地獄の裂け目にゃん
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 猫ピラミッド
オレたちは冒険者ギルドから猫ピラミッドに戻った。
「にゃあ、おまえらも各拠点や銀行を見てくるといいにゃん、大公国の領地もトンネルで行けるにゃん」
「お館様、ドラゴンゴーレムはダメにゃん?」
「にゃあ、アレは目立つから本格的に運用するのは人目に付かない場所を確保してからにゃんね、式神を使う敵もまだ特定できてないから、認識阻害の結界を張ってもこの近くでの飛行は止めた方がいいにゃん」
「仕方ないにゃん」
「「「にゃあ」」」
他の猫耳たちも残念そうだが同意した。
「ウチは大公国のプロトポロスを見て来るにゃん」
「にゃあ、ウチもお館様の麦畑が見たいにゃん」
「だったらウチは、ネコミミマコトの宅配便のバルドゥル・シャインプフルーク総司令に挨拶してくるにゃん」
「にゃあ、ウチはルチアをハグするにゃん」
「ウチもそれにするにゃん」
「おまえら、ほどほどに頼むにゃんよ」
新入りの猫耳たちと好奇心を刺激された先輩猫耳の一部が大公国の領地に向けてトンネル経由で出掛けた。日帰りは無理なのであちらの拠点に泊まることになるだろう。
『にゃあ、オレの姉妹みたいのがそっちに行くから、適当に相手をしてやって欲しいにゃん』
いきなり大量の猫耳が押しかけて騒ぎにならないように大公国の各方面に念話で連絡を入れた。
○州都オパルス郊外 南西の森
新入りたちを送り出した後は、リーリと適当に選抜した五人の猫耳を連れて地獄の裂け目のある南西の森に魔法蟻のトンネル経由で向かう。
ビッキーとチャスは今回もついて来たがったが、うっかり谷底に落ちると即死を免れない場所なので、州都拠点防衛の任務を与えて置いてきた。いまごろ魔法蟻の背中に乗ってパトロールしてるはずだ。
地獄の裂け目のある森は州都の西門から魔法馬で一時間、徒歩なら半日は掛かる場所にある。森というより見通しの悪いヤブで、その先にクレバスみたいな峡谷が突然現れるらしい。
わざわざヤブこぎしてまで行く場所でもないので、誤って転落みたいな事故はないようで近年の報告例はジェド・ダッドのみだ。
魔法蟻のトンネルを通って州都から一〇分ほどで問題の森の端っこに到着した。
魔法蟻のトンネル網は州都とプリンキピウムや大公国の領地を繋いだ後、現在は州内の各市町村に向かって伸びている。
この調子なら、たぶん一ヶ月以内に州内と大公国の領地のどこにでもトンネルで行けるようになるだろう。
ヤブの中に出口を作って地上に出た。
「州都に近い割にプリンキピウム街道並に寂れた場所にゃん」
オレは周囲を見回す。人気はまったくない。
「ヤブを切り開いてまで住むような場所じゃないということにゃん」
「にゃあ、ヤブのせいで農地にも不向きにゃん」
「たまに凶暴な獣も出るみたいにゃん」
猫耳たちが補足してくれる。
オレたちはヤブの中で魔法馬を再生して跨った。
「にゃあ、行くにゃん」
先頭の魔法馬が行く手を阻む草木を防御結界で押し倒して道を作り、最後尾の魔法馬が元のヤブに戻して痕跡を消し、シャンテルとベリルの父親ジェド・ダッドが三年前に消息を絶った場所へ向かう。
「森そのもののマナの濃度は問題ないにゃんね」
空気の匂いでわかる。
「そうだね、普通の森だね」
リーリも同意した。
プリンキピウムの森と違って獣の気配もずっと薄い。特異種なんて皆無だ。この状態が普通の森なのだろう。オレには物足りないけど。
「にゃあ、お館様、ここは思っていた以上にトゲトゲのヤブにゃんね」
鋭い棘のある草木が絡み合って進路を塞いでいた。
「お館様が通ったプリンキピウムに行く林道みたいにゃん」
「にゃあ、普通にヤブこぎしたらかなり骨にゃんね」
「地獄の裂け目に行くのも大変にゃん」
「お館様、シャンテルとベリルの父親は何でこんなところに入り込んだにゃん?」
「にゃあ、三年前の事件では特異種を追ってこの森に入り込んだにゃん」
猫耳たちの疑問に答えた。
「ヤブの中で特異種と戦うつもりだったにゃん?」
「そうみたいにゃんね、記録では三〇人の冒険者が討伐に参加してるにゃん」
