行政代行官にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇九月十六日
○プリンキピウム街道 旧道
砦攻めをスケジュールに組み込んだせいで、結局オパルスまでの大半は魔法蟻の背中に乗ってトンネルを移動することになってしまった。それでも最後の行程は旧道の休憩所から何食わぬ顔でパステルピンクの猫耳ジープを並べて走り出す。
プリンキピウム出発時と同じく運転席と助手席はそれぞれ猫耳が乗り、先頭車の後部座席にはオレ、二号車にはビッキーとチャス、三号車にはシア、ニア、ノアの四歳児三人が分乗している。そしてリーリはオレの頭の上。
「偽装は完璧にゃん」
悦に入るオレ。
「誰も見てないのが惜しまれるにゃん」
「見てたらウチらがただじゃおかないにゃん」
「にゃあ、暴力で解決できるのは相手が格下のときだけにゃんよ」
「お館様より格上っているにゃん?」
「いないにゃんね、いるわけがないにゃん」
『『『にゃあ』』』
運転席と助手席の猫耳の意見に念話で同意の鳴き声がする。
「にゃあ、格は知らないけどオレより厄介な魔法使いは絶対にいるから気を付けるにゃんよ」
「王国の宮廷魔導師は間違いなく厄介にゃん」
「大公国の宮廷魔導師も厄介にゃん」
『『『にゃあ』』』
この世界の魔導師と付くヤカラはたいがい厄介だ。
「あと、近衛の騎士も厄介にゃんね、魔法も剣の腕もヤバいにゃん、前世では二〇人の仲間がひとりの騎士に一瞬でブチ殺されたにゃん」
先頭車の運転手を務めるモモは前世の思い出を語る。
「出来ることならオレもやり合いたくないにゃん」
「にゃあ、それとロロの記憶にあった三〇年前に現れた魔法使いにゃんね、あれはヤバいの一言にゃん」
助手席のアルが後ろを向く。
「そうにゃんね、間違いなくいちばん厄介な相手にゃん」
三〇年前では出会う可能性が高い。
○プリンキピウム街道
そこそこ飛ばせた旧道が終わって街道の合流地点からはいつものように馬車で混雑している道を行く。チビたちはそろって夢の中だ。
オレは、クッションに埋もれたまま念話で各拠点の点呼の後、ネオケラスの都市計画について猫耳たちと意見を交わし合った。
リーリはオレの頭に砂糖を撒き散らしながらドーナツを食べてる。
ネオケラスが一段落したらアポリトも何とかして大公国と安全な街道で結んでプロトポロスの騎士たちと交流しやすくするのもいいかもしれない。
○州都オパルス 城壁門
予想どおり午前中のうちにオパルスの城壁門に到着した。
「辺境伯様に敬礼!」
守備隊の面々が敬礼してくれた。プリンキピウムの守備隊よりシャキっとしてる。オレも後部座席から立ち上がって敬礼を返した。
続けて騎士団の出迎えを受ける。
「辺境伯様に礼!」
ガシャリと甲冑の音が響く。
オレやプリンキピウムの人たちの感覚だと他領地の領主って隣の県の知事さんぐらいのノリだったのだが、州都オパルスでは他国の元首的な扱いだ。
騎士団が警備でジープの車列の前後を固めてくれた。騎士に守られたパステルピンクのジープ三台が沿道の人々の注目を集める。
ハリエットの時はまったく恥ずかしくなかったが、いざ自分がその役になるとスゴく恥ずかしい。
二号車に乗ってるビッキーとチャスはおすまししてるが、三号車の四歳児たちは沿道の人たちに一生懸命に手を振っていた。サービス精神旺盛な幼児たちだ。リーリもオレの頭の上に立って手を振っていた。
「マコトはこれからどうするの?」
手を振るのにも飽きたリーリはオレの目の前でホバリング。
「にゃあ、まずはホテルに入ってチビたちを預けてオレは領主様と面会するために登城する予定にゃん」
「ホテルか、だったらまずはパフェだね」
リーリはラウンジのパフェからおなかに収めるつもりらしい。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 車寄せ
「「「お帰りなさいませ!」」」
ホテルの地下に作られた車寄せでは、支配人のアゼル・バーマンを始めとする従業員たちが出迎えてくれた。
「にゃあ、ただいまにゃん」
「カズキ様がラウンジでお待ちです」
アゼルから告げられる。
「にゃ、領主様が来てるにゃん?」
