ネオケラスにゃん
○帝国暦 二七三〇年〇九月二四日
○ケラス州 仮州都ネオケラス
翌朝はゆっくりと出発したが午前中にネオケラスに到着した。初めて自分の目で見るネオケラスはオパルスのような城壁も門もないまるで小さな農村だ。
「ダイナの村みたいだね」
リーリがオレの頭の上で生クリームとカスタードクリームの入っているシュークリームを食べつつ感想を述べる。
「にゃあ、ここよりダイナの実家のあるポレックス村の方が人口が多いにゃん」
大公国で見た農村の風景に近い。
あっちは誰もいなかったけどな。
姫様を始めとする子供たちには農村の風景が珍しいようで外をじっと見ていた。
「もうネオケラスに到着とは恐れ入ったのである」
アーヴィン様は恐れ入ってくれたが、限界集落のような風景にオレも恐れ入ってる。
「とても州都には見えないにゃんね」
仮の州都とはいえ、フルグル村といい勝負な上に山に囲まれた盆地で、あまり良い立地とは言えなかった。
「もうちょっといい場所は無かったのかと思うにゃん」
「おそらく虫が出ない安全な場所を選んだのであろう」
アーヴィン様は周囲を見渡す。
「にゃあ、そうみたいにゃんね」
確かに周囲に虫の気配は皆無だ。結界もないのに虫たちが忌避していた。地形に何かしら理由があるのだろうか?
金も無ければ防御結界も何もないノーガードな状態では狭くても他に選択肢はないか。
「ネコちゃん、向こう側に見えるのはなに? ホテルみたいだけど」
キャサリンが立ち上がって前方を指差す。
日の光を浴びて光る青いピラミッドが姿を見せてる。
「オパルスのホテルに似てるのが四つに真ん中のピンク色の丸いのが一つであるか」
「アーヴィン様、真ん中のは猫ピラミッドって言うんですよ、ほら耳が有って目が付いてるじゃないですか」
キャサリンが解説する。
「その猫ピラミッドとは何であるか?」
「にゃあ、真ん中に有るのは領主公邸にゃん、四つのピラミッドはそれぞれぞれ州政府庁舎、ケラス軍司令部、ホテル、最後が猫耳たちの住処にゃん」
猫耳の住処兼研究拠点の出張所でもある。
「ネコちゃん、その五つだけで、ネオケラスより大きいんじゃない?」
「ネオケラスが小さいにゃん、州都機能を持ち合わせているとは言えないただの集落にゃん」
「確かにネオケラスは想像以上に小さいか」
キャサリンが頷く。
「元のネオケラスより小さく造る方が無理難題にゃん」
「とても人口三〇〇〇人の街には見えませんね」
王宮にはエラの言う人口三〇〇〇人で登録されている。州都として認められる最低ラインの人口だ。
「にゃあ、ネオケラスの公称の三〇〇〇人は盛り過ぎにゃん、オレたちが調査したところ一〇分の一の三〇〇人どころかその半分の一五〇人を切ってるにゃん、しかもお年寄りばかりにゃん」
「若者は王都に向かったのであろう、距離はあるがネオケラスからならそれほど難しくはあるまい」
「にゃあ、逆に若い内じゃないと無理だったはずにゃん」
「お年寄りだけでは、大変でしょうね」
「にゃあ、そうにゃんね」
生活に困窮してるのは間違いないだろう。
「マコト、ピラミッドの周辺は何をしてるのであるか?」
「あちらは現在、建設中の新市街地にゃん」
「ネコちゃんたち、街も作ってるの?」
「そうみたいですね」
キャサリンとエラが荷台から背伸びして眺める。
「街の区画が出来たら城壁で囲む予定にゃん、州都なのに城壁がないとか危なすぎにゃん」
「そう言えばネオケラスには城壁がないね」
「防御結界の刻印もないみたいです」
州都ならあって然るべきモノだがキャサリンとエラは今頃になって無いことに気付いたらしい。
「ネオケラスは現在も仮の州都だから城壁と防御結界の刻印が免除されてるのだ」
アーヴィン様が解説してくれる。
取り潰したくても取り潰せなかったので仕方ない措置なのかも。
「にゃあ、ここは魔獣の森から離れてるから魔獣がいきなり襲って来ることはないにしても不用心にゃん」
「確かに危険は魔獣だけではないのである」
「にゃあ、この前の盗賊の大量流入で危なくネオケラスまで侵入されるところだったにゃん」
「アルボラやアポリトからここまで来たの?」
「にゃあ、そのルートを通った盗賊はほぼ全滅にゃん、問題なのはレークトゥス経由での流入だったにゃん」
