新入りにゃん
○帝国暦 二七三〇年〇九月十五日
○ケラス州 ケラス州境拠点
日付が変わったところで、盗賊入りの箱を運び込んだ地下にあるケラス州境拠点に下りた。
こうして箱が整然と並んでいるのは圧巻だ。
「にゃあ、カロロス・ダリの記憶の精査、完了にゃん」
猫耳から報告を受けた。
「ご苦労にゃん」
既に調査結果は共有している。
「確認するにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが声を合わせた。
オレたちがカロロス・ダリから手に入れたのは人間が特異種化する瞬間の記憶。
いまだかつて公に記録されたことのない事象だ。
いまから三〇年前、カロロス・ダリはエクウス州で活動する平凡な巡回治癒師だった。
「エクウス州とは遠いにゃんね」
エクウス州はフルゲオ大公国から、はるか西北西にいくつかの州を挟んで位置する領地だ。
「にゃあ、領主は貴族派の重鎮で魔導具の生産が盛んで土地も豊かにゃん」
「いいところみたいにゃんね」
カロロス・ダリは当時、既に七〇を超えていたが、エクウス州内を巡回して治療にあたっていた。腕は平凡だったが、料金が安く気さくな人柄だったから多くの人に慕われていた。
「完全に別人にゃん」
州都アルゴから遠く離れた州境の村からの帰還が人としての最後の記憶になる。
その日、安物の魔法馬で竹林の小径を進んでいた。馬車は通れないが州都に抜ける近道だ。季節は初夏で時間は昼過ぎ、天候もよく心地良い風が竹の葉を鳴らしていた。
突然、魔法馬が停まった。
『どうした?』
カロロス・ダリの目の前には何もない。竹林の小径が続いてるだけだ。
しかし魔法馬は障害物を見付けたかのように動きを停めて歩こうとしない。老治癒師は馬を降りた。
「にゃあ、認識阻害にゃんね」
「カロロス・ダリは気付かなかったけど目の前に誰かいるにゃん」
カロロス・ダリ自身は認識できなかったが記憶には、その姿がおぼろげながら記録されていた。
「男にゃん?」
「それっぽいにゃんね」
「マントを羽織ってるにゃん」
「人間の魔法使いで間違いなさそうにゃん」
『……っ!』
カロロス・ダリは突然、激しい目眩に襲われ膝を着いた。
「魔法使いの仕業だったにゃんね」
エーテル器官を撃ち込まれた魔法式が書き換える。
「にゃお、これはオリエーンス連邦系の魔法にゃん」
先史文明の魔法だ。
『おおおおおおおっ!』
カロロス・ダリが自分の頭を掴んで絶叫する。
その額に第三の眼が現れる。
人間から特異種になった。それまでの人の良さそうな老人の顔に醜悪な笑みが浮かぶ。
『なるほど、成功するとこうなるわけか、しかし手間を掛けた割に成功したのが爺ひとりでは割が合わないどころではないな』
そうつぶやくと姿を隠したままの魔法使いは忽然と消えた。
「にゃお、魂を直にイジるとは驚きにゃん」
「調べなくても禁忌の魔法だってわかるにゃん」
「しかも、実験にゃん」
「にゃあ、リーリの精霊魔法みたいに全く系統が違う魔法ならヤバかったにゃんね、むしろこいつの魔法はオレたちに近いにゃん」
「お館様と同じ転生者にゃん?」
「いまのところ否定する材料はないにゃんね」
「オツムのイカれた転生者なんて相手にしたくないにゃん」
「「「にゃあ」」」
カロロス・ダリはその後、バイネス狩猟団を隠れ蓑に人の魔力を吸いながらその勢力をやりすぎない範囲で拡大させた。
「今回は陣取る場所を間違ったにゃんね」
「お館様の真の姿を知るものは少ないから仕方ないにゃん」
「にゃあ、まさか魔法で上回る人間が来るとは思ってなかったみたいにゃんね」