フットワークの軽い領主様だ。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル ラウンジ
「やあ、お疲れ」
ソファーにもたれていたカズキが立ち上がった。
「領主様がこんなところにいていいにゃん?」
「問題ないよ、オパルスのしかもマコトのホテルの中でボクをどうにかできる人間はいないと思うよ」
「それは、そうにゃんね」
転生者のカズキとオレのタッグだ、並の転生者では相手にならない。
「昔、ホテルで缶詰にされたときラウンジでネームを切ってたのを思い出すよ、いまにして思うと危ない人だよね」
エロ漫画のネームでは他の人に見られたら大変だ。
「Kaz★Pon!先生の作品の誕生秘話にゃんね」
「遠い昔の思い出だよ」
「オレにはそう昔じゃないにゃん」
「マコトの場合はそうか、向こうで死んだ日はそう変わらないのにこっちでの時差はなんだろうね」
「にゃあ、異世界だからとしか言えないにゃん」
「そうだよね」
オレの二つの情報体にも異世界からの転生はおとぎ話レベルのものしかなく、転生時の時差なんて事例が少ない情報については皆無だった。
「ジープに乗ってるんだね、あれもマコトが作ったの?」
「にゃあ、そうにゃん、馬よりスピードが出るからケラスでは本格的に切り替えるつもりにゃん」
「それはスゴいね」
「領主様だって、作ろうと思えば作れると違うにゃん?」
「時間を掛ければやってできないこともないけど、ボクは馬車が好きだから」
「だったら無理に魔法車を作る必要はないにゃんね」
魔法馬の馬車もかなり速くできるし。
「領主様にお土産にゃん」
カズキの格納空間に直接送る。
「毛皮、これってもしかして毛虫の毛皮かい?」
「にゃあ、流石に物知りにゃんね、そうにゃん毛虫の毛皮にゃん」
「いいの一〇枚も貰って」
「にゃあ、問題ないにゃん」
「お礼が遅れたけど、子供たちを助けてくれてありがとう、助かったよ」
誘拐された三人の子供たちのことだ。すでに猫耳が送り届けてある。
無論、一度死んだことは秘密だ。
「アルボラでも強い影響力のある家の子供たちだからね、州境を越えての討伐の計画も上がってたんだよ」
「にゃあ、実行していたらいくら盗賊相手でも大変なことになったにゃん」
「だろうね、人質がいるから砦ごとぶっ飛ばすわけにはいかないし、盗賊とは言え六〇〇人も居たらこれはもう戦争だよ」
「正面からまともにやりあったらそうにゃんね、あの辺りは毛虫も多いし、半端ない数の犠牲者が出たと思うにゃん」
「子供たちを助けて貰った三家はマコトにとても感謝してるよ」
「にゃあ、たまたま助けられただけにゃん、毎回上手く行くとは限らないにゃん」
「それはそれこれはこれだよ、それぞれから大金貨二〇枚ずつ預かってきたから渡しておくよ」
革袋をテーブルに置く。
「にゃあ、領主様に使い走りみたいな真似をさせて済まないにゃん」
「あの、いまはボクよりも辺境伯になったマコトが上なんだけど」
「そうにゃん?」
「少なくともこの国ではそう」
「にゃあ、オレは前から大公国の辺境伯にゃんよ」
「大公国と王国を一緒にしちゃダメだよ、とにかくボクのことは呼び捨てでいいよ」
「恩人の領主様をそう簡単に下僕にはできないにゃん」
「いや、下僕まで落とさなくていいから、普通の友だち感覚で」
「カズキにゃん? にゃああ、何か照れるにゃんね」
「マコト様、それでは困ります、下の者に示しが付きません」
「にゃ?」
見るからにキツい感じの二〇代半ばの女性だった。
黒い詰め襟の衣装には金の装飾がなされてる。
「ああ、来たね、紹介しようケラスの行政代行官アガサ・ボールディングくんだ。堅物だが非常に優秀だよ」
「王宮から派遣されてる人にゃんね、マコト・アマノにゃん、よろしくにゃん」
「マコト様、わたくしのことはアガサとお呼び下さい」
「アガサにゃんね」
「アガサが上司に楯突いてケラスに来なかったら、今頃は領地の体を成していなかったと思うよ」
「左遷されたにゃん?」
「わたくしはケラスを僻地とは思っておりません」
「それはどうにゃん?」
「ケラスに秘められたポテンシャルは、けっして小さくはありません」
「確かに土地も広いし面白そうではあるにゃんね」
