砦攻めにゃん
一〇〇年前に廃棄された砦はバイネス狩猟団第二軍団の魔法使いたちによって多少は復元されたみたいだ。
あちこち雨漏りがして階段や廊下が小川の様になっているが気にするヤツはいない。
○ケラス州 盗賊の砦 第二軍団区画 団長私室
魔法使い第二軍団長ゴルカ・ベイティアは不機嫌だった。痩せた体躯と神経質そうな眼差しそれに甲高い声のせいでいつもそう見えているが。
広い私室は床も壁も天井も石が剥き出しで寒々としている。それと何度ウォッシュを掛けても落とし切れない血の臭い。
「女が調達できないとはどういうことです?」
石の壁に甲高い声が響く。
「申し訳ございません、ケラス側は近くに村がなく、アルボラ側も警備が厳しく如何ともしがたく……」
「昨夜狩りに出た第三班の五人はいずれも武装商人に捕縛された模様です」
第二軍団の小隊長たちが報告する。
「ほう、また武装商人ですか? そろそろヤツらを間引く必要有りですね」
「根絶やしにしなくてよろしいのですか?」
「わざわざ敵を増やすような真似は不要でしょう。キリアンの岩石とアウローラ様には釘を刺して置かなくてはいけませんね」
「かしこまりました」
「あのふたりには私から伝えます。とにかく女です、おまえたちはいまから攫って来なさい」
「「「はっ」」」
小隊長たちが出て行こうとする。
「にゃあ、待つにゃん、女だったらここにひとりいるにゃんよ」
オレは認識阻害の結界をこの部屋の中だけ解いた。
「おや、子供ではないですか?」
「六歳にゃん、オレがおまえらと遊んでやってもいいにゃん」
「いったい何処から紛れ込んだのでしょうね?」
「にゃあ、見張りの人に挨拶して普通に入口から来たにゃん」
「そうですか、見張りが通したのなら納得です、しかし、残念ながら私は子供と遊ぶのは好きではないのです」
「そうにゃん?」
「だって、子供は直ぐに死んでしまうから楽しめません」
冷たい眼差しのまま口元を歪めて笑みを浮かべた。
「にゃあ、だったら試してみるといいにゃん?」
「そうですね、構いませんよ、どうせ退屈していたところです」
ゴルカ・ベイティアは、億劫そうに立ち上がった。
「まずは指を一本ずつへし折りますか?」
「いいにゃんよ」
「ふふ、まるでわかってませんね」
ゴルカ・ベイティアは空間干渉系の魔法を使った。
任意の座標のエーテルを操る力だ。
「ぎゃあああ!」
腕を押さえて悲鳴を上げたのは術者本人だった。
「な、何故、私の指が!?」
「にゃあ、おまえの魔法をオレがちょっとだけ弄ったにゃん」
「そ、そんなバカな!?」
「にゃあ、魔法としては面白いにゃんね、でももっと細やかな制御をした方が使い勝手がいいにゃんよ、例えばこんな感じにゃん」
折れた指の神経を直に刺激した。
「ぎゃあ! 待て、待って下さい! あなたはいったい何者です!?」
「にゃあ、オレはケラスの領主にゃん」
「領主!?」
「オレの領地で好き勝手をしてるヤツらがいると聞いて退治しに来たにゃん」
「領主自ら私たちを殺しに来たと言うのですか?」
「にゃあ、殺すなんて甘いことはしないにゃん、おまえらの魂は煉獄の炎で真っ赤に焼いてから純白になるまで鍛えてやるにゃん」
「何を仰ってるのかわかりませんが、まあ、いいでしょう」
突然、稲光が部屋を満たした。
もうもうとした白煙が上がる。
「あっはははは! 床と天井に電撃の刻印を刻んでいたのです、私を超える強力な魔法使いの来訪などとっくに対策済みです!」
ゴルカ・ベイティアは荒く息を吐き出しながら折れた指に治癒の魔法を掛ける。
「ああ、なぶり殺しに出来なかったのが残念ですが」
白煙を消し去る。
床に焦げた跡がある以外、何も残って無かった。
