またプリンキピウム遺跡にゃん
○州都オパルス プリンキピウム遺跡 近衛軍 監視地域 地下壕
プリンキピウム前衛拠点経由で遺跡への枝トンネルに抜けて遺跡の監視を続ける地下壕に移動した。
猫耳たちが遺跡を監視している地下壕は以前にクレア少尉を治療したモノより遺跡に近い位置にあるが、ずっと深い場所で地上に抜ける出口もない。監視に特化した造りになっている。
壁に遺跡の現在の様子が監視カメラの映像のようにいくつも映し出されていた。魔法を使っているのでカメラも配線もいらない。
「遺跡の状況はどうにゃん?」
監視活動を続けてる三人の猫耳たちに尋ねる。
「にゃあ、お館様が来たにゃん」
「いま遺跡に引き寄せられた特異種が結界に突っ込んで消し飛んでるところにゃん」
「マジで消し飛んでるにゃん?」
「そうにゃん、生きたまま分解されてエーテルに還ってるにゃん」
「にゃお、生きたまま分解とは穏やかじゃないにゃんね、オレも調べるにゃん」
本当に生きてる特異種を直に分解する魔法なら厄介だ。オレたちの防御結界も簡単に分解される可能性がある。
オレも猫耳たちと思考同調しながら遺跡に向けて薄くした探査魔法を飛ばす。
特異種を分解する結界は、以前クレア少尉がやられた場所より外側に張られていた。
遺跡に迫りくる特異種の群れも見える。群れを作ってるが同じ種類ではない。ブタにシカにサイそれに恐鳥など普段は一緒に行動してる姿は一度も見たことがないヤツらが一塊になって迫る。
「通常種は一匹もいないにゃんね」
「にゃあ、ウチらが確認できたのは特異種だけにゃん」
「いたとしてもここに来るまでに喰われてるにゃん、群れの中でも喰い合いしてるみたいにゃん」
「それはもったいない」
リーリがオレの頭の上で唸る。
プリンキピウムの森拠点で観測した群れなのだろう南から約二万が遺跡に殺到する。
「お館様、遺跡の西側からもかなりまとまった数が到着するにゃん」
西からは約一万だ。合計すると三万の特異種が遺跡を囲む。
遺跡の結界に触れたヤツから消し飛んだ。
「特異種の躯がまったく残ってないにゃん」
「犯罪奴隷が破裂する効果とも違ってるにゃんね」
「にゃあ、そうにゃん、こっちは分解してエーテルになったにゃん」
「にゃあ、エーテルにまで分解するなんて凄まじい威力の魔法にゃんね」
「やっぱり怖いにゃん」
「にゃあ、心配しなくてもあの魔法は防御結界で簡単に弾けるタイプだからオレたちには効かないにゃん」
効果とタイプは簡単に読み取れる。
「ウチらには効かないなら安心にゃん」
猫耳たちも遺跡に張られた結界の魔法式を解析した。
「オレが見たところ人間や普通の獣にも効かないみたいにゃんよ、遺跡の結界は特異種を分解するためだけの結界みたいにゃん」
「遺跡の防御結界が特異種をエーテルにまで分解する魔法に切り替わったにゃん?」
「にゃあ、魔法式も以前の防御結界と違ってるにゃん」
前の結界はクレア少尉が引っ掛かった呪いをブチ込むタイプだ。
「にゃあ、いつ張り替えられたのかウチらにはわからなかったにゃん」
「正確には数メートル先に新設された状態にゃん」
『おおおおおおおお!』
また遺跡の方向から声がした。
「にゃあ、今度は生にゃん」
「遺跡からだね」
「にゃあ、前回と違いはあるにゃん」
「ウチが聞いた限りでは同じにゃん」
「「にゃあ」」
残り二名も同意した。
この声、こっちに来たばかりの頃、キャリーとベルと一緒にプリンキピウムの森で聞いたのと似ていた。
あのときは複雑な魔法式が載ってることには気付かなかったが。それにすぐに魔獣が現れて声どころじゃなかった。
「今回も意味不明な複雑怪奇な魔法式が載っていたにゃん」
「確かに意味不明だね」
リーリも頷く。
「にゃあ、解析してもこれといった効果が見えて来ないにゃん」
「「「にゃあ、ウチらも同じ結論にゃん」」」
「これが特異種を集めるための魔法式が隠されているならオレも納得したにゃん、それがぜんぜん見当たらないのが困りモノにゃん」
「お館様、これってウチらの知らない宮廷魔導師系の現代魔法と違うにゃん?」
「それはあるにゃんね」
「お館様、遺跡に人影が見えないのに声がするってどういうことにゃん?」
「遺跡に人はいないにゃん?」