「州都では特異種の討伐のため、冒険者に非常召集が掛かるにゃん」
「にゃあ、オレもグールの時に参加したにゃん」
強制参加がなければ例え冒険者でもこんなところには来ないか。
ジェド・ダッドが仲間をかばって特異種と一緒に谷底に転落したといわれているが、報告書を読む限り、目の前に現れた特異種に驚いて大声を上げたところを襲われて落ちたのが正解っぽい。
シャンテルとベリルには悪いが、冒険者としての資質は今ひとつだったっぽい。いい人だったらしいけど。
○州都オパルス郊外 南西の森 地獄の裂け目
オレたちは二〇分ほどヤブこぎをしてジェド・ダッドの転落現場である地獄の裂け目の縁に到着した。
「この辺りがジェドさんの落ちた場所にゃんね」
渓谷の縁の草木を刈り取って場所を空けた。
峡谷は広いところで三〇〇メートル、狭いところでは一〇メートルほどで対岸になっていた。
「渓谷の真上だけマナの濃度が跳ね上がってるにゃん」
高濃度のマナはまるで結界で封じられているみたいに拡散していない。
「見たところ結界は存在しないにゃん」
「これは谷底の何かがマナを引き寄せてるっぽいね」
リーリがオレの頭の上から谷底を見下ろした。
谷底には霧で覆われ肉眼で確認することはできない。その霧にしたって普通とは違うだろう。
谷底に何があるのか探査魔法を打ったが途中で遮断されてしまう。
「探査魔法が効かないにゃん」
「マナが濃すぎて邪魔してるってるのもあるんじゃないかな」
「にゃあ、お館様、ウチもダメにゃん」
「ウチもにゃん」
猫耳たちも探査魔法を打ったが、結果に変わりはなかった。
「にゃあ、これは底に降りて手掛かりを探すしかないにゃんね」
オレたちは渓谷の縁に立って下を覗き込んだ。ほんの数メートル下から濃い霧に覆われ底までどれほどにあるのかすらわからない。
魔獣の森に実際に行ったことはないが、渓谷に一歩でも入り込んだら図書館情報体に記録されてるマナの濃度を軽く超える。
「本当に犯罪ギルドの連中はこんなところに死体を投げ入れるにゃん?」
猫耳たちに訊いた。
「にゃあ、ヤツらの脅迫の決まり文句にゃん、『地獄の裂け目にブチ込むぞ』っていうにゃん」
「あいつらバカだから実際にやっても何の不思議もないにゃんね」
「ご苦労なヤツらにゃん」
『それはウチらじゃなくてオクルサスの連中にゃん』
新入りの猫耳から訂正が入った。オクルサスはノクティスと同じ王国内の広域犯罪ギルドだ。中身はどっちもどっちで大差はないと思われる。
「にゃあ、本当にツルツルして全く足場がないにゃんね、しかも底の方が広くなってるみたいにゃん」
猫耳のひとりがよつん這いになって崖の表面を触った。まるで磨き上げられたように滑らかだ。
「遺跡の坑道に似てるにゃんね、しかもマナの濃度はこっちが上にゃん」
「にゃあ、壁に埋まるのは嫌にゃん」
他の猫耳たちも「「「にゃあ」」」」と鳴いて同意した。
「防御結界ではないからそれはないにゃんよ、でも、このマナの濃度だと崖から落ちたら底に到達する前に死ぬにゃんね」
「にゃお、生きてるうちに壁に埋まってる暇もなさそうにゃん」
「苦しまないだけマシにゃん」
「「「にゃあ」」」
「お館様、この峡谷って人工物みたいな感じがするにゃん」
崖の表面を撫でていた猫耳が顔を上げた。オレも触ってみる。
「にゃあ、確かに魔法で形成したみたいにゃん」
「峡谷自体、魔法で作り出した場所だね」
リーリはオレの頭から峡谷を眺めた。
「時代は三〇〇〇年前ぐらいにゃんね、先史文明崩壊後の暗黒時代の代物にゃん」
オレは簡易鑑定をした。
「何のために造られたか、降りてみればわかりそうな気がするにゃん」
「「「にゃあ、お館様に賛成にゃん」」」
「それしかなさそうだね」
リーリも賛成した。
「谷底に降りるにゃん」
オレたちはその場で魔法蟻を再生する。
「ツルツルは魔法蟻におまかせにゃん」
『『『……』』』
魔法蟻たちも口をカチカチさせて右前脚を上げる。
「全員、防御結界を重ね掛けにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
「行くにゃん!」
オレたちは魔法蟻の背中に乗ると慎重に崖を降り始めた。