「魂までエーテルに還ってしまったようですね、ふふ、私としたことが焦りすぎたみたいで……ゲフっ!」
ゴルカ・ベイティアはその痩せ過ぎた身体を二つに折って床に倒れた。
「にゃあ、素人同然のただ眩しいばかりの刻印でオレを殺せるなんて思わないで欲しいにゃん」
オレが姿を見せると床に這いつくばったゴルカ・ベイティアは驚愕の表情を浮かべた。
「にゃあ、ちなみに他の刻印は全部潰したにゃん」
「ひぃ! あ、あり得ない、こんなこと有りえません!」
「一つ聞きたいことがあるにゃん、真面目な冒険者だったおまえが、どうしてバイネス狩猟団で人殺しをしてるにゃん?」
「わ、私が冒険者?」
オレの読み取ったゴルカ・ベイティアの記憶は、冒険者時代といまのバイネス狩猟団の軍団長の二つに大きく別れていた。
「そうにゃん、以前のおまえといまのおまえ、まるで別人にゃん」
「待って下さい」
ゴルカ・ベイティアは酷く混乱していた。
「ああ、私は確かに冒険者だった、そうです! 妻と娘を目の前で殺され、ああ何故だ! 何故、私はこんなことを!」
混乱を来したゴルカ・ベイティアの意識を刈り取った。
「お館様、これはどういうことにゃん?」
猫耳たちは第二軍団の手下たちを無力化して猫耳ゴーレムと一緒に箱に詰めてるところだった。
「にゃあ、こいつの記憶の二分化が激し過ぎるので突いてみたらこの有様にゃん、洗脳されたと考えるべきにゃんね」
「お館様と同じ手法にゃん」
「にゃあ、魂までも全部作り変えてるオレとは根本が違うにゃん、それにわざわざド変態にする意味がわからないにゃん」
「にゃあ、ウチらを作ったのがお館様で良かったにゃん、バイネス狩猟団なんかに入れられてたらと思ったらゾッとするにゃん」
「誰が変態の親玉か直ぐにはっきりさせるにゃん、次に行くにゃん」
認識阻害の結界を張って砦の中を移動する。
『お館様、第三軍団の制圧完了にゃん』
『第二軍団の雑魚も片付けたにゃん』
『にゃあ、こいつらは弱くて話にならないにゃん』
『第三軍団は武器を取り上げただけで幹部も兵士もおとなしくなったにゃん』
『第二軍団のヤツらも魔法を取り上げただけで静かなもんにゃん』
『ご苦労にゃん、警戒と箱詰めを頼むにゃん』
『『『了解にゃん』』』
念話で指示しつつ第一軍団のテリトリーに足を踏み入れた。
○ケラス州 盗賊の砦 第一軍団区画
何故か内装がピンクだった。
明らかにこっちの世界でも可愛い系に分類される色だ。
「にゃあ、残虐非道なバイネス狩猟団の第一軍団には似つかわしくない色にゃんね」
「あのゴツい首領の趣味にゃん」
「なるほどにゃん」
「カトリーヌと違って可愛い色が薄気味が悪く感じるのは何故にゃん?」
「感性が死んでるにゃんね、まるで死人が生者の真似事をしてるみたいにゃん」
「にゃあ、それにゃん」
「お館様、ウチらも一緒に行くにゃん?」
「にゃあ、魔法の撃ち合いになると危ないから、おまえらは第一軍団の戦闘員の制圧を頼むにゃん、幹部はオレが担当するにゃん」
「わかったにゃん、危ない時は直ぐに呼んで欲しいにゃん」
「にゃあ、おまえらも同じで頼むにゃん」
「「「にゃあ!」」」
○ケラス州 盗賊の砦 第一軍団区画 地下大ホール
猫耳たちと別れ、オレは狩猟団の首領と第一軍の幹部の待つ地下大ホールに足を踏み入れた。
ここもピンク色だ。
小隊長と思しき男たちが床に座り込んでる。
いずれも生気のない顔をしていた。
ぽつんと置かれた椅子に座ってるのはピンク色の甲冑に身を包んだ。大柄の若い女。
たぶん、バイネス狩猟団の首領アウローラ・バイネスだ。
情報どおり整った顔をしている美人だった。
甲冑で隠されてるがプロポーションもかなりいい。
外見に関しては話で聞いていたような化け物感は皆無だが、中身はどうなってるやら?
