アポリト脱出にゃん
逢魔が時の荒れ果てた街道を突っ走る六頭立ての馬車。魔獣に逢ったところで馬車の防御結界にぶち当たったら数十メートルは跳ね飛ばす勢いだ。
速度は新幹線に迫るまでに上がり散発的にグールとオーガが近づくが馬車の勢いに跳ね飛ばされるか驚いて逃げてしまう。
「マコト、フレデリカ様は大丈夫であるか?」
アーヴィン様が心配そうに後方のカーペット席を見る。
フレデリカ王女は、オレ愛用の人をダメにするクッションに身体を沈めて眠ってる。
「にゃあ、健康な人間だって馬車での長旅はキツいにゃんよ」
「そうであるな」
「いまのところ安定した状態にゃん、もうちょっと調べないと正確なところはわからないにゃん」
眠ってるフレデリカをサーチして呪いの洗い出しをやってる。呪いはオリエーンス連邦のモノがベースらしい。
悪いモノは大概オリエーンス連邦時代のモノだったりする。ヤバいものほどしっかり保管されていたっぽいにゃん。
王都の魔法大学か王宮辺りが怪しいか。
鍵が失われた魔法大学の図書館の他にも王宮には厳重な封印結界が施された封印図書館なるものが存在するらしい。
元宮廷魔導師だったカトリーヌの記憶が元ネタだから間違いない。この辺りからオリエーンス連邦時代の知識が悪用される可能性がある。
大公国やアポリトにもそのイカれた知識は残されていたし。歴史のあるところは要注意だ。
「マコトがいるんだから大丈夫じゃないの?」
リーリは妖精らしく楽観的だ。それでも適当に言ってるわけではないみたいだが。
「にゃあ、馬車はオレと猫耳たちがいれば大丈夫だからアーヴィン様たちは休んでていいにゃんよ」
「そうであるな、先程はちと暴れすぎてくたびれた」
肩を回すアーヴィン・オルホフ侯爵。強い魔力のせいで四〇代でとおりそうな若々しさだが実年齢は六〇を超えてるだけあってそれなりに疲労していた。
あくまでそれなりなのがスゴい。
「にゃあ、キャサリンとエラそれに騎士の人たちも休むといいにゃん」
「我々もですか?」
リーダー格の金髪の娘が答える。
「いえ、結構です、我々はこのままフレデリカ様をお守りいたします」
その隣にいた黒髪でポニーテールの娘がきっぱり断った。
「でも、あなたたちもさっきの戦いでボロボロでしょう?」
「休息も仕事のウチです」
キャサリンとエラは座り込んでプロテクターを格納する。
「ですが」
そういいつつも疲労困憊なのは魔法を使わなくてもわかる。
「力が入ってるのはわかるが、それでヘマをしたらここの領主にも迷惑を掛けることになるぞ」
アーヴィン様の言葉にハッとする騎士たち。
「「「失礼しました」」」
「にゃあ、気にしなくていいにゃんよ」
王家の人間の安全はその地の領主の責任にもなるので、護衛に関しては大概は騎士団側が譲歩するのが慣例になってるようだ。
猫耳たちが五人に毛布を分ける。
「「ウオッシュにゃん」」
猫耳たちが騎士たちにウオッシュを掛ける。
汗や泥やグールの血で汚れた甲冑や衣服が綺麗になった。
「あぅ」
バタリとひとり倒れた。他の四人と比べるとちっこい御者をやってた娘だ。
「緊張が解けて気力も尽きた感じにゃんね、そのまま寝かせてやるといいにゃん」
残りの四人は辛うじて立ってる感じだ。
「騎士たちもまずは休むにゃん」
「「「は、はい」」」
四人は毛布にくるまって座り込んだ。
その横ではアーヴィン様一行が転がってる。こちらは自前の毛布にくるまって一足先に夢の中に旅立っていた。
フレデリカの側仕えのメイドさんも人をダメにするソファーの横で撃沈していた。この娘もかなり疲労していた。毛布を掛ける。
それから猫耳たちが全員に治癒魔法を使った。残りの人たちにもウォッシュを掛けた。
「にゃあ、もっと加速するにゃん」
「「にゃあ!」」
オレと猫耳たちの魔法も加わって馬車は更に速度を上げた。
○アポリト州 アルボラ州 境界門
日が完全に暮れたところで馬車はアルボラとの境界門に到着した。
「アーヴィン・オルホフ侯爵様、マコト・アマノ辺境伯様に敬礼!」
カズキから連絡が行っていたらしく守備隊に敬礼で迎えられた。
「にゃあ、お疲れにゃん、またグールとオーガが増えてるにゃん、境界門は越えないと思うけど気を付けるにゃん」
