行き掛けの駄賃にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇八月二一日
「にゃう」
朝になって目を覚ますとオレのハンモックに猫耳がふたりも入り込んでいた。みっしり感が異常だと思ったらこういうことだったのか!?
「にゃああああ! おまえら退くにゃん!」
「お館様が暴れだしたにゃん」
「にゃあ、落ち着くにゃん」
「にゃああ」
ふたりを払い落とそうとしたが逆に抱きつかれて余計にみっしりした。
○プリンキピウム街道 旧道 簡易宿泊所 レストラン
「にゃあ、今朝もひどい目に遭ったにゃん」
簡易宿泊所のご飯はビュッフェ形式になってる。
オレはカリカリを山盛りした皿とミルクを持ってきた。カリカリはオレ用に試行錯誤を重ねた珠玉の逸品だ。
ここでは今日しか出さないメニューだ。
カリッとした歯ごたえと同時に肉の旨味が口の中に広がる。
「にゃあ、最高にゃん」
ほっぺたが落ちそうになるとは、まさにいまの状態だ。
「「「お館様の作ったカリカリは最高にゃん」」」
猫耳たちにも好評だ。
「カリカリおいしい」
「おいしい」
「スープにいれてもおいしい」
もちろんカリカリはオレと猫耳専用だが、何でも試してみたいお年頃のチビたちにも好評だ。
ビッキーとチャスはカリカリにはそれほど興味を示さずメイプルシロップをたっぷり掛けたホットケーキを食べてる。
「あまくておいしい」
「ホットケーキだいすき」
「うん、これはなかなかイケるよ」
リーリはこっちの朝食にも参加していた。
「今日の猫耳はまた一〇人にゃんね」
昨夜の棚に入ったメンバーだけが残った。
「にゃあ、昨日の魔獣のことが有るから旧道周辺のパトロールに力を入れてるにゃん」
「それだけにゃん?」
「プリンキピウムの森でお館様に貰ったガトリングガンを撃ってるにゃん」
猫耳たちに撃たせて練度を上げさせ、ついでに改良点も見付けられるだろう。
「にゃあ、威力の有る代物だから気を付けて使うにゃんよ」
『『『了解にゃん!』』』
プリンキピウムの森にいる猫耳たちからも返事が来た。
○プリンキピウム街道 旧道
朝食を終えてオレたちはまた一台の馬車+トレーラーに乗って出発した。
「お館様、あたしたちまた馬に乗っていい?」
おチビたちがおねだりする。
「身体は大丈夫にゃん?」
「「「だいじょうぶ!」」」
四歳児と五歳児が頷く。
「猫耳たちのいうことを聞いて気を付けて乗るならいいにゃんよ」
「まじゅうがでたらこんどはやっつけてもいい?」
シアは殺る気だ。
「にゃあ、それはダメにゃん、ちゃんと逃げるにゃん」
「えー、にげるの?」
納得がいかないらしい。
「そうにゃん、魔獣はもっと魔法をちゃんと使える様になってからにゃん」
「「「わかった」」」
チビたち五人は、昨日と同じように魔法馬に乗った。
猫耳たちもその後に続く。
○プリンキピウム街道 旧道 休憩所予定地
昨日と違って何事もなく最初の休憩所予定地に到着した。
猫耳たちがさっさと建物を作り上げ、おチビたちがトイレの使い心地を確かめる。
「「「もんだいありません」」」
リーリは売店のソフトクリームの味を確認している。
「合格だよ!」
リーリの合格も含めて全体で二〇分掛からないで次の休憩地に向けて馬車を出した。
タイムアタックをしてるわけじゃないのでこれでものんびりやってるつもりだ。
○プリンキピウム街道 旧道
獣が濃くなる。この辺りから獣の領域の始まりだ。まさか昨日みたいな偽装特異種みたいのは出ないとは思うが油断は禁物。
「「「おやかたさま!」」」
魔法馬に乗ったチビたちが馬車のまわりを走らせて手を振る。
「にゃあ、獣が出るから気を付けるにゃんよ」
オレも御者台から手を振り返した。
「「「はい!」」」