「にゃあ、感触は魔法蟻のトンネルと似た感じにゃんね」
「構成物質はほぼ同じみたいにゃん、実際に触ると遺跡の坑道より魔法蟻のトンネルに近いことがわかるにゃん」
「こっちも魔法で一気に作ったにゃんね」
峡谷の崖は中程から大きくえぐれてオーバーハングになっている。
「スリル満点にゃん」
「「「にゃあ」」」
オレたちは逆さまに近い形で降りて行く。魔法蟻の背中に張り付いた状態なので自分から降りない限りは安全だ。
峡谷かと思ったら底はかなり広い。地上からはまったくわからなかった。
「マナの濃度がまだ上がってるにゃんね、早くも普通の人間なら軽く死ぬ濃度になってるにゃん」
「にゃあ、お館様、まだまだ濃度が上がるにゃん」
「昨日のドラゴンゴーレム型エーテル機関の土地とほぼ同等にゃん」
「二日続けてマナの高濃度の事案にブチ当たるとは思ってなかったにゃん」
「昨日のがどれぐらいか知らないけど、ここはもっと濃くなるから気を付けてね、マコトや猫耳でも油断したらただじゃ済まないよ」
「「「にゃあ!」」」
リーリに忠告されてオレたちは気を引き締めた。
「霧の領域に入るにゃん」
峡谷を三分の二ほど降りたところで白い壁のような霧に飲み込まれる。
「にゃあ、視界ゼロにゃん、皆んなここからは固まって行くにゃん」
オレは猫耳たちに声を掛けた。
「「「了解にゃん」」」
フォーメーションを組み直してオレたちは霧に潜る。
「この霧、半エーテル体にゃん」
「にゃあ、まるでマナが目に見えているみたいにゃん」
「ほとんどマナと言っても差し支えのない濃度にゃん」
「お館様、まだ降りるにゃん?」
「このまま底まで行くにゃん」
濃厚な半エーテル体の霧が渦を巻いてる。
「にゃ!?」
底まであと僅かという地点で、突然、半エーテル体の霧が晴れた。
○州都オパルス郊外 南西の森 地獄の裂け目 地底湖
「にゃあ、ここが底にゃん?」
どう見ても巨大な湖の湖畔だった。
空は晴れ渡り穏やかな風と小さな波が打ち寄せていた。
「風景が地上と一致してないにゃん」
「でも、オレたちの座標が変わってないからここは谷底の拡張空間にゃんね」
「マナの濃度がヤバいにゃん」
穏やかな風景だが人間どころか魔獣もヤバいレベルの濃度だ。
湖はいきなり深そう。
透明度が高いが底は全く見えない。
「にゃあ、これも水じゃなくて液体のマナにゃん」
昨日も結界の底に溜まった液体のマナを回収したが、こっちは湖を構成していた。レベルが違う。
「にゃあ、いろいろ使えそうなので少し貰って行くにゃん」
オレの中にいる魔法龍に流し込んでみる。血液代わりになかなか良さそうだ。
「にゃあ! お館様、湖の中に何かいるにゃん!」
猫耳のひとりが湖の沖を指さした。
オレたちは湖面を見つめる。
湖の深い場所から巨大な何かが浮上して来た。
「魔獣にゃん?」
「にゃあ、たぶん違うにゃん、エーテル機関の気配がないにゃん」
「液体エーテルの中なんて、魔獣でも無理にゃん」
「油断は禁物にゃん、魔獣じゃなくてもオレたちを食べたがるヤツはたくさんいるにゃん」
「ウチらは油断なんてしないから大丈夫にゃん」
「先手必勝にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
「待つにゃん! 相手の出方を見るにゃん、少なくとも狩りの動きじゃないにゃん」
先走ろうとした猫耳たちを止めた。
「液体マナに向けて迂闊に魔法を使ったら危ないよ」
リーリが冷静に注意する。マナは魔力そのものではないが防御結界ならともかく攻撃系の魔法は予期せぬ反応が起こるかもしれない。
巨大な何かがオレたちの前に姿を現した。
「にゃ、恐竜にゃん!?」
これまで何度もプリンキピウムの森で出会った首長竜に似ているが大きさが全然違う。
オレの中にいる魔法龍と似た大きさだ。
「にゃあ、半エーテル体にゃん」
半エーテル体なら質量はあって無いようなものだ。だからこの巨体でも問題ない。巨大な恐竜はオレたちを見詰めた。敵意は感じられない穏やかな目だ。
『汝らは、人間ではないな?』
恐竜が念話で語り掛けて来た。
『にゃあ、お館様は稀人にゃん、ウチらは準稀人にゃん』
猫耳が念話で返した。
『あたしは妖精だよ』