「了解であります」
「にゃあ、今夜はそこの野営地を借りるにゃん」
境界門脇の野営地を指差す。
「どうぞお使い下さい」
「それとフレデリカ第一王女殿下を無事に救出したと領主様に伝えて欲しいにゃん」
「フレデリカ第一王女殿下でございますか?」
「にゃあ、そうにゃん」
「かしこまりました!」
守備隊の隊長が詰め所に飛んで行った。
○アルボラ州 境界門前 野営地 ロッジ
野営地に馬車を乗り入れロッジを再生する。今回は人数が多いので一回り大きいのを作った。
他に客もいないから問題なしだ。
仮眠して元気を取り戻した少女騎士たちからロッジの前で改めて挨拶を受けた。
「私は第三騎士団研修生シャルロット・アシュフォードと申します」
彼女が騎士たちのリーダーを務める金髪の娘から自己紹介してもらう。シャルロットはキャリーと同い年ぐらいだが大人びたプロポーションだった。
アシュフォード家は王都在住の法衣貴族らしい。家の格は中級で騎士団の中では下から数えた方が早い。
このムダ知識は元アール・ブルーマー男爵のものだ。商売のネタにするつもりだったのか貴族の情報はかなり豊富だ。
「同じくクリスティーナ・バーネットと申します」
こちらは銀髪のスレンダーなお嬢さんだ。物静かな感じだ。無口系キャラか。バーネット家は国王派貴族の小領主でクリスティーナはそこの三女だった。
「同じくエレオノーラ・ベルナップと申します」
茶髪の娘は冒険者ギルド向きのおっぱいを持っていた。どことなくエロっぽいがいまのオレには関係ない。
ベルナップ家は国王派領主の分家で騎士の称号を持ってる。エレオノーラはそこの長女になる。
「同じくユージニア・バートウィッスルと申します」
こちらは黒髪ポニーテール。それと涼し気な眼差し。これで眼鏡を掛けてたら委員長だったのに惜しい。やはり彼女がサブリーダーだった。
バートウィッスル家は法衣貴族だが下級で本来は身分的に騎士団に入ることはできないが優秀なため特待生的な扱いらしい。研修生から正式な団員になるのは難しいようだ。
「グリゼルダ・ボスフェルトと申します。所属は第三騎士団ですが魔法使いです」
御者をしていた青い髪の娘だ。他の四人より小さくて幼く見える。魔力があると年下に見えるのはこの世界の理だ。
彼女も下級法衣貴族の出だ。魔法使いは建前では身分は無関係とされてるが、下級法衣貴族の出がギリギリだ。
いずれも正式な団員ではなく研修生か。王族の護衛が研修生というのも有り得ないわけだが、誰も止めることなく送り出されたのがスゴい。黒幕側の準備万端さが伺える。なんでオレを巻き込む方向なのかは謎だが。
「にゃあ、オレはマコト・アマノにゃん」
「マコト様の救援、感謝いたします」
シャルロットが礼を述べる。
「にゃあ、オレの領地の不始末にゃん、だから気にしなくていいにゃん」
「領地ですか?」
「にゃあ」
「ここにいるマコトがアポリト州の領主だが、知らないのも無理はないか」
アーヴィンの言葉に固まる少女騎士たち。守備隊が敬礼をしたときはまだ寝ぼけた状態だったから気が付かなかったようだ。
「「「し、失礼しました!」」」
「にゃあ、まだ成り立てなので領主と言われてもピンと来ないにゃん」
領地が微妙過ぎて有り難みもいまひとつだけどな。
「あたしはリーリだよ!」
リーリがオレの頭の上から挨拶した。
「「「妖精さん!?」」」
騎士たちは歳相応の可愛い表情を浮かべた。
肝心のフレデリカ第一王女はずっと眠ったままだ。眠ったまま馬車から降ろされ、いまもソファーで眠ってる。
呪いそのものが原因ではないが憂いは早く取り除くべきか。
「にゃあ、まずは姫様を治療するにゃん」
「「「治療ですか?」」」
第三騎士団の五人は声をそろえた。
「にゃあ、聞いてないにゃん?」
「何も聞いてはいません、フレデリカ様は何処かお加減が悪いのですか?」
シャルロットが代表して発言する。
「呪いにゃん」
「まったく気が付きませんでした」
魔法使いのグリゼルダがフレデリカを見る。
「にゃあ、この手の呪いは見付けるのは難しいにゃん、気が付かないのが普通にゃん」
わかるのは宮廷魔導師でも上位の者ぐらいだ。実際に発見したのも宮廷魔導師だ。もしかしたらマリオンだろうか?