猫耳たちに訊く。
「ここから探査魔法で探れる範囲は無人にゃん」
「考えられるのは式神にゃんね、あれならその場に術者がいなくても魔法を使えるにゃん」
「宮廷魔導師が王都から直に魔法を使ってるにゃん?」
「そうにゃん」
「でも、式神も探知に引っ掛かると違うにゃん?」
「抜け道はあるにゃんよ、例えば本物の鳥を使われるとわからないにゃん」
「本物の鳥とか手間が掛かりそうにゃんね」
「にゃあ、金がある宮廷魔導師ならどうってことないにゃん」
「それもそうにゃんね」
「式神以外にも何か方法があるかもしれないにゃん、現代魔法をもっと調べる必要があるにゃん」
「「「にゃあ」」」
「お館様、大きな群れが遺跡の結界に接触するにゃん」
遺跡の結界にぶち当たって特異種の群れが次々と消える。わずかに血煙が上がるが確認できるのはそれだけで後は何一つ残らない。
「にゃお、どうして特異種だけを分解するにゃん?」
「特異種の身体から何かを抜いてるにゃん?」
「魔獣ならともかく、特異種を構成してる物質は獣と大きくは変わらないにゃんよ」
「お肉は美味しいけどね」
「にゃあ、残念ながらお肉も消し飛んでるにゃん」
「意味がわからないよ」
お肉を無駄にされてリーリはご立腹だ。
結界を構築する魔法式の動きを解析する。特異種を大量に分解しているいまなら簡単に術式を追える。
「にゃあ、見えて来たにゃん、結界が特異種から喰ってるのは生命力にゃん」
「特異種の生命力にゃん?」
「そうにゃん、特異種の生命力は獣とも魔獣とも違うにゃん、遺跡の結界はそれを取り込んでるにゃん」
突然、鼓動みたいな強い波動を感じた。
「いまのは遺跡からにゃんね」
「にゃあ、ウチも感じたにゃん」
「いまのは何にゃん?」
「「「にゃ~?」」」
猫耳たちは首をひねった。
「目を覚ましたってところかな?」
リーリはわかったみたいだ。
「にゃあ、遺跡が再起動したっぽいにゃん」
オレにも遺跡全体が息を吹き返した感触が伝わっていた。
「お館様はわかるにゃん?」
「にゃあ、魔力が遺跡全体に巡り始めたにゃん」
「すると遺跡の再起動に特異種の群れを使ったってことにゃん?」
「にゃあ、タイミング的に他は考えられないにゃん」
「遺跡が、再起動するとどうなるにゃん?」
「にゃあ、たぶん自動修復が始まるにゃん、その先はオレにもちょっとわからないにゃんね」
崩れた瓦礫の先に何があるのかオレにも見当が付かない。
「遺跡から発掘されるお宝は売って金になるか、そのまま武器になるかの普通はそのどっちにゃん」
「にゃあ、その程度なら問題ないにゃん」
「何だとマズいにゃん?」
「大公国やアポリトのイカレた仕掛けだと厄介なことになるにゃん」
「クーストース遺跡群の全部がヤバかったら王国が滅びはしなくてもかなりマズいことになるにゃんね」
クーストース遺跡群は以下の一〇の遺跡からなる。
プリンキピウム アルボラ州
プラティヌム レークトゥス州
ラピス レークトゥス州
パピリオ タンピス州
アピス タンピス州
セルペンス タンピス州
アクティラ フェルティリータ州
コルウス フェルティリータ州
レプス フェルティリータ州
タルバ フェルティリータ州
いずれも王都から西側に南から北に掛けて点在する。
クーストース遺跡群の存在はかなり昔から予想されていたが、その全てが確認されたのはごく最近のことらしい。
いずれもオリエーンス連邦最後期のものと推測され、重要遺跡として王宮が管理している。実質は近衛軍だ。
故に「かなりのお宝が埋まってるはず!」と盗掘を試みる盗賊は多いが、その多くが命を落とすか犯罪奴隷として発掘の礎となっていた。
「にゃ!?」
遺跡からマズい波動を感じた。
「何か大きいのが来るにゃん! 皆んな探査魔法を消すにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
地上がまばゆく光った。
音が消えたと思ったのも束の間、爆音とともに衝撃波が走り抜け地上の木々を根本からへし折った。
「「「いまのは何にゃん!?」」」
「大規模な分解にゃん」
いまので遺跡に集まった三万を超える特異種の八割が一瞬のうちに分解され、残りの二割は衝撃波で吹っ飛んだ。
