなりに立派な屋敷の一室だった。遺跡発掘の発令所兼近衛軍の詰め所でもある。
「こちらを殿下の宿舎としてお使い下さい」
「ずいぶんと立派なモノを作ったな」
発掘の詰め所など掘っ立て小屋が相場だがここは金の掛け方が違う。
異常なほどにだ。
「手直しはいたしましたが、基本は王都からの移築です」
格納空間が大きい魔法使いなら移築も可能だ。
「マリオンが持って来たのか?」
「いえ、商会に丸投げだそうですよ」
「近衛軍ならその程度の手配は簡単か」
資金的に。第二王子で王立魔法大学の考古学の教授であるエドモンドでも遺跡の発掘に大金を掛けることは出来ない。
「では、準備が出来ましたらお呼び下さい」
マリオンが下がり美人だが顔色の悪いメイドふたりに着替えを手伝ってもらう。
犯罪奴隷か。
エドモンドが側仕えを近くに置いていたのは随分と昔のことだ。研究活動に支障が出るからここしばらく置いてはいない。守護騎士も欠員のままにしている。
妻すら面倒で娶っていない。
兄である王太子殿下が既に長男をもうけているので、自分に子がないのはむしろ王室のためとも言える。
いまもひとりで着替えたかったのだが、防御法衣は複雑で手伝って貰わなくてはまともに着ることができない。
まるで子供に戻ったみたいな居心地の悪さを感じつつ身を任せた。
○プリンキピウム遺跡 結界内
防御法衣に着替えたエドモンドは、改めて遺跡へと案内させた。
魔法馬に乗り、急拵えの林道を通って遺跡に近付く。
「お待ち下さい殿下、結界を解きます」
マリオンの声に魔法馬を停めた。
「ほお、随分とえげつない防御結界が張ってあるのだな、これは首席殿か?」
「はい、クルシュマン様が作られたものです」
「流石、銀の魔導師殿だけはあるか」
エドガー・クルシュマンは宮廷の首席魔導師を務める魔法使いだ。
四〇を過ぎてるはずだがその姿はやはり若々しく、銀髪に銀の仮面を装着してることから銀の魔導師と呼ばれている。
「実際には宰相様の指示ではありますが」
「最重要遺跡クーストース遺跡群の一つだけはある、いったい何が埋まってるやら」
「殿下はおわかりなのではありませんか?」
「いや、宰相殿からはクーストース遺跡群が世界を変えるとしか聞いていない」
「世界を変えるのですか?」
「宰相殿と首席殿が組んでの仕事とはいえ、あまりに大仰だったから最初は眉唾に思ったが、どうやらお二人は本気のようだ」
「王宮から金を引き出す為のハリボテにこのような結界は張りません」
「既に莫大な費用が注ぎ込まれてるから、考古学者としては喜ばしいことだが王都を統べる一族の人間としては微妙だ」
「発掘とは金の掛かる事業でしたね」
「ああ、私も普段は金を無心する側だからな」
「おふたりとも掘り出した成果で埋め合わせが可能と考えていらっしゃるのでしょう」
「確かに宰相殿と首席殿は随分と自信がお有りの様であった」
「それもこれもエドモンド殿下のお力が頼りかと」
「無理難題を押し付けてないか?」
「正当評価です、私からもおふたりにエドモンド殿下をご推薦いたしました」
「余計なことをしてくれたと言いたいところだが」
エドモンドは目を閉じた。
「何かおわかりになりますか?」
目の前にある遺跡の気配を探る。
「どうやら、おふたりはかなりの当たりを引いたらしい」
ニンマリとするエドモンド。
「当たりですか?」
「ああ、生きてる遺跡の鼓動だ、間違いなくこの遺跡は生きている」
「それはスゴい」
「宰相殿の言葉通りクーストース遺跡群がプリンキピウム遺跡を中心としたグループなら全てが息を吹き返す可能性がある」
「そうなれば、本当に世界は大きく変わるかもしれませんね」
「見極めるためにも仕事を始めるとしよう、マリオン、力を借りるぞ」
「何なりと」
「まずはもっと近くから確認したい」
「慌てなくても遺跡は逃げませんよ殿下」
「先に行くぞ!」
「お待ち下さい殿下!」
いまに始まったことではないが、遺跡が絡むとエドモンドは人が変わる。
「やれやれ」
エドモンドの馬の後を追ってマリオンも馬の速度を上げた。