「マコト、姫様に掛けられた呪いの詳細はわかったのであるか?」
アーヴィン様も詳細は知らないらしい。
「オレの見立てだと呪いは姫様のエーテル器官に刻まれてるにゃん、間違いなく二年以内に彫像病を発症するにゃん」
「本当であるか!?」
アーヴィン様が身を乗り出した。
「にゃあ、まず間違いないにゃん、それともう一つ問題があるにゃん」
「「「他にも!?」」」
この場の全員が声を揃えた。
「にゃあ、フレデリカ様の体内に毒が仕込まれているにゃん、危なく見落とすところだったにゃん」
「吾輩も聞いてはおらぬが、姫様の身体に毒であるか!?」
「にゃあ、これは二週間後に効果が解放される時限魔法が併せて使われてるにゃん、こっちも間違いなく魔法使いの仕業にゃん」
「マコトはその毒を除去できるか?」
「にゃあ、もちろん可能にゃん、エーテル器官の呪いも解除するにゃん」
「では直ぐに実行してもらいたい」
「わかったにゃん、それと今後のために毒は問答無用で身体の外に出る様にするにゃんね」
「頼む、出来れば物理的な攻撃も排除してもらいたいのだが可能であろうか?」
「にゃあ、それはエーテル器官の調整だけでは無理にゃん」
「そうであろうな」
「でも、アーヴィン様の魔法馬と同じ手法を使うなら、馬の防御結界をそのまま流用できるにゃん」
「なるほどあれは強力である」
「魔法馬のいいところは、そのまま乗って逃げられるところにゃんね」
「姫様ならそれが正解であろう」
「にゃあ、頑張れば魔獣からだって逃げ切れるにゃん」
「マコトの実証済みであるか?」
「にゃあ、オレは魔獣から逃げたりしないにゃんよ」
「そうであったな」
「「「魔獣!?」」」
第三騎士団の五人が声を上げた。
「内緒にゃんよ」
アーヴィン様の手を借りてフレデリカ第一王女を寝室に連れて来た。
「にゃあ、出来れば治療の同席は遠慮して頂きたいにゃん」
「姫様の側仕えの私でもダメなのでしょうか?」
まだ顔色の悪いメイドさんが弱々しく訴えかけて来る。
「にゃあ、ちゃんとご飯を食べてないにゃんね」
「すいません、時間が無くて」
「ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ!」
「あぅ、すいません」
妖精に説教されて涙を流してしまうメイドさん。
「にゃあ、五歳の姫様の面倒を一人で見てるんだからそこは仕方ないにゃんね、でも自分の体調管理も仕事のうちにゃんよ」
オレ特製の栄養ドリンクを出して渡した。
「いま、これを飲んだら立ち会ってもいいにゃん」
「いまですか?」
「にゃあ」
「わかりました、失礼します」
オレの渡した栄養ドリンクに口を付けた。
「マコト、あたしにも」
リーリがオレのセーラー服の袖を引っ張った。
「にゃあ」
欲しがりのリーリにも栄養ドリンクを出してやる。
妖精にカロリーの追加が必要かは疑問だが。
「ところで姫様の側仕え殿、我輩に名前を教えてもらえないだろうか?」
「し、失礼いたしました、イライザ・ベケットと申します」
慌てて自己紹介とお辞儀をする。
ベケット家も王都の下級法衣貴族だ。
「イライザにゃんね、調子はどうにゃん?」
「はい、息苦しさとだるさが消えて楽になりました」
「にゃあ、これからは気を付けるにゃんよ」
「はい」
若いだけ有って直ぐにシャキッとした。
「にゃあ、始めるにゃん」
アーヴィン様も動こうとしない。
「吾輩の同席も頼む」
「にゃあ、わかったにゃん」
「呪いが飛び出すことが有るから気を付けてね」
栄養ドリンクを飲み干したリーリがオレに代わって説明してくれた。
「まずは毒の除去とエーテル器官の修正を行うにゃん、時限魔法は形だけ動作した形跡が残る様にしてもいいにゃんよ」
「誰の仕業かまでは追えぬか?」
「今回はリモートしてるわけじゃないから無理にゃん、ただ仕込んだのが毒薬のエキスパートと凄腕の魔法使いなのは間違いないにゃんね」
「いずれも王宮にはたくさんいる人材であるな、ハリエット様に仕掛けたヤツとは同一人物ではないのか?」
「似てはいるけど違ってるにゃん、ハリエット様に悪さしたヤツは呪い返しを受けてるからフレデリカ様にちょっかいを出してる余裕は無いはずにゃん」
「他の魔導師であるか」
「もし宮廷魔導師なら、もっと人の役に立つことにその腕を使って欲しいにゃんね」
「まったくである」
アーヴィン様と話しながら治療の下準備を終えた。猫耳たちも二重三重に結界を張って内外からの干渉をシャットアウトする。
「にゃあ、では始めるにゃん」
アーヴィン様がうなずいたので姫様の治療を開始する。
「にゃあ」
治癒の光で寝室を満たす。
まずは毒の無力化だ。何の痕跡も残さず心臓を止めるただそれだけの毒だ。じっくり姫様の身体をサーチしなかったら見落としていたかもしれない。
エーテル器官に直接作用する毒なんて現代のモノじゃないだろう? いまの時代はそこまで薬学が進歩していない。
毒のレシピもまたオリエーンス連邦の遺産だろうか?
