猫耳たちの家族にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇八月十七日
○州都オパルス 下町
朝、食い道楽もとい領主様のたゆまぬ努力によってスラム化を免れている下町の一角に州都出身の猫耳たちムギとリンとモカの三人ほど連れてやって来た。
プリンキピウムほどではないが、この時期、州都も蒸し暑い。
朽ち掛けた一軒の古い家の前で馬を降りる。廃屋一歩手前の代物だが、この界隈では特に珍しくはない。
「お館様、ウチの家はここにゃん、妹とおふくろがいるにゃん」
「にゃあ」
ムギ本人が案内したので間違いない。
「にゃあ、こんにちはにゃん」
オレが代表して声を掛けた。
「はい」
ギシっと建て付けの悪い扉が開く。
「どなたですか?」
痩せた女の人が顔を出した。年の頃はフリーダと同じぐらいだろう。まだ若いのにその外見には苦労がにじみ出ている。
先日、オレに捕まって猫耳になったムギの妹さんだ。前世はチンピラだ。
「にゃあ、ウチらはマコト銀行から来たにゃん」
説明はリンが行う。六歳児が銀行うんぬん言っても説得力がないから仕方ない。
「マコト銀行ですか?」
首を傾げる。
「にゃあ、最近できたお金を預けたり貸し借りするところにゃん」
猫耳が銀行を大雑把に説明する。
「うちにお金なんてありませんけど」
見るからに無さそうだ。
「にゃあ、違うにゃん、ここのお兄さんのムギに頼まれたお金を持って来たにゃん」
「にゃあ」
オレの隣にいる元チンピラのムギが頷いた。
「兄ですか?」
眉間にしわを寄せ警戒感を露わにした。
「にゃあ、お兄さんから『遠くで仕事をするから、しばらく帰れないと伝えてくれ』と頼まれたにゃん」
「はぁ、そうですか、また悪いことをしたんですね」
失望と諦めが混ざった顔で深いため息を吐く。
「にゃあ、今回は違うにゃんよ、ちゃんとまっとうに働いてるにゃん」
モカが言い繕う。
「そうにゃん、まっとうにゃん」
元チンピラのムギも妹に訴える。
「これがお兄さんから預かったお金にゃん」
説明役のリンが大銀貨一〇枚が入った袋を渡した。
「本当にあの兄がお金を?」
「そうにゃん、もうチンピラみたいな真似はしていないから安心していいにゃん」
ムギ本人が言ってるので間違いない。
「とても信じられませんが」
「にゃあ、直ぐには無理にゃんね」
犯罪ギルドの構成員で妹が貯めたお金を持ち逃げするようなクズでは仕方ない。それは本人もわかってる。
「ところでお母さんは留守にゃん?」
母親の姿が見えない。
「母は病で伏せっています」
「にゃあ、だったらウチらに任せるにゃん」
「任せるって?」
「ウチらは治癒魔法が使えるにゃん、ついでにこの掘っ立て小屋も直すにゃん」
「ちょ、人様のお家を掘っ立て小屋呼ばわりは失礼にゃん」
ムギからクレームが入る。
「にゃあ、ごめんにゃん、素敵なボロ家にゃん」
モカもフォローになってないぞ。
「おまえは喋らない方がいいにゃん」
「あの、いいんです、ボロ家なのは本当のことですから、兄なんかもっと酷いことを言ってましたし」
「クズ全開にゃんね」
「申し訳ないにゃん」
元クズのムギが耳をペタンとさせる。
「にゃあ、お詫びに直すにゃんよ」
ムギの背中を叩いた、
「頑張るにゃん」
そして立ち直る。
「でも、お家をいじるには大家さんに許可をもらわないと」
「にゃあ、この一帯はここにいるウチらのお館様が二束三文で買い取ったので、誰も文句を言うヤツはいないにゃん」
実際そうだが、二束三文は余計だ。
「お館様ですか?」
「にゃあ、他の人から言われると恥ずかしいにゃん」
「この子がお館様?」
「そうにゃん、ウチらのお館様にゃん」
「にゃあ、オレのことはいいからお母さんの治療と家の修理を手分けしてするにゃん」
「「「にゃあ」」」
この調子で州都出身の猫耳たちの元家族の様子を見て回った。
基本どいつもこいつもクズばかりだから、酷いことになってる家族ばかりだった。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 猫ピラミッド 食堂
「にゃあ、その子たちはどうしたにゃん?」
午後、猫ピラミッドに戻ると三、四歳ぐらいの小さな女の子が三人ならんでご飯を食べてた。
真新しい白いワンピースは、猫耳たちが用意したのだろう。
「これも美味しいよ」
「ジュースもあるよ」
ビッキーとチャスが世話を焼いてる。
「旦那の連れ子だったらしく義理の母親に押し付けられたにゃん」
その旦那が猫耳だった。
「栄養失調気味だったから治療したにゃん」
おかげでホッペはプニっとしていまは健康そうだ。
髪の毛も綺麗な明るい金髪だが、ちゃんと切ってないらしくボサボサの伸ばし放題だった。
「姉妹にしては同い年ぐらいにゃんね」
三つ子にしては似てない。
「旦那の連れ子だけど旦那の子じゃないにゃん」
「前の女が子供を置いて逃げたにゃん」
「複雑にゃんね」
「しかもこの子たち三人とも血が繋がってないにゃん」
「にゃあ、複雑すぎにゃん」
「あの辺りでは珍しくないにゃん」
「良くある話にゃん」
州都出身の猫耳たちが説明する。
「にゃあ、それでこれからどうするにゃん? プリンキピウムの寄宿学校ならいつでも入れられるにゃんよ」
「にゃあ、親がいるから孤児ではないにゃん」
「そうにゃんね」
でも義理の母親は養育を拒否してるわけだから扱い的には孤児になりそうだ。
「お館様、この子たちはウチらの手元で育てたいにゃん」
「手元にゃん?」
「「「お館様、お願いにゃん」」」
猫耳たちから懇願される。
「「おねがい」」
ビッキーとチャスもお願いに加わる。キミらもプリンキピウムには帰らないつもりか?