「マコトなら楽しめると思うよ」
カズキも頷く。
「ところで交付金と行政代行官の派遣が廃止になったのと違うにゃん?」
ケラスの値引きの条件としてそう聞いたはず。
「交付金は廃止だよ、行政代行官のアガサは無期限の派遣になった、つまり王宮側はマコトに召し抱えてくれって言ってるんだよ」
「にゃあ、そうにゃん? オレから断る理由もないからいいにゃんよ、それでアガサはいいにゃん?」
「わたくしは問題ありません、受け入れていただきありがとうございます」
「ボクが言ったとおり、マコトは二つ返事で受け入れてくれたろう?」
「はい」
「にゃあ、立ち話も何なのでアガサも座るにゃん」
遠慮するアガサを椅子に座らせ、まずはケラスで早急に解決すべき問題を聞く。
「第一が砦の盗賊の問題です」
「あれ、アガサに言ってなかったっけ? 砦の盗賊はマコトが全員討伐したよ」
「にゃあ、もう砦もないにゃん」
「本当ですか?」
目を丸くするアガサ。
「本当だよ、ボクの部下からも報告が上がってるし、誘拐された子供たちも取り返してくれた。砦も間違いなく消滅してる」
「かしこまりました。では第二の問題ですが既に予算が底を突いて、数年前から小麦の買入れができない状態になっております」
「小麦はオレのところにあるからそれを回すにゃん」
「マコト様がお持ちなんですか?」
「にゃあ、カズキのところのアルボラ州政府とベイクウェル商会に売ってるにゃん、それと大公国側からも流通させてるにゃんよ」
「そう、今月は全体の三割ほどマコトのところから安く売って貰ってるよ」
「かしこまりました、それであれば問題ありません」
「他に何かあるにゃん?」
「第三は街道の治安の悪化です、特に有害な大型の虫が増加して孤立化した集落が幾つかあります」
「にゃあ、それは街道を整備しつつ虫どもを狩りまくるしかないにゃんね」
「これも冒険者を雇い入れる資金が有りません」
「オレのところの猫耳たちにやらせるから問題ないにゃん」
「マコトのところの猫耳の娘、いったい何人いるんだい? 今朝から冒険者ギルドに登録に押し寄せてるらしいじゃないか」
「にゃあ、一〇〇〇人を切るぐらいにゃん」
「一〇〇〇人ですか?」
「そうにゃん、どれも街道沿いの虫を狩るのは問題ない戦力にゃん」
「猫耳の娘たちは、もうケラスに入ってるんだろう?」
「にゃあ、先発隊があっちで盗賊の残党狩りとアルボラ州の州境とネオケラスまでの道を作ってるにゃん」
「道を作ってるんだ」
「にゃあ、暫くはオレたち専用だけどアルボラから直接ネオケラスに行ける様になるにゃん、それでもここからだとプリンキピウムまでの三倍の距離があるにゃんね」
「それでもこれまでの王都周りよりはマシだよ」
「ええ、治安の悪い近道を通っても一ヶ月半は掛かります」
「マコトがいればケラスもまともになりそうだね」
「そう願いたいにゃん」
「わたくしの仕事は無さそうですね」
「にゃあ、アガサには王宮と喧嘩にならないように調整役をやって欲しいにゃん」
「そちらはお任せください、後は王国軍の対策が出来れば当面の大きな問題はございません
「にゃあ、今年も演習があるにゃん?」
「はい、去年に引き続きまた大演習が予定されています」
「王国軍は何で問題を起こす演習を性懲りもなく続けてるにゃん?」
「王命らしいよ」
「わたくしもそう聞いています」
「にゃあ、それでろくに金もないのに続けていたにゃんね」
「そうです、そのために毎回補給を受けられず飢えた兵士による略奪が発生していました、今回も十分に予想されます」
誰かがわざと王国軍の足を引っ張っていたにしてもハリエットたち上層部が未然に防げなかったのも事実だ。無い袖は振れないにゃんね。
「補給に関しては大丈夫にゃん、いまの王国軍は貧乏集団では無くなってるにゃん」
「そうなのですか?」
「マコトが資金提供してるからね、アガサも噂には聞いているだろう?」
「はい、噂程度には伺っております」
「マコトが所有してる財産はかなり多いよ」
「本当ですか?」
「たぶんボクより持ってる」
「カズキ様よりもですか?」
「だよね?」
「ノーコメントにゃん」
金に限っていえば確かにうなるほどあるが、外に出したら経済を崩壊させかねないので使うに使えない。