大きな人形を抱えてる。
いや、状態保存を施した女の子の遺体だ。
イカれてるどころの話じゃなさそうだぞ。
その傍らに立っているのが第一軍団の団長キリアン・カブレホだろう。
隻眼、岩石のように硬い正方形に近い体型。
まず間違えようがない。
地獄の鬼が持ってそうな金棒を正面に立てて柄に手を置いていた。
「今夜は砦の中が随分と静かね」
「はい、姫様」
「まるで可愛い子猫の魔法使いにこの空間を結界に封じ込められたみたい」
椅子から立ち上がる。
「にゃあ、アウローラが魔法使いとは聞いてないにゃん」
オレは認識阻害の結界を解いた。
「ああ、間近で見るともっと可愛い」
うっとりとした表情を浮かべる。
「にゃあ、面と向かって言われると流石に照れるにゃん」
このやり取りの間にもアウローラの探査魔法がオレを調べまくる。
「それでネコちゃんは誰なの?」
「にゃあ、オレはケラスの領主マコト・アマノにゃん」
「領主様がわざわざご挨拶に来て下さったのね、ありがとう」
「にゃあ、どういたしましてにゃん」
「ネコちゃんは、可愛いから殺してしまうのは惜しいわね、ねえ、私の仲間にならない?」
「オレを仲間にするにゃん?」
「そうよ、ネコちゃんが領主様ってことは辺境伯様でしょう? 辺境伯は諸侯軍を持てるから、バイネス狩猟団を諸侯軍にするの、いい考えだと思わない?」
思考力は維持されてるようだ。
「残念ながらおまえらをそのまま仲間にするつもりはないにゃんよ、汚れた魂を綺麗にする必要があるにゃん」
「私たちの魂が汚れてるの? ネコちゃんは不思議な事を言うのね」
床に青い電流が走った。
「姫様、お気をお静め下さい、この小娘は私が始末いたします」
「キリアン、ネコちゃんを潰しちゃダメよ、後でお人形にするんだから」
「状態保存の死体は人形とは言わないにゃん」
「動かないのだから人形と同じ」
アウローラの場合、誰かに洗脳されてるわけじゃない。
こいつの思考は最初からイカれてる。
キリアン・カブレホが金棒を軽々と担ぎ上げ前に出た。
「多少、ぶちのめしても潰れはしないでしょう」
こいつはまったく魔法が使えない。
「にゃあ、身体強化はアウローラがやってるにゃんね」
キリアン・カブレホの肉体を封印結界で囲い魔力の流入を断った。
「うぉ!」
バランスを崩して倒れたキリアン・カブレホは自分の金棒の下敷きになった。
「ひぃ!」
背中に乗った金棒を自分で退かすことも出来ずジタバタしてる。
身体強化の解けたキリアン・カブレホはただのメタボオヤジに成り果てていた。
長年魔法に頼り切っていたから仕方ないか。
「早くどうにかしないと圧死するにゃんよ」
「ど、退かしてくれ」
「仕方ないにゃんね」
金棒を分解した。
それでも深いダメージを受けてるので自力で立ち上がるのは無理だ。
「ネコちゃんは随分と優しいのね」
「にゃあ、魔力の供給を受けてるのはアウローラも同じにゃんね、そうじゃなかったら常時魔法を使い続けるなんて無理にゃん」
「そうよ、私は呪われてるの、常に他人の魔力を食べ続けなければ生きられない身体なの」
エーテル器官のエラーに魔力放出症と言うのがある。最初に話を聞いた時はそれだと思ったのだが本人を見ると違っていた。
アウローラは自分の意志で魔法を使っている。
魔力を使った身体強化ならまだ納得は出来たが、魔力放出症の人間は魔力の制御ができない。だから魔法を使うなんてあり得ない。
「にゃあ、違うにゃん、アウローラはただの魔法使いにゃん、誰かが無理やり魔力を流し込んでるにゃん」
アウローラの身体も封印結界で魔力から遮断した。
「どうにゃん? 魔力の供給を止めたにゃん」
「嘘、魔法どころか身体強化すら使ってないのにいつもみたいに身体からあふれ出る感じがない」
「過剰な供給が無ければ、普通はそうにゃん、アウローラは子供の頃から誰かに騙されてたにゃんね」
「騙されていた!?」
「にゃあ、そのイカれた性格も誰かの誘導の産物にゃん」
アウローラは力なく椅子にもたれた。
