ウシの牧場にゃん
○王都タリス 城壁内 商業地区 ベイクウェル商会 本店 地下
王都タリスその城壁内の商業地区の一ブロックをすべて押さえているのが、政商ベイクウェル商会だ。要塞のごとき本店の地下にある厳重に結界で隔離された魔導具を介して声のみで経営会議が始まる。
現在のメンバーは半数が在籍一〇年以上の古参で、残りが三年以下だが、発言力は売り上げる数字に比例し、数字が悪ければ容赦なく入れ替えられる。そのメンバーは商会内でも極秘とされている。
経営会議の決定には会頭といえど異を唱えることは出来ず、実質的に彼らが大商会を動かしていた。
『オパルス支店のドリスタン・バーロウが飛びましたね』
『お嬢様の警告を知らなかったのだろうか?』
『貴族出身の悪いところが出たようだ』
『マコト・アマノ様との敵対は絶対に避けるように忠告されていたのにバカな男です』
『資質に問題のあるドリスタン・バーロウをオパルス支店に据えたままにした我らにも責があるのでは?』
『確かに』
『しかし、ヤツの数字は悪くなかった』
『アルボラの領主カズキ・ベルティ様は、どこよりも小麦を高く大量にお買いいただけるお得意様でいらっしゃいましたからね』
『しかしそれは先月までの話だ』
『そう、カズキ様はマコト様の領地から小麦の輸入を開始されましたからね、近日中に全量そちらに切り替えられるでしょう』
『マコト様の小麦で大公国は急速に復興されている。一〇年とたたずに王国よりも富める国となるのではないだろうか?』
『可能性は否めませんね』
『マコト様の後に控えるネコミミマコトの宅配便の存在が大きい』
『まさか一〇年前に大公国軍を粛清されたバルドゥル・シャインプフルーク様が復帰され、しかもマコト様と手を組まれるとは』
『すでに大公国の一〇の州を実質的な支配下に置いている』
『大公陛下もお認めになってるようですね』
『むしろ、大公陛下の最大の後ろ盾となっている。それに破綻寸前だった大公国の国庫を回復させたのは紛れもなくマコト様からタダ同然で譲られた死霊の魔石だろう』
『まさか、マコト様の魔力がそこまでとは我々も認識していなかったのは痛かったですね』
『お嬢様の報告を軽視した罰は我々も等しく受けているわけだ。魔石の利益は我々の前を素通りしたのだから』
『それでもオパルス支店のダドリー・ボウマンがマコト様を上手く繋ぎ止められたのは我々にとっても僥倖であろう』
『そうですね、マコト様が我々と敵対を望まれなかったのは幸いです』
『予言しよう、マコト様の恩恵を受けたダドリー・ボウマンは近いうちに経営会議のメンバーに選出されるだろう』
『それは予言とはいいませんよ、すでに決まったことです』
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 付属牧場 地下施設
地下トンネルの利用で三毛猫の銀行からあっという間に牧場の地下施設に到着した。こちらが他所の人たちには秘密の牧場の本体になる。
「「マコトさま!」」
早速、ビッキーとチャスに抱きつかれた。猫耳ゴーレムや猫耳たちの影響を受けてオレに頬ずりする。
「にゃあ、ふたりとも頑張ったにゃんね」
「「はい」」
ビッキーとチャスの活躍もあって牧場はウシを放牧すれば完成する状態になっていた。牧場といっても見た目は大きな塀で囲われた森だ。
この世界のウシは森に棲む危険な獣だからだ。地球の牛とは似て非なる生き物だし。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 付属牧場 管理棟
ビッキーとチャスをくっつけたまま牧場の中央に作られた管理棟に移動した。
こちらが表向き人間のスペースになりホテルの敷地から専用の地下道で入る。オレたちが使うトンネルとは完全に別系統だ。
「お館様、クロウシとマダラウシを放牧するにゃん」
猫耳のひとりから報告が入った。
クロウシとマダラウシは数日前から魔法蟻と猫耳ゴーレムたちがプリンキピウムの森で集め、現地で仮死状態にしたものを箱詰めしてトンネルを介して運んできた。
「了解にゃん、すぐに始めていいにゃん」
クロウシとマダラウシいずれも一〇〇頭ずつの放牧が始まる。放牧といってもウシたちの入った箱を森のなかで並べるお仕事だ。魔法があるので箱を浮かせて任意の場所に置く。魔法とは実に便利なものだ。
