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森のキノコにゃん

 ○ケラス州 ケラス街道 宿泊所


 ジープを先頭に走る車列は、途中で大型の虫を捕獲しながら予定の距離を走り切って本日の宿泊所に到着した。


 周囲は薄暗くなって森からは様々な音が聞こえて来る。

 この辺りには青色エーテル機関を持たない大型の虫も多い。そいつらは普通の獣と同じなので人間を食べたくてたまらないヤツらだ。つまり音源の大半が人間を捕食する何かだろう。

 トラックに乗ったままの子供たちは全員クッションに埋もれて眠っていてる。

「にゃあ、到着にゃんよ」

 クッションから掘り出された寝ぼけ顔の子供たちがトラックから降りて来る。

「ネコちゃん、ここはもり?」

 姫様は半透明の物理障壁の向こうに見える森を眺める。

「にゃあ、ケラスは森の中にある州にゃん」

「このさきも、もりなの?」

「にゃあ、そうにゃん、ネオケラスのちょっと前まではこんな感じにゃん」

 プリンキピウムの森に似てるが毒持ちの虫のせいで致死率がずっと高い。

「お館様、マナの濃度が上昇してるにゃん」

 猫耳のひとりが報告してくれる。

「了解にゃん、皆んな宿泊所の中に入るにゃん、濃いマナが来るにゃん」

「こいマナ?」

 姫様は首を傾げる。

「にゃあ、そうにゃん、濃いマナは身体に悪いにゃん、ここも防御結界は張ってあるけど宿泊所の中はもっと安全にゃん」

「わかった」

「「「ひめさま、あたしたちといっしょにいこう!」」」

 チビたちが姫様の手を取った。

「うん、いく!」

 姫様は四歳児たちと一緒に走り出した。

「「「ひめさま!」」」

 その後を子供たちが追い駆けた。

 ビッキーとチャスは子どもたちが全員入ったのを確認してから中に入った。


 森の奥から濃いマナを含んだ霧が発生している。人間の身体には良くないがいまのところ悪霊の反応もないので、特に対策は必要はないだろう。

 宿泊所の結界にいる限りマナの影響を受けることはない。危険なのは濃いマナに潜む悪霊の類だが、人の居ない場所だからそいつらが出る可能性は低いと思われる。

 それでも数百年さまよってるとか筋金入りの方向音痴な悪霊がいてもおかしくない世界だから油断はしないけどな。


 夕食の後はお風呂にベッドだ。子供たちだけでなく大人たちも不寝番以外の大半が早い時間に眠ってしまった。

 軍隊蜂の襲撃で精神的に疲れたのだろう。眠ってしまえば魔導具でもある寝具の補助もあって衝撃の影響も消え去るはずだ。

 襲撃があるならこんなときかもしれないが、いまのところ結界内に入り込んだ不審なモノはない。


「お館様も寝ていていいにゃんよ」

「「「にゃあ」」」

 猫耳たちにベッドに連れて行かれる。各地の猫耳たちとは打ち合わせ済みだからオレが寝ていても問題はないか。

 リーリもオレのおなかに貼り付いて寝てるし。

「にゃあ、おやすみにゃん」

「「「にゃあ」」」

 猫耳たちも何人かベッドに入ってくる。ギュウギュウじゃなければいいか。抱っこされたまま目を閉じた。


『……』


 真夜中に目が覚めた。ムクっとベッドから身体を起こした。

「お館様、どうしたにゃん?」

「にゃあ、呼ばれてるにゃん、尻尾にビリビリ来るにゃん」

 森の中から何か良くわからないものがオレを呼んでいる。

「ちょっと出てくるにゃん」

「こんな時間に外に出るのは危ないにゃんよ」

「にゃあ、リーリもいるから大丈夫にゃん」

 いまもお腹に張り付いて寝てる。