「にゃあ、本当は何の為に魔力を集めてるかってことにゃん、そこの爺さんそろそろ出てきたらどうにゃん?」
ホールの片隅にある穴から仙人みたいな白衣の老人が出て来た。
まるで奈落から舞台にせり出した役者のようだ。
「にゃあ、エレベーターを使わなくていいのは便利そうにゃんね」
死人の色をした老人は、白く濁った眼をオレに向ける。
額にある大きな黒い瞳もこちらを向いた。
「流石に盗賊ではこの辺りが限界か、辺境伯の諸侯軍、確かに隠れ蓑にするのはいい考えだ」
「にゃあ、爺さんがカロロス・ダリにゃん?」
『いかにも』
「残念ながら諸侯軍を隠れ蓑にするのは無理にゃん」
『ほほう、それは何故かね、お嬢ちゃん?』
「カロロス爺さんは、ここでオレに退治されるからにゃん」
『それは面白いこと言う、ただの人間にワシを倒せるかな?』
サーチするまでもない、カロロス爺さんはグールの亜種だ。
人間の血肉を貪り喰う代わりに魔力を喰う。
「カロロス爺さんは人間の特異種にゃんね」
『ほお、それがわかって逃げ出さないとは大したものだ、いや、愚かなのか?』
「にゃあ、人間の特異種は初めてじゃないにゃん」
『面白い、しかしワシをグールのような低能と一緒にされては困る』
「にゃあ、人間を襲うあたり大して変わらないにゃん」
『では、お嬢ちゃんの身をもってグールとの違いを味わってみるがいい』
カロロス爺さんの白く濁った眼が光った。
続く衝撃波にアウローラと床に這いつくばっていたメタボオヤジが飛ばされた。
どちらも壁に叩き付けられて動かないが死んではいないようだ。
「にゃあ、それで終わりにゃん?」
オレは銃を構えた。
『ちょ……』
待てと言われる前にフルオートでカロロス爺さんを撃った。
『ひいい!』
特異種は人間判定されないのでマナを分解する半エーテル弾がその肉体に食い込んだ。電撃はないタイプだ。
それでもマナを抜かれて爺さんの力が抜ける。
「にゃあ、カロロス爺さんにはもうちょっと実験に付き合って貰うにゃん」
床に膝を着いた爺さんに語りかける。
『……実験!?』
「にゃあ、人間の特異種とは獣と違ってエーテル器官の不具合が原因の病気の一種じゃないかと思うにゃん、だから人体実験が必要にゃん、爺さんなら簡単に死なないからやり放題にゃんね」
『なっ!?』
初めてカロロス爺さんに焦りの表情が浮かんだ。
『盗賊の回収完了にゃん』
『にゃあ、オレも特異種の解除を完了したにゃん』
『お館様、カロロス爺さんは人間に戻せたにゃん?』
『にゃあ、半エーテル体止まりにゃんね、肉体の情報が消えてるから元の身体には戻せないにゃん、復活させるなら猫耳にゃん』
『人間には戻せないにゃんね』
『にゃあ、責任はとって貰うにゃん』
『お館様、被害者の遺体も一二〇人分回収したにゃん』
『魂も全数回収にゃん』
『お疲れにゃん、盗賊の遺体はそのまま送る方向でいいにゃん、死んだやつは魂を煉獄の炎で焼きを入れるのは勘弁してやるにゃん』
『了解にゃん』
猫耳たちと連絡を取り合い指示を出した。
優先すべきは被害者のケアだ。
特異種が魔力を得るためになぶり殺しにされた女性と子供たちだ。
聖魔法で砦周辺を包み込む。
当然、怨霊化しそうな魂だ。
祟る権利があると思うが、それでは誰も幸せにならない。
「にゃあ!」
一二〇の魂一つ一つを聖魔法で癒やして行く。
「質問にゃん、この世に戻りたいなら手助けするにゃん、そうでないなら天に送るにゃんよ」
魂の反応は様々だった。
「行くところがないなら住まいは用意するにゃんよ」
話し合いの結果、約半数が現世での残留を希望した。
最初に天に還ることを望んだ魂を送る。
魂の光が夜空に螺旋の軌道でゆっくりと昇ってゆく。
復活を望んだのは、ほとんどが冒険者や商人の女性だった。
それと二〇人ほどいる子供たちは自分で判断が付かないので復活させる。
親は殺されているのでケラスにも寄宿学校を作ることになるだろう。
三人ほどはオパルスの富裕層の子供で、身代金目的で誘拐されたらしいので後でカズキから家族に連絡を取って貰おう。