「にゃあ、それで王国軍はどれぐらい来る予定にゃん?」
「六~七万かと思います」
「補給についてはまず王国軍の演習担当者と話し合う必要があるにゃんね、こっちに寄越して欲しいにゃん」
「かしこまりました、連絡を取って先に来ていただきます」
ハリエットに念話を入れるのが手っ取り早いが、王国軍の組織が改革後ちゃんと機能してるか確かめてみたい。
「ああ、それだったら王国軍の関係者に近いうちに会えるよ、直接の担当者じゃないけどたぶん話はそっち経由の方が話が早いと思う」
「にゃ?」
「マコトも知ってるアーヴィン・オルホフ侯爵だよ、侯爵は王国軍に太いパイプを持ってるから、話はスムーズに進むんじゃないかな?」
「にゃあ、アーヴィン様が来るにゃんね、デリックのおっちゃんと激似でオレは衝撃を受けたにゃん」
「あの親子そんなに似てたかな?」
カズキは二人の顔を思い浮かべつつ首をひねった。
「デリックのおっちゃんの兄貴とも激似にゃんよ」
「そうだね」
パフェを食べるリーリがスプーンをせわしなく動かしながら同意した。
「マコト様はアーヴィン・オルホフ侯爵様とお知り合いなのですか?」
「にゃあ、ホテルに名前を貸して貰えるぐらいには仲良しにゃん」
「では、このホテルもマコト様の所有なのですか?」
「にゃあ、こことプリンキピウムのホテルがそうにゃん」
「あと子ブタ亭ね」
リーリが付け加える。
「マコト様は本当にお金持ちでいらっしゃるのですね」
「それ以上に何でも魔法で創り出せる点がマコトの強みかな」
「何でもですか?」
「現にこのホテルだってマコトの手作りなわけだし」
「ここもですか!?」
驚きすぎですよ、アガサさん。
『マコト! 我輩である!』
突然、話題になっていたアーヴィン様から念話が入った。もしかして何処か近くで聞いてたとか!?
『にゃあ、オレにゃん』
『済まないマコト、手を貸してくれないだろうか?』
念話でも切羽詰まってる感がうかがい知れた。
『いいにゃんよ、オレは何をすればいいにゃん?』
『いま、我々を取り囲んでいるグールとオーガをどうにかして貰えないだろか?』
『にゃ!? アーヴィン様、いま何処にいるにゃん!』
『アポリト州のアルボラ街道である』
『にゃあ、なんでそんなところにいるにゃん!?』
『ちょっとした事情があるのだ、マコトの魔法馬のおかげで何とか攻撃は防いでいるが何分、攻撃が上手く行かぬ』
『直ぐに行くにゃん!』
オレはソファーから立ち上がった。
「どうかしたの?」
カズキが目をパチクリさせる。
「にゃあ、アーヴィン様がアポリト州の街道でグールとオーガに囲まれて立ち往生してるにゃん」
「何だって!?」
「なぜ、そんなところに?」
カズキもアガサも驚きを隠せないようだ。
オレも同じだ。
「詳細は不明にゃん、オレは直ぐに助けに行くにゃん、詳しい話はまた後にゃん!」
「わかった」
「マコト、行くんだね」
「にゃあ」
急いでパフェをかき込んだリーリがオレの頭に飛び乗った。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 最上階
ラウンジにカズキとアガサを置いてオレとリーリはホテルの最上階に急いだ。
「聖魔法は使わないの?」
「にゃあ、距離が有り過ぎて聖魔法でぶっ飛ばすのは無理にゃん、それ以前にアーヴィン様たちがグールに近いと使えないにゃん」
下手をするとグールと一緒にアーヴィン様まで天に送ってしまう。
「にゃあ!」
ホテルの最上階のオレの部屋から外に飛び出した。
「「にゃあ、ウチらも行くにゃん!」」
ふたりの猫耳ホタルとミアがオレの後を追って飛び出した。
オレは再生したドラゴンゴーレムの背中に飛び乗った。
「「みゃあああ!」」
猫耳たちがそのまま落ちて行ったので風魔法で拾い上げた。
「死ぬかと思ったにゃん」
「にゃあ、まったくにゃん」
ホタルとミアはドラゴンゴーレムの背中で這いつくばる。
「何で飛翔魔法を使わないにゃん?」
「にゃ!?」
「にゃお、そうにゃん、ウチらとしたことが自分たちが飛べることを忘れてたにゃん」
「とにかく、行くにゃんよ!」
「「にゃあ!」」
ドラゴンゴーレムの速度を上げて一路アポリト州に向かった。




