姫様と一緒にゃん
元気いっぱいになったキャサリンとエラは夕食後、少女騎士たちに稽古を付ける。
アーヴィン様は風呂に入り、オレは姫様に付きっきりの側仕えのイライザにサンドイッチとスープを持って行く。
「ありがとうございます」
「にゃあ、側仕えって普通は何人かいると違うにゃん?」
「最低でも五人はいるかと思います」
「オレたちも協力するからひとりで頑張らなくてもいいにゃんよ」
「ですが」
「オレも姫様を頼まれてるから、安心していいにゃんよ」
オレの知らないところでそんなことが決まってたみたいだし。
「辺境伯様が姫様のお世話をするんですか?」
「にゃあ、オレのところの猫耳もいるし問題ないにゃん」
「かしこまりました、辺境伯様の決定に従います」
「それでいいにゃん、今夜はそれを食べたら休んでいいにゃん、姫様のことは猫耳が見てるにゃん」
「辺境伯様、私もこちらに控えていたいのですが」
「だったら隣のベッドで寝るといいにゃん、何かあったら直ぐに起こすにゃん」
「それはいけません」
「にゃあ、オレが許可するから構わないにゃん、それにいまは非常時だから問題ないにゃん」
「はい、非常時でした」
隣のベッドを使うことを了承させた。
それから何故か少女騎士たちと一緒にお風呂に入り、さっぱりした後はリビングのソファーに身体を預けた。
他の人たちはベッドに入ってる。グールとオーガに追い回されたのだから肉体的な疲れを癒やしても精神の緊張が解けてなかった。
「マコトは相変わらず忙しいね」
リーリは猫耳に作らせたソフトクリームを舐めている。
「こればっかりは仕方ないにゃんね、騒動の黒幕がオレを巻き込むから悪いにゃん」
「そうだね、マコトのいないところでやればいいのにね」
「にゃあ、まったくにゃん」
オレが黒幕だったら、さっさと場所替えをするか、対象を手間をかけずにトドメを差してる。
何かしら考えがあるのか、ハリエットみたいに王都では殺せない絶対防御の縛りでもあるのだろうか?
日付が変わりそうな頃、領主様ことカズキ・ベルティから念話が入った。
『マコト、無事にアーヴィン様と姫様を救出したそうだね』
『にゃあ、間一髪だったにゃん』
『使者が来るのは聞いていたけど、ボクもまさかいきなり第一王女を寄越すとは思って無かったよ』
『カズキも巻き込まれたにゃんね』
『まったくだよ、国王陛下は自分の娘のことなんだからもうちょっとしっかりしてくれないと困るね』
『王様の評判はどうにゃん?』
『可もなく不可もなくだね、貴族に配慮しすぎてるきらいもあるかな、良く言えば慎重、悪く言えば優柔不断な性格だね』
『無能ではないにゃんね』
『そこはどうだろう、いまの後手後手の対策は優柔不断の現れだし、優秀な魔法使いとは言え六歳のマコトを頼りにしてる時点で終わってるんじゃないかな』
『辛辣にゃんね』
『マコトも怒っていいよ』
『にゃあ、オレがマズいことに巻き込まれてるのは間違いないにゃんね』
『間違いないよ、マコトは国王派の期待の星だし』
『何でそうなるにゃん?』
『だって、アーヴィン様は国王派の重鎮だよ、その隠し子のマコトなら、皆んな無条件で受け入れるってものだよ』
『にゃあ、オレは隠し子じゃないにゃんよ』
『オルホフ侯爵家の人間が誰も否定しないから、世間ではそう認識されてるよ』
『にゃお』
『アーヴィン様は脳筋な様で策士だからね、気を付けなよ』
『にゃあ、この状況では既に手遅れにゃん』
『それは言えるね』
愉快そうなカズキも当事者になりつつあるけどな。
『にゃあ、単刀直入に聞くにゃん、ハリエット様や姫様の命を狙ってる黒幕はいったい誰にゃん?』
『難しい質問だね』
『そうにゃん?』
『ハリエット様や第一王女が亡くなって得をするのは王位継承権を持つ親族、それとその取り巻きかな』
『にゃあ、継承権は順番が決まってると違うにゃん?』
『決まってるよ、でもね、王宮を武力で制圧して即位するってやり方もあるんだよ』
『にゃあ、革命権にゃんね、前にハリエット様に聞いたにゃん』
『そう、王位継承権を持つものにはその権利、革命権が保証されてる、ただし王や他の継承者の殺害はご法度、他にもいろいろ作法があるらしいね』
『暗殺はOKにゃん?』
『ダメに決まってるけど、証拠が無ければどうしようもないね』