短時間で箱の設置は終わり、箱が消されるとウシたちは仮死状態から復帰した。新しい場所なのはわかったらしく周囲を見回すが、驚いてる様子はない。キモが据わってるのかそれとも鈍感なのか、オレには判断が付かない。
クロウシとマダラウシどちらも気性が荒い獣だが縄張り争いや喧嘩はしないようだ。
混血も生まれることはなく、どういうわけかクロウシとマダラウシのつがいからは片方の性質を持った子供しか生まれないらしい。
「にゃあ、地下農場はどうにゃん?」
牧場の下に地下農場も新設した。
「こっちのホテルやプリンキピウムのよりも大きいから、本格稼働に数日掛かるにゃん、でも来週には収穫にゃんよ」
「にゃあ、それなら問題ないにゃん」
魔法と魔導具の併用でかつての世界に比べると収穫まで驚きの早さで回すことが可能だ。本格稼働すればかなりの量が収穫が期待できる。
収穫量は、オレたちの消費量を軽く越えるから流通のほうが面倒かも。
『『『ニャア』』』
猫耳ゴーレムたちがウシたちの餌場を何箇所も作っている。牧場の通常業務は猫耳ゴーレムに任せることになっていた。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 付属牧場内
オレは魔法馬に乗って牧場にした森を散策してみる。
大きな森だけあって二〇〇頭が放牧されても直ぐに出くわしたりしない。
姿を確認しないのもアレだからオレから探してみる。
サーチしていちばん近くにいるウシを見に行く。
向こうから発見されないように認識阻害の結界を強化して近付く。
『モォ』
四トンダンプぐらいのクロウシがいた。餌場の肉を食ってる。
「にゃあ、アレでメスにゃんね」
「オスの大きいのは大型ダンプクラスにゃん」
「にゃう?」
オレの後ろに魔法馬に乗った猫耳がふたりいた。
「にゃあ、おまえら認識阻害の結界を外しちゃダメにゃんよ」
「お館様、ウシたちには適度な運動が必要にゃん」
「ウシの運動にゃん?」
「そうにゃん、だからお館様も余計な結界を切るにゃん」
「わかったにゃん」
猫耳たちに言われるまま認識阻害の結界を外した。
『モォォォ!』
当然、ウシに発見される。
『『『モォォォ!』』』
更に近くにいたウシにもオレたちのことが伝わった。
「お館様、ウシの運動の開始にゃん!」
「にゃあ!」
『『『モォォォ!』』』
目を血走らせたクロウシとマダラウシに追われながらオレたちは一時間ちょっと逃げ回った。ウシにはいい運動になったと思う。オレたちも何度か食べられそうになった。
ウシは最終的に一〇〇〇頭以上に増やして安定した肉とミルクの供給を目指す。地下農場の農作物も最終的には王都あたりにまで輸出することになりそうだ。
アポリト州が通れない問題があるのでそこは今後の課題ということで。野菜も肉も加工して仕舞っておけばいいから過剰に生産しても問題はない。
従業員の雇用は、普通の冒険者でも逃げ出すクロウシとマダラウシが相手だけにちょっと無理だ。運動させる役で雇ったのに餌になったりしたら申し訳ないし。
地下施設のひとつである農場も部外者に公開するつもりはないので今後も猫耳と猫耳ゴーレムそれに魔法蟻たちで運営する。地下農場自体がゴーレム型みたいなものだから手間は掛からない。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル ラウンジ
仕事を終えたオレはビッキーとチャスを連れてホテルに戻った。夕暮れ時なのでラウンジは盛況だ。
これがグランドオープンでどう変化するか。閑古鳥が鳴いたらプリンキピウムの皆んなでも招待しよう。
時間が取れるならキャリーとベルにも来て欲しいけど、クレア少尉じゃないから直ぐは無理かな。
「いい仕事をしたよ」
冷やし中華をおなかいっぱい食べたリーリも戻って来た。どうやら満足した出来に仕上がったらしい。後でオレも食べさせて貰おう。
「にゃあ、お疲れにゃん、甘いものはどうにゃん?」
「食べるよ!」
オレたちはラウンジでパフェを食べる。
「にゃあ、最高にゃん」
「最高だね」
「「さいこうです!」」
すっかり味覚がお子様のオレは開き直って甘いものを楽しむ。
「にゃあ、マダラウシのクリームのおいしさ実に素晴らしいにゃん」