防御結界に猫耳たちも付いてるから問題はないだろう。
「にゃ?」
そう思ったのも束の間、おチビたちがキャッキャと騒ぐ楽しそうな声が森から獣たちを引き寄せたらしい。
オオカミらしき群れが六頭ほどおチビたちに近付いてる
「子供の声は、獣の食欲をそそるみたいだね」
オレの頭の上でリーリが語る。
「にゃお、おチビたちを馬車に回収するにゃん」
「お館様、待って欲しいにゃん、近付いてるのはシロオオカミの群れにゃん、チビたちでも十分に狩れるにゃん」
「にゃあ、シロオオカミはそんなに弱くないにゃんよ、州都近辺のゆるいオオカミとは話が違うにゃん」
おチビたちは州都近辺の森で狩りを経験してはいるが、獣の領域のヤツらは異世界感丸出しの大きさで襲ってくる。
それにシロオオカミはオレが初めて闘った相手だ。キャリーとベルも苦戦していた。
「お館様だって銃も使わずに初見で瞬殺したにゃん」
実際には瞬殺ではないが。それに銃は持ってなかったのだから使いようがない。
「オレとチビたちを一緒にしてはダメにゃん」
「にゃあ、シロオオカミ程度なら差はないにゃん、それにチビたちはやる気にゃん」
五人そろって馬上から銃を森に向けていた。
「にゃ?」
おチビたちも森の中のシロオオカミの存在に気付いていた。
「ひきつけてからうつんだよ」
「あいずは、わたしにまかせて」
「「「はい」」」
ビッキーとチャスがシアとニアとノアの四歳児たちを指揮していた。
「頼もしくなったにゃん、大公国で保護してからそれほど時間はたっていないのにふたりの成長ぶりには何度も驚かされるにゃん」
いまは四歳児たちのお姉さん役をしっかりこなしてくれている。
「にゃあ、お館様、環境は人を変えるにゃんよ」
猫耳のいうことはもっともか。
「わかったにゃん、シロオオカミはチビたちに任せるにゃん、その代わりヤバいのが出たらすぐに引っ込めるにゃんよ」
「「「了解にゃん」」」
猫耳たちがビシっと敬礼した。
馬車を停めてチビたちの狩りを見守る。五人の銃は人間を殺傷できないので誤射しても裸になって転がるだけなので問題はない。いや、誤射した時点で大問題ではあるけど。そのあたりは、この前の狩りでしっかり教えてあるから大丈夫だ。
「ようい!」
ビッキーの合図でシアとニアとノアのチビたちは引き金に指を掛けた。
「うてぇ!」
チャスのちょっと舌足らず声でチビたちの銃が火を噴いた。
『『『キャイン!』』』
シロオオカミの悲鳴が木霊のように響き、街道に出ることなく六頭全部が倒された。
「「「やった!」」」
おチビたちが勝鬨をあげる。
「にゃあ、オレが思っていた以上に簡単に倒したにゃん」
「この前の狩りであれだけやれたんだから、当然の結果にゃん、お館様は心配しすぎにゃん」
「にゃあ、オレがチビたちを心配するのは当然にゃん」
「もう、普通に狩りをしてるにゃんよ」
「にゃ?」
チビたちは森に入り込んで魔法馬を走らせていた。そして寄ってくる獣を次々と狩ってる。
「そんなに心配しなくても州都近郊の森もこの辺りも獣の違いは大きさぐらいにゃん」
「にゃお、それって十分にヤバい違いにゃんよ」
オレの心配を他所にチビたちは寄ってくる獣を狩りまくる。引きの強さは州都近辺の森で見せたのと変わらない。
確かに違いは獣の大きさだけなのだが、強さの差はそれ以上に大きくなる。しかしチビたちはそれすら物ともしない。
銃の扱いも魔法馬の走らせ方も問題ない。
「にゃあ、鞍の上であぐらをかくのはお館様の影響にゃんね」
森から戻ってくるチビたちはそろって鞍の上であぐらをかいていた。
「悪い見本にゃん」
「にゃあ、ビッキーとチャスに見せたのは失敗だったにゃん」
ちっちゃい子はすぐに真似するからオレが気を付けないといけない。
○プリンキピウム街道 旧道 休憩所予定地
「にゃ!?」