「おかげでいいデータが取れたにゃん」
「お館様、グールもオーガもそして吸精鬼カロロス・ダリも人工的に造られたことがはっきりしたにゃんね」
「そうにゃん、これで古い仕掛けが稼働したアポリトはともかく、ピガズィのグールは、何者かが近衛の騎士と犯罪奴隷から魔法で造り出した可能性が濃厚にゃん」
「にゃあ、カロロス・ダリを作った魔法使いの仕業にゃん?」
猫耳たちに質問されたが、オレもそこは何ともいえない。
「距離が離れてる上に三〇年も前の話だから、そのまま結びつけられないにしても何らかの繋がりはあるかもしれないにゃんね」
その後、カロロス・ダリを作り上げた魔法使いは、自分の作品には興味が無いらしく接触は一度もなかった。
カロロス・ダリ自身は魔法使いの存在を最初から認識していないから、再会も何もないし、それらしき人物に出遭ってもいない。魔法使いを何人も葬っているが、いずれも格下だ。
三〇年前の話なら後でカズキ辺りに聞いてみるか、イカレた魔法使いについて何か知ってるかもしれない。
領主様の性格だと自分にとって不利益にならない限りは関心を示さないから、あまり期待はできないかも。
「にゃあ、お館様、準備OKにゃん」
全数六三一人の魂の処理が終わる。肉体の準備も万全だ。
「始めるにゃん」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちの補助を受けながら磨きたての魂と作りたての身体を合わせる。
箱を消すと次々と裸の猫耳が目を覚まして身体を起こした。
かつて極悪非道と盗賊にさえ恐れられたバイネス狩猟団の面影は何処にもない可愛い猫耳の娘達だ。
「にゃあ、ウチらより澄んだ瞳をしてるにゃん」
「納得いかないなら、おまえらの魂ももう一度磨いてやるにゃんよ」
「にゃ、にゃあ、ちょっとした冗談にゃん」
後ずさる猫耳。
「「「にゃあ、お館様にゃん♪」」」
「にゃ!?」
裸のままの抱き着いてくる新入りの猫耳たちに揉みくちゃにされた。
「おまえら、まずは服を着るにゃん」
「「「にゃあ」」」
いそいそと服を着る。
「「「にゃあ、お館様♪」」」
今度は服を着た猫耳たちに抱き着かれて揉みくちゃにされた。
「にゃあ! ハグはひとりずつにゃん!」
「「「にゃあ♪」」」
何故か、全員の猫耳にハグされる事になった。
新入りたちとそのまま大広間で雑魚寝して朝を迎えた。
明日にはオパルスに入らなくてはならないから、ケラス州境拠点は今日中に仕上げておきたい。
魔法蟻も増産してケラス領内のトンネル網も充実させたい。プリンキピウムや研究拠点にも直通トンネルを掘りたい。
総延長がスゴいことになるが気にしない。魔法蟻たちもやる気まんまんだし。何度もバージョンアップを重ねて初めての頃とは比べ物にならないほど性能を上げてるので掘る速度も、造られるトンネルそのものの品質も大きく向上している。
朝食の後、新入りの猫耳たちは各地に散って行った。これでもまだ人手不足なほどオレたちの支配地域は拡大していた。
特に魔獣の森は研究拠点を中心に物理障壁を増設しながら都市の設置実験も開始されたので更に大きさを増している。これでネオケラスも本格的に稼働を開始すれば新たにリクルートする必要に迫られるだろう。
オレはバイネス狩猟団の元幹部連中に事情聴取する。
思考共有で大雑把なところはわかっているが細かな個人の記憶までは触れていないからだ。
ミーティングルームに呼んだのは、
元首領 アウローラ・バイネスのロー。
元第一軍団の団長 キリアン・カブレホのキー。
元第二軍団の団長 ゴルカ・ベイティアのルカ。