「ウシはあんなに凶暴なのにね」
「おおきかった」
「すーごくおおきかった」
「そうにゃんね」
ビッキーとチャスもウシは初めてだった。一般人なら住んでる地域に問わずたいがい見たことはないだろう。見たら生き残れる可能性は限りなく低いわけだし。
「ウシも凶暴じゃなかったら、もっと牧畜が発達していたはずにゃん、実に惜しいにゃん」
いまは魔法を使わない限り搾乳は無理だから、オレの牧場以外のウシのミルクが出回ることは無いだろう。プリンキピウムの魔法牛のミルクはチーズに加工したものしか外に出してないので、庶民が気軽にミルクを飲めるのはもうちょっと先になる。
「マコト様、クリステル様がいらっしゃいました」
ラウンジ担当の元傭兵が、クリステルとそのお付きの書記官とメイドをオレの席に案内して来た。
「にゃあ、いらっしゃいにゃん」
「そのままでいいわよ」
立って挨拶しようとしたが止められた。
「ネコちゃんと妖精さんそれにおチビちゃんたち、相席させていただいてよろしいかしら?」
「どうぞにゃん」
「いいよ」
「「どうぞ」」
クリステルはオレたちと同じものを注文した。
「楽しいホテル生活も今夜で終わりと思うと悲しくなるわね」
口元をハンカチで隠して目線を伏せる。演技だけど。
「ホテルは楽しかったにゃん?」
「毎日こんなに若返りが実感できるのよ、楽しいに決まってるわ」
「にゃあ、クリステル様にはこれからもちょくちょく利用して欲しいにゃん」
「ええ、専用のお部屋もキープしましたし、遠慮なく通わせて貰いますね」
毎日来るみたいだ。
「オレたちもクリステル様にもっと喜んで頂けるように努力するにゃん」
「もっと居心地が良くなったら、本当に帰れなくなってしまいそうだから、ほどほどにお願いね」
「にゃあ」
領主夫妻を離れ離れにするのは確かに良くない。カズキは喜んでるが、オイタが過ぎると奥様が黙ってはいない気がする。そして奥様を怒らせるといろいろマズいことになる。これは間違いない。
「美味しい」
パフェが運ばれてきてクリステルは満足そうな笑みを浮かべる。
「ネコちゃんのホテルは食べ物もとても美味しいし、王都のホテルよりも高級なんじゃないかしら」
「オレは王都のホテルを知らないから比べようがないにゃん」
「マコトのホテルがいちばんだよ、あたしが保証する」
リーリが二個目のパフェを食べ始める。
「わたしもほしょうします」
「わたしもします」
ビッキーとチャスも保証してくれてるが、キミらは他のホテルを知らないだろう。それ以前に保証の意味がわかってない。
「にゃあ、ありがとうにゃん」
それでも褒められてるのはうれしい。
「ネコちゃん、商業地区の土地はどう? 何でも二箇所を手に入れたとか聞いたけど」
「クリステル様は情報が早いにゃんね」
例のタブレットで副会頭のマイケルから連絡が入ったのだろう。
「会館はカズキ様の預かりになったそうね」
「にゃあ、絵がいっぱい有ったにゃん、マグダネル博士が『このまま保存するべき』と主張して話がややこしくなったにゃん」
「とても高額な絵だそうね」
「にゃあ、どうするかは領主様に任せるにゃん」
「高く売れる内に現金に替えるのがいいんじゃないかしら? レオナルド・ダ・クマゴロウの作品はここ最近、値上がりしているそうよ」
ああ、会館の中にあった絵のことはモロバレみたいだ。
「クリステル様はレオナルド・ダ・クマゴロウを知ってるにゃん?」
「ええ、子供の頃に一枚だけ実家に有ったから良く知ってるわ、彼の作品には裸のモチーフが多いけど、実際にエッチな魔法絵は少ないそうよ」
「にゃあ、そうだったにゃん」
正直、下品な土産物レベルだと思ってた。
現文明の絵画史は残念ながらほとんど情報を持ってない。州都の図書館で仕入れた知識がすべてだ。
「ネコちゃんが手に入れた会館は偏った作品が収蔵されていたのね」
「にゃあ、オレには良くわからないにゃん」
何も知らない六歳児を決め込む。
「もう一つの土地は問題なく建物を作れたみたいね?」
「あちらは問題ないにゃん」
「猫の形をした可愛い建物なんですって?」
「にゃあ、可愛いはオレたちが求めるテーマにゃん」
六歳児の姿かたちがオレの魂を塗り替えた。それは猫耳たちも同じだ。むしろ可愛いものに惹かれるのはオレ以上かも。
「もうネコちゃんの銀行から融資が始まってるみたいね」
