グランドオープンにゃん
○帝国暦 二七三〇年〇八月十八日
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル ラウンジ
クリステル・オパルス・オルホフホテルのグランドオープンを迎えた。これまでの招待客の口コミは思いのほか遠くまで及んでいたようで、近隣の富裕層がすべて集まった感じだった。
オレはリーリと抽選で選んだ三人の猫耳たちとラウンジでお茶を飲んでいる。オープン初日だがオレ自身は特にやることはない。ゲストに挨拶するのは総支配人のアゼルの仕事だ。
「お客さんいっぱいだね」
リーリはぐるりとラウンジを見回す。
「にゃあ、初日からスゴい入りにゃん」
オレの予想では、良くて三割程度の稼働かと思っていたが、この世界の口コミもあなどれない実力を持ってるようだ。
「安くないのに有るところにはあるにゃんね」
猫耳も感心してる。
「お館様は、明日にはプリンキピウムに向けて出発するにゃん?」
「にゃあ、その予定にゃん」
「お館様は、ホテルに入るにゃん、それともプリンキピウムの森拠点にゃん?」
「にゃあ、オレはプリンキピウムのホテルに顔を出してからプリンキピウムの森拠点に移動するつもりにゃん」
プリンキピウムの森拠点は、プリンキピウムの街とその南方にある魔獣の森との中間地点に先行して入った猫耳たちと魔法蟻が造り上げた拠点だ。
「そこからいま建設中の魔獣の森前衛拠点に行くにゃん」
魔獣の森の目と鼻の先に猫ピラミッドを建設中だ。
そこが魔獣の森前衛拠点で、美味しいけどオパルスの牧場ではちょっとヤバい黒恐鳥の牧場も併設される予定になってる。
特異種じゃなくても高価な黒恐鳥の存在を不特定多数に知られると要らぬ厄介事を引き寄せるから秘密の牧場を置くには最適な場所と言えた。
「お館様は、いよいよ魔獣の森を攻めるにゃんね」
「にゃあ、これは早急に侵攻作戦の立案が必要にゃん」
「魔獣狩りの始まりにゃん」
猫耳たちが目を輝かせる。
「にゃあ、魔獣の森に入るのはあくまで調査にゃんよ」
「皆んなわかってるって、ね?」
リーリがオレの頭の上で語る。
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが同意する。
「それでウチらは最初に何人投入されるにゃん?」
「いきなり一〇〇人とかで入り込むと魔獣の大発生が起こりそうだから少数で入るつもりにゃん」
古くから大量の人間が魔獣の森に一度に入り込むと魔獣が大量発生するといわれている。無論、正確な記録は無い。少なくともオレは見付けられなかった。
「にゃあ、お館様、その伝説って本当にゃん?」
「いまのところ信用に足る検証結果がないから何ともいえないにゃんね」
「それって単にたくさんいる人間の気配に反応して、魔獣たちが集まったただけじゃないの?」
リーリがオレの頭の上から意見を述べる。
「そうにゃんね、リーリの意見が正解だと思うにゃん、ただ違ってたらヤバいから迂闊な行動は取れないにゃん」
「いまのウチらなら実際に確かめられるのに残念にゃん」
「オレはまず魔獣の森の様子を探りたいにゃん、記録があっても古いからいまの魔獣の森は自分で調べるしかないにゃん」
「ウチらもお館様と冒険したいにゃん」
「「「にゃあ」」」
「全員は無理にゃんよ」
知識は共有されるから、誰が一緒に行っても同じではあるのだが。そこは体験と知識の違いか。
「探検もいいけど、まずは美味しい魔獣の発見だね」
リーリが新たな目的を付け加える。
「鮭とウナギとブタはおいしかったにゃん」
「うん、あれはおいしかった」
リーリも納得だ。
「鎧蛇は食べられないことはないけど、普通に恐鳥の方が美味しいにゃん」
「恐鳥は焼き鳥が最高だね」
「にゃあ、オレもそう思うにゃん」
「お館様、恐鳥は普通じゃないにゃんよ」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちは揃って頷いた。