元第三軍団の団長 エルゲ・コルテスのエル。
そして元特異種 カロロス・ダリのロロ。
以上の五名だ。いずれも以前の面影はまったくない。可愛い猫耳の女の子になっている。我ながらスゴいの一言だ。
「お館様には、ウチらを救っていただき感謝にゃん、化物のまま生涯を終えずに済んだにゃん」
代表してローが礼を述べた。
「にゃあ、オレがやったのは贖罪のチャンスにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちは深くうなずいた。
「すべては、お館様のためにゃん!」
それからローが言葉を続けた。
「「「にゃあ!」」」
何故かこうなる。忠誠は誓って貰ってるがそれ以上の誘導はしてないにゃんよ。
「にゃあ、それで聞きたいのはアポリトのことにゃん」
「何でも聞いて欲しいにゃん」
そう言ったのは、第一軍団の団長キリアン・カブレホだったキーだ。正方形だったプロポーションの面影もない。
「アポリトでのグール発生について何か知ってたら教えて欲しいにゃん」
バイネス狩猟団は大公国の死霊事件が発生すると同時にアポリトから退避してるからグールの大発生自体には巻き込まれていない。
「グールの件なら、大発生の少し前から少数での発生が州内の各地で発生していたにゃん」
首領のアウローラ・バイネスだったローが答えた。
「グールの発生があったにゃんね?」
「にゃあ、一〇体程度の発生が頻繁に起こってかなりの数の領民が被害に遭ったはずにゃん」
「当時はそれで十分に大発生だったにゃん」
第二軍団の団長ゴルカ・ベイティアだったルカが付け加える。
「にゃあ、一〇体でもかなりの脅威なのはわかるにゃん」
一体なら冒険者が数で押せばなんとかなるが、一〇体が相手だとかなり絶望的な戦いになるだろう。
「アポリトは、犯罪ギルドに乗っ取られてるような土地柄だから、冒険者ギルドも大発生の頃までは粘らずに撤退してるにゃん」
元第三軍団の団長エルゲ・コルテスのエルは冒険者ギルドの動きもチェックしていたようだ。
「ウチらはさっさと拠点をケラスに移したにゃん、大発生に巻き込まれたヤツの大半は犯罪ギルドの人間か、そこの息の掛かった守備隊のヤツらにゃん」
そう答えたのは特異種のカロロス・ダリだったロロだ。特異種から猫耳に作り変えた。必要な素材がそろっていたから出来た荒業だ。
「にゃあ、ロロはアポリトのグール大発生に付いて何か知らないにゃん?」
「はっきりとはわからないにゃん、ただ何かしら仕掛けがされた場所はわかるにゃん」
「場所を特定したにゃん?」
「にゃあ,大発生の時に魔力が大きく動いたにゃん、アポリトはウチらの庭のようなものだから場所は直ぐにわかったにゃん」
「場所は何処にゃん?」
「アポリトの東に位置するレーグラ、副州都カンデイユ、南にあるリュンクス、北にあるフェーレスの四つの城塞都市にゃん」
「州都スプレームスは入ってないにゃん?」
「にゃあ、スプレームスは他に比べると新しい街にゃん、たぶんグール化の仕掛けが作られた時代には無かったにゃん」
「なるほどにゃん」
「ウチが思うに大公国と基本的に同じ仕掛けにゃん」
ロロが意見を述べた。
「確かアポリトの領主だったファビオ・カンデイユは、大公国の死霊の大発生前に関係していた可能性が強いにゃん」
「にゃあ、ファビオ・カンデイユは魔法使いとしては三流にゃん、複数の異なる遺跡を動かすなど能力的にまず無理にゃん」
「同じ仕掛けなら、それほど難しくは無いにゃんね」
「にゃあ、同じ仕掛けで大公国は死霊、アポリトはグールにオーガと使い分けられたにゃん」