「猫耳たちがお客さんを集めたにゃん」
市中の高利貸しに比べると低金利だし、猫耳の中には前世で高利貸しに首を突っ込んでいたヤツもいるので優良な客筋を熟知していた。
まだ営業を開始して半日もたって無いのに商業ギルドの目を惹くだけの動きを見せているようだ。
「銀行のことは猫耳たちが上手くやってるにゃん」
「早急に支店も開設しなくてはイケないわね」
「にゃあ、冒険者ギルドのある街に置くことにするにゃん」
「あら、商業ギルドじゃなくて?」
「にゃあ、冒険者ギルドしかない街も有るからそこは仕方ないにゃん」
「そうね、商業ギルドは冒険者ギルドと違って統一された組織じゃないから、どうしても人口の少ない場所には作られないわね」
「にゃあ、クリステル様にはまた相談することが出ると思うにゃん、その時はよろしく頼むにゃん」
「ええ、もちろん協力させて頂くわね」
クリステルから今後の協力も取り付けた。
夜にはフリーダがやって来た。
「ネコちゃん、明日になったら冒険者ギルドに来てくれる?」
「にゃあ、オレに何か用にゃん?」
「デリック様とお話ししたのだけど、ネコちゃんがFランクのままはマズいから、まずはEランクにすることにしたわ」
「にゃあ、遂にランクアップにゃんね」
「ネコちゃんの実力とギルドへの貢献度を考えるとぜんぜん足りないんだけど、Fから例えばCは規則があってダメなの」
「にゃあ、規則は守らないとイケナイにゃん」
「そうだね、あたしもパフェは一杯ずつ頼んでるよ、おかわり!」
「普通は早くても半年は掛かるから、これでも十分に早いんだけどね」
「にゃあ、ランクアップ、言葉の響きがカッコイイにゃん、でもランクが上がると面倒ごとを引き寄せるにゃんね」
「ランクアップの情報は国内全部の冒険者ギルドに回るから、高ランクになるとどうしても有名にはなるわね」
「にゃあ、既に手遅れな感じがしないでもないにゃん」
「ネコちゃんの場合はそうね」
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル レストラン
フリーダは夕食がまだと言うことで、リーリがパフェのおかわりを食べ終えるのを待ってビッキーとチャスと一緒にレストランに移動した。
妖精の食欲は絶好調だし、オレも甘いものは別腹だ。ビッキーとチャスもパフェはお子様サイズだったので大丈夫だ。
「ネコちゃん、お父様に聞いたのだけど牧場を始めたって本当なの?」
「にゃあ、ウシを飼い始めたにゃん」
「ウシ?」
「クロウシとマダラウシにゃん」
「それ、大丈夫なの?」
「にゃあ、塀と結界で隔離してるし猫耳と猫耳ゴーレムが常時監視してるから万が一にも外に出ることはないにゃん」
「それならいいけど」
「もう少しするとクロウシを気軽に食べられるにゃん」
「このクロウシのお肉が気楽に?」
いまフリーダはクロウシのステーキを食べている。オレとビッキーとチャスはクロウシのハンバーグが載ったお子様ランチだ。
リーリは普通にステーキを食べてる。無論、お子様ランチも食べる。
「にゃあ、美味しいミルクも毎日飲めるにゃん」
「美味しいのはいいけど、私も狩りに出て身体を動かさないといけなくなりそう」
「にゃあ、そこは自己責任でお願いするにゃん、でも、猫耳ゴーレムのエステを受ければ問題ないにゃん」
「ネコちゃん、今日泊めて貰ってもいい?」
「にゃあ、フロントに部屋を用意させるにゃん」
「いいえ、お母様のお部屋でいいわ」
「わかったにゃん」
「お母様は、明日は帰って来るんでしょう?」
「にゃあ、そう聞いてるにゃん」
「お母様が大きな顔で居座ってるから、このホテルのオーナーだと思い込んでる人も多いのよ」
「にゃあ、それはそれで問題ないにゃん」
領主夫婦が防波堤になってくれてるおかげで、オレは他所から干渉に晒されずに猫耳たちと好き勝手やれる。領主様も儲けさせているので持ちつ持たれつだ。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル ラウンジ
夕食の後、ビッキーとチャスはお眠の時間になったので部屋に帰し、オレは来客への挨拶があるのでラウンジに残った。
「ちょっと行ってくるよ!」
リーリは猫ピラミッドのビュッフェの様子を視察に飛んで行った。