「「「おやかたさま!」」」
可愛い声が聞こえた。
「にゃあ、シアとニアとノアにゃん、可愛いカッコにゃんね」
ドアマンの制服に身を包んだシアとニアとノアが自走台車に乗って手を振っていた。お客さんの荷物を運んでいる途中だ。
「三人は働き者にゃん」
「にゃあ、三人にとっては遊びにゃん」
「フォローは大丈夫にゃん?」
プリンキピウムのホテルでもシャンテルとベリルがドアマンの制服でお手伝いをしていたが、州都ほどお客がいなかったからもう少しのんびりしていた。こっちは人も荷物も多いから大変だ。
「にゃあ、三人のことはウチらが全力でフォローするから大丈夫にゃん、それにビッキーとチャスが見守ってるにゃん」
少し離れた柱の影からビッキーとチャスがおチビたち三人を見ていた。ふたりが暴走しないように更にその後ろから猫耳たちが見守っている。
「大丈夫そうにゃんね、シアとニアとノアはビッキーとチャスと同じくフリーパスで何処にでも入れるから、おまえらも気を付けてやって欲しいにゃん」
「にゃあ、お館様、あの三人は牧場に入れないようにした方がいいと違うにゃん?」
「おまえら、子供の頃に立ち入りが禁止された場所は無かったにゃん?」
「「「有ったにゃん」」」
「どうしたにゃん?」
「「「入ったにゃん」」」
猫耳たちは間髪をいれず声を揃えた。
「禁止されたら入りたくなるものにゃん、危険はその都度教えればいいにゃん、ビッキーとチャスはちゃんと守ってるにゃんよ」
「そうにゃんね」
頷く猫耳たち。
「「「そうするにゃん」」」
「後は三人も魔法の練習にゃんね、まずはサバイバルにゃん」
「にゃあ、生き延びる為の魔法にゃんね」
「生活魔法じゃなくていいにゃん?」
「にゃあ、それはもう使えるにゃん、オレたちの娘なら狙われる可能性があるにゃん、何が有っても生き残れるタフな幼児にするにゃん」
「にゃお! ウチらの娘を狙ってるのはどこの誰にゃん!?」
取り乱す猫耳。
「悪いヤツは、どこにでもいるにゃん」
「「「にゃあ、それにゃん」」」
全員が頷く。
「悪いヤツらの心当たりが有り過ぎるにゃん」
「笑えない現実にゃん」
「ダレであろうとウチらの娘に手を出した日がそいつらの命日にゃん」
「「「当然にゃん!」」」
全員異議なしだった。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 支配人室
主だった宿泊客への挨拶と猫耳たちとお茶をした後、オレは支配人のアゼルと明日以降の事を話し合う。
「マコト様は、オパルスを離れられるのですね」
「にゃあ、そうにゃん、オレはしばらくプリンキピウムの森に潜るにゃん、連絡は通信の魔導具かその辺りにいる猫耳ゴーレムに言ってもらえばいいにゃん」
「かしこまりました」
「運転資金は金庫室に入れて有るにゃん。大金貨一〇〇〇枚までは支配人の決算で出せるにゃん。それ以上は猫耳に相談してくれればいいにゃん」
「そこまでのお金がなくても十分に間に合っていますからご安心下さい、当ホテルが買い入れるモノもありませんから」
「にゃあ、必要なモノが有ったら遠慮なく言って欲しいにゃん」
「わかりました。ではプリンキピウムまでの間にこちらのお客様に相応しい宿泊所を幾つか作っていただけますでしょうか?」
「にゃあ、高級な宿泊所にゃんね、わかったにゃん、帰る途中に作るにゃん」
「さすがマコト様ですね」
「ただ旧道沿いに作るにゃんよ、街道は街も宿屋も有るから勝手はできないにゃん」
「問題はないかと思われます」
「にゃあ、後は領主様に相談にゃんね、土地を買わないとイケないにゃん」
支配人と打ち合わせたオレは、パカポコと領主様のお城に向かう。
リーリは従業員食堂のビュッフェの食べ納めだ。
○州都オパルス オパルス城 客間
領主様のところは、土地の件もあるがプリンキピウムに帰るので最初から挨拶に行く予定だった。
城に到着すると領主様の執務室では無く客間に通された。