「盗賊はどうなったの?」
「全部捕まえて処分したにゃん」
「ネコちゃんたちは仕事が早いね」
「にゃあ」
人手不足だから人的資源は無駄にしないにゃん。
アルボラ州から伸びる新しい街道はネオケラスの市街には直結せず、山を削って造成した新しい州政府庁舎のある新市街に繋いでいる。
○ケラス州 仮州都ネオケラス ネオケラス・オルホフホテル 車寄せ
車列はネオケラス旧市街地を掠めてホテルの前に到着した。名前はネオケラス・オルホフホテルだ。
「にゃあ、皆んなはホテルでゆっくりして欲しいにゃん」
「「「おやかたさま、あたしたちもここにとまるの?」」」
シアとニアとノアが声を揃えた。
「にゃあ、しばらくは貸し切り状態にゃん、好きに使っていいにゃんよ」
「「「やった!」」」
四才児を先頭に姫様や子供たちそれにビッキーとチャスがホテルへと走って行った。
その後を第三騎士団の守護騎士見習いと魔法使いが続く。
「姫様、お待ち下さい!」
最後に側仕えのイライザが走って行った。
「あたしは食堂を確かめてくるね!」
オルホフホテルグループ料飲部統括支配人のリーリが飛んで行く。
猫耳ゴーレムたちが荷物を運び入れる。
猫耳もそれぞれの持ち場に散った。
「質問! ネコちゃんのネオケラスのホテルにはエステが付いてますか?」
キャサリンが元気に手を挙げた。
「にゃあ、付いてるにゃんよ、基本はオパルスと同じにゃん」
「これで勝ったも同然です」
エラは深くうなずいた。
「キャサリンとエラは何と戦ってるにゃん?」
「ネコちゃん、これは自分との戦いだよ」
「ふたりとも戦う年齢とは思えないにゃん」
「若い時のケアがその後の人生に大きな影響を与えるのです、おわかりですかマコト様?」
エラに真顔で迫られる。
「に、にゃあ、オレには良くわからないけど、怖いにゃん」
「おまえたち、仕事は忘れておらんであろうな?」
アーヴィン様は呆れ顔。
「アーヴィン様、私たちに抜かりは有りません」
「何人たりとも我らの防御結界の中には手出しさせません」
「我輩ではなく姫様を守らなくては意味がないのである」
「「あっ!?」」
「にゃあ、姫様は、もう他の子たちと一緒にホテルに入ったにゃん」
何人たりとも手出しさせない防御結界は置き去りにされていた。
「姫様、お待ち下さい!」
「先に行ってはなりません!」
ふたりは慌てて姫様の後を追って行った。
「キャサリンとエラは鍛え直す必要があるな」
「にゃあ、ネオケラスに滞在されてる間の安全はオレたちが保証するにゃん」
「すまぬ、すっかりマコトを巻き込んでしまった」
頭を下げるアーヴィン様は確信犯なわけだが、この人の威光を借りてるのも事実なので謝罪を受け入れる。
「乗り掛かった船にゃん、誰であろうと姫様に手出しはさせないにゃん」
「まずは、暗殺の失敗を知って敵がどう動くかであろう」
「にゃあ、そうにゃんね」
実行犯が黒幕に直結してるとは思えないが、敵が誰を使おうが全部防げばいいだけだから単純と言えば単純だ。
○ケラス州 仮州都ネオケラス ネオケラス・オルホフホテル ラウンジ
ネオケラス・オルホフホテルのラウンジでアガサたちと打ち合わせに入る。
「にゃあ、旧市街にある庁舎から大体の物は既に運んであるにゃん、積み残しがあったら猫耳に言えば新庁舎に運んで来るにゃんよ」
「ありがとうございます、もともとあちらには大したものはないかと思います」
後ろにいる王子様系男子バクストンと魔法使い系女子ジリアンが頷く。
「にゃあ、それと宿舎にゃんね、近いうちに用意するからしばらくこのホテルで我慢して欲しいにゃん」
「十分過ぎる程です、問題ありません」
後ろのふたりも頷く。
「不便なところが有ったら近くの猫耳に言って欲しいにゃん」
「はい、その時はお願い致します」
「にゃあ、後ろのふたりも遠慮しなくていいにゃんよ」
「ご配慮感謝いたします」
「足りないものなんてない気がします」
バクストンとジリアンに遠慮するなと言っても無理か。
「アガサたちには新しく採用したお姉さんたちの教育をお願いするにゃん、一通り読み書きと計算は出来るにゃん」
再生時のサービスで追加オプションを無料でインストールした。