「大公国とアポリトの現状を踏まえて設定したにゃんね、十分あり得るにゃん」
昼食後、オレはリーリを連れて中間拠点に向けて魔法蟻の背中に飛び乗った。
「なかなか実りのある旅だったね」
リーリは何気に満足そうだ。
「にゃあ、人員が確保出来たのは大きいにゃんね」
「ケラスって面白そうなところだよね」
「そうにゃん? 虫は多いけど」
「何か他とは違った空気だから、昔は何かあったのかもね?」
「先史文明のことにゃん?」
「たぶんね、いままで来たことが無かったから詳しいことはわからないけどね」
リーリの経歴も謎なのであった。
○州都オパルス プリンキピウム間 魔法蟻トンネル 中間拠点
「「「おやかたさま!」」」
夕方になって中間拠点の地下都市に到着した。チビたちが駆け寄って来る。
「にゃあ、待たせたにゃん」
チビたちはオレに抱きついて頬ずりする。
リーリはオレたちを置いて買い食いするのに飛んで行った。
移動は夕食の後になりそうだ。
地下都市のハンバーガーショップで、チビたちと夕食をとる。
「にゃあ、この街はどうにゃん?」
「「「おもしろい!」」」
チビたちが声をそろえた。
「はじめてみるまどうぐがいっぱいでした」
「そうにゃんね」
ビッキーはお姉さんだけあってしっかり観察していたようだ。レジスタだの冷蔵タイプのショーケースだのお店にはいっぱいある。
「まほうしゃがいっぱい!」
チャスも負けずに発表する。
「にゃあ、魔法馬より魔法車が多いにゃんね」
前世の軽自動車ぐらいの車両が多い。地下都市だからというのもあるだろう。
馬車はかさばるからね。
「きぞくさまもいっぱい」
次に手を挙げたのはシアだった。
「貴族様にゃん?」
立体映像の通行人のことだろうか? 言われてみれば皆んな小奇麗な格好をしてる。
「にゃあ、この街では普通の人にゃんよ」
立体映像なので人ではないけど。
「おみせのひとも?」
次に質問したのはニアだった。
「にゃあ、そうにゃんね、あっちも普通の人にゃん」
正確には立体映像の皮を被ったゴーレムだ。
「それを言ったら皆んなだって貴族様みたいにゃんよ」
「あたしたち?」
ノアが自分を指さした。
「にゃあ、皆んな貴族様に負けない綺麗な格好にゃん」
チビたち全員が着てるのは寄宿学校の夏の制服だ。これでもかってぐらい刻印てんこ盛りにしてあるので、そこいらの貴族ではまず手に入れるのは無理なお品だ。
「「「へえ」」」
「にゃあ、いい服を着ても偉くなったわけじゃないから、誤解しちゃダメにゃんよ」
チビたちにはやや難しい忠告をしてみる。
「「「はい」」」
いい返事をくれたが、本当にわかってるかどうかは不明だ。
将来、悪役令嬢みたいになると困るのでしっかり教え導きたい。どうせなら王子様なんてチンケなことを言わず自分で王国を興すぐらいの気概が欲しいにゃん。
店の外に出るとちゃんと夜空になっていた。しっかり青く光るオルビスも映し出されている。街灯も明るくていい。王都の外縁部よりも明るい。
何より街が賑わっていた。
はるか昔に滅んだ人たちの影がここに投影されている。立体映像とは言え行き交う人々の姿からはオリエーンス連邦がなぜ滅びたのか、まったく想像できない。滅びの前兆など少しも読み取れなかった。
歴史学者を連れて来たらこの光景だけで狂喜乱舞だろう。いまのところ見せるつもりはぜんぜんないけどな。
○プリンキピウム街道 旧道 簡易宿泊所
夕食の後は、おチビたちとリーリを連れて旧道に作った最も州都寄りの休憩所にトンネル経由で移動した。他のお客さんもいないのでそのまま宿泊する。
明日は午前中のうちに州都オパルスに入れそうだ。