もう直ぐ次の休憩所の建設予定地というところでオレはそれを発見した。
「この近くに遺跡があるにゃん」
「にゃあ、遺跡にゃん?」
「南側にだいたい二〇〇メートルぐらい入ったところに埋まってるにゃん」
オレは遺跡の方向を指差した。
「にゃあ、ウチらでは全然わからないにゃん」
猫耳たちが首を傾げた。
「昨日のイノシシの使っていた結界と同じにゃん、こちらの探査魔法を溶かすタイプにゃん」
意識して初めて気付く。
「にゃあ、そう言われるとわかって来たにゃん、それほど深くない場所に直径五〇〇メートルの球体にゃん」
猫耳たちもコツを掴んだ。
「これはゴーレムタイプにゃんね」
ちなみに猫耳たちもオレと同じくメートルやキログラムの単位を使ってる。こちらの単位は不正確で正直使いづらいからだ。
「にゃあ、これまででいちばんの大物にゃん」
○プリンキピウム街道 旧道 旧道脇 遺跡上
遺跡に行くオレに護衛としてふたりの猫耳が付いて来る。
他のメンバーは次の休憩所建設予定地に行って貰う。
ビッキーとチャスもオレと一緒に行きたがったが、何か有っても庇えるのはいいところふたりが限界だから仕方ない。そのまま四歳児たちに付いて行かせた。
森の中でパトロールしてる連中にも大事をとって最低二キロ程度の距離を空けさせる。
「お館様、配置完了にゃん」
猫耳が報告する。
「にゃあ、行くにゃん」
遺跡の真上に魔法馬を停め乗ったまま地中に埋まってる遺跡の結界にアクセスする。
「これもオリエーンス連邦時代のモノにゃんね」
防御結界関連だけが生きてる例が多いらしいから、中身が実際にどうなってるかは探ってみないとわからない。
「結界を張るにゃん」
遺跡全体をオレの結界で封じ込める。
これで万が一爆発してもオレの拡張空間に放り込める。
「遺跡のシステムにアクセスするにゃん」
ここでしくじるといろいろマズいことになる。
「にゃあ、来たにゃん」
魔力をチャージしつつ魔法式を解析して遺跡を司るシステムに介入した。
まずは所有者を五〇〇〇年以上前の人からオレに書き換える。
それから猫耳たちのアクセスを許可した。
「にゃあ、ウチらにも見えるにゃん」
「問題はここが何の施設かと言うことにゃん」
エーテル機関の設置を行い、本来この施設が必要とする魔力を送った。
「ちゃんと動くにゃん」
施設全体が稼働と修復を開始する。
「にゃあ、お館様、これって地下農場みたいにゃん」
「そうにゃんね」
穀物に野菜に肉と乳製品に卵が出て来る。
「にゃあ、農場と言うより食品工場にゃん」
本気を出すと一〇〇万人規模を養える食品生産プラントだ。
「これに比べたらオレたちの地下農場は家庭菜園にゃんね」
「にゃあ、上には上が有るにゃん」
猫耳たちも驚きの声を上げる。
「ひとまずオレが遺跡を回収するにゃん、修復と解析が終わったらそれぞれの拠点にコピーを置くにゃん」
『にゃあ、各拠点に食品工場を置く場所を確保して欲しいにゃん』
主に魔法蟻たちに連絡する。
『『『……』』』
問い合わせの返事が来る。
『にゃあ、深い場所でも構わないにゃんよ、場所を空けるのとトンネルの接続をお願いするにゃん』
『『『……』』』
魔法蟻たちが口をカチカチさせてOKをくれた。
「にゃあ、遺跡を仕舞うにゃん」
遺跡を分解して拡張空間に仕舞った。代わりに同じぐらいの質量の土砂で遺跡の在った空間を埋める。
仕舞い込んだ遺跡をじっくり解析して各情報体の知識とすり合わせ、他に応用が効くか検証する。
幾つかの新発見があり情報を猫耳たちと共有した。
○プリンキピウム街道 旧道 休憩所
皆んなの待つ次の休憩所に着く頃にはそれぞれの拠点の地下に修繕と改造を終えた食品工場のコピーの設置が行われた。
搬出口をトンネルに繋げば稼働可能になる。フル稼働には時間を要すると思うが、それでも数日だろう。魔法を使うだけあって驚きの速さだ。
