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クーストース遺跡群 プリンキピウム遺跡 2

 ○プリンキピウム遺跡 発令所


 ここが遺跡の発掘現場の宿舎と忘れてしまいそうなほど、豪奢な調度品に囲まれた食堂でワインを煽る。

「無事に解放したのも束の間、あそこまで酷い防御結界が発動しようとは」

 第二王子エドモンドの陰鬱な気分はワインでも晴らしてくれそうに無かった。

 昼間の惨劇が頭を離れない。

 濃いエーテルに飲まれ悶え苦しみ助けを乞う犯罪奴隷たち。

 しかし、エドモンドには彼らに差し伸べる救いの手を持ち合わせていなかった。

 彼らは、遺跡の贄となる。

 これが本来の彼らの使命だ。

 例え、ついさっきまで軽口を叩き合っていた間でも。

『殿下、殿下』とまとわりついて離れなかった少年も身体をくの字に曲げ苦しんで息絶えた。

 遺跡発掘を専門とする考古学者であるエドモンドは、それは十分に承知していたし何度も経験していた。

 だが、いまだに慣れることはない。

 またワインを流し込んだが、腹の奥底に重石を入れられたような感覚は少しも緩和されなかった。

「致し方ありません、今回のあれは防御結界というよりもマナの噴出事故と言った方が良いかと思います」

 魔導師マリオン・カーターが傍らで給仕の真似事をしてくれている。友人でもある彼は、発掘の犠牲者が出る度に酷く落ち込む王子の姿をこれまで何度も見ていた。

 犯罪奴隷を人とは見なさない人間が多い中で、王子は彼らの人としての尊厳を尊重している。

「少なくとも殿下の責任ではございません」

「無論わかる、わかるのだが」


 遺跡の封印が解け地下に至る道が開き、階段の下にある最初の扉を難なくこじ開け縦坑を発見したところまでは良かった。

 エドモンドは素直ないい遺跡だと思った。

 いや、エドモンドだけではない、現場の誰もがそう思ったはずだ。

 しかしそれは違っていた。

 今日になって遺跡は豹変した。

 まるで人間が油断して深く入り込むのを待っていたかのように。

 縦坑に滑車を取り付け、奴隷たちを下ろし終え、マリオンを伴ったエドモンドが降り、作業の指示を始めたところで突然それが起こった。

 最初に気付いたのはマリオンだった。

 突然、マナの異常な濃度上昇が起こったのだ。

 倒れ伏し苦しむ犯罪奴隷たち。

 エドモンドは、マリオンに抱えられその結界に守られながら飛翔の魔法で縦坑を一気に上昇し、地上に逃れた。

 だが、中に残された犯罪奴隷たち全員が命を失ってしまった。

 今回こそは、この遺跡なら、犯罪奴隷を潰さずに済むのではないか?