「にゃあ、ここで保護するのは問題ないにゃん」
「「「にゃあ、お館様ありがとうにゃん!」」」
どさくさに紛れて抱っこされまくる。
「手元で養育するのは構わないにしても、教育方針はどうするにゃん?」
「教育方針にゃん?」
「決まってるにゃん、元気に育って欲しいにゃん」
「良い子になって欲しいにゃん」
元チンピラのクズどもの意見にしてはまっとうだ。
「「わたしたちのいもうとにする!」」
ビッキーとチャスも参戦した。
「元気で良い子はいいにしても将来何をやらせるかにゃん」
「にゃあ、カタギの仕事がいいにゃんね」
「「「にゃあ」」」
「お城で働いたりにゃん?」
「にゃあ、ウチらの子供ならもっと冒険をして欲しいにゃんね」
「冒険にゃん?」
「カタギで冒険と言えば冒険者にゃん」
「冒険者はダメにゃん! そんな危ないこと、お父さんは許さないにゃん!」
「誰がお父さんにゃん? ウチらは全員女の子にゃん」
「にゃあ、そうだったにゃん」
「冒険者はアレとしても、この危険に満ちた世界で自分の身を守れないのはどうかと思うにゃん」
オレも魔法が無かったら危なかった口だ。それと中身が三九歳の新車ディーラーだったのも大きい。
「「「そうにゃんね」」」
全員がうなずいた。
「殺人術を仕込むにゃん?」
「却下にゃん」
「オレは魔法を教えるといいと思うにゃん、魔法使いなら危険を回避できるし、そこそこ稼げるし、それにこの子たちはかなり素養が有るにゃん」
ビッキーとチャスみたいな精霊魔法の素養ではないが、魔力は十分に魔法使いを目指せるだけあった。
「「「それにゃん!」」」
猫耳たちも賛成した。
「身体の成長に合わせてエーテル器官を調整するにゃん」
「にゃあ、世界最強の魔法使いにするにゃん!」
「「「にゃあ! 最強にゃん!」」」
なんかオレの考えていた魔法使いと違うが、猫耳たちがそう願うなら有りだ。最強なら他人に好き勝手されることはないだろうし。
「にゃあ、三人の名前を教えて欲しいにゃん」
デザートに取り掛かってる女の子たちに声を掛けた。
「ネコちゃん?」
「にゃあ、オレはマコトにゃん」
「マコト、いいこいいこ」
頭を撫でられる。
「にゃあ」
「ネコちゃん、食べる?」
オレの前にスプーンに載ったプリンを差し出された。
「ありがとうにゃん」
チュルッと食べる。
「あたしも欲しい!」
リーリがおねだりする。
「妖精さんにもあげる」
「ありがとう!」
「にゃあ、それで皆んなの名前は何にゃん」
「あたしはシア」
シアは最初に「ネコちゃん?」と問い掛けた子だ。
「あたしはニア」
ニアはオレの頭を「いい子いい子」と撫でくれた子だ。
「あたしはノア」
ノアはプリンを食べさせてくれた子だ。
「にゃあ、可愛い名前にゃんね、皆んなはいくつにゃん?」
「「「よんさい!」」」
「にゃあ、全員四歳にゃんね」
ベリルと同い年だがちょっと小さい。
「まずは髪をどうにかするにゃん」
「切るにゃん?」
「にゃあ、それは勿体ないにゃん」
「ここは猫耳ゴーレムのカリスマ美容師に任せるのがいいと思うにゃん」
「にゃあ、それはいい考えにゃんね」
異世界にカリスマ美容師?