リーリも自己主張する。
『稀人、神の眷属か』
『にゃあ、いろいろ知ってそうにゃんね』
オレも問い掛けた。
『地の底に住まう我の知ることなど僅かだ、我はこの地を離れられぬ呪われた身体ゆえに』
『外に出たいの?』
『いささかこの場所には飽きてきたところではある』
どうやらこの知性を持つ半エーテル体の巨大恐竜は外に出たいらしい。
半エーテル体なら格納可能だ。
『にゃあ、だったらオレと一緒に来るにゃん? 丁度いい入れ物を持ってるにゃん』
オレの拡張空間にある魔法龍のデータを半エーテル体の恐竜に送ってやる。
こいつは受け答えはするが魂がないゴーレムだ。
『面白い、汝と旅をするのも悪くない、その誘い受けるとしよう』
半エーテル体の巨大な恐竜は即決した。
大きい割にフットワークが早い。
『取り込むにゃんよ』
『お館様、ウチらも手伝うにゃん!』
オレに語りかけるのは念話でなくてもいいのだが。
『了解にゃん、おまえらも手伝うにゃん』
『『『にゃあ!』』』
巨大な半エーテル体をオレの中にある魔法龍に融合する。
これで魔法龍の身体と半エーテル体の魂が溶け合う。
しかもスゴい速度で。
『おお、これは気に入ったぞ』
『にゃあ、何よりにゃん』
オレの拡張空間の中を飛び回る。
出力を上げてもかつてのように爆発はしない。
度重なる改良にドラゴンゴーレム型の巨大エーテル機関との融合で全く別物に生まれ変わってる。
更に半エーテル体の恐竜が入ったことで本物のドラゴンに近付いた。
『主はこれからも我をディオニシスと呼ぶがいい』
『にゃあ、了解にゃん、今後もよろしく頼むにゃん』
『任せるがいい』
「これで、一段落にゃん」
「にゃあ、お館様、シャンテルとベリルのお父さんは何処にゃん?」
「いまならオレたちにもわかるはずにゃん」
半エーテル体の巨大恐竜の知識はオレと猫耳たちと共有された。
シャンテルとベリルの父親ジェドが墜落した場所は直ぐに特定できた。
そこを中心にオレたちは探査魔法で遺体を探す。この状況下なら腐敗することなく残ってるはずだ。
ただ高さがあるから原形は留めてないと思われるが。
「にゃあ、もしかしてこれにゃん?」
探査魔法に引っ掛かったのは人の形をした金属だった、それが湖底に沈んでいる。
直ぐ近くにはオオカミの特異種のこれまた金属の像があった。
「他は見当たらないにゃん」
「とにかく引き上げるにゃん!」
湖底の沈んだ金属像を魔法で引き上げる。
岸辺に引き上げたそれは、苦しそうな表情の男の彫像だ。
「シャンテルの記憶にあるジェド・ダッドで間違いないにゃんね」
「にゃあ、これこそ彫像病にゃん」
「全身が金属になってるのは初めて見たにゃん」
「この濃いマナと関係が有りそうにゃん」
「彫像病は、エーテル器官が異常を起こして身体の末端から金属になる病気にゃん」
「普通は全身が金属になる前に死亡するにゃん」
「まれに非常に強い魔力を持った胎児が全身を金属にして死ぬことがあるにゃん、今回はそのどちらにも当てはまらないにゃんね」
「にゃあ、とにかく撤収するにゃん」
オレたちはまた魔法蟻で崖を登った。
○州都オパルス郊外 南西の森
「ディオニシスの希望で峡谷に蓋をするにゃん」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちの声援を受けてオレは、峡谷に頑丈な石の蓋を置いて行く。その上を土で覆えば全長五キロに渡るのたくった渓谷はただの空き地になる予定だ。直ぐにヤブに埋もれるだろうけど。
オレが渓谷に蓋をしてる間に猫耳たちはロッジを出して金属になったジェド・ダッドの身体を調べる。
『お館様、ジェド・ダッドは生き返る可能性があるにゃん』
猫耳たちから念話が入った。
『マジにゃん!?』
『にゃあ、一瞬で金属になったのなら、その時間まで巻き戻せば復活のチャンスは有るにゃん、魂も中に閉じ込められてるみたいにゃん』
『にゃあ、やってみる価値は有るにゃんね』
これが白骨だと魂が抜けてしまい単純に時間を巻き戻しても骨が新鮮になるだけだったりする。
『にゃあ、峡谷の工事が終わったら直ぐに始めるにゃん』
『『『にゃあ!』』』
峡谷の蓋が完成してオレもロッジに戻った。