考察は後回しにして毒をエーテルに分解する。これで無効化された。
続いてエーテル器官に刻まれた呪いの刻印を解く作業に入る。乱暴な言い方をすればエーテル器官をイジる技術も現代のものではない。
ニュルッと呪いの本体が姫様の身体から這い出してくる。
黒いサソリだ。形はサソリだが空中刻印に近い。魔法式の塊なわけだ。
素手で捕まえそのまま電撃で始末した。
「それが呪いであるか?」
「にゃあ」
呪いの本体を消し去りついでにエーテル器官のエラーも修正する。
呪いは呪いでもハリエットに撃ち込まれたのと違って純粋な魔法式だ。毒とはまったくの別系統だ。
リンクもされてないから呪い返しも不可能だ。
五歳の女の子に呪いに毒にグールに爆発とご丁寧な仕事をしてるわけだが、いったいどんな理由があってそこまでして暗殺しようとするのか?
王国軍のトップのハリエットを狙うのはわからないでもないが、第一王女とはいえ五歳児にそこまでする必要があるのだろうか?
相手の思惑は不明だが、姫様に降り掛かったすべての憂いを潰した。
「終わったにゃん」
眠ってるフレデリカの表情から苦しそうな影が消えた。主に疲労と馬車酔いが消えたことが大きいと思うが。
「首尾はどうであるか?」
「にゃあ、治療は成功にゃん、今日はこのまま休ませるといいにゃん」
「では、イライザそのように頼む」
アーヴィン様が控えている側仕えに指示した。
「かしこまりました」
「イライザはいつから姫様の側仕えをしてるにゃん?」
「実はこの旅からです」
確かにそんな感じのいっぱいいっぱいさだ。
「にゃあ、それはいきなりの大役にゃんね」
「はい、お城にも先月上がったばかりでして、有り得ないぐらいの出世だと女官長様も仰ってました」
下級法衣貴族の娘では有り得ない大抜擢になる。
ちらっとアーヴィン様を見た。
「女官長も既に拘束されている、第三騎士団も副団長が拘束されたそうである」
「にゃあ、大掛かりにゃんね」
「それだけ根が深いということである」
「にゃあ、王様の近辺は大丈夫にゃん?」
「宮廷魔導師が強力な防御結界を張ってるから問題あるまい、マコトの提供した聖魔石も使われているようだ」
「あれは売ったにゃんよ」
「それでもマコトが協力したことに変わりあるまい」
「にゃあ、黒幕はまだ誰かわからないにゃんね?」
「嫌疑を掛けられた宮廷魔導師も調査を始めたらしいが、結果が出るのはしばらく先になるであろう」
「そうにゃんね」
これ以上、オレを巻き込まないで欲しい。
「にゃあ、それとイライザに掛けられた呪いも解いておいたにゃんよ」
「私に呪いですか!?」
「これにゃん」
黒い蜘蛛を見せる。
「それが私の中にいたのですか?」
「そうにゃん」
エーテル器官ではなく単に体内に潜んでいただけなので簡単に取り出せた。
「どんな呪いであるか?」
「騎士団の魔法馬や馬車に掛けられた魔法と同じ種類のモノにゃん、姫様の毒とほぼ同じ時刻にドカンだったにゃん」
「ドカンですか!?」
目眩を起こしそうなイライザ。
「にゃあ、この呪いが掛けられたのはイライザがお城に上がってから旅に出るまでの間だったはずにゃん、その期間、身体に触れた魔法使いは居なかったにゃん?」
「お城に上がった際の身体検査の時だけだったと思いますが、魔導師様が触れられました」
「にゃあ、アーヴィン様、該当する魔導師の拘束の手配をお願いするにゃん」
「了解である」
本当に黒幕の一味だったとしてもトカゲのシッポだろうが、そうだとしても自由にさせる必要はない。
治療の後は夕食の準備に取り掛かる。騎士たちは遠慮したが、アーヴィン様に説得されてテーブルに着いた。
食べ始めたら止まらなかったけどな。