『だからって子供を狙うにゃん?』
『継承権保持者はなるべく少ないほうがいいと考えてる人間がいるのかもね』
『ハリエット様はともかく、姫様が軍隊を率いて王宮を占拠とかないと思うにゃん』
『例えば、有力な貴族が第一王女を大将にして攻め込む可能性はないとは言えないわけで、将来の面倒ごとの種を潰しに掛かったとかかな?』
『カズキは姫様が狙われていたのは知っていたにゃん?』
『いや、その情報は無かったよ』
『出発直前に近衛の守護騎士と上級貴族の側仕えを引き上げさせて、代わりに第三軍の騎士見習いと下級貴族の娘ひとりを側仕えにしたのに誰も変に思わなかったにゃんね』
『現場の人間なんてそんなモノだよ、下手な報告を上げたら首が飛ぶからね、辞令の書類に不備が無ければ通すよ』
『お役所仕事にゃんね』
『ボクだってそうするよ、マコトには冷たいと思われるかも知れないけど王族が何人死のうとこっちには関係ないからね、とばっちりで家族が傷付いたら困るんだよ』
『にゃあ、それはオレもわかるにゃん』
オレだって他所のお家騒動に首を突っ込むつもりはない。
『アーヴィン様もボクのスタンスはご存知だから、最初から協力を得られるとは思ってないんじゃないかな?』
『にゃあ、そうにゃんね』
実際、オレに連絡してきたわけだし。
『陞爵の使者を口実にマコトのところに第一王女を寄越したこと自体は陰謀でもないんだよね』
『にゃあ、そうにゃん、王様も了承してるはずにゃん』
『第一王女を使者に仕立ててマコトのところに寄越したのは、何か別に思惑があるということだよね、つまりハリエット様と同じとか?』
『だいたい正解にゃん』
『王族を殺すのは呪いか毒殺ってのが相場だからね』
『にゃあ、今回は時限式の魔法とセットの毒と彫像病が発症する呪いにゃん』
『彫像病は王族の家系病だから偽装にはピッタリな魔法なわけだ』
『家系病にゃん?』
『いまの国王は六人兄弟で三人が彫像病で亡くなってるよ、第一王女の腹違いの兄もふたり亡くなってるはずだ、噂では王太子も発症してるとか』
『エーテル器官を治せる治癒師は王宮にいないにゃん?』
『ボクが知る限り治せるのはマコトだけだよ』
『にゃー』
『後でボクの家族も診て貰っていい?』
『いいにゃんよ、でもオレのホテルに泊まってベッドで寝るか風呂に入れば、彫像病程度のわかりやすいエーテル器官のエラーは自動修正されるにゃん、だからクリステル様とフリーダは問題ないはずにゃんよ』
『わかった、息子もなるべく早く帰省させるよ』
『プリンキピウムのホテルでも同じにゃん、あっちは若返りはない以外は同じにゃん、その代わり死んでなければ大概治る医務室を完備してるにゃん』
『家臣とその家族も順番に泊まらせるよ』
『にゃあ、予約のことはそれぞれの総支配人に相談して欲しいにゃん』
『わかったよ』
『にゃあ、カズキにもう一つ聞きたいことがあるにゃん、州政府の組織ってどうすればいいにゃん?』
『家臣団の役職はそれぞれの領主に任されてるから、アガサに聞きながら決めればいいと思うよ』
『カズキのところはどうしてるにゃん?』
『うろ覚えの日本の役所のそれをパクった感じかな』
『にゃあ、役所はオレもうろ覚え過ぎるにゃん』
『必要になったら増やせばいいんだよ、最初は最低限の窓口があればいいんじゃないかな?』
『にゃあ、そうさせてもらうにゃん』
『マコトは、姫様を見捨てられないと思うから一つアドバイスしておくよ、姫様を王宮に戻したら確実に殺されると思った方がいい』
『にゃあ、だからオレのところに預けると言ってるにゃんね』
『二年前、王弟のひとりが急死している』
『にゃあ、ハリエット様の父君にゃんね』
『そう、ハリエット様や姫様と同じ手を使ったのかもね、その辺りはボクよりもアーヴィン様が詳しいはずだよ』
『後で聞いてみるにゃん』
『もし王宮のゴタゴタが片付きそうに無かったら姫様を亡命させるのがいいかな』
『亡命にゃん?』
『フレデリカ王女の母君アイリーン第二王妃は隣国ケントルムの第一王女なんだ』
『にゃあ、それでケントルムに亡命にゃん?』
『そう、それで王位継承権を喪失するから、狙われることは無くなるよ』
『最悪そうすればいいにゃんね、代わりに国同士がこじれそうにゃん』