 そんな淡い期待は一瞬で潰えた瞬間だった。

 エドモンドの勘が告げる。

『プリンキピウムの遺跡は最悪なレベルで犯罪奴隷を潰すだろう』と。

 この勘は外れない。

 なぜなら、宰相のクーストース遺跡群への入れ込み様を考えたら犯罪奴隷をいくら潰そうとも発掘の中止などあり得ないからだ。


「頭領でさえ予測出来なかったのです、殿下が気に病むことではありません」

 頭領とは発掘の指揮を実際に執ってる犯罪奴隷のリーダーだ。

 遺跡を抱える領主たちが喉から手が出るほど欲してるベテラン中のベテラン。

 かつては大学の有望な研究者だったが酒癖が悪く、貴族の子弟を殺してしまったことから犯罪奴隷落ちした人物だ。

 遺跡に潜ることのできるいまの環境が最高だと髭面の日焼けした顔で良く言っていた。

 その彼をして防げなかった事故だ。

 これ以上の愚痴は、頭領もいい気はしないだろうことは頭ではわかっている。

「済まないマリオン、これは私の心根の弱さだ」

「そこが殿下のいいところではあるのですが、明日からはキツいですよ」

「問題ない、私も遺跡の研究者だ、生半可な気持ちでここにいるわけではない」

 明日から犯罪奴隷たちを簡易結界の護符のみで遺跡に潜らせる。

 大半は命を落とすだろう。

 その代わり遺跡は一人の命を屠った分だけ魔力を消費する。そしていつかは魔力が切れ邪魔な防御結界が消散する。

「頭領の指示で長持ちする魔法使いの犯罪奴隷を集めていますが、何分、数が少ないのでお時間を頂くことになりそうです」

「仕方あるまい、宰相殿も主席殿も時間に関して五月蝿いことは言うまい」

「おふたりとも遺跡の封印を解かれたことをお喜びになられています」

「まだ先は長いがな」

「発掘とはそういうものではありませんか」

「ああ、そういうものだ」

 遺跡の発掘はそれこそ数百年に渡る事業だ。プリンキピウムの遺跡はまだ手が付けられてから一年と経っていない。

「殿下、実は気になる情報が有るのですが」

 マリオンが声を潜めた。

「何だ?」

「プリンキピウムの森で、魔獣が目撃されたそうです」

「魔獣だと!?」

「はい、冒険者ギルド経由の情報ですから確かです」

「被害は?」

「幸い人的な被害を出すこと無く魔獣の森の方向へと引き返したそうです」

「良く無事に済んだな」

「目撃した冒険者は、本職が王国軍の兵士だったらしいですから」

「王国軍? こんなところで何をやってるのだ」

「休暇で狩りに来たとのことです、王国軍の兵士にしてはまともな人間のようですね」

 盗賊軍と揶揄される王国軍の現状を知っているマリオンは皮肉めいた笑みを浮かべる。

「まともな王国軍の兵士なら、魔獣の対応も知っているか」

「気になったのは目撃された日時なのです」

「何か問題なのか?」

「ちょうど、殿下が遺跡の封印を解いた時間の直後なのです」

「遺跡から発せられたアレが関係してるのか?」

「いまのところは、何もわかりません」

「アレに魔法式が載っていたのだろう?」

「はい、あの音に魔法式が載っていたまでは確認いたしました、ただそれが何なのかは不明です」

「それが魔獣の森から魔獣を引き寄せたかも知れないと?」

「魔獣は途中で引き返しているので、偶然の一致の可能性もありますが、殿下のお耳に入れておこうと思いまして」

「助かる、遺跡の防御機構の一部と考えられ無くもない、遺跡に魔獣が居座ってる例などそう珍しくはないからな」

「では、今回のことも?」

「いや、性急に結論は出せまい、魔獣を呼ぶ魔法があると言われてるが王宮の封印図書館にもそのようなモノは存在しなかった」

「殿下、いったい何処に入り込んでるのですか?」

 呆れた表情で王子を見た。

 封印図書館は例え王族でも立ち入って良い場所ではない。

「私は魔法使いではないのだ、禁呪の魔法式を見たところで何の問題もあるまい」

「見た者を呪う魔導書が有ると聞きますが」

「ただの噂だ、現に私は呪われていないぞ」

「いまだに奥方が決まらないでは有りませんか? 子孫繁栄を阻害する呪いに違いありません」

「そ、それは呪いではない、単に嫁取りが面倒なだけだ」

 冗談にしても痛いところを突かれたエドモンドの反論は脆弱だ。

「頼みますよ殿下、私まで変な目で見られてるのですから」

 ふたりは衆道の契で結ばれているとの噂は、王都の町娘にまで拡がっていた。見目麗しい王子と宮廷魔導師の仲がいい様子は、その手の人たちの想像力を掻き立てるらしい。

「マリオン、それは独り身のおまえが悪い、変な噂が嫌なら身を固めればいい」

 エドモンドは憮然とした表情で友人の魔導師を見る。

「私はいいのです、魔法の研究に嫁など不要だからです、私より格上の魔法使いなら考えなくもありませんが」

「マリオンより上の魔法使いなど存在するわけなかろう」

「ですので、嫁を娶る気はございません」

「おまえも私と同じで面倒くさいだけではないのか? 私も私より格上の研究者なら考えてもいいぞ」

「では、そのように陛下にお伝えいたします」

「待て、陛下に変なことを吹き込むな、本当に探し出したらどうしてくれる?」

「ご結婚されるのがよろしいかと」

 涼しい顔で応えるマリオン。

「ぐぬぬ、その時はおまえも道連れだ、嫁は適当に私が見繕ってやる」

「殿下、そのようなことにお力を使われるのはどうかと思われます、だからヤメて下さい」

「マリオンも人の嫌がることはしない方がいいぞ」

「かしこまりました」

「魔獣の件だが、プリンキピウムの森を探索した方が良いのではないか?」

「プリンキピウムの森は広大です、探索にはそれなりの人員と時間が掛かりますのでお時間を戴くことになりますがよろしいでしょうか?」

「いや、プリンキピウムの森全体を隈なくさらう必要はない、魔獣の森への最短ルートを確認すればいい」

「かしこまりました、近衛の騎士に確認させましょう、森に入りたくてウズウズしている者たちがおりますから」

「そうか、では手配を頼む、冒険者ギルドでも確認はするだろうが、魔獣が侵出した痕跡の有無を確認してくれ」

「彼らなら魔獣でも狩って来そうですが」

「狩っても構わんが、魔獣は仲間を呼ぶと言うから慎重に頼むぞ」

「わかっております」

「それと念のため、遺跡の周囲に魔獣避けの結界を頼む」

「かしこまりました、簡易のものでよろしければ直ぐにご用意いたします」

「それで構わない」

 マリオンの返事に頷くエドモンド。

「済まないマリオン、心配を掛けた、もう大丈夫だ」

「では、夕食をお出しします」

「ああ、酒はもういい、下げてくれ」

「かしこまりました」

「持つべきものは良き友人だ、それが優秀な魔法使いなら言うこと無しだ」

「ワインの酔いがいまごろ回って来たようですね」

「そうだな」

 エドモンドは笑みを浮かべた。


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