オレが豪華なソファーに座って足をブラブラさせて待っていると現れたのは奥様のクリステルだった。
「いらっしゃい、ネコちゃん」
「お邪魔してるにゃん」
「ごめんなさいね、カズキ様はお出掛けされてるの、王都だからネコちゃんの件ね」
「にゃあ、お手数をお掛けするにゃん」
「それで今日のご用事は何かしら?」
「にゃあ、ホテルのグランドオープンも無事に終わったので、明日プリンキピウムに帰るにゃん」
「あら、こちらを拠点にするんじゃ無かったの?」
「にゃあ、オレの本業は冒険者なので、プリンキピウムの森に潜る予定にゃん」
「まあ、十分に稼いでるのにまだ危ないことをするのね」
「にゃあ、冒険に危険は付きものにゃん、とはいっても、オレの場合は魔法が有るからそれほど危険な目に遭わずに済んでるにゃん」
「そうね、ネコちゃんは強いものね」
クリステルはオレの隣に座って頭を撫でる。
「にゃあ、それともう一件、お願いが有って来たにゃん、プリンキピウムに行く旧道の途中に宿泊所を幾つか作らせて欲しいにゃん」
「わざわざ旧道に作るの?」
「にゃあ、街道は既に宿屋があるからオレが入り込んで商売の邪魔をするわけには行かないにゃん」
「そうね、ネコちゃんの宿屋が近くに出来たら脅威よね」
「それで旧道沿いの土地を幾つか売って欲しいにゃん」
「わかったわ、アマベル、ネコちゃんの希望を聞いて用意してあげて、料金は事務手続きの手数料だけでいいわ」
クリステルはお付の書記官のアマベル・エアトンに指示した。
「かしこまりました、ではマコト様こちらに」
「にゃあ、クリステル様、ありがとうにゃん」
「どういたしまして、また会いましょうね、ネコちゃん」
「にゃあ、また来るにゃん」
○州都オパルス オパルス城 地所管理部
オレはアマベルと一緒に地所担当の部署を訪れた。この市役所っぽい雰囲気はカズキが作り上げたのだろうか?
アマベルは旧道の地図を大きなテーブルに広げた。
「ネコちゃんは、何箇所ぐらい必要なのかしら?」
アマベルは初めて会った頃より肌の色が明るくなり髪にも艶が出ていた。
ホテルに一週間ちょっと滞在した成果だ。
「にゃあ、一日辺り三ヶ所の休憩所とその先に宿泊所を作るつもりにゃん」
「プリンキピウムまでよね、すると休憩所はだいたい三〇箇所で宿泊所が九箇所ぐらいかしら?」
「そのぐらいにゃんね」
相当な数になるが仕方ない。
街道は真ん中ぐらいまでは宿屋が密に有るのだが、後半は無人の野営地ばかりになる。
プリンキピウムまで行く人はそう多くないから仕方ない。
「何か希望は有るかしら?」
「にゃあ、目星は付けて有るにゃん」
オレは印を付けた地図を拡げる。
それと場所の詳細を記したメモを出す。何度も通った場所なので現地調査済みだ。
「確認させてね」
書記官を何人か呼び寄せて協議を始めた。
『プリンキピウムの遺跡』とか『近衛軍』とか聞こえる。
ヤツらがいるのは林道の更に西側になるので直接の脅威にはならないはず。
約一〇分ほどで協議が修了した。
「ネコちゃんの希望通りに土地を譲渡します、事務手数料は一箇所に付き大銀貨一枚になるけどいいかしら?」
「にゃあ、問題ないにゃん」
金貨の入った袋をテーブルに置いた。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 猫ピラミッド ロビー
事務手続きには多少時間を取られたが問題なく終わり、オレはホテルに戻った。
レストランは満席なのでオレは猫ピラミッドに足を向けた。
「「「つかれた」」」
シアとニアとノアがお手伝いを終えて戻ってきた。
「お疲れにゃん」
誰かに着替えさせられたのだろう、ドアマンの制服から昨日と同じ白いワンピースになっていた。
「にゃあ、チビたちの働きはどうだった?」
三人を見守っていたビッキーとチャスに聞く。
「がんばっていました」
「いっぱいはたらいていました」
「にゃあ、ビッキーとチャスもご苦労だったにゃんね」
ふたりの頭を撫でる。もしかして背が伸びてる?