『殺されるよりは、まだマシだよ』
『それは言えるにゃんね、可愛い孫娘を殺されたら普通は怒るにゃん』
『あっちには国境の大トンネル付近にアナトリ系の大貴族もいるから、攻め込むいい口実だよ、それともマコトが姫様を大将にして王宮に攻め込むかい?』
『にゃあ、そんな面倒なことは嫌にゃん、でもハリエット様や姫様に毒を盛ったヤツには一発パンチを入れるにゃん』
『それぐらいはいいんじゃないかな、相手が宮廷魔導師なら身分はマコトが上だから問題ないし』
『にゃ、犯人は宮廷魔導師にゃん?』
『あー、しまった口が滑った』
『にゃあ、棒読みにゃん、犯人に心当たりがあるにゃん?』
『時限魔法と毒って宮廷魔導師の暗殺の手段の一つなんだよ、全体のどれ位が知ってるかはわからないけどね、実行犯はまず間違いないんじゃないかな』
『にゃあ、暗殺の手段は他にないにゃん?』
『時限魔法で魔力をエーテル器官に流し込んで心不全とか地味なのが多いかな、とにかく奴らの特徴は時限魔法を使う点だね』
『遠距離系はないにゃん?』
『式神を使う方法があるよ』
『にゃあ、式神にはオレも狙われたにゃん』
『へえ、コストが掛かりすぎるから普通は使わないのにね』
『幾らぐらい掛かるにゃん?』
『一回の攻撃に大金貨二~三〇〇枚てとこじゃないかな、それに魔導師が最低でも五人は必要なはず』
『にゃあ、カズキは何で知ってるにゃん?』
『ボクも何度か狙われたことがあるんだよ、術者をブチのめして全部情報を奪って魔法を使えなくしてやった』
『にゃ、魔法を使えなくするってカズキはどうやるにゃん?』
『エーテル器官を潰すんだよ』
『にゃあ、それって大丈夫にゃん?』
『ボクたちの世界では無かったものだから問題ないよ、むしろ魔法以外には害になりこそすれ、役に立たないんだから』
『エーテル器官が無いと通常の治癒魔法が効かなくなるにゃんよ』
『えっ、そうなの?』
『にゃあ、魔法を使えなくするにはエーテル器官の魔力の変換効率を下げればいいにゃん、体内のマナを消費するだけで魔法は発動しなくなるにゃん』
『普通そんな細かいことはできないよ、ボクだってエーテル器官の魔法式なんて読み取れないし』
『にゃあ、そこは経験と勘にゃん』
『それで出来るなら苦労しないよ、とにかくマコトはもう巻き込まれ確定だから上手く立ち回るんだよ』
『にゃあ、なるべく穏便にことを運びたいにゃん、間違っても王宮に攻め込むのは嫌にゃん』
『第一王女を女王にしてマコトが摂政になって、見せしめに反抗的な大貴族を二、三攻め滅ぼせば王国の実権は握れるよ』
『にゃあ、あのおっかない近衛軍の騎士を相手とか嫌にゃん』
オレの魔法が上回ったとしても全然勝てる気がしない。
『近衛の騎士か、あいつらが絡むとろくなことにならないから、領地に入れないのがお勧めだよ』
『入るな! で済むにゃん?』
『普通は無理だけど、マコトは辺境伯だから実力で突っぱねることはできるよ』
『力を使うと反撃されそうにゃん』
『殺すのはマズいけど、それ以外はどうとでも構わないよ、ヤツらは脳筋の体育会系だから強者のいうことには従うはずだよ』
『にゃあ、それって一回は戦ってることが前提と違うにゃん?』
『脳筋は身体に刻み込まないと理解しないからそこは必要経費だと思って割り切って頂きたい』
『わかったにゃん、参考にさせて貰うにゃん』
たぶん一回でも戦ったら、こっちが負けるまで何度でも再戦を挑まれそうだ。
『マコトが王宮に干渉しないなら、姫様を亡命させる以外の手はないのかもね』
『黒幕が見付からない以上、そうかもしれないにゃん』
『不思議なのは、黒幕は王族もしくはそれに近い実力者になるんだけど、該当者がいないんだよね』
『そうにゃん?』
『ロイヤルファミリーは善人そろいだからね、だからボクにも黒幕の見当が付かないんだよね』
『にゃあ、善人なのはいいことにゃん』
『ロイヤルファミリー全員をターゲットにしてるのかもね、黒幕は内戦でも起こしたいのかな』
『ただでさえ人が少ないのに内戦なんかやったら王国が壊れるにゃんよ』
『それに禁呪か、人をグールにするとか、それにも黒幕が絡んでたらヤバいよね』
『別人でも十分ヤバいにゃん、少なくとも大規模な禁呪に関してはカズキも知らん振りはできないにゃんよ』