単にオレの貧弱な日本語の語彙から、そのままこちらの言葉が作られてるからに違いない。
「お昼寝が終わったらカリスマの猫耳ゴーレムを連れて来るにゃん」
オレと猫耳が知恵を絞ったところで、元が新車セールスと犯罪ギルドと悪徳商人に盗賊に殺し屋とクズのチンピラなのでセンスはどうしようもない。ここは素直に専門家に任せるのが最善だ。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル ラウンジ
シア、ニア、ノアの四歳児たちをビッキーとチャスそれに猫耳たちに任せて、オレはホテルのラウンジでベイクウェル商会のオパルス支店長ダドリー・ボウマンと面会する。
「にゃあ、わざわざ来て貰ってごめんにゃん」
「いえ、この度は魔法馬を回していただき感謝します」
既に価格等の交渉事は、猫耳たちが終わらせているのでオレは単に挨拶するだけだ。
「ベイクウェル商会とは、今後もいい付き合いをしたいのでよろしく頼むにゃん」
「こちらこそ、末永くご愛顧いただければと思ってます」
悪さをしなければ使うつもりだ。
「マコト様は金融業を始められたのですね」
「にゃあ、銀行っていうにゃん、お金を溜め込んでも仕方ないので世間様に回すことにしたにゃん」
「いずれは王都にも作られるのですか?」
「にゃあ、いずれそうしたいにゃんね、その時はベイクウェル商会に協力をお願いするかもしれないにゃん」
「もちろん協力させていただきます」
本当にいい関係が築けるかどうかはお互い相手次第か。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 最上階
『ホテルの他に金貸しも始めたの?』
『にゃあ、金融業にゃん』
『予想を超えた動きなのです』
夜になってキャリーとベルに念話してる。
『にゃあ、オレたちも人数が増えたのでいろいろ動ける様になったにゃん』
『私も王国軍を除隊したらマコトのところで世話になろうかな』
『にゃあ、いつでもいいにゃんよ』
『私もなのです、それと彫像病を治療したと言うのは本当なのです?』
『にゃあ、参考になる症例ではないにゃん』
『全身が金属って、おとぎ話の中だけかと思っていたよ』
『マコトは普通の彫像病の治療も可能なのです?』
『にゃあ、可能にゃん、まだ一人しか治療してないけど完治したにゃん』
ハリエットが彫像病だったことは公表されていないので患者の詳細は内緒だ。
『彫像病は魔法使いの死因の中でもトップクラスなので怖いのです』
『にゃあ、ベルもキャリーもオレがエーテル器官を調整したから彫像病にはならないにゃんよ』
『ええ、いつの間に!?』
『ふたりの怪我を治した時に一緒に弄ったにゃん』
『全然、気が付かなかったのです』
『ふたりとも疲労困憊だったから仕方ないにゃん』
『今日のまとめとして、私たちの除隊後はマコトの所に行くことにすると』
『直ぐでもいいにゃんよ』
『しっかり勤め上げた方が何かと都合がいいのです』
『それに何かと世話になってる人に迷惑を掛けちゃうからね』
『それはあるのです』
『義理を通すのは大切にゃんね』
「「「おやかたさま!」」」
夜になってシア、ニア、ノアの三人を連れたビッキーとチャスがオレの部屋に飛び込んで来た。
三人ともカリスマ美容師に髪の毛をやって貰ったらしくスッキリとして可愛さをUPさせている。
ビッキーとチャスも一緒に髪を切って可愛さ倍増だ。
「にゃあ、いらっしゃいにゃん」
「「「おじゃまします」」」
誰に教わったのか、ちゃんとご挨拶できてる。
「ここがおやかたさまのおへやだよ」
「そうだよ」
引率のビッキーとチャスが三人に説明してる。
「わあ、すごくたかい」
「ピカピカしてる」
「あたしたちのおうちはどこ?」
三人は壁に張り付いてオパルスの街を見てる。
「三人のお家は今日からここにゃん」
「ここなの?」
「にゃあ、プリンキピウムにもあるにゃん」
「プリンキピウム?」
「そうにゃん、あっちには三人と同い年ぐらいの子がいっぱいいるにゃん」
「プリンキピウムってどこにあるの?」
「南に乗合馬車で一〇日のところにゃん、三人はもう知ってるはずにゃんよ」
エーテル器官に負担を掛けない程度の情報共有が行われてる。
「うん、しってる、まほうありさんのトンネルをとおるんでしょう?」
「そうにゃん」
「あたしたちも、まほうありさんとあそんでもいい?」
「ビッキーとチャスと魔法蟻の言うことをちゃんと聞くならいいにゃん」
「「「きく!」」」
「にゃあ、でも今日は遅いから遊ぶのは明日にゃんね」
「「「そうする!」」」
「皆んな、お風呂に入ってから寝るにゃんよ、ビッキーとチャスは三人の面倒をみてやって欲しいにゃん」
「「りょうかいです!」」
敬礼する二人。ドクサ騎士団仕込みだ。
「シアとニアとノアは、ビッキーとチャスのいうことを聞くにゃんよ」
「「「はい!」」」
三人は元気よく返事をする。
「みんな、こっちだよ」
「おふろにはいるよ」
「はーい、ビッキーおねえちゃん、チャスおねえちゃん」
シアとニアとノアの三人はお姉ちゃん振りが初々しいビッキーとチャスに連れられてお風呂に行った。