「来る途中に全員と面談いたしました。能力的には既に水準に届いてますので後は礼儀作法を指導いたします」
元は冒険者だったり、村娘だったりだから礼儀作法はいまひとつか。
中には元貴族のお姉さんもいるが、礼儀作法はどうだろう。
「了解にゃん、鍛えてあげて欲しいにゃん」
「かしこまりました」
「にゃあ、次にネオケラスの都市計画にゃん、いまはオレと猫耳たちで進めてるにゃん、アガサたちも何か意見が有ったら遠慮なく言って欲しいにゃん」
「はい、こんなに直ぐに庁舎どころか街まで用意されるとは思いもしませんでしたので、まずは現状の把握に務めます」
「にゃあ、それとケラスが持っていた王国軍の債権は放棄したにゃん」
「よろしいのですか?」
「にゃあ、代わりに王国軍評議員会の副議長になったから中から意見を言えるにゃん、それにケラス内での王国軍の治外法権も無くしたから、悪いことをした兵士はオレたちが直接しょっ引けるにゃん」
「マコト様のお決めになることですから問題ありません」
「それとケラスに近隣の六つの廃領地がオレのモノになったにゃん」
「廃領地ですか?」
「にゃあ、ほとんど魔獣の森だから使いみちがないけど他に貰えるモノもないから仕方ないにゃんね」
「そうですね」
当惑気味のアガサ。
残念ながらアガサたちはタンピスの領主の紐付きだからオレたちが魔獣の森に出入りしていることは教えられない。
「にゃあ、ネオケラスの住民は普段、何をして暮らしてるにゃん?」
「小さな畑を耕したり、かつては冒険者をしていた者が蓄えを切り崩しながらなど質素な暮らしをしてるお年を召した方が大半です」
「にゃあ、後で猫耳たちに様子を見に行かせるにゃん」
「ありがとうございます、ほとんどの市民が生活困窮者なのでマコト様からご支援いただけますでしょうか?」
「にゃあ、了解にゃん、アガサは地方にいる領民はどのぐらい把握してるにゃん?」
「以前の調査では二〇ほどの集落がありましたが、去年には半数がほぼ崩壊と言う惨状でした」
「にゃあ、王国軍にゃんね」
「それに盗賊の大量流入がありましたから、現在の状況は不明です」
「にゃあ、領内の盗賊の討伐はほぼ終わってるにゃん、中には盗賊だけが住んでる村も有ったからまとめて討伐したにゃん」
「申し訳ありません、地方の集落に関しては手が回らずほぼ放置の状態でした」
「にゃあ、あの予算では仕方ないにゃん、補償と復旧支援は始めてるので、暮らしはマシになると思うにゃん」
「ありがとうございます」
「地方も高齢化が進んでるみたいにゃんね」
「ケラスは出入り自由ですから、流出に歯止めを掛けることが出来ませんでした」
「にゃあ、これからは警備の関係も有るので、出て行くのは構わないけど自由には入れなくなるにゃんよ」
「交易はどうされます?」
「にゃあ、レークトゥス州との境界門がある場所に城壁都市を新たに造るにゃん、名前はアウグルにゃん」
「新たに城壁都市を作られるのですか?」
「そうにゃん、国境近くで交易を済ませる大公国式にゃんね、買い付けの商会にしたってわざわざネオケラスまで来なくて済むにゃん」
ネオケラスからレークトゥスの境界門まで馬車で一〇日の距離がある。大商会でも合計二〇日の時間のロスは大きい。
「そうですね、ネオケラスは辺境ですから」
「市庁舎のオフィスには猫耳たちが案内するにゃん、まずは見学をするといいにゃん」
「「「にゃあ」」」
オレの後ろに控えていた三人の猫耳たちが返事をする。
アガサたちを猫耳に任せてオレはホテルの外に出た。
新都市の設計は研究拠点の地下都市のモジュールを手直しして流用しパイプラインから送られる魔力で半自動的に構築している。
○ケラス州 仮州都ネオケラス 新市街地 開発区画
オレが向かうのは工事をやってる一角。
そこに例のものを再生した。
「にゃあ、これは楽しいにゃん」
オレは念願のユンボで穴を掘ってる。魔法でやった方が早いのだがユンボは男のロマンなのだ。
土をバケットいっぱいにして掻き出す。
「重機は偉大にゃん」
キャタピラも最高だ。
「にゃあ! お館様、ウチもやりたいにゃん!」
「にゃ!?」
「ウチも! ウチもにゃん!」
「お館様を抱っこして操縦するにゃん!」