『わかってるよ、ボクもやる時はやるから』
『頼りにしてるにゃん』
『ああ、それと騎士見習いのお風呂画像よろしく』
『にゃ』
最後にズッコケそうになった。
○帝国暦 二七三〇年〇九月十七日
朝になってフレデリカ第一王女の手を引いて側仕えのイライザが寝室から出て来た。
今朝の姫様は白いドレスだった。
「ここはどこ?」
イライザに問い掛けるフレデリカ王女。
まだちょっと眠そうな様子だが、昨日の様な不健康な感じはない。
「ここはアルボラ州の境界門近くの野営地で、辺境伯のマコト様のロッジの中です」
「マコトさま?」
首を傾げる姫様。
「にゃあ、お初にお目にかかるにゃん、オレがマコトにゃん」
姫様の前に立った。
「ネコちゃん?」
眠そうだった目が見開かれた。
「にゃあ」
「すごい、ネコちゃんだ!」
いきなり駆け寄って抱き着かれた。
「マコトは、相変わらずちっちゃい子にはモテモテだね」
リーリがオレの頭に着地する。
「そうにゃんね」
オレは異世界の幼児に好感度が高いにゃん。
「ようせいさん?」
姫様がオレの頭の上で仁王立ちのリーリに気付いた。
「あたしはリーリだよ!」
「すごーい!」
「姫様、マコト様と妖精さんにご挨拶をお忘れですよ」
イライザが優しくアドバイスする。
「コンスタンティン2せいのだいいちおうじょフレデリカ、5さいです」
ペコリとお辞儀する。
「にゃあ、マコト・アマノ、六歳にゃん」
「ネコちゃんはろくさい?」
「にゃあ」
三九歳のことは忘れたにゃん。
朝食にサンドイッチを出した。
既に少女騎士たちは先に食べてロッジの周囲を警戒している。
カズキの勢力圏内で姫様に危害を加えるのは無理なわけだが、彼女たちのやる気に水を差すこともないだろう。
カズキにはお風呂映像を送ってるので、しっかり働いてるはずだ。元の世界なら全国ニュースものだ。
「にゃあ、今日の夕方までにはオパルスに入るにゃん」
「昨日の様な速度は出さないのだな?」
アーヴィン様は昨日の速度を期待してるみたいだ。
「にゃあ、街道が混んでるので無理にゃん」
「そうであるな、それにアルボラで有れば、そこまで速度を出す必要はないか」
アーヴィン様はサンドイッチをガツガツ平らげて行く。
「美味しいね」
「でしょう」
姫様とリーリも負けずと詰め込む。
「にゃあ、ミルクも飲むにゃん」
「美味しいね」
マグカップで牛乳を飲んだ後の白い髭をイライザが横からサッと拭いた。
「これは魔法牛のミルクではないのか?」
アーヴィン様は味の違いに気付いた。
「にゃあ、オレたちが飼ってるマダラウシのミルクにゃん」
「マコトはマダラウシを飼っているのであるか?」
「にゃあ、他にクロウシとカッショクタンカクギュウもいるにゃん」
「飼いならしたのであるか?」
「にゃあ、まったく慣れてないにゃん、人間を見付けたら食べようとするにゃん」
「野生のままであるな」
「にゃあ、でもちゃんと健康管理をしてるから美味しい肉が獲れる予定にゃん」
酪農ほど手間を掛けてないわけだが。
「早く食べたいね」
リーリはいい笑顔をオレに向けた。
○アルボラ州 アルボラ街道
姫様の朝食が終わったところで、オレたちは六頭立ての馬車に乗り換えて野営地を出発した。
途中から猫耳たちの乗ったジープが合流して馬車の前後を固める。街道は思ってた以上に空いていたので速度を上げた。
カズキが守備隊に命じて交通規制を掛けてくれたおかげだ。昨夜渡した映像分は働いてくれてるようだ。
「ネコちゃんがへんきょうはくなの?」
「そうにゃん」
「えらいね」
姫様に頭を撫でられる。
「にゃあ」
フレデリカ第一王女に抱き着かれたままなので御者は猫耳たちに任せてある。
姫様は乗り物酔いの対策もほどこしたのですこぶる体調はいいみたいだ。それ以前にオレの馬車はほとんど揺れない。
「わああ」
姫様はオープンデッキの馬車が珍しいのかオレにくっついたまま外を眺める。
それから人をダメにするクッションに埋もれて遊ぶ。オレも付き合わされてるわけだが一緒に楽しく遊んでしまう。
「こうしてみるとネコちゃんは普通の六歳の女の子よね」
「そうですね」
キャサリンとエラに暖かな眼差しを送られる。
何の問題もなく予定どおり夕方にオパルスの門に到着した。