「にゃ、お館様、やったにゃんね?」
猫耳たちがオレを見る。
「にゃあ、遺跡に力を与えてもろくなことにならないにゃん」
結界が分解した特異種と衝撃波でぶっ飛んだ分も含めてすべて横からかっさらった。いまはオレの格納空間に仕舞ってある。
「特異種はすべて消え去ったにゃん」
「躯ひとつ落ちてないにゃん」
「綺麗さっぱりいないにゃん、ついでに見張り台まで跡形もなくなっているにゃんね」
猫耳たちが周囲を探査して報告してくれた。
「特異種の群れがプリンキピウムの街に流れなかったのは幸いにゃん」
「近くに人の住む村もないから、いまの衝撃波での人的被害は無さそうにゃん」
「いいことにゃん」
「近くにいる人間は、近衛軍の拠点だけにゃん」
「ヤツらの拠点にゃんね」
「にゃあ、ここから五〇〇メートルほど北西に結界をガチガチに張ったキャンプがあるにゃん、夜はいつもそっちに引き上げてるにゃん、今回は犯罪奴隷たちもそっちに行ってるにゃん」
「特異種の群れに襲われなかったにゃん?」
「獣避けの結界がガチガチだから大丈夫にゃん」
「それに近衛の騎士なら特異種の大群に出くわしても平気なはずにゃん」
「にゃあ、確かにそうにゃん」
「いまどうなってるか調べるにゃん?」
「にゃあ、そっちは下手に探査魔法を打つと感付かれる可能性があるから緊急時以外はヤメたほうがいいにゃん」
「それもそうにゃんね」
「にゃあ、後はオレたちの他の拠点に聞いてみるにゃん」
念話で連絡を入れる。
『にゃあ、各拠点、特異種の動きはどうにゃん?』
『オパルス拠点、特異種は近隣に反応無しにゃん』
『オパルス前衛、同じく反応無しにゃん』
『にゃあ、中間地点も同じにゃん』
『プリンキピウム前衛、後れてた少数が今度は森に向かって移動してるにゃん、もう遺跡には行かないみたいにゃん』
『衝撃波どうにゃん?』
『こちらでは、魔力と衝撃波も観測出来なかったにゃん』
幸いなことに衝撃波はそう遠くまでは飛ばなかったようだ。
『プリンキピウム拠点、反応無しにゃん』
『プリンキピウムの森拠点も反応無しにゃん』
『にゃあ、了解にゃん、特異種の移動は収まったみたいにゃんね』
遺跡を覆っていた特異種を分解した結界が消えた。
「お館様、遺跡が沈黙したにゃん」
「特異種をどっさり分解して目的を達したにゃんね、お館様に抜き取られたことには気付いてないみたいにゃん」
「お館様、特異種を分解した結界は式神を使った宮廷魔導師の魔法で決まりにゃん?」
「可能性は高いにゃん、ただ式神が見付かってないから断言はできないにゃんね。それに遺跡そのものの仕業かもしれないにゃん」
「にゃあ、宮廷魔導師じゃなくて遺跡そのものが特異種を呼び寄せて生命力を奪ったにゃん?」
「それはそれで怖いにゃん」
「近衛軍も遺跡のシステムにいいように操られるとかありそうにゃん」
「あらかじめプログラムされていたら無い可能性じゃないにゃんね、ただ近衛の騎士には効かない気がするにゃん」
「「「わかるにゃん」」」
猫耳たちも頷く。近衛の騎士に小細工は通用しない。
「宮廷魔導師でも遺跡そのものでも厄介にゃん」
「遺跡のシステムに侵入するのが手っ取り早そうにゃんね」
「うーん、それはヤメた方がいいね」
オレの頭の上でリーリが猫耳の提案にストップを掛けた。
「にゃあ、そうにゃんね、遺跡を覆ってる魔導師の結界が厄介にゃん、覗き見はともかくシステムへの干渉は間違いなく気付かれるにゃん」
どうもかなり浅いレベルだが遺跡のシステムに繋がってるみたいだ。
「にゃあ、それじゃ仕方ないにゃんね」
提案した猫耳も肩をすくめる。
「でもお館様、この遺跡も大公国のプロトポロスみたいに地下に魔獣が眠ってるのと違うにゃん?」
「にゃあ、可能性はゼロじゃないにしても、いまのところエーテル機関の反応が全くないにゃん、空間圧縮の気配も無さそうにゃん」
「確かに反応はないにゃんね」
「「にゃあ」」
猫耳たちもエーテル機関を探査するが反応はなかった。
「今回の特異種の移動に何か前兆は無かったにゃん?」
猫耳たちに質問した。
「にゃあ、ウチらが監視してる中では前兆なんて全く無かったにゃん」
「変なのは叫び声ぐらいにゃん、でも、特異種の移動は始まっていたから前兆ではないにゃんね」