「お館様、お出かけにゃん」

 宿泊所の外に出ると警戒中の猫耳にも声を掛けられた。

 オレ以外は誰も呼ばれてない様だ。

「にゃあ、ちょっと森の中を見て来るにゃん」

「お館様だけでは危険にゃん、ウチらも一緒に行くにゃん」

「そうにゃん、行くにゃん」

 猫耳たちがわらわらと集まって来る。

「にゃあ、でも、呼ばれてるのはオレだけみたいにゃん、すぐそこだからおまえらはここで待機にゃん」

「「「にゃううう」」」

 不満げな声を上げる。

「危険な感じはないから大丈夫にゃん、ちょっと行って来るにゃん」

 オレは猫耳たちに待機を命じて物理障壁を乗り越え再生した魔法馬に跨った。

 魔法馬を森の中に向けた。



 ○ケラス州 ケラス街道脇 森


「にゃ?」

 数分、魔法馬を進ませると森の奥から淡い光が漏れているのが見えた。

 そこがオレの目指す場所なのだろう。

 オレは馬の足を速めた。


「キノコにゃん?」

 ちょっとした広場の真ん中に二階建ての民家ぐらいのキノコが生えていた。

 軸の部分がぶっとい巨大キノコだ。

 それが青白く光っている。

「これまた異世界感、半端ないにゃんね」

 巨大キノコを各情報体に当たったが該当する記録がない。

 マナの濃度が高い以外は安定している。

「これは人は襲わないタイプの森の精霊の巣だね」

 目を覚ましたリーリが胸元から出て来た。

「にゃあ、森の精霊の巣なら巨大キノコの存在も納得にゃん」

 大公国の森にいたヤツとはタイプが異なるなら安心か。マナ以外はだが。

 パタンと音がして根元の部分に小さな扉が開いた。

「扉なんて無かったにゃんよ」

 扉から白い半透明の小人がゾロゾロ出て来てキノコをぐるりと囲んで踊り出した。この前の太鼓を叩いて行進していた手足の生えたキノコじゃない。

 今回は笛の音がしてる。

 キノコの上では小人たちが笛を吹きながらクルクル回っていた。

「盆踊りに似てるにゃんね」

 キノコが櫓だとすればまんまそうだ。

 小人はゾロゾロとまだ出て来て最終的に二重の輪が出来上がってそれぞれ逆方向に回ってる。

「この小さいのが森の精霊にゃん?」

「たぶんね」

 巨大キノコも小人もエーテル体なのは間違いなかった。

 小人がひとりオレの前に来た。

「にゃ?」

「……」

 なんか酒くれって言ってる気がする。

「缶ビールでいいにゃん?」

 オレは馬を降りると缶の封を切って差し出した。小人は缶を両手で受け取ると踊りの輪に戻って行く。

 入れ替わりに別の小人がオレの前に来たのでまた封を切った缶ビールを渡す。

 次々とプルトップを開けて小人たちに缶を渡した。

「にゃお」

 いい加減、指がだるくなったところでやっと全員に行き渡った。

 小人は両手でビールの缶を抱えたまま踊っていた。

 オレは小人たちの踊りを眺めながら椅子を出して魔獣の林檎で作ったジュースを飲む。

 リーリはオレの頭の上でドーナツを齧った。


 しばらく踊った小人たちは一人ずつオレの前に来て抱えていたビールの缶を置くとキノコの中に戻って行った。

 最後のひとりが戻るとパタンと扉が閉まった。

 そして扉が消え、続いてキノコも消えてた。

 もとの暗い夜の森に戻った。


『ギギギ!』


 そこに大型のムカデが現れ襲って来たが電撃で倒した。

「にゃあ、缶に入ってるのはビールじゃないにゃん?」

 分解して調べた結果、回復薬であることがわかった。

「ポーションにゃん?」

「そんな感じだね」

 ビールのお礼なのだろうか?