オレを見付けた猫耳たちが群がって来た。
「にゃあ! 無理やり運転席に入って来るんじゃないにゃん!」
運転席を猫耳たちで鈴なりにして穴を掘り続けた。
午後にはラルフとアレシアを出来上がったばかりの新市街の一角に連れて来た。
「にゃあ、ここにゃん、ここを冒険者ギルドに貸すにゃん」
門の近くに作った石造りの三階建ての建物と倉庫が三つ。
「マコト、本当に冒険者ギルドがこの建物を使っていいのか?」
「にゃあ、オパルスの冒険者ギルドを参考にしてあるから大きな不具合はないと思うにゃん、何か有ったら直ぐ直すにゃん」
「お、おお、でもこの大きさの建物の家賃なんて払えるかな」
「にゃあ、家賃は後で相談にゃん」
「それは助かる、まだ売上が未知数だからな」
ラルフは顎を撫でる。
「虫系の素材はどれもびっくりするほど高いから心配は要らないんじゃない?」
アレシアは割りとお気楽に構えてる。
「確かに虫はどれも高い」
「にゃあ、無理な設定はしないにゃん、それにケラスの素材を扱えば直ぐにこれぐらいの建物が必要になるにゃん」
「そうだよね、本部に頼んで人と資金を送ってもらわないと」
「いずれにしろ旧市街の冒険者ギルドの建物は使えないんだし、俺たちはここを借りるしかないか」
「あの廃屋はないよね、最初見た時はどうしようかと思っちゃった」
ネオケラスにも短期間だが冒険者ギルドが置かれていた時期があり、建物も所有していた。
ラルフとアレシアも最初そこを使うつもりだったらしく到着して直ぐに見に行ったが、実物は床と壁の一部が残るだけの朽ち果てた廃屋とも呼べないシロモノだった。
「危なく露天から始めるところだったぜ」
「露天と言うか、ただのバイヤーだよね」
「しばらくはオレたちが卸すだけだからそれでも問題ないにゃん、でも倉庫は必要にゃん」
「倉庫はもう何か入ってるみたいだな」
「にゃあ、来る途中で狩ったクモだのムカデだのにゃん、それに軍隊蜂もまとまった数が入ってるにゃん、これがリストにゃん」
倉庫に詰めた素材のリストを記録した記憶石板を渡した。
「こんなに入ってるのか?」
「にゃあ、後で精算してオレの銀行に振り込んでくれればいいにゃん、他にも欲しい素材が有ったら猫耳に相談して欲しいにゃん」
「わかった、まずは幾つか馬車に詰めてオレが王都の本部に行く」
「にゃあ、レークトゥスに抜ける街道も整備が終わってるにゃん、盗賊も虫も大規模に間引いてるから前よりずっと安全にゃん」
「助かる」
「それにレークトゥスの境界門のところに城壁都市アウグルを建設中にゃん、物資はあちらに集めてもいいにゃんよ」
「それも悪くないな」
「でもレークトゥスって通れるの?」
アレシアが質問する。
「にゃ、レークトゥスがどうかしたにゃん?」
「軍隊蜂だよ、州都のスマクラグは無事でもそれ以外がかなり酷いとか、レークトゥスの冒険者ギルドも情勢を把握できてないみたい」
「地方になると冒険者ギルドの支部でもないと情報は直ぐに集まらないからな」
「そう言うものにゃんね」
通信の魔導具がなければそれこそ誰かが早馬で走るしかない。
「冷たいようだが州都は無事なんだし自分たちでどうにかして貰うしかないだろう、それが出来ない領主ではないはずだ」
「そうだね、領主様が健在なら大丈夫かな」
「王都も近いし心配することもないだろう、あそこは金はあるんだし、ケチだけど」
「ケチにゃん?」
「レークトゥスの人はケチの代名詞みたいなものね」
「だからって、こんな時にけち臭いことはしないだろうさ、レークトゥスの領主は領民の信頼も厚いと聞いてる」
「にゃあ、心配はいらなさそうにゃんね」
○ケラス州 仮州都ネオケラス ケラス領主公邸 会議室
夕方になりケラス領主公邸の会議室にオレと数名の猫耳が集まった。オレの身内以外は完全にシャットアウトしている。
『それでどうにゃん?』
会議は念話で進行される。
『お館様の懸案が現実になったにゃん』
『第三騎士団の五人シャルロット・アシュフォード、ユージニア・バートウィッスル、クリスティーナ・バーネット、エレオノーラ・ベルナップ、グリゼルダ・ボスフェルト、全員がクロだったにゃんね』
『『『にゃあ』』』
猫耳たちは念話で声を揃えた。