「あれも謎にゃん」
「人の反応が無かったのに叫び声がしたからシッポがゾワっとしたにゃん」
「にゃあ、確かに気味の悪い声だったにゃん」
「お館様は、特異種が何であんなに集まったかわかるにゃん?」
「にゃあ、特異種は強い魔力に引き寄せられるからそれかと思ったにゃん、でも魔力なら監視していた猫耳たちも感じたはずにゃん」
「にゃあ、魔力じゃない別の何かが遺跡から放出された可能性があるにゃん?」
「やっぱり考えられるのは叫び声ぐらいにゃんね、タイミングがずれてたけど他には何もなかったにゃん」
「にゃあ、叫び声に載せられた意味不明な魔法式に秘密が有りそうにゃん」
「特異種を意のままに呼び寄せる方法があるなら、それだけで十分脅威にゃん」
「にゃあ、まったくにゃん」
叫び声の魔法式の解析は続行する。
「しばらくはこのまま様子見にゃんね」
「「「了解にゃん」」」
こんな厄介な代物は、さっさと潰したいところだが王宮が入れ込んでるだけに下手なことはできない。
遺跡から魔獣でも這い出したら別だが、いまのところ王宮と事を構えるのは避けておきたい。
それにこの遺跡はわからないことが多すぎる。
「お館様、他の拠点から応援が到着したにゃん」
魔法蟻に乗った猫耳たちが地下トンネルから次々と到着した。
「「「にゃあ!」」」
「お館様も皆んなも無事で良かったにゃん」
「にゃあ、ウチらも応援に入るにゃん」
「ぶちかますにゃん!」
「「「にゃあ、やるにゃん!」」」
「おまえら待つにゃん、遺跡は落ち着いたところだから刺激しちゃダメにゃんよ」
「お館様は遺跡をぶっ壊してお宝を頂戴するつもりと違うにゃん?」
「にゃお、おまえらは王宮や近衛軍と戦争するつもりにゃん?」
「それはヤバいにゃんね」
「「「にゃあ」」」
「それに特異種三万ちょっと分をいただいたから、プリンキピウム遺跡なんてヤバいのに手を出さなくても十分儲かったにゃん」
「にゃあ、お館様はエーテルに還った特異種を回収したにゃん?」
「当然にゃん」
「お館様は遺跡から横取りしたにゃん」
「お肉がもったいないからね」
リーリがオレの頭の上で腕を組む。
「そうにゃん、遺跡にくれてやるのはもったいないにゃん、かなり高いのも混ざってるから買い取りに出すのがヤバいにゃん」
お値段の高い特異種も多く混ざってはいるが数が多いので小出しにせざるをえない。安い特異種なんてのは存在しないのだが。
「にゃあ、お館様はお金に困ってないんだから無理して売らなくてもいいと違うにゃん?」
「お館様が、貴族からお金をふんだくるのはいいことにゃん」
「それはあるにゃんね」
「特異種を原料に薬を作って売るのはどうにゃん?」
猫耳が新たな商売を提案した。
「薬にゃん? 確かに特異種を原料にした薬のレシピはあるにゃんね」
風邪薬からヤバい薬まで多種多様だ。
「治癒魔法の使い手が少ないいまこそ、ちゃんとした薬を売るにゃん」
「ちゃんとしてない薬はあるにゃん?」
「民間療法と迷信がごちゃまぜなので、まったく効かないのものが平然と売られてるにゃん、にゃあ、以前ウチらも売ってたから間違いないにゃん」
猫耳たちの前世ならさもありなんだ。
「かつて治癒師ギルドが薬の販売を妨害した時代が有ったにゃん、それでちゃんとした薬が廃れたにゃん」
「いまもそうにゃん?」
「にゃあ、いまは治癒師ギルドもないにゃん」
「ひとつの州に多くても四~五人の治癒師がいればいい方だから、独自のギルドの維持は無理にゃん」
「にゃあ、思っていたより少ないにゃんね」
「このアルボラは、領主様が雇ってくれてるからまだマシにゃん」
「高い金を払って治癒師の世話にならなくても酒を飲んで寝れば大概治るにゃん、それでダメなら寿命にゃん」
「オレも似たようなことを言っていた覚えがあるにゃん、でもそれじゃダメにゃん」
「いまならウチらもわかるにゃん」
「「「にゃあ」」」
オレたちは庶民向けのまともな薬屋を開くことにした。
たぶん二〇〇年振りらしい。
「お館様、金ピカと変な帽子が近衛軍の拠点を出たみたいにゃん、それと犯罪奴隷たちにゃんね」
近衛軍の拠点から遺跡に移動が開始された。
「にゃあ、潮時にゃんね、オレたちも引き上げるにゃん」
「「「にゃあ」」」