おチビたち三人からお腹の鳴る音がした。
「おなかが空いたにゃんね?」
「「「うん」」」
三人とビッキーとチャスもうなずいた。
「にゃあ、お昼ごはんにするにゃんよ」
「「「わーい」」」
三人はオレに駆け寄った。ビッキーとチャスもその後に続く。
「わーい!」
どこからか妖精も飛んで来た。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 猫ピラミッド 食堂
給仕の猫耳ゴーレムにちっちゃい子たちには、お子さまランチを頼み、オレはコロッケ定食を頼んだ。
リーリは両方。
異世界感ゼロのメニューだ。
「午後は何をするか決まってるにゃん?」
五人はそろって首を横に振った。
「お館様、午後はまずお昼寝にゃん」
「そうにゃん、お昼寝にゃん」
猫耳たちがぞろぞろやって来た。
「にゃあ、お昼寝の後はどうするにゃん?」
「魔法の練習にゃん、世界一の魔法使いになるなら日々のたゆまぬ努力は絶対に必要にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちの方針は決まってるらしい。
「了解したにゃん」
「にゃあ、魔法の練習の第一回はお館様にお任せするにゃん」
「初期設定はお館様じゃないと出来ないにゃん」
「「「そうにゃん、出来ないにゃん」」」
「難しい仕事を押し付けてくるにゃんね」
「難しいから、お館様の仕事にゃん」
「「「そうにゃん」」」
「わかったにゃん、第一回の初期設定はオレに任せるにゃん」
「「「にゃあ!」」」
「「「やった!」」」
シアとニアとノアも猫耳たちと一緒になって盛り上がってるが、たぶん何のことかわかってないと思われる。
「まほうはたいへんだよ」
「うん、たいへん」
ビッキーとチャスはしみじみ語っていた。
○州都オパルス 郊外 森
お昼寝の後は、トンネルを通って州都郊外の森にシアとニアとノアそれにビッキーとチャスを連れて来た。人気のない森は魔法の練習に最適だ。
オレたちにはスーパーバイザーとしてリーリも同行している。それと心配症な猫耳たちが距離を取って見守っていた。
「きがいっぱい」
「おうちがないよ」
「みちもない」
生まれて初めて街の外に出た三人は森の様子に目を丸くている。
「もりだからだよ」
「あぶないからゆだんしちゃだめだよ」
ビッキーとチャスが三人に注意をうながすと同時に防御結界を展開してオレたちを包み込んでいた。
精霊魔法由来の防御結界は強靭なので、魔獣でも簡単には抜けない。獣の薄い州都近郊の森で使うには完全なオーバースペックだけど。
「にゃあ、これから三人に魔法を教えるにゃん」
「「「はい!」」」
「いい返事にゃん」
今日のシア、ニア、ノアの三人は白いワンピースからビッキーとチャスそれに猫耳たちと同じカーキ色の戦闘服と編み上げブーツに着替えてる。
「にゃあ、ビッキーとチャスには普通の魔法を教えるにゃん、精霊魔法と上手く使い分けて欲しいにゃん」
「「はい!」」
「にゃあ、こっちもいい返事にゃん」
おチビたちの初期設定を兼ねた魔法の練習を開始した。