遺跡の回収と修復に要した時間はわずかで、全体の行動計画に遅れは生じなかった。設置は各地の魔法蟻と猫耳たちがやってくれたし。
次の休憩所が出来上がったところで皆んなと合流する。
「「「おやかたさま!」」」
チビたちが駆け寄って来て抱き付いた。魔法で衝撃を和らげなかったらオレが吹っ飛んでた勢いだ。
「にゃあ、心配しなくてもオレは大丈夫にゃん」
五人の頭を順番に撫でてやる。チビとは言ってるが背の高さはオレとそう変わらない。歳も大して変わらないから当然だが。
『お館様、こちらはプリンキピウムの森拠点にゃん、特異種の大規模な移動を確認したにゃん』
そこに突然、プリンキピウムの森拠点の猫耳から念話が入った。
『にゃあ、数はどのぐらいで何処に向かってるにゃん?』
『約二万頭を確認したにゃん、進行方向は遺跡のある方向にゃん、群れがバラけてプリンキピウムの街に向かうのもいるかもしれないにゃん』
『二万とはずいぶんと多いにゃんね』
王国軍が出動する事案だ。いまから通報しても間に合わない距離だが。
『プリンキピウムはどうにゃん?』
『こちらプリンキピウム拠点にゃん、三〇キロ圏内に二〇〇頭ほどいるにゃん、ここからは遺跡に向かってる様に見えるにゃん』
どういうわけか特異種の大群はプリンキピウム遺跡を目指して侵攻してるらしい。
『にゃあ、遺跡はどうにゃん?』
遺跡の近くに設置した地下壕に念話する。
『こちらは五〇キロ圏内は大きな動きがないにゃん、にゃ!?』
猫耳が何かに意識を集中する。
『おおおおおおおお!』
それは『声』だった。
『声がしたにゃん!』
念話を通して猫耳の動揺まで伝わった。
『いまの声にゃん?』
『そうにゃん、お館様、いまのは紛れもなく男の声だったにゃん』
『にゃあ、オレにもそう聞こえたにゃん』
男の叫び声は遺跡を監視中の猫耳を通じてオレにも聞こえた。
『遺跡からの叫び声にゃん』
『ただの叫び声ではないにゃんね、魔法式が載せてあったにゃん』
猫耳を介してオレにも驚くほどに複雑な魔法式が見えた。
『お館様、いまの声は一体なににゃん?』
『にゃあ、魔法式を展開させるための触媒にゃん、でも、魔法式が何を意味してるのかは直ぐにはわからないにゃん』
魔法式が複雑すぎて何を目的としたものなのかがわからない。
『お館様、遺跡の西側から特異種が動き出したにゃん、にゃお、間違いなくこっちに来るにゃん』
西からプリンキピウム遺跡を目指して新たな特異種の群れが現れた。
『にゃあ、地下壕の防御結界を厚くして遺跡の観察を継続にゃん』
『了解にゃん』
『お館様、中間拠点からも特異種の群れを確認したにゃん、五~六〇〇はいるにゃん』
『特異種は何処に向かってるにゃん?』
『にゃあ、こいつらも行き先はプリンキピウム遺跡の方向みたいにゃん』
『了解、各拠点は特異種の動きに注意して監視を続けて欲しいにゃん』
『『『にゃあ!』』』
『オレは遺跡に行くにゃん!』
「おやかたさま?」
シアが心配そうに問い掛ける。
「にゃあ、皆んなは休憩所で待機にゃん」
「マコトさまは?」
「にゃあ、オレはちょっと出掛けるにゃん」
「「わたしたちもてつだう」」
「にゃあ、ビッキーとチャスも大丈夫にゃん、ふたりはシアとニアとノアを守っていて欲しいにゃん」
「「はい!」」
ビッキーとチャスに四歳児たちを任せた。
「シアもニアもノアもいくよ」
「きゅうけいじょにかくれるの」
ビッキーとチャスに先導され四歳児たちは、出来たての休憩所に向かう。
「にゃあ、後のことは頼んだにゃん」
「「「にゃあ、ウチらにお任せにゃん」」」
チビたち五人を猫耳たちに託してオレはトンネルまで下りて魔法蟻に跨った。
「あたしも一緒に行くよ!」
リーリがオレの頭に飛び乗った。