 猫耳たちをこれ以上心配させるのも可哀想なので馬に飛び乗って宿泊所に帰った。


 小人にもらった回復薬は研究拠点で解析され、これを元に後に幾つかのバリエーションが作られるようになった。



 ○帝国暦 二七三〇年〇九月二三日


 ○ケラス州 ケラス街道 宿泊所


 朝から雨がじとじと降っていた。

 オレたちは宿泊所の車寄せからトラックに乗り込む。

 外気はひんやりとしている。

「雨が降ってるのに敷地は濡れてないのですね」

 第三騎士団の騎士見習いのリーダーであるシャルロットが不思議そうに空を見上げた。

「にゃあ、宿泊所の防御結界が雨を弾いてるにゃん」

 正確にはエーテルに分解していた。

「雨に魔法を使うなんて贅沢ですね」

 同じく騎士見習いで魔法に詳しいエレオノーラも空を見上げた。

 その隣では無口キャラのクリスティーナがコクコク頷いていた。激しく同意している様だ。

「にゃあ、魔法は生活の質を高めるためにこそ使うべきにゃん」

「あと、美味しい物を作るためだね」

 リーリが補足する。

「難しいですね」

 委員長ぽいユージニアに一言で否定された。

「魔力は有限ですから」

 第三騎士団所属の魔法使いのグリゼルダも同意する。

「にゃあ、魔力は問題じゃないにゃん、強力な魔法を持っていても先史文明のヤツらは世界を壊したにゃん」

「世の中、お館様みたいな人間ばかりじゃないってことにゃん、そろそろ出発するにゃん」

 トラックの運転席の猫耳から声を掛けられた。

「にゃあ、そうにゃんね、皆んなも乗車にゃん」

 騎士見習いと魔法使いたちも乗車する。

「準備はいいね、出発!」

 リーリの号令とともにジープとトラックの車列が動き出した。



 ○ケラス州 ケラス街道


 虫たちは雨が嫌いらしく森の中でじっとしている。

 邪魔が入らないのはいいことだ。

 トラックには形だけ天井の幌を張っている。防御結界が雨を弾くから必要ないのだが気分の問題だ。

『全車、ホバーモードで速度を上げて行くにゃん』

 念話で猫耳たちに指示を出した。

『『『にゃあ!』』』

 雨で速度を出したらハイドロプレーニング現象でヤバいことになりそうだから、ここは遠慮なしで魔法を使う。

 鎧蛇の少し浮いてぶっ飛ばすあれだ。魔法車にも装備済みだ。

 魔法でタイヤが浮き文字通り滑る様に加速する。新幹線並みの速度が出てるはずだ。

「わあ! はやい!」

 姫様は流れる風景に歓声を上げた。

「「「はや~い!」」」

 子供たちも声を上げる。

 雨も風も防御結界が弾き飛ばす。

「これが本来の速度であるな、この前の馬車以上であるか」

 アーヴィン様も外を眺める。

「にゃあ、今日の夕方にはネオケラスに入るにゃん」

「それは恐ろしく速い」

「にゃあ、雨で虫たちがおとなしいうちに移動を終わらせるにゃん」

 大概の虫系は道路の結界が弾くのだが、何事にも例外がある。

「危険はなるべく少ないに限るにゃん」


 何事もなくと行きたかったが、昼休憩直前にそれは現れた。

『全車停止にゃん!』

 先頭のジープの猫耳から念話が入り、全車が停車した。

『何事にゃん?』

『前方にかなり大きな障害物有りにゃん』

『にゃ?』

 何やらヌメヌメしたものが道路を塞いでいた。

『結界を侵食してるにゃんね』

『にゃあ、道路の表面も溶かしてるみたいにゃん』

 森から出て来たそれは道路の結界を破って入り込み路面を溶かしながらこちらに向かって移動していた。

 幅五メートル×長さ二〇メートル×高さ六メートルほどの大きさだ。

 足は無くヌメヌメさせながらの移動ながらかなり速い。

『偵察するにゃん』

 先頭のジープが肉眼で観察できる位置に近付いた。

 視覚共有で見えてきたのは青く半透明の塊だった。

『にゃあ、形はナメクジっぽいにゃん』

 ゼリーみたいな見た目がナメクジの気色悪さをカバーしてるが、自然界の鮮やかな色は警戒した方がいい。

『こいつ、ウチらの道路を食べてるにゃん』

『『『にゃ!?』』』

『単に壊されるよりは腹は立たないにゃんね、でもこのまま食べさせるわけにはいかないにゃん』

『ナメクジなら塩にゃんね』

『にゃあ、水分を抜くといいにゃん』

『ところでこいつは青色エーテル機関にゃん?』

『そうみたいにゃん』

『すると利用価値があるにゃんね』

『にゃあ、修正魔法を撃ち込むにゃん』

 修正魔法を撃ち込まれたマリンブルーのゼリー状ナメクジはプルンと震えて動きを止めた。

 はっとして我に返った感じだ。

『水分を抜いて回収可能な大きさにしてトラックに詰め込むにゃん』

『何でも溶かしそうだから注意するにゃんよ』

『『『にゃー!』』』

 ナメクジの水分を抜くとみるみる小さくなって結界で厳重に封じられ回収用のパネルバンに詰め込まれた。

 道路は舗装部分が綺麗に剥がされていた。

『こいつ、解体工事用と違うにゃん?』

『可能性はあるにゃんね』

 後は研究拠点に搬送してからの調査待ちだ。

「にゃあ、再出発にゃん!」

「「「にゃあ!」」」


 夕方になり雨も収まったところで、無理をすればネオケラスに届く位置まで来たが夜の走行は予想外の危険が伴うので一つ手前の宿泊所に泊まることにした。



 ○ケラス州 ケラス街道 宿泊所


『『『ニャア』』』

 猫耳ゴーレムがいっぱい出迎えてくれた。

「きゃあ~! 猫耳ゴーレムちゃんがいっぱい!」

 キャサリンが一人盛り上がる。

『『『ニャア!』』』

「お館様とのお風呂を断固要求するって言ってるにゃん」

「にゃ?」

『『『ニャア』』』

「順番がつかえてるから早くして欲しいそうにゃん」

 オレは猫耳の一人に抱え上げられると猫耳ゴーレムたちに向かって放り投げられた。

「にゃー!」

『ニャア♪』

 猫耳ゴーレムにキャッチされたオレは、いつの間にか作られていた地下の特大の浴場に連れて行かれた。

『『『ニャア♪』』』


「いまのは何ですか?」

 エラがオレを放り投げた猫耳に聞く。

「猫耳ゴーレムがお館様とお風呂に入りたくて押し掛けて来たにゃん」

「ゴーレムがお風呂に入るの?」

 キャサリンが首を傾げる。

「にゃあ、猫耳ゴーレムはお風呂が大好きにゃん」

「そうか、いいないいな」

 キャサリンが羨ましがったが誰も取り合ってくれなかった。